天使と奏でるシンフォニー(TOX2)
DREAM
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嫌な予感というのは、当たって欲しくない時ほど当たってしまうものだ。
34.残酷な真実
ユウキを残して俺達は分史世界へと飛んだ。
これで、最後だと信じて。
最後の道標の情報を得ようと、まずは飛んだ先の街で聞き込みをしようということになった。
着いた先は、リーゼ・マクシアのカラハ・シャールという街。ローエンはここの領主の執事をしていたらしい。
「どうやって化けたか知らないが、ふざけるな!指揮者イルベルトは八年も前に死んだんだ!いや…殺されたんだよッ!!」
ローエンと顔見知りのはずの露店の店主は、ローエンを見るなりそう怒鳴った。
話を聞くと、どうやらこの世界のローエンは誰かに殺され、その遺体はエレンピオスのウプサーラ湖に浮かんでいたとのことだ。
ガイアス王――アーストが国葬をしたため、リーゼ・マクシアの人間なら周知しているという。
「私が殺されている分史世界とは…」
「みんながエレンピオスを知ってて、八年前にローエンがってことは…ここは正史世界より数年先の未来なんだ」
「ともかく、ローエンが殺害されたという場所へ行ってみよう。何かわかるかもしれない」
ミラの意見に賛成した俺達は、エレンピオスに向かうためまずはマクスバードを目指すことにした。
「ジュード・マティスっていったら、源霊匣を普及させた人でしょ?学校で習ったわ。でも、何年前の大量殺人事件で亡くなったらしいわね…」
マクスバードで、源霊匣である生物に出会った。
持ち主によれば、制御できなくなることはないらしい。源霊匣は、ジュードの手によって完成され普及されていたのだ。
だが、ジュードもローエンと同じく八年前に殺されていた。
誰がジュードとローエンを殺したのか、それを知るためにも、ウプサーラ湖に行くしかない。
そうして足早にやってきたディール。
そこには源霊匣がたくさん存在していて、自然も回復の兆しを見せていた。
「すごーい!源霊匣がいっぱい!」
エルが指差す先には、源霊匣を持った人達が。
これがジュードが、頑張った結果が実った世界。
ジュードの目指した世界だ。
「…でも、どうして僕達は殺されたんだろう」
「ええ。自惚れではありませんが、そこそこの輩でしたら返り討ちにする自信があります。…一体、どんな方に私達は」
「考えても仕方ない。まずは殺害された場所へ行ってみよう。何かわかるかもしれない」
ああ、と頷いて、俺達は街を通り抜けようとしていたら、出口近くで気になる会話が耳に入った。
釣りをしていて偶然見つけたというそれは、エリーゼの持っていたティポだった。
ぼろぼろのぬいぐるみの持ち主も、八年前に殺されていた。
「エリーゼまで…一体湖で何が…」
とにかく行くしかない、と俺達は重い空気を残しながら、街道を歩いた。
「あれが、私達の遺体が浮かんでいたという湖ですね」
正史世界では干上がっていた湖は、ここでは生存していた。
透き通る水に、周りの自然あふれる景色。
その湖に建っている、正史世界では存在しなかった屋敷。
誰か住んでいるようだ。
調べよう、と歩こうとした時、エルが俺の服を引っ張った。
「調べなくていいよ…あれ、エルの家だし」
「え?」
「あれ、エルの家なんだってばっ!」
エルはそう言って、屋敷に向かって走っていく。
パパ、と叫びながら。
そして屋敷から一人の男が出てきた。
「お帰り、エル」
「…悪いやつは?」
「追っ払ったよ」
「ケガ…してない?」
「ああ。…おいで、エル」
男が両手を広げると、エルはわあっと泣きながらその腕の中に飛び込んだ。
よかった、と言ってわんわん泣いていた。
あれが、エルのパパ。父親。
でも、どうしてエルの家が分史世界に…?
「ナァ」
「!」
ルルが、エルの父親に擦り寄っていた。
それを見て胸がざわつく。なんだ、この妙な寒気は。
「娘が世話になったようだね」
男は、ヴィクトルと名乗った。
不気味な仮面をつけ、手袋をしている。全身黒ずくめのエルの父親は、もてなすと言って俺達を家の中に招待してくれた。
「遠慮しなくていい。ルドガー・ウィル・クルスニク君」
ヴィクトルは、俺の名前を知っていた。
「パパのごはん、おいしかったでしょ?」
もてなされた食事は、悔しいがとても美味しかった。
一応料理には自信があったが、これには勝てそうにない。
「ああ。俺の負けだ」
「君もこれくらいはできるようになる。そう…十年もたてば」
「え…?」
どういう意味だろうか。
首を傾げている間に、エルは席から立ってヴィクトルの側まで行くと一生懸命に話し始める。
「でもねパパ!ルドガーのスープもすっごくおいしいんだよ!あと、エル用のマーボーカレーも!」
ヴィクトルは俺を見つめてから、ふふっと笑う。
こんなに楽しい食事は十年ぶりだ、と。
満腹になり、眠くなってしまったエルをヴィクトルはソファまで運ぶ。
完全に寝入ってしまったのを確認して、ミラが話しを切り出した。
「さて、ヴィクトル。聞きたいことがある」
「仮面の無礼は許してほしい。ある戦いで、顔に傷を負ってしまってね」
「そうではない。お前は一体何者だ」
「この子の父親だ」
ヴィクトルはそう言うが、ここは――…
「分史世界の人間、だから違うと?」
「!!」
知っていた。この男は、ここが分史世界であると知っていたのだ。
全員が凍りつくも、ヴィクトルはそれでも、と続ける。
「この子は正真正銘、私の娘だよ」
「なら、エルさんも…」
「この子はクルスニク一族でも、選ばれた者だけに受け継がれる力をもっている。正史世界で失われた、時空を制する“鍵”なのだ」
それはつまり、エルがクルスニクの鍵、ということだ。
わかっていたのだ、本当は。
俺にそんな力はなく、特別な存在ではないことくらい。
だが、こうして事実を突きつけられると、精神的に少し、つらい。
「その力で何を企んでいる」
「…“鍵”の力も万能じゃなくてね」
ハッと、気がついた時には背後を取られていた。
ヴィクトルは、俺の後ろで銃を形作った指をつきつける。
「君が邪魔なんだよ、ルドガー」
外に出たヴィクトルを追ってエルを起こさないように俺達も外に出る。
湖岸で夕日を眺めるヴィクトル。
「ここでは、源霊匣が完成しているんですか?」
「ああ。八年前に君が完成させた」
「そうか…」
ミラがホッとするもつかの間、ヴィクトルは続ける。
「だが、君は私が殺した」
そう、言ったのだ。
「ジュードだけではない。この世界のローエンも殺した。アルヴィンもレイアもエリーゼも、私が殺した」
「どうしてそんなことを…!」
「ビズリーを殺す邪魔をされたんだ。ユリウスと一緒になって…ビズリーは私からエルを奪おうとしたのに」
「…もう一度聞く。何を企んでいる」
「本物のエルとの、暖かな暮らし」
本物の、エルとの?
「だが、お前がいてはそれができない!ルドガー・ウィル・クルスニクッ!!」
「っ!」
俺と同じ構え、俺と同じ動き。
そうか、ヴィクトルは―――…。
「分史世界の俺…?!」
「そう、俺は未来のお前だッ!」
剣を弾かれ、地面に押さえつけられた。
もうすでにヴィクトルは剣を振りかぶっている。
やられる、そう思った。
「そして今から、私はお前に成り代わる…っ!」
「みんな、何してるの?」
その時、屋敷からエルが出てきてしまった。
どうやら眠りは浅かったらしい。
目をこすりながら寄ってくるエルに、ヴィクトルは優しい声で戻っていなさいと戒めるように告げた瞬間、突然苦しみ出した。
仮面が落ちる。
その下は、右半分を時歪の因子化させていて真っ黒に染まっていた。
「パパ…?」
「ふふ…怖いか?だがカナンの地へ行けば、この姿もなかったことにできる。パパとエル、二人で幸せに暮らせるんだよ」
その言葉に、エルはふらふらと近寄ってくる。
ほんとうに?と弱々しく呟くエル。
だが、今この場に近寄らせるわけにはいかない。
「来ちゃダメだ、エルッ!!」
「貴様が命令するな!カナンの地で精霊オリジンに願い、私は人生をやり直す!!」
やり直す?
そんなこと、してもいいのだろうか。
過去を変えることを、願うことは本当に正しいことなのだろうか。
ヴィクトルはエルに振り返ると、また優しい表情を作る。
「エルも一緒だよ。私の娘として、正史世界で生まれ変わるんだ」
「生まれ…変わる…?」
「それは別の人間になるってことでしょう?!」
「私達であることに、変わりはない!!」
違う。それはきっと、絶対に違う。
人となりは同じでも、経験も、誰かとの思い出も、みんななくなってしまう。
そんなのは、同じじゃない。
「思い出なんて、また作ればいい」
「…だ」
「エル?」
「そんなの、いやだっ!!」
ドンッと、エルはヴィクトルの身体を押した。拒絶したのだ。
大好きなパパを。ずっと会いたかった、パパを。
そうだ、エルは知っている。
思い出がどれほど大切なものなのか。
忘れてはいけないものなのか。
俺は起き上がると素早くエルを離れた場所に避難させる。
庇うようにエルの前に立ったら、ヴィクトルは見るからに怒りを顕にした。
向かってきたヴィクトルに、あらゆる手段で応戦する。
だが全て同じ動きで、一向にどちらかが優勢になる気配はない。
ミラの声が聞こえる。
入れ替わるために、俺をこの世界におびき寄せたのか、と。
エルを、利用して。
「そうだ!エルは必ずルドガーと戻ってくる。なぜなら…私が最後の道標だからだ!!」
俺は骸殻に変身すると、ローエンが作ってくれた隙を利用してそこに飛び込んだ。
だがそれを容易く受け止められると、ヴィクトルも骸殻へと変身する。
その姿は、俺のそれと違い、全身を骸殻に覆われていた。
最強の骸殻能力者。
ヴィクトルはその力を、兄と父を殺して手に入れたと言った。
許せなかった。
家族を殺して得た力に、負けるわけにはいかなかった。
「聞け、ルドガー。一族の力を…使える限度は…決まっている…!」
戦闘の結果、先に膝を折ったヴィクトルは俺にそう言った。
ユウキが最初にビズリーに聞いた問いの答えだった。
「まさかその代償が…時歪の因子化か…?!」
「そうだ…力には代償がつきまとう…逃れる方法は…ない…」
代償?けど、俺に異常はない。
時歪の因子化が進んでいる様子もないし、どれくらいの頻度で使用すればそれは進むんだ…?
「でも、俺は…」
「ある男が言っていた…お前の代償を代わりに背負っている者がいると…お前はそれを知るべきだ。誰が、お前を救っているのか…」
「俺の、代わりに…?」
「ふ…エルではなくて、良かった…もうあの子に、あんな思いは…ぐっ」
選択しろ、とヴィクトルは叫んだ。
おそらく最後の力を振り絞った骸殻への変身。槍を俺につきさそうとするヴィクトルに、俺は。
「エルを…頼む。カナンの地を、開け…オリジンの審判を…超え…」
「パパッ!やだよ、パパァッ!!」
ヴィクトルの胸を、俺は一瞬の躊躇の後、貫いた。
その先に刺さっているものは、時歪の因子。
倒れるヴィクトルにエルは駆け寄って泣いていた。
エルの頬を撫で、聞き覚えのある鼻歌を歌うヴィクトル。
兄さんの歌っていた、証の歌だった。
「エル…」
正史世界に戻っても、エルはしゃがみこんで動かなかった。
動けなかったのかもしれない。目の前で、父親が殺されたんだ。
俺に、声をかけてやる資格はなくて手も伸ばせなかった。
「…ルドガーの時歪の因子化…進んでない、よね?」
「…ああ」
俺の骸殻能力の代償は、他の誰かが引き受けていると言っていた。
でも、それは誰だ?
誰が、苦しんでいるんだ?
その時、この間のユウキを思い出した。
エルに触れられた瞬間に、悶え苦しんだユウキ。
嫌な予感に、汗が頬を伝う。
ヴィクトルは言っていた。
俺の代償を引き受けているのは別の誰か。
エルではなくてよかった。
それはつまり、俺の代償を受けていたのはエルで、さらにそれを受けているのが――…
「…ユウキさん、なのでしょうね」
ローエンが、誰もが認めたくなかった結論を、口にした。
ジュードは悔しそうに唇を噛み締めている。
「なんでまた…っ」
「…エルもこのままにしておくのは良くないな。ディールで宿を取ろう。ジュード、ユウキに連絡を取れるか」
「っ、そうだ、GHS…!」
ミラの的確な判断で、俺達はひとまずディールに戻ることにした。
エルのことはローエンに任せるしか、俺には出来なかった。
「ダメだ…ユウキに繋がらない。僕からの着信に出なかったこと、今まで一度もなかったのに」
外は雨が降っていた。
足早に宿に着くと、宿の店主に調理場を借りて俺はスープを作る。
「エルもそうとうまいってるみたいだ。精神的ダメージが強いみたい…」
「あの状況では、仕方のないことでした。ルドガーさん…」
「…俺は、大丈夫だ」
俺よりも、エルの方が、ユウキの方が辛い。
連絡が取れないユウキは、今どうしているのだろう。
ビズリーから、変なことを吹き込まれていないといいが。
それよりも、知っていたのだろうか。もし知らないで俺の代償を引き受けていたとしたら…俺はもう、骸殻には。
「!」
ポケットに入れていたGHSが振動する。メールを受信したようだ。
開いてみれば、それはクラン社からのメールだった。
《最後の道標の回収を確認。至急、マクスバード/リーゼ海停へ来たれ》
さすがに今すぐは出発できない。
今日はここで休んで、明日出発することにしよう。
出来上がったスープをテーブルに運ぶ。
その間にジュードがエルを部屋から連れてきてくれた。
でも、エルの前にスープを置いたら、エルは違うと叫んだ。
「エルが食べたいのは、パパのスープだもんッ!!」
スープの皿を、払いのけられる。
エルが暴れると、椅子に足を引っ掛けてしまったのかテーブルに置かれたスープの入った大鍋がエルに向かって傾いた。
咄嗟にエルを庇って、左腕に大鍋から溢れたスープを浴びてしまった。けど、エルが怪我をしてしまうよりは、全然良い。
火傷をしてしまった腕をジュードに癒してもらっていたら、エルはまた部屋に戻ってしまった。
「ルドガー、もしかしてまたスープを作るの?」
エルに、何かしてやりたかった。
でも今の俺にできるのは、これだけだった。
「ルドガー、エル、いっこわかったよ」
待っていたら、エルはまた部屋から出てきてくれた。
腕は大丈夫だ、と動かして見せたら、少し安心したように顔を上げた。
椅子を引いて、おいでとエルを呼ぶ。
座り直したエルの前にまたスープを置いたら。今度はゆっくりだけどスープを口に運んでくれた。
そして、ぽつりと言葉を零す。
「消えちゃうってことは、その人のスープがもう…食べられないってこと、なんだよね?」
なんて、返せばいいのかわからなくて。
俺は小さく、ごめんとしか言えなくて。
でもエルは、ふるふると首を横に振った。
「ルドガーはエルを守って…くれたんだよね。…パパ、から…」
否定が、できなかった。
ヴィクトルは、このエルを守る気はなかったのだ。
思い出もない、新しいエルを望んでいた。
それでも、目の前にいるエルに注いでいた愛情は本物だったと俺は思う。
エルが、大好きになったパパだったのだから。
死を理解してしまったエルの泣き声を聞きながら、俺はこれからどうすればいいのかを考えていた。
このまま、エルを連れていてもいいのだろうか。
俺はもう、骸殻の力を使ってはいけないんじゃないか。
(そういえば、ヴィクトルの言っていた男は)
冷たい瞳を思い出す。
きっと、あの男だ。
俺達をいつも、睨んでいたあの眼鏡の男。
もしかしたら、あの男は、ユウキの……。
俺は小さく首を振る。
早く、ユウキに会いたかった。