影法師にラブコール!(krk)※抜け番あり
DREAM
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君は誰ですか、と、テツヤに言われた時に僕は笑いを堪えられなかった。
僕は、赤司征十郎だと笑った。
名家の長男に生まれた征十郎に、自由などほとんどなかった。過酷ともいえる幼少期を耐え抜けたのは、優しい母と、その母が説得して作ってくれた自由時間に始めたバスケだけだった。
才能にも恵まれた征十郎は、すぐに上達したし、なにより楽しかった。
だが小学五年生のある日、母が急死した。父はそれを忘れようとするかのように厳しく征十郎を指導した。不幸にも、それを全てこなせてしまう器量を持っていた征十郎への教育は加速し、自由のない日々を送る中で不思議な感覚を持った。
自分がもう一人いるような感覚。けれどそれを、見ないふりをした。
帝光中で、仲間ができて思う存分バスケをして、本当に楽しかったんだ。
けど、仲間が次々と才能を開花させ、主将となって勝つことを強いられ、コントロールもできなくなってきて。それは次第に、義務となり、重荷となり、仲間の成長に恐怖と焦りを感じて、気がつくとバスケを楽しいと思わなくなっていた。
母が死に、バスケを楽しめなくなったら、何を支えにすればいいのか。
そうして、仲間に反旗を翻され、負けそうになった征十郎は、最後の逃げ場に縋るしかなかったのだ。
その逃げ場が、僕だった。
「なんだい、千尋」
振り向いた赤司の表情は、少しだけ硬かった。もしかして、こいつは。
「全員、少し頭を冷やそうか。さすがに連続失点は流れ的にも痛い」
「あ、ああ…悪い」
「ごめんなさい、征ちゃん」
近くにいた実渕も申し訳なさそうに謝ると、赤司は肩をぽんと叩いて走って行った。
さすがの実渕も違和感を感じたらしく、オレに声を潜めて聞いてくる。
「征ちゃん、何か様子が変じゃなかったかしら…」
「少しな…けど、連続失点は確かにオレ達のミスだ。実渕、次構えられるか」
「ええ、いけるわ。黛さんこそ、ちゃんとボールちょうだいよね」
わかってる、と返して、ポジションにつく。オレ達でフォローできるならいいが、相手はキセキの世代の赤司と、ゾーンに入っている火神だ。それに、赤司には天帝の眼がある。アレをだしぬくことなど、できるはずがない。
赤司がボールを持つ。
「跪け」
そう言った赤司は、ゾーンに入っていた。
「そのまま讃える姿で思い知れ」
火神が追いつけない速度で走り、止めにきた二人をアンクルブレイクで膝をつかせた後、さらにシュートを止めるため飛んだ二人をフェイクで躱してシュートを決めた。
ゾーンに入った赤司は、これほどなのか。いや、問題はそこじゃない。今こいつは、一人で戦っていた。オレらを必要としていないかのように、たった一人で向かっていったのだ。
馬鹿じゃねえのか。そんなことをしたらお前、最初の頃の冷徹魔王に逆戻りだろうが。
ここまで来たのは、お前だけの力じゃないってわかってるはずだろう。
そうか、赤司、お前は知らないんだな。
その焦りは、その苛立ちは、なんて感情なのか。
「赤司が、抜かれた…」
そんなこと、あるはずがないと思っていた。だって、あの赤司が誰かに負けるなんて。
かがみんと黒子っちの策は、あの二人でないとできないものだった。黒子っちは赤司の動きを読むのではなく、かがみんの動きを読んで赤司の前に立ちはだかったのだ。
天帝の眼破り。まさか、こんな形で破られると思っていなかった。こんなの、予想できなかった。
呆然と立ち尽くす赤司なんて、初めて見た。
その後の赤司のプレイは、本当に驚くくらい酷いものだった。シュートを外し、パスコースもズレていて、初心者になったような動きの連続。気付けば点差は縮まり、2点差まで追い込まれていた。
タイムアウトでベンチに戻ってきた赤司はずっと上の空で。実渕先輩が声をかけても返事もしなかった。私も、なんて声をかけていいのかわからなかった。
赤司は、脆い人間だったのだ。なんとなく、そう思っていたけれど、きっと初めて負けを感じたことで、赤司を支えていたものが崩れたのだ。
でも、ここで声をかけないと。後で怒鳴られても、嫌われてもいい。ここで、赤司を立ち直らせないといけない。
私が覚悟を決めて、赤司に向けて手を振りかぶろうとしたら、それをまゆゆが止めた。
「さすがに公衆の面前でそれされたら、後で赤司が恥ずかしいだろうからやめてやってくれ」
「まゆゆ…」
スッとまゆゆが立ち上がった。赤司の前に立ち、首を押さえながら溜息を吐く。
「赤司、オレは聖人じゃねえから慰めたり励ましたりなんかしねえ」
赤司は顔を上げない。
「けど、やっとお前、オレ達の気持ちが本当の意味で分かるようになったんじゃねえのか。負けるっていう悔しい気持ちがやっと、理解できたんだろ。なら、立てよ。屋上で初めて会った時と別人になってんじゃねえよ。誰だ、お前」
『私の知ってる赤司はねー、私除く女子に紳士で、自分にも他人にも厳しくて、バスケ馬鹿で、んで、面倒見が良い赤司君です。わざわざ私のためにありがとね』
勝利への権化たる赤司征十郎が表に出てから、オレはただ意識の底でジッと待っていた。もう一人の自分が敗北し、存在意義を消滅させるまで、ただ待っているつもりだった。
けど、勝利への権化であるもう一人の自分は、高校に入り、眩しい光を見た。
最初は、ただの隣の席のクラスメイト。ちょっと馬鹿っぽい、自分のことを知らない女子。
次は、真太郎と同じ才能を持つプレイヤー。他の基礎面もよく出来ていて、利用できそうだと思った。
そして、あの日。インターハイ予選の初日。
誰もが特別な言葉のように言ってきたそれを、彼女は特別でもなんでもない言葉で、友達として言ってくれた。あの時、僕が、オレが、どれだけ救われたか君は知らないだろう。
眩しかった。
黒子が青峰に見た光は、これだったのだろうかと思った。
『赤司は、今楽しい?』
「楽しいよ。心から、そう言える。二度と、そう思えることはないと思っていた」
記憶の中の彼女の台詞に、もう一人の自分がそう答えた。そしてオレを振り返る。
「残念だが、僕はここまでだ。もうほとんど消えかかっているしな」
「諦めるのか?」
「違う。僕が負けるなどありえない。…そう思っていたが、どうやら負けたらしい。けどこれは諦めじゃない。僕の天帝の眼が使えないなら、本来の人格であるお前なら切り抜けられると考えた」
「それは」
「勝ってくれ。僕はこのチームが好きなんだ」
なんて、熱血な台詞だろうか。ああ、これが彼らの言っていた優姫菌か。
思わず笑ったら、もう一人の自分がムッとするのがわかった。できの悪い弟をもったような気分だったが、今は弟の成長を見守った気さえする。情はとっくに移っていた。
「それを、彼らに言ってあげなくていいのか?」
「優姫が調子に乗るだろう」
「まあ…乗るだろうね」
「…それに、醜態を見せて少し恥じも感じている。だから僕は眠ることにする」
「どのくらい?」
「さあ、どのくらいだろうな。だが、逃げても良いと、疲れたなら休んでも良いと言ってくれた。だから…おやすみ、玲央、小太郎、永吉、千尋……優姫」
ゆっくりと、赤司が立ち上がる。
「おい、赤司…?」
「誰とは心外だな」
今まで聞いたことのないような声のトーンで、赤司は笑う。
「オレは、赤司征十郎に決まっているだろう」
それから赤司は私達に頭を下げてきた。今度はまた別の意味で見たことのない光景で、私は呆然とそれを見ているしかできなかった。
「見苦しい姿を見せた。すまない」
「…おっ…」
「……ええ?!」
「ウソ…征ちゃんが、ガチ謝り…なんて」
見事に五冠三人が動揺している。かくいう私もレアな光景すぎて口がぽかんと開いてしまっていた。ナニコレ、魔王から王様に変わった感ある…。
そこまで考えて、まさか、と思った。昨夜聞いた中学の話、もう一人の赤司のこと。もしかして、今の赤司は。
「あ、赤司」
「…水瓶」
「ひゃい!」
「そして、みんな、もう一度力を貸して欲しい。誠凛に勝つために」
どちらの赤司かわからないけど、何を言っているのか、と私は今度こそ赤司の額を叩いた。ぺしっと、軽くだけど。オッドアイではなくなっている両目が、不思議そうに私を見下ろしている。
「最初から!みんなそのつもりだっての!馬鹿赤司!」
ねっと、みんなを振り返ったら、当然だと頷いている。
「オレらも気合いが足りてなかった。お前にだけ押しつけちまって悪かった」
「そーそー。オレ、もう抜かれないように気イ張るから!」
「私も、征ちゃんだけが頑張りすぎないように頑張るわ」
「……詳しい話はこの試合終わってから聞かせてもらうからな。ほら、赤司」
まゆゆが拳を出す。赤司はそれをキョトンと見下ろしてから、綺麗に微笑んだ。
「行こう」
合わさった拳が、もう一度このチームの絆を硬くしてくれたと私は涙が出そうになって、タオルで顔を隠した。
さっきまでの醜態がウソのように、赤司はコートを駆けた。
実渕に完璧なタイミングでパスを出し、それを受けた実渕も鮮やかなスリーを決める。その上、「美しいシュートだ、いいぞ実渕」なんて色男のようなエールまで。
これは本当に、前の魔王の赤司じゃなく、別の赤司になっているようだ。
タイムアウトを明けてから、少しずつ点を取っていき、リズムが良くなってきているのがわかる。ポイントガードの理想形を体現したかのようなゲームメイク。
完璧なパスは、完璧なリズムを作る。赤司のその正確なパスを受けたオレ達は、段々調子が良くなってきているのを実感している。ゾーン、というのはオレには無縁だと思っていた。キセキの世代や、五冠の無将ならまだしも、平均よりちょっと上程度のオレにも、まだ限界まで引き出せる力があったなんて、ここに立っていなきゃ知らなかった。
どっちの赤司も、オレにいろんなことを体験させてくれるんだな。
いつもより身体の動きが良いオレに赤司が指示を投げてくる。随分離れてた位置だが、お前が言うなら大丈夫なんだろう、とボールを高く上げれば、根武谷のアリウープが火神の頭上で決まる。
火神のゾーンも切れ、体力切れを起こしていた。誠凛全員、体力が底をついているように見える。それに加え、こっちはゾーン状態の五人で、体力もまだ余力がある。
そんな中、客席からひときわ大きな声援が聞こえた。
「頑張れ誠凛!諦めるな!!頑張れ黒子!!」
コートの中から客席を見上げる黒子は、涙を流していた。そして、そのまま続く誠凛を応援する声。
「オラァテツ!火神!!てめーらオレらに勝ったんだから洛山ぐれー倒さねーとぶっ殺すぞ!!」
「言っとくけど海常もっスからね!!勝てぇ誠凛!!」
「倒してこい!!赤司を!洛山を!!」
「諦めるな誠凛!!」
まるで、誠凛がヒーローでオレ達はヒールだ。
会場一体になって劣勢である誠凛を応援している。
「すっげー、オレら悪い奴みてーだね」
「まあ、ラスボス感あるからな」
「ええ。でも大丈夫よ、見てベンチを」
溜息を吐いていた葉山と根武谷が、声援に少しだけ胸を痛める顔をした赤司が、実渕に言われてベンチを振り返る。
「洛山ーーーっ!!ファイッオーーーーっ!!」
ああ、ほんと。
「いっけーっ実渕先輩!!葉山先輩!!根武谷先輩!!赤司!!まゆゆ!!」
お前の声援は、すごくやる気が出るよ。
「…今この場で、客席に味方はいない」
だが、と赤司は言う。口元は笑みを浮かべて、ベンチで大声で応援している優姫を見つめてから、オレ達に向き直る。
「だが、どんな状況だろうとオレ達を応援する声がある。その声がある内は、まだ走れるはずだ」
もちろんだと頷いて、オレ達は誠凛に向かい合う。残り2分、7点差。
これが、本当に最後の時間だ。
誠凛の勢いは止まるところを知らなかった。
かがみんの動きに合わせてとっている連携に、まさかと立ち上がる。
ゾーンというものを、赤司から聞いたことしかなかった。今まさにうちは全員が100%ではないとはいえ、ゾーンに入れていて、劣るわけがないのに。
もし、そのゾーンというものの、本質が違っていたら?
本当のゾーンというものがあったとしたら?
それを、誠凛は体得したのではないだろうか。
かがみんが走る。チームメイトはそれに合わせて動く。一瞬のアイコンタクトのみで動きをシンクロさせ、かがみんのゾーン速度に合わせた超速連携。
ゾーンの速さの連携なんて、どう止めれば。
「いいや、勝つのは…オレだ」
残り41秒。赤司が点を入れた。これは大きな点だ。
「ディフェンス!!全員集中しろ!!止めれば終わりだ!!」
滅多に聞かない赤司の怒声が聞こえる。それほど切羽詰まった状況なんだと、私はもう座っていられなくて、立って応援をしていた。
頑張れ、みんな。頑張れ、まゆゆ。
残り27秒。かがみんに点を入れられてしまった。
残り8秒。ボールが誠凛の手に渡ってしまった。
残り6秒。伊月さんのパスが日向さんに渡る。とても、完璧なパスだった。このシュートは、確実に入る。
けどここで日向さんが、まさか実渕先輩の技をコピーするなんて。
ピーッと笛が鳴る。バスケットカウントを取られ、向こうに点を入れさせてしまった。
コートの中では実渕先輩が悔しそうに唇を噛んでいたけど、赤司が何か告げて実渕先輩は気合いを入れ直すように顔を上げていたから、大丈夫だ。
だから、頑張って、みんな。
まゆゆ。
くそったれが。
わかっていたのに、注意していたのに。
それでも、誰かがシュートと思った瞬間、意識から消えちまった。
存在感が希薄ということはこれほど驚異となるのか、幻のシックスマン。
残り2秒。誠凛がフリースローを外すのはわかっていた。だから、誰がシュートを打つんだと一瞬気がそれた。それが大失態だった。ボールを持ったのは黒子だった。
オレは走る。だが、オレより速く走り、黒子の前に飛んだのは赤司だった。
「終わりだ!!黒子!!」
「いいえ、まだです」
僕は、影だ。
黒子はそう言って、ボールを高く投げた。これは、シュートではない。パスだ。
火神はもう飛んでいる。このアリウープは、入る。入ってしまう。
『まゆゆ、私と友達になってください!!』
『おつかれーっ!!まゆゆっ!何アレっ!!まゆゆ凄かった!!』
『みんなで日本一になって、華々しいまゆゆの引退試合にするんだっ!!』
バシンッと。
ボールを弾く音がやけに遠く聞こえた。
「試合終了!!ウィンターカップ優勝は…洛山高校ーーーーっ!!」
僕は、赤司征十郎だと笑った。
名家の長男に生まれた征十郎に、自由などほとんどなかった。過酷ともいえる幼少期を耐え抜けたのは、優しい母と、その母が説得して作ってくれた自由時間に始めたバスケだけだった。
才能にも恵まれた征十郎は、すぐに上達したし、なにより楽しかった。
だが小学五年生のある日、母が急死した。父はそれを忘れようとするかのように厳しく征十郎を指導した。不幸にも、それを全てこなせてしまう器量を持っていた征十郎への教育は加速し、自由のない日々を送る中で不思議な感覚を持った。
自分がもう一人いるような感覚。けれどそれを、見ないふりをした。
帝光中で、仲間ができて思う存分バスケをして、本当に楽しかったんだ。
けど、仲間が次々と才能を開花させ、主将となって勝つことを強いられ、コントロールもできなくなってきて。それは次第に、義務となり、重荷となり、仲間の成長に恐怖と焦りを感じて、気がつくとバスケを楽しいと思わなくなっていた。
母が死に、バスケを楽しめなくなったら、何を支えにすればいいのか。
そうして、仲間に反旗を翻され、負けそうになった征十郎は、最後の逃げ場に縋るしかなかったのだ。
その逃げ場が、僕だった。
「なんだい、千尋」
振り向いた赤司の表情は、少しだけ硬かった。もしかして、こいつは。
「全員、少し頭を冷やそうか。さすがに連続失点は流れ的にも痛い」
「あ、ああ…悪い」
「ごめんなさい、征ちゃん」
近くにいた実渕も申し訳なさそうに謝ると、赤司は肩をぽんと叩いて走って行った。
さすがの実渕も違和感を感じたらしく、オレに声を潜めて聞いてくる。
「征ちゃん、何か様子が変じゃなかったかしら…」
「少しな…けど、連続失点は確かにオレ達のミスだ。実渕、次構えられるか」
「ええ、いけるわ。黛さんこそ、ちゃんとボールちょうだいよね」
わかってる、と返して、ポジションにつく。オレ達でフォローできるならいいが、相手はキセキの世代の赤司と、ゾーンに入っている火神だ。それに、赤司には天帝の眼がある。アレをだしぬくことなど、できるはずがない。
赤司がボールを持つ。
「跪け」
そう言った赤司は、ゾーンに入っていた。
「そのまま讃える姿で思い知れ」
火神が追いつけない速度で走り、止めにきた二人をアンクルブレイクで膝をつかせた後、さらにシュートを止めるため飛んだ二人をフェイクで躱してシュートを決めた。
ゾーンに入った赤司は、これほどなのか。いや、問題はそこじゃない。今こいつは、一人で戦っていた。オレらを必要としていないかのように、たった一人で向かっていったのだ。
馬鹿じゃねえのか。そんなことをしたらお前、最初の頃の冷徹魔王に逆戻りだろうが。
ここまで来たのは、お前だけの力じゃないってわかってるはずだろう。
そうか、赤司、お前は知らないんだな。
その焦りは、その苛立ちは、なんて感情なのか。
「赤司が、抜かれた…」
そんなこと、あるはずがないと思っていた。だって、あの赤司が誰かに負けるなんて。
かがみんと黒子っちの策は、あの二人でないとできないものだった。黒子っちは赤司の動きを読むのではなく、かがみんの動きを読んで赤司の前に立ちはだかったのだ。
天帝の眼破り。まさか、こんな形で破られると思っていなかった。こんなの、予想できなかった。
呆然と立ち尽くす赤司なんて、初めて見た。
その後の赤司のプレイは、本当に驚くくらい酷いものだった。シュートを外し、パスコースもズレていて、初心者になったような動きの連続。気付けば点差は縮まり、2点差まで追い込まれていた。
タイムアウトでベンチに戻ってきた赤司はずっと上の空で。実渕先輩が声をかけても返事もしなかった。私も、なんて声をかけていいのかわからなかった。
赤司は、脆い人間だったのだ。なんとなく、そう思っていたけれど、きっと初めて負けを感じたことで、赤司を支えていたものが崩れたのだ。
でも、ここで声をかけないと。後で怒鳴られても、嫌われてもいい。ここで、赤司を立ち直らせないといけない。
私が覚悟を決めて、赤司に向けて手を振りかぶろうとしたら、それをまゆゆが止めた。
「さすがに公衆の面前でそれされたら、後で赤司が恥ずかしいだろうからやめてやってくれ」
「まゆゆ…」
スッとまゆゆが立ち上がった。赤司の前に立ち、首を押さえながら溜息を吐く。
「赤司、オレは聖人じゃねえから慰めたり励ましたりなんかしねえ」
赤司は顔を上げない。
「けど、やっとお前、オレ達の気持ちが本当の意味で分かるようになったんじゃねえのか。負けるっていう悔しい気持ちがやっと、理解できたんだろ。なら、立てよ。屋上で初めて会った時と別人になってんじゃねえよ。誰だ、お前」
『私の知ってる赤司はねー、私除く女子に紳士で、自分にも他人にも厳しくて、バスケ馬鹿で、んで、面倒見が良い赤司君です。わざわざ私のためにありがとね』
勝利への権化たる赤司征十郎が表に出てから、オレはただ意識の底でジッと待っていた。もう一人の自分が敗北し、存在意義を消滅させるまで、ただ待っているつもりだった。
けど、勝利への権化であるもう一人の自分は、高校に入り、眩しい光を見た。
最初は、ただの隣の席のクラスメイト。ちょっと馬鹿っぽい、自分のことを知らない女子。
次は、真太郎と同じ才能を持つプレイヤー。他の基礎面もよく出来ていて、利用できそうだと思った。
そして、あの日。インターハイ予選の初日。
誰もが特別な言葉のように言ってきたそれを、彼女は特別でもなんでもない言葉で、友達として言ってくれた。あの時、僕が、オレが、どれだけ救われたか君は知らないだろう。
眩しかった。
黒子が青峰に見た光は、これだったのだろうかと思った。
『赤司は、今楽しい?』
「楽しいよ。心から、そう言える。二度と、そう思えることはないと思っていた」
記憶の中の彼女の台詞に、もう一人の自分がそう答えた。そしてオレを振り返る。
「残念だが、僕はここまでだ。もうほとんど消えかかっているしな」
「諦めるのか?」
「違う。僕が負けるなどありえない。…そう思っていたが、どうやら負けたらしい。けどこれは諦めじゃない。僕の天帝の眼が使えないなら、本来の人格であるお前なら切り抜けられると考えた」
「それは」
「勝ってくれ。僕はこのチームが好きなんだ」
なんて、熱血な台詞だろうか。ああ、これが彼らの言っていた優姫菌か。
思わず笑ったら、もう一人の自分がムッとするのがわかった。できの悪い弟をもったような気分だったが、今は弟の成長を見守った気さえする。情はとっくに移っていた。
「それを、彼らに言ってあげなくていいのか?」
「優姫が調子に乗るだろう」
「まあ…乗るだろうね」
「…それに、醜態を見せて少し恥じも感じている。だから僕は眠ることにする」
「どのくらい?」
「さあ、どのくらいだろうな。だが、逃げても良いと、疲れたなら休んでも良いと言ってくれた。だから…おやすみ、玲央、小太郎、永吉、千尋……優姫」
ゆっくりと、赤司が立ち上がる。
「おい、赤司…?」
「誰とは心外だな」
今まで聞いたことのないような声のトーンで、赤司は笑う。
「オレは、赤司征十郎に決まっているだろう」
それから赤司は私達に頭を下げてきた。今度はまた別の意味で見たことのない光景で、私は呆然とそれを見ているしかできなかった。
「見苦しい姿を見せた。すまない」
「…おっ…」
「……ええ?!」
「ウソ…征ちゃんが、ガチ謝り…なんて」
見事に五冠三人が動揺している。かくいう私もレアな光景すぎて口がぽかんと開いてしまっていた。ナニコレ、魔王から王様に変わった感ある…。
そこまで考えて、まさか、と思った。昨夜聞いた中学の話、もう一人の赤司のこと。もしかして、今の赤司は。
「あ、赤司」
「…水瓶」
「ひゃい!」
「そして、みんな、もう一度力を貸して欲しい。誠凛に勝つために」
どちらの赤司かわからないけど、何を言っているのか、と私は今度こそ赤司の額を叩いた。ぺしっと、軽くだけど。オッドアイではなくなっている両目が、不思議そうに私を見下ろしている。
「最初から!みんなそのつもりだっての!馬鹿赤司!」
ねっと、みんなを振り返ったら、当然だと頷いている。
「オレらも気合いが足りてなかった。お前にだけ押しつけちまって悪かった」
「そーそー。オレ、もう抜かれないように気イ張るから!」
「私も、征ちゃんだけが頑張りすぎないように頑張るわ」
「……詳しい話はこの試合終わってから聞かせてもらうからな。ほら、赤司」
まゆゆが拳を出す。赤司はそれをキョトンと見下ろしてから、綺麗に微笑んだ。
「行こう」
合わさった拳が、もう一度このチームの絆を硬くしてくれたと私は涙が出そうになって、タオルで顔を隠した。
さっきまでの醜態がウソのように、赤司はコートを駆けた。
実渕に完璧なタイミングでパスを出し、それを受けた実渕も鮮やかなスリーを決める。その上、「美しいシュートだ、いいぞ実渕」なんて色男のようなエールまで。
これは本当に、前の魔王の赤司じゃなく、別の赤司になっているようだ。
タイムアウトを明けてから、少しずつ点を取っていき、リズムが良くなってきているのがわかる。ポイントガードの理想形を体現したかのようなゲームメイク。
完璧なパスは、完璧なリズムを作る。赤司のその正確なパスを受けたオレ達は、段々調子が良くなってきているのを実感している。ゾーン、というのはオレには無縁だと思っていた。キセキの世代や、五冠の無将ならまだしも、平均よりちょっと上程度のオレにも、まだ限界まで引き出せる力があったなんて、ここに立っていなきゃ知らなかった。
どっちの赤司も、オレにいろんなことを体験させてくれるんだな。
いつもより身体の動きが良いオレに赤司が指示を投げてくる。随分離れてた位置だが、お前が言うなら大丈夫なんだろう、とボールを高く上げれば、根武谷のアリウープが火神の頭上で決まる。
火神のゾーンも切れ、体力切れを起こしていた。誠凛全員、体力が底をついているように見える。それに加え、こっちはゾーン状態の五人で、体力もまだ余力がある。
そんな中、客席からひときわ大きな声援が聞こえた。
「頑張れ誠凛!諦めるな!!頑張れ黒子!!」
コートの中から客席を見上げる黒子は、涙を流していた。そして、そのまま続く誠凛を応援する声。
「オラァテツ!火神!!てめーらオレらに勝ったんだから洛山ぐれー倒さねーとぶっ殺すぞ!!」
「言っとくけど海常もっスからね!!勝てぇ誠凛!!」
「倒してこい!!赤司を!洛山を!!」
「諦めるな誠凛!!」
まるで、誠凛がヒーローでオレ達はヒールだ。
会場一体になって劣勢である誠凛を応援している。
「すっげー、オレら悪い奴みてーだね」
「まあ、ラスボス感あるからな」
「ええ。でも大丈夫よ、見てベンチを」
溜息を吐いていた葉山と根武谷が、声援に少しだけ胸を痛める顔をした赤司が、実渕に言われてベンチを振り返る。
「洛山ーーーっ!!ファイッオーーーーっ!!」
ああ、ほんと。
「いっけーっ実渕先輩!!葉山先輩!!根武谷先輩!!赤司!!まゆゆ!!」
お前の声援は、すごくやる気が出るよ。
「…今この場で、客席に味方はいない」
だが、と赤司は言う。口元は笑みを浮かべて、ベンチで大声で応援している優姫を見つめてから、オレ達に向き直る。
「だが、どんな状況だろうとオレ達を応援する声がある。その声がある内は、まだ走れるはずだ」
もちろんだと頷いて、オレ達は誠凛に向かい合う。残り2分、7点差。
これが、本当に最後の時間だ。
誠凛の勢いは止まるところを知らなかった。
かがみんの動きに合わせてとっている連携に、まさかと立ち上がる。
ゾーンというものを、赤司から聞いたことしかなかった。今まさにうちは全員が100%ではないとはいえ、ゾーンに入れていて、劣るわけがないのに。
もし、そのゾーンというものの、本質が違っていたら?
本当のゾーンというものがあったとしたら?
それを、誠凛は体得したのではないだろうか。
かがみんが走る。チームメイトはそれに合わせて動く。一瞬のアイコンタクトのみで動きをシンクロさせ、かがみんのゾーン速度に合わせた超速連携。
ゾーンの速さの連携なんて、どう止めれば。
「いいや、勝つのは…オレだ」
残り41秒。赤司が点を入れた。これは大きな点だ。
「ディフェンス!!全員集中しろ!!止めれば終わりだ!!」
滅多に聞かない赤司の怒声が聞こえる。それほど切羽詰まった状況なんだと、私はもう座っていられなくて、立って応援をしていた。
頑張れ、みんな。頑張れ、まゆゆ。
残り27秒。かがみんに点を入れられてしまった。
残り8秒。ボールが誠凛の手に渡ってしまった。
残り6秒。伊月さんのパスが日向さんに渡る。とても、完璧なパスだった。このシュートは、確実に入る。
けどここで日向さんが、まさか実渕先輩の技をコピーするなんて。
ピーッと笛が鳴る。バスケットカウントを取られ、向こうに点を入れさせてしまった。
コートの中では実渕先輩が悔しそうに唇を噛んでいたけど、赤司が何か告げて実渕先輩は気合いを入れ直すように顔を上げていたから、大丈夫だ。
だから、頑張って、みんな。
まゆゆ。
くそったれが。
わかっていたのに、注意していたのに。
それでも、誰かがシュートと思った瞬間、意識から消えちまった。
存在感が希薄ということはこれほど驚異となるのか、幻のシックスマン。
残り2秒。誠凛がフリースローを外すのはわかっていた。だから、誰がシュートを打つんだと一瞬気がそれた。それが大失態だった。ボールを持ったのは黒子だった。
オレは走る。だが、オレより速く走り、黒子の前に飛んだのは赤司だった。
「終わりだ!!黒子!!」
「いいえ、まだです」
僕は、影だ。
黒子はそう言って、ボールを高く投げた。これは、シュートではない。パスだ。
火神はもう飛んでいる。このアリウープは、入る。入ってしまう。
『まゆゆ、私と友達になってください!!』
『おつかれーっ!!まゆゆっ!何アレっ!!まゆゆ凄かった!!』
『みんなで日本一になって、華々しいまゆゆの引退試合にするんだっ!!』
バシンッと。
ボールを弾く音がやけに遠く聞こえた。
「試合終了!!ウィンターカップ優勝は…洛山高校ーーーーっ!!」