影法師にアンコール!(krk)※抜け番あり
DREAM
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後半戦まで10分間のインターバル。各々アイシングやドリンクを飲んだりと休憩を取っている中、私は客席用の大きなモニターに映し出されている試合のハイライトを見つめていた。
ナッシュのプレイが映し出されているが、やはりどこか違和感を覚える。これが本来のプレイスタイルではないような気がしてならないのだ。本当の力が他にある気がする。それも、私がよく知っている力が。
ふるふる、と首を横に振る。何の根拠もない、ただの勘だ。少しナッシュと話をしたからだろうか。もちろん腹は立っているけど、それと同時に、どこか誰かに似ているような気がするのだ。だから、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ、放っておけない気がしてしまう。
ふと、画面から視線を落として、みんなと同じように休息を取っている赤司を見た。ああ、そうか。まるで、初めてあった時の赤司のようなのだ。自分達の勝ちは決まっていると、ナッシュも同じことを言っていた。ならば、今のナッシュの姿は、赤司の……いや、キセキと呼ばれた彼らのなれの果て。かがみんに倒されることがなく、チームメイトと共に勝ちたいと願うことをしなかったら、きっとみんなナッシュ達のようになっていた。
両頬を思い切り叩く。そうだ、弱気になるな、私。コートで戦っているのは私じゃない、赤司達なんだ。私は全力でサポートをするんだ。大きな声で応援するんだ。
そんで、ナッシュ達に間違っているって何度でも言ってやるんだ。もちろん、この勝負に勝って!
「何を百面相しているんだ君は」
「あたぁっ!私の貴重なシリアスシーンが!!」
「自分で言っちゃうんスね!」
赤司の手刀と黄瀬君のツッコミが光る。頭をさすりながら振り返ると、みんなが私を見てて驚いて肩が跳ねた。
「え、え、なになに?!私なんかした?!」
「いや、むしろ黙ってるとブキミっつーか…」
「ちょおおおお!!かがみんそれ酷くない?!」
「はい、とても気持ち悪いです」
「テツ、わりとこいつに厳しーよな」
黒子っちは私に厳しい!優姫覚えた!泣いてないよ!!
「さて、そろそろインターバルも終わりだ。優姫、今はあいつらの事情なんて知ったこっちゃねえ。そうだろ?」
景虎さんに言われて、私は大きく頷く。そうだ、たとえどんな過去があっても、今ナッシュ達のしていることは、本当にバスケをしたい人達に嫌な思いをさせている。そうだ、私は。
「1年の時、バスケ部に入ってみたいって言った未経験の友達がいたんだ。女子バスケ部の体験入部で何故か私が赤司の取り巻きだと思われて、主将の反感を買っちゃって試合をすることになって。その時にね、そこまでしなくてもいいのに、主将達は圧勝するためにずっとその子からボールを奪ってた。その子はずっと、役に立たなくてごめんって泣いてた。だから私は、言ったんだ。本当にバスケがしたい人達に嫌な思いをさせるようなことは、やめてください、って」
あの時から、私の思いは変わらない。本当にバスケがしたい人達に嫌な思いをさせるなんて、間違ってるんだ。
「だから私は、この試合に勝って、もう一度ナッシュに言ってやりたい。スポーツは楽しんでやるのが一番だって。勝ちの決まってる勝負なんてなくて、嫌な思いをさせるのも間違ってるんだって、一発お見舞いしてから言ってやりたい!」
首に提げたタオルを握りしめる。みんながフッと笑った。
「ならオレ、頭掴んで放り投げるねー」
「フン、あんな奴らヤカンを頭に落としてあの野蛮な性格をリセットしてやればいいのだよ」
「ブフォっ!!真ちゃんがそんな冗談言うなんて!!」
「黙れ高尾」
「だりーだろんなの。若松特攻させときゃいーだろ」
「するかアホ峰ぇ!!」
「はっ!日向先輩のクラッチタイムで説教とかどうだ!ですか!」
「しねーよダアホ!!」
すっかり賑やかになったベンチで、ようやく私は胸の奥にある不安を押し込むことができた。
ピンとコートの空気が張り詰めていた。後半戦の第3クォーター。開始早々ナッシュの雰囲気が違ったのだ。そういえば、先ほどのインターバルで何か揉めていた。とうとう、動き出したのだ。あのナッシュが。
嫌な予感は的中だった。ナッシュと対峙した黄瀬君に一切反応させることなく、ナッシュはパスを回した。攻防戦になるどころか、フリーの選手へとパスが通り、慌てて対応するも、シュートは無情にも入ってしまう。
「予備動作がない」
赤司がコートを見据えたままそう言った。ベンチにいる全員がその言葉に驚愕を示す。当然だ、予備動作がないなんて、本来有り得ないのだ。
「人が大きく動いたり大きな力を出そうとすれば、その直前必ず反動や勢いをつけるために動きが入る。それが予備動作だ。高速スポーツの攻防は相手を見てから反応するのでは遅い。わずかな予備動作を見逃さず、それに反応しなければ間に合わない」
だが、と赤司はコートを睨む。
「ナッシュにはその予備動作が全くない。ベンチのオレ達にはかろうじて見えたが、コートの中にいる5人には見えていなかったはずだ」
「それってつまり、絶対に防げないパスってことじゃねーのか…?!」
日向さんの言葉に赤司は応えない。対応策が浮かばない。あのパスが繰り返されたら、かなりまずいことになる。
それにしても、予備動作がない、なんてストリート選手にできるものなのだろうか。兄貴もそれに近い動きをしていたが、それは練習して得た技術。
チラ、と景虎さんを見れば、私と同じようにナッシュを考察しているようだった。
なら、ナッシュのプレイスタイルとは、もしかして。
「本当は、真っ当な選手だった…?」
思わず口から出たそれに、景虎さんが同意するように頷いた。
「さすが、よく観察してるじゃねーか。あれは、幼少期からクラブ・部活で優れた指導者についていた、バスケエリートの技術だ」
もし本当にそうだとして、じゃあどうしてナッシュは今こんなことをしているんだ。本当はもっとちゃんと、活躍できたかもしれないのに。
そう思ったらふつふつと怒りがこみ上げてきて、私はベンチからコートへ大きな声で声援を送った。
「いっけええええ!!練習量ならこっちだって負けてないわああああ!!」
コートの中では、黒子っちがミスディレクションでパスを回し、それを飛び上がったかがみんがゴールにたたき込もうとしていた。そうだ、こっちにだって意表をつくパスはあるんだ。
けれど、かがみんが掴んだボールを、シルバーがたたき落としたのだ。黒子っちとかがみんの連携に追いついた。反射速度がずば抜けている。
ナッシュの予備動作のないパス、そしてシルバーのパワー。
カウンターを仕掛けられ、ゴール下を守っていた敦をも乗り越えシルバーがダンクを決める。その時、シルバーとの接触で敦が床に座り込んで、額を抑えていた。どうやら切れたらしく、血が流れている。
「敦!!」
レフェリータイムが入り、傷の手当てで一時試合が中断する。思わず飛び出しそうになった私を止めたのは赤司だ。うぐ、としぶしぶベンチに戻る。
どうしたらいい、どうしたら。
ナッシュがかがみん達に何か言っている。どうせろくでもないことだ。私達をバカにするような言葉だろう。
奥に押しこんだ不安が顔を出す。負けるわけが無いと信じているけど、それでも怖い。みんなが傷つくことが怖い。どうしたらいいの。焦りで上手く思考がまとまらない。
不安を隠せないままコートを見つめる私を、赤司がジッと見つめていたことに気付くこともなく。
点差はあっという間に19点になってしまった。
ここで、景虎さんが選手交代を指示する。黒子っちが戻り、赤司がコートへ入っていくのを見届けて、若松さんが景虎さんに詰め寄った。
「やっと選手交代って!もっと前に手はなかったんすか?!」
「そっすよ。今出した赤司にしても、もっと早く出せば…」
赤司は、洛山でまゆゆ達をゾーンに入れた。高尾は全員をゾーンに入れればここまで苦戦しなかったのではと言いたいのだ。けど、それは無理だ。近くで見ていた私には痛いほどわかっていた。
「赤司はそれ、前半に試してたけど、パスのタイミングを全部ズラされてた。ナッシュがブロックしてたんだよ。だから、今は出来ない」
「マジかよ…」
「あとは時間だ。今それをやってもすぐにガス欠になる。そこを叩かれて終わりだ。だが、まだ手はある。ここまで耐えたんだ。やってくれよ、あいつら」
そう言って、景虎さんはコートの赤司達を見遣った。
「今がギリギリで、かつ唯一無二のチャンスだ。ナッシュはオレがつく。6番と7番はお前だけで食い止めろ、紫原。そして、頼むぞ青峰、黄瀬。シルバーに対抗出来るのはお前達二人しかいない」
そう告げると、青峰と黄瀬が楽しそうに口角を上げる。
「まさかオメーとダブルチームする日がくるとはよ」
「いやー、人生何があるかわかんないっスねえ」
陣形を変え、シルバーの前に立つ青峰と黄瀬は軽口をたたき合いながら、がらりと雰囲気を変えた。青峰のゾーンの強制解放、黄瀬の完全無欠の模倣。シルバーを止めるために組ませたダブルチーム。
「何もう勝った気でいやがんだ脳筋ヤロー、こっからだぜ、本番はよ…!!」
予想以上の猛攻をしかけることができた。シルバーを翻弄し、スティールしたボールがオレへ回ってくる。だが、やはりオレのパスはナッシュに封じられていた。
(やはり、ここからは……)
黄瀬へパスを回す。青峰と息の合ったコンビネーションを見せ、青峰はシュートを決めた。いい流れだと思ったが、紫原を見て、少し思案する。
消耗が激しい上に、対処が遅れている。ナッシュとシルバーばかりに気を取られていたが、他の選手も技術面で優れている。彼らもきっと、バスケエリート上がりだろう。
どうするか、と次の手を考えていたら、黄瀬が呆れたような声を上げた。
「なーんか、ダブルチームはやりすぎだったんじゃないっスかねー」
「あ?」
「青峰っち、こいつオレに任せてくれないっスか?」
青峰は呆れたように溜息を吐いて、いいぜ、とマークを外れて7番の選手へ向かって走って行く。黄瀬が珍しいと騒いで、それにまた呆れたように「テキトーなところで変われ」と軽口を吐いた。
「てめえ、何のつもりだ」
「状況考えりゃだいたいわかるっしょ?…お前ごとき、オレ一人で充分だっつってんだよ」
黄瀬の言っている意味をなんとなく理解したらしいシルバーが早口のスラングで罵倒しているが、そうか、黄瀬。お前はそれを選んだのか。
チームのために、お前はそうするのか。それなら、オレも、することは決まっている。
「ちょっと二人とも?!」
「いくら何でも、調子に乗りすぎじゃ…」
「いや、逆だ」
相田さんとさつきちゃんの焦りに、静かに否定したのは景虎さんだ。誤算だった、と冷や汗を流す。
「あいつらに余裕なんてねえ。あれはそれを悟らせないための演技だ」
え、と声を上げたのは誰だったか。きっと、全員だった。
「紫原の守備範囲をもってしても、想定を上回る実力を持つあの6番と7番を止められなかった。おかげで青峰と黄瀬のダブルチームで押しているように見えるが、肝心の点差が縮められてねえ」
そして、もう一つ。
「ダブルチームの消耗が予想以上に激しい。このままでは二人とも、スタミナが保たせる場面のはるか手前で尽きる。黄瀬はそれを悟り、そして決断したんだ。青峰のスタミナを温存するために、たとえここで自分のスタミナが尽きることになっても、シルバーを一人でくい止めることを」
「それじゃ、黄瀬は…勝機を繋ぐために自分を犠牲にするつもりで…?!」
「黄瀬君…っ!」
黒子っちが立ち上がりそうなほど、身体を震わせた。
これが、本当に負けられない勝負。ここまでしないと勝てない相手。それでも勝ちたい気持ちが痛いほどわかるから、私はここで全力で応援をする。
頑張れ、黄瀬君。
「頑張れ!!黄瀬君っ!!」
聞こえるか。頼みがある。
心の内側へ問いかけると、遅いと言わんばかりにもう一人のオレが返事を返してきた。
「いつまでもたついているんだ。お前のプレイスタイルはナッシュと相性が悪いのは明らかだっただろう」
「力を貸してくれるのか?」
「わかっていて聞くのか」
少し拗ねているような口調に、やはり弟のようだなと場違いな感想を抱いた。随分前から目覚めていたらしく、早く表に出たくて落ち着かなかったのだろう。
それなら、こちらの事情を……水瓶のことも知っているだろうか。ナッシュが勝てば水瓶を好きにできる、というなんともふざけた取り決めを。
「知っている。全く、千尋は一体何をしていたんだ…いやこの件はあいつ自身にも非があるな。あいつは本当に……いやこれは本人に言うとしよう」
「フ…以前とは逆になってしまったな。あの後、洛山がどうなったか教えておこうか?」
「いい。それもあいつから聞くさ。チームの勝利のために、さあ交代だ」
ああ、おはよう、赤司征十郎。
第4クォーターが開始した。黄瀬君はゾーンに入った上に、完全無欠の模倣。みどっちは言った。今このコート上で、最強は黄瀬君だと。けれど、もって数分のパーフェクトモード。
みどっちの技を模倣した黄瀬君は、構えて飛ぼうとした。ボールは、小さなバウンドでコートを転がっていく。
投げられなかったのだ。黄瀬君がその場に蹲り、動けなくなっていた。体力切れだ。
点差は10点。黄瀬君は、本当にすごかった。かっこよかった。だから、そんな悔しそうな顔しなくていいんだよ。
赤司に肩を貸して貰い、戻ってきた黄瀬君を若松さんが受け止めた。相田さんとさつきちゃんがアイシングをはじめ、日向さんがドリンクを用意している。私も、とタオルを持って黄瀬君に駆け寄ろうとしたとき、ぽん、と肩を叩かれた。
「涼太を頼むぞ」
そう言って、黄瀬君と交代したみどっちと共にコートへ戻っていく赤司。
胸が、ドクンと跳ねた。振り向いても赤司の背中しか見えなかった。
「これで元通りだ。無意味な努力、ご苦労様だぜ」
ナッシュは下卑た笑いを浮かべている。
「元通りでも無意味でもない。涼太は次へ繋がる仕事を十二分にしてくれた。それより、自分の心配でもしていろ」
「ああ?」
ナッシュの手を離れたボールを、僕は容易く弾く。少し力を入れすぎたようで、ボールはコートの外へ飛んでいったようだった。審判のアウトという声がコートに響く。
「久しぶりでつい気が逸ってしまったな。まあいい、次は殺(と)る」
不機嫌な声を出しながらこちらを伺うように見ているナッシュに、ああそうだ、とにらみ付ける。
「絶対は僕だ。頭が高いぞ、ナッシュ」
黒ボールから再開し、ボールを持って僕の前に立つナッシュは早々にバックチェンジで仕掛けてきた。だが、僕の眼で逃がすわけが無い。ブロックしてみせれば、ナッシュの眼が驚愕の見開く。そして、シュートフォームで飛ぶナッシュの手からもう一度ボールを弾けば、上から舌打ちが聞こえた。
スティールしたボールをそのまま取り、ゴールへ走ると目の前に12番と7番が立ちはだかる。
「どけ。これは命令だ」
「ああ?!」
「そして覚えておけ。僕の命令は絶対だ」
道を遮る愚か者共を転ばせ、ゴール下へとくれば火神が走ってくるのが見えた。アリウープを決めさせるためにボールをパスすれば、意図を理解した火神が高く飛んだ。視界の端に、シルバーが見えた。
「戻せ!!」
僕の声に反応できた火神は、空中で自在に動ける技術を生かし、シルバーに止められる前に僕に戻せた。
(昔の僕なら、ここで止められただろう。だが、今は違う。ベンチで呆然としているあいつに……優姫に、見せてやりたいと思った)
「言っただろう。絶対は僕だと」
投げたボールは、そのままゴールへと吸い込まれるように入っていった。
「もう一人の赤司…変わるかもとは聞いてたが…今までとは違う威圧感があるぜ」
「けど、味方となれば、今の赤司っちほど頼れる存在はいないっスよ!」
若松さんや黄瀬君が、何か言っている。
試合は進んでいき、ブロックに来た相手をアンクルブレイクで転ばせた赤司がシュートを決めた。けれど、みどっちにダブルチームがついてアウトサイドが狙いづらくなり、ナッシュも赤司の天帝の眼の射程を見極めて上手く躱してきて。
それでも、点差は10点で止めて、景虎さんが二度目のタイムアウトを取ることで攻防戦が一時止まることになった。
選手が戻ってくる。赤司が、戻ってくる。
未だ呆然と立ち尽くしている私の前に、何の躊躇いもなく赤司はやってきて、綺麗に笑った。去年のウィンターカップ、決勝戦前夜の、あの笑顔。
今の赤司も、出会った時の赤司も、どちらも赤司だから、大切な友達であることに変わりは無い。けど、絶対王者な頭が高いなんて言っちゃう赤司に、もう二度と会えないと思っていたから。
だから耐えきれなって、私はバカみたいにボロボロ涙を流して赤司の名前を呼んだ。
「赤司だ」
「ああ」
「洛山、勝ったんだよ。まゆゆがね、かがみんのアリウープ止めて、優勝したんだよ」
「そうか。さすが僕が育てたチームだ」
「そうだよ、赤司が作ったんだよ。赤司が、私をバスケ部に入れてくれたんだよ」
「ああ、そうだな」
「……お、おは、おはようぅぅ赤司いぃぃぃ…っ!」
壊れたみたいにおはようって何度も言って泣いたら、赤司は噴き出すように笑ってから、タオルで容赦なくガシガシと私の顔を拭いた。
「おはよう、優姫」
ゆっくり休めたよ、と赤司はオッドアイを細めてまた綺麗に微笑んだ。
ナッシュのプレイが映し出されているが、やはりどこか違和感を覚える。これが本来のプレイスタイルではないような気がしてならないのだ。本当の力が他にある気がする。それも、私がよく知っている力が。
ふるふる、と首を横に振る。何の根拠もない、ただの勘だ。少しナッシュと話をしたからだろうか。もちろん腹は立っているけど、それと同時に、どこか誰かに似ているような気がするのだ。だから、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ、放っておけない気がしてしまう。
ふと、画面から視線を落として、みんなと同じように休息を取っている赤司を見た。ああ、そうか。まるで、初めてあった時の赤司のようなのだ。自分達の勝ちは決まっていると、ナッシュも同じことを言っていた。ならば、今のナッシュの姿は、赤司の……いや、キセキと呼ばれた彼らのなれの果て。かがみんに倒されることがなく、チームメイトと共に勝ちたいと願うことをしなかったら、きっとみんなナッシュ達のようになっていた。
両頬を思い切り叩く。そうだ、弱気になるな、私。コートで戦っているのは私じゃない、赤司達なんだ。私は全力でサポートをするんだ。大きな声で応援するんだ。
そんで、ナッシュ達に間違っているって何度でも言ってやるんだ。もちろん、この勝負に勝って!
「何を百面相しているんだ君は」
「あたぁっ!私の貴重なシリアスシーンが!!」
「自分で言っちゃうんスね!」
赤司の手刀と黄瀬君のツッコミが光る。頭をさすりながら振り返ると、みんなが私を見てて驚いて肩が跳ねた。
「え、え、なになに?!私なんかした?!」
「いや、むしろ黙ってるとブキミっつーか…」
「ちょおおおお!!かがみんそれ酷くない?!」
「はい、とても気持ち悪いです」
「テツ、わりとこいつに厳しーよな」
黒子っちは私に厳しい!優姫覚えた!泣いてないよ!!
「さて、そろそろインターバルも終わりだ。優姫、今はあいつらの事情なんて知ったこっちゃねえ。そうだろ?」
景虎さんに言われて、私は大きく頷く。そうだ、たとえどんな過去があっても、今ナッシュ達のしていることは、本当にバスケをしたい人達に嫌な思いをさせている。そうだ、私は。
「1年の時、バスケ部に入ってみたいって言った未経験の友達がいたんだ。女子バスケ部の体験入部で何故か私が赤司の取り巻きだと思われて、主将の反感を買っちゃって試合をすることになって。その時にね、そこまでしなくてもいいのに、主将達は圧勝するためにずっとその子からボールを奪ってた。その子はずっと、役に立たなくてごめんって泣いてた。だから私は、言ったんだ。本当にバスケがしたい人達に嫌な思いをさせるようなことは、やめてください、って」
あの時から、私の思いは変わらない。本当にバスケがしたい人達に嫌な思いをさせるなんて、間違ってるんだ。
「だから私は、この試合に勝って、もう一度ナッシュに言ってやりたい。スポーツは楽しんでやるのが一番だって。勝ちの決まってる勝負なんてなくて、嫌な思いをさせるのも間違ってるんだって、一発お見舞いしてから言ってやりたい!」
首に提げたタオルを握りしめる。みんながフッと笑った。
「ならオレ、頭掴んで放り投げるねー」
「フン、あんな奴らヤカンを頭に落としてあの野蛮な性格をリセットしてやればいいのだよ」
「ブフォっ!!真ちゃんがそんな冗談言うなんて!!」
「黙れ高尾」
「だりーだろんなの。若松特攻させときゃいーだろ」
「するかアホ峰ぇ!!」
「はっ!日向先輩のクラッチタイムで説教とかどうだ!ですか!」
「しねーよダアホ!!」
すっかり賑やかになったベンチで、ようやく私は胸の奥にある不安を押し込むことができた。
ピンとコートの空気が張り詰めていた。後半戦の第3クォーター。開始早々ナッシュの雰囲気が違ったのだ。そういえば、先ほどのインターバルで何か揉めていた。とうとう、動き出したのだ。あのナッシュが。
嫌な予感は的中だった。ナッシュと対峙した黄瀬君に一切反応させることなく、ナッシュはパスを回した。攻防戦になるどころか、フリーの選手へとパスが通り、慌てて対応するも、シュートは無情にも入ってしまう。
「予備動作がない」
赤司がコートを見据えたままそう言った。ベンチにいる全員がその言葉に驚愕を示す。当然だ、予備動作がないなんて、本来有り得ないのだ。
「人が大きく動いたり大きな力を出そうとすれば、その直前必ず反動や勢いをつけるために動きが入る。それが予備動作だ。高速スポーツの攻防は相手を見てから反応するのでは遅い。わずかな予備動作を見逃さず、それに反応しなければ間に合わない」
だが、と赤司はコートを睨む。
「ナッシュにはその予備動作が全くない。ベンチのオレ達にはかろうじて見えたが、コートの中にいる5人には見えていなかったはずだ」
「それってつまり、絶対に防げないパスってことじゃねーのか…?!」
日向さんの言葉に赤司は応えない。対応策が浮かばない。あのパスが繰り返されたら、かなりまずいことになる。
それにしても、予備動作がない、なんてストリート選手にできるものなのだろうか。兄貴もそれに近い動きをしていたが、それは練習して得た技術。
チラ、と景虎さんを見れば、私と同じようにナッシュを考察しているようだった。
なら、ナッシュのプレイスタイルとは、もしかして。
「本当は、真っ当な選手だった…?」
思わず口から出たそれに、景虎さんが同意するように頷いた。
「さすが、よく観察してるじゃねーか。あれは、幼少期からクラブ・部活で優れた指導者についていた、バスケエリートの技術だ」
もし本当にそうだとして、じゃあどうしてナッシュは今こんなことをしているんだ。本当はもっとちゃんと、活躍できたかもしれないのに。
そう思ったらふつふつと怒りがこみ上げてきて、私はベンチからコートへ大きな声で声援を送った。
「いっけええええ!!練習量ならこっちだって負けてないわああああ!!」
コートの中では、黒子っちがミスディレクションでパスを回し、それを飛び上がったかがみんがゴールにたたき込もうとしていた。そうだ、こっちにだって意表をつくパスはあるんだ。
けれど、かがみんが掴んだボールを、シルバーがたたき落としたのだ。黒子っちとかがみんの連携に追いついた。反射速度がずば抜けている。
ナッシュの予備動作のないパス、そしてシルバーのパワー。
カウンターを仕掛けられ、ゴール下を守っていた敦をも乗り越えシルバーがダンクを決める。その時、シルバーとの接触で敦が床に座り込んで、額を抑えていた。どうやら切れたらしく、血が流れている。
「敦!!」
レフェリータイムが入り、傷の手当てで一時試合が中断する。思わず飛び出しそうになった私を止めたのは赤司だ。うぐ、としぶしぶベンチに戻る。
どうしたらいい、どうしたら。
ナッシュがかがみん達に何か言っている。どうせろくでもないことだ。私達をバカにするような言葉だろう。
奥に押しこんだ不安が顔を出す。負けるわけが無いと信じているけど、それでも怖い。みんなが傷つくことが怖い。どうしたらいいの。焦りで上手く思考がまとまらない。
不安を隠せないままコートを見つめる私を、赤司がジッと見つめていたことに気付くこともなく。
点差はあっという間に19点になってしまった。
ここで、景虎さんが選手交代を指示する。黒子っちが戻り、赤司がコートへ入っていくのを見届けて、若松さんが景虎さんに詰め寄った。
「やっと選手交代って!もっと前に手はなかったんすか?!」
「そっすよ。今出した赤司にしても、もっと早く出せば…」
赤司は、洛山でまゆゆ達をゾーンに入れた。高尾は全員をゾーンに入れればここまで苦戦しなかったのではと言いたいのだ。けど、それは無理だ。近くで見ていた私には痛いほどわかっていた。
「赤司はそれ、前半に試してたけど、パスのタイミングを全部ズラされてた。ナッシュがブロックしてたんだよ。だから、今は出来ない」
「マジかよ…」
「あとは時間だ。今それをやってもすぐにガス欠になる。そこを叩かれて終わりだ。だが、まだ手はある。ここまで耐えたんだ。やってくれよ、あいつら」
そう言って、景虎さんはコートの赤司達を見遣った。
「今がギリギリで、かつ唯一無二のチャンスだ。ナッシュはオレがつく。6番と7番はお前だけで食い止めろ、紫原。そして、頼むぞ青峰、黄瀬。シルバーに対抗出来るのはお前達二人しかいない」
そう告げると、青峰と黄瀬が楽しそうに口角を上げる。
「まさかオメーとダブルチームする日がくるとはよ」
「いやー、人生何があるかわかんないっスねえ」
陣形を変え、シルバーの前に立つ青峰と黄瀬は軽口をたたき合いながら、がらりと雰囲気を変えた。青峰のゾーンの強制解放、黄瀬の完全無欠の模倣。シルバーを止めるために組ませたダブルチーム。
「何もう勝った気でいやがんだ脳筋ヤロー、こっからだぜ、本番はよ…!!」
予想以上の猛攻をしかけることができた。シルバーを翻弄し、スティールしたボールがオレへ回ってくる。だが、やはりオレのパスはナッシュに封じられていた。
(やはり、ここからは……)
黄瀬へパスを回す。青峰と息の合ったコンビネーションを見せ、青峰はシュートを決めた。いい流れだと思ったが、紫原を見て、少し思案する。
消耗が激しい上に、対処が遅れている。ナッシュとシルバーばかりに気を取られていたが、他の選手も技術面で優れている。彼らもきっと、バスケエリート上がりだろう。
どうするか、と次の手を考えていたら、黄瀬が呆れたような声を上げた。
「なーんか、ダブルチームはやりすぎだったんじゃないっスかねー」
「あ?」
「青峰っち、こいつオレに任せてくれないっスか?」
青峰は呆れたように溜息を吐いて、いいぜ、とマークを外れて7番の選手へ向かって走って行く。黄瀬が珍しいと騒いで、それにまた呆れたように「テキトーなところで変われ」と軽口を吐いた。
「てめえ、何のつもりだ」
「状況考えりゃだいたいわかるっしょ?…お前ごとき、オレ一人で充分だっつってんだよ」
黄瀬の言っている意味をなんとなく理解したらしいシルバーが早口のスラングで罵倒しているが、そうか、黄瀬。お前はそれを選んだのか。
チームのために、お前はそうするのか。それなら、オレも、することは決まっている。
「ちょっと二人とも?!」
「いくら何でも、調子に乗りすぎじゃ…」
「いや、逆だ」
相田さんとさつきちゃんの焦りに、静かに否定したのは景虎さんだ。誤算だった、と冷や汗を流す。
「あいつらに余裕なんてねえ。あれはそれを悟らせないための演技だ」
え、と声を上げたのは誰だったか。きっと、全員だった。
「紫原の守備範囲をもってしても、想定を上回る実力を持つあの6番と7番を止められなかった。おかげで青峰と黄瀬のダブルチームで押しているように見えるが、肝心の点差が縮められてねえ」
そして、もう一つ。
「ダブルチームの消耗が予想以上に激しい。このままでは二人とも、スタミナが保たせる場面のはるか手前で尽きる。黄瀬はそれを悟り、そして決断したんだ。青峰のスタミナを温存するために、たとえここで自分のスタミナが尽きることになっても、シルバーを一人でくい止めることを」
「それじゃ、黄瀬は…勝機を繋ぐために自分を犠牲にするつもりで…?!」
「黄瀬君…っ!」
黒子っちが立ち上がりそうなほど、身体を震わせた。
これが、本当に負けられない勝負。ここまでしないと勝てない相手。それでも勝ちたい気持ちが痛いほどわかるから、私はここで全力で応援をする。
頑張れ、黄瀬君。
「頑張れ!!黄瀬君っ!!」
聞こえるか。頼みがある。
心の内側へ問いかけると、遅いと言わんばかりにもう一人のオレが返事を返してきた。
「いつまでもたついているんだ。お前のプレイスタイルはナッシュと相性が悪いのは明らかだっただろう」
「力を貸してくれるのか?」
「わかっていて聞くのか」
少し拗ねているような口調に、やはり弟のようだなと場違いな感想を抱いた。随分前から目覚めていたらしく、早く表に出たくて落ち着かなかったのだろう。
それなら、こちらの事情を……水瓶のことも知っているだろうか。ナッシュが勝てば水瓶を好きにできる、というなんともふざけた取り決めを。
「知っている。全く、千尋は一体何をしていたんだ…いやこの件はあいつ自身にも非があるな。あいつは本当に……いやこれは本人に言うとしよう」
「フ…以前とは逆になってしまったな。あの後、洛山がどうなったか教えておこうか?」
「いい。それもあいつから聞くさ。チームの勝利のために、さあ交代だ」
ああ、おはよう、赤司征十郎。
第4クォーターが開始した。黄瀬君はゾーンに入った上に、完全無欠の模倣。みどっちは言った。今このコート上で、最強は黄瀬君だと。けれど、もって数分のパーフェクトモード。
みどっちの技を模倣した黄瀬君は、構えて飛ぼうとした。ボールは、小さなバウンドでコートを転がっていく。
投げられなかったのだ。黄瀬君がその場に蹲り、動けなくなっていた。体力切れだ。
点差は10点。黄瀬君は、本当にすごかった。かっこよかった。だから、そんな悔しそうな顔しなくていいんだよ。
赤司に肩を貸して貰い、戻ってきた黄瀬君を若松さんが受け止めた。相田さんとさつきちゃんがアイシングをはじめ、日向さんがドリンクを用意している。私も、とタオルを持って黄瀬君に駆け寄ろうとしたとき、ぽん、と肩を叩かれた。
「涼太を頼むぞ」
そう言って、黄瀬君と交代したみどっちと共にコートへ戻っていく赤司。
胸が、ドクンと跳ねた。振り向いても赤司の背中しか見えなかった。
「これで元通りだ。無意味な努力、ご苦労様だぜ」
ナッシュは下卑た笑いを浮かべている。
「元通りでも無意味でもない。涼太は次へ繋がる仕事を十二分にしてくれた。それより、自分の心配でもしていろ」
「ああ?」
ナッシュの手を離れたボールを、僕は容易く弾く。少し力を入れすぎたようで、ボールはコートの外へ飛んでいったようだった。審判のアウトという声がコートに響く。
「久しぶりでつい気が逸ってしまったな。まあいい、次は殺(と)る」
不機嫌な声を出しながらこちらを伺うように見ているナッシュに、ああそうだ、とにらみ付ける。
「絶対は僕だ。頭が高いぞ、ナッシュ」
黒ボールから再開し、ボールを持って僕の前に立つナッシュは早々にバックチェンジで仕掛けてきた。だが、僕の眼で逃がすわけが無い。ブロックしてみせれば、ナッシュの眼が驚愕の見開く。そして、シュートフォームで飛ぶナッシュの手からもう一度ボールを弾けば、上から舌打ちが聞こえた。
スティールしたボールをそのまま取り、ゴールへ走ると目の前に12番と7番が立ちはだかる。
「どけ。これは命令だ」
「ああ?!」
「そして覚えておけ。僕の命令は絶対だ」
道を遮る愚か者共を転ばせ、ゴール下へとくれば火神が走ってくるのが見えた。アリウープを決めさせるためにボールをパスすれば、意図を理解した火神が高く飛んだ。視界の端に、シルバーが見えた。
「戻せ!!」
僕の声に反応できた火神は、空中で自在に動ける技術を生かし、シルバーに止められる前に僕に戻せた。
(昔の僕なら、ここで止められただろう。だが、今は違う。ベンチで呆然としているあいつに……優姫に、見せてやりたいと思った)
「言っただろう。絶対は僕だと」
投げたボールは、そのままゴールへと吸い込まれるように入っていった。
「もう一人の赤司…変わるかもとは聞いてたが…今までとは違う威圧感があるぜ」
「けど、味方となれば、今の赤司っちほど頼れる存在はいないっスよ!」
若松さんや黄瀬君が、何か言っている。
試合は進んでいき、ブロックに来た相手をアンクルブレイクで転ばせた赤司がシュートを決めた。けれど、みどっちにダブルチームがついてアウトサイドが狙いづらくなり、ナッシュも赤司の天帝の眼の射程を見極めて上手く躱してきて。
それでも、点差は10点で止めて、景虎さんが二度目のタイムアウトを取ることで攻防戦が一時止まることになった。
選手が戻ってくる。赤司が、戻ってくる。
未だ呆然と立ち尽くしている私の前に、何の躊躇いもなく赤司はやってきて、綺麗に笑った。去年のウィンターカップ、決勝戦前夜の、あの笑顔。
今の赤司も、出会った時の赤司も、どちらも赤司だから、大切な友達であることに変わりは無い。けど、絶対王者な頭が高いなんて言っちゃう赤司に、もう二度と会えないと思っていたから。
だから耐えきれなって、私はバカみたいにボロボロ涙を流して赤司の名前を呼んだ。
「赤司だ」
「ああ」
「洛山、勝ったんだよ。まゆゆがね、かがみんのアリウープ止めて、優勝したんだよ」
「そうか。さすが僕が育てたチームだ」
「そうだよ、赤司が作ったんだよ。赤司が、私をバスケ部に入れてくれたんだよ」
「ああ、そうだな」
「……お、おは、おはようぅぅ赤司いぃぃぃ…っ!」
壊れたみたいにおはようって何度も言って泣いたら、赤司は噴き出すように笑ってから、タオルで容赦なくガシガシと私の顔を拭いた。
「おはよう、優姫」
ゆっくり休めたよ、と赤司はオッドアイを細めてまた綺麗に微笑んだ。