天使と奏でるシンフォニー(TOX2)
DREAM
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小さい頃から、私のヒーローはアニメの主人公でもお父さんでもなかった。
憧れで、ずっと追いつきたくて、その隣に立ちたかった相手は。
いつだって、たった一人の兄だった。
39.世界で一番、私のヒーロー
「兄って…あの人は、ユウキのお兄さん、なの?」
ジュードくんにそう言われて、ハッと我に返る。
そう、あそこに立っているのは私の兄だ。他人の空似でもなんでもない。
血の繋がった、大切な家族。
どうしてここにいるのか、とか。
会いたかった、とか。
色々と言いたいことがありすぎて、私はとにかく立ち上がって兄と向かい合う。
相変わらず見た目の良い兄は、私達の世界の衣服ではなくこの世界の衣服を身にまとい着こなしていた。
紺色を基調としたロングコートは兄の持つクールな印象を際立たせている。
「兄貴、私」
「優姫、帰るぞ」
「え?」
言われた言葉は、想像もしていなかった言葉で私は何を言われたのか理解するのに時間を要した。
そんな私よりも先に反応したのはミラだ。
「待て。それは唐突すぎやしないか」
「…なぜ引き止める?まだこいつを利用しようというのか貴様らは」
「そんな言い方っ!わたし達はユウキを利用なんてしてない!」
「ミラの代わりに足を使い物にならないものにし、ミラの代わりにミュゼの術を打ち破るためにこいつを消滅寸前まで追い込み、ミラを精霊界と人間界を行き来できるようにさせ、今もルドガーの代わりに代償を負わされている。これのどこか利用していないと?」
レイアがサッと青ざめる。
兄貴は知っていた。私が一年前したこと、そして今の状態を。
どうして知ってるのと問う前に、訂正しないといけないと私は違うと叫んだ。
「兄貴!それは違うっ!!私は自分の意志で選んだことで、みんなに頼まれたからとかじゃないんだよっ!!」
「何も違わない。結果的にお前はこいつらに利用された。もう十分だろう」
「だから違うってば!!私は利用されてない!それに、まだ帰れない!エルを助けに行かないと…!」
「行く必要はない」
「っ!でも、エルは私の代わりに連れて行かれたんだよ!だから」
「筋書き通りだ。この物語に支障はない」
え、とまた間抜けな声が漏れる。
兄貴は、今なんと言った?
「筋書き通り、ですと…?まさか」
「……優姫、お前は薄々気づいていただろう?あまりにも出来すぎた展開だと」
ローエンも言葉に沈黙を返した兄貴は、私に向けて言葉を投げてくる。
何度も、そうかもしれないとは思った。
でも私は知らなかったから、違うと思い込もうとしていたんだ。
でも、兄貴が言うことが本当なら、この世界は。
「優姫のいない一年の間に、続編が発売された。主人公はルドガー・ウィル・クルスニク。ジュードとミラが主人公だった世界の一年後の話だ」
「俺が…主人公…?」
「物語は、お前が兄に殺される夢を見た場面から始まる。クランスピア社の入社試験の日だな」
私達の知らない話だったけど、身に覚えのあったらしいルドガーとユリウスさんは驚愕した顔で兄貴を見た。
続編。まさか一年で出るとは思わなかった。
それに主人公はルドガー。そう言われれば、納得のできる話だ。
だって、私達の中で分史世界に行って時歪の因子を壊せるのはルドガーだけだった。
エルのことも、クルスニク一族のことも、全部ルドガーが中心にいた。
兄貴は淡々と言葉を紡ぐが、私にそれをすぐに受け止められるだけの余裕がなくて何も言えないでいた。
「わかったか優姫。お前はミラの時と同じで、今度はエルの代わりになっていたんだ。この世界でお前は、誰かの代わりでしか生きられない。…こんな世界で生きる意味なんて何一つないだろう?」
「……そんなこと、ない」
ぐっと、拳を握り締める。
兄貴の言うとおり、私はまた誰かの代わりになっていただけだった。
でも、それが全部真実だと受け止められない。いや、受け止めてはいけないんだ。
私は私として、ここにいる。
たくさん悩んで、たくさん後悔して、それでも選んできたのは私だったのだ。
だから、兄貴の言っていることに、肯定はできない!
「私は、自分の意志で選んできた。それが誰かの代わりになっていたことでも、それでも私が選んだんだ。私は、ちゃんとここに私としているんだよ!」
キッと顔を上げて、私は今だ表情を変えない兄貴に私の思いを伝えた。
兄貴はそんな私をじっと見つめ、それから小さくため息を吐く。
「それで、お前はここで生きていくと?俺達のいる元の世界は捨てて?」
「っ、それは…」
「俺達の世界は、ここじゃない。ここはゲームの世界だ。そこにいるジュードもミラもルドガーも、全てプログラムに過ぎない。俺達の世界が生み出したキャラクターなんだ。お前は、そんな奴らと生きていきたいと言うのか?」
「プログラムなんかじゃないよっ!!ジュードくんもミラもルドガーも生きてる!心があるっ!!兄貴、何でそんなことばっかり言うの?!どうしてみんなのこと傷つける言葉ばっかり…っ」
いつもの兄ではないような感じがした。
ジュードくん達を心の底から憎んでいるような、そんな雰囲気を感じて私は少し身体が震える。
私の兄は、そんな非道な人間じゃない。
だって、兄貴は、私の。
「…これ以上言っても無駄か。なら、仕方ないな」
大切な家族で、ずっと憧れてる、私の―――…
キィン…ッ
金属のぶつかりあった音が周囲に響き渡った。
目の前では、私に向かって振り下ろされた兄貴の剣を受け止めている、ユリウスさんの背中がある。
…私に、向かって…?
「…邪魔をするな」
「っ、今、何をしようとした…?!君は、実の妹を…!!」
「そうだ、俺はこいつを殺す。だから邪魔をするな。…セルシウス!!」
「!!」
ユリウスさんは私を抱えて飛び退く。
私がいたところにはいくつもの鋭利な形をした氷が突き刺さっていて、避けなかったら致命傷は免れなかっただろう。
兄貴が、私を、殺す、と、言った…?
嘘だ、兄貴がそんなこと言うはずがない。
だって、兄貴は私のこと大切にしてくれてた。文句も言うけど、優しい兄貴は結局私のわがままを聞いてくれた。
いつも、そうだった。
なのに、その兄貴が私に剣を向けた。
「てめえ、こいつの兄貴だろーが!!」
「そうだ。だから俺が殺す。お前達には関係ないことだ」
「関係ありますっ!ユウキは私達の仲間ですから!!」
「そうだそうだーっ!!」
「仲間が殺されそうになっていて、黙って見ていていられるわけがないじゃない?」
アルヴィンもエリーもティポもミュゼも、私を庇って兄貴に対峙してくれた。
私はただただ、兄貴の言った言葉を反芻していた。
ユリウスさんが身体を支えてくれなかったら、力の入らない身体は倒れていたに違いない。
そんな私を一瞥した兄貴は、再度剣を構え直した。
「仲間?笑わせてくれる。こいつに仲間なんていらない。必要ない」
「それは貴方が決めることじゃないでしょう!!」
「ジュード、お前の存在のせいで、ユウキがどれだけ苦しんできたと思う?お前のためにとあいつがどれだけのことをしてきた?」
「…っ」
「それに、お前達はカナンの地へ行くためにユリウスかルドガーどちらかを殺すんだろう?そんな非情な奴らのところにいるくらいなら、優姫は俺が殺す」
兄貴の言葉に、ジュードくんがぐっと言葉を詰まらせた。
カナンの地へ行くための橋は、クルスニク一族の中で強い骸殻能力を持った者の命でかけることができる。
ジュードくん達もそれを知ったんだ。
だからきっと他の方法を考えたに違いない。
でも結局他の方法が浮かばず、最後の手段を選びそうになってるんだ。
それなら、と私はユリウスさんに支えられながら立ち上がる。
「カナンの地には、私が橋をかけられる…!だからユリウスさんもルドガーも、リドウだって死ぬ必要ないんだよ!!」
「その代わり、お前は消滅する」
「えっ?」
「お前が橋をかけるためには力を半分使う。お前の使っている力はお前自身の命の源だ。その半分を先程ビズリーに使われただろう。橋をかけるならば、残るは一回分。それを使えばお前はこの世界から消滅する。それでもお前は、使うのか?」
私が力を使えば、橋はかかるけど私が消滅してしまう。
…でも、それはつまり、ルドガーもユリウスさんも、リドウも、死ななくていいんだよね?
私だけが、犠牲になれば―――…
「ユウキッ!!そんなのダメだからな!!」
「!!」
ルドガーの言葉に、ハッと顔を上げる。
続くジュードくんの表情は、どこか泣きそうだった。
「ユウキが僕達のことを心があるって言ってくれたように、ユウキだって心があって、生きてるんだ!だからもうそうやって、自分が犠牲になればって考えるのはやめてよ!!何度言ったらわかってくれるの?!」
そうだ、そうだった。
なんで私は、いつもそうやって考えてしまうのか。
あれだけみんなに言われて、私はここで生きているんだと何度も思い直してきたのに。
「言うだけ無駄だ。こいつは異常者だからな」
兄貴が、そう感情を殺したような声で言った。
言われた言葉がまた理解しがたい言葉で、私はまた固まってしまう。
「異常者だと?ユウキがか?」
「そうだ。こいつは自分の命より他者の命を優先する。自分は二の次なんて可愛いものじゃない。自分は常に一番最後だ。狂っているんだよ、俺の妹は」
「貴様…自分の妹になんて言い草…!!」
ガイアスの問いに肯定した兄貴を、ミラがキッと睨む。
私はおかしかったの?自分を優先しないから、異常なの?
兄貴は、ずっと、私のことをそう思っていたの?
もしかして、そんな私を、兄貴はずっと、嫌いだったの?
心で発したその声を読んだかのように、兄貴は私を見て目を細めた。
「大嫌いだったよ、優姫。俺はお前が昔から、大嫌いで仕方なかった。だから七年前、お前を橋から突き落として殺そうとしたんだ」
そう言った後、兄貴はセルシウスを隣に呼んだ。
逆隣には、ヴォルトがいる。
少しでも動けば、きっと戦闘になる。
立ち上がった身体はまた、重力に逆らうことなく地面に落ちた。
ぺた、と冷たい地面に座り込んだ私を兄はただただ、冷たい眼で見下ろしていた。
大精霊を従える兄の姿に、ミラとミュゼがハッと何かに気がついた。
「精霊界からセルシウスとヴォルトが消えたから何が起こっているかと思っていたが…お前が連れ出したのだな?!」
「そうだ。俺が優姫を殺すためにはお前達が邪魔でな。その時間稼ぎを頼んだ」
「アナタ達、どうしてそれを了承したの…?アナタ達はユウキに救われたはずじゃないの?」
「……」
ミュゼの問いにはセルシウスもヴォルトも無言だった。
ただ、もう既に臨戦態勢に入っていて、戦いは避けられないことは理解できた。
「させない、僕はユウキを守るって、決めたんだ!!」
「ジュード。その感情は優姫に向けられたものではない。それはミラに向けるべき感情だ」
「!ぐっ?!」
ダッとジュードくんの間合いに入った兄貴はそのまま回し蹴りを繰り出す。
それに続きセルシウスが氷の雨を降らすが、ミラの召喚した四大が弾き落とした。
ジュードくんが体勢を整えている間に、ミラも剣を構えて兄貴と対峙する。
「悪いが、そういう話はもう以前聞いた。そんな言葉に揺らがされはしない」
「ほう?なら違う話にしよう。お前達はなぜ優姫が分史世界へ飛べないか気づいたか?」
「それは…ユウキに、大精霊の力が効かないから…じゃ…?」
「違う。優姫がこの世界の人間じゃないからだ」
ヴォルトの攻撃を防ぎながら、アルヴィンが訝しげな顔をした。
「どういうことだよ、それ…っ!」
「単純な話だ。この世界の別の可能性に優姫は含まれない。可能性のないものを世界は受け入れない。それだけのことだ」
わかるか、と兄は今だ立ち上がれないでいる私に言う。
「お前がどれほど命を賭けようとも、世界はお前を受け入れない。この世界にお前は、必要がないんだ」
なんて、胸に刺さる言葉なのだろうか。
自分の無力さを、今まで痛いほど感じてきて自分が嫌になったこともあった。
逃げ出したこともあった。
泣くしかできない自分が悔しくて仕方なくて、でも諦めなければ前に進んでいけると思っていた。
―――必要ない。
ああ、確かにそうだったのかもしれない。
だって私の知る物語では、私の存在なんてなくてもハッピーエンドを迎える。きっと今の物語もそうなんだろう。
だから私は、本当はいらない存在だったのだ。
(それでも)
「俺はそうは思わん」
ガイアスがはっきりと、そう言い切った。
兄はそれを怪訝な顔で見て、沈黙したまま続きを促す。
以前は敵として対峙したその広い背中は、私を庇うように立ち武器を構えていた。
「悪いが貴様の語る世界は俺達にとっては分史世界そのものだ。俺達にとってはここが現実で、正史世界。ユウキのいるこの世界が今の俺達の世界だ」
「……」
「兄である貴様が、なぜ妹を否定する?なぜ殺そうとする?殺したいくらい嫌いだと言うのなら、なぜ連れて帰ろうとしたんだ。貴様の行動は矛盾している」
「お前達には関係ないと言っているだろう…!優姫はこの世界に必要ないと何度言えばわかる!」
それでも。
「ジュードくん、少しで良いんだ。兄貴に隙を作って欲しい」
「!…うん、わかった」
「ユウキ、俺も手伝う」
「ルドガー…ありがと」
それでも。
「ルドガー行くよ!はああッ!!」
「!!…セルシウス!フリーズランサー!…ッ?!」
「うおおおおおッ!!!」
「骸殻だと…!!ぐう…ッ!!」
それでも。
乱闘の中へ飛び込んだジュードくんが兄貴に向かって拳を振るい、それを避けるために後退した兄貴が精霊術を唱える前にルドガーが骸殻へと変身し、槍での攻撃を剣で防ぐが弾かれる。
そこに、一瞬の隙が出来た。
二人が作ってくれたその一瞬を私は見逃さず、走った。
兄の懐へ入り込み、その無防備な身体に、私は。