天使と奏でるシンフォニー(TOX2)
DREAM
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誰かが苦しむくらいなら、私が苦しくなればいい。
それがただの、善意の押し付けなのだと知らないまま私は今ここにいる。
36.ルドガー、任務完了
「橋をかけるまで少し準備がいる。少しここで待っていろ」
マクスバードでビズリーさんにそう言われた私とエルは、とりあえず適当なお店に入って待つことにした。
お腹もすいたし、とスープを注文すれば、エルの表情が曇る。
「エル?」
「…あのね、ユウキ。ルドガーと行ったブンシセカイで、パパに会ったの」
「おお!そういえばさっきそんなこと……あれ?たしかルドガーがパパとかなんとか…」
「うん。エルのパパは、未来のルドガーだったんだって」
なん…だと…!
ルドガー誰と結婚したの?!ユリウスさんじゃなかったの?!
でもエル良い子だし、きっと素敵な結婚をしたんだろうなあ…。
ほわわ、とルドガーの結婚生活を妄想していたけど、エルの悲痛な声で思考も霧散した。
「でも、パパは、本物のエルがほしかった…みたいで…っ、ニセ物のエルじゃなくて、本物の…っ」
「…言いにくいかもだけど、聞いていい?」
「…ん」
「エルは…分史世界の人間だった、ってこと?」
「…うん」
そうだったのか。
だからニセ物だとか、いらないって思うのか、とかルドガーに言ってたのか。
全く、エルってば。
「ねえエル。異世界から来た私は、みんなと同じ世界の人間じゃないけど私、なんだよね?」
「…?うん」
「だったら、エルもエル。私は本物のエルなんて知らないから、今こうやって、一緒にご飯食べてるエルが私のエルだよ」
「!」
そう、エルも私に言ってくれたじゃないか。
異世界の人間だと告白した私に、ユウキはユウキだから関係ない、と。
その言葉にどれだけ救われたか。私は、ここにいてもいいんだと思えたか。
だから、エルもそうなんだよ。
ニセ物とかじゃない。エルはエルなんだから、ここにいてもいいんだよ。
そう言ったら、エルはまた瞳に涙を一杯溜めて、小さく頷いた。
「…ぅん…っ」
「ほら、ご飯食べよ!これから大仕事するから、私もがっつり食べちゃうよー!ほら好きなものを注文したまえ!私の奢りだ!」
「っ、うん、ご飯食べる!エル、これとこれとこれと、これも、あっこれも食べたい!」
「私の財布の中身が空に!!」
「あ、そういえばルドガー達に一応連絡しとこうかな」
「連絡?」
ご飯を食べ終え、ルドガーのご飯の方が美味しかったねーっと外のベンチで話していた時ふっと思い出した。
忘れ物を~、とか言って別れてしまったから、帰りの遅い私を心配してるかもしれない。
それにジュードくんの様子もおかしかったし、聞いてみないと。
「とりあえず、これから大仕事してくるってことと、他にも色々聞きたいからね」
「エルも電話でる!」
「おけおけ、そんじゃルドガーにっと」
今や当たり前になってしまったGHSをぴっぴと操作し、ルドガーに電話をかけてみる。
もうそろそろクラン社にいるだろうと思いながらGHSを耳にあてていたら、案外早く繋がった。
「あ、ルドガー?オレオレ、オレだよオレ」
《ユウキか?!》
「あれ、渾身のオレオレ詐欺が伝わってない。うん、ユウキー。あのさ」
《身体は、おかしくなってないか…?苦しいとか、動かないとか…!》
ルドガーは何を言っているのだろうか。
はて、と自分の身体を確認する。
とくに動かない場所はないし、怪我もない。
そういえば風邪を引いたみたいで身体が少し重いと伝えたら、通話口の向こうで息を呑む音が聞こえた。
「ルドガー?どしたの?」
《…ごめん。俺のせいなんだ、ユウキは今、俺の代わりに》
「げ、ルドガーそれ誰から聞いたのさ!」
《ヴィクトル…エルのパパから》
なぜエルのパパがこのことを…あ、もしかして未来のルドガーだから、この時のことも通過してたから、とかかな?
そういえば分史世界での私はいつも何してたんだろう。今度ルドガーとジュードくんに聞いてみよう。
「私は大丈夫!それよりもルドガーこそ大丈夫?痛いとことかない?」
《俺は、大丈夫だ…それよりもユウキの方が》
「だから大丈夫だって!それにね、私嬉しいんだ。今まで何の役にも立てなかったから、やっとルドガーの役に立てた、って」
えへへ、と笑ったら、沈黙が返ってくる。
あれ、無反応さみしい、と思ってたら、一瞬の静寂の後。
《ふざけるなッ!!》
「ぎゃっ?!る、ルドガー…?!」
怒られた。物凄い大きな声で。
ルドガーのそんな声を聞くなんて初めてで、通話口から漏れたそれにエルもビクッと肩を震わせた。
《役に立てなかったとか、立てたとか、俺はそんなこと頼んでないだろッ!!》
「で、でも…」
《でもじゃない!!どうしてユウキはいつも自分のことを考えないんだ、どうして自分を大事にしてくれないんだッ!!》
通話口の向こうからジュードくんの宥める声が聞こえる。
どうして自分を大事に――…
(だって、誰かが苦しむのは、もう見たくないんだよ)
誰かが苦しむくらいなら、自分が苦しくなればいい。
私は小さい頃からずっと、そう思って生きてきた。
自分が苦しいのなら、我慢できるから。
だから、私のことなんて気にせず笑っていてほしかった。
でも、そんな私にルドガーは怒っている。
思えば、一年前もジュードくんは悲しんで、ミラは悔やんでいた。アルヴィンもエリーもローエンもレイアも。
そんなみんなを見ていながら、私は自分のしたことが善意の押し付けだったのだと気づかなかったのだ。
そしてきっと、これからしようとしていることもみんなにとっては頼んでいないことなのだろう。
それでも。
「ルドガー、私ね。この世界に来て良かったって思ってるんだ」
《っ、え?》
「最初は不安で、怖くて、誰か助けてって思ってた。けど、そんな私をジュードくんが見つけてくれて、ミラと出会って、アルヴィン、エリー、ローエン、レイア。それにガイアスやミュゼ。他にも色んな人と出会った。旅をしてて思ったんだ。苦しいこともいっぱいあるけど、私、この世界が好きだって」
振り返れば、ジュードくんが笑ってくれている。
そしてミラ達もいてくれて、仲間として迎えてくれた。
それから、ルドガーとエル、分史世界のミラ。
泣いてもいいと言ってくれた人がいて、私は私なんだから関係ないと言ってくれた子がいた。
自分を大事にしてくれと怒鳴ってくれた人がいた。
戦争もあるし、魔物もいるし、つらいこともたくさんあったけど、この世界はそれでも美しいのだ。
だって、大切だと思える人達が暮らしている世界なのだから。
「みんなと、この世界を守りたいんだ。それに私にはジュードくんが笑っていられる世界を作るって使命がありますしね!!」
《……》
「だからさ、ルドガー。頑張れって、言ってくれないかな。そしたら私、なんだって出来る気がするんだ」
これから、ビズリーさんの言う通りにする。でも何をすればいいのか具体的にはわかっていない。
怖いんだ。先の見えない未来に、私はいつだって怯えてばかりで。
だから私は、一年前と同じように勇気がほしかった。
死にに行くわけじゃない。ただ、この震えを止めたかった。
通話口から、少しの間があった後、聞こえた声。
《…違うだろ、ユウキ。一緒に、頑張ろう》
胸の奥が、熱くなった。
瞼が震えて、目尻に涙が溜まる。
そうか、私は本当は、あの時ジュードくんにこう言えば良かったんだ。
知っている物語と同じ方法でなくても、もしジュードくんと一緒に頑張ろうと言っていたら、別の方法もあったかもしれない。
私は、なんて馬鹿だったんだろうか。
「…うん…っ、そう、だよね。一緒に、頑張るよ、ルドガー…!」
落としてしまいそうになったGHSをぎゅっと握りしめて、私はやっとそう返事を返す。
ああ、早くルドガーに、ジュードくんに会いたい。
会ったら頭を下げて、一緒に頑張ろうってカナンの地に行くんだ。
この世界を、守るために。
「誰かと通話中だと思ったら、君とだったか」
影が差して、目の前に誰か来たのだとわかる。
見れば、ビズリーさんだ。準備が出来たのだろうか。
貸してくれ、と言われて私はGHSをビズリーさんに渡す。
「騙したのは悪かった。だがわかってくれ」
開口一番、通話口にそう言うものだから俯いていた顔を上げてビズリーさんを見た。
騙した、とはどういうことだろうか。
「これは人間だけの世界をつくるために必要な犠牲なのだ。私はオリジンの審判を超え、その願いで」
ビズリーさんの眼光が鋭くなる。
その視線の先に、誰を思い浮かべているのか。
ビズリーさんの願いは、分史世界の消滅ではなく。
「精霊から意志を奪い去る。奴らを人間に従う、道具にするためにな」
は、と掠れた声が出た。
何を言っているのだ、この人は。
この人の願いは、この世界のために分史世界を消滅させること、それだけじゃなかったのか。
精霊を、道具にだって…?!
「心配はいらん。分史世界も奴らを利用して消滅させる」
「そういう問題じゃないッ!!精霊を道具にするだって?!そんなことさせな…っ」
ぐらり、と身体が傾く。
そういえば、風邪…ではなく代償か。それの反動で身体がすごく重いのだった。
加えて先ほどクロノスと大暴れしたし、ちょっと休憩を入れないと、立っているのもままならない。
立ち上がった身体はまた椅子へと戻ってしまう。
私の心配をしていたエルがキッと、ビズリーさんを睨み、GHSを奪い取った。
「ルドガー!エルだよっ!ルドガーがもうあんなことしなくていいように、エルがんばるからっ!」
「エル…ッ!!」
「ユウキも、大丈夫だからっ!約束やぶっちゃったけど、ゆるしてね…っ」
そう言って、エルがあっとGHSを見る。
どうやら電源が落ちてしまったらしい。
さっきお店にいた時に、少しだけ充電させてもらってたのだけど、それも今の通話分しかもたなかったらしい。
「切れたか…さて、ユウキ」
「っ、エル、やっぱりこの人に従っちゃダメだ…私が合図したら、逃げ」
振り返ったビズリーに、後ずさりながらエルと逃げようと算段を立てていたら、背後の存在に気づかなかった。
おそらくクラン社のエージェントであろう社員に、硬い鈍器のようなもので頭を殴られた。
ゴッと、嫌な音がする。
視界がブレて、衝撃で身体が地面に倒れていく。
「ユウキっ、ユウキっ!!」
エルの悲痛な声を聞きながら、私はそこで意識を飛ばした。