午後のローズティー(金少)
DREAM
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「照明が消えてからわずか五秒程度。天井には死体に絡んだ紐と繋がっているマリオネット。シーソーの原理を使い、死体を椅子の上に下ろしたのでしょう」
剣持さんが観客に動かないように指示をして、劇場内を待機していた警察官が囲んでいる中、舞台の上の死体の側に、幻想魔術団のメンバー達が各々不安そうな顔をして立っていた。
遥一くんと純平くんも行ってしまい、一人残されるのが怖かった私も慌ててついていき、あまり死体を見ないようにして天井のマリオネットを見上げていた。シーソーの原理、と明智さんは言っていた。という事は、犯人は上に由良間さん死体を紐で繋げておいて、ショーの終わりにシーソーでマリオネットと入れ替えたのか。
「ってことは、生きたマリオネットを操ってたのって、犯人だったのかな……」
「!水瓶さん、どうしてそう思ったんだい?」
紐の先を眺めながらそんなことを呟いたら、私の声を拾った遥一くんがそう聞いてきた。気付けば、舞台にいるみんなが私を見ている。ひょえっと身体を飛び上がる。
「いやそのあの、さ、さっきのマリオネットの劇、由良間さんが操ってたとしたら、殺されたのは照明が消えた後になるんだけど、5秒くらいって明智さんが言ってたから、その間に殺して紐巻きつけてシーソーするの難しいかなって……」
「明智さん」
「ええ、わかっています。剣持君、至急彼の死亡時刻を調べてください」
「はっ、わかりました!」
「それと、近宮さん。少しお話しがあります。よろしいですか?」
「ええ、生きたマリオネットのタネは誰が知っているか、でしょう。それなら今この場で言うわ。あれは私が考えたマジックで、由良間にしか教えていなかった」
ただし、と左近寺さんと夕海さんを見て言葉を続ける。
「私のトリックノートを誰かが盗み見たとしたら、可能性があるのは団員全員になるわね」
「なっ、だ、団長!そんな言い方ないじゃないですか!」
「そ、そうよ!私達のこと疑ってらっしゃるんですか?!」
「まま、落ち着いて皆さん!可能性、可能性の話ですから!近宮さんも油注ぐのやめてくださいよ〜!」
「……ごめんなさい。さすがに、気が動転してるのかもしれないわ」
金田一さんが間を取り持ってその場はなんとか収まり、各々一度自室で待機する事となった。
話がある、と近宮さんが明智さんの部屋を尋ねていて、集まっていた私達も一緒に話を聞いても良いとのことなので頭を抱える剣持さんを含めて話を聞く事にした。
近宮さんは胸ポケットから小さなノートを取り出すと、私達に見えるように掲げてくれた。
「明智さんには以前話したわね。このトリックノートはいつかある人に渡すために、マジックのネタを書き溜めていると。このノートの存在を知った団員達が見せてくれとせがむから、成長させる意味も込めて彼らにこの中から一つずつマジックを伝授したの」
「死んだ山神、由良間、そして左近寺と夕海の四人の目玉となるマジックですね」
「ええ。けれど、一度だけトリックノートをなくした事があるのよ。ほんの数時間だったけれど、一つくらいなら完璧にコピーできてもおかしくない。……さっきの生きたマリオネットは、あまりにも出来が良すぎた」
「やはり、あれは死神マジシャンの仕業ですか……水瓶さん、他に気付いたことはありますか?」
「へえ?!なんで私?!」
「さっきの着眼点はなかなかでした。君の野生の勘をもう少し聞いてみたいと思いまして」
「野生って言いました?!ちょっと純平くんも遥一くんもなんで頷いてるの?!剣持さん笑ってる?!くっそー!!」
なぜかみんなの空気が和んだから良しとするけど!後で明智さんには話があります!!
とはいえ、気付いたことかぁ。何かあったか……あ。
「あ、あの、怒らないで聞いてほしい事があるんですけど」
「なんですか?」
「列車での事なんですけどね……」
雷が落ちる、とはこの事だと身をもって実感する。
列車で爆弾騒ぎが起きる前、仮面を被りマントを羽織った何者かに襲われた話をようやく出来た事に安堵した瞬間、純平くんから渾身のチョップを頭頂部にお見舞いされて床に蹲り痛みに悶えた。
「そ、そこまで怒んなくてもいいじゃんかーっ!」
「殺されかけた話を黙ってたお前が悪い!なんっでもっと早く言わないんだよ!!」
「い、言うタイミングがなくて……まあ無事だったし……あいたぁっ!また叩いたぁっ!」
こらこら、と近宮さんが止めてくれてようやく純平くんの攻撃が収まるも、やっぱり怒られた事にメンタルも頭も痛んで凹んでしまう。めそお。
そんな私にとくにコメントのなかった遥一くんは、確認なんだけどと普通に声をかけてくるので無情である。
「水瓶さん、襲われた時、薔薇の匂いがしたんだよね?」
「え?あ、うん。薔薇のサラダと同じ匂いだったし、合ってると思う」
「……明智さん、一度車両を確認したいのですがよろしいですか?」
「ええ、構いません。現場にいる警官に伝えておくので今から向かっても大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。それじゃあ、水瓶さんも一緒に行こうか」
「う、その滅多に見れない笑顔は怒ってるやつ……!!」
「君は一人にするといつも襲われているから、見張っておかないとね。それに、霧島も少し落ち着く時間が必要だと思って」
「落ち着いたら今度は淡々と説教されると思うんだけど!個人的にはそっちの方が凹むんだけど?!」
私の訴えに少し苦笑気味の遥一くんと連れ立って、私達は最初の殺人が起きた列車へと向かう。後ろで純平くんが静かなのが気になるけど、とりあえずここでワトソンポイント稼いでおくぞ!
「二人で行かせていいんですか?霧島君」
「あー、まあ、他のメスどもだったら絶対許さないんすけど、優姫は無害なんでいいです。高遠の言う通り、頭冷やさないとだし」
「(メスども?)なんだ坊主、あの嬢ちゃんが好きなのに高遠ならいいのか?」
「いや好きってわけじゃないですが??ただの幼馴染ですが??」
「ふふ……それじゃあ私もそろそろ部屋に戻るわ」
「では剣持君、部屋まで送ってあげてください。高遠君の言葉ではないですが、水瓶さんだけでなく幻想魔術団の皆さんは一人になるべきではないですからね」
「わかりました!では行きましょう、近宮さん」
「霧島君は、ここで私と犯人のプロファイリングをしましょうか」
「え?お、俺が?」
「劇場で犯人像を述べていたでしょう?あれはとても的を得ていました。君には思考を読み取る才能があるのかもしれません。高遠君達が戻るまで、事件を整理しつつ犯人像を絞っていきませんか?」
「……よっし!やります!ワトソンポイントも稼がないといけないし!」
「君達は本当に高遠君大好きですね」
列車には警察や車掌さんが厳重な警戒態勢を取っていたけど、明智さんから連絡を受けているからと特別に中へ入れてもらえる事になった。
遥一くんはまずは山神さんの死体のあった三号車を覗いて、それから隣のトイレを開ける。続いて同じように覗くも、私には何を確認しているのかさっぱりである。
「水瓶さん、あの時着替えは2号室でしていたんだよね?」
「そうだよ。そしたら襲われて、カバンは凹むわ髪は解けるわ大変だったー!」
「髪が……その姿は犯人に見られた?」
「うん、正面からばっちり。それもあって純平くんに知られるの怖かったんだよねー。純平くん、なぜか私が髪下ろしてると怒るし」
「……なるほど、それは使えそうだな。それじゃあ車掌から少し話を聞いたらホテルに戻ろうか」
「えっもう?!死体消失の謎は?!」
「それはもう解決したから、次は山神の死体の移動について調べるよ」
「スピーディーだなー?!」
私にはさっぱりわからないまま、遥一くんは車掌さんに爆弾騒ぎで一度停留した貨物駅の状況を聞き始めていて、私もなんとかワトソンポイントを稼ごうと記憶をほじくり返す。そういえば、あの時、あの人が持ってた鞄、ホテルにも同じ物があったっけ。伝票もついてたから、あれは配送されたものなのだろう。
「死骨ヶ原宛の荷物なら、何日前に発送したら届くんだろうなぁ」
「荷物?」
「そうそう、遥一くん部屋に置いてあった案内見た?あのホテルって荷物の発送や受け取りができるんだって!すごいよねー、でも廊下に無造作に置かれてるのは誰かに取られそうで危なくないかな……」
「そうか、トレイン急便……だから貨物駅に停留するようにあの爆弾騒ぎを起こしたのか。水瓶さん、どうしてその事を今思い出したんだい?何か思い出すきっかけがあったんだろう?」
「えーと、爆弾騒ぎの時に、幻想魔術団のみんなが集まってたの思い出してて……」
ホテルに戻ると、早速遥一くんは支配人さんに色々確認をし始めて、私はロビーの椅子に座って待て状態となっていた。本当に驚くほど私には何もわかっていないが、遥一くんは謎を解き明かす寸前まで来ているようだ。これは私もワトソンとして活躍できたかもしれないな。むふん。
「また気持ち悪い笑い方してんなー」
「なんだとお!あ、純平くん!落ち着いた?」
「怒らせたお前が言うなバカ。まあ落ち着いた。高遠に迷惑かけてないだろうな?」
「かけてないが?!」
「高遠君のあの様子だと、トリックのタネはおおよそ解けたようですね。では、こちらのプロファイリングの話をしておきましょうか」
プロファイリング?と首を傾げると、純平くんの後ろからやってきた明智さんは私の隣に座り、私達が戻るまでにまとめた犯人像を教えてくれた。
「犯人は知能の高い人物でしょう。今回の犯行声明から始まりマジックショー仕立ての殺人、所謂劇場型犯罪を好む傾向もある。度々電話をかけてくることから我々の反応を近くで楽しんでいる。犯人は我々の中に潜んでいる可能性が高い。……ゆえに、明日の列車が到着するまで単独行動は一切禁止とします。主に襲われやすい君の、ですが」
「今の話の流れで着地するのそこなんですか?!じゃあ部屋割りも変えましょうよ!!枕投げ!!したい!!」
「しねえよバカ。けど、たしかに襲われた実績もあるから部屋に一人にすんのもなぁ」
「そんな実績いらないよお……」
「なら、私達の部屋に来ない?」
めそめそしていたら、肩をポンと叩かれて振り返ると、薔薇が一輪ポンっと手のひらに現れ、それを手渡される。列車で見せてもらったマジックだ。何度見ても何もないところから花が出てきているようにしか見えないからすごい。
そんな凄腕マジシャンの近宮さんの隣にいるさとみさんも、にこりと笑ってくれた。
「私も怖くて、今近宮先生の部屋に居させてもらってるの。あなたも一人部屋なんでしょう?女の子が一人なんて危ないし、近宮先生もこう言ってることだし、どうかな?」
「わーい!!行きます行きます!あれ、でも夕海さんは?」
「あの子は一人がいいって聞かなくて。誰かといた方が安全だと思うんだけどね」
少し寂しそうに近宮さんがそう言うのを見て、もしかしたら舞台が終わった後の疑いの言葉をかけてしまったことを気にしているのかもしれないと思った。そうとなったら善は急げ、夕海さんも近宮さんの部屋に誘って四人で女子会を開くしかない!
「私、夕海さん誘ってきますよ!さとみさん、夕海さんの部屋ってどこですか?」
「え?二階の215号室だけど……ちょ、ちょっと待って!こんな遅い時間に一人でホテルの中を歩くのは危な……足早っ?!」
「この猪女!明智さん、俺追いかけてくるんで高遠によろしくっす!」
「わかりました。やれやれ、思い切りがいいのは彼女の良いところではありますが、欠点でもありますね」
「明智さんが手を焼くなんて、なかなか強者じゃないかしら、彼女」
「揶揄わないでください、近宮さん」
階段を駆け上がって二階に到着して、215号室を探してキョロキョロしていたら、後ろから腕を勢いよく掴まれてグエッとカエルのような声が出た。それから自分の行動に思わずハッとして、冷や汗がダラダラと流れてしまう。背後で呆れたような気配とため息が聞こえるのが切ない。振り返ると、やはり純平くんが怒りを通り越して呆れましたと言わんばかりにジト目で私を見つめている。
「お前ほんとさあ……」
「単独行動して本当に申し訳ありません!!……近宮さんがなんか寂しそうだったから、早く仲直りしてほしいなって思ったんだ……」
「霧島、水瓶さんは猪突猛進を体現しているような人間だから僕達がコントロールしないといけないとこの間言っただろ?」
畳み掛けるような呆れたため息と共に、遥一くんが階段を上がってきた。その話は初耳なんですが。というか猪突猛進を体現したようなってどういう意味ですかね?!
「誰かーーーっ!!」
それじゃあ三人で向かおうよ、と提案しようとした時、静かなホテル内に響く悲鳴が聞こえた。女性の声、夕海さんの声だ!
跳ねるように駆け出した私達は夕海さんの部屋まで来るとすぐに扉を開けようとするが、中から鍵がかかっていて開かなかった。遥一くんが扉に耳を当てて中の様子を伺う。
「部屋の中から物音がする。犯人がまだ中にいるのかもしれない」
「なら、蹴破るのが一番だろ!二人とも少し離れてろよ!」
純平くんが勢いよく扉を蹴り開け、すかさず遥一くんが部屋の中に飛び込む。しかし、後に続いた私も中の様子を見て、犯人どころか夕海さんすらいない状況に首を傾げる事になった。
「だ、誰もいない?でもさっき、悲鳴聞こえたよね?!」
「部屋のものも動いた形跡はないし、物音もしたのにどうなってんだ?」
「……水瓶さん。今すぐ明智さんを呼んできてもらえるかな?」
「えっ?う、うん!了解!いってきます!」
窓の方を見ていた遥一くんにそうお願いされたので、私はすぐに部屋を飛び出して一階に向かう。階段の途中で「さっき悲鳴が聞こえたような気がしたのですが、何かありましたか」と明智さんが上がってきたところだったので、事情を説明して夕海さんの部屋に明智さんを連れて行ったのだが、部屋から追い出されてしまった。その理由は、剣持さんがやってきてから知る事になる。
「なあ高遠、なんで優姫追い出したんだ?」
「出来ることなら、あまり彼女に死体は見せない方がいいだろ」
「……はあ?!ってことはまさか!」
「窓の外に死神マジシャンに殺された死体がぶら下がっているんだ。……真下の部屋は115号室か。たしか空室だったはずだから、シーソーの原理で脱出するために最初から犯人はここで彼女を殺すつもりだったのか?いや、これはショーとしてはあまりにもチープ。ということは」
「悲鳴を上げられたことに加えて俺らが駆けつけたのは予定外だった。つまり、突発的な犯罪だ。必ずどこかにミスがある」
「そういうことになるね。明智さんが来たらここは警察に任せて、僕達は115号室に向かおう」
「よし、ぜってー犯人のミス探してやろうぜ!ところで今ワトソンポイントは俺と優姫どっちが高い?」
「死体を前にして聞くことがそれなのかい?」
どんより、と隠しきれない負のオーラを発していたら、純平くんに辛気臭いと言われてしまったが私は悪くないはずだ。
だって、夕海さんが殺されていたのだ。明智さんと剣持さんに死体があるから部屋に入るなと言われて驚いていたのも束の間、確認したい事があるからと純平くんと遥一くんに一階の115号室に連れて行かれた。二人は部屋の中を物色しているが、私はとても落ち込んでいた。
もっと早く部屋に行っていれば間に合ったのかもしれない。悲鳴が聞こえたということは、あの瞬間夕海さんはまだ生きていたのだ。一体、犯人はどうしてこんな事を続けるのだろう。幻想魔術団の全員を殺すまで、終える気はないのだろうか。そもそも。
「ねえ純平くん、なんで死神マジシャンは幻想魔術団の人を狙うのかな」
「そりゃ、近宮さんのトリックノートの継承者になりたいんだろ」
「え?どういうこと?」
「お前はわかってないだろうけど、あのノートの価値は相当のもんだぜ。それこそ一生マジックで食っていけるほどな。これまで殺されている三人に共通するのは、近宮さんの最初の弟子達。後継者ってわけ」
「そういえば、ある人に渡すためって言ってたっけ?まさか、トリックノートが欲しくて殺しを……え?でも待って、近宮さんの最初の弟子達って、さとみさんと桜庭さんを除いた四人のことだよね?それじゃ、犯人って残った左近寺さん……?!」
しかし純平くんは、ガシガシと頭をかいて腑に落ちない顔をしてみせた。
「そこなんだよな。左近寺は犯人だとは思うんだけど、どうにもしっくりこなくて。こんな手の込んだマジックショーを演じながら殺人を犯すなんて器用な真似、あの人には無理だろ。それにお前襲われた時にタバコの匂いはしたか?」
「ううん、薔薇の匂いしか覚えてない」
「見る度にタバコを吸ってるヘビースモーカーが、マント羽織ったからってタバコの匂いは隠せねえよ。けど、その匂いが微かでもなかったなら、やっぱりお前を襲った奴は別の人間だ。左近寺が犯人じゃないなら、一体誰がってとこが引っかかってんだよなあ」
「霧島、なら選択肢を増やせばいい」
窓の辺りを見ていた遥一くんはこちらを振り返り、ピースするように二本指を立てる。
「犯人は二人いる。幇助犯と実行犯。電話をかけてきたのは左近寺で、殺しをしているのはまた別の人間だ。そいつこそが頭の切れる殺人鬼、死神マジシャンだろう」
「二人、そうか!優姫が襲われた時、同時に犯人から電話があったのは、二人いたからできたんだな!」
「そう。ただし、おそらくそれは実行犯にとっては最悪のタイミングだっただろうね。犯人が二人いるという証拠ができてしまった。これまで水瓶さんの口封じを狙っていただろうけど、一人になる機会を作らないように僕達が気を張っていたから、先に夕海さんを殺すことにしたのかもしれない」
「ひ、ひええ……私もう絶対一人にならないようにする……」
怯える私の言葉を聞いて純平くんはおろか遥一くんまで腕を組んでうんうん、と頷いている。猪突猛進の体現者から脱却するために、今後はもう少し落ち着くように気をつけます。
遥一くんは組んでいた腕を下ろして、部屋の中にある翡翠を見つめる。
「犯人の目星はついてるが、決定打に欠けていてね。そこで、水瓶さんに一仕事してもらおうと思うんだ」
「へっ?私?何すればいいの?」
「簡単だよ。ただ、霧島には少し我慢してもらう必要もあるんだけど」
「え?俺に我慢って?」
ノックをして、部屋の扉が開くのを待つ。出てきたのは金田一さんだ。
「あれ?どうかしたの?」
「あの、遥一くんがロビーに集まってほしいって言ってたので来てもらえますか?私から呼ばれたって言ってもらえばわかると思うので」
「高遠君が?りょーかい、すぐ行くよー」
パタンと閉じた扉を見届けて、一息つく。これで全員に声をかける事ができた。身だしなみを整えないまま人前に出るのはあまりないから緊張する。しかし、これも犯人を捕まえるためだ。一体どうやったら捕まえられるのか全くわからないけど。
そして、ロビーに人が集まってくる。明智さん、剣持さん、左近寺さん、桜庭さん、さとみさん、近宮さん、最後に金田一さんがやってきた。
「ちーす、優姫ちゃんに呼ばれて来たんだけど、どうしたの高遠君?」
「……いえ、これで犯人が分かりましたので」
「えっ?!マジで?!私みんなを呼んできただけなのに?!」
「ちょ、ちょっと待って!それってどういう事なの高遠君!」
「俺達が集まっただけで犯人がわかっただって?!」
驚く私に続いてさとみさんと左近寺さんが遥一くんに説明を求めると、彼はチラリと一瞥して「そうです」と頷くだけだ。明智さんがふうとため息を吐いて、前に出てくる。
「高遠君、君の推理を聞かせてください。トリックのタネは勿論のこと、なぜ我々がここに集まっただけで犯人がわかったのか」
「予告状のマリオネットから爆弾騒ぎも含めて全てが、山神の死体消失マジックのための心理トリックの一つだったんですよ」
山神さんの死体は、列車の中ですでにバラバラに切断されていたらしい。そして頭とマントだけを舞台となった3号室に飾り、体はそう見えるように風船で肉付けをして、周囲にはバラを敷き詰めておく。棘付きの薔薇に入るのを躊躇したその一瞬のうちに煙が立ち込めると、どこからともなく爆弾だ!と声がして、私達は一目散に逃げ出した。
その後は、すでに窓の外を通してつなげてあった隣のトイレに逃げ込むフリをして、中から頭とマントと繋がった紐を手繰り寄せれば、まるで死体が消失したようになるということだ。
ではどうやってバラバラになった体をホテルへ運んだか、という謎についても、遥一くんは淡々と説明してくれた。
「そこで貨物駅に停まるように爆弾騒ぎを起こした。あそこにはトレイン急便が停留していました。そこで予め送っておいた荷物と同じ鞄に山神の死体を詰めて、爆弾騒ぎで人のいなくなったトレイン急便に乗り込み、鞄を入れ替えたんです。そして、何食わぬ顔で人混みに混じって避難をすれば、後は勝手に荷物として死体がホテルに運ばれる」
「なんて巧妙な……あの爆弾騒ぎにも意味があったとは……!」
「では、あのマリオネットの意味は、カムフラージュですね」
「か、カムフラージュ?ですか?」
剣持さんが疑問符を浮かべて明智さんを見る。同じように私も見る。明智さんの代わりに答えたのは遥一くんだ。
「死体移動のトリックのために死体をバラバラにした本当の理由をカムフラージュしたんです。まるでマリオネット仕立てに殺人が行われていると錯覚させてね」
「そ、それじゃ山神さんの頭は、どこに?!」
「犯人が持ち歩いていたんですよ。いつも肩から下げていたショルダーバッグの中に」
「ショルダーバッグ、って、そんな頭が一つ入りそうな鞄をいつも持ち歩いていたのって、それは」
「……まさか」
桜庭さん、さとみさん、そして近宮さんが一人に目を向ける。視線が集中している先は、幻想魔術団のマネージャーである、金田一さんだった。金田一さんは全員から視線が集まった事に慌てているようで、ワタワタとしている姿はどうにも犯人には見えなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!たまたま丁度いいショルダーバッグ持ってたからって、犯人扱いはやめろよな!」
「頭の良い貴方のことです、指紋はおろか証拠は一切残さなかったのでしょう。事実、夕海さんが亡くなった直後に犯人が逃走経路に使った真下の部屋に行きましたが、何の痕跡もありませんでした。ショルダーバッグも、貴方が運んでいた鞄も監視カメラを確認すれば持っていたことはわかりますが、どれも決定的証拠としては乏しい」
「じゃあなんで俺なんだよ?!」
「そのために、彼女にみなさんを一人ずつ部屋を訪ねさせてここに集まってもらったんです」
「彼女が我々を呼びに来たことには意味があったのですね、高遠君?」
「はい」
「ところで、タイミングを損なって聞きそびれていたのですが、彼女は誰なんです?水瓶さんの姿もありませんし、彼女は無事なのですか?」
はあ?と声を出したのは金田一さんだ。そして私も同じ反応になってしまう。しかし、周囲は金田一さんを除いて私を不審者を見る目で見ているではないか。いやいやちょっと待って。まさか、金田一さん以外みんな?!
「私です!髪下ろしただけの水瓶優姫ですよ?!」
「!?」
「いや明智さん何その絶句の顔?!嘘でしょ、近宮さんまでも……?!ていうか、みんな私だって気づかなかったの?!」
いつも通り遥一くんと純平くんの隣にいたのに誰もピンとも来なかったってこと?!私髪下ろしたら別人に見えるってことなの?!だから純平くんが頑なに身だしなみを整えるように注意してきたの?!
めそめそと髪を結び直した時のざわっとしたみんなの反応はしばらくショックで忘れられないかもしれない。思えば小さい頃純平くんにも初めましてって言われて泣いた気がする。
私が髪を直したのを見て、純平くんはどこかむすっとして見えたが、遥一くんはそれを無視して話を続けた。
「正確には今回の事件は犯人は二人います。一人は実行犯である金田一さん、そしてもう一人は左近寺さん、貴方だ。貴方の方は少し粗探しすれば証拠はいくらでも出てきそうですけどね。例えば、鞄の中に犯行用の携帯がもう一つある、とか」
「なっ?!」
「そして金田一さん、貴方ならすでに理解しているでしょう。貴方ほどの知能犯が犯した唯一の失敗、それは列車で彼女を襲った際に、髪の解けた彼女を認識してしまったこと。解ける瞬間を見なければ、部屋を訪ねて来た彼女を見ても他の人間と同じく知らない女の子から聞いたと言えたのに、貴方の中でどちらの彼女も水瓶優姫とイコールで結ばれてしまっていた。ゆえに、ロビーに来た時に何も考えずに口にしたんですよ。彼女に呼ばれてきた、と。髪が解けた彼女を知っているのは、霧島と僕、そして死神マジシャンだけだったのに」
「……」
「物的証拠が出るまで粘るのであればそれでも構いません。ただ、僕達は死神マジシャンのショーは完璧ではなかったと認識した。貴方が何に美学を求めるかは知らないが、少なくとも引き際を弁えない姿は僕にとっては美しくもなんともない」
遥一くんの推理が終わった。左近寺さんは冷や汗をかいているし、みんなも何を言っていいかわからず黙っている。しばらくすると、金田一さんは肩を揺らして笑い始めた。
「ははっ、あっはっはっ!たしかにそうだわ。タネはバレるわ最後にミスるわ、やっぱ完全犯罪は実戦経験重ねないとダメだな」
「認めるんですね、金田一はじめさん」
「まあね。せっかく明智さんも呼んで観客を豪華にしたのに、まさかこんな隠しダネが来てたなんてなぁ。ま、スリルがあって楽しかったけど」
自分の犯行を認めた金田一さんはあっけらかんとそう言うと、ごめんね、と左近寺さんに両手を合わせて首を傾げる。それは、左近寺さんが共犯であると明かしたも同然だ。案の定、先程より多い量の冷や汗を流しながら左近寺さんが口を開閉している。
「な、な、な……!」
「つーわけで、左近寺さん。ばれちった。あんたのトリックノート独り占め計画はおじゃんになったわけだから、まあ来世で頑張って」
「そんな、金田一!お前がやれるっていうからノったんだぞ!!なのにこんなガキに言いくるめられやがって!!」
「大体、あんたが最悪のタイミングで薔薇のサラダ爆破させるからだろ?予定の一分前にやっちゃってさぁ。そのせいで優姫ちゃんが準備中の薔薇の匂いに気付いちゃうし、犯人が二人いるのもバレちまうし、あんたは最悪の雇用主だったよ。じゃ、失敗した際のお支払いは契約通りにあんたの命ってことで」
「!!が、は……っ!」
何が起きたか分からなかった。
いつもと変わらない調子で金田一さんは犯人であることを認めて、左近寺さんもやっぱり共犯者で。二人が会話を始めて、金田一さんが何かを左近寺さんに向けて投げるのを、みんな目で追うのがやっとで。
気がついたら、左近寺さんの胸にナイフが刺さっていた。剣持さんが左近寺さんの体を支えて伺うも、しばらく痙攣した後そのまま動かなくなってしまった。
そして、私はというと、みんなが左近寺さんに視線を誘導された瞬間に、金田一さんに俵のように抱えられていつの間にかホテルの外に飛び出していた。外から何か仕掛けをしたのか、ガラス張りの扉の内側から開かない扉を必死に叩きながら何かを叫ぶ純平くん達が見えた。
「純平くん、遥一くん!!」
「あのホテルの扉、犯罪者対策で強化ガラス使ってるんだってさ。まあ、マスターキーがあれば開くし、もうしばらくしたら出て来れるだろ」
「そっ、そもそもなんでこんな事件を起こしたのさ?!それに私をどこに連れてく気?!」
「なんでって、まあ俺、前から細々と殺人教唆とかやってたんだけど、今回まさかあの幻想魔術団の奴から依頼が来るとは思わなくて、色々やってみたい事とかあったから初めてやる側に回ってみたってだけの話。あ、ちなみに俺近宮玲子のファンだから彼女が死ぬような依頼は断ってるぜ。で、君をどこに連れていくかっていうと」
「ほぎゃああ?!うわっぷ?!」
突然ポイっと放り投げられて、受け身を取ろうとするも地面がぬかるんでいて滑って転んでしまった。それだけではない、足が、体が、少しずつ沈んでいっている気がする。
金田一さんは離れた場所で私が狼狽えているのを見てくすくすと笑っていた。
「はいここ、底なし沼でーす。この辺りは湿地帯でこういう場所が多くて、多分この下には結構見つかってない死体が沈んでんじゃねえかな?」
「底なし沼あ?!わ、うわっ、あ、足がっ!」
「さっきの質問の続き。君を連れ出したのはここに沈ませて殺すため。……まさか、俺の完全犯罪がお前みたいなちんちくりんに台無しにされるなんてさ。やっぱり、列車の中でちゃんと殺しておくべきだったな、優姫ちゃん」
「な、なんだとおっ!わ、わわっ!」
「まあでも、収穫はあったな!今までは明智さんが絡むように事件を組んでたりしたけど、今度からは高遠にしよう。俺のトリックを全て暴いたやつは高遠が初めてだ。さーて、これから色々考えないとな!犯罪ガイドマップ作るのもありかなー」
動かなくても体は沈んでいってしまう。もう体の半分は沼の中だ。どうしたらいいのかわからず、沼になっていない地面へ手を伸ばす。
そんな私の様子を見て最後にクスリと笑った後、男は背を向けて安全な陸路を歩いて去っていく。
「じゃあな、優姫ちゃん。もし生きてたら、お前は高遠の前で最高の演出で殺してあげるよ」
「勝手な事言うなコノヤローっ!!絶対生還してやるからなーっ!!」
「うわ、元気なこって。ま、高遠が見つけてくれるといいな」
「逃げんなーっ!!わっ、わあーっ、もう胸の辺りまで沈んでるうううう!!」
愉快そうに笑って去った男に向かって声を張り上げていたら、もう肩から上しか残っていなかった。底なし沼というだけあって、足は地につく事なく浮かんでいて、ゆっくりと沈みつつある。このままでは、埋まってしまう。そうなったらもう這い上がれない。
となるとやれることはひとつだ。
「誰かあああああ!!助けてええええ!!沼に沈んでますうううう!!!」
叫んで助けを呼ぶことだけである。必死に叫び続けていたら、どこかから足音と話し声が聞こえた気がした。しかし私の体力は冷たい沼に吸い取られていて、声もカスカス、もう余力はほとんど残ってなかった。
ああ、沈んだら死体が見つからないんだよな。どうしよう、純平くんに怒られてしまう。遥一くんも怒るかな。明智さんは私を連れてきたことを後悔してしまうかもしれない。
もう手を伸ばす力も、残って、ない、な。
パシッ
意識が飛びそうになる前に、落ちかけた手を誰かがしっかりと握り締めてくれた。
「水瓶さんッ!」
「……えへへ……ざまあみろ金田一め。遥一くんは、見つけてくれるんだから」
「霧島!早く!」
みんなで探してくれていたらしく、純平くんと明智さん、剣持さんや支配人さんも、近宮さん達も駆けつけてきてくれた。みんなのおかげでどうにか沼から抜け出して、沈まない陸地に寝転んでゼェハァと大きく息を吐いた。事件に遭遇する度に襲撃される私だが、いよいよ死んだかと思った。隣で座って珍しく息を切らしている遥一くんに、ありがとうとお礼を言ったら必要ないと断られてしまう。
「彼を追い詰める材料に君を利用した。その結果がこれだ。非難こそされど礼なんて言われるような立場ではないよ」
「でも、そのおかげで本当に悪い奴を見つけられたじゃん。やっぱり遥一くんはすごいよ。今度は絶対、金田一のこと捕まえてやろうね!」
「……本当に、君は変人だな」
「え、なんで急にディスったの……?」
「お前は変人のままでいいってことだよ」
「え、私今まで変人だと思われてたの……?」
あっという間の二日間だった。今回起きた殺人事件は黒幕の金田一はじめを取り逃がしてしまったことで明確な解決には至らなかったが、一応の幕は閉じた。
そして警察の事情聴取などを終え列車で東京まで戻った私達は、次のマジックショーのためにまた全国を周る近宮さん達を見送るために空港へ来ていた。
「今回の件では警察が不甲斐ないばかりに、本当に申し訳ありませんでした」
「いえ、明智さんも警察の方も何も悪くないわ。悪いのはきっと、人間の欲望よ。私がトリックノートなんて作っていなければ、彼らは今も私を師として慕ってくれていたのかもしれない。……弟子は少なくなってしまったけど、桜庭くんもさとみちゃんもついてきてくれるっていうから、これからは三人で頑張っていくつもり」
「近宮さん……ええ、心から応援しています」
「そうと決まったらマネージャーも探さないと!今度はもう少し気弱そうな子でもいいかもしれないわね。大きなメガネをかけて、フルフル震えてる感じの子羊みたいな!」
「いますかね、そんな人」
ふふっと近宮さんと明智さんが笑っている。それから近宮さんは件のトリックノートを取り出すと、それをビリっと勢いよく引き裂いた。突然の行動に驚いていると、ビリビリと破れたそれが、いつの間にか紙吹雪となって私達の周りに降り注いだ。それはまるで魔法のようで、私はまた飛び跳ねる勢いではしゃいでしまった。
純平くんも感嘆とした様子で「どーなってんだ?」と紙吹雪を拾っているし、明智さんもどこか機嫌良さそうに微笑んでいて、桜庭さんとさとみさんは「こんなところでマジックはやめてくださいよー!」と地面に落ちる紙吹雪を慌てて拾っていた。たしかに空港のど真ん中だと私も純平くんも一緒に拾う事にしたから。
だから、見ることはなかったのだ。
近宮さんが、遥一くんと何を話していたか、とか。どんな表情をしていたか、とか。
「ねえ、高遠君。あの幼かった子供は、ノートの方が欲しかったというかしら。約束の歳になった時、私が直接会いに行ってとびきりのマジックを教えたら、喜んでくれると思う?」
「きっと、どちらも心から喜ぶと思いますよ。ただ、もしかしたらその子供は、会いにきてくれるだけでも嬉しく思うのではないでしょうか」
「……そう。ふふ、そうだとしたら、私の方が嬉しいわ。高遠君、友達を大切にね。とくにあの子は危なっかしいから、霧島君と二人でしっかり守ってあげるのよ」
「善処します」
まるで親子のような空気感で、笑顔になっていたことなんて、きっと二人しか知らなくていいことなのだ。
「近宮さん達も行っちゃったし、さて!みんなでご飯食べに行こっか!」
「私は本庁に戻って事件の調書をまとめなければいけませんので」
「俺も疲れたから家帰るわー」
「僕も荷物を整理したいから帰るよ」
「なんで!!焼肉とか食べに行こうよ!!」
「底なし沼に落ちて死にかけてるのになんでこんなに元気なんだこいつ……」
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