天使と奏でるシンフォニー(TOX2)
DREAM
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弱い私は逃げるしかできなくて。
ああ、もしここに兄貴がいたら、こんな私になんて声をかけるのだろうか。
31.私の選んだ答え
逃げて逃げて、一心不乱に逃げ回って。
たどり着いた先は、リーゼ・マクシアのイル・ファンだった。
私のこの世界での旅の始まった場所。
ジュードくんに出会って、ミラを追って。
この世界の物語に沿うように動いてきて、でもそれが途中から誰かを助けたいって思うようになって、それでも。
自分の力で助けられた人なんて、いなくて。
(どうしてみんな私なんかを助けようとするの。クレインさんも、ナハティガルも、ミラ、も…どうして私なんか)
助けようとした。したのに助けられなかった。
いや。みんな私を助けようとしなければ生きれたのだ。
ジャオだってアルヴィンのお母さんだって、もっと私がしっかりしてれば助けられたのだ。
弱い自分が大嫌いだった。
この世界にきて、ジュードくん達と旅をして変われたと思っていたのだ。
ジュードくん達に受け入れられたから、この世界にいてもいいんだと思い込んでいたんだ。
「いていいわけ、ないのに…」
朝が来るようになったこの街は、夜には変わらない暗闇が訪れる。
ジュードくんに出会った場所で、私は自分の弱さを悔いていた。
(怖い、怖い…いやだ。誰か、兄貴、助けて)
「こんなところで何をしているんだ」
ハッと顔を上げる。
後ろに人の気配を感じて、私は振り返る。
そこにいたのは。
「あ……ウィンガル……?」
ウィンガルだった。
服装は以前と違ってエレンピオスの文化も混ざった私のいた世界に近い黒を基調としたカジュアルな服装だ。
おでかけ用みたいな格好をしたウィンガルは手に大きな荷物を持っていて、おそらくこの先の研究所に用があるんだろうなと思った。
ウィンガルは私の姿を見て、少しだけ周囲を警戒する。
「…ここでは目立つな。お前は指名手配されている身だろう。無防備にぼんやりしているな」
「…だいじょぶ…これ解いたら多分私ってバレないから……」
解こうとして、手が止まった。
ミラが、結んでくれたんだ。
私がやるよりも、しっかりと整えられたこのポニーテールは、最後にミラが――…
「…こっちに来い」
固まってしまった私の腕を引いて、ウィンガルは道の端に寄った。
街灯から離れたそこは、あまり光が当たらず私の姿も黒ずくめなウィンガルも暗闇に紛れたようだ。
私を無理やり座らせて、ウィンガルも隣に座った。
「いきなり指名手配になったかと思えば、世界を守るために分史世界を破壊している、だったな。正直な話未だに信じきれないが、ガイアスが言うのだから信じるしかあるまい」
どうやらフォーブの面々にはガイアスが説明していたようだ。
まあ、いきなり分史世界が増えて大変だからそれを壊しているなんて言っても信じがたいよね。
うん、とそれに頷いたら、ウィンガルは一度沈黙をおいて、それから口を開く。
「ガイアスから連絡があった。お前が行方不明だと」
「ウィンガルは、知ってるの?」
「ペリューンでのことなら、大まかにだが聞いている。分史世界のミラ=マクスウェルが、消滅したこともな」
「…私の、せいなんだよ。私が、ミラの代わりに落ちるべきだったんだ…っ」
立てた膝に顔を埋める。
泣く資格などありはしないのに、涙は私の許可なく流れてくるものだから困ったものだ。
せめて顔を見られないようにとそうしていたら、隣にいたウィンガルが少し呆れたようなため息を吐いた。
「そうしてミラの代わりに死ぬことが、またお前の使命とやらなのか?」
「!ち、違うよ!私はもう、そんな使命なんてない…はず」
「なら、お前は自分が異世界の人間だから自分が死ぬべきだったと思っているのだな」
「…だって、誰がどう考えても、私がいる方が、間違ってる、って…私が、この世界に来なければ」
「プレザもアグリアも、俺も死んでいたな」
そう、ウィンガルは言った。
ゆっくりと顔を上げる。
ウィンガルは、まっすぐに私を見つめていた。
「お前がどれほどの命を救えず後悔しているか、俺には到底理解することはできないが…お前がその後悔をなかったことにしたくてこの世界に来なければと思うのは、つまり俺達三人の命もなかったことにしたい、そういうことになる」
「そんなわけないよっ!!プレザもアグリアも、ウィンガルも!!生きててくれて嬉しいんだ…ッ!!」
「なら、お前がこの世界に来たことをなかったことにしようとするな。この世界で選んだお前の選択を悔やんでも構わない、嘆いたって構わない。だが否定だけはするな。お前が救った命も、ここに、確かに存在しているのだから」
トン、とウィンガルは自分の胸を叩いた。
そっとその胸に手を当ててみる。ウィンガルは黙ってそれを許してくれた。
とくん、とくんと、脈打つ心臓の音。
生きてる。そうだ、ウィンガルはこの世界の物語に沿っていれば死んでいた。
でも、私が介入したことで今生きている。
どうして忘れていたのか。
プレザとアグリアを、ジュードくんとミラが「ユウキなら助けると思ったから」と諦めたりしなかった。
そして何より、ウィンガルが最後の力でブースターを使おうとした瞬間にそれを止めたのは、ほかでもない私だったじゃないか。
私が、私の手で、唯一救えた命。
そう思ったら、また涙が溢れてきた。
「私、卑怯で、酷いこと、思ってたんだね」
「ああ、そうだな」
「…ずっと、心の奥で後悔してたのかもしれない。この未来で良かったのか、ここで、私は生きてても良いのか。でもさ、そんな私のことを仲間だって言ってくれた人達がいる。一年前のあの戦いの最後、消える私に『またね』って言ってくれた仲間がいて、見つけてくれるって言ってくれたジュードくんがいた。それから、今だって得体のしれない私に優しく笑いかけてくれる人が、ルドガー達がいて…私、ここで生きてるんだ」
ウィンガルに触れている手と反対の手で、自分の胸に手をあてる。
心臓の音がする。ウィンガルと同じ、とくんとくんと脈打つ音が。
生きているんだ。この世界で。
色んな後悔を抱えて、涙を流して、ここで生きている。
何でそんな当たり前のことを、私は忘れていたのだろう。
私が私を守るために死んでいった彼らのことをなかったことにしたがったら、彼らの意思すら無駄だったと言っているようなものなのだ。
私は、救えなかった人達のことを、背負わないといけなかったのに、捨てようとしてしまっていた。
『いい加減にしなさいよ、馬鹿ユウキッ!!』
そう言ったミラの声を思い出した。
ミラは、もしかしたら私が後悔に苛まれていることに気づいていたのかもしれない。
だから、最後に綺麗に微笑んだ。これ以上私が自分を責めないように、これはミラ自身の意思だったと思わせるために。
少しは自分のために泣きなさい、そう言ったミラ。
でもミラ、私はいつだって、自分のために泣いていたんだよ。
私は、いつだって、自分勝手な人間で、後悔ばっかりで、挙句には逃げ出してしまうような、弱い人間なんだ。
「それでも、ここで生きてる。私を守ってくれた人達がいる。後悔してこうやって逃げてたら、その人達に顔向けできないよね」
「その答えでは、まだ及第点はやれないな」
「…うん、そうだね。私は私の意思で、この世界に戻ることを選んだんだ。私は、ここで生きていく」
ミラの代わりにジルニトラで消滅しかけた私は、兄貴に会った。
戻るのが怖いんじゃなかったのか。
そう言った兄貴に、私はそれでも会いたいんだと答えたんだ。
拒まれても、それでもみんなに、ジュードくんに会いたい、と。
『お前にとって大切な居場所なら、簡単に手放したりするんじゃないぞ』
うん、もう大丈夫だよ、兄貴。
私はもう、逃げたりしない。
私は、この場所が大切だから、絶対に手放したりなんかしない!
「私はもう迷わない!ルドガー達に本当のこと言うし、ミラのこともずっと後悔する!そんでリドウもぶっ飛ばして、ルドガー達と一緒にカナンの地に行くんだ!!」
「フン…ようやくお前らしくなったな」
「えへへ…うん、悩むなんて私らしくないもんね!ありがとう、ウィンガル!」
涙を拭いて、私は立ち上がる。
髪も、ゆっくり解いた。
ミラ、私は忘れないよ。
ミラがいたこと、髪を結んでくれたこと、スープを作ってくれるって約束したこと、私を助けてくれたこと。
いつか、またいつか出会うことができたら、その時はちゃんと言うよ。
ありがとう、って。
スっとウィンガルも立ち上がると、暗闇でよく見えなかったが、どこか優しい笑みを浮かべているようにみえた。
「(お前に泣き顔は似合わないからな。そうやって笑っていろ)」
「え、ウィンガル何で急にロンダウ語?ていうか私にはシリアス似合わないってかこのやろー!」
ムキーッとウィンガルに唸っていたら、ウィンガルが私の背後を見て固まった。
なんだなんだと振り返ってみたら。
「ここにいたのか、ユウキ」
「ガイアス!それにローエンも!」
「ほっほっほ。皆さんには今連絡をしましたので、今日のところは王宮で休ませていただきましょう。…心配しましたよ、ユウキさん」
「!…うん、ありがと、ローエンっ」
えへへ、と笑ったら、ローエンもガイアスもホッとしたように笑ってくれた。
嬉しくて王宮に向かうぞっと気合を入れていたら、ローエンが先ほどとは違うけどものすごく良い顔で笑った。
「ちなみにウィンガルさん。私もガイアス王も、ロンダウ語は理解できますのであしからず」
「まさかお前がユウキにな…」
「…………ユウキ殺す」
「何で私?!ぎゃああああウィンガルその刃物しまってぎゃああああああ!!!」
何故か王宮に着くまでウィンガルに追い回されました。
私何かしたっけ?!
ちなみにウィンガルは落ち着いた後、頭を抱えて「なんでよりによってあの二人が…ッ!!」と唸っていたのだった。