天使と奏でるシンフォニー(TOX2)
DREAM
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身体が重い。
起きた時の感想は、それオンリーでした。
35.出現、そして…
「風邪?!まさか元気だけが取り柄の私が風邪ひいた?!」
豪華な客室で目を覚ました私は、重い体を引きずりながらも身支度を整えて部屋を出た。
大きな独り言だとは自覚している。しかし一大事だ。
単細胞女なんて不名誉なあだ名をつけられたこともある私が体調不良だなんて!
「うう…GHSも電源落ちてるし…充電しなきゃな~」
「おはようございます、ユウキ様」
「うぎゃお?!って、ヴェルさん!おはよーです!」
ふらふら廊下を歩いていたら、ヴェルさんが相変わらずのきりっとした顔で挨拶してくれた。
これぞ大人の女性って感じだ…私も見習わざるべきか…。
「昨日ルドガー様達が最後の道標の回収に成功し、帰還しました。現在マクスバードのリーゼ海停に向かっているとのことです。ユウキ様にもそちらに向かってもらいます」
「おお!さっすがルドガー!よっし向かうぞー!」
ありがとーございます!とヴェルさんにお礼を言って私はクラン社を後にする。
目指すはルドガー達が向かっているマクスバードのリーゼ海停!
歩くたびに、身体が重く感じる。
これはいよいよ本格的に風邪をこじらせたかもしれない。
こんな姿でみんなの前に出たら、きっと心配させてしまうだろうな。
でも、早くおめでとうって言ってあげたいし、ルドガーの代償を背負ってあげなくては。
そう思いながらなんとかたどり着いたマクスバード。
(あ、もうみんな集まってる!それに足元のあれって、道標!五つ!おお本当に集まってたんだ!)
おーいと声をかけようとして、何だか重い空気を感じて足を止めた。
なんだろう、何か、あったのかな?
おそるおそる近寄ってみると、エルの絞り出したような声が聞こえた。
「ルドガーは、パパと同じ人なんだよね…?」
え?ルドガーがエルのパパと同じ人…えええええ?!
何の話、何の話なの?!とパニックになっていたら、次に続いたエルの言葉に私は思考が一瞬停止した。
「ルドガーも、パパと一緒で…ニセ物のエルは、いらないって思う…?」
エル…?ニセ物って、何を言ってるんだ。
よくわかんないけど、何があったか知らないけど、エルはエルでしょーが!!
私は私だって言ってくれたのは、エルじゃんか!!
これはお説教が必要だ、と向かおうとした瞬間、ルドガー達の足元の道標が空に輝く。
あれ!とジュードくんが指差した先を見た。
異様な光景だった。
二つの月が重なり、胎児を抱いたような球体が現れた。
「オリジンめ、あんなところに隠していたとは…!」
「まさか…あれがカナンの地…?!」
ミラとジュードくんの言葉に、アルヴィンがはは、と乾いた笑いを浮かべる。
いや、私もこれは予想してなかった。
まさか、あんなに禍々しいものが、ルドガー達の目指した最終地点、カナンの地だったなんて。
あそこで願いが叶えてもらえる気が全くしない。ほんとしない。
「でも、どうやってあそこに…?」
「空中戦艦ならどうかな?」
エリーが首を傾げ、レイアが閃いたその時。
背後に気配がした。
振り返れば、そこにいたのは。
「無駄なことだ。近づくだけではあそこには入れん」
クロノス、とミラが呼んだ。
アレが、ミラを時空の狭間に閉じ込めた精霊、クロノス。
クロノスは脇に傷ついたユリウスさんを抱えて、私達を見下ろしていた。
「まさか道標をそろえるとは。探索者の相手をしている場合ではなかったな…」
ぽいっと、まるでゴミでも放るようにクロノスはユリウスさんを放り投げる。
慌てて私はユリウスさんをキャッチしようとするも、私の腕力では受け止められず一緒になって地面に転んでしまった。
「兄さん!ユウキ…!」
「あたた…ってクロノスこのやろー!!ユリウスさんに何してやがんだバホー!!」
ユリウスさんを抱えて睨んでやったら、クロノスはいつの間にか私の目の前に立っていた。
え、と思う間もなく、身体が宙を舞う。
蹴られた、のだと思う。
痛みは遅れてやってきて、みんなから少し離れた場所に滑るように倒れ込んだ。
「ユウキッ!!」
「やめろ…ルドガー…勝ち目は…ない…ぐあっ!!」
「貴様こそやめておけ。時歪の因子化したくはあるまい」
ユリウスさんの悲痛な声が聞こえる。
クロノスが何かしたんだ。許すまじ。
とはいえ、体を打ち付けた私は今だ起き上がれず話を聞いていることしかできない。
「我はクルスニクの一族に骸殻の力を与えただけ。時歪の因子とは、貴様らが我欲に溺れ、力を使い果たした姿だ」
人間は愚かだ、とクロノスの声がする。
それは違う。訂正しなければ、いや、わからせないと。
人間は、欲も抱えているけど、誰かのために優しくもなれるんだってこと、あのわからず屋の精霊に説教するんだ!
「勝手なことばっか、言うなよこのイケメンボイスめ!!」
「っ、ユウキ…っ」
ジュードくんの心配そうな顔が見える。
ああまたジュードくんに心配させてしまった。ルドガーも不安そうだ。
天使と妖精を悲しませるとは、私もだけど許さんぞクロノス!!
「あのマクスウェルだって人間の気持ちに気がついたんだ、お前も少しは理解しようって努力せんかいコラあ!!」
あといい加減ユリウスさんから離れろおおおおお!!
剣を振りかぶり、クロノスに向かっていったらまた謎の瞬間移動で背後を取られる。
いつの間に、とか思う間は与えられない。
気づけばまた蹴られていた。
「あだぁっ!!」
「っ!」
「ルドガー!どうして変身しないの?!」
また蹴り飛ばされていたら、ルドガーがクロノスに斬りかかっているのが見えたが、その姿はいつもの姿で。
ルドガーは無謀にも、骸殻の力を使わず向かっていったのだ。
エルも驚いている。私も同じだ。
「醜悪極まるな…はぁッ!!」
クロノスは何か術を放った。
ミラとミュゼ、そしてガイアスはそれをはねのけるがジュードくん達は避けきれなかった。
ルドガーが飛び出すも、ユリウスさんがルドガーを庇い代わりに術に捕らわれてしまう。
「やっかいな技を使う」
「他愛もない。かわせたのはお前たちだけか」
「クロノス!術を解け!!」
「出来ない相談だ。人間など見守るに値しない存在」
さすがの私も、これにはぷっちんですよ。
ゆっくりと身体を起こす。
それから、ジュードくん達が捕らえられている結界に手をかざす。
それだけで十分だった。
パン!、と術は簡単に解けた。
「!!貴様…」
「悪いけど、私にもチート機能があるんだよ」
急に術から解放されたジュードくん達は驚いたように私を見ている。
でも、今の私はクロノスへの怒りでいっぱいで。
ビシッと、クロノスを指差して言ってやるのだ!
「もー堪忍袋の緒が切れました!!その長髪三つ編みにして写真取って世界中にばらまいてやる!!覚悟しろ!!」
「なんて語彙のなさだ…呆れを通り越してため息も出ない」
「ムキーッ!!馬鹿にされてる!!」
剣を構える。
けど、いつの間にか背後をとってくる相手にどう向かえばいいのか。
どうすれば、どうしたら。
考えている間にも、クロノスは向かってくる。
どうにか、しないと…!!
「ダメーッ!!」
飛び出してきたのは、エルだった。
ルドガーと私の前に立って、両手を広げる。
「ルドガーは、エルの…!!」
クロノスが躊躇せず、術を放とうとする。
容赦なしの行動に飛び出そうとするが、今度はまた誰かがエルの前に立ちふさがった。
「たった一つの命、無駄に捨てるな」
ビズリーさん?!
まさかここで出てくるとは思わなくて、唖然としていたらビズリーさんは言った。
「カナンの地に入る方法なら、私が知っている」
聞き取れなかったが、ビズリーさんはぼそりと小さく、おそらくクロノスにだけ聞こえるように言った。
それが合っていたのか、クロノスは見て明らかなほど狼狽えた。
「貴様…っ!」
「おっと。最後のカナンの道標、最強の骸殻能力者は分史世界で手に入れた。この世界には、まだ残っているぞ?」
そう言って、一瞬だけ骸殻を発動させた。
なんと、ビズリーさんも骸殻能力があったのだ。
「私とクルスニクの鍵、そして彼女。同時に相手してみるか?」
「!ビズリー…!貴様気づいて…!」
「…なら、クルスニクの鍵だけでも…!!」
「させるかあ!!って、あっ!!」
「ルドガーッ!!」
ルドガーに向かっていったクロノスに、ユリウスさんが身体ごと体当たりした。
そして海に落ちる、その瞬間に何か術が発動する。
「空間転移?!」
ミラがそう言った。
クロノスとユリウスさんは、どこかへと飛んでいったようだ。
圧倒的な脅威が去った。
何だか力が抜けて、ぺたりとその場に座り込んでしまう。
思えば、体調不良なのに私はりきりすぎた…おええ…。
「ユウキ!大丈夫?!」
「あ、ジュードくん…へーきへーき…寝起きでハッスルよくないね…おええ」
「っ、ユウキ、もしかして今、身体が重い…?」
「?うん…風邪ひいたっぽいんだよね…」
はあ、とため息を吐いたら、私の身体を支えるジュードくんの腕に力がこもる。
どうしたんだろうと顔を覗き込むが、ジュードくんはどこか悔しそうにしているだけで何も答えてはくれなかった。
「ビズリー。カナンの地へ入る方法を知っていると言ったな?」
「…ああ」
ガイアスがそう問いかけ、それに頷いたビズリーさんの返答を待っていたら、エルが叫んだ。
「カナンの地なんて、行かなくていいよッ!!」
え、とルドガーが驚いた声を上げた。
みんながエルの突然の言葉に驚いていた。
カナンの地に行くために頑張ってきたエルが、どうして急にそんなことを…。
「だがエル。すべての分史世界を消すには、オリジンに願うしか…」
「そんなのみんなでなんとかしてよっ!!エルもルドガーも、ユウキも関係ない!!」
「?エルたん…?」
どういうことだろう。
よくわからないけど、エルは何か知ってる…?
スっと、ルドガーが時計を取り出す。
「一緒にカナンの地に行くって、約束したじゃないか…!」
「!…約束なんて、どうでもいいし…!」
「どうでもいい…?」
「どうでもいいっ!パパの約束だって、ウソだった!約束より、大事なことがあるんだよッ!!」
もしかして、最後の道標を取りにいった分史世界に、エルのお父さんがいたんだろうか。
そのお父さんが、ルドガーだった…?
ああもう、よくわかんないけど!
「エル!よくわかんないけど、もう大丈夫だから!!」
「ユウキっ!」
「私が何とかする。もう誰も、犠牲にしない。なんたって私、誰も犠牲にしない未来推奨派だからね!」
にっと笑って立ち上がったら、エルは一瞬目を見開いた。それから、涙を瞳一杯にためて、首を横に振った。
「いいのっ!もう終わったことなんだから!!」
「エルっ!」
ビズリーさんを何故か睨んでから、エルはどこかへと走り去ってしまった。
追おうとした時、ビズリーさんが引き止めるようにルドガーに話しかけてくる。
「あの娘の言う通りだルドガー。もう骸殻能力を使う必要はない」
「…用済み、ってわけかしら?」
「いや、なすべき仕事をなし終えたのだ。我が一族の…人間の悲願、カナンの地を出現させたのだからな」
見上げた空には、禍々しい色の胎児。あれが、人間の希望なのだろうか。
それに、どうやってあそこに行くのか。
「エルは配下の者に保護させる。心配することはない」
「…」
「それで、カナンの地に入る方法は?」
「それは本社で説明しよう。その前に、ユウキ」
「?」
目で、何か訴えられた気がする。
これは一人で来い的なことだ、と何故かわかってしまった。
私は小さく頷いておく。
「すまないが、ユウキの忘れ物を預かっていてね」
「え?」
「ごっめんジュードくん!ルドガー!みんなも!分史世界でのこと色々聞きたかったけど、先に忘れ物返してもらってくるね」
「…でも」
「ところでルドガー…」
「…?」
「ユリウスさんがルドガーを庇った時に私は兄弟愛ならぬ近親相姦に多大な萌えを」
「………」
「ぎゃあああガイアス頭割れちゃう割れちゃう…ああああああ!!」
雰囲気クラッシャーの私にガイアスから鉄拳制裁が下ると、ジュードくん達が必死になって止めてくれた。
あの王様容赦なさすぎます!!
忘れ物を取りに、とルドガー達と別れた私は、時間を置いて海停の端で空に浮かぶ胎児を見上げているビズリーさんの背中に声をかけた。
「君もなかなかやるじゃないか」
「やるときゃやる女なもんで!…エルが急に態度を変えたのは、さっき言ってた方法が原因なんだよね」
「察しがいいな」
やはりそうだったか。
エルには聞こえていたのだ。ビズリーさんの言ったカナンの地に行くための方法が。
その方法を、エルはどうしても許せなかったのだ。
「どうすれば、カナンの地に行けるの?」
「強い力を持つクルスニク一族の命、すなわち骸殻能力を持つ人間の命で橋をかけるのだ」
「!!それって、つまり…!!」
「ルドガーの命でも橋をかけられるということだ」
この人の話は、いつも唐突で残酷だ。
そんなの、ダメに決まってる。だからエルも拒絶したんだ。
仲間の、ルドガーの命を使ってまでカナンの地に行って、何の意味があるというのか。
「…そんなの、認めない」
「だからこそ、君に手伝ってほしいと言ったのだ」
「!…じゃあ、ルドガーは大丈夫だね。エルも、心配することなんか、ないってことだね」
「やだっ!!」
え、と振り返ると同時に、私の腰に小さな身体がしがみついてきた。
どうやら近くにいたらしい。
エルは、まだ瞳に涙を溜めていた。
「ダメなの、ルドガーもユウキも、消えちゃうのはダメなの…っ!!」
「エル…大丈夫だってば。ルドガーも大丈夫だし、私も消えないし!」
「…だって、ユウキの力もって、言ってた」
「あー。そうなんだけど、命をかけなくてもいいんだよ私の場合」
「…?」
「ほら、私この世界の人間じゃないから」
ね、と笑ったら、エルはぎゅうっと手に力を込めた。
ふるふると首を横に振っている。
その身体を抱きしめて、ぽんぽん、と背中を叩いてやる。
「だいじょーぶだいじょーぶ。だから一緒にカナンの地にいこ?ルドガー達もエルを待ってるよ」
「…もうすこし、エルも考える。だから、ユウキと一緒にいてもいい?」
「うーん…それじゃ、私が橋をかけたらエルがルドガー達に連絡に行く、ってことでどう?」
「わかった!」
よし、と立ち上がって、エルの手を握る。
大丈夫、誰も犠牲にしないって決めたんだ。
まずは、ビズリーさんの指示に従う。
私は、私にできることをするんだ。