影法師にアンコール!(krk)※抜け番あり
DREAM
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「失礼します、相田さん」
合宿四日目。
突如聞こえた声にブフォ、と、口に含んだスポドリを噴き出した。隣にいたさつきちゃんが悲鳴を上げてタオルを用意してくれる。
そんな私の様子なんて気にせず入ってきた男、私の兄は景虎さんに話をつづけた。
「今日の練習なのですが、特別な練習等する予定がなければ午前だけでも俺に采配させてもらえませんか」
「おお、特別なのはねえから構わんぞ。もしかして、お前自ら…?」
「いえ、俺の実力なんて毬付き程度のものですから分相応ですよ。実はスターキーの今吉が一度戦った身として少しはこちら側の参考になるかもしれないからと提案がありまして」
「なるほどな。たしかにちょっとしたことでもこちらとしては情報が欲しいところだ。午前だけと言わず、今日一日使っていいぜ」
「ありがとうございます。おい優姫、青峰。準備室にいるスターキー達を呼んできてくれ」
と、流れるように兄貴が言うので、今度は青峰がスポドリを噴き出した。
「いきなりきて何言いやがんだ!んなのさつきに頼めばいいだろーが!」
「女性をパシるような屑は滅んでいいと思っている」
「オレならいいのかよ!」
「待って兄貴!私も女子です!!」
「あと五秒待とう。一、二…」
「「行きます!!!」」
兄貴の怖さを嫌と言うほど思い知っている私達は即答して体育館を飛び出す。後ろで黄瀬君が「アレが青峰っちが恐れるセンセーっスか…ごくり…」と呟いていた。
「いやー。やっぱ全員揃ってると圧巻やなー」
「キセキ勢揃いの上黒子と火神って、オレらからすりゃ勝てる気がしねえメンツだろ」
体育館に入るや否、スターキーの面々は揃ったメンバーの姿を見て感嘆する。たしかにこのメンバーなら負ける気はしない。けれど、今回は立ち向かえるかどうかもまだ未知数の相手で、一瞬だって油断はできない。だからこそ、今回のスターキーとの練習はすごく重要だ。彼らは一度、ジャバウォックと試合をしている。だから兄貴もこの練習を提案したのだ。
「それにしても兄貴がこんなに本気になってくれるなんて思わなかったなー」
「手を抜くつもりは一切無い」
今吉さんと宮地さんの後ろから兄貴がヌッと出てきて、私が思わずギャッと叫んだらチョップをされた。兄貴は基本物理で私を止めてくる。これテストに出ないけど重要です。避けるために。
「ぐぬぬ…!避け損なった…!」
「お前ももう少し危機感を持て。本来なら俺が直々に潰してやってもいいんだ。まあ相田さんに免じてお前達が失敗するまで手は出さないでやっているが」
「ほんと兄貴は何者なの?!ていうか、危機感くらい持ってるし!」
「持ってないな。お前分かっているのか?アイツらの、いやナッシュの要求を忘れたわけじゃないだろう」
ナッシュの要求?
見るからに不思議そうな顔をしたであろう私を見て、兄貴がとんでもないくらい深い溜息を吐いた。これでもかってくらい頭に手をあてて、何かぼそぼそ言っている。聞こえてきた単語が「教育」「躾」「サバンナ」とかだったので聞かなかったことにした。
「まあいい。お前達が負けようとも後始末はするつもりだから、好きに試合するといい」
「おいセンコー。あんた、オレらが負けるとでも思ってんのか?」
私達の話を聞いていた青峰が苛立ちを含ませた声で問えば、兄貴はけろっとした顔で首を横に振った。
「いいや?」
「ホントかよ…」
「お前達がアイツらに勝てる可能性がないと思っていたら、わざわざスターキーを集めたり近隣のジムからトレーニング用の機材を高い金払って借りたりしないさ」
「…ふーん」
青峰が照れてる…兄貴に絆されてる…まさかの兄貴×青峰…とても良い。そこまで考えたところで兄貴からまた鉄拳制裁チョップが振り下ろされたので、頭を抱えてうずくまる。
「うぐぐ…って、待って兄貴。高い金払ってって、まさか我が家のマネー?!」
「出世払いで構わんぞ、優姫」
「しかも私の借金になってる?!ひえええほんとジャバウォック許さねえええ!!」
ヘドバンのごとく頭を振って叫んでいたら、笠松さんが「お、落ち着けよ…」と心配してくれた。いい人。
黄瀬君もいい人だし、海常めちゃくちゃホワイト企業じゃん…就職しよ…とか考えていたら、黄瀬君が嬉しそうに笠松さんのところまで駆け寄ってきた。
「いやー!笠松先輩も来てくれるなんて嬉しいっス!」
「ああ、オレらも思うことはあるからな。言いたかったことは全部水瓶が言ってくれた。あとは、アイツらをオレ達のバスケで倒すだけだ。だから黄瀬、ぜってー勝てよ」
「っ、はい!!」
そんな激励は各校でも行われていたらしく、周りには先輩と向かい合って真剣な表情をしている青峰達がいた。そして我が校、洛山出身の樋口先輩はというと。
なにやら困った顔で赤司を宥めていた。あれ、うちだけ不穏な空気だぞ。何があった。
「どうしたんですか樋口先輩!」
思わず駆け寄ると、樋口先輩は赤司がさっきから怖い顔をしていて無言で怖いと困った顔で教えてくれた。え、今日の練習内容に不満でもあるのだろうか。ていうか、こんなにむき出しで怒る赤司とかレアなんだけど、本当にどうしたんだろう。
「あ、赤司?」
おそるおそる名前を呼ぶと、赤司はゆらりとこちらを向いた。怖い。超怖い。目がかっぴらいてんじゃん。怖い。
「い、一体どしたのさ?!」
「…いや、そもそもオレは、なぜこんなにも腹を立てて…あいつの方に引っ張られているのか…?…違う、これはオレの…」
「赤司ほんとどしたの?!ま、まゆゆーっ!ラノベ読んでないでこっちきてー!」
今の今まで無言で体育館の端で気配を消してラノベを読んでいたまゆゆが、めんどくさそうに起き上がった。私の叫び声と同時に視界の端で動いたまゆゆに、黒子っちと高尾と、スターキー以外が各々驚いた声を上げている。その中で近くにいたかがみんが一番驚いていたようだ。
「いつからそこにいたんだ?!ですか?!」
「今吉達が入ってきたとき一緒に入った」
「き、気付かなかったっス…」
「ほんとテツに似てやがる…」
ちなみに今日のまゆゆは本当にバスケに参加する気はないようで、ラフな格好で来ている。来てくれただけでも嬉しいので別に構わないが、それでも練習後少しだけでもバスケをしようと誘おうと目論んではいる。
まゆゆはどことなく呆れた風にこちらまでやってきて、俯く赤司の頭を手の甲でポンと叩いた。赤司が顔を上げて、ぱちりと瞬きをする。
「いいか赤司。オレから言えることは一つだけだ。ぜってー勝て」
「!」
「あのクソ共に穢されていい奴じゃねえだろ。お前にとっても」
「…そうですね。ありがとうございます、黛さん」
赤司の雰囲気が穏やかになる。どうやらまゆゆに諭されて、気持ちを落ち着けることができたようだ。
「けど、今の何の話だったの?まゆあか秘密の会話?」
「ふう、練習前に肩慣らしでもしておくか」
「あたたたた!!腕が曲がる腕が曲がるうううううう!!」
よかった、元気が出たみたいだ、じゃないですよ樋口先輩!!これは出ちゃいけない元気ですよ?!まゆゆもさっさと端に座ってラノベ読み始めるの酷くない?!
そして始まった練習は、先日までと違ってハードだった。基礎連も含め、スターキーは一切の手を抜かないし、こちらも同様。全員激励されたことが良い刺激になったのだろう。とくに赤司もいつも以上にキレキレで、私も何度腕を曲げられたことか。
その際まゆゆはラノベを読み続け、ふと目を向けた時には何冊も積み重なっていた。興味!こっちに興味持って!
そして今日の練習は終わり、体育館の掃除を各々が始めている。私もタオルで顔を拭いたらすぐに参加しなくては。
「予想外だったな」
ぽそりと兄貴が呟いた。コートを離れ、端で兄貴の隣にいた私が首を傾げると、壁に背を預けたまま兄貴がコートに目線を向ける。
「あいつらの連携、正直噛み合わないだろうと思っていたが、まさかここまで噛み合っていたとは思わなかった。やはり、お前をぶっ込んだのは正解だったな」
「へ?私?」
「そうだ。お前はなんだかんだで、良い影響を与える。赤司がそうだったように、上手くチームの緩和剤になれたようで安心した」
そう言って、微笑む兄貴。よかった、安心した、と。
「優姫、洛山は楽しいか?」
「楽しい、よ」
「そうか。…そうだな」
続く言葉が聞きたくなくて、私は立ち上がって兄貴の眼鏡を掴んで投げた。
カシャン、と、コートに眼鏡が音を立てて落ちる。
兄貴は珍しく驚いて目を見開いていた。
「優姫」
「今、なんて言おうとしたの」
「……」
「良い影響?緩和剤?やめてよ、もう、いいよ。ずっと思ってた、どうして兄貴が、今回いつもみたいに帝王全開でジャバウォックの奴らに制裁とかしなかったのか。私のせいなんでしょ」
兄貴は、景虎さんに止められて私達に決着を託したと言うけれど、それは都合の良い理由なだけだ。いつもと変わらない態度をしていながら、兄貴はこの数日間、私を避けていた。そして今日やっと顔を出したと思ったら、みんなが言うみたいに私はすごいだとか、そんなことを言い出して。
一昨日の電話でまゆゆに言われた、間違いだなんて言わないでくれという言葉。私は、頷いたけど。本当は、本当はね。
否定したくて、仕方なかったんだよ。
だってね。
「兄貴が渡したチケットは、私が欲しかったものだし、あの時あいつらに腹を立てて向かっていったのだって、私の意志だった。だから、兄貴が悔やむ必要なんて全然ないんだよ。なのに、なんでそんな顔すんの、なんでそんなこと言うの」
だって、私はこんなにも。
「私が洛山に行ったのは、兄貴の名前から逃げたかっただけで、兄貴から逃げたかったんじゃないんだよ!!私が兄貴のこと、嫌うわけないじゃんか!!」
こんなにも、兄貴を傷つけているじゃないか。
表情を歪ませて、傷ついた顔をした兄貴をこれ以上見ていられなくて、私はまた、兄貴から逃げ出した。今度は追ってはこなかった。
体育館を出て、施設を飛び出して、たどり着いたのは近くにある公園だった。昔、ここで遊んだことがある。まだ兄貴が眼鏡をかけていなかった頃、まだ兄貴が、自虐を含めた笑顔をしなかった頃。
「…さむ」
昼間は暑いとはいえ、夜はやはり少し肌寒い。けど、今戻るのはとても戻りづらい。もう少しクールダウンがしたかった。
「またラノベみたいなことしやがって」
ブランコに座って、思わず口に出した言葉はそのまま夜の空気に溶けるものと思ったが、呆れたような声で返事が返ってきた。来てくれたのは、まゆゆだった。少し息を切らしているから、走ってきてくれたんだろうか。
「まゆゆ」
「オレが来たときに限って騒ぎを起こすとかお前、狙ってんのかよ」
「ね、狙ってないし…うう…せっかくまゆゆが来てくれたのに、また見苦しいものを見せてしまった…」
「…話した方が楽になるなら、聞くだけ聞いててやるから言ってみろ」
隣のブランコに座ったまゆゆは私に上着を渡して、少し笑った。その上着を羽織ると、兄貴のよく使うシャンプーの匂いがして、兄貴がわざわざ自分の上着をまゆゆに渡したんだと思うと、あの傷ついた顔を思い出して胸が痛くなった。
「私、は、兄貴の名前から逃げたのは本当だけど、もしかしたら、本当は、もしかしたら兄貴のあの傷ついた顔からも、逃げたのかも、しれないんだ」
まゆゆが黙っていてくれるから、私はぽつりぽつりと、口に出していく。
兄貴があんなにも私を守ろうとしてくれるのは、本当は、罪悪感からだった。
「昔ね、何年も前なんだけど、私、川に落ちて溺れたんだ。橋の上で、転んで…その転んだ原因が、兄貴だった。大雨の日に兄貴がね、習い事に行こうと外に出て、私もそれを追いかけた。それで、兄貴に、家に帰れって言われたのにしつこく私がついて行こうとしたから、怒ってね。押し返されたんだ。それで、滑って橋の上から落ちちゃって」
あの時、兄貴はどんな顔をしていたんだっけ。
溺れている私には、ただ助けてって水の中から手を伸ばすことしかできなくて。兄貴が橋の上からこちらを覗いているのが見えた。それから、どこかへ走り去っていく。それを見て、私はきっと助けてくれる、大丈夫だ、と必死に水の中で藻掻いていた。
気を失いそうな時、助けてくれたのは近所の大人の人だった。沢山の大人に囲まれながら救急車に乗り込む時、兄貴の姿を探したけど見つからなかった。
目を覚ました時、私は病院のベッドで寝ていた。お母さんとお父さんが涙目でよかったと私を抱きしめてくれた。そうだ、お兄ちゃんは、と両親の後ろを見れば、青ざめた顔で私を見ていた。その時、両親の質問に咄嗟に答えたのは、嘘。
「兄貴は一緒じゃなかったのかってお父さんが聞いた時、私は兄貴をこれ以上傷つけちゃいけないって思って、嘘をついたんだ。それをね、兄貴は庇ったんだって思ったらしくて、ごめんって私の手を握って泣いてた。もう離れない、ずっと守るって。…それからだよ、目が悪いわけじゃないのに眼鏡なんてかけて、真面目な口調で話すようになって、誰よりも、私を第一に考えるようになって」
そんな、罪悪感で構成された献身が欲しかったわけじゃなかった。ただ、尊敬している兄貴に、悲しい顔をしてほしくなかっただけなのに。
「今回のことだって、兄貴は自分がチケットを渡したせいだって思ってる。アレは私がカッとなって後先考えずに向かっていったのが原因で、兄貴は全然関係ないのに。どうしてかな、どうして私、いっつも兄貴を傷つけちゃうのかな。あの時私、どうすればよかったのかな」
私のせいで、傷ついている人がいるのに、そんな私がどうして他の人に良い影響を与えているというのか。みんな、私のおかげなんかじゃないのに。なのに、どうして。
「…全部はき出せたか?」
そうやって、優しく笑ってくれるの。
いつの間にか、私の前に屈んでいたまゆゆは、優しい声でそう問いかけた。うん、と言いたかったけど、あふれ出る涙と嗚咽のせいで声が出なかった。
ポンポン、と子供をあやすようにまゆゆが私の頭を撫でてくれる。
「お前もさ、いい加減卑屈になんのやめろよ。オレは、お前が逃げた先が洛山で良かったと思ってる。お前がいたから、オレは一年間楽しかったと思えたからな」
まゆゆは、何度もそうやって言ってくれる。暖かい言葉。優しい声で、いつも私を救い出してくれるんだ。
「赤司達もそうだって、言っただろ?それって結局、お前がちゃんと、言いたいことを相手に伝えたからなんだぜ?なら、今度は誰に言いたいことを伝えるか、わかるだろ?」
「…うん」
「全部伝えてダメだったら、何度でも言ってやれ。お前はそういう奴だろ?」
まゆゆ、まゆゆ。
ーーーーーー
続き作業中
合宿四日目。
突如聞こえた声にブフォ、と、口に含んだスポドリを噴き出した。隣にいたさつきちゃんが悲鳴を上げてタオルを用意してくれる。
そんな私の様子なんて気にせず入ってきた男、私の兄は景虎さんに話をつづけた。
「今日の練習なのですが、特別な練習等する予定がなければ午前だけでも俺に采配させてもらえませんか」
「おお、特別なのはねえから構わんぞ。もしかして、お前自ら…?」
「いえ、俺の実力なんて毬付き程度のものですから分相応ですよ。実はスターキーの今吉が一度戦った身として少しはこちら側の参考になるかもしれないからと提案がありまして」
「なるほどな。たしかにちょっとしたことでもこちらとしては情報が欲しいところだ。午前だけと言わず、今日一日使っていいぜ」
「ありがとうございます。おい優姫、青峰。準備室にいるスターキー達を呼んできてくれ」
と、流れるように兄貴が言うので、今度は青峰がスポドリを噴き出した。
「いきなりきて何言いやがんだ!んなのさつきに頼めばいいだろーが!」
「女性をパシるような屑は滅んでいいと思っている」
「オレならいいのかよ!」
「待って兄貴!私も女子です!!」
「あと五秒待とう。一、二…」
「「行きます!!!」」
兄貴の怖さを嫌と言うほど思い知っている私達は即答して体育館を飛び出す。後ろで黄瀬君が「アレが青峰っちが恐れるセンセーっスか…ごくり…」と呟いていた。
「いやー。やっぱ全員揃ってると圧巻やなー」
「キセキ勢揃いの上黒子と火神って、オレらからすりゃ勝てる気がしねえメンツだろ」
体育館に入るや否、スターキーの面々は揃ったメンバーの姿を見て感嘆する。たしかにこのメンバーなら負ける気はしない。けれど、今回は立ち向かえるかどうかもまだ未知数の相手で、一瞬だって油断はできない。だからこそ、今回のスターキーとの練習はすごく重要だ。彼らは一度、ジャバウォックと試合をしている。だから兄貴もこの練習を提案したのだ。
「それにしても兄貴がこんなに本気になってくれるなんて思わなかったなー」
「手を抜くつもりは一切無い」
今吉さんと宮地さんの後ろから兄貴がヌッと出てきて、私が思わずギャッと叫んだらチョップをされた。兄貴は基本物理で私を止めてくる。これテストに出ないけど重要です。避けるために。
「ぐぬぬ…!避け損なった…!」
「お前ももう少し危機感を持て。本来なら俺が直々に潰してやってもいいんだ。まあ相田さんに免じてお前達が失敗するまで手は出さないでやっているが」
「ほんと兄貴は何者なの?!ていうか、危機感くらい持ってるし!」
「持ってないな。お前分かっているのか?アイツらの、いやナッシュの要求を忘れたわけじゃないだろう」
ナッシュの要求?
見るからに不思議そうな顔をしたであろう私を見て、兄貴がとんでもないくらい深い溜息を吐いた。これでもかってくらい頭に手をあてて、何かぼそぼそ言っている。聞こえてきた単語が「教育」「躾」「サバンナ」とかだったので聞かなかったことにした。
「まあいい。お前達が負けようとも後始末はするつもりだから、好きに試合するといい」
「おいセンコー。あんた、オレらが負けるとでも思ってんのか?」
私達の話を聞いていた青峰が苛立ちを含ませた声で問えば、兄貴はけろっとした顔で首を横に振った。
「いいや?」
「ホントかよ…」
「お前達がアイツらに勝てる可能性がないと思っていたら、わざわざスターキーを集めたり近隣のジムからトレーニング用の機材を高い金払って借りたりしないさ」
「…ふーん」
青峰が照れてる…兄貴に絆されてる…まさかの兄貴×青峰…とても良い。そこまで考えたところで兄貴からまた鉄拳制裁チョップが振り下ろされたので、頭を抱えてうずくまる。
「うぐぐ…って、待って兄貴。高い金払ってって、まさか我が家のマネー?!」
「出世払いで構わんぞ、優姫」
「しかも私の借金になってる?!ひえええほんとジャバウォック許さねえええ!!」
ヘドバンのごとく頭を振って叫んでいたら、笠松さんが「お、落ち着けよ…」と心配してくれた。いい人。
黄瀬君もいい人だし、海常めちゃくちゃホワイト企業じゃん…就職しよ…とか考えていたら、黄瀬君が嬉しそうに笠松さんのところまで駆け寄ってきた。
「いやー!笠松先輩も来てくれるなんて嬉しいっス!」
「ああ、オレらも思うことはあるからな。言いたかったことは全部水瓶が言ってくれた。あとは、アイツらをオレ達のバスケで倒すだけだ。だから黄瀬、ぜってー勝てよ」
「っ、はい!!」
そんな激励は各校でも行われていたらしく、周りには先輩と向かい合って真剣な表情をしている青峰達がいた。そして我が校、洛山出身の樋口先輩はというと。
なにやら困った顔で赤司を宥めていた。あれ、うちだけ不穏な空気だぞ。何があった。
「どうしたんですか樋口先輩!」
思わず駆け寄ると、樋口先輩は赤司がさっきから怖い顔をしていて無言で怖いと困った顔で教えてくれた。え、今日の練習内容に不満でもあるのだろうか。ていうか、こんなにむき出しで怒る赤司とかレアなんだけど、本当にどうしたんだろう。
「あ、赤司?」
おそるおそる名前を呼ぶと、赤司はゆらりとこちらを向いた。怖い。超怖い。目がかっぴらいてんじゃん。怖い。
「い、一体どしたのさ?!」
「…いや、そもそもオレは、なぜこんなにも腹を立てて…あいつの方に引っ張られているのか…?…違う、これはオレの…」
「赤司ほんとどしたの?!ま、まゆゆーっ!ラノベ読んでないでこっちきてー!」
今の今まで無言で体育館の端で気配を消してラノベを読んでいたまゆゆが、めんどくさそうに起き上がった。私の叫び声と同時に視界の端で動いたまゆゆに、黒子っちと高尾と、スターキー以外が各々驚いた声を上げている。その中で近くにいたかがみんが一番驚いていたようだ。
「いつからそこにいたんだ?!ですか?!」
「今吉達が入ってきたとき一緒に入った」
「き、気付かなかったっス…」
「ほんとテツに似てやがる…」
ちなみに今日のまゆゆは本当にバスケに参加する気はないようで、ラフな格好で来ている。来てくれただけでも嬉しいので別に構わないが、それでも練習後少しだけでもバスケをしようと誘おうと目論んではいる。
まゆゆはどことなく呆れた風にこちらまでやってきて、俯く赤司の頭を手の甲でポンと叩いた。赤司が顔を上げて、ぱちりと瞬きをする。
「いいか赤司。オレから言えることは一つだけだ。ぜってー勝て」
「!」
「あのクソ共に穢されていい奴じゃねえだろ。お前にとっても」
「…そうですね。ありがとうございます、黛さん」
赤司の雰囲気が穏やかになる。どうやらまゆゆに諭されて、気持ちを落ち着けることができたようだ。
「けど、今の何の話だったの?まゆあか秘密の会話?」
「ふう、練習前に肩慣らしでもしておくか」
「あたたたた!!腕が曲がる腕が曲がるうううううう!!」
よかった、元気が出たみたいだ、じゃないですよ樋口先輩!!これは出ちゃいけない元気ですよ?!まゆゆもさっさと端に座ってラノベ読み始めるの酷くない?!
そして始まった練習は、先日までと違ってハードだった。基礎連も含め、スターキーは一切の手を抜かないし、こちらも同様。全員激励されたことが良い刺激になったのだろう。とくに赤司もいつも以上にキレキレで、私も何度腕を曲げられたことか。
その際まゆゆはラノベを読み続け、ふと目を向けた時には何冊も積み重なっていた。興味!こっちに興味持って!
そして今日の練習は終わり、体育館の掃除を各々が始めている。私もタオルで顔を拭いたらすぐに参加しなくては。
「予想外だったな」
ぽそりと兄貴が呟いた。コートを離れ、端で兄貴の隣にいた私が首を傾げると、壁に背を預けたまま兄貴がコートに目線を向ける。
「あいつらの連携、正直噛み合わないだろうと思っていたが、まさかここまで噛み合っていたとは思わなかった。やはり、お前をぶっ込んだのは正解だったな」
「へ?私?」
「そうだ。お前はなんだかんだで、良い影響を与える。赤司がそうだったように、上手くチームの緩和剤になれたようで安心した」
そう言って、微笑む兄貴。よかった、安心した、と。
「優姫、洛山は楽しいか?」
「楽しい、よ」
「そうか。…そうだな」
続く言葉が聞きたくなくて、私は立ち上がって兄貴の眼鏡を掴んで投げた。
カシャン、と、コートに眼鏡が音を立てて落ちる。
兄貴は珍しく驚いて目を見開いていた。
「優姫」
「今、なんて言おうとしたの」
「……」
「良い影響?緩和剤?やめてよ、もう、いいよ。ずっと思ってた、どうして兄貴が、今回いつもみたいに帝王全開でジャバウォックの奴らに制裁とかしなかったのか。私のせいなんでしょ」
兄貴は、景虎さんに止められて私達に決着を託したと言うけれど、それは都合の良い理由なだけだ。いつもと変わらない態度をしていながら、兄貴はこの数日間、私を避けていた。そして今日やっと顔を出したと思ったら、みんなが言うみたいに私はすごいだとか、そんなことを言い出して。
一昨日の電話でまゆゆに言われた、間違いだなんて言わないでくれという言葉。私は、頷いたけど。本当は、本当はね。
否定したくて、仕方なかったんだよ。
だってね。
「兄貴が渡したチケットは、私が欲しかったものだし、あの時あいつらに腹を立てて向かっていったのだって、私の意志だった。だから、兄貴が悔やむ必要なんて全然ないんだよ。なのに、なんでそんな顔すんの、なんでそんなこと言うの」
だって、私はこんなにも。
「私が洛山に行ったのは、兄貴の名前から逃げたかっただけで、兄貴から逃げたかったんじゃないんだよ!!私が兄貴のこと、嫌うわけないじゃんか!!」
こんなにも、兄貴を傷つけているじゃないか。
表情を歪ませて、傷ついた顔をした兄貴をこれ以上見ていられなくて、私はまた、兄貴から逃げ出した。今度は追ってはこなかった。
体育館を出て、施設を飛び出して、たどり着いたのは近くにある公園だった。昔、ここで遊んだことがある。まだ兄貴が眼鏡をかけていなかった頃、まだ兄貴が、自虐を含めた笑顔をしなかった頃。
「…さむ」
昼間は暑いとはいえ、夜はやはり少し肌寒い。けど、今戻るのはとても戻りづらい。もう少しクールダウンがしたかった。
「またラノベみたいなことしやがって」
ブランコに座って、思わず口に出した言葉はそのまま夜の空気に溶けるものと思ったが、呆れたような声で返事が返ってきた。来てくれたのは、まゆゆだった。少し息を切らしているから、走ってきてくれたんだろうか。
「まゆゆ」
「オレが来たときに限って騒ぎを起こすとかお前、狙ってんのかよ」
「ね、狙ってないし…うう…せっかくまゆゆが来てくれたのに、また見苦しいものを見せてしまった…」
「…話した方が楽になるなら、聞くだけ聞いててやるから言ってみろ」
隣のブランコに座ったまゆゆは私に上着を渡して、少し笑った。その上着を羽織ると、兄貴のよく使うシャンプーの匂いがして、兄貴がわざわざ自分の上着をまゆゆに渡したんだと思うと、あの傷ついた顔を思い出して胸が痛くなった。
「私、は、兄貴の名前から逃げたのは本当だけど、もしかしたら、本当は、もしかしたら兄貴のあの傷ついた顔からも、逃げたのかも、しれないんだ」
まゆゆが黙っていてくれるから、私はぽつりぽつりと、口に出していく。
兄貴があんなにも私を守ろうとしてくれるのは、本当は、罪悪感からだった。
「昔ね、何年も前なんだけど、私、川に落ちて溺れたんだ。橋の上で、転んで…その転んだ原因が、兄貴だった。大雨の日に兄貴がね、習い事に行こうと外に出て、私もそれを追いかけた。それで、兄貴に、家に帰れって言われたのにしつこく私がついて行こうとしたから、怒ってね。押し返されたんだ。それで、滑って橋の上から落ちちゃって」
あの時、兄貴はどんな顔をしていたんだっけ。
溺れている私には、ただ助けてって水の中から手を伸ばすことしかできなくて。兄貴が橋の上からこちらを覗いているのが見えた。それから、どこかへ走り去っていく。それを見て、私はきっと助けてくれる、大丈夫だ、と必死に水の中で藻掻いていた。
気を失いそうな時、助けてくれたのは近所の大人の人だった。沢山の大人に囲まれながら救急車に乗り込む時、兄貴の姿を探したけど見つからなかった。
目を覚ました時、私は病院のベッドで寝ていた。お母さんとお父さんが涙目でよかったと私を抱きしめてくれた。そうだ、お兄ちゃんは、と両親の後ろを見れば、青ざめた顔で私を見ていた。その時、両親の質問に咄嗟に答えたのは、嘘。
「兄貴は一緒じゃなかったのかってお父さんが聞いた時、私は兄貴をこれ以上傷つけちゃいけないって思って、嘘をついたんだ。それをね、兄貴は庇ったんだって思ったらしくて、ごめんって私の手を握って泣いてた。もう離れない、ずっと守るって。…それからだよ、目が悪いわけじゃないのに眼鏡なんてかけて、真面目な口調で話すようになって、誰よりも、私を第一に考えるようになって」
そんな、罪悪感で構成された献身が欲しかったわけじゃなかった。ただ、尊敬している兄貴に、悲しい顔をしてほしくなかっただけなのに。
「今回のことだって、兄貴は自分がチケットを渡したせいだって思ってる。アレは私がカッとなって後先考えずに向かっていったのが原因で、兄貴は全然関係ないのに。どうしてかな、どうして私、いっつも兄貴を傷つけちゃうのかな。あの時私、どうすればよかったのかな」
私のせいで、傷ついている人がいるのに、そんな私がどうして他の人に良い影響を与えているというのか。みんな、私のおかげなんかじゃないのに。なのに、どうして。
「…全部はき出せたか?」
そうやって、優しく笑ってくれるの。
いつの間にか、私の前に屈んでいたまゆゆは、優しい声でそう問いかけた。うん、と言いたかったけど、あふれ出る涙と嗚咽のせいで声が出なかった。
ポンポン、と子供をあやすようにまゆゆが私の頭を撫でてくれる。
「お前もさ、いい加減卑屈になんのやめろよ。オレは、お前が逃げた先が洛山で良かったと思ってる。お前がいたから、オレは一年間楽しかったと思えたからな」
まゆゆは、何度もそうやって言ってくれる。暖かい言葉。優しい声で、いつも私を救い出してくれるんだ。
「赤司達もそうだって、言っただろ?それって結局、お前がちゃんと、言いたいことを相手に伝えたからなんだぜ?なら、今度は誰に言いたいことを伝えるか、わかるだろ?」
「…うん」
「全部伝えてダメだったら、何度でも言ってやれ。お前はそういう奴だろ?」
まゆゆ、まゆゆ。
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続き作業中