午後のローズティー(金少)
DREAM
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秀央高校の前に止まっている高級車。それだけならこの学校では特に異常ではなくわりとよく見る光景だ。名門私立なだけあり、富裕層が多いからである。
部活を終えて、ファーストフード店に行ったことがないという遥一くんに初体験させるべく、寄り道するぞーと純平くんと意気込んで三人で校門を出た矢先、高級車から見知った顔の男の人が降りてきた。
「あれ?明智さんだ!こんばんは!」
「こんばんは、水瓶さん。それと霧島君、高遠君」
「こんばんはー。え、秀央で何か事件でもあったんすか?」
「いえ、今日は高遠君に用がありましてね」
「僕はないです」
おう、いつもの塩対応。明智さんはそう返されるのがわかっていたのか、ふうとわざとらしい溜息を吐いて、残念そうに肩をすくめてみせた。
「では、水瓶さん。私と一緒にディナーはいかがです?最近できたイタリアンのお店は個室完備で、デートにはもってこいと評判の良いお店なのですが」
「えー?!もしや奢り、だったりします?!」
「もちろん」
「行きます!!!」
「ほんっとバカ!究極のバカ!」
「……はぁ、わかりました。行きますよ」
「おや?そうですか?では、高遠君、霧島君も車へどうぞ」
助手席に私が乗り込み、後部座席に純平くんと遥一くんが乗り込むと、明智さんは車を走らせた。イタリアンのお店楽しみだなーとわくわくしていたら、後ろから純平くんの「バカ」という罵りが聞こえてくる。
「お前もっと考えて行動しろよな。このチョロ女」
「水瓶さん。相手が刑事でも成人男性と個室で二人きりになるという状況に、もう少し危機感を覚えてほしい」
「私もそう思います。たとえ知り合いでもホイホイ車に乗り込んではいけませんよ、水瓶さん」
「え?なんで私総スカンされてるの……?」
できたばかりだというイタリアンのお店に着くと、すでに予約をとっていたらしく奥まった個室へ案内された。広々とした空間に感動しつつメニューを広げてみると、お洒落なお店あるあるの文字だらけのメニュー表で一瞬固まってしまう。知らない言葉が沢山あるので、これは適当に頼んだらよくわからないものが出てきそうだ。
しかし私以外さらさらと注文を読んで頼んでいくので、これが特Aクラス……!と学力の差を噛み締めながら、純平くんと同じ物を注文する事にした。ご飯が届き、ほどほどお腹の加減が良くなったところで、明智さんがにこりと笑う。
「さて、本題に入ります。君達はマジック部という事ですが、著名なマジシャンはどのくらい知っていますか?」
「テレビとかに出てる人の事っすか?まあ少しは。あ、テレビでは見ないけど、藤枝先輩が尊敬してる海外で活躍してるマジシャンいたよな?高遠」
「ああ。近宮玲子、だよ」
「あー、私も名前聞いた事ある!めちゃくちゃすごい人だよね!」
「よかった。近宮さんを知っているなら話は早い」
「……彼女に、何かあるんですか?」
珍しく遥一くんが明智さんの話に食いつくと、明智さんは一枚の写真を私達に見せた。写真は文字が書かれた紙を撮ったもので、赤い字でおどろおどろしく書かれたそれがまともなものではない事を物語っていた。
《幻想魔術団の皆々様。死骨ヶ原湿原を通る列車に魔法をかけました。残酷で美しい、死と恐怖のマジックショーをご堪能あれ。死神マジシャン》
「え、これって、脅迫文ですか?!幻想魔術団って、たしか最近結成されたマジック集団ですよね?」
「そう、近宮玲子率いるマジック集団、幻想魔術団。数日前警視庁に仕掛けが施された箱が届けられ、私が開封したところコレが出てきました。明後日幻想魔術団が北海道の死骨ヶ原へ向けて出発しますが、これに高遠君、君にもついてきてもらいたい」
「なぜ、ですか」
問われて、明智さんはいつものようにキザな微笑みを浮かべてみせる。けれど、その笑みはいつもより少し、柔らかいものに感じられた。
「なんとなくですよ。あまり勘はあてにしない方なのですが、今回は君をつれていくべきだと、何故かそう思ったのです」
いかがですか?という明智さんの言葉に、いつもなら塩対応でスパンッとお断りするだろう遥一くんは、少しの沈黙の後わかりましたと承諾した。
数日後。
「お土産何買おー!予定が合わなくて来れなかった藤枝先輩達めちゃくちゃ悔しそうだったから、写真もいっぱい撮って帰らなきゃ!」
「お、高遠!薔薇のサラダだって!お前っぽいじゃん、注文しようぜ!」
「……二人とも、遊びに来たんじゃないんだよ?」
「「まーまーまーまー!」」
「全く、こういう時は仲が良いんだから」
死骨ヶ原へ向かう魔術列車の中で、呆れたように溜息を吐く遥一くんの横に座る純平くんと正面の私はご機嫌にメニューを広げていた。私の横に座る明智さんは、今日のメニュー表は君でも読めそうですねと軽い嫌味ジャブを放ってくるが気にしない。
何頼もっかなーと純平くんと一緒にメニューを眺めていたら、私達の後ろの席に座る年配の刑事さんがわなわなと肩を震わせていた。明智さん曰く、脅迫文が届いた事から、幻想魔術団の近辺警護として私服警官が何人か乗っているとのことだ。彼もその一人らしい。
「明智警視……!こ、こんなに子供をたくさん連れてきて一体何を考えておられるんですか……!」
「剣持君。私は今日休暇です。彼等は私の友人で、共に旅行に来ているだけ。君は勤務中なのだから、しっかり仕事をしてください」
「う、ぐ……おいお前ら、仕事の邪魔はするんじゃないぞ!」
「はーい!あ、剣持さんも薔薇のサラダ食べます?」
「食わんわっ!」
美味しそうなのに、と注文してすぐに届いた薔薇のサラダを眺めながら、しょんぼりしてしまう。
「皆様!ようこそ魔術列車へ!」
劇団員のような聞き取りやすいハツラツとした声が、列車内に響き渡る。車両の先頭に、一人の女性が立っていた。彼女こそ、あの有名な近宮玲子である。
この列車は鉄道の企画で定例的にマジックショーが行われているらしい。今回この列車の向かう終点、死骨ヶ原駅のステーションホテルで幻想魔術団がショーを行うため、今回の列車でのショーも彼女達がマジックを披露してくれるのだ。
「私は幻想魔術団の団長、近宮玲子と申します。本日は心ゆくまで、マジックショーをお楽しみください」
パチン、と彼女が指を鳴らすと、テーブル席に飾られた一輪の薔薇の花がポトリと落ちる。全てのテーブルで同じ事が起きたらしく、私含め乗客達は大はしゃぎである。
「わー!!すごーっ!!どうやったのかぜんっぜんわからん!!すごい!!」
「いつにも増して語彙がしんでんなこいつ……はー、でもマジですげえなぁ。ん?高遠、なんで窓の外見てんの?ショー見ようぜ」
「……ああ」
「……」
少し様子のおかしな遥一くんとそれを見守る明智さんに首を傾げつつも、団長が見守る中弟子達が披露するショーに惜しみなく拍手を送っていたら、後ろの方でマネージャーらしい青年に文句を言っている弟子の一人を見てしまった。
「なんで俺がタダ見同然の奴らの前でマジックショーをしなきゃなんねえんだ!そもそも山神はどこいったんだよ!」
「それがどこにもいないんすよねー!まーまー、団長もトリは由良間さんに任せるって言ってますし、華々しいトリ飾っちゃいましょ?」
「ちっ……」
おお、あの軽そうなマネージャーさん、あしらい方わかってるんだなぁ。やっぱりマネージャー業はそういう事が出来ないと回していくのが難しいのかもしれない。大人って大変だ。
マネージャーさんに促され、団長からも見守られる中、由良間と呼ばれた男は車両の先頭へ立ち、周囲をちらりと見渡した。そして、目が合ってしまった。
「それじゃあ、君に手伝ってもらおうかな」
「え?!私ですか?!」
指名されてしまった!へへっと照れながら前に出ると、由良間さんに肩をトントンと叩かれる。それから、彼に見せられたものを見ると、そこには私の安いヘアゴムがあった。
ええー!と驚きながら後ろ髪を触ると、薔薇をあしらった髪留めと入れ替わっているではないか。一体いつ入れ替わったのか、全くわからなかった。
「すごー!!髪全然乱れてないし、えー?!すごー?!」
「それでは、もっと驚いてもらいましょうか?君、何かスッキリしてないかい?」
「へ?そう言われると、胸元がスースーするような?」
「そうでしょう?だって、ほら?」
ブフォッと純平くんが私の後ろを見て噴き出した。何があるんだと私も振り返って確認すると、由良間さんの手には、なんと私のブラジャーが!
「!!!す、すごおおお?!えっ、全然取られた感覚なかった!!すごおおお!!」
「はしゃぐなバカ!おいあんた!ちょっとそれは」
ガシャン、と、乱れた場を切り裂くようにグラスの割れる音が響いた。見ると、遥一くんがコップを落としたらしく、すみませんと静かにガラスの破片を拾おうとしている。
由良間さんは邪魔をされたと感じたのか、ちっと舌打ちをして遥一くんに「気をつけろ」と苛立ちまぎれに言うが、遥一くんは立ち上がって、よそゆきの笑みを浮かべた。
「ところで先程あなたが持っていたモノ、今も同じモノですか?」
「え?いってえ?!な、なんで薔薇が……!」
「面白い余興でしたよ。次はもう少し品のあるマジックをお願いしますね」
遥一くんに指摘されて、由良間さんが私のブラジャーを持っていたはずの手を開くと、いつの間にか薔薇と入れ替わっていて由良間さん自身も驚いているようだった。ということは、これは遥一くんがすり替えたのだろうか。タイミングとしては、コップを割って、音にみんなが反応している間くらいしか思いつかない。いや、それでもとんでもない早業なのだけど。
由良間さんが憤慨しながら車両を出ていくと、お客さんからは遥一くんへ拍手喝采が巻き起こった。私も興奮して拍手をしていたら、純平くんに頭を叩かれてしまう。
「あたっ!なんで叩くのさ?!」
「お前少しは恥じらいを持てよ!男にブラ盗られてんだぞ!って、高遠、優姫のブラは?」
「もう水瓶さんのポケットに返してあるよ。水瓶さん、さっきのは手品なんかじゃない、ただのスリだ。嫌な事をされたらきちんと怒るべきなんだ」
「は、はい……」
怒られた……としょんぼりしていたら、明智さんが肩を揺らして笑っているのが見えた。こ、この野郎……!
「うちの団員がごめんなさいね、お嬢さん」
ポンっと肩を叩かれて、振り返るとその手には一輪の薔薇があり、それを差し出される。団長の近宮さんだ。突然の有名人にしどろもどろになりながら受け取り、お礼を言うのが精一杯だった。
「そ、そんな、その、ありがとうございます、へへ」
「そちらのお客様も、素晴らしい手際だったわ。将来はマジシャン、に……」
「……ありがとうございます」
へへへ、なんて純平くん曰く気持ち悪いを笑い方をしている間に、近宮さんが遥一くんにも声をかけるのだが、何故だか固まってしまった。対する遥一くんも、どこか余所余所しい。先に我に返った近宮さんが、「本日のショーはこれまで!」と車両内のお客さんに挨拶をすると、明智さんを引っ張ってどこかへ行ってしまった。なんだなんだ?
「明智さん、近宮さんと知り合いなのかな?」
「さあ……高遠も知り合いみたいだけど、イギリスで会ったとか?」
「まあ、そんなところかな。それよりも水瓶さん、早く身なりを整えてきたらどうだい?」
「あ!忘れてた!それじゃつけ直してくる!遥一くん、ブラ取り返してくれてありがとね!」
「大声で言わなくていいから」
「さっさと行ってこい!」
寝台車の方へ戻り、ベッドの上に上がるとカーテンを閉めてブラを付け直す事にした。というか、カーテンを閉めておかないと純平くんにとても怒られるのである。思春期かな?
「それにしても一体どうやって取ったんだろ……マジシャンって凄いんだなー」
よいしょ、とベッドから降りた私は身なりを整えて、また食堂車の方へ戻ろうと思ったのだが、ふと良い香りがして足を止める。窓の外からだろうか。それとも廊下から?
「なんだろ、これ。花の香り……あ、さっき嗅いだ薔薇のかな」
窓の外かなーと覗きに行こうとした瞬間、不意に背後から何か気配がして咄嗟に持っていた鞄で防ぐ。ズシリと重たい感触がする。鞄の横から私を襲ってきた何者かを見ると、顔に奇妙な面を被りマントを羽織っていたため、性別すらわからなかった。ふと、頭を過ぎるのは明智さんが見せてくれた脅迫文。まさか、こいつが。
「死神マジシャン?!うわあっ?!」
どこからか、バンっと何かが爆発する音が聞こえた。あれは食堂車の方だ。一体何がと思わずそっちに視線を逸らしたら、その隙に鞄ごとひっくり返されてそのまま部屋の中へ押し返されてしまった。
「どわーっ?!こ、このやろっ!!」
すぐに立ち上がって部屋を出るも、もう廊下には姿形もなく見事に逃げられてしまった。くっそーと悔しく思うが先程の爆発音も気になり、髪を結び直すとひとまずそちらへ向かう事にした。
「純平くん!遥一くん!何があったの?!」
「優姫!今、死神マジシャンから電話があったんだ」
「うええ?!」
死神マジシャンは、剣持さんのポケットにいつの間にか入っていた携帯に電話をかけてきたらしい。爆弾を仕掛けたがアトラクションと間違われては心外だ、と私達が注文した薔薇のサラダを爆発させてみせ、笑いながら電話は切られたという。
そして警察の判断で、この列車は通過点だった貨物駅に緊急停車する事になった。
バタバタとみんなが車両から降りて離れた場所へ避難していくなかで、ふと幻想魔術団の人達の姿が目に入った。
見習いマジシャンだというさとみさんが人形を落としてしまうと、それを見てウォーターマジックの夕海さんが怒って、それをカードマジックの左近寺さんがからかっている。
その後ろでスタンダップマジックの由良間さんが今にもキレそうな顔をしており、サイコマジックの桜庭さんが少し震えていた。荷物を抱えたマネージャーさんが駆け足で団長の近宮さんのところに行くのを見て、ふとファイヤーマジックの山神さんの姿がない事に気がついた。
「ねえ遥一くん。幻想魔術団の人、一人足りないね?」
「!……本当だ。この騒ぎだから、どこかに紛れているのかもしれないけど、少し気になるな」
「はっ、もしまだ車両に取り残されてるなら、探しに行かなきゃ!!ぐえっ」
「落ち着きなさい」
反射で駆け出そうとした私の首根っこを、明智さんに引っ張られ蛙のような声が出てしまう。隣では遥一くんもやれやれみたいな顔をしているので、明智さん側のようだ。
「おそらくこの爆弾騒動は犯人の虚言でしょう。何より、君は普通の女子高生なのです。そうやって正義感を持つのは君の美徳でしょうが、まずは自分の身を案じなさい」
「は、はーい……また怒られた……今日めちゃくちゃ怒られる……」
「全部危機感のないお前が悪いからな?とはいえ、明智さんのいう虚言って、どういう事なんすか?」
「薔薇のサラダの爆発のタイミングですよ。電話がかかってから、会話の流れで薔薇のサラダは爆発した。まるで間近で見ながら操作しているようでした。自分の乗っている列車に爆弾を仕掛ける犯人などそうそういないでしょう」
「つーことは、もうこの中に死神マジシャンが紛れ込んでるって事で……」
純平くんがチラチラと避難している人達を盗み見るも、当然それっぽい人間などいない。それっぽい人間……そういえばそれっぽい人間に会ったな私?!というか襲われたな?!
「もうすぐ犯人の指定した時刻ですね。一体何が起こるのか……」
明智さんがそう言い、剣持さんがごくりと息を呑む。爆弾が本当に積まれてないとして、それなら犯人は一体何の目的があってこんな事をするのだろう。ふとそんな事を考えていたら、列車の方からドンと何かの破裂音が聞こえた。大きな音だったので、思わず体が飛び跳ねてしまうが、その後聞こえた音は、まるで花火の発射音のようだったのですぐに顔を上げる。
上空でパンと何かが弾けると、周囲にハラハラと花びらが舞い散った。遥一くんがそれを手に乗せているのが見えて覗き込むと、薔薇の花びらだというのがわかった。同じように花びらを掴んだ明智さんも、それが薔薇だと分かり少し感嘆したような息を吐いた。
「薔薇の桜吹雪ですか。なかなか気の利いた事をしてくれますね、死神マジシャン」
「いやいや!薔薇のイメージ悪くすんのやめてほしいっすよ!薔薇っていったら」
「遥一くんだもんね?!」
「サラダの時も思ったけど、君達の中で僕のイメージは薔薇なのかい?」
列車内に爆弾が無いことが確認されると、列車は通常通りに終点死骨ヶ原へ向けて走り出した。途中で乗客の大半が降車していき、残った客は死骨ヶ原のステーションホテルで行われるマジックショーの観覧者達がほとんどだ。
気を取り直して、また薔薇のサラダを注文したら明智さんにため息を吐かれてしまったのは腑に落ちない。食べたいから食べるのだ。
「すごー!花びらおいしー!なんで薔薇が食べられるんだろー?!」
「能天気だなぁお前は。お、マジだ、普通にうめえ!高遠も食ってみろよ!」
「君も大概能天気だよ霧島。……ところで明智さん」
「なんですか?」
「爆弾騒ぎの前に近宮さんと何か話していましたが、お知り合いなのですか?」
「気になりますか?」
「……」
「ふふ、ええそうです。彼女とは数年前から知人として仲良くしていましてね。今回の脅迫文の事についてと少しの雑談をしていたんですよ」
「そうですか」
明智さんがあの近宮さんと友達だって事も驚きだけど、遥一くんが誰かを気にするなんて珍しい。はっ、もしかして!
「遥一くん、近宮さんと話がしたいの?」
「え」
「藤枝先輩と一緒でファンなんだね?!私もお話してみたいし、今から尋ねてみようよ!よーし、善は急げ!私近宮さん探してくるねー!!」
「はあ?!いやお前、まだ死神マジシャンがどこにいるかもわかんねえのにうろうろすんな……あーもう、待てっての!」
「……彼女が心配なので、僕も席を外します」
「わかりました。なるべく早めに戻ってきてくださいね」
私の後を追ってきた純平くんに怒られながら、合流した遥一くんも含めて三人で幻想魔術団の皆さんを探しながら列車内を歩いていたら、お酒が飲めるエリアで近宮さんを見つけた。
「あ、あの近宮さっ、ほぎゃあ!」
「うわっと!」
よし行くぞーと前に出た瞬間、横からぬっと出てきた人にぶつかり、盛大に尻餅をついてしまう。今日転んでばっかりだなくそう。
「悪い悪い。大丈夫か?」
「あ、はい。私こそ前見てなくてごめんなさい」
「ん?君ってたしか、由良間さんにブラ取られた子じゃん」
差し出された手を握って立ち上がり、起こしてくれた人の顔を見ると、幻想魔術団のマネージャーさんだろう人だった。その後ろで私達のやりとりに気付いた近宮さんが駆け寄ってくるのが見える。
「ちょっと金田一くん。何して……あら、さっきの!」
「あ、団長!いやあ、俺がぶつかっちまって転ばせちゃったんすよ。つーか、ここまで乗ってるって事は幻想魔術団のショーを見にきたのか?」
「はい!私マジック大好きなんでめちゃくちゃ楽しみです!あ、私は秀央高校の水瓶優姫っていいます!こっちは純平くんで、こっちは遥一くんです!」
ざっくりしすぎだろ、と純平くんに呆れられる。それから姿勢を正すと、純平くんと遥一くんは礼儀正しく挨拶をし直した。
「同じく秀央高校一年、霧島純平です!」
「高遠遥一です」
「優姫ちゃんに、霧島君に高遠君ね。俺は金田一はじめ。幻想魔術団の新人マネージャーやってます!ちなみに優姫ちゃんはどっちかと付き合ってたりすんの?」
「しないっすねー!俺らにも選ぶ権利あるんで!」
「ノーコメント」
「おいこら二人とも!!そこは照れるくらいあってもいいのでは?!」
「ふっくくっ……ふふふっ!」
私達の自己紹介を黙って聞いていた近宮さんは、噴き出したように笑って肩を揺らしていた。何故かはわからないが、私達の会話が面白かったらしい。
それから吹っ切れたように顔を上げて、にこりと微笑んだ。どこか楽しそうな表情をしている。
「改めまして、幻想魔術団の団長の近宮玲子です。三人は、明智さんのお友達なのよね?どこで知り合ったの?」
「えっとですねー、雪山探索ツアーに三人で参加した時に……」
テーブル席に四人で座って、主に私が学校での話や明智さんとの話を沢山話して近宮さんに聞かせた。近宮さんもすごく楽しく話を聞いてくれて、どこか遥一くんも柔らかい雰囲気になっていたように思う。やっぱりファンだったのかな。
純平くんや立って話を聞いている金田一さんに突っ込まれつつ話に花を咲かせていたら、少し小走り気味に誰かが私達のいる車両に駆け込んできた。
見れば、息は切らしてはいないが少し焦った顔をしている明智さんだった。私達を見てホッとしたように表情を緩めた姿を見て、何事か起きていると察する。
「よかった、三人とも揃っていますね」
「何かあったんすか、明智さん」
「ええ、今死神マジシャンから電話がありました。死のマジックショーの舞台は、コンパートメント三号室だと。君達はここにいてください。これから剣持君と確認に行きます」
「三号室って、私達の荷物を置いてるところよね、金田一くん」
「そ、そうっす。さっきさとみちゃんがパフォーマンスに使った荷物片付けるって向かって行ったばっかりで……」
きゃあああああ……
どう考えても、嫌な事が起きているであろう悲鳴が聞こえた。即座に駆け出す明智さんとその後ろに続く剣持さん。反射で思わず私達もその背中を追いかけてしまう。
「どうした?!」
「さとみ?!」
3号室の前でへたり込んでいるさとみさんを見て、いつの間にか合流した左近寺さんと夕海さんが声をかけると、さとみさんは震える手で部屋の中を指差した。
その先を辿り、私もみんなと同じように中を見ようとしたら誰かに目を塞がれてしまう。大きな手だから、明智さんか剣持さんだろうか。わたわたしながら腕を掴んだら、大人しくしてろと剣持さんの声に言われたので剣持さんのようだ。
「なになに?!何があったんです?!」
「ウソだろ、山神さんが死んでる!!」
「えっ?!し、死んでるって聞こえたんですけど?!どういう事?!」
「剣持君、彼女達をこの場から離して……ん、何だこれは」
シュー、と空気が漏れるような音が聞こえる。何の音だろう。
「まさか、爆弾?!」
「キャーッ!!」
「早く隣の車両へ逃げろ!!」
「爆弾って何の話?!わきゃー?!」
バンと扉が乱暴に閉められる音がしてようわく手を離されたと思ったら、今度は抱えられてどこかへ連れて行かれる。周囲を見渡してみれば、みんなが逃げ惑っていて、トイレの中に隠れる人もいた。私は隣の車両まで放られて、近くにいた遥一くんが私の頭を掴んで地面に強引に伏せさせる。
その瞬間、パンパンと今度は何かが破裂する音が、閉じられた部屋から鳴り始めたではないか。まさか本当に爆弾があったのだろうか。ブルブル震えながら地面に伏せていたら、音が鳴り止み辺りはしんと静まり返った。
困惑したままの私はといえば、遥一くんに押されられていた手をそっと離されて、身体を起こされる。
「水瓶さんは危ないからそこにいて」
「う、うん。気をつけてね?!」
部屋の確認に向かう明智さんに続いて遥一くんと純平くんが向かうのを、近宮さんと一緒に見送ることしかできなかった。
死体があったと言っていた。みんなはきっと、私にはそれを見せないように気を使ってくれている。けど、なんだか役立たずみたいだ。いや、みたいではない、実際役立たずなのだろう。
死人が出たかもしれないのにそんな事を考えてしまう自分にも嫌悪しながらしょんぼりしていたら、ポンポンと近宮さんが頭を撫でてくれた。
「貴女は、ここであの子達を待つのが役目よ。それは、きっと貴女にしか出来ない事なんだから」
「近宮さん……」
「大丈夫。明智さんもいるし、霧島君も……高遠君もいるんだもの。絶対に犯人を捕まえてくれるわ」
「っ、はい!」
さすがに鈍い私でも、近宮さんと遥一くんには何かあるのだろう事は気がついていた。もしかして、なんて思ったりもしたが、きっとこれは、私が踏み入っていい話ではない。けど、こうやって話をしてみて思うんだ。きっとこの人は、マジシャンの道を選ばなければ優しい母になる事もできたはずの人なのだ、なんて。
「山神さんの死体は、跡形もなく消えていました。あの破裂音は風船が割れた音で間違いないでしょう。死神マジシャン曰く、このマジックのタイトルは『天外消失』とのことです」
剣持さんが駅で北海道警察の人達と一緒に荷物検査をしている中、私達三人は明智さんとホテルのチェックインをしていた。というのも、明智さん的には休暇で来ているから、あれ以上の現場検証は剣持さん達に任せるという事らしい。それでいいのか刑事さん……。
ロビーでホテルの鍵を受け取りつつ、純平くんがさっきの様子を思い浮かべているのか、面白くなさそうに唇を尖らせた。
「マジック、ねえ。死神マジシャンなんて名乗るくらいだから、マジシャン気取ってんだろうな」
「けど、死体消失のタネがまだわかっていない」
「ま、まあそうなんだけどさー。いや、高遠でもわかんないってなると、まじですごいマジシャンだったりすんのかな、優姫」
「うーむ、マジシャンレベルで遥一くんが負けるとは到底思えないけど、明智さんもわかってないみたいだし、今回の犯人は強敵なのかな、純平くん」
純平くんとそんなやりとりをしていたら、おそらく負けず嫌いなのだろう明智さんと遥一くんがニコリと微笑んだ。いつもなら薔薇が咲くかの如く麗しい光景だが、今はとても恐ろしい笑みに見えてしまいブルリと体が震える。とても怖い。
笑顔の威嚇が終わると、明智さんはふうとため息を吐いた。
「とにかく今は単独行動はしないこと。三人は荷物を部屋に置いてから私の部屋に集まってください」
「はいはい!私の部屋は純平くんと遥一くんと一緒の部屋ですか!」
「もちろん違います」
「うわああん!!じゃあ明智さん一緒の部屋に泊まりましょうよー!!殺人事件があったかもしれないのに一人はやだー!!」
「まあ、今回は保護者としてそれもありかもしれませんね?」
チラリと明智さんが純平くんと遥一くんを見る。何のチラ見なのかはわからないが、私はやったー!と明智さん側に行こうとしたら、純平くんにビシッと頭にチョップされてしまった。
「あいたー!!なんで?!」
「男と!個室に二人きりという状況に!危機感を覚えろっての!!」
「保護者じゃん!明智さんお父さんみたいなもんじゃん!!」
「え、お父さん……?」
ブフッと珍しく遥一くんが噴き出し、明智さんはボソリボソリと「お父さん……」と呟いていて何だか不思議な空間になってしまった。
結局、明智さん、私、純平くんと遥一くん、と言った並びで部屋を当てがわれてしまい、何かあったらどちらかに駆け込むようにと言われて一度解散をすることになった。今度こそ枕投げができたらと思っていたが、仕方ないとあまり多くない荷物を運ぶことにして部屋に入る。
外観からすでに格調高いホテルだったが、中も綺麗でこんな機会でもなければ来ることはなかったなと、荷物を置きながらしみじみ思う。
「これで殺人事件とかなかったら最高なのになー。……あ、そういえば列車で私を襲ってきた死神マジシャンっぽい奴の話、まだ明智さん達にしてなかった……」
また純平くんに怒られてしまう、と少し頭を抱えたが、とにかく今は明智さんの部屋に向かう事を優先して急いで支度しよう。といっても、貴重品をポシェットに入れるくらいしかないのだけども。
財布をテーブルの上に乗せた時に、備え付けのホテルの案内がチラリと見えた。ここでは荷物の受け取りや配達ができるらしい。そういえばこのホテルには三日に一本しか列車が通ってないって、明智さんが言ってたっけ。たしかに部屋の前に大きな荷物が置いてあったりしたし、長く滞在する人とかはそうやって必要なものを配送してたりするんだろうなぁ。あれ、でもあのカバンって、誰かが同じものを持ってたような。
コンコン
「優姫ー!まだ準備できてねえのー?」
「あ、はーい!出来た出来た!今出るよー!」
「たく、遅え……はい戻って」
「なんでー?!!」
扉を開けると、私の姿を視認した純平くんが秒で扉を閉めてきて部屋の中へ返された。ドアノブを回すも反対側から抑えられているらしく開かない。
「なんでなの純平くんんんん!!!」
「髪結んでから出てこい!」
「あ、そういえばさっき上着脱いだ時に取れた気がする」
そう、このように小さい頃から純平くんはとにかく私に人前に出る時は必ず髪を結べと言ってくるのだ。身だしなみにうるさい幼馴染である。
扉の外では。
「……高遠、今の見ちゃった?」
「……驚いたな。今の、本当に水瓶さんか?言われなければ本人だとわからなかったよ」
「そうなんだよなー。昔からあいつ、何故か髪下ろすと別人に見えるんだよ。しかもそれが美人に見えるもんだから変なのが付き纏って大変で……だから高遠もこの事は内緒な!」
「別に構わないけど、一つ聞いていいかい?」
「うん?」
「初めて髪を下ろした彼女を見た時、霧島はどんな反応をしたんだ?」
「……5歳くらいだったから、知らない女の子が来たと思ってドギマギしながら初めましてって言って優姫に盛大に大泣きされました」
「ふ……ふふ」
「あーもう!明智さんに言っちゃダメだからな!他の人にも!」
「わかってるよ」
身だしなみを整えてもう一度部屋を出ると、純平くんに上から下までチェックされた後、よしと頷かれオッケーをもらった。純平くんが一番私の保護者かもしれない。
プルルルル
明智さんの部屋に到着し、三人で部屋に入ったと同時に犯人から送られたという電話が鳴り始めた。明智さんがそれを取ると、スピーカーにしてみんなに聞こえるようにしてくれる。
『ようこそ、死骨ヶ原へ。皆さんがお探しの山神ですが、たった今お返ししましたので、どうぞご確認を。ふふ』
死神マジシャンはたったそれだけを告げると、電話は切られてしまう。返した、とはどういう意味だ。誰かが口を開こうとした時、外の廊下から悲鳴が聞こえた。慌てて廊下に飛び出すと、奥の個室の前で尻餅をついて怯えている幻想魔術団の桜庭さんの姿が見える。
「だ、誰か……山神さんが……!!」
その言葉を聞いて、明智さんと遥一くんが勢いよく奥の個室の扉を開いた。遅れて純平くんと私も覗き込む。
見えた光景に、悲鳴すら飲み込んでただ衝撃に目を見開くことしか出来なかった。
死体だ。バラバラになった首や手足を紐で繋ぎ止めて、ねじれた人形のようになってしまった山神さんの死体が、天井から吊り下げられている。
こんな、残酷な殺し方ができるなんて、犯人は一体、どんな理由があって。
「っ、水瓶さん。これ以上見てはいけない」
遥一くんの綺麗な手が、私の目元をそっと塞いだ。視界が閉じた事でようやく現実に戻ってきた気がして、私はようやくいつも通り呼吸をすることができた。
「幻想魔術団のショーは、予定通り行うそうです」
あれから警察が来て慌ただしくなったホテルでは、今日のマジックショーは中止だろうと客の間で噂されていたが、部屋に戻ってきた明智さんは、少し疲れた様子でそう言った。一緒に戻ってきた遥一くんもやれやれといった様子である。
「近宮さんの判断です。犯人に屈することはしない、そして何より、今来ているお客様を明るくするためにもショーを行うと。彼女、マジックに関しては頑固なところがありますからね」
「そうなんですね……でも、楽しみにしてたから、ショーが見れるのは嬉しいな」
へへっと笑ったら、明智さんは何だか神妙な顔つきになってしまった。それから、ベッドに腰掛ける私の前に屈んで目を合わせて、今度は辛そうな顔をした。
「……怖いものを見せてしまいましたね。私も軽率でした。貴女を含め、君達はまだ子供だというのに事件に巻き込んでしまった。本当に申し訳ありません」
「えっ?!あ、いやいや!!そもそも私は無理矢理ついてきたところあるし、殺人事件とか、死体とか怖かったけど!でも大丈夫です!こっちには名探偵高遠遥一がいるんです!今回の事件だって、パッと暴いてくれます!ね、遥一くん!」
「そうだぜ!むしろマジック仕立てで事件起こすなんて、高遠への挑戦みたいなもんだし!犯人暴いてやろうぜ高遠!」
「……ああ。霧島の言う通り、これは僕に対する挑戦として受け取るよ。この不可解なマジックのタネは、必ず僕が暴く」
口に手を当ててそう言った遥一くんは、いつもより少し怒っているように見えた気がした。
幻想魔術団のマジックショーは、ホテルの敷地内にある大きな池の真ん中に建っている劇場で行われる。時間になったのでみんなで橋を渡って劇場の中に入ると、殺人事件があったにも関わらずほとんど満席になっていたので驚いた。
「霧島、水瓶さん、明智さんと少し確認したい事があるから、先に席に座ってて。ショーが始まる前には戻るよ」
「おう、わかった」
「良い席探しておくね!」
とはいえ、すでに席はかなり埋まっている。どこかに四人座れるような席はあるだろうか。
「失礼、水瓶さんと霧島君、だったかな?」
キョロキョロしながら空いた席を探していたら、ホテルの案内をしてくれて支配人さんが声をかけてきた。そうですと頷いたら、支配人さんは合っていてよかったと安堵したように微笑んで、真ん中より前の四つ空いている席を指差した。
「近宮さんの計らいで、あそこに君達四人の席を予約席として取ってありますよ」
「えっほんとに?!しかもめちゃくちゃ良い席じゃん!でも、なんで近宮さんが?」
「お客様はもちろんのこと、友達にはもっと楽しんでほしいからと仰ってました。彼女のショーは本当に素晴らしい。一緒に楽しみましょう」
「!はい!楽しみます!!純平くん行こっ!!」
「行くから引っ張んなって!」
近宮さんは明智さんの友達だし、もしかしたら、列車の中で私が凹んでいたのを覚えてて、楽しんでほしいと思ってくれたのかもしれない。近宮さんの弟子である山神さんは亡くなったけれど、それでもショーを行うのは来てくれたお客さんに笑ってほしいからだ。ここでショーを止めてしまったら、犯人の思うツボだ。いや、犯人が何を思って幻想魔術団にこんな酷い事をするのかわからないが。
「よし、ショーを全力で楽しむぞ!ふんふん!」
「お前が気合入れる必要ないだろ……」
席について気合を入れる私に呆れる純平くんは、それから何かを耐えるように目を細めて、はあ、と息を吐き出した。
「なあ優姫、俺の推測では、犯人は頭の切れる知能犯だと思う」
「え?」
「殺した死体をマジックショーの道具として扱って、驚く観客を見て楽しんでる。きっと犯人は、フツーのフリをするのをやめて自分の中の凶気を受け入れたんだ。……俺も、そいつと同じで、本当は」
「ていっ」
「いてえ!何すんだよ!」
いつもされているチョップを純平くんにもお見舞いしてやれば、ムキになってこちらを向き直る顔を掴んで覗き込む。純平くんが驚いたように目を見開いて固まるので、バカだなあと鼻で笑ってやった。
「純平くんは犯罪者じゃないよ。私の知ってる純平くんは、私の面倒で忙しくって、小姑みたいに口煩くって、マジックに夢中!遥一くんの親友で、私の幼馴染の純平くんは、犯罪者になんてならない」
「……」
「もしなったらどんな犯罪だって遥一くんがパッと暴くし、私はもう大泣きする!そりゃもう赤ちゃんばりにギャン泣きするよ!困るでしょ?!」
「……ぷっ、なんだよそれ!まあ、お前のギャン泣きとかうるさそうだし、高遠が一緒じゃないなら犯罪者も面白くなさそうだし……今のままが一番、楽しい、かも」
「でしょー?!ふへへー」
「それにしてもお前のその気持ち悪い笑い方は高校生になっても直んなかったなぁ」
「なんだとお?!」
「コホン。お二人とも、イチャつくのは構いませんが、そろそろショーも始まりますから静かに」
「「?!?!」」
イチャついてない!と否定する前に、いつの間にか私達の両サイドに座っていた明智さんと遥一くんに驚いて二人して盛大に飛び跳ねた。そういえば純平くんの顔掴んだまま話していたんだ、とパッと離して恥ずかしがっていたら、私と同じように驚いて胸を抑えている純平くんに、隣に座っていた遥一くんが静かに話しかける。
「霧島」
「うおっ!な、なに?!」
「君が犯罪を犯したら、水瓶さんの言う通り全て暴いて容赦なく警察に引き渡して牢獄に突っ込むよ。面会も期待しないでほしい」
「マジで容赦ねえ……」
「僕自身、内にある得体の知れない何かに対して決着はついてないけど、君が抗うというなら付き合おう。さすがに僕も、親友になり得そうな友人を犯罪者として暴く経験はしたくないからね」
「!!た、高遠ぉーっ!そこは親友って言っとけよおー!!このこのーっ!!」
「近いから離れて」
「よくわかりませんが、今何かのターニングポイントだったような気がしますね。おっと、ショーが始まりますよ」
「わー!ドキドキするぅー!」
思い切りハグして遥一くんに顔を押し退けられている純平くんは放っておき、明智さんの言葉に促され劇場のステージに視線を向ける。スポットライトがステージの真ん中へ当たると、団長である近宮さんが出てくる。そして弾幕が上がり、ショーは始まった。
近宮さんの挨拶で始まった幻想魔術団のショーは、それはもう凄かった。夕海さんの水槽からの脱出も、桜庭さんの叩いていた楽器が宙に浮かぶのも、左近寺さんの選んだカードが空から降ってくるのも全部凄くて、事件も時間を忘れて大いに楽しんで拍手を送った。
隣で純平くんが「今のわかった?」と遥一くんに聞いて「まあね」と返されて凹んでいたので、後でからかってやろう。
「さて!次はお待ちかね、我が幻想魔術団が誇る『生きたマリオネット』だよ!」
だよー!とさとみさんの肩に乗る人形のロバートが語尾を真似て怒られている。腹話術だと思うのだが、一対一で会話しているようにしか見えずやはりプロは凄いと感嘆しながら手を叩いて笑った。
そして始まった生きたマリオネットは、本当に生きているようだった。操り糸を切ったあとは自分の意思で動いて、遊んで、本当に自由になったように見えた。語彙なんてなくして凄い凄いとはしゃいでいたら、隣では先程までとはうってかわって遥一くんも真剣な表情で純平くんと一緒に考察しながら舞台を見ていた。あれはあれで、きっと楽しんでいるのだろう。多分。
プルルルル……
マリオネットが椅子に座り、舞台が終わろうとしている中で、明智さんが膝に乗せていた電話が鳴り始めた。楽しかった空気が、ピリッとした緊張感に包まれる。
『いかがですか?幻想魔術団のショーは?おや、生きたマリオネットはもう終わりのようですね。でも、本当の楽しみはこれからですよ』
「死神マジシャン……!貴様、一体何をする気だ!」
『死のマジックショー第二幕です。滅多に見られない大マジック、とくとご覧あれ!』
明智さんが何か返そうとするも電話は切れ、それと同時にあたりの照明も落ちて劇場内は一瞬にして真っ暗闇となった。
突然暗くなった事に他のお客さんも驚いてざわついていて、私も同じように慌てていたら、遥一くんが立ち上がって明智さんの方を向くのがぼんやりと見えた。
「明智さん、これは?!」
「おそらく死神マジシャンの仕業です。何が起こるかわかりません、早急に避難を」
パン、と照明が点く。スポットライトの当たった先は、ステージの真ん中、マリオネットが一休みと座った椅子だ。
だがそこには、マリオネットはいない。いたのは、胸にナイフが突き刺さった、由良間さんだった。
部活を終えて、ファーストフード店に行ったことがないという遥一くんに初体験させるべく、寄り道するぞーと純平くんと意気込んで三人で校門を出た矢先、高級車から見知った顔の男の人が降りてきた。
「あれ?明智さんだ!こんばんは!」
「こんばんは、水瓶さん。それと霧島君、高遠君」
「こんばんはー。え、秀央で何か事件でもあったんすか?」
「いえ、今日は高遠君に用がありましてね」
「僕はないです」
おう、いつもの塩対応。明智さんはそう返されるのがわかっていたのか、ふうとわざとらしい溜息を吐いて、残念そうに肩をすくめてみせた。
「では、水瓶さん。私と一緒にディナーはいかがです?最近できたイタリアンのお店は個室完備で、デートにはもってこいと評判の良いお店なのですが」
「えー?!もしや奢り、だったりします?!」
「もちろん」
「行きます!!!」
「ほんっとバカ!究極のバカ!」
「……はぁ、わかりました。行きますよ」
「おや?そうですか?では、高遠君、霧島君も車へどうぞ」
助手席に私が乗り込み、後部座席に純平くんと遥一くんが乗り込むと、明智さんは車を走らせた。イタリアンのお店楽しみだなーとわくわくしていたら、後ろから純平くんの「バカ」という罵りが聞こえてくる。
「お前もっと考えて行動しろよな。このチョロ女」
「水瓶さん。相手が刑事でも成人男性と個室で二人きりになるという状況に、もう少し危機感を覚えてほしい」
「私もそう思います。たとえ知り合いでもホイホイ車に乗り込んではいけませんよ、水瓶さん」
「え?なんで私総スカンされてるの……?」
できたばかりだというイタリアンのお店に着くと、すでに予約をとっていたらしく奥まった個室へ案内された。広々とした空間に感動しつつメニューを広げてみると、お洒落なお店あるあるの文字だらけのメニュー表で一瞬固まってしまう。知らない言葉が沢山あるので、これは適当に頼んだらよくわからないものが出てきそうだ。
しかし私以外さらさらと注文を読んで頼んでいくので、これが特Aクラス……!と学力の差を噛み締めながら、純平くんと同じ物を注文する事にした。ご飯が届き、ほどほどお腹の加減が良くなったところで、明智さんがにこりと笑う。
「さて、本題に入ります。君達はマジック部という事ですが、著名なマジシャンはどのくらい知っていますか?」
「テレビとかに出てる人の事っすか?まあ少しは。あ、テレビでは見ないけど、藤枝先輩が尊敬してる海外で活躍してるマジシャンいたよな?高遠」
「ああ。近宮玲子、だよ」
「あー、私も名前聞いた事ある!めちゃくちゃすごい人だよね!」
「よかった。近宮さんを知っているなら話は早い」
「……彼女に、何かあるんですか?」
珍しく遥一くんが明智さんの話に食いつくと、明智さんは一枚の写真を私達に見せた。写真は文字が書かれた紙を撮ったもので、赤い字でおどろおどろしく書かれたそれがまともなものではない事を物語っていた。
《幻想魔術団の皆々様。死骨ヶ原湿原を通る列車に魔法をかけました。残酷で美しい、死と恐怖のマジックショーをご堪能あれ。死神マジシャン》
「え、これって、脅迫文ですか?!幻想魔術団って、たしか最近結成されたマジック集団ですよね?」
「そう、近宮玲子率いるマジック集団、幻想魔術団。数日前警視庁に仕掛けが施された箱が届けられ、私が開封したところコレが出てきました。明後日幻想魔術団が北海道の死骨ヶ原へ向けて出発しますが、これに高遠君、君にもついてきてもらいたい」
「なぜ、ですか」
問われて、明智さんはいつものようにキザな微笑みを浮かべてみせる。けれど、その笑みはいつもより少し、柔らかいものに感じられた。
「なんとなくですよ。あまり勘はあてにしない方なのですが、今回は君をつれていくべきだと、何故かそう思ったのです」
いかがですか?という明智さんの言葉に、いつもなら塩対応でスパンッとお断りするだろう遥一くんは、少しの沈黙の後わかりましたと承諾した。
数日後。
「お土産何買おー!予定が合わなくて来れなかった藤枝先輩達めちゃくちゃ悔しそうだったから、写真もいっぱい撮って帰らなきゃ!」
「お、高遠!薔薇のサラダだって!お前っぽいじゃん、注文しようぜ!」
「……二人とも、遊びに来たんじゃないんだよ?」
「「まーまーまーまー!」」
「全く、こういう時は仲が良いんだから」
死骨ヶ原へ向かう魔術列車の中で、呆れたように溜息を吐く遥一くんの横に座る純平くんと正面の私はご機嫌にメニューを広げていた。私の横に座る明智さんは、今日のメニュー表は君でも読めそうですねと軽い嫌味ジャブを放ってくるが気にしない。
何頼もっかなーと純平くんと一緒にメニューを眺めていたら、私達の後ろの席に座る年配の刑事さんがわなわなと肩を震わせていた。明智さん曰く、脅迫文が届いた事から、幻想魔術団の近辺警護として私服警官が何人か乗っているとのことだ。彼もその一人らしい。
「明智警視……!こ、こんなに子供をたくさん連れてきて一体何を考えておられるんですか……!」
「剣持君。私は今日休暇です。彼等は私の友人で、共に旅行に来ているだけ。君は勤務中なのだから、しっかり仕事をしてください」
「う、ぐ……おいお前ら、仕事の邪魔はするんじゃないぞ!」
「はーい!あ、剣持さんも薔薇のサラダ食べます?」
「食わんわっ!」
美味しそうなのに、と注文してすぐに届いた薔薇のサラダを眺めながら、しょんぼりしてしまう。
「皆様!ようこそ魔術列車へ!」
劇団員のような聞き取りやすいハツラツとした声が、列車内に響き渡る。車両の先頭に、一人の女性が立っていた。彼女こそ、あの有名な近宮玲子である。
この列車は鉄道の企画で定例的にマジックショーが行われているらしい。今回この列車の向かう終点、死骨ヶ原駅のステーションホテルで幻想魔術団がショーを行うため、今回の列車でのショーも彼女達がマジックを披露してくれるのだ。
「私は幻想魔術団の団長、近宮玲子と申します。本日は心ゆくまで、マジックショーをお楽しみください」
パチン、と彼女が指を鳴らすと、テーブル席に飾られた一輪の薔薇の花がポトリと落ちる。全てのテーブルで同じ事が起きたらしく、私含め乗客達は大はしゃぎである。
「わー!!すごーっ!!どうやったのかぜんっぜんわからん!!すごい!!」
「いつにも増して語彙がしんでんなこいつ……はー、でもマジですげえなぁ。ん?高遠、なんで窓の外見てんの?ショー見ようぜ」
「……ああ」
「……」
少し様子のおかしな遥一くんとそれを見守る明智さんに首を傾げつつも、団長が見守る中弟子達が披露するショーに惜しみなく拍手を送っていたら、後ろの方でマネージャーらしい青年に文句を言っている弟子の一人を見てしまった。
「なんで俺がタダ見同然の奴らの前でマジックショーをしなきゃなんねえんだ!そもそも山神はどこいったんだよ!」
「それがどこにもいないんすよねー!まーまー、団長もトリは由良間さんに任せるって言ってますし、華々しいトリ飾っちゃいましょ?」
「ちっ……」
おお、あの軽そうなマネージャーさん、あしらい方わかってるんだなぁ。やっぱりマネージャー業はそういう事が出来ないと回していくのが難しいのかもしれない。大人って大変だ。
マネージャーさんに促され、団長からも見守られる中、由良間と呼ばれた男は車両の先頭へ立ち、周囲をちらりと見渡した。そして、目が合ってしまった。
「それじゃあ、君に手伝ってもらおうかな」
「え?!私ですか?!」
指名されてしまった!へへっと照れながら前に出ると、由良間さんに肩をトントンと叩かれる。それから、彼に見せられたものを見ると、そこには私の安いヘアゴムがあった。
ええー!と驚きながら後ろ髪を触ると、薔薇をあしらった髪留めと入れ替わっているではないか。一体いつ入れ替わったのか、全くわからなかった。
「すごー!!髪全然乱れてないし、えー?!すごー?!」
「それでは、もっと驚いてもらいましょうか?君、何かスッキリしてないかい?」
「へ?そう言われると、胸元がスースーするような?」
「そうでしょう?だって、ほら?」
ブフォッと純平くんが私の後ろを見て噴き出した。何があるんだと私も振り返って確認すると、由良間さんの手には、なんと私のブラジャーが!
「!!!す、すごおおお?!えっ、全然取られた感覚なかった!!すごおおお!!」
「はしゃぐなバカ!おいあんた!ちょっとそれは」
ガシャン、と、乱れた場を切り裂くようにグラスの割れる音が響いた。見ると、遥一くんがコップを落としたらしく、すみませんと静かにガラスの破片を拾おうとしている。
由良間さんは邪魔をされたと感じたのか、ちっと舌打ちをして遥一くんに「気をつけろ」と苛立ちまぎれに言うが、遥一くんは立ち上がって、よそゆきの笑みを浮かべた。
「ところで先程あなたが持っていたモノ、今も同じモノですか?」
「え?いってえ?!な、なんで薔薇が……!」
「面白い余興でしたよ。次はもう少し品のあるマジックをお願いしますね」
遥一くんに指摘されて、由良間さんが私のブラジャーを持っていたはずの手を開くと、いつの間にか薔薇と入れ替わっていて由良間さん自身も驚いているようだった。ということは、これは遥一くんがすり替えたのだろうか。タイミングとしては、コップを割って、音にみんなが反応している間くらいしか思いつかない。いや、それでもとんでもない早業なのだけど。
由良間さんが憤慨しながら車両を出ていくと、お客さんからは遥一くんへ拍手喝采が巻き起こった。私も興奮して拍手をしていたら、純平くんに頭を叩かれてしまう。
「あたっ!なんで叩くのさ?!」
「お前少しは恥じらいを持てよ!男にブラ盗られてんだぞ!って、高遠、優姫のブラは?」
「もう水瓶さんのポケットに返してあるよ。水瓶さん、さっきのは手品なんかじゃない、ただのスリだ。嫌な事をされたらきちんと怒るべきなんだ」
「は、はい……」
怒られた……としょんぼりしていたら、明智さんが肩を揺らして笑っているのが見えた。こ、この野郎……!
「うちの団員がごめんなさいね、お嬢さん」
ポンっと肩を叩かれて、振り返るとその手には一輪の薔薇があり、それを差し出される。団長の近宮さんだ。突然の有名人にしどろもどろになりながら受け取り、お礼を言うのが精一杯だった。
「そ、そんな、その、ありがとうございます、へへ」
「そちらのお客様も、素晴らしい手際だったわ。将来はマジシャン、に……」
「……ありがとうございます」
へへへ、なんて純平くん曰く気持ち悪いを笑い方をしている間に、近宮さんが遥一くんにも声をかけるのだが、何故だか固まってしまった。対する遥一くんも、どこか余所余所しい。先に我に返った近宮さんが、「本日のショーはこれまで!」と車両内のお客さんに挨拶をすると、明智さんを引っ張ってどこかへ行ってしまった。なんだなんだ?
「明智さん、近宮さんと知り合いなのかな?」
「さあ……高遠も知り合いみたいだけど、イギリスで会ったとか?」
「まあ、そんなところかな。それよりも水瓶さん、早く身なりを整えてきたらどうだい?」
「あ!忘れてた!それじゃつけ直してくる!遥一くん、ブラ取り返してくれてありがとね!」
「大声で言わなくていいから」
「さっさと行ってこい!」
寝台車の方へ戻り、ベッドの上に上がるとカーテンを閉めてブラを付け直す事にした。というか、カーテンを閉めておかないと純平くんにとても怒られるのである。思春期かな?
「それにしても一体どうやって取ったんだろ……マジシャンって凄いんだなー」
よいしょ、とベッドから降りた私は身なりを整えて、また食堂車の方へ戻ろうと思ったのだが、ふと良い香りがして足を止める。窓の外からだろうか。それとも廊下から?
「なんだろ、これ。花の香り……あ、さっき嗅いだ薔薇のかな」
窓の外かなーと覗きに行こうとした瞬間、不意に背後から何か気配がして咄嗟に持っていた鞄で防ぐ。ズシリと重たい感触がする。鞄の横から私を襲ってきた何者かを見ると、顔に奇妙な面を被りマントを羽織っていたため、性別すらわからなかった。ふと、頭を過ぎるのは明智さんが見せてくれた脅迫文。まさか、こいつが。
「死神マジシャン?!うわあっ?!」
どこからか、バンっと何かが爆発する音が聞こえた。あれは食堂車の方だ。一体何がと思わずそっちに視線を逸らしたら、その隙に鞄ごとひっくり返されてそのまま部屋の中へ押し返されてしまった。
「どわーっ?!こ、このやろっ!!」
すぐに立ち上がって部屋を出るも、もう廊下には姿形もなく見事に逃げられてしまった。くっそーと悔しく思うが先程の爆発音も気になり、髪を結び直すとひとまずそちらへ向かう事にした。
「純平くん!遥一くん!何があったの?!」
「優姫!今、死神マジシャンから電話があったんだ」
「うええ?!」
死神マジシャンは、剣持さんのポケットにいつの間にか入っていた携帯に電話をかけてきたらしい。爆弾を仕掛けたがアトラクションと間違われては心外だ、と私達が注文した薔薇のサラダを爆発させてみせ、笑いながら電話は切られたという。
そして警察の判断で、この列車は通過点だった貨物駅に緊急停車する事になった。
バタバタとみんなが車両から降りて離れた場所へ避難していくなかで、ふと幻想魔術団の人達の姿が目に入った。
見習いマジシャンだというさとみさんが人形を落としてしまうと、それを見てウォーターマジックの夕海さんが怒って、それをカードマジックの左近寺さんがからかっている。
その後ろでスタンダップマジックの由良間さんが今にもキレそうな顔をしており、サイコマジックの桜庭さんが少し震えていた。荷物を抱えたマネージャーさんが駆け足で団長の近宮さんのところに行くのを見て、ふとファイヤーマジックの山神さんの姿がない事に気がついた。
「ねえ遥一くん。幻想魔術団の人、一人足りないね?」
「!……本当だ。この騒ぎだから、どこかに紛れているのかもしれないけど、少し気になるな」
「はっ、もしまだ車両に取り残されてるなら、探しに行かなきゃ!!ぐえっ」
「落ち着きなさい」
反射で駆け出そうとした私の首根っこを、明智さんに引っ張られ蛙のような声が出てしまう。隣では遥一くんもやれやれみたいな顔をしているので、明智さん側のようだ。
「おそらくこの爆弾騒動は犯人の虚言でしょう。何より、君は普通の女子高生なのです。そうやって正義感を持つのは君の美徳でしょうが、まずは自分の身を案じなさい」
「は、はーい……また怒られた……今日めちゃくちゃ怒られる……」
「全部危機感のないお前が悪いからな?とはいえ、明智さんのいう虚言って、どういう事なんすか?」
「薔薇のサラダの爆発のタイミングですよ。電話がかかってから、会話の流れで薔薇のサラダは爆発した。まるで間近で見ながら操作しているようでした。自分の乗っている列車に爆弾を仕掛ける犯人などそうそういないでしょう」
「つーことは、もうこの中に死神マジシャンが紛れ込んでるって事で……」
純平くんがチラチラと避難している人達を盗み見るも、当然それっぽい人間などいない。それっぽい人間……そういえばそれっぽい人間に会ったな私?!というか襲われたな?!
「もうすぐ犯人の指定した時刻ですね。一体何が起こるのか……」
明智さんがそう言い、剣持さんがごくりと息を呑む。爆弾が本当に積まれてないとして、それなら犯人は一体何の目的があってこんな事をするのだろう。ふとそんな事を考えていたら、列車の方からドンと何かの破裂音が聞こえた。大きな音だったので、思わず体が飛び跳ねてしまうが、その後聞こえた音は、まるで花火の発射音のようだったのですぐに顔を上げる。
上空でパンと何かが弾けると、周囲にハラハラと花びらが舞い散った。遥一くんがそれを手に乗せているのが見えて覗き込むと、薔薇の花びらだというのがわかった。同じように花びらを掴んだ明智さんも、それが薔薇だと分かり少し感嘆したような息を吐いた。
「薔薇の桜吹雪ですか。なかなか気の利いた事をしてくれますね、死神マジシャン」
「いやいや!薔薇のイメージ悪くすんのやめてほしいっすよ!薔薇っていったら」
「遥一くんだもんね?!」
「サラダの時も思ったけど、君達の中で僕のイメージは薔薇なのかい?」
列車内に爆弾が無いことが確認されると、列車は通常通りに終点死骨ヶ原へ向けて走り出した。途中で乗客の大半が降車していき、残った客は死骨ヶ原のステーションホテルで行われるマジックショーの観覧者達がほとんどだ。
気を取り直して、また薔薇のサラダを注文したら明智さんにため息を吐かれてしまったのは腑に落ちない。食べたいから食べるのだ。
「すごー!花びらおいしー!なんで薔薇が食べられるんだろー?!」
「能天気だなぁお前は。お、マジだ、普通にうめえ!高遠も食ってみろよ!」
「君も大概能天気だよ霧島。……ところで明智さん」
「なんですか?」
「爆弾騒ぎの前に近宮さんと何か話していましたが、お知り合いなのですか?」
「気になりますか?」
「……」
「ふふ、ええそうです。彼女とは数年前から知人として仲良くしていましてね。今回の脅迫文の事についてと少しの雑談をしていたんですよ」
「そうですか」
明智さんがあの近宮さんと友達だって事も驚きだけど、遥一くんが誰かを気にするなんて珍しい。はっ、もしかして!
「遥一くん、近宮さんと話がしたいの?」
「え」
「藤枝先輩と一緒でファンなんだね?!私もお話してみたいし、今から尋ねてみようよ!よーし、善は急げ!私近宮さん探してくるねー!!」
「はあ?!いやお前、まだ死神マジシャンがどこにいるかもわかんねえのにうろうろすんな……あーもう、待てっての!」
「……彼女が心配なので、僕も席を外します」
「わかりました。なるべく早めに戻ってきてくださいね」
私の後を追ってきた純平くんに怒られながら、合流した遥一くんも含めて三人で幻想魔術団の皆さんを探しながら列車内を歩いていたら、お酒が飲めるエリアで近宮さんを見つけた。
「あ、あの近宮さっ、ほぎゃあ!」
「うわっと!」
よし行くぞーと前に出た瞬間、横からぬっと出てきた人にぶつかり、盛大に尻餅をついてしまう。今日転んでばっかりだなくそう。
「悪い悪い。大丈夫か?」
「あ、はい。私こそ前見てなくてごめんなさい」
「ん?君ってたしか、由良間さんにブラ取られた子じゃん」
差し出された手を握って立ち上がり、起こしてくれた人の顔を見ると、幻想魔術団のマネージャーさんだろう人だった。その後ろで私達のやりとりに気付いた近宮さんが駆け寄ってくるのが見える。
「ちょっと金田一くん。何して……あら、さっきの!」
「あ、団長!いやあ、俺がぶつかっちまって転ばせちゃったんすよ。つーか、ここまで乗ってるって事は幻想魔術団のショーを見にきたのか?」
「はい!私マジック大好きなんでめちゃくちゃ楽しみです!あ、私は秀央高校の水瓶優姫っていいます!こっちは純平くんで、こっちは遥一くんです!」
ざっくりしすぎだろ、と純平くんに呆れられる。それから姿勢を正すと、純平くんと遥一くんは礼儀正しく挨拶をし直した。
「同じく秀央高校一年、霧島純平です!」
「高遠遥一です」
「優姫ちゃんに、霧島君に高遠君ね。俺は金田一はじめ。幻想魔術団の新人マネージャーやってます!ちなみに優姫ちゃんはどっちかと付き合ってたりすんの?」
「しないっすねー!俺らにも選ぶ権利あるんで!」
「ノーコメント」
「おいこら二人とも!!そこは照れるくらいあってもいいのでは?!」
「ふっくくっ……ふふふっ!」
私達の自己紹介を黙って聞いていた近宮さんは、噴き出したように笑って肩を揺らしていた。何故かはわからないが、私達の会話が面白かったらしい。
それから吹っ切れたように顔を上げて、にこりと微笑んだ。どこか楽しそうな表情をしている。
「改めまして、幻想魔術団の団長の近宮玲子です。三人は、明智さんのお友達なのよね?どこで知り合ったの?」
「えっとですねー、雪山探索ツアーに三人で参加した時に……」
テーブル席に四人で座って、主に私が学校での話や明智さんとの話を沢山話して近宮さんに聞かせた。近宮さんもすごく楽しく話を聞いてくれて、どこか遥一くんも柔らかい雰囲気になっていたように思う。やっぱりファンだったのかな。
純平くんや立って話を聞いている金田一さんに突っ込まれつつ話に花を咲かせていたら、少し小走り気味に誰かが私達のいる車両に駆け込んできた。
見れば、息は切らしてはいないが少し焦った顔をしている明智さんだった。私達を見てホッとしたように表情を緩めた姿を見て、何事か起きていると察する。
「よかった、三人とも揃っていますね」
「何かあったんすか、明智さん」
「ええ、今死神マジシャンから電話がありました。死のマジックショーの舞台は、コンパートメント三号室だと。君達はここにいてください。これから剣持君と確認に行きます」
「三号室って、私達の荷物を置いてるところよね、金田一くん」
「そ、そうっす。さっきさとみちゃんがパフォーマンスに使った荷物片付けるって向かって行ったばっかりで……」
きゃあああああ……
どう考えても、嫌な事が起きているであろう悲鳴が聞こえた。即座に駆け出す明智さんとその後ろに続く剣持さん。反射で思わず私達もその背中を追いかけてしまう。
「どうした?!」
「さとみ?!」
3号室の前でへたり込んでいるさとみさんを見て、いつの間にか合流した左近寺さんと夕海さんが声をかけると、さとみさんは震える手で部屋の中を指差した。
その先を辿り、私もみんなと同じように中を見ようとしたら誰かに目を塞がれてしまう。大きな手だから、明智さんか剣持さんだろうか。わたわたしながら腕を掴んだら、大人しくしてろと剣持さんの声に言われたので剣持さんのようだ。
「なになに?!何があったんです?!」
「ウソだろ、山神さんが死んでる!!」
「えっ?!し、死んでるって聞こえたんですけど?!どういう事?!」
「剣持君、彼女達をこの場から離して……ん、何だこれは」
シュー、と空気が漏れるような音が聞こえる。何の音だろう。
「まさか、爆弾?!」
「キャーッ!!」
「早く隣の車両へ逃げろ!!」
「爆弾って何の話?!わきゃー?!」
バンと扉が乱暴に閉められる音がしてようわく手を離されたと思ったら、今度は抱えられてどこかへ連れて行かれる。周囲を見渡してみれば、みんなが逃げ惑っていて、トイレの中に隠れる人もいた。私は隣の車両まで放られて、近くにいた遥一くんが私の頭を掴んで地面に強引に伏せさせる。
その瞬間、パンパンと今度は何かが破裂する音が、閉じられた部屋から鳴り始めたではないか。まさか本当に爆弾があったのだろうか。ブルブル震えながら地面に伏せていたら、音が鳴り止み辺りはしんと静まり返った。
困惑したままの私はといえば、遥一くんに押されられていた手をそっと離されて、身体を起こされる。
「水瓶さんは危ないからそこにいて」
「う、うん。気をつけてね?!」
部屋の確認に向かう明智さんに続いて遥一くんと純平くんが向かうのを、近宮さんと一緒に見送ることしかできなかった。
死体があったと言っていた。みんなはきっと、私にはそれを見せないように気を使ってくれている。けど、なんだか役立たずみたいだ。いや、みたいではない、実際役立たずなのだろう。
死人が出たかもしれないのにそんな事を考えてしまう自分にも嫌悪しながらしょんぼりしていたら、ポンポンと近宮さんが頭を撫でてくれた。
「貴女は、ここであの子達を待つのが役目よ。それは、きっと貴女にしか出来ない事なんだから」
「近宮さん……」
「大丈夫。明智さんもいるし、霧島君も……高遠君もいるんだもの。絶対に犯人を捕まえてくれるわ」
「っ、はい!」
さすがに鈍い私でも、近宮さんと遥一くんには何かあるのだろう事は気がついていた。もしかして、なんて思ったりもしたが、きっとこれは、私が踏み入っていい話ではない。けど、こうやって話をしてみて思うんだ。きっとこの人は、マジシャンの道を選ばなければ優しい母になる事もできたはずの人なのだ、なんて。
「山神さんの死体は、跡形もなく消えていました。あの破裂音は風船が割れた音で間違いないでしょう。死神マジシャン曰く、このマジックのタイトルは『天外消失』とのことです」
剣持さんが駅で北海道警察の人達と一緒に荷物検査をしている中、私達三人は明智さんとホテルのチェックインをしていた。というのも、明智さん的には休暇で来ているから、あれ以上の現場検証は剣持さん達に任せるという事らしい。それでいいのか刑事さん……。
ロビーでホテルの鍵を受け取りつつ、純平くんがさっきの様子を思い浮かべているのか、面白くなさそうに唇を尖らせた。
「マジック、ねえ。死神マジシャンなんて名乗るくらいだから、マジシャン気取ってんだろうな」
「けど、死体消失のタネがまだわかっていない」
「ま、まあそうなんだけどさー。いや、高遠でもわかんないってなると、まじですごいマジシャンだったりすんのかな、優姫」
「うーむ、マジシャンレベルで遥一くんが負けるとは到底思えないけど、明智さんもわかってないみたいだし、今回の犯人は強敵なのかな、純平くん」
純平くんとそんなやりとりをしていたら、おそらく負けず嫌いなのだろう明智さんと遥一くんがニコリと微笑んだ。いつもなら薔薇が咲くかの如く麗しい光景だが、今はとても恐ろしい笑みに見えてしまいブルリと体が震える。とても怖い。
笑顔の威嚇が終わると、明智さんはふうとため息を吐いた。
「とにかく今は単独行動はしないこと。三人は荷物を部屋に置いてから私の部屋に集まってください」
「はいはい!私の部屋は純平くんと遥一くんと一緒の部屋ですか!」
「もちろん違います」
「うわああん!!じゃあ明智さん一緒の部屋に泊まりましょうよー!!殺人事件があったかもしれないのに一人はやだー!!」
「まあ、今回は保護者としてそれもありかもしれませんね?」
チラリと明智さんが純平くんと遥一くんを見る。何のチラ見なのかはわからないが、私はやったー!と明智さん側に行こうとしたら、純平くんにビシッと頭にチョップされてしまった。
「あいたー!!なんで?!」
「男と!個室に二人きりという状況に!危機感を覚えろっての!!」
「保護者じゃん!明智さんお父さんみたいなもんじゃん!!」
「え、お父さん……?」
ブフッと珍しく遥一くんが噴き出し、明智さんはボソリボソリと「お父さん……」と呟いていて何だか不思議な空間になってしまった。
結局、明智さん、私、純平くんと遥一くん、と言った並びで部屋を当てがわれてしまい、何かあったらどちらかに駆け込むようにと言われて一度解散をすることになった。今度こそ枕投げができたらと思っていたが、仕方ないとあまり多くない荷物を運ぶことにして部屋に入る。
外観からすでに格調高いホテルだったが、中も綺麗でこんな機会でもなければ来ることはなかったなと、荷物を置きながらしみじみ思う。
「これで殺人事件とかなかったら最高なのになー。……あ、そういえば列車で私を襲ってきた死神マジシャンっぽい奴の話、まだ明智さん達にしてなかった……」
また純平くんに怒られてしまう、と少し頭を抱えたが、とにかく今は明智さんの部屋に向かう事を優先して急いで支度しよう。といっても、貴重品をポシェットに入れるくらいしかないのだけども。
財布をテーブルの上に乗せた時に、備え付けのホテルの案内がチラリと見えた。ここでは荷物の受け取りや配達ができるらしい。そういえばこのホテルには三日に一本しか列車が通ってないって、明智さんが言ってたっけ。たしかに部屋の前に大きな荷物が置いてあったりしたし、長く滞在する人とかはそうやって必要なものを配送してたりするんだろうなぁ。あれ、でもあのカバンって、誰かが同じものを持ってたような。
コンコン
「優姫ー!まだ準備できてねえのー?」
「あ、はーい!出来た出来た!今出るよー!」
「たく、遅え……はい戻って」
「なんでー?!!」
扉を開けると、私の姿を視認した純平くんが秒で扉を閉めてきて部屋の中へ返された。ドアノブを回すも反対側から抑えられているらしく開かない。
「なんでなの純平くんんんん!!!」
「髪結んでから出てこい!」
「あ、そういえばさっき上着脱いだ時に取れた気がする」
そう、このように小さい頃から純平くんはとにかく私に人前に出る時は必ず髪を結べと言ってくるのだ。身だしなみにうるさい幼馴染である。
扉の外では。
「……高遠、今の見ちゃった?」
「……驚いたな。今の、本当に水瓶さんか?言われなければ本人だとわからなかったよ」
「そうなんだよなー。昔からあいつ、何故か髪下ろすと別人に見えるんだよ。しかもそれが美人に見えるもんだから変なのが付き纏って大変で……だから高遠もこの事は内緒な!」
「別に構わないけど、一つ聞いていいかい?」
「うん?」
「初めて髪を下ろした彼女を見た時、霧島はどんな反応をしたんだ?」
「……5歳くらいだったから、知らない女の子が来たと思ってドギマギしながら初めましてって言って優姫に盛大に大泣きされました」
「ふ……ふふ」
「あーもう!明智さんに言っちゃダメだからな!他の人にも!」
「わかってるよ」
身だしなみを整えてもう一度部屋を出ると、純平くんに上から下までチェックされた後、よしと頷かれオッケーをもらった。純平くんが一番私の保護者かもしれない。
プルルルル
明智さんの部屋に到着し、三人で部屋に入ったと同時に犯人から送られたという電話が鳴り始めた。明智さんがそれを取ると、スピーカーにしてみんなに聞こえるようにしてくれる。
『ようこそ、死骨ヶ原へ。皆さんがお探しの山神ですが、たった今お返ししましたので、どうぞご確認を。ふふ』
死神マジシャンはたったそれだけを告げると、電話は切られてしまう。返した、とはどういう意味だ。誰かが口を開こうとした時、外の廊下から悲鳴が聞こえた。慌てて廊下に飛び出すと、奥の個室の前で尻餅をついて怯えている幻想魔術団の桜庭さんの姿が見える。
「だ、誰か……山神さんが……!!」
その言葉を聞いて、明智さんと遥一くんが勢いよく奥の個室の扉を開いた。遅れて純平くんと私も覗き込む。
見えた光景に、悲鳴すら飲み込んでただ衝撃に目を見開くことしか出来なかった。
死体だ。バラバラになった首や手足を紐で繋ぎ止めて、ねじれた人形のようになってしまった山神さんの死体が、天井から吊り下げられている。
こんな、残酷な殺し方ができるなんて、犯人は一体、どんな理由があって。
「っ、水瓶さん。これ以上見てはいけない」
遥一くんの綺麗な手が、私の目元をそっと塞いだ。視界が閉じた事でようやく現実に戻ってきた気がして、私はようやくいつも通り呼吸をすることができた。
「幻想魔術団のショーは、予定通り行うそうです」
あれから警察が来て慌ただしくなったホテルでは、今日のマジックショーは中止だろうと客の間で噂されていたが、部屋に戻ってきた明智さんは、少し疲れた様子でそう言った。一緒に戻ってきた遥一くんもやれやれといった様子である。
「近宮さんの判断です。犯人に屈することはしない、そして何より、今来ているお客様を明るくするためにもショーを行うと。彼女、マジックに関しては頑固なところがありますからね」
「そうなんですね……でも、楽しみにしてたから、ショーが見れるのは嬉しいな」
へへっと笑ったら、明智さんは何だか神妙な顔つきになってしまった。それから、ベッドに腰掛ける私の前に屈んで目を合わせて、今度は辛そうな顔をした。
「……怖いものを見せてしまいましたね。私も軽率でした。貴女を含め、君達はまだ子供だというのに事件に巻き込んでしまった。本当に申し訳ありません」
「えっ?!あ、いやいや!!そもそも私は無理矢理ついてきたところあるし、殺人事件とか、死体とか怖かったけど!でも大丈夫です!こっちには名探偵高遠遥一がいるんです!今回の事件だって、パッと暴いてくれます!ね、遥一くん!」
「そうだぜ!むしろマジック仕立てで事件起こすなんて、高遠への挑戦みたいなもんだし!犯人暴いてやろうぜ高遠!」
「……ああ。霧島の言う通り、これは僕に対する挑戦として受け取るよ。この不可解なマジックのタネは、必ず僕が暴く」
口に手を当ててそう言った遥一くんは、いつもより少し怒っているように見えた気がした。
幻想魔術団のマジックショーは、ホテルの敷地内にある大きな池の真ん中に建っている劇場で行われる。時間になったのでみんなで橋を渡って劇場の中に入ると、殺人事件があったにも関わらずほとんど満席になっていたので驚いた。
「霧島、水瓶さん、明智さんと少し確認したい事があるから、先に席に座ってて。ショーが始まる前には戻るよ」
「おう、わかった」
「良い席探しておくね!」
とはいえ、すでに席はかなり埋まっている。どこかに四人座れるような席はあるだろうか。
「失礼、水瓶さんと霧島君、だったかな?」
キョロキョロしながら空いた席を探していたら、ホテルの案内をしてくれて支配人さんが声をかけてきた。そうですと頷いたら、支配人さんは合っていてよかったと安堵したように微笑んで、真ん中より前の四つ空いている席を指差した。
「近宮さんの計らいで、あそこに君達四人の席を予約席として取ってありますよ」
「えっほんとに?!しかもめちゃくちゃ良い席じゃん!でも、なんで近宮さんが?」
「お客様はもちろんのこと、友達にはもっと楽しんでほしいからと仰ってました。彼女のショーは本当に素晴らしい。一緒に楽しみましょう」
「!はい!楽しみます!!純平くん行こっ!!」
「行くから引っ張んなって!」
近宮さんは明智さんの友達だし、もしかしたら、列車の中で私が凹んでいたのを覚えてて、楽しんでほしいと思ってくれたのかもしれない。近宮さんの弟子である山神さんは亡くなったけれど、それでもショーを行うのは来てくれたお客さんに笑ってほしいからだ。ここでショーを止めてしまったら、犯人の思うツボだ。いや、犯人が何を思って幻想魔術団にこんな酷い事をするのかわからないが。
「よし、ショーを全力で楽しむぞ!ふんふん!」
「お前が気合入れる必要ないだろ……」
席について気合を入れる私に呆れる純平くんは、それから何かを耐えるように目を細めて、はあ、と息を吐き出した。
「なあ優姫、俺の推測では、犯人は頭の切れる知能犯だと思う」
「え?」
「殺した死体をマジックショーの道具として扱って、驚く観客を見て楽しんでる。きっと犯人は、フツーのフリをするのをやめて自分の中の凶気を受け入れたんだ。……俺も、そいつと同じで、本当は」
「ていっ」
「いてえ!何すんだよ!」
いつもされているチョップを純平くんにもお見舞いしてやれば、ムキになってこちらを向き直る顔を掴んで覗き込む。純平くんが驚いたように目を見開いて固まるので、バカだなあと鼻で笑ってやった。
「純平くんは犯罪者じゃないよ。私の知ってる純平くんは、私の面倒で忙しくって、小姑みたいに口煩くって、マジックに夢中!遥一くんの親友で、私の幼馴染の純平くんは、犯罪者になんてならない」
「……」
「もしなったらどんな犯罪だって遥一くんがパッと暴くし、私はもう大泣きする!そりゃもう赤ちゃんばりにギャン泣きするよ!困るでしょ?!」
「……ぷっ、なんだよそれ!まあ、お前のギャン泣きとかうるさそうだし、高遠が一緒じゃないなら犯罪者も面白くなさそうだし……今のままが一番、楽しい、かも」
「でしょー?!ふへへー」
「それにしてもお前のその気持ち悪い笑い方は高校生になっても直んなかったなぁ」
「なんだとお?!」
「コホン。お二人とも、イチャつくのは構いませんが、そろそろショーも始まりますから静かに」
「「?!?!」」
イチャついてない!と否定する前に、いつの間にか私達の両サイドに座っていた明智さんと遥一くんに驚いて二人して盛大に飛び跳ねた。そういえば純平くんの顔掴んだまま話していたんだ、とパッと離して恥ずかしがっていたら、私と同じように驚いて胸を抑えている純平くんに、隣に座っていた遥一くんが静かに話しかける。
「霧島」
「うおっ!な、なに?!」
「君が犯罪を犯したら、水瓶さんの言う通り全て暴いて容赦なく警察に引き渡して牢獄に突っ込むよ。面会も期待しないでほしい」
「マジで容赦ねえ……」
「僕自身、内にある得体の知れない何かに対して決着はついてないけど、君が抗うというなら付き合おう。さすがに僕も、親友になり得そうな友人を犯罪者として暴く経験はしたくないからね」
「!!た、高遠ぉーっ!そこは親友って言っとけよおー!!このこのーっ!!」
「近いから離れて」
「よくわかりませんが、今何かのターニングポイントだったような気がしますね。おっと、ショーが始まりますよ」
「わー!ドキドキするぅー!」
思い切りハグして遥一くんに顔を押し退けられている純平くんは放っておき、明智さんの言葉に促され劇場のステージに視線を向ける。スポットライトがステージの真ん中へ当たると、団長である近宮さんが出てくる。そして弾幕が上がり、ショーは始まった。
近宮さんの挨拶で始まった幻想魔術団のショーは、それはもう凄かった。夕海さんの水槽からの脱出も、桜庭さんの叩いていた楽器が宙に浮かぶのも、左近寺さんの選んだカードが空から降ってくるのも全部凄くて、事件も時間を忘れて大いに楽しんで拍手を送った。
隣で純平くんが「今のわかった?」と遥一くんに聞いて「まあね」と返されて凹んでいたので、後でからかってやろう。
「さて!次はお待ちかね、我が幻想魔術団が誇る『生きたマリオネット』だよ!」
だよー!とさとみさんの肩に乗る人形のロバートが語尾を真似て怒られている。腹話術だと思うのだが、一対一で会話しているようにしか見えずやはりプロは凄いと感嘆しながら手を叩いて笑った。
そして始まった生きたマリオネットは、本当に生きているようだった。操り糸を切ったあとは自分の意思で動いて、遊んで、本当に自由になったように見えた。語彙なんてなくして凄い凄いとはしゃいでいたら、隣では先程までとはうってかわって遥一くんも真剣な表情で純平くんと一緒に考察しながら舞台を見ていた。あれはあれで、きっと楽しんでいるのだろう。多分。
プルルルル……
マリオネットが椅子に座り、舞台が終わろうとしている中で、明智さんが膝に乗せていた電話が鳴り始めた。楽しかった空気が、ピリッとした緊張感に包まれる。
『いかがですか?幻想魔術団のショーは?おや、生きたマリオネットはもう終わりのようですね。でも、本当の楽しみはこれからですよ』
「死神マジシャン……!貴様、一体何をする気だ!」
『死のマジックショー第二幕です。滅多に見られない大マジック、とくとご覧あれ!』
明智さんが何か返そうとするも電話は切れ、それと同時にあたりの照明も落ちて劇場内は一瞬にして真っ暗闇となった。
突然暗くなった事に他のお客さんも驚いてざわついていて、私も同じように慌てていたら、遥一くんが立ち上がって明智さんの方を向くのがぼんやりと見えた。
「明智さん、これは?!」
「おそらく死神マジシャンの仕業です。何が起こるかわかりません、早急に避難を」
パン、と照明が点く。スポットライトの当たった先は、ステージの真ん中、マリオネットが一休みと座った椅子だ。
だがそこには、マリオネットはいない。いたのは、胸にナイフが突き刺さった、由良間さんだった。