影法師にラブコール!(krk)※抜け番あり
DREAM
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「以上でミーティングを終了する。この後は今試合中の海常と誠凛の観戦とする。行くぞ」
赤司の号令で、秀徳戦の反省会もといミーティングは終了し、準決勝の試合の観戦に行くこととなった。キセキの世代、黄瀬君がいる海常と幻のシックスマン、黒子君と強さの底が知れないかがみんがいる誠凛。正直、ここまで来ればどちらが勝っても洛山にとって強敵であることには変わりない。だからこそ、これから試合を見に行って相手の分析をしないといけない。
私は引き続き応援しかできないが、試合観戦中に応援団扇を作ることはできる!
「おいおい、もう第4Qじゃねーか。試合後のミーティング長かったな」
「しょうがないでしょ。反省点も多い試合だったんだから」
「どっちが勝ち上がってくるかなー!どっちでもわくわくするけど!ね、黛サン!」
「オレはどっちでもいい」
「試合経過はどうなってる?」
スタメンを筆頭に洛山バスケ部が客席につくと、赤司が試合をチェックしていた部員に様子を聞いた。第3Q終盤から、誠凛ベースでリードを保っているところらしい。
一足早く決勝進出を決めた洛山はやはり注目を集めていて、近くいた観戦客がざわついていた。私はすぐさままゆゆの隣の席を確保して、葉山先輩、実渕先輩、赤司、まゆゆ、私、そして赤司の後ろの席に根武谷先輩が着席した。
試合の様子を見ると、かがみんがダブルチームを抜くところだった。
「すんげーな。あのダブルチームぶち抜きかよ」
「そこからパスを出してフィニッシュ。シンプルだけどキレイね」
「今のワンプレイだけでもわかるよ!つえー誠凛!赤司どう思う?」
ちょっと押さないでよ、と赤司の方を向いて身体を乗り出してくる葉山先輩に実渕先輩が苦言している。赤司はコートの中を見ながら、冷静に分析していた。
「そうだね。準決勝まで残ってきたのも頷ける。とても結成二年目のチームとは思えない。海常も良いチームだが、やはり涼太抜きでは手に負えないだろう」
そう、今コートの中には黄瀬君がいない。先ほど聞いた先遣隊の報告では、黄瀬君は負傷交代したらしい。その前には三分間、例の新技を使用したという。キセキの世代の技を複合して繰り出されるパーフェクトコピー。黄瀬君のその新技は、使用限界があり残りは二分。
「両チームの戦力をふまえ、ここで15点差がつけば、誠凛の勝ちだ」
ダンッ、とかがみんのアリウープが決まった。第4Qは残り4分。海常と誠凛の差は、とうとう15点になってしまった。
「ここまでか」
「いや、きっと黄瀬君は出てくる」
まゆゆの呟きに、思わず答えてしまった。
団扇を作る気でいたのに試合に見入っていた私は、灰崎事件の黄瀬君の姿を思い出していた。顔を合わせたのは開会式の日だけど、話をしたのはあの時が初めてだった。黄瀬君は灰崎のことを怒っていた。それってきっと、大好きなバスケを馬鹿にされたからだ。つまり、この場面で残り2分にならないと出ないなんてことはありえない。たとえ怪我が悪化しても、チームのためにコートに入る。だって黄瀬君はエースで、きっとこのチームが大好きだから。
「…そうだね。今の涼太なら」
私の知らない頃の黄瀬君を思い返しながら、赤司は言う。その直後、選手交代のブザーが鳴った。
コートの中に入る黄瀬君と、黒子君。
「涼太のパーフェクトコピーは使えて2分。盤上を見るなら誠凛が海常を圧倒しているが、まだ4分もある。故に結果はまだわからない。そうだろう、優姫」
「おうよ!こっからはラストまで見逃せない試合になるよ!きっと!」
そうだ、だってこれは準決勝。どちらも強くて、この試合の勝者は明日の決勝に進むのだ。残り4分、出せる全ての力でお互いぶつかり合うに決まっている。
そこで、思い出さなくていいことを思い出してしまった。そもそも灰崎事件に遭遇したのは、まゆゆの引退試合というのを再認識して落ち込んでしまったからだ。明日、私はこの試合の勝者と洛山の決勝戦を、ここから見ることになる。
(う…っ、なんかまた凹んできた…)
隣にいるまゆゆの顔が見れない。明日になれば、決勝戦が始まってしまう。勝っても、もし負けても、まゆゆとの試合はこれが最後。バスケ部も引退、三月になれば、卒業してしまうのだ。
私はどうしたいのだろう。顔を上げられなくて、手持ち無沙汰になった私はちまちまと応援団扇を作っていく。手を動かしても、やっぱり落ち着かない。
私はどうしたいのだろう?
「残り4秒でカウンター?!」
葉山先輩の驚いた声にハッとして顔を上げる。考え事をしていたら4分なんてあっという間で、気がつけば残り4秒。コートの中でかがみんがボールを持って全力疾走している。
「これが誠凛の本当の狙いだ。カウンターのための数秒をつくった上で涼太をゴール下まで誘い込み、火神をいち早くスタートさせる。ラン&ガンから始まる全ての流れはこの瞬間に集約されていた」
「つまり、黄瀬涼太は止められないけど、勝負は諦めなかったってわけね」
「そう、テツヤはそういう男だ」
コートの中の選手達は何人が気がついていただろう。かがみんを追うように走る黒子君の姿に。
かがみんが跳び、それをブロックする黄瀬君。誰もが黄瀬君が止めたと確信した瞬間、かがみんはそのボールをゴールにぶつけて跳ね返らせ、黒子君へ託した。返ってきたボールは、黒子君の必殺技のファントムシュートでゴールへと飛んでいく。
誠凛は、ブザービーターを決め、海常に勝利した。
これによって、明日の対戦相手が確定した。
「明日は誠凛とだね」
「ふぎゃおう?!」
ぼんやりとしていたら、葉山先輩に声をかけられて思い切り肩がはねた。見れば、もうみんな客席をぞろぞろと離れ始めていた。
まだ座っているのは私くらいだ。
「す、すみません!」
「どーどー、落ち着いて落ち着いて。顔色わりーし、腕痛むんじゃねーの?」
「へ?あ、いや、腕は痛みますけど、たいしたことないです!」
「んー、あ!ってことはー」
こそこそ、と葉山先輩が私の耳に顔を寄せた。声が漏れないように手で隠されて告げられた言葉は。
「黛サンが引退だから、頭ん中ぐるぐるしてんでしょ!」
「!!!え、エスパー…葉山先輩はエスパーだったんですね?!」
「優姫がわかりやすいだけじゃね?」
くっく、と笑って、葉山先輩が私の手を優しく掴んで立ち上がらせてくれた。まるでお姫様みたいな扱いで、思わずふおおおと声が出た。
「だいじょーぶだって!オレが保証してあげる!」
そう言って笑ってくれた葉山先輩に、私はなんだか本当に大丈夫な気がして頬が緩んだ。心配してくれて、元気づけてくれるなんて、本当に良い先輩をもったなあ、私。
「おい」
「あいたぁっ?!」
スパンッとまゆゆが葉山先輩の後頭部をひっぱたいた。なんか、まゆゆ怒ってる?
頭をさすりながら振り返って怒る葉山先輩を無言で押しのけて、葉山先輩と入れ替わり私の腕をとるまゆゆ。少し乱暴なくらいの行動なのに、なぜだかドキドキしてしまった。
「腕、大丈夫か」
「う、うん…たいしたことない…」
「まだ熱をもってんな。試合見て力んだんだろ。ほら、樋口に言って処置し直してもらうぞ」
そう言って怪我をしていない方の私の腕を引っ張って、まゆゆが歩き出す。慌てて応援団扇を掴んで、腕を引かれながら私も歩き出す。見れば、赤司も実渕先輩も根武谷先輩も待ってくれていた。
「相変わらずツンデレよね、黛さんは」
「どうでもいいけど腹減らねえ?牛丼、優姫も食うよな?」
「永ちゃんまた牛丼ー?オレそろそろ他の食いてー!赤司おすすめのお店ないの?」
「そうだね、銀座の」
「「「それ絶対高いよな(ね)?!」」」
「冗談だよ」
あいつが言うと冗談に聞こえねーよマジで、とまゆゆが遠い目をしている。明日は決勝戦。だけど、いつも通りのみんなに私は今悩んで凹んでるのがもったいない気がしてきて、ふへへっと大笑いした。そんな私を見て、みんながまったく、と困ったように笑っている。
きっと私は明日も悩むんだろう。でも、今この瞬間を大事にしたい気持ちだって、本当だ。私は、まゆゆと、赤司と、実渕先輩と、葉山先輩と、根武谷先輩、樋口先輩や、ここまでずっと一緒に応援してきたバスケ部のみんなと、明日の決勝戦に挑みたい。応援しかできない私だけど、私は私のできることをやって、後悔のないようにしたい。
笑って、まゆゆの応援をしたいから。
「ところで、また団扇作ってたのかよ?」
「あっそうですそうです!!見てください根武谷先輩!力作です!!最後の試合、私はこれを振って応援します!!あっこらまゆゆと赤司!へし折る構えやめてくれる?!」
スッと両腕を持ち上げて、私の手から団扇を奪ってへし折る体勢に入った二人を制して私は作った団扇をみんなに見せる。
書いた言葉は、『必勝洛山』と『頑張れ洛山』の二つ。
これには、全員が予想外だったらしくきょとんとして口をそろえてこう言った。
「「「「「普通だ」」」」」
「普通でもこの反応なの?!私だって普通に応援するんですからねー!」
「あれ?優姫鞄から小さい団扇落ちたぜ?」
「あっちょっ、葉山先輩それ拾わないで…」
時すでに遅し。葉山先輩に拾われ、全員が小さめの団扇を見てしまった。そこに書かれている言葉はズバリ。
「『赤黛結婚』……」
「優姫ちゃん、とうとう征ちゃん攻めに……」
「つーことは黛サン受けに転んだってことか?」
「千尋」
「おう。秀徳戦の時言ってたお前の新技、見届けてやるよ」
「試合中に何の話してたの?!ってぎゃあああ赤司目がマジだ!!まゆゆの目からハイライトが消えてる!!違うんだこれには訳があるんだ!まゆゆ受けの可能性を夜通し考えた結果、エンペラー赤司様と眷属まゆゆというパロを思いついて『あ、イケる』と思って勢いで作って……ふぎゃああああああああ!!ゴフゥッ!!」
「…何をしているのだよ、赤司」
「ブフォッ!!ちょ、感傷に浸ってたのに、なにこれ、なんで赤司が洛山のマネに筋肉バスターして…ブフォォッ!!」
「うるさいのだよ高尾」
廊下で赤司の新技筋肉バスターをくらう私と、それを本当にただ見てるまゆゆと、晩ご飯を食べるお店を携帯で探してる実渕先輩達の横を、秀徳の皆さんがやばいものを見る目をして通り過ぎていった。触らぬ洛山にたたりなし、といった顔をしていた。そして高尾君よ、爆笑したこと恨むからな!
晩ご飯を食べて、解散となった夜のこと。
シャワーを浴びて、洛山指定のジャージを寝間着として着る。それからふと夜風を浴びたくなってベランダに出てみた。冬だから、風は冷たかった。
「明日、決勝戦かー」
「そうだな」
返事を期待したぼやきじゃなかったから、結構本気で驚いて悲鳴を上げかけて、ここがベランダだということを思い出してなんとかのどの奥に飲み込んだ。凛とした声は、案の定赤司だ。隣の部屋に実渕先輩と一緒に泊まっている赤司は、私と同じようにお風呂上がりらしく髪が少し濡れていた。
「夜風は冷えるだろう。傷口にも良くないから、さっさと布団に入って寝るんだ」
「それは赤司も同じでしょーが。ていうか赤司の方が寝ないとダメじゃん?実渕先輩は?」
「今交代で風呂に入ったところだよ。…眠れないのなら、少し話でもしようか?」
「おお!うん、したい!何か修学旅行みたいだね!あっでもベランダだと寒いし、赤司こっち来る?」
「…はあ」
「そこで溜息吐くの?!なんで?!えっ無言で部屋戻ってくの?!スルーなの?!」
溜息を吐いた後、そのまま無言で部屋の中に戻っていった赤司。ぴしゃりと音がする。あっ鍵も閉めた!ほんとに中に入りおった!
それから、ほどなくして部屋の扉がノックされた。
はーいと答えたら、両手が塞がっていて入れないと言われた。この声は赤司だ。とりあえず扉を開けたら、赤司の手にはカップが二つ。
「それじゃあ、少し話をしようか」
赤司家は日本有数の名家であり、その跡を継ぐため家は厳しく、ありとあらゆる英才教育を受けて育ったそうだ。帝王学も学んでるって言っていたけど、帝王学がまずわからない。凡人でごめんよ赤司。
それから、中学の頃の話を聞いた。赤司が帝光中バスケ部に入り、キセキの世代と呼ばれるまでの軌跡の話。
赤司は、一切の脚色なく、自分のやってきたことを話した。
三軍だった黒子君の可能性を見いだし、幻のシックスマンと呼ばれるまでにしたこと。
段々と強くなっていくキセキの世代と呼ばれた彼らのこと。
主将になってから、灰崎を見限って退部させたこと。
紫原君との一対一で、表に出たもう一人の赤司征十郎、つまり今の赤司のこと。
練習に出なくてもいいと、勝ちさえすればいいとチームメイトに言ったこと。
試合で賭けをするようになり、挙げ句の果てには黒子君に頼まれた試合でぞろ目を出す遊びをしたこと。
全員がキセキの世代という名でひとくくりにされることを嫌悪していて、自身こそが最強だと証明するために、敵として高校の全国の舞台で会おうと誓いを交わしたこと。
実渕先輩から聞いていたけれど、具体的に話を聞いてみたら、なんともまあ、後半の内容の酷さには正直絶句だ。
「あの時僕がしたことに後悔はないよ。この人格にならずとも、いずれオレは勝つために同じことをした。僕もオレも、どちらも赤司征十郎であることに変わりはないのだから」
なるほど、たしかにそうだ。赤司は赤司で、どんな人格だろうときっと、その時の最善を選んだに違いない。でもさ、私は思うんだよ。
「赤司達のやったこともどうかと思うけどさ、黒子っちも赤司達のやり方がおかしいって思ったならぶん殴ってやればよかったのにね!」
「……え?」
「あとねー、周りの大人も悪い!帝光の理念がどうとか、思春期の子供には関係ないっての!!あと赤司家厳しすぎ!!赤司はやっぱどっかでガス抜きしないとダメだわ!バスケする?!」
少し冷めてしまったココアを飲んで、ふーっと一息つく。ふと正面を見れば、赤司は肩を揺らして笑っている。え、ここ笑うとこだった?
「お前は本当に、珍獣だな…っ」
「私また変なこと言った?!赤司のツボがわかんないよー…」
「むしろ、話し終えたら即座にぶん殴られるだろうと思ってカウンターを構えていたから拍子抜けしたよ」
「黙って殴られはしないんだ?!」
私はカップを置いて椅子から立ち上がり、ベッドに座っている赤司の横に座っておでこをペしっと叩いた。綺麗なオッドアイが、キョトンとなっていてとても可愛く見えた。
「赤司は、今楽しい?」
「…それは、バスケをしていて、か?それとも勝つことが、か?」
「どっちもだよ」
少しの間のあと、赤司は目を伏せた。そのまま、試合のことを思い出したのか、それとも練習中なのか、何かを脳裏に浮かべながら、とてもキレイに微笑んだ。
「楽しいよ。心から、そう言える」
それなら、私から言うことは何もない。
「私ね、前にも話したけど兄貴の名前から逃げたくて洛山に来たんだ」
赤司が自分の話をしてくれたのだから、今度は私の話をする番だ。
備え付けのポットを使ってココアを淹れ直して、私は赤司の隣に座ったまま話をした。
兄貴は、それはもう完璧だった。
私が中学に上がる頃にはもうすでに時の人で、至る所で兄貴の伝説は語り継がれていった。
中学では、私はどこに行っても『聡流の妹』だった。そのことだけが不満だったわけじゃない。そうじゃなかったはずだけど、あるとき言われたのだ。
『聡流の妹じゃないお前って、存在するのか?』
言ってきた奴は、兄貴に刃向かって返り討ちにされたチンピラAだった。そんな奴の言ってきたことなんて気にする必要はなかったんだけど、私はその時身体がやけに重く感じた。そして気付いたのだ。
私は、疲れていたんだ。兄貴の妹と呼ばれ続けることに疲れていた。私という存在を見てもらえないことに、いつの間にか疲れて、逃げたくなっていたんだと。
だから私は、逃げてみようと思った。兄貴の名前からちょっとだけ逃げてみようと思って、新しい場所を選んだ。何か変わるのかを、期待して。
「洛山を選んだのはさ、本当に些細なことだったんだ。制服のストイックな感じが好みだったし、建物すっごくかっこよかったし。そんな理由で選んで洛山に来たけど、来てよかったってすごく思うんだ」
入学式で、まゆゆに出会った。
クラスで、赤司の隣の席になった。
バスケ部にトレーナーとして入部して、実渕先輩達と仲良くなった。
みんなが、私を私として見てくれて、私の名前を呼んでくれた。
私はこのバスケ部が好きだ。インターハイの優勝は本当に嬉しかったし、このウィンターカップも決勝まで来ることができたことも本当に嬉しい。私はバスケ部に入って、みんなと一年一緒に過ごせて、本当に楽しかった。
だからこそ、いつか赤司に言おうと思っていたことがある。今なら、言えそうだから言ってしまおう。
「赤司、あの時私をバスケ部に誘ってくれてありがとう。ずっと、言いたかったんだ」
ふへへ、と笑ったら、赤司が目を見開いて私を見ていた。それから、少しだけ泣きそうに顔を歪めて微笑む。
赤司も大変だったんだよね。中学二年でいきなり主将になって、負けが許されない環境で育って、少し疲れてたんだよね。
もう一人の赤司も、今きっと休んでるんだよね。私はね、逃げたっていいと思うんだよ。だって私だって逃げたし、そうしたことで、こんなにも素敵な仲間と友達ができたんだから。
「…僕も、君に言いたいことがあったんだ」
「うん?」
「テツヤが出来なかったことを、君はしてくれた。誰もが特別な言葉のように僕に言ってきたそれを、君は特別でもなんでもない言葉で僕に言ってくれたよね。それで、良かったんだ。ただ友達としてそう言ってくれただけで、きっと良かったんだよ」
えっと、どれのことだろう。ていうか私赤司にあれやこれや言いまくってるから、どれのことを言ってるのかわからない。
でも赤司は本当に嬉しそうに微笑んでそう言うものだから、私はよかったなあって心から思うんだ。
ドンドンドン!!
「ほぎゃあ?!何事?!」
「…結構時間がかかったね」
いきなり部屋の扉がけたたましく叩かれて、ベッドから飛び跳ねてしまった。隣の赤司はとくに驚いた様子もなく優雅にココアを飲み干している。
時計を見れば時刻はもう夜の十一時を回っていた。
「こ、こんな時間に誰…?怖いから赤司見てきてよ…」
「いや、ここは少し面白いことをしよう。優姫、布団の中に潜っていろ」
「えー、もう何か企んでる魔王の顔してるから不安でいっぱいなんだけどー」
やけに楽しそうな赤司に扉の件は任せ、言われるがままに布団の中に潜り込んでひょっこりと顔だけ出して様子を見守ることにした。赤司は扉の施錠をまず一つ外す。
「こんな時間に誰だい?」
「赤司!お前なんで優姫の部屋にいんだよっ!」
「その声は千尋か。あと玲央達も一緒のようだね。申し訳ないけど、優姫は今布団から出られなくてね」
ドンドンドン!!
ちょっと赤司君んんん音が悪化してますけどおおおおおお!!赤司の台詞的に相手はまゆゆ達のようだけど、いまいち相手の台詞が聞き取れない。ていうか音おおおお!!近所(?)迷惑うううう!!
「千尋、静かに。今何時だと思ってるんだ」
「お前…っ」
「繋ぎ止めておきたいのなら、言葉にしなければすり抜けていくだけだよ。誰かに取られたとしても、何もしなかった者に文句を言う資格はありはしないのだから」
「…んなことは、わかってんだよ」
カチャ、と施錠が外された。勢いよく開かれる扉。赤司を押しのけて入ってきたまゆゆは、布団に潜り込んでいる私を見てカっと目を開いた。おお、まゆゆの死んだ目が心なしか今日は生きている。
ツカツカっと側までやってきたかと思えば、布団を引っぺがしてきた。
「うひゃおう?!まゆゆ?!」
「………何も、してなさそうだな」
「何をするってのさ?!」
「いや……つーかこんな時間に赤司と何してたんだよ」
「ん?眠れないから赤司と中学の頃の話して盛り上がってた」
って、そうだ。つい話に夢中になってたけど、明日は夕方からとはいえウィンターカップの決勝戦だ。そろそろ就寝につかないと、明日に響くかもしれない。もしかして、まゆゆ達はそれを伝えにきてくれたんだろうか。
「キスくらいはやったかと思ったけどな…」
「レオ姉が長風呂で赤司がいなくなってるのに気付くの遅いからー!」
「髪の毛の手入れは大事なの!それにしても、本当に何もしなかったの、征ちゃん?」
「優姫の言うとおり中学の頃の話をしてただけだよ」
さあ、そろそろ寝ようか、と赤司が手を叩いて全員を部屋から追い出す。まゆゆはもう一度私を見て、ポフッと頭を撫でてくれた。
「少しは警戒心をもてよ、馬鹿」
「えー?人並みに持ってるし!」
「持ってたら夜に男を部屋に入れるわけねーだろ」
「でも、赤司だし…あいたたたた」
まゆゆが頭を鷲掴みしてきた!痛い!
「…たく、もう寝ろよ」
「うん、寝る。まゆゆ、おやすみ!」
「おやすみ、優姫」
まゆゆは私の頭をもう一度撫でてから、部屋を出て行った。鍵をかけておけと言われたので、みんなの足音が部屋に入っていくのを聞き届けてから施錠をする。
こうやって騒ぐのも、今日で最後だろうか。
不安は尽きないけど、泣いても笑っても明日こそがまゆゆの引退試合。
私は、私にできることをするのだ。
赤司の号令で、秀徳戦の反省会もといミーティングは終了し、準決勝の試合の観戦に行くこととなった。キセキの世代、黄瀬君がいる海常と幻のシックスマン、黒子君と強さの底が知れないかがみんがいる誠凛。正直、ここまで来ればどちらが勝っても洛山にとって強敵であることには変わりない。だからこそ、これから試合を見に行って相手の分析をしないといけない。
私は引き続き応援しかできないが、試合観戦中に応援団扇を作ることはできる!
「おいおい、もう第4Qじゃねーか。試合後のミーティング長かったな」
「しょうがないでしょ。反省点も多い試合だったんだから」
「どっちが勝ち上がってくるかなー!どっちでもわくわくするけど!ね、黛サン!」
「オレはどっちでもいい」
「試合経過はどうなってる?」
スタメンを筆頭に洛山バスケ部が客席につくと、赤司が試合をチェックしていた部員に様子を聞いた。第3Q終盤から、誠凛ベースでリードを保っているところらしい。
一足早く決勝進出を決めた洛山はやはり注目を集めていて、近くいた観戦客がざわついていた。私はすぐさままゆゆの隣の席を確保して、葉山先輩、実渕先輩、赤司、まゆゆ、私、そして赤司の後ろの席に根武谷先輩が着席した。
試合の様子を見ると、かがみんがダブルチームを抜くところだった。
「すんげーな。あのダブルチームぶち抜きかよ」
「そこからパスを出してフィニッシュ。シンプルだけどキレイね」
「今のワンプレイだけでもわかるよ!つえー誠凛!赤司どう思う?」
ちょっと押さないでよ、と赤司の方を向いて身体を乗り出してくる葉山先輩に実渕先輩が苦言している。赤司はコートの中を見ながら、冷静に分析していた。
「そうだね。準決勝まで残ってきたのも頷ける。とても結成二年目のチームとは思えない。海常も良いチームだが、やはり涼太抜きでは手に負えないだろう」
そう、今コートの中には黄瀬君がいない。先ほど聞いた先遣隊の報告では、黄瀬君は負傷交代したらしい。その前には三分間、例の新技を使用したという。キセキの世代の技を複合して繰り出されるパーフェクトコピー。黄瀬君のその新技は、使用限界があり残りは二分。
「両チームの戦力をふまえ、ここで15点差がつけば、誠凛の勝ちだ」
ダンッ、とかがみんのアリウープが決まった。第4Qは残り4分。海常と誠凛の差は、とうとう15点になってしまった。
「ここまでか」
「いや、きっと黄瀬君は出てくる」
まゆゆの呟きに、思わず答えてしまった。
団扇を作る気でいたのに試合に見入っていた私は、灰崎事件の黄瀬君の姿を思い出していた。顔を合わせたのは開会式の日だけど、話をしたのはあの時が初めてだった。黄瀬君は灰崎のことを怒っていた。それってきっと、大好きなバスケを馬鹿にされたからだ。つまり、この場面で残り2分にならないと出ないなんてことはありえない。たとえ怪我が悪化しても、チームのためにコートに入る。だって黄瀬君はエースで、きっとこのチームが大好きだから。
「…そうだね。今の涼太なら」
私の知らない頃の黄瀬君を思い返しながら、赤司は言う。その直後、選手交代のブザーが鳴った。
コートの中に入る黄瀬君と、黒子君。
「涼太のパーフェクトコピーは使えて2分。盤上を見るなら誠凛が海常を圧倒しているが、まだ4分もある。故に結果はまだわからない。そうだろう、優姫」
「おうよ!こっからはラストまで見逃せない試合になるよ!きっと!」
そうだ、だってこれは準決勝。どちらも強くて、この試合の勝者は明日の決勝に進むのだ。残り4分、出せる全ての力でお互いぶつかり合うに決まっている。
そこで、思い出さなくていいことを思い出してしまった。そもそも灰崎事件に遭遇したのは、まゆゆの引退試合というのを再認識して落ち込んでしまったからだ。明日、私はこの試合の勝者と洛山の決勝戦を、ここから見ることになる。
(う…っ、なんかまた凹んできた…)
隣にいるまゆゆの顔が見れない。明日になれば、決勝戦が始まってしまう。勝っても、もし負けても、まゆゆとの試合はこれが最後。バスケ部も引退、三月になれば、卒業してしまうのだ。
私はどうしたいのだろう。顔を上げられなくて、手持ち無沙汰になった私はちまちまと応援団扇を作っていく。手を動かしても、やっぱり落ち着かない。
私はどうしたいのだろう?
「残り4秒でカウンター?!」
葉山先輩の驚いた声にハッとして顔を上げる。考え事をしていたら4分なんてあっという間で、気がつけば残り4秒。コートの中でかがみんがボールを持って全力疾走している。
「これが誠凛の本当の狙いだ。カウンターのための数秒をつくった上で涼太をゴール下まで誘い込み、火神をいち早くスタートさせる。ラン&ガンから始まる全ての流れはこの瞬間に集約されていた」
「つまり、黄瀬涼太は止められないけど、勝負は諦めなかったってわけね」
「そう、テツヤはそういう男だ」
コートの中の選手達は何人が気がついていただろう。かがみんを追うように走る黒子君の姿に。
かがみんが跳び、それをブロックする黄瀬君。誰もが黄瀬君が止めたと確信した瞬間、かがみんはそのボールをゴールにぶつけて跳ね返らせ、黒子君へ託した。返ってきたボールは、黒子君の必殺技のファントムシュートでゴールへと飛んでいく。
誠凛は、ブザービーターを決め、海常に勝利した。
これによって、明日の対戦相手が確定した。
「明日は誠凛とだね」
「ふぎゃおう?!」
ぼんやりとしていたら、葉山先輩に声をかけられて思い切り肩がはねた。見れば、もうみんな客席をぞろぞろと離れ始めていた。
まだ座っているのは私くらいだ。
「す、すみません!」
「どーどー、落ち着いて落ち着いて。顔色わりーし、腕痛むんじゃねーの?」
「へ?あ、いや、腕は痛みますけど、たいしたことないです!」
「んー、あ!ってことはー」
こそこそ、と葉山先輩が私の耳に顔を寄せた。声が漏れないように手で隠されて告げられた言葉は。
「黛サンが引退だから、頭ん中ぐるぐるしてんでしょ!」
「!!!え、エスパー…葉山先輩はエスパーだったんですね?!」
「優姫がわかりやすいだけじゃね?」
くっく、と笑って、葉山先輩が私の手を優しく掴んで立ち上がらせてくれた。まるでお姫様みたいな扱いで、思わずふおおおと声が出た。
「だいじょーぶだって!オレが保証してあげる!」
そう言って笑ってくれた葉山先輩に、私はなんだか本当に大丈夫な気がして頬が緩んだ。心配してくれて、元気づけてくれるなんて、本当に良い先輩をもったなあ、私。
「おい」
「あいたぁっ?!」
スパンッとまゆゆが葉山先輩の後頭部をひっぱたいた。なんか、まゆゆ怒ってる?
頭をさすりながら振り返って怒る葉山先輩を無言で押しのけて、葉山先輩と入れ替わり私の腕をとるまゆゆ。少し乱暴なくらいの行動なのに、なぜだかドキドキしてしまった。
「腕、大丈夫か」
「う、うん…たいしたことない…」
「まだ熱をもってんな。試合見て力んだんだろ。ほら、樋口に言って処置し直してもらうぞ」
そう言って怪我をしていない方の私の腕を引っ張って、まゆゆが歩き出す。慌てて応援団扇を掴んで、腕を引かれながら私も歩き出す。見れば、赤司も実渕先輩も根武谷先輩も待ってくれていた。
「相変わらずツンデレよね、黛さんは」
「どうでもいいけど腹減らねえ?牛丼、優姫も食うよな?」
「永ちゃんまた牛丼ー?オレそろそろ他の食いてー!赤司おすすめのお店ないの?」
「そうだね、銀座の」
「「「それ絶対高いよな(ね)?!」」」
「冗談だよ」
あいつが言うと冗談に聞こえねーよマジで、とまゆゆが遠い目をしている。明日は決勝戦。だけど、いつも通りのみんなに私は今悩んで凹んでるのがもったいない気がしてきて、ふへへっと大笑いした。そんな私を見て、みんながまったく、と困ったように笑っている。
きっと私は明日も悩むんだろう。でも、今この瞬間を大事にしたい気持ちだって、本当だ。私は、まゆゆと、赤司と、実渕先輩と、葉山先輩と、根武谷先輩、樋口先輩や、ここまでずっと一緒に応援してきたバスケ部のみんなと、明日の決勝戦に挑みたい。応援しかできない私だけど、私は私のできることをやって、後悔のないようにしたい。
笑って、まゆゆの応援をしたいから。
「ところで、また団扇作ってたのかよ?」
「あっそうですそうです!!見てください根武谷先輩!力作です!!最後の試合、私はこれを振って応援します!!あっこらまゆゆと赤司!へし折る構えやめてくれる?!」
スッと両腕を持ち上げて、私の手から団扇を奪ってへし折る体勢に入った二人を制して私は作った団扇をみんなに見せる。
書いた言葉は、『必勝洛山』と『頑張れ洛山』の二つ。
これには、全員が予想外だったらしくきょとんとして口をそろえてこう言った。
「「「「「普通だ」」」」」
「普通でもこの反応なの?!私だって普通に応援するんですからねー!」
「あれ?優姫鞄から小さい団扇落ちたぜ?」
「あっちょっ、葉山先輩それ拾わないで…」
時すでに遅し。葉山先輩に拾われ、全員が小さめの団扇を見てしまった。そこに書かれている言葉はズバリ。
「『赤黛結婚』……」
「優姫ちゃん、とうとう征ちゃん攻めに……」
「つーことは黛サン受けに転んだってことか?」
「千尋」
「おう。秀徳戦の時言ってたお前の新技、見届けてやるよ」
「試合中に何の話してたの?!ってぎゃあああ赤司目がマジだ!!まゆゆの目からハイライトが消えてる!!違うんだこれには訳があるんだ!まゆゆ受けの可能性を夜通し考えた結果、エンペラー赤司様と眷属まゆゆというパロを思いついて『あ、イケる』と思って勢いで作って……ふぎゃああああああああ!!ゴフゥッ!!」
「…何をしているのだよ、赤司」
「ブフォッ!!ちょ、感傷に浸ってたのに、なにこれ、なんで赤司が洛山のマネに筋肉バスターして…ブフォォッ!!」
「うるさいのだよ高尾」
廊下で赤司の新技筋肉バスターをくらう私と、それを本当にただ見てるまゆゆと、晩ご飯を食べるお店を携帯で探してる実渕先輩達の横を、秀徳の皆さんがやばいものを見る目をして通り過ぎていった。触らぬ洛山にたたりなし、といった顔をしていた。そして高尾君よ、爆笑したこと恨むからな!
晩ご飯を食べて、解散となった夜のこと。
シャワーを浴びて、洛山指定のジャージを寝間着として着る。それからふと夜風を浴びたくなってベランダに出てみた。冬だから、風は冷たかった。
「明日、決勝戦かー」
「そうだな」
返事を期待したぼやきじゃなかったから、結構本気で驚いて悲鳴を上げかけて、ここがベランダだということを思い出してなんとかのどの奥に飲み込んだ。凛とした声は、案の定赤司だ。隣の部屋に実渕先輩と一緒に泊まっている赤司は、私と同じようにお風呂上がりらしく髪が少し濡れていた。
「夜風は冷えるだろう。傷口にも良くないから、さっさと布団に入って寝るんだ」
「それは赤司も同じでしょーが。ていうか赤司の方が寝ないとダメじゃん?実渕先輩は?」
「今交代で風呂に入ったところだよ。…眠れないのなら、少し話でもしようか?」
「おお!うん、したい!何か修学旅行みたいだね!あっでもベランダだと寒いし、赤司こっち来る?」
「…はあ」
「そこで溜息吐くの?!なんで?!えっ無言で部屋戻ってくの?!スルーなの?!」
溜息を吐いた後、そのまま無言で部屋の中に戻っていった赤司。ぴしゃりと音がする。あっ鍵も閉めた!ほんとに中に入りおった!
それから、ほどなくして部屋の扉がノックされた。
はーいと答えたら、両手が塞がっていて入れないと言われた。この声は赤司だ。とりあえず扉を開けたら、赤司の手にはカップが二つ。
「それじゃあ、少し話をしようか」
赤司家は日本有数の名家であり、その跡を継ぐため家は厳しく、ありとあらゆる英才教育を受けて育ったそうだ。帝王学も学んでるって言っていたけど、帝王学がまずわからない。凡人でごめんよ赤司。
それから、中学の頃の話を聞いた。赤司が帝光中バスケ部に入り、キセキの世代と呼ばれるまでの軌跡の話。
赤司は、一切の脚色なく、自分のやってきたことを話した。
三軍だった黒子君の可能性を見いだし、幻のシックスマンと呼ばれるまでにしたこと。
段々と強くなっていくキセキの世代と呼ばれた彼らのこと。
主将になってから、灰崎を見限って退部させたこと。
紫原君との一対一で、表に出たもう一人の赤司征十郎、つまり今の赤司のこと。
練習に出なくてもいいと、勝ちさえすればいいとチームメイトに言ったこと。
試合で賭けをするようになり、挙げ句の果てには黒子君に頼まれた試合でぞろ目を出す遊びをしたこと。
全員がキセキの世代という名でひとくくりにされることを嫌悪していて、自身こそが最強だと証明するために、敵として高校の全国の舞台で会おうと誓いを交わしたこと。
実渕先輩から聞いていたけれど、具体的に話を聞いてみたら、なんともまあ、後半の内容の酷さには正直絶句だ。
「あの時僕がしたことに後悔はないよ。この人格にならずとも、いずれオレは勝つために同じことをした。僕もオレも、どちらも赤司征十郎であることに変わりはないのだから」
なるほど、たしかにそうだ。赤司は赤司で、どんな人格だろうときっと、その時の最善を選んだに違いない。でもさ、私は思うんだよ。
「赤司達のやったこともどうかと思うけどさ、黒子っちも赤司達のやり方がおかしいって思ったならぶん殴ってやればよかったのにね!」
「……え?」
「あとねー、周りの大人も悪い!帝光の理念がどうとか、思春期の子供には関係ないっての!!あと赤司家厳しすぎ!!赤司はやっぱどっかでガス抜きしないとダメだわ!バスケする?!」
少し冷めてしまったココアを飲んで、ふーっと一息つく。ふと正面を見れば、赤司は肩を揺らして笑っている。え、ここ笑うとこだった?
「お前は本当に、珍獣だな…っ」
「私また変なこと言った?!赤司のツボがわかんないよー…」
「むしろ、話し終えたら即座にぶん殴られるだろうと思ってカウンターを構えていたから拍子抜けしたよ」
「黙って殴られはしないんだ?!」
私はカップを置いて椅子から立ち上がり、ベッドに座っている赤司の横に座っておでこをペしっと叩いた。綺麗なオッドアイが、キョトンとなっていてとても可愛く見えた。
「赤司は、今楽しい?」
「…それは、バスケをしていて、か?それとも勝つことが、か?」
「どっちもだよ」
少しの間のあと、赤司は目を伏せた。そのまま、試合のことを思い出したのか、それとも練習中なのか、何かを脳裏に浮かべながら、とてもキレイに微笑んだ。
「楽しいよ。心から、そう言える」
それなら、私から言うことは何もない。
「私ね、前にも話したけど兄貴の名前から逃げたくて洛山に来たんだ」
赤司が自分の話をしてくれたのだから、今度は私の話をする番だ。
備え付けのポットを使ってココアを淹れ直して、私は赤司の隣に座ったまま話をした。
兄貴は、それはもう完璧だった。
私が中学に上がる頃にはもうすでに時の人で、至る所で兄貴の伝説は語り継がれていった。
中学では、私はどこに行っても『聡流の妹』だった。そのことだけが不満だったわけじゃない。そうじゃなかったはずだけど、あるとき言われたのだ。
『聡流の妹じゃないお前って、存在するのか?』
言ってきた奴は、兄貴に刃向かって返り討ちにされたチンピラAだった。そんな奴の言ってきたことなんて気にする必要はなかったんだけど、私はその時身体がやけに重く感じた。そして気付いたのだ。
私は、疲れていたんだ。兄貴の妹と呼ばれ続けることに疲れていた。私という存在を見てもらえないことに、いつの間にか疲れて、逃げたくなっていたんだと。
だから私は、逃げてみようと思った。兄貴の名前からちょっとだけ逃げてみようと思って、新しい場所を選んだ。何か変わるのかを、期待して。
「洛山を選んだのはさ、本当に些細なことだったんだ。制服のストイックな感じが好みだったし、建物すっごくかっこよかったし。そんな理由で選んで洛山に来たけど、来てよかったってすごく思うんだ」
入学式で、まゆゆに出会った。
クラスで、赤司の隣の席になった。
バスケ部にトレーナーとして入部して、実渕先輩達と仲良くなった。
みんなが、私を私として見てくれて、私の名前を呼んでくれた。
私はこのバスケ部が好きだ。インターハイの優勝は本当に嬉しかったし、このウィンターカップも決勝まで来ることができたことも本当に嬉しい。私はバスケ部に入って、みんなと一年一緒に過ごせて、本当に楽しかった。
だからこそ、いつか赤司に言おうと思っていたことがある。今なら、言えそうだから言ってしまおう。
「赤司、あの時私をバスケ部に誘ってくれてありがとう。ずっと、言いたかったんだ」
ふへへ、と笑ったら、赤司が目を見開いて私を見ていた。それから、少しだけ泣きそうに顔を歪めて微笑む。
赤司も大変だったんだよね。中学二年でいきなり主将になって、負けが許されない環境で育って、少し疲れてたんだよね。
もう一人の赤司も、今きっと休んでるんだよね。私はね、逃げたっていいと思うんだよ。だって私だって逃げたし、そうしたことで、こんなにも素敵な仲間と友達ができたんだから。
「…僕も、君に言いたいことがあったんだ」
「うん?」
「テツヤが出来なかったことを、君はしてくれた。誰もが特別な言葉のように僕に言ってきたそれを、君は特別でもなんでもない言葉で僕に言ってくれたよね。それで、良かったんだ。ただ友達としてそう言ってくれただけで、きっと良かったんだよ」
えっと、どれのことだろう。ていうか私赤司にあれやこれや言いまくってるから、どれのことを言ってるのかわからない。
でも赤司は本当に嬉しそうに微笑んでそう言うものだから、私はよかったなあって心から思うんだ。
ドンドンドン!!
「ほぎゃあ?!何事?!」
「…結構時間がかかったね」
いきなり部屋の扉がけたたましく叩かれて、ベッドから飛び跳ねてしまった。隣の赤司はとくに驚いた様子もなく優雅にココアを飲み干している。
時計を見れば時刻はもう夜の十一時を回っていた。
「こ、こんな時間に誰…?怖いから赤司見てきてよ…」
「いや、ここは少し面白いことをしよう。優姫、布団の中に潜っていろ」
「えー、もう何か企んでる魔王の顔してるから不安でいっぱいなんだけどー」
やけに楽しそうな赤司に扉の件は任せ、言われるがままに布団の中に潜り込んでひょっこりと顔だけ出して様子を見守ることにした。赤司は扉の施錠をまず一つ外す。
「こんな時間に誰だい?」
「赤司!お前なんで優姫の部屋にいんだよっ!」
「その声は千尋か。あと玲央達も一緒のようだね。申し訳ないけど、優姫は今布団から出られなくてね」
ドンドンドン!!
ちょっと赤司君んんん音が悪化してますけどおおおおおお!!赤司の台詞的に相手はまゆゆ達のようだけど、いまいち相手の台詞が聞き取れない。ていうか音おおおお!!近所(?)迷惑うううう!!
「千尋、静かに。今何時だと思ってるんだ」
「お前…っ」
「繋ぎ止めておきたいのなら、言葉にしなければすり抜けていくだけだよ。誰かに取られたとしても、何もしなかった者に文句を言う資格はありはしないのだから」
「…んなことは、わかってんだよ」
カチャ、と施錠が外された。勢いよく開かれる扉。赤司を押しのけて入ってきたまゆゆは、布団に潜り込んでいる私を見てカっと目を開いた。おお、まゆゆの死んだ目が心なしか今日は生きている。
ツカツカっと側までやってきたかと思えば、布団を引っぺがしてきた。
「うひゃおう?!まゆゆ?!」
「………何も、してなさそうだな」
「何をするってのさ?!」
「いや……つーかこんな時間に赤司と何してたんだよ」
「ん?眠れないから赤司と中学の頃の話して盛り上がってた」
って、そうだ。つい話に夢中になってたけど、明日は夕方からとはいえウィンターカップの決勝戦だ。そろそろ就寝につかないと、明日に響くかもしれない。もしかして、まゆゆ達はそれを伝えにきてくれたんだろうか。
「キスくらいはやったかと思ったけどな…」
「レオ姉が長風呂で赤司がいなくなってるのに気付くの遅いからー!」
「髪の毛の手入れは大事なの!それにしても、本当に何もしなかったの、征ちゃん?」
「優姫の言うとおり中学の頃の話をしてただけだよ」
さあ、そろそろ寝ようか、と赤司が手を叩いて全員を部屋から追い出す。まゆゆはもう一度私を見て、ポフッと頭を撫でてくれた。
「少しは警戒心をもてよ、馬鹿」
「えー?人並みに持ってるし!」
「持ってたら夜に男を部屋に入れるわけねーだろ」
「でも、赤司だし…あいたたたた」
まゆゆが頭を鷲掴みしてきた!痛い!
「…たく、もう寝ろよ」
「うん、寝る。まゆゆ、おやすみ!」
「おやすみ、優姫」
まゆゆは私の頭をもう一度撫でてから、部屋を出て行った。鍵をかけておけと言われたので、みんなの足音が部屋に入っていくのを聞き届けてから施錠をする。
こうやって騒ぐのも、今日で最後だろうか。
不安は尽きないけど、泣いても笑っても明日こそがまゆゆの引退試合。
私は、私にできることをするのだ。