とこやみの音色

その後、イシスは街路を避けるようにして、店へとたどり着いた。
いつもならここで地下室へと舞い戻るはずだった。
そう、いつもなら──



「………?」


微かに感じとった音のアニマは、聞き覚えのあるものだった。
けれど、それは久しく聞いた事の無い──

「まさか…」

イシスは音の発生源へ向かうと、やはりそれは自分の家からだった。そこで、イシスの意識はあるものに釘付けになる。
それは久しく聞いた事の無い、父と妹の幸せそうな笑い声だった。

イシスはこの時ほど自分の良すぎる聴覚を恨めしく思った事は無かった。


「ジュノーちゃん。いつも言ってるけどわざわざ私なんかのために夜遅くまで起きてなくてもいいのよ?」

あの女の、耳障りな声がする

「ううん、いいのよお母さん。私、お母さんの作るお料理大好きだから。それにみんなで食べた方がおいしいでしょ?」

(おかあ…さん…?何を言っているのジュノー?)

──何で?

ねえ、何で?

だって、その女は、母さんの守ってきた店を奪ったのに


「ふふ…ありがとうね」
「ラウラにばかり店の世話任せてすまねぇな」
「お父さんたら…それ、ついこないだまで家事すらやらなかった人のセリフじゃないよねー」
「こっ…こらジュノー!」


(父さん、どうして、ねぇどうして?何でその女に感謝するの?)

──僕は、いくらあんたに認められようとしても労いの言葉すらかけて貰えなかったのに

(ねぇ?どうして?何であんな女が、僕が一番欲しかったものを、いともたやすく手に入れているの?)

「本当はあの子もいれば良かったんでしょうけどね…ってゴメンねジュノーちゃん!あたし今無神経な事を…」
「ううん!大丈夫よ。もうだいぶ経つんだし、いい加減立ち直らなきゃね」
「ジュノーちゃん…」
「それにね、あたしお兄ちゃんのせいでいつも虐められてたから」

(え……)

「『お前の兄は目が見えないくせにガラクタツールを作って売っている。お前の家は恥知らずだ』って…お兄ちゃんが出来る事はツール作りしか無いから、あたし必死に堪えてたの」

「!!?」

自分のせいで妹まで不幸にしていた事を知り、イシスは愕然とする。

「小さい頃から家事を全部やらされて、他の女の子達みたく着飾ってお出かけしてみたいのにそれすらも出来なくて…それもこれも全部本当の母さんがお兄ちゃんのために無理し続けて死んでしまったからよ」

それが初めて聞く、妹の本音だった。

「…だから正直ね、あたしずっと思ってたの…」



(…ああ、おねがい…頼むから、その先をどうか…言わない…で……)



「お兄ちゃんなんて」


いなければ良かったのにって──



そこから、イシスには何も聞こえなくなった。まるで全神経が感じ取る事を拒んでしまったかのように。




イシスが我に返った時、彼は岩荒野を走っていた。

「っ…!!」

(痛い、痛い痛い痛い!!心が痛い…苦しい…!!)

胸を押さえ、ぼろぼろと涙を流しながら、イシスは必死に駆ける。

(何で?こんなにも僕は苦しまなきゃならないの?何で?何で何で…!!?僕が何をしたっていうの!?)

「あっ!」

イシスは石につまづき、転倒した。

「……」

しかし擦った体を気にする事もなく、イシスは上体を起こすとそこで膝をついたまま茫然とする。

「……ふ…はは…ははっ…あははははははは!!!」

虚ろな目で、イシスは笑う。

もう、限界だった。
皆に疎まれ、唯一の支えを自分のせいで失い、血を分けた妹にさえ不幸の象徴とされ、たった一人でこれから一体何を支えに生きていけと言うのだろう。

「くっ…ふふふ……母さん!結局僕は誰にも必要とされなかったじゃないか!!母さんを死なせて家を余計に不幸にしただけじゃないか!!」

狂ったようにイシスは叫ぶ。
ただただ、自分の信じてきたものの滑稽さに笑うしか無かった。

「僕は生きているべきじゃ無かったんだよ!!こんな化け物みたいな子供、さっさと殺してしまえば良かったんだよっ!!」

岩荒野に、イシスの悲痛な叫びが響き渡った。

「……人は誰しも誰かに必要とされて生まれてきたなんて…どうして、そんな期待を持たせるような事言ったの?」

さっきとは逆に声のトーンを下げ、蚊の泣くような声で呟く。

(一欠片の希望さえもなければ、こんなにも叩き落とされる事は無かったはずなのに)

「母さん…あなたは偽善者だ。綺麗事を言ったところで世界の真実は代わらない」

かつて、鋼の13世が鋼の時代を作り上げる以前に術が使えぬものが普通の人々に蔑まれていたように、障害を持った者は役立たずのレッテルを貼られる。
いくら頑張っても、その溝は永久に埋まらないのだから。


「グルルルル…」
「ヴウウウ…」

さっきの叫びで寄ってきたのか、背後からモンスター達の猛る声がする。

「僕のアニマを食らいにきたの?いいよ。どうぞ食べなよ」

イシスは平然として言った。
イシスにとっては、もう何もかもどうでも良かった。もちろん、モンスターに食われてしまえば、もう二度と星へ自分のアニマが還る事は無いという事実はイシスも知っている。

(けど、こんな腐った世界にまた生まれ変わったところで何になる?加害者になるか被害者になるかの違いだけで、また同じ過ちを繰り返すだけじゃないか。それなら、いっそ、ここで消滅して、全ての終わりにした方がマシじゃないか)

「さぁ、どこから食べるの?足?腕?頭?僕は逃げたりしないからどうぞご自由に」
「ヴヴ…グアァァァッ!!」

モンスターがイシス目掛けて一直線に向かってくる。

(ああ…これでやっと楽に……)


しかしそれは、モンスター達とイシスの間に突如飛び出してきた男によって阻まれる事となった。


「ギィィィィィィ!!」
「グアァァァァァァ!!」

イシスには、何が起きているのかさっぱり分からなかった。

モンスターを切り刻み、愉悦の声を上げる男。
突如現れた人間に為す術も無く、命を削られてゆくモンスター達。
ばしゃりと、イシスの方にも生暖かい血が飛び散ってきた。

「ウ…ウウ…」
「……………」
「…上質なアニマを感じ取って来てみれば、まさか先客がいたとはな」

モンスターが動かなくなると男は剣を仕舞い、代わりに卵のような形をしたクヴェルを取り出した。そこから発せられる嫌なアニマにイシスは思わず体を強張らせる。

「残念だが、お前らごとき下等生物にくれてやる気は無い。せめてもの褒美に我が糧として使ってやろう」

男が小声で呟いたと同時に、モンスター達のアニマはクヴェルの中へと吸い込まれていった。どさりと音がして、モンスター達の体が力無く地面へ倒れる。

「さて、と。無事だったかね?」

男はその体に付いた血を拭う事も無く、イシスに話し掛ける。

「……殺すならさっさと殺してくれよ」
「ふむ、てっきり襲われかけていたのだと思ったのだが」
「生憎と自殺希望でね。あんた、そのクヴェルでも剣でも何でもいいから好きにしてよ」
「何故そこまで死に急ぐ?」
「僕は目が見えないから誰にも認めてもらえない。どんなに頑張っても自分自身を見てもらえない。こんな腐った世の中にいるよりは、モンスターの餌にでもなって朽ち果てた方がマシなんだ」
「人と異なるが故に追われたか…哀れな」

男は、イシスにとってはお決まりのセリフを呟いた。

(…こいつも他のやつらと同じか)

しかし、その後のセリフは、イシスの予想とは真逆だった。

「こんなにも素晴らしいアニマを持っているというのに…全くもって人間どもは愚かだ。本来の価値を生かす事すらせずに、ただ上辺だけで判断するのだからな」
「…え……?」
「可哀相に…辛かっただろう?自分の力を認めて貰えなかったのは」
(……ああ…駄目、だ)
「自分の本質には気付いて貰えず、ただただ厄介者として扱われるのは」
(逃げろと、この男の言葉を聞いてはいけないと、本能が告げてるのに…抗う事が出来ない…)

男の、その一言一言に、イシスには言いようの無い安らぎを感じた。

(どうしてこの人の言葉は…こんなに心に染み入るの……?)

「さぞかしこの世を、人を憎いと思っただろう?」
「…………憎かったさ…」

ぎりっと、血が滲みそうな程にイシスは拳を握る。

(自分を認めぬこの世など消えてしまえばいいと、あの地下室の中で何度思った事か)

「憎い……憎い憎い憎い!!!!!あいつらがっ…あの女も親父も妹もみんなみんな!!どうしてあんな奴らのために僕が犠牲にならなくちゃいけないんだ!!」

イシスが必死に押し止めていた思いは、男の前で一気に爆発した。

「僕はただ普通に生きたかっただけなのに!!認めて欲しかっただけなのに!!!何で…何でっ!!どうしてみんな僕を厄介者扱いするんだよ!!どうして…っ!!どうして……」
「そんなに憎いなら、共にこの世に復讐しようではないか」

イシスの前に、すっと手が差し出される。

「お前には才能がある。常人なんぞ比べものにならぬ程のアニマもな。私の部下となればこの世の中をひっくり返すような事だって出来るだろう」
(僕…が…?)
「お前はここで朽ち果てるにはあまりに惜しい人間だ。どうせ死ぬ気だったのだろう?ならばそのアニマ、私の為に使ってはくれまいか?共にこの世に名を馳せて、愚かな人間共にお前の素晴らしさを見せ付けてやろうではないか」
「…………」

(この人もあの女と一緒で僕を利用しようとしてるのは同じだ……だけど)

この人は、強制しない。
この人は、外見ではなくアニマを、魂の本質を見てくれた。

(それにこの人はこんな僕を…日の光の当たる場所へと連れてってくれると言っている)

ただそれだけが、イシスには嬉しかった。

(どうせ死ぬなら…僕は、例えこのアニマ全てを食われる事になろうとも悲願を叶えたい)

サンダイルの人々の心に、自分の存在を刻み付けてやりたい。ただ、それだけの事。

(この人と一緒に居ればそれが出来る……なら…答えはとうに決まっている)

「…僕のこのアニマ…貴方様に捧げましょう」

イシスは男にひざまずく。

「名は何と言う」
「イシスと申します」
「良かろうイシス。お前はこれから我が精鋭、エーデルリッターの一員となって貰う」
「……はい」
「行くぞ」

男は踵を返す。

「はいっ!」

イシスもそれに続く。

「……ああ、そうだ。そういえばまだ私の名を言っていなかったな」

──私の名は、ギュスターヴ。かの鋼の13世の子孫だ。



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音の将魔の専用戦闘曲のタイトルの意味が『狂気』なのと、とりあえずエーデルのうち一人くらいはエッグに仕えられた事で本当に救われた人が一人くらいいたらいいなという感じでこんな子になりました。
他五人はエッグと関わる事さえなければ人間としてのまともな人生を歩めた可能性があったけど、イシスだけはエッグがいなかったら誰にも知られぬままモンスターに食われてそのまま野垂れ死んでた。だからこそ自身を理解し居場所や生きる理由を与えてくれたエッグに心酔してるし世の中を少しでもブチ壊せるなら死んだって構わないって思ってる狂人。
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