天使と奏でるシンフォニー(TOX2)
DREAM
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ドシャァッ!!
辺りが沈黙する。
兄貴の手から落ちた剣が地面に落ちる音だけが響き渡る。
最初に沈黙を破ったのは、兄貴だった。
「…優姫、お前は馬鹿なのか」
「……」
「今の一瞬、俺は完全に無防備だった。俺を殺るなら今だった。それをお前は台無しにしたんだぞ。というか、何をしてるんだお前は」
その一瞬。
私がしたのは、兄貴に向かって剣を振るうでもなく、ただ抱きついて一緒にひっくり返ることだった。
いつもならうまくキャッチしてくれただろう兄貴もまさかここで抱きついてくるとは思わず、私を支えきれず倒れてしまったのだ。
少しの呆れ口調。
いつもの兄貴と何も変わらない。
あんな、わざと酷い言葉を選んでいた兄貴ではなく、いつもの兄貴。
「馬鹿なのは、兄貴じゃん」
「なんだと」
「なんで私が兄貴を殺すのさ。馬鹿なこと言わないでよ。大体会って早々何してくれてんのさ。私、兄貴に会いたかった、話したいことだって一杯あるし、料理の腕前も上がったから披露したかったし、それに、それに他にもたくさん」
「優姫」
「なのに、いきなり帰るぞって言ったかと思えばみんなに酷いこと言うし、急に私を殺そうとするし、でも、やっぱり、私」
ギュッと、兄貴の胸元を握り締める。
肩が震えていた。きっと体も。
「会い、たかった…っ、ずっと、会いたかったよ、お兄ちゃん…っ」
顔をうずめたままわんわん泣き出したら、兄貴が息を呑む音がした。
それから、はあ、と大きなため息をして、兄貴の手は私の頭を撫でる。
「俺が悪かった。言いすぎたし、やりすぎた。謝る。だから泣くな」
いつもの、兄貴の声音。
それに安堵したら、ますます涙が溢れた。
兄貴は私を支えながら上半身だけを起こし、今だ胸に顔を埋めて泣く私を撫でながら、ジュードくん達に話しかける。
「お前達も悪かったな。この通り、俺は身動きとれない上に戦意喪失だ」
「…そうか、お前は妹を守ろうとしていたんだな」
「…俺の世界は、七年前からずっと、こいつだけだ」
ミラへの返事に、顔を上げたら兄貴はフッと微笑んだ。
撫でる手は止まり、少しずれた眼鏡を直すためにくいっと持ち上げる。
「橋から落ちたこいつを見殺しにした俺を、笑って許してくれたあの日から俺は優姫を守ってきた。心配で仕方なかったんだ。こいつはその日から、自分を優先しなくなった。俺のせいだった」
「兄貴、私は…」
「だから、もしかしたらいつか、こいつは他人のために死ぬんじゃないかと思った。この世界に飛ばされたのを知った時、ますます思った」
兄貴が抱えてきた思いを、私は黙って聞く。
さっきまでの冷たい言葉もきっと本心で、今語られる言葉も本心だ。
「優姫が介入したことで、この世界の筋書きは大きく逸れていた。到着点は変わらずとも、たしかに変化していたんだ。…優姫、俺の知っている物語では、ここでルドガー達はどうすると思う?」
「え…?どうするって、橋、のこと…?」
「そうだ。お前はルドガー達が誰かを犠牲にするはずがないと思っているだろうが、俺の知る物語では違う。…ルドガーが、ユリウスを殺すんだよ」
は、と声にならない声が漏れる。
兄貴の言葉に、その場にいた全員が凍りつく。
ルドガーが、ユリウスさんを殺す?
何を言っているのか。
なんで、大切な家族で、たった一人の兄を、ルドガーが殺さなくてはいけないのか。
この話を聞いて、私達はもちろん、ルドガーも怒りに拳を震わせた。
「俺が兄さんを殺すだって…?冗談じゃない…!!」
「ああ、そうだな、俺もそう思った。そこで選択肢が出る。兄を殺して橋をかけるか、嫌だと否定するか。俺は当然正しいと思って嫌だを選択し続けた。その結果、ルドガーは兄を守るためにジュード達を殺した」
「!!僕達が、ルドガーに殺された…?!」
「信じられないことに、お前達は何一つ他の方法を考えもせずルドガーが兄を殺すのを待っていたんだ。しびれを切らしたガイアスが代わりにユリウスを殺そうともしたな。ああ、本当にふざけたシナリオだ」
そう言った兄貴の目に、怒りが篭る。
「…だが所詮ゲームの話だ。決められたシナリオがあり、正しい選択肢がある。だから、俺はユリウスを殺す選択をし、正しいとされるエンディングを見た」
「…そんな、の、おかしいよ…!」
「だからといって、お前が代わりになることだっておかしいに決まっている」
え、と兄貴を見上げれば、いつもと違って苦しそうな、悔しそうな顔をしていた。
ああ、そういえば、兄貴はたまに、私をこんな目で見ていたっけな。
「もうお前が苦しい思いをしなくたっていいんだ。誰かのために生きなくていい。誰かのために笑わなくていい。お前自身のために生きて欲しい。だから、俺はお前を連れて帰るために先代のマクスウェルが残していた道を辿ってきたんだ」
「…なら、どうして貴方はユウキさんを…?」
「俺達がこの世界から脱出するには、方法が二つある」
ローエンの疑問に、兄貴は答える。
私が知り得なかった、元の世界に返る方法。
「一つは、この世界での物語を完結させること。ジュード達は実際に消えるこいつを見たはずだ」
「…で、でも、ユウキは帰ってきましたよ…?」
「エピローグが残っていたからだ。物語のその後を描いたシーンで、優姫はこの世界に戻された」
二つ目、と兄貴の目が鋭くなる。
「この世界で、命を落とすこと」
「!!まさか、それでユウキを殺そうと…?!」
「そうだ。…だが、俺も甘かったな」
フッと表情が揺らぐ。
兄貴はどこか儚い笑みを浮かべて、私の頭を撫でた。
「俺に、こいつが殺せるわけがないのに」
兄貴は、馬鹿だ。
自分を優先しないのは、兄貴だって同じなのに。
私のことばっかり考えて、自分の幸せは後回しで。
私は、兄貴に幸せになってほしいのに。
「言っておくけどね、兄貴。たしかに私は自分のこと、省みてなかったと思う。でも、自分が死ぬかもしれないってわかったとき、ずっと怖かった。だから卑怯な手を使って、ジュードくんに後押ししてもらったりした。そうじゃないと、怖くて命を賭けられなかったんだよ」
「ユウキ…」
「さっきも、怖かったからルドガーに後押しさせようとした。でもね、ルドガーが言ってくれたんだ。一緒に頑張ろうって…だから、もう大丈夫」
「……」
兄貴と一緒に立ち上がる。
わざわざこんな格好までして、本当は優しいくせに酷い言葉をたくさん言って、心を擦り切りながらも、私を守ろうとしてくれた。
知ってるよ。兄貴が優しい人だってこと。
昔の話をネチネチ引きずってて、たくさん後悔して。
ずっと私の傍にいてくれたんだよね。
でも、私はもう大丈夫。
「私は、最後まで生き抜くよ。もう誰かの身代わりになったりしない。だから、兄貴ももう、自分のために生きていいんだよっ!」
最後の方、少し涙声になってしまったけど仕方ない。
いつだって私を優先してきた兄貴だって、自分のために生きていいんだ。
兄貴は少し黙って、それから小さくため息を吐く。
何か言われるかな、と待っていたら、ただ小さく、私に聞こえるか聞こえないかくらいの声でたった一言。
「馬鹿優姫」
と笑った。
「だがお前がアルヴィンにキスをしたことは許さん。俺はお前をそんなふしだらな妹に育てた覚えはないぞ」
「にぎゃあああああ突然のシリアスブレイカーああああ!!!」
がしっと、腕を掴まれ身体を捻られる。
関節技をモロに受けて私はさっきまでのシリアスを吹っ飛ばすかのごとく悲鳴を上げた。
そんな私達兄妹の様子に唖然としつつも、ハッと我に返ったらしいジュードくんとミラ。
「おいアルヴィン、今のはどういう意味だ…?」
「アルヴィン、詳しい話教えてもらえる…?」
「俺にとばっちりきてるぞそこのお騒がせ兄妹!!おいルドガーも骸殻のまんま無言で俺を見るなこえーよ!!」
「アルヴィン…ユウキに何したんですか…?!」
「アルヴィンさんとは少し話をしないといけないようですね」
「いつ?!いつしたの?!スクープにする!!」
エリーやローエン、レイアもアルヴィンに詰め寄っている。
いや、別にアルヴィンにされたわけではなく私がしたんだけど…ほっぺただけど…。
ミュゼはそれを笑ってみていて、ガイアスもカッと目を見開いてアルヴィンを凝視したりしてアルヴィンが半泣きで逃げ腰になって。
無言のままアルヴィンに近寄ろうとするルドガーをユリウスさんが止めてたりして。
その横でリドウが呆れたようにため息を吐いていた。
どうやら、見事にさっきまでの殺伐とした空気は吹っ飛んでしまったようだ。
「ってそろそろ関節外れるうううう!!」
「耐久力が足りんな」
「久々すぎるんだってば兄貴の関節技はあああああ」
「なら、続きは帰ってから存分にしてやろう」
「ぎゃふっ!!」
ドンッと、身体をジュードくん達の方へ放り投げられて、それに気づいたジュードくんが支えてくれた。
驚いて顔を上げて兄貴を見たら、ああ、いつもの笑顔だ。
「優姫、お前が望む未来を創ってこい。それがどんな未来だろうと、俺は必ずお前の味方だ。よくやったと褒めてやる」
「兄貴…?」
「だから、最後まで胸を張って選択しろ。いいな、優姫」
そう言われて、何故か別れだと察した。
おそらくほんの少しの間の別れ。
会ってすぐなのに、いきなり殺されかけて、和解したと思ったらもう別れで。
引き止めたいけど、でも、ここで私が言うべきことはそれじゃないんだ。
「うん…!私、最後まで頑張るから、もう大丈夫だから…。それとね、兄貴は、七年前から変わらず私の憧れで、ヒーローなんだよ」
お兄ちゃん、と、そう笑ってみせる。
私の返事に兄貴は少し驚いたように目を見開いて、それからまたフッと、優しい笑みを浮かべて―――――…
「橋が…かかった…?」
ユリウスさんが、呆然とそう呟くのが聞こえた。
禍々しい胎児の姿をしたカナンの地へと、一本の長い橋がかかっていた。
そして、私の目の前にいた兄貴は。
「もしかして、ユウキのお兄さんが…」
「自らの命を差し出したのか…」
ジュードくんとミラが驚いているけど、なんとなく兄貴はこうするんじゃないかって予想していたんだ。
結局、私のわがままを聞いてしまう兄貴だから、こうなってしまうんだろうと。
もちろんすごく辛いし悔しいし泣きたいけど、兄貴は私を信じて選んだんだって、思うから。
だから、大丈夫だ。
「兄貴は先に家に帰っただけだから、大丈夫だよ」
「ユウキ…」
橋を見上げる私の隣に立ったルドガーは、気づけば骸殻を解いていた。
いつもの服で、ユリウスさんを見てから、優しく笑った。
「ユウキが言ってた通りだったな」
「え?」
「ユウキのお兄さん、優しくて、格好良かった」
うん、と、頷いて私はもうこの世界にいない兄貴を思って少しだけ泣いた。