水虎は竜の夢を見る

その翌朝──

「んごー…んごー…」
「おいボルス起きろ!!」
「う~…あと30分……」
「長ぇよ!!てめぇ早く起きろって言ってんだろうが!!」

起きる気配を見せぬボルスに痺れを切らし、グレアムは怒鳴りながら布団を引っぺがそうとする。

「うっぜぇぇぇ!!」

だがボルスも布団を渡してたまるかと粘る。

「起こしてやってるのにその態度は何だてめぇ!!?」
「うるせぇ俺は徹夜で掃除して眠いんだよこん畜生が!!」
「知るか馬鹿!緊急事態なんだよ!!」
「ああ!?緊急!!?」
「遭難船だよ!!救助信号出してやがるんだ。てめぇも早く手伝いやがれ!!」
「お、おう…!?」

グレアムに促され、ボルスは着の身着のままで寝室から慌てて飛び出して行った。


「バットさん!ボルスを連れてきました!」
「おうご苦労だったなグレアム。ボルス!てめぇも縄を引っ張れ!!」
「了解!」

見れば確かに、今にも沈みそうな小さな船に五人の人間が乗っていた。
既に縄の先が相手の船に繋がれているのを確認すると、ボルスは他の船員達と共に思い切りそれを引っ張り引き寄せた。

「ぐっ…ぬおおおおお!!!」
「オーエス!!オーエス!!オーエス!!オーエス!!」
「てめぇ等もっと気合い入れやがれ!!相手の船が流されかけてんぞ!!」
「分かってるっての!!…オーエス!!オーエス!!オーエス!!オーエス!!」

波にさらわれかけている小船と、かれこれ20分以上は格闘したであろうか。
ようやく小船をすぐ近くに手繰り寄せ、乗っていた五名の人間を自分達の船内へと引き入れた。

「助かりました…ありがとうございます。見知らぬ方々」

短い銀髪の青年がぺこりと頭を下げる。

「はー…僕死ぬかと思ったよ~」
「物騒な事言わないでよモイ…いや、僕だって思ったけどさ」
「せっかく力を得たのにこんなところで海の藻屑と化すのは勘弁被るわ…」

金髪の少年と、真っ黒い髪に不釣り合いな白色の瞳を持つ青年、長い赤髪の身なりの良い女性は口々に安堵の言葉を漏らす。

「なーに、困ってる時はお互い様よ。ところでお前ら見たとこ船乗りには到底見えねえが、一体何者だい?」
「ああ、挨拶がまだだったな。私の名はギュスターヴ。かの有名なギュスターヴ13世の孫だ」
「………!」

長い金髪の男がそう言った途端、船内の空気が張り詰めた。
いや、船内の空気が、というよりは、船長であるバットの周囲がというべきだろうか。

「馬鹿言っちゃいけねえよ。てめぇみたいな野郎があいつの孫の訳あるか」
「証拠ならばここにあるぞ?」

そう言ってギュスターヴを名乗る男は腰元から剣を引き抜いて見せる。

「この鋼鉄の剣こそが私がギュスターヴ13世の子孫という証だ」

その男の手に握られている黒鉄色の長剣は、確かにどう見ても鋼で出来た剣に見えた。

(ん…?あれ……でも……)

ボルスは首を傾げる。
ギュスターヴを名乗る男の持つ剣に、何故だか何かしらのアニマを感じた気がしたのだ。

(でも鋼鉄の剣って本人が言ってるんだし、俺の気のせいだよなぁ…)

「……ふん、まあいい。どうせあいつの子孫を名乗って好き放題やってる奴らなんざごまんといるからな…おい、あんたらは一体何処にいくつもりだったんだ?」
「東大陸だ」
「そーかいそーかい。そんじゃヴェスティア辺りで降ろしてやるよ。それまで大人しくしといてくんな」

バットは踵を返すと、船長室へと引っ込んで行った。

「…何かまずい事でも言ってしまったのか?」
「バットさんは昔本物の13世様に会ったことがあるらしいんだ。だからこういう話には少し過敏なんだよ」
「ふむ…成る程な。少々迂闊だったか」

グレアムの言葉に、ギュスターヴを名乗る男は思案するように呟く。

「あの…」
「ん?何だ」
「俺、ボルスって言います。ええと、その…本当に13世様の孫なんですかね?」
「ああ、そうだとも」
「……!!」

ギュスターヴの返答を聞いたボルスは途端に目を輝かせ、ギュスターヴの両手を掴んだ。

「お願いします!俺を部下にして下さい!!」
「は?」
「俺、親父に13世様の話を聞かされて育ってきたからずっと憧れだったんです!ギュスターヴ様の元で働くのが!」
「親父…お前は先程の男の息子か?」
「あ、はい。とは言え血の繋がりは無いんですけどね」
「ふむ…そうか……良いだろう。私と共に来るといい」
「ありがとうございます!!そんじゃ俺、ちょっと親父に話をつけに行ってきますんで!」

ボルスは喜び勇むと、元気よくバットの元へと走って行った。

「…良いのですか?ギュスターヴ様…あんな事を言ってしまって」

銀髪の男、サルゴンがギュスターヴにそっと耳打ちする。

「構わん。お前も感じただろうサルゴン。先程の奴、中々に強いアニマを秘めている。もしかするとあいつもエーデルリッターに出来るかもしれん。それにもし仮に失敗したとしても、他の奴等に移しかえるアニマとして使えば何ら問題は無い」
「…東大陸に戻ったら彼もまたあのメガリスへと連れていくのですか」
「無論。そもそも我等が舟でさ迷っていたのも、エーデルリッターになれるだけの器とそれに入れるアニマを求めての事。我が精鋭は全部で六人の予定…残り二つの器となりうる存在が見つかるまで各地を巡らねばならんからな。サルゴン、お前達にも今暫く付き合って貰うぞ」
「はっ…」

サルゴンは銀帆船団の船員に気付かれぬよう、小声で返事をした。


「親父ー!あのさっ、俺…」
「駄目だ」
「まだ何も言ってねーよ!!」

船長室に飛び込むなり一刀両断され、ボルスは思わず声を荒げる。

「さっきの奴についていく気だろ?止めとけ。奴は絶対本物じゃねえ」
「だって鋼の長剣を持ってただろ!?あんなもの引っ提げて戦う奴なんてあいつしかいないって、親父だってそう言ってたじゃねーか!!」
「…もし仮に本物だったとしても…なんか嫌な感じがすんだよ。あいつの目見たか?何かを品定めするような感じだったぞ」
「へ?」
「……お前ほんっと人を見る目がねぇな。やっぱ商人としてはまだまだ半人前か」

バットは呆れ顔でため息をつく。

「少なくとも、あいつは…ギュスはしたたかではあったが、あんな上から目線で人を見るような奴では無かった。貴族だろうが俺達みたいな奴だろうが、いつだって対等に向き合おうとしてくれていたよ」

バットはボルスに背を向け、窓の外に広がる海を眺めながら、かつてのギュスターヴ13世に思いを馳せるように呟く。

「少なくとも俺には、さっきの奴がギュスの志を継ぐような奴には見えなかった。あれは自分の野心の事しか考えていない目だ」
「そんな…せっかく軍人になれると思ったのに……」

ボルスはしょんぼりと頭を垂れた。

「とにかく、ギュスの名を語るような奴は信用ならねぇ。あいつらはヴェスティアで降ろす。ボルスよ、それまであいつらが何かやらかさないかちゃんと見張ってろ。他の奴らにもそう伝えとけ」
「へーい…」

ボルスは肩をがっくりと落とし、荷物室へ繋がる扉の方から出ていった。

「はぁ…」
「ねー?これクヴェルでしょ?」
「うおっ!?」

ボルスが溜め息をつきながら扉を閉めた途端、背後から急に聞こえた声にボルスは驚いた。

「な…お前、さっきギュスターヴ…さんと一緒にいた…」
「あっ、ごめんごめん。そういえばお兄ちゃんには挨拶してなかったね。僕の名前はモイだよ~」
「え、あ…俺はボルスだ」
「ボルス兄ちゃんか~…よろしくね!」

屈託の無い笑顔をボルスに向けるモイは、どう考えても10歳程度の少年にしか見えなかった。

(こ、こんな子供も兵士なのか?つーか、全然この部屋に人の気配なんて無かったのにいつの間に…)

「ねー、さっきの質問だけどさ。これクヴェルなんでしょ?」

モイは部屋の隅の台座に障壁に守られながら置かれているクヴェル、『海皇の宝玉』を指差す。

「おう。俺達の国ではこのクヴェルを持ってれば誰でも交易権が与えられるんだ。例え海賊であってもな」
「へー!!変てこな制度だね!」
「変てこ…ま、まあいいや…このクヴェルを以前の持ち主だったつー男爵様から受け継いだ時によ、調度こいつを狙ってた奴らのスパイとしてこの銀帆船団に入り込んだのがギュスターヴ13世様なんだ」

モイの率直過ぎる意見に面食らいながら、ボルスは説明する。

「でも、結局13世様はこのクヴェルを奪い取る事はしなかった。それどころかモンスターの群れに突っ込んであやうく男爵様の二の舞になるところだったこの船を救って、元々海賊だった親父達が交易を始める手助けをしてくれたんだ」
「へー…ボルス兄ちゃん達もギュスターヴ様に助けて貰ったんだね」
「ああ。俺が親父に拾われるずっと前の事だけどな………って…俺達、も?」
「うん。僕もね、変な部屋でスライムに囲まれて行き倒れてた所をギュスターヴ様に拾って貰ったんだ。モイって名前もね、それより昔の事を覚えてない僕にギュスターヴ様がつけてくれた名前なんだよ!」
「お前…記憶喪失なのか?」
「うん!ぜーんぜん覚えてないっ!!あ、でも一つだけ覚えてた事があったや。あのね、僕昔ディガーだったみたいなんだ。だってクヴェル見つけるとすごくわくわくするんだもんっ!!」

記憶が無い事などさほど重要では無いとでも言うように、モイは海皇の宝玉をきらきらした目で眺める。

「お、おい…あんまり近付くなよ?その台座は誰かに取られないようにバリアで守られてるんだ。仕掛けを解いてバリアを解かないと近付いただけで大怪我だ」
「えー?つまんなーい…」

モイは途端におもちゃを取り上げられた子供のように不機嫌そうな顔をする。

「悪いけど遠目で見るだけにしといてくれよ。さっきも言ったがそれが無いとうちの国じゃ交易が出来ないっつー重要な代物なんだから」
「むう~…分かった……あっ、それよりもさ!さっきボルス兄ちゃん言ってたよね?ギュスターヴ様の部下になりたいって」
「あ、いや実はその事なんだが…」
「えへへっ、仲間が増えるの僕嬉しいなっ!!あのね、ギュスターヴ様もサルゴンおじちゃんもミカ姉ちゃんもイシス兄ちゃんもみんないい人なんだよ!」
「へ、へぇ…そうなのか…は、ははは……」

あまりにも嬉しそうに顔をほころばすモイに、ボルスは先程のバットとのやり取りを言うに言えず、乾いた笑いを浮かべる事しか出来なかった。

(親父はああ言ったが、人を第一印象で決め付けるのはよくねーよな…もしかしたら暫く一緒にいる間に親父も意見を変えるかもしれねーし、軍人志願を取り消すのはもう少し考えてからでもいいか…)


その後、モイはボルスをいたく気に入ったのか常に後を追い掛けるほどべったりになり、ボルスがバットや仲間から何か仕事を任される度にモイも手伝いを申し出るようになった。

「ボルス兄ちゃん!終わったよ」
「お、よしよし。モイは良い子だな」
「えへへ~」

ボルスに頭をわしゃわしゃと撫でられ、モイは嬉しそうに笑う。

「よっ、ボルス」
「良い弟分が出来たみてーだな」
「ん、グレアムとパオロか」
「いまだに信じらんねーよな。そのガキが軍人だなんて」
「えー?グレアム兄ちゃん知らないの?軍隊における少年兵の比率って結構高いんだよ?大人の兵士よりも命令に忠実に動くし、小回りがきく分ゲリラ戦とかでは重宝するらしいから」
「はは…そーかよ…」

何言ってるのとでも言いたげな表情で恐ろしい事をさらりと言うモイに、グレアムは冷や汗を流す。

「あ、そういやさ。何て言ったっけ?あの黒髪の奴」
「イシス兄ちゃん?」
「そうそう、あいつすげーよな。壊れかけのツールを新品同然に作り替えちまうんだから」
「うん!イシス兄ちゃんは天才ツール職人だもん!!」

「…そこまで言われる程の事じゃないよ。ただ船賃代わりにやってるだけだし」

まるで騒ぎを聞き付けたかのように、イシスがその場に現れる。

「お、噂をすればご本人様が」
「そんなに謙遜する事ねーって。ほら、お前に直して貰う前はボロボロで今にも廃棄のチップ寸前になりかけてたこの斧だって今じゃこんなに綺麗な形に直して貰えたんだしよ。今は持ち合わせが無えから無理だけど、金があったらむしろ払いたいくらいだぜ」

パオロはイシスに修理してもらった石斧を取り出し、嬉しそうに言う。

「………長いこと何度も繰り返し修理してでも愛用してるんでしょ?その斧。大事にしてるのが斧の中に残ってたアニマから伝わってきたもの」
「え?お、おう…」
「ツールを大切にする人は嫌いじゃないよ。大切にすればするだけ、ツールも答えてくれる」
「…!?」

ふ、と柔らかい笑みを浮かべたイシスに、何故かパオロはどきりとした。

「ありゃ?珍しいね。イシス兄ちゃんがギュスターヴ様や僕達以外に向かってそんな風に笑うなんて。僕ら以外には大体いっつも無表情か営業スマイルなのに」
「モイ…そりゃ僕だってたまには営業スマイル以外の表情だって浮かべるよ…人形じゃないんだし」

モイの一言にイシスは苦笑する。

「ああそうだ。ここに来た目的を危うく忘れるところだったよ。モイ、さっきギュスターヴ様とサルゴンが船底に水が漏ってるのを見つけてね。修理の手が欲しいから来いだってさ」
「はーい。じゃあまたね、ボルス兄ちゃん」

手をぶんぶん振りながら、モイはイシスに連れられてその場を後にした。

「…あいつら、結構いい奴らだよな」
「おう、ギュスターヴさんといつも一緒に行動してるサルゴンて奴も礼儀正しいしな…ただあの身なりのいいミカってねーちゃんだけは駄目だな。全く働こうとしねーわ偉そうな口振りだわで。ありゃ男を尻に敷くタイプだぜ?間違いねぇ」
「ははっ!言えてる言えてる」
「…………」
「ん?どうしたボルス。黙りこんで」
「いや…モイ達を見てると、親父の言ったことは取り越し苦労にしか思えて来なくてよ…」
「ああ、あいつらが偽物だから信用すんなって話か。まあ仕方ねーさ。バットさんは13世様にも一杯食わされてる訳だしよ」
「過敏になるのも仕方ねーよな…本当、13世様の孫だなんて名乗らなきゃもう少しうまくやってけてたんだろうが」
「うーん…ていうかよ……」
「あっ!さてはてめぇまだあいつらが本物だと思ってんじゃねーだろな!!?」
「だってよぉ…」
「あのなぁボルス、いくら良い奴そうっていったって、それとこれとは話が違うんだよ」
「そうそう。お前は他人を好意的な目で見すぎだっての」
「でも……もしもだぞ?もしもあの人達が本物のギュスターヴ様とその側近だとしたら、初めから疑ってる俺達って酷いよなと思ってよ…」

グレアムとパオロに叱られ、頭をたれながらもボルスは呟く。

「13世様だって言ったらしいじゃないか。世の中意外な奴が善人だってこともあるって…もしかしたらずっと自分の出生を知らなくて、今やっと13世様の志を継ごうとしている可能性だってあるんじゃねーのか?」
「うーん……お前のそのお人好しっぷり、ほんとどこで身に付いたんだかなぁ?」
「バットさんに育てられたならもっと頭の切れる奴になってたっておかしくねーのにな。皆が甘やかし過ぎたのかねぇ…」
「す、少しは俺の考えに耳を傾けてくれたっていいじゃねーかよ!!」

ボルスが憤慨したように叫んだその時だった。


「左舷にかわせ!!面舵いっぱいだっ!早くしろっ!!」

「ん?何の騒ぎだ?」

「駄目だ!避けきれねぇ!衝突警報!!」

「「「衝突警報!!?」」」

三人が声を揃えて叫んだ瞬間、強い衝撃が船を襲った。

「うおっ!!?」
「ぐあっ!!?」
「いでっ!!?」
「あいててて…おい、大丈夫か!?」
「お、俺は何とか…」
「俺もだ…けど今の衝撃は一体…」

「お前達ここに居たのか!とっとと甲板に行け!!」

三人が突然の出来事に混乱していると、ミカが焦ったような口振りでやってきた。

「何があったんだ!?」
「海賊よ!!海皇の宝玉を渡せだのなんだの言ってる!」
「海賊だと!?」
「私はこれからギュスターヴ様達へ伝えに行って来る。お前達の船長はとっくに甲板にいるからとっとと向かえ!」
「あ、ああ…恩に着るぜ!」

ミカに指図されるままに、ボルス達は甲板へと慌てて向かった。
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