影法師にアンコール!(krk)※抜け番あり
DREAM
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客席から見ていて、オレ達四人は赤司の変化にすぐ気がついた。これでも一年間ずっと一緒にいたんだ。あのプレイにオレ達がどれだけ助けられたか。
「せ、征ちゃん…っ!」
「今の天帝の眼、だったよな。赤司の奴、交代したのか」
「ってことは、起きたんだよね!もう一人の赤司!」
「みたいだな」
コートの中で、赤司がジャバウォックの奴らをアンクルブレイクし、シュートを決めていた。あの動き、やはり赤司はもう一人の赤司に変わっているようだ。何と言っているのかはここからでは聞こえないが、おそらくいつもの「頭が高い」だろうな、と懐かしさを覚える。
「何泣いてんだよ」
「この筋肉ゴリラ!デリカシーないわねほんと!征ちゃんはどっちも征ちゃんだけど、それでも去年ずっと一緒にいたのはあの征ちゃんでしょ。もう会えないって、どこかで思ってたから…」
わああんっ、と泣く実渕に、根武谷がどうしたらいいかわからず珍しくおろおろしていたので、オレは一つ溜息をついてから、ポケットに入れてあったハンカチを実渕に渡してやった。目の前に出されたそれを、実渕がキョトンとした顔で見つめる。
「やっと出てきた赤司の試合なんだ。泣いてないでしっかり見てやれよ」
赤司は、もう一人の赤司は眠っていると言っていた。だが、それもいつまで?目が覚めれば、赤司の意識はどうなる?
別の人格は、主人格を救うために生み出されることが多いらしい。そして、安心する場所が出来て、主人格が救われるとその役目を終えて、消えていくのだとか。
だから、もしかしたら、とオレは考える。今出てきた赤司は、これが最後の試合になるのではないか、と思うのだ。ならオレ達が出来ることは、あいつの勝利を信じてここでそのプレイを目に焼き付けておくことだ。あの赤司がオレ達を、優姫をまとめ、洛山を勝利へ導いてくれた男だ。それを、決して忘れることはない。
「もう…っ、もう!黛サン、ほんと優姫ちゃんのおかげで丸くなったわよね!」
「だよねだよねー!でもさ、ベンチにいる優姫、何か呆然としてない?優姫なら喜ぶかなって思うのに」
「あー、アレは…」
ちら、と根武谷がオレを見る。分かっているけど、上手く説明できないからオレに言えということらしい。仕方ない、とオレもベンチで呆然とコートを見つめる優姫の姿を見下ろす。
「あいつはまだ実感できてないんだろ。見てればわかる。ベンチに赤司が戻ってきたら、バカみたいにわんわん泣くからな」
案の定、ヴォーパルソーズがタイムアウトを取り、ベンチに戻ってきた赤司と向かい合って何か話した後、わんわん泣き始めた優姫の顔をタオルで拭いてやっている赤司の姿があった。
「まるで恋人同士っスね……」
黄瀬くんが言ったそれで、このまま赤司に抱きつきそうだった自分に気がついて思わず飛び上がった。う、うれしさで我を忘れていた!恥ずかしい!赤司も優しい笑顔見せてくるから!このイケメンめ!
赤司から半ば奪うように取ったタオルでごしごし顔を拭いていたら、私の耳に黄瀬くんの「ひぃっ!赤司っち目が怖いっス!!ごめんなさい!!」と謝罪する声が聞こえた。また魔王を発揮しているようだ。さっきの涼太を頼む発言が霞んでいく。
私達が落ち着いたのを見て、景虎さんがよし、とベンチに座った全員を見回した。
「現状を確認するぞ。今こちらのディフェンスは緑間へのチェックが厳しくアウトサイドが使えない。かといってインサイドもシルバーの脅威がある。逆にディフェンスはシルバーにボールを渡さないように守っているが、それでも他の4人もお前達と遜色ない手練れだ。それだけで止められるほど甘くはない」
「次は止めるに決まってんだろ!」
青峰がかみつくように声を上げると、わかっていると景虎さんは頷く。
「つまり両チーム、五分五分だ。流れを引き寄せるような決定打がねえ。ここで黄瀬が作った流れを途切れさせたら、追いつけなくなる」
「決定打はあります」
静かに、赤司はそう言った。全員が続きを促すように黙ると、赤司は続ける。
「一つ訂正があります。先ほどインサイドは使えないと言いましたが、ウチの長距離砲はまだ死んでいない。スリーポイントで差をつめる。できるな、真太郎」
「愚問なのだよ、赤司。何のために水瓶を交えて練習をしたと思っている」
みどっちは汗を拭いたタオルをベンチにかけると、立ち上がって眼鏡のフレームを押し上げた。よく、うちの兄貴もやっている仕草だ。
「オレは常に人事を尽くしている。無論今日もだ。オレのシュートは落ちん」
お、おお!ということは、もしや!
「シュッとしてバシュッと3Pだね?!」
「空中装填式スリーポイントシュートは僕も心得がある。安心して構えてくれ、真太郎」
「無視なの?!そしてやっぱり何度でも言うけどこの名前ダメ?!ダメなの?!」
「ぶははははっ!!優姫ちゃん、まだその名前使ってんの!!ブフォっ!!」
「おうおう高尾!また爆笑してくれやがったな!ってぎゃああ赤司なんでアイアンクロー?!どっちの赤司も物理攻撃してくるのどうにかなんないの?!」
「そんじゃーお前ら再開だ!しっかりやってこいよ!緑間、赤司!」
「「はい」」
「みんなで無視!酷い!!」
タイムアウトが終わり、各々コートへ戻っていく。それを見送りながらプンスカ文句を言っていると、最後に赤司が新しいタオルを私に投げてきた。顔面にそれを受けて、落とさないように手で支えた時、ポン、と頭を撫でられる。
「さっさと顔を拭いて、僕達の勝利を信じて応援していろ、優姫。お前はそれだけでいいんだ」
どうやら私はまた、ボロボロ泣いていたらしい。
「信じてるに決まってんじゃん!これは、まゆゆと実渕先輩と葉山先輩と根武谷先輩と樋口先輩と、洛山バスケ部みんなの気合い!それから、私のも!!頑張れ、赤司!」
タオルを首に掛けて、みんなの思いを込めた拳を向けると、赤司は目を瞬かせてからまたフッと笑って拳を重ねてくれた。
私は涙を拭いて、今度こそ笑顔で赤司を見送る。私は、ずっと信じてるよ。赤司達が勝つって、信じて応援してるよ。
コートで真太郎が空の手で構え、シュートモーションに入る。天帝の眼でタイミングを見計らった僕は、その空の手に収まるようにボールを放てば、一寸の狂いもなく真太郎がスリーポイントを決めて見せた。
ジャバウォックの連中が驚愕しているのが見える。反撃に来た彼らを防ごうと火神が飛ぶが、惜しくもボールがリングに入ってしまい、火神が目に見えてショックを受けているのがわかった。あの反応は、どこか優姫を思わせる。おそらく二人は似ているのだろう、と思いながらボールを弾ませて周囲を見渡す。真太郎が火神に声をかけていたが、おそらくテンションが上がっているんだろう。思わず笑みを零して、真太郎が飛ぶタイミングに合わせて再度ボールを放った。
「こっちは3点ずつだ。じき追いつく」
スパン、と気持ちの良い音を立てて、2連続の空中装填式スリーポイントシュートが決まった。観客の歓声と、ジャバウォックの驚愕の顔。
狙い通りだ。奴らは真太郎のシュート精度に追いつけていない。ブロックさえ無意味にすることができれば、真太郎のスリーは決定打となる。
その後、青峰が奴らからスティールしたボールをノールックで後方へ放る。当然そこにいた真太郎はそれを受け、相変わらず綺麗なフォームでスリーを決めた。3連続で決まったスリーによって、点差は3点差となる。MCの興奮した実況の中、犬猿の仲であろう真太郎と火神がハイタッチをしていて、いよいよジャバウォックへ迫っていることが実感できた。
第4クォーター、残り7分。
スローインを受け取ったナッシュが、静かに息を吐いてボールをドリブルしている。
「正直驚いたぜ。まさかここまで詰められるとは」
天帝の眼、射程範囲のギリギリ外まできて足を止めたナッシュ。僕を探るように見る双眸に、思わず息をのんでしまった。
「認めざるを得ない誤算はいくつかあるが、一番はお前だ。その眼を持ってる奴は初めて見たぜ。オレと同じ眼を」
今コイツは、何と言った。
同じ眼、と言ったのか。僕と同じ眼、だと?
思考する僕を見て、ナッシュは不適に笑った。
「だが勘違いするな。系統が同じだけで、オレの魔王の眼《ベリアルアイ》はお前の眼とは格が違うぞ」
トン、と。躊躇なく僕の間合いに入ってきた。よほど自信があるのか、不適に笑みを浮かべたまま僕を見下ろしているナッシュ。
魔王の眼、だと。格が違う、だと。
なめるな……!
眼を使い、ナッシュの動きを隅々まで観察する。筋肉の動き、身体の傾き、全てを統合し、ナッシュがバックチェンジから右に動くと判じた瞬間、世界は動き出す。予想通りの動きをしたナッシュの手からボールを奪おうと手を伸ばすが。
素早くボールを戻され、前傾姿勢となった僕の左をナッシュが抜けていく。こいつ、本当に見えている。未来が見えている。しかも、僕以上だ。
ゴール下で防ぐために立ちはだかる敦が、何が起きたかわからずボールの行方を眼で追いかけた。完全にシュートに向かったはずのナッシュは、全員が気がつかない一瞬で緑間がマークしていた選手にパスを出したのだ。本当にたった一瞬、緑間がマークから外れようとするそのタイミングだろう。
「やべーな。まさかナッシュがお前同様、未来が視えるなんてよ」
「いいや、大輝。それ以上だ」
え、と息を整えている大輝に、同じく深呼吸しながら答える。
「打ち合わせたプレイではない。もし対象がフリーになっていなかったら確実に自らシュートに行く体勢だった。だが、奴は対象がマークを外す直前にすでにパスを出していた。天帝の眼では不可能だ。おそらく、奴の眼は」
「へえ、褒めてやるよ。どうやら今の1プレイだけで気付いたみたいだな」
僕達の会話を聞いていたらしいナッシュが、なれなれしく話しかけてきた。大輝に英語はわからないので雰囲気で察しているようだ。こちらを見下していることに。
「お前の眼が観ることができるのは一人だけ。だがオレは同時に敵味方全員を視ることができる。つまり、ゲームの完全な未来だ。オレを出し抜くなんざ、たとえ神でもできやしねえ!」
だから、どうしたと言うんだ。
僕はお前に勝たなければいけない。勝利が新陳代謝だからではない。僕はもう、負けるのがどれほど苦しいものなのか理解した。負けたくない気持ちで一杯だ。
『勝敗が決まってる勝負なんてないですー!今日勝てたのはみんながこれまで練習頑張ったからでしょーが!んで祝うのは、そんな自分を褒めてあげるため!でないと勝っても楽しくないじゃんかー』
友達が、そう言ったんだ。その言葉に、僕は救われたんだ。
ここで挑まなければ、僕は自分を褒めてやれない。
「何人の未来が視えていようが、ワンオンワンなら関係ない。さっきは初見で遅れをとったが、二度はない!」
ナッシュとの間合いを詰め、ドリブルを早める。変化を加えたドリブルでナッシュの眼を欺くと、右に抜こうとした僕の動きに反応を示した瞬間にバックハンドで大輝にパスを出す。上手く受け取った大輝がダンクを決めるために飛ぶ。タイミングは完璧だった。けれど、大輝のダンクは入らない。
「あんなもん、裏をかいた内に入らねえんだよ!」
「!ナッシュ…ッ!!」
大輝から弾いたボールを持って走り出すナッシュを追いかけ、正面へブロックに回る。だが、ナッシュの笑みは引くことはなく、ますますおかしいと言わんばかりに笑みを深めて僕を見た。
「ワンオンワンで抜けずにパスを出させられた時点で、勝負は決まってんだよ。お互い眼を持つ者同士でなぜオレは抜けて、お前は抜けなかったか。答えはカンタン」
実力の差だ。
ナッシュの言葉と同時だったか。僕の身体は安定を失い、床に尻餅をついた。咄嗟に手で耐えたものの、僕の得意技であるアンクルブレイクをされたという事実を飲み込むまで時間がかかった。
背後で、リングにボールが入る音と、審判のバスケットカウントを取る声が聞こえる。
オフェンスではパスもシュートも止められず、ディフェンスではどんな連携も裏をかけない。どうする。この状況を打破するには、何が必要だ。
「赤ちん、早く立ちなよ。それ、似合ってないよー」
未だ尻餅をついたままの僕に、敦がいつもの調子で声をかけ、手を差し出してきた。言われるままに手を出せば、軽く持ち上げられ、立たされた。
「あのさ、ここはオレに任せてくんない?」
「任せるって、ナッシュの相手、お前がすんのかよ」
「あー、違うよ。それはあくまで赤ちんでしょ?赤ちんがあんなやつに負けるわけないしー」
さらりと敦が言うものだから、何も言葉に出せず敦を見つめることしかできなかった。
そんな僕の様子を見ながらも、敦はいつものゆるい口調で話しながら頭を掻いた。
「とはいえ、今すぐは赤ちんでもキツいっしょ?だからしばらく、オフェンスもディフェンスもオレにボール回してよ」
「シルバーとのワンオンワンに持ち込むということか?それははっきり言って、一番勝算が低いのだよ」
「だからいんじゃんー。向こうは誘いとわかってても乗ってくるっしょ?けど、ナッシュに好き放題やられるより、下手な駆け引きとかなくなっていい」
それにさ、と敦はベンチに向かいながら続ける。その目には、珍しく本気の闘志が宿っていた。
「勝算とかどうでもいい。勝つしかねーなら死んでも勝つだけだし。そもそもオレは、優姫を虐めたアイツらに絶対に勝ちたい。赤ちんもそうでしょ?」
ジャバウォックを倒すための合宿が始まって、最初に変化を見せたのは敦だった。優姫を抱えてどこかへ行ったと思えば、いつの間にか名前で呼び合う仲になって戻ってきた時は、もう一人の僕が焦燥感に駆られたものだ。その後、敦は僕に謝ってきた。それにつられるように、かつて仲間だった彼らが、僕に謝り、本当の意味での仲直りを終えたのだ。
もう一度真太郎や、みんなと力を合わせるバスケが出来ると思わなかった。チームワークを必要としなかった中学時代から、随分と時間がかかってしまったように思える。それでもきっと、遅くないよとあいつは笑うのだろう。今、楽しいならそれでいいよと、包み込むような笑顔を見せてくれるのだろう。僕は、あの笑顔が失われることだけが、とても恐ろしいのだ。
だから、ナッシュだけは許さない。
「そうだ。僕の大切な友達を、あいつは泣かせ、穢そうとしている。だから僕は絶対に勝つ」
「うん、それでこそ赤ちんだよね」
満足そうに頷いて、敦はベンチに向かい、優姫に手を出していた。
「優姫、ゴム貸して」
尻餅をついた赤司を立ち上がらせ、何かを告げた後、満足そうに笑いながらベンチにやってきた敦は、私に手のひらを向けてそう言った。そういえば、敦は本気になるとき、髪の毛を結んでいたっけ。
正直、私もどうすればいいのかわからなくなっていた。あの赤司が、赤司の得意技のアンクルブレイクで転ばされ、天帝の眼も超える眼で立ちはだかるナッシュを前に、為す術なくなっているのを目の当たりにして、不安の芽が胸に芽生えてしまった。けど、敦が本気になっている。それはつまり、まだまだやれるということ。
諦めたわけじゃなかったが、気持ちがどこかで諦めそうになっていた。ああ、本当に私は弱いな。けど、もう諦めない。もう自分にも負けない。
私は自分の髪を結んでいたゴムを外して、敦に手渡す。
「頑張れ、敦!」
頷いて受け取った敦は、すぐに髪を結んだ。少し顔を振って、それから私の顔をジッと見つめる。
「………誰?」
「ちょおおおおお!!シリアス!!今めちゃくちゃシリアスだったよね?!誰ってどういうことよ?!」
「えっえっ、ほんとに優姫ちゃんなんスか?!」
「これはとんだ詐欺ですね」
「優姫ちゃん、なの…?」
「嘘でしょ…水瓶さん人体の構造どうなってんの…?」
「こっちが嘘でしょだよ?!私そんなに変わってんの?!髪下ろしただけなんですけど?!あっこら赤司!お腹抱えるほど笑わないでくれる?!かがみんも良い発音でイリュージョンって叫ぶのやめて!!」
ちなみに青峰は「街中でアレだったら間違ってナンパしちまいそうだな」とか言ってるし、みどっちと日向さんは眼鏡を何度もかけ直してるし!
若松さんも口が開いてますよ!あと高尾!いつも通りだけど爆笑ゆるさねえええええ!!
ちなみに客席では私を知る面々が同じような反応をしていて、私の髪の毛下ろしたら別人状態を知っているまゆゆ達は、とうとうお披露目されてしまったかと少し残念そうだったとかは、ベンチで騒いでいた私には知るよしもなかった。
「せ、征ちゃん…っ!」
「今の天帝の眼、だったよな。赤司の奴、交代したのか」
「ってことは、起きたんだよね!もう一人の赤司!」
「みたいだな」
コートの中で、赤司がジャバウォックの奴らをアンクルブレイクし、シュートを決めていた。あの動き、やはり赤司はもう一人の赤司に変わっているようだ。何と言っているのかはここからでは聞こえないが、おそらくいつもの「頭が高い」だろうな、と懐かしさを覚える。
「何泣いてんだよ」
「この筋肉ゴリラ!デリカシーないわねほんと!征ちゃんはどっちも征ちゃんだけど、それでも去年ずっと一緒にいたのはあの征ちゃんでしょ。もう会えないって、どこかで思ってたから…」
わああんっ、と泣く実渕に、根武谷がどうしたらいいかわからず珍しくおろおろしていたので、オレは一つ溜息をついてから、ポケットに入れてあったハンカチを実渕に渡してやった。目の前に出されたそれを、実渕がキョトンとした顔で見つめる。
「やっと出てきた赤司の試合なんだ。泣いてないでしっかり見てやれよ」
赤司は、もう一人の赤司は眠っていると言っていた。だが、それもいつまで?目が覚めれば、赤司の意識はどうなる?
別の人格は、主人格を救うために生み出されることが多いらしい。そして、安心する場所が出来て、主人格が救われるとその役目を終えて、消えていくのだとか。
だから、もしかしたら、とオレは考える。今出てきた赤司は、これが最後の試合になるのではないか、と思うのだ。ならオレ達が出来ることは、あいつの勝利を信じてここでそのプレイを目に焼き付けておくことだ。あの赤司がオレ達を、優姫をまとめ、洛山を勝利へ導いてくれた男だ。それを、決して忘れることはない。
「もう…っ、もう!黛サン、ほんと優姫ちゃんのおかげで丸くなったわよね!」
「だよねだよねー!でもさ、ベンチにいる優姫、何か呆然としてない?優姫なら喜ぶかなって思うのに」
「あー、アレは…」
ちら、と根武谷がオレを見る。分かっているけど、上手く説明できないからオレに言えということらしい。仕方ない、とオレもベンチで呆然とコートを見つめる優姫の姿を見下ろす。
「あいつはまだ実感できてないんだろ。見てればわかる。ベンチに赤司が戻ってきたら、バカみたいにわんわん泣くからな」
案の定、ヴォーパルソーズがタイムアウトを取り、ベンチに戻ってきた赤司と向かい合って何か話した後、わんわん泣き始めた優姫の顔をタオルで拭いてやっている赤司の姿があった。
「まるで恋人同士っスね……」
黄瀬くんが言ったそれで、このまま赤司に抱きつきそうだった自分に気がついて思わず飛び上がった。う、うれしさで我を忘れていた!恥ずかしい!赤司も優しい笑顔見せてくるから!このイケメンめ!
赤司から半ば奪うように取ったタオルでごしごし顔を拭いていたら、私の耳に黄瀬くんの「ひぃっ!赤司っち目が怖いっス!!ごめんなさい!!」と謝罪する声が聞こえた。また魔王を発揮しているようだ。さっきの涼太を頼む発言が霞んでいく。
私達が落ち着いたのを見て、景虎さんがよし、とベンチに座った全員を見回した。
「現状を確認するぞ。今こちらのディフェンスは緑間へのチェックが厳しくアウトサイドが使えない。かといってインサイドもシルバーの脅威がある。逆にディフェンスはシルバーにボールを渡さないように守っているが、それでも他の4人もお前達と遜色ない手練れだ。それだけで止められるほど甘くはない」
「次は止めるに決まってんだろ!」
青峰がかみつくように声を上げると、わかっていると景虎さんは頷く。
「つまり両チーム、五分五分だ。流れを引き寄せるような決定打がねえ。ここで黄瀬が作った流れを途切れさせたら、追いつけなくなる」
「決定打はあります」
静かに、赤司はそう言った。全員が続きを促すように黙ると、赤司は続ける。
「一つ訂正があります。先ほどインサイドは使えないと言いましたが、ウチの長距離砲はまだ死んでいない。スリーポイントで差をつめる。できるな、真太郎」
「愚問なのだよ、赤司。何のために水瓶を交えて練習をしたと思っている」
みどっちは汗を拭いたタオルをベンチにかけると、立ち上がって眼鏡のフレームを押し上げた。よく、うちの兄貴もやっている仕草だ。
「オレは常に人事を尽くしている。無論今日もだ。オレのシュートは落ちん」
お、おお!ということは、もしや!
「シュッとしてバシュッと3Pだね?!」
「空中装填式スリーポイントシュートは僕も心得がある。安心して構えてくれ、真太郎」
「無視なの?!そしてやっぱり何度でも言うけどこの名前ダメ?!ダメなの?!」
「ぶははははっ!!優姫ちゃん、まだその名前使ってんの!!ブフォっ!!」
「おうおう高尾!また爆笑してくれやがったな!ってぎゃああ赤司なんでアイアンクロー?!どっちの赤司も物理攻撃してくるのどうにかなんないの?!」
「そんじゃーお前ら再開だ!しっかりやってこいよ!緑間、赤司!」
「「はい」」
「みんなで無視!酷い!!」
タイムアウトが終わり、各々コートへ戻っていく。それを見送りながらプンスカ文句を言っていると、最後に赤司が新しいタオルを私に投げてきた。顔面にそれを受けて、落とさないように手で支えた時、ポン、と頭を撫でられる。
「さっさと顔を拭いて、僕達の勝利を信じて応援していろ、優姫。お前はそれだけでいいんだ」
どうやら私はまた、ボロボロ泣いていたらしい。
「信じてるに決まってんじゃん!これは、まゆゆと実渕先輩と葉山先輩と根武谷先輩と樋口先輩と、洛山バスケ部みんなの気合い!それから、私のも!!頑張れ、赤司!」
タオルを首に掛けて、みんなの思いを込めた拳を向けると、赤司は目を瞬かせてからまたフッと笑って拳を重ねてくれた。
私は涙を拭いて、今度こそ笑顔で赤司を見送る。私は、ずっと信じてるよ。赤司達が勝つって、信じて応援してるよ。
コートで真太郎が空の手で構え、シュートモーションに入る。天帝の眼でタイミングを見計らった僕は、その空の手に収まるようにボールを放てば、一寸の狂いもなく真太郎がスリーポイントを決めて見せた。
ジャバウォックの連中が驚愕しているのが見える。反撃に来た彼らを防ごうと火神が飛ぶが、惜しくもボールがリングに入ってしまい、火神が目に見えてショックを受けているのがわかった。あの反応は、どこか優姫を思わせる。おそらく二人は似ているのだろう、と思いながらボールを弾ませて周囲を見渡す。真太郎が火神に声をかけていたが、おそらくテンションが上がっているんだろう。思わず笑みを零して、真太郎が飛ぶタイミングに合わせて再度ボールを放った。
「こっちは3点ずつだ。じき追いつく」
スパン、と気持ちの良い音を立てて、2連続の空中装填式スリーポイントシュートが決まった。観客の歓声と、ジャバウォックの驚愕の顔。
狙い通りだ。奴らは真太郎のシュート精度に追いつけていない。ブロックさえ無意味にすることができれば、真太郎のスリーは決定打となる。
その後、青峰が奴らからスティールしたボールをノールックで後方へ放る。当然そこにいた真太郎はそれを受け、相変わらず綺麗なフォームでスリーを決めた。3連続で決まったスリーによって、点差は3点差となる。MCの興奮した実況の中、犬猿の仲であろう真太郎と火神がハイタッチをしていて、いよいよジャバウォックへ迫っていることが実感できた。
第4クォーター、残り7分。
スローインを受け取ったナッシュが、静かに息を吐いてボールをドリブルしている。
「正直驚いたぜ。まさかここまで詰められるとは」
天帝の眼、射程範囲のギリギリ外まできて足を止めたナッシュ。僕を探るように見る双眸に、思わず息をのんでしまった。
「認めざるを得ない誤算はいくつかあるが、一番はお前だ。その眼を持ってる奴は初めて見たぜ。オレと同じ眼を」
今コイツは、何と言った。
同じ眼、と言ったのか。僕と同じ眼、だと?
思考する僕を見て、ナッシュは不適に笑った。
「だが勘違いするな。系統が同じだけで、オレの魔王の眼《ベリアルアイ》はお前の眼とは格が違うぞ」
トン、と。躊躇なく僕の間合いに入ってきた。よほど自信があるのか、不適に笑みを浮かべたまま僕を見下ろしているナッシュ。
魔王の眼、だと。格が違う、だと。
なめるな……!
眼を使い、ナッシュの動きを隅々まで観察する。筋肉の動き、身体の傾き、全てを統合し、ナッシュがバックチェンジから右に動くと判じた瞬間、世界は動き出す。予想通りの動きをしたナッシュの手からボールを奪おうと手を伸ばすが。
素早くボールを戻され、前傾姿勢となった僕の左をナッシュが抜けていく。こいつ、本当に見えている。未来が見えている。しかも、僕以上だ。
ゴール下で防ぐために立ちはだかる敦が、何が起きたかわからずボールの行方を眼で追いかけた。完全にシュートに向かったはずのナッシュは、全員が気がつかない一瞬で緑間がマークしていた選手にパスを出したのだ。本当にたった一瞬、緑間がマークから外れようとするそのタイミングだろう。
「やべーな。まさかナッシュがお前同様、未来が視えるなんてよ」
「いいや、大輝。それ以上だ」
え、と息を整えている大輝に、同じく深呼吸しながら答える。
「打ち合わせたプレイではない。もし対象がフリーになっていなかったら確実に自らシュートに行く体勢だった。だが、奴は対象がマークを外す直前にすでにパスを出していた。天帝の眼では不可能だ。おそらく、奴の眼は」
「へえ、褒めてやるよ。どうやら今の1プレイだけで気付いたみたいだな」
僕達の会話を聞いていたらしいナッシュが、なれなれしく話しかけてきた。大輝に英語はわからないので雰囲気で察しているようだ。こちらを見下していることに。
「お前の眼が観ることができるのは一人だけ。だがオレは同時に敵味方全員を視ることができる。つまり、ゲームの完全な未来だ。オレを出し抜くなんざ、たとえ神でもできやしねえ!」
だから、どうしたと言うんだ。
僕はお前に勝たなければいけない。勝利が新陳代謝だからではない。僕はもう、負けるのがどれほど苦しいものなのか理解した。負けたくない気持ちで一杯だ。
『勝敗が決まってる勝負なんてないですー!今日勝てたのはみんながこれまで練習頑張ったからでしょーが!んで祝うのは、そんな自分を褒めてあげるため!でないと勝っても楽しくないじゃんかー』
友達が、そう言ったんだ。その言葉に、僕は救われたんだ。
ここで挑まなければ、僕は自分を褒めてやれない。
「何人の未来が視えていようが、ワンオンワンなら関係ない。さっきは初見で遅れをとったが、二度はない!」
ナッシュとの間合いを詰め、ドリブルを早める。変化を加えたドリブルでナッシュの眼を欺くと、右に抜こうとした僕の動きに反応を示した瞬間にバックハンドで大輝にパスを出す。上手く受け取った大輝がダンクを決めるために飛ぶ。タイミングは完璧だった。けれど、大輝のダンクは入らない。
「あんなもん、裏をかいた内に入らねえんだよ!」
「!ナッシュ…ッ!!」
大輝から弾いたボールを持って走り出すナッシュを追いかけ、正面へブロックに回る。だが、ナッシュの笑みは引くことはなく、ますますおかしいと言わんばかりに笑みを深めて僕を見た。
「ワンオンワンで抜けずにパスを出させられた時点で、勝負は決まってんだよ。お互い眼を持つ者同士でなぜオレは抜けて、お前は抜けなかったか。答えはカンタン」
実力の差だ。
ナッシュの言葉と同時だったか。僕の身体は安定を失い、床に尻餅をついた。咄嗟に手で耐えたものの、僕の得意技であるアンクルブレイクをされたという事実を飲み込むまで時間がかかった。
背後で、リングにボールが入る音と、審判のバスケットカウントを取る声が聞こえる。
オフェンスではパスもシュートも止められず、ディフェンスではどんな連携も裏をかけない。どうする。この状況を打破するには、何が必要だ。
「赤ちん、早く立ちなよ。それ、似合ってないよー」
未だ尻餅をついたままの僕に、敦がいつもの調子で声をかけ、手を差し出してきた。言われるままに手を出せば、軽く持ち上げられ、立たされた。
「あのさ、ここはオレに任せてくんない?」
「任せるって、ナッシュの相手、お前がすんのかよ」
「あー、違うよ。それはあくまで赤ちんでしょ?赤ちんがあんなやつに負けるわけないしー」
さらりと敦が言うものだから、何も言葉に出せず敦を見つめることしかできなかった。
そんな僕の様子を見ながらも、敦はいつものゆるい口調で話しながら頭を掻いた。
「とはいえ、今すぐは赤ちんでもキツいっしょ?だからしばらく、オフェンスもディフェンスもオレにボール回してよ」
「シルバーとのワンオンワンに持ち込むということか?それははっきり言って、一番勝算が低いのだよ」
「だからいんじゃんー。向こうは誘いとわかってても乗ってくるっしょ?けど、ナッシュに好き放題やられるより、下手な駆け引きとかなくなっていい」
それにさ、と敦はベンチに向かいながら続ける。その目には、珍しく本気の闘志が宿っていた。
「勝算とかどうでもいい。勝つしかねーなら死んでも勝つだけだし。そもそもオレは、優姫を虐めたアイツらに絶対に勝ちたい。赤ちんもそうでしょ?」
ジャバウォックを倒すための合宿が始まって、最初に変化を見せたのは敦だった。優姫を抱えてどこかへ行ったと思えば、いつの間にか名前で呼び合う仲になって戻ってきた時は、もう一人の僕が焦燥感に駆られたものだ。その後、敦は僕に謝ってきた。それにつられるように、かつて仲間だった彼らが、僕に謝り、本当の意味での仲直りを終えたのだ。
もう一度真太郎や、みんなと力を合わせるバスケが出来ると思わなかった。チームワークを必要としなかった中学時代から、随分と時間がかかってしまったように思える。それでもきっと、遅くないよとあいつは笑うのだろう。今、楽しいならそれでいいよと、包み込むような笑顔を見せてくれるのだろう。僕は、あの笑顔が失われることだけが、とても恐ろしいのだ。
だから、ナッシュだけは許さない。
「そうだ。僕の大切な友達を、あいつは泣かせ、穢そうとしている。だから僕は絶対に勝つ」
「うん、それでこそ赤ちんだよね」
満足そうに頷いて、敦はベンチに向かい、優姫に手を出していた。
「優姫、ゴム貸して」
尻餅をついた赤司を立ち上がらせ、何かを告げた後、満足そうに笑いながらベンチにやってきた敦は、私に手のひらを向けてそう言った。そういえば、敦は本気になるとき、髪の毛を結んでいたっけ。
正直、私もどうすればいいのかわからなくなっていた。あの赤司が、赤司の得意技のアンクルブレイクで転ばされ、天帝の眼も超える眼で立ちはだかるナッシュを前に、為す術なくなっているのを目の当たりにして、不安の芽が胸に芽生えてしまった。けど、敦が本気になっている。それはつまり、まだまだやれるということ。
諦めたわけじゃなかったが、気持ちがどこかで諦めそうになっていた。ああ、本当に私は弱いな。けど、もう諦めない。もう自分にも負けない。
私は自分の髪を結んでいたゴムを外して、敦に手渡す。
「頑張れ、敦!」
頷いて受け取った敦は、すぐに髪を結んだ。少し顔を振って、それから私の顔をジッと見つめる。
「………誰?」
「ちょおおおおお!!シリアス!!今めちゃくちゃシリアスだったよね?!誰ってどういうことよ?!」
「えっえっ、ほんとに優姫ちゃんなんスか?!」
「これはとんだ詐欺ですね」
「優姫ちゃん、なの…?」
「嘘でしょ…水瓶さん人体の構造どうなってんの…?」
「こっちが嘘でしょだよ?!私そんなに変わってんの?!髪下ろしただけなんですけど?!あっこら赤司!お腹抱えるほど笑わないでくれる?!かがみんも良い発音でイリュージョンって叫ぶのやめて!!」
ちなみに青峰は「街中でアレだったら間違ってナンパしちまいそうだな」とか言ってるし、みどっちと日向さんは眼鏡を何度もかけ直してるし!
若松さんも口が開いてますよ!あと高尾!いつも通りだけど爆笑ゆるさねえええええ!!
ちなみに客席では私を知る面々が同じような反応をしていて、私の髪の毛下ろしたら別人状態を知っているまゆゆ達は、とうとうお披露目されてしまったかと少し残念そうだったとかは、ベンチで騒いでいた私には知るよしもなかった。