午後のローズティー(金少)
DREAM
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一日目。
「今日からマジック部の護衛をすることになりました!剣道部の水瓶優姫です!よろしくお願いします!」
事の発端は昨夜のこと。部活が終わって帰路についていた私は明日の課題用のノートを教室に忘れてきた事を思い出して慌てて学校へ戻った。
すると同じく学校へ入っていく女子生徒を見かけて、見た事のある顔だと凝視してみたら、全日本学生マジックコンクールで優勝をした、藤枝先輩だとわかった。手品が大好きな私は握手だけでも!と思い教室に行くのも忘れて彼女の後を追い、部室まで到着すると扉には鍵がかかっており、鍵穴を覗いてみたら中で襲われている彼女を見つけてしまう。
どうにか扉を蹴り破り、持っていた竹刀で彼女の首を絞めている腕を叩き落とすと、何者かは私を押し退けて部室を出て行った。盛大に尻餅をつく私の側で、藤枝先輩もゲホゲホと咽せている。どうやら無事のようだ。よかった。
藤枝先輩は私にありがとうと沢山感謝をしてくれて、その腕を見込んで頼みがあると言ってきた。それが冒頭のセリフに繋がるのである。
昨夜の状況を簡単に説明した後、私が挨拶をすると、当然マジック部の面々はポカンとなっていた。
最初に正気に返ったのは、私の幼馴染の霧島純平くんだ。マジック部に入ったとは聞いていたので、ほんとにいる!と手を振ったら「あほ!」と返されてしまった。それから藤枝先輩に向き直る。
「いやいや!護衛よりも警察に言う方が先じゃないっすか?!」
至極正論である。私もそれを進言したのだけど、藤枝先輩曰く。
「ダメよ!これは計画的犯行なのよ。あの時部室には鍵がかかっていて、私は鍵を開けて中に入った。その時用心のために中から鍵をかけておいたわ。なのに、襲われた。つまり、何者かが私の鞄からパスケースを抜き出し部室に置き、取りに戻ってくるのを待ち構えていたということ。この学校の中に犯人はいるのよ!それなら、私達で捕まえましょう!マジック部の誇りにかけて!」
「マジック部関係なくないか?」
「関係ないよな」
こそこそと片倉先輩と荒木田先輩、黒江先輩が話しているのを聞こえているのかいないのか、藤枝先輩はニコッと笑って私の肩を叩いた。
「というわけで、水瓶さんよろしくね」
「了解です!腕によりをかけて皆さんの事守りますよ!ふん!」
「使い方間違ってんだろ。高遠、あいつめちゃくちゃうるさい上にミーハーだから気をつけろよ」
「純平くん?!高遠くんに変な事吹き込むのやめてくれる?!」
「わかった、気をつけるよ」
「わかっちゃったの?!やだー!同じ学年だし友達になろーよー!!」
「あっこら!高遠に擦り寄るなー!」
純平くんにペシペシ叩かれながら高遠くんに握手を求めると、高遠くんは何かを思案した末に、私の前で拳を握る。
え、グーで殴られます?なんて物騒な想像していたら、その手はパッと開かれ、薔薇が一輪飛び出した。それを私に向けて、少しだけ微笑む。
「血のように真っ赤な薔薇をどうぞ」
そうだ、ここはマジック部。みんな手品が出来るのである。手品大好きな私は、見事に堕とされてしまい、この後高遠くん、もとい遥一くんに付きまとうのだった。
二日目。
「高遠!マジック部行こうぜ!」
「遥一くん!マジック部いこー!」
「二人とも、そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるから」
純平くんは教室の中で、私は廊下から教室の中へ向けて遥一くんを呼んだら、やれやれとため息を吐かれてしまった。
部室への道のりの途中、純平くんが私の頭をトントンと小突いてくる。
「そもそも、お前剣道部だろーがよ。部活やんなくていいの?」
「そっちは藤枝先輩が顧問の先生に話したみたいで、ひとまず一週間レンタルって事になったんだよー。マジック部は優秀な生徒ばかりだし、手品のレベルも高いから先生達も無碍には出来ないんだよ多分」
「お前剣道だけは優れてるもんなあ」
「だけは?!だけはって言った?!」
フフ、と、隣で小さく笑う声が聞こえた。思わず純平くんと二人で振り向くと、遥一くんが口元に手を当てて明後日の方向を向いている。
「え、今笑ったよね?!遥一くん笑ったよね?!」
「今のは苦笑いじゃねえよな?!確実に笑ったよな?!」
「騒いでないで部活に行くよ二人とも」
スタスタ早歩きで進む遥一くんを追いかけながら、私と純平くんは部室に着くまでウザ絡みをするのだった。
その日は部活動が終わるまで竹刀を持って部室の前に仁王立ちをしたり素振りをしたり、たまに椅子に座ったりして待っていたら、あっという間に時間は過ぎ、下校時間となった。
お疲れ様、とみんなが帰っていくのを見届けてから、私は部室の中に入る。前回不審者がいた事、意図的に物を置かれてそれを取りに戻ってきた人間を襲おうとした事から、中に誰も残っていないか確認する必要があった。一通り回って、少し待機したりしたがとくに何もなく、大丈夫そうだと外も暗いし自分も帰ろうと思ったのだけど、ふと視界の端に見覚えのある鞄が見えた。
「あれ、これって……」
たしか、昨日遥一くんが部活用に用意したマジックバックだと言っていた少し小さいアタッシュケースだ。その上に、財布がある。誰かの忘れ物だろうか。
その時、背後から何かがくる気配がして咄嗟に持っていた竹刀で受け止めた。私に向かって振り下ろされたそれは、片槌だった。
一体誰だと姿を見るも、黒いフード付きマントを羽織り、その顔は不気味な仮面で覆われていて男か女かもわからない。
「お前が藤枝先輩を襲ったやつなんだな?!この財布、まさか遥一くんの?!今度は遥一くんを襲おうってこと?!」
マントの何者かは何も答えない。押してくる片槌をどうにか押し返して、入り口を塞ごうと扉へ向かおうとしたら、マントの何者かは私には目もくれず、今度はその金槌を遥一くんのアタッシュケース目掛けて振りかぶった。
「おい優姫!いい加減目を覚ませよ!」
名前を呼ばれて、ぼんやりした意識が浮上する。今の声は、純平くんだ。手を動かすと、ポスポスと柔らかい感触がした。布団だろうか。ゆっくりと視界を開くと、少し焦った顔の純平くんが私の顔を覗き込んでいた。
「純平くん……?」
「っ、はーっ!!マジ、焦らせんなよお前……」
「何の話……いったあ?!え、めちゃくちゃ頭痛いんだが?!」
「頭を殴られてるからね」
起き上がると途端に痛む頭に混乱していたら、部屋に入ってきた遥一くんが淡々とそう教えてくれた。マジか、そういえば殴られたような気がする。というか、ここ保健室なのか。
「お、高遠。おかえり。部室どうだった?」
「やっぱり僕の財布があったよ。どうやら懲りずに同じ手口で誘い込もうとしたみたいだ。もしかしたら、水瓶さんが部室内を念入りに調べるとは思ってなかったのかもしれないな」
「なんだとー?!私は受けたからにはきっちり仕事をこなすんだが?!あたた……くっそー犯人めーっ!次こそは私の竹刀が火を吹くからな……!」
「そんな仕込みねえだろ……優姫も起きた事だし、今日は一旦帰ろうぜ」
純平くんの言う通り、ひとまず帰る事にしようとベッドから降りようとしたら、遥一くんに手を差し伸べられた。頭が痛いと言ったから、手伝ってくれるらしい。せっかくなのでその手を受けて、ゆっくりベッドから降りる。頭はまだ痛むが、被害が出ていないのなら今日の護衛任務は成功だ。
そう思っていたら、遥一くんが神妙な顔をしているように見えた。
「どしたの遥一くん?」
「いや、水瓶さん。僕のマジック道具、守ってくれてありがとう」
「へ?!」
「何の話だよ?」
「彼女が倒れているのを見つけてすぐに霧島は先生を呼びに行ったから見てなかっただろうけど、水瓶さん、僕のマジック道具の側で気を失ってたんだ。後頭部を殴られている事と、保健室の先生が彼女の胸元に硬い物が当たってできた痣があったと言っていた事から、おそらく犯人は僕の鞄を壊そうとしたけど、水瓶さんが覆い被さって守ってくれたんだと推察したよ。胸元の痣はアタッシュケースの角が食い込んだんだろう」
「わあ……名探偵だ……」
「すげえ……名探偵だ……」
「君達仲良いよね。けど、これではっきりしたよ。狙われているのは藤枝先輩だけじゃない。マジック部全体、もしくは部内に潜む犯人以外の部員達がターゲットだと言う事がね」
「「なんだってええ?!」」
「君達本当に仲が良いね」
三日目。
犯人が金槌を持っていた事を先生やマジック部のみんなに話したら、よく殺されなかったなと心配されてしまった。
そこは、名探偵遥一くんの推察によると、
「彼女は殺す対象ではなかったからでしょう。一打目は血が出る程には殴ったようですが、二打目はたんこぶができる程度の力加減に落ちています。本当に邪魔であれば対象外であっても殺すと思いますが、この事から犯人は突発的に行動している事が伺えます」
ということらしい。純平くんと二人で「おおーっ」と拍手をしたら少し冷たい目をされた気がした。
「怪我させたなんて私のせいだわ。本当にごめんなさい」
「いやいやいや!私がやりますって引き受けた事ですから!それに、私も犯人に怒りが湧いてますからね!」
「え?」
「マジシャンにとって大事な道具を壊そうとしたんです!手品大好き人間として、許せないです!そうと決まったら竹刀二刀流も視野に入れて特訓しなきゃ!!私廊下にいますんで、何かあったら呼んでください!!ふんふん!!」
マジック部のみんなに敬礼をして、昨日と同様に廊下へ出る。竹刀をいつでも振れるように握ったまま椅子に座って、昨夜の遥一くんの言葉を振り返ってみた。
ー部内に潜む犯人以外の部員達がターゲット
もしそうだと仮定して、襲われた藤枝先輩、私が襲われた時間、一緒にいた純平くんと遥一くんは除外する。となると、残るは三人だけだ。サイキックマジックの片倉先輩、コミカルマジックの荒木田先輩、カードマジックの黒江先輩。
あまり話した事はないけれど、その三人の中に犯人はいるのだろうか。どうしてなのか見当もつかないけど。
(でもそれは、ちょっと嫌だなぁ)
マジックができる凄い人達の中に、人を殺そうとする人がいるのが嫌だと思った。
「水瓶さん」
「うっひゃい?!よ、遥一くん?!どしたの?!」
「部長達が、新作マジックを君にも見てほしいから中に入ってくれってさ」
「えっ?!見てもいいの?!」
「そういうことだから、さっさと入ってこいよ!」
「やったーっ!!おっ邪魔しまーす!!」
扉を開けて声をかけてくれて遥一くんの後ろから純平くんも悪戯っ子のように笑って促してくれて、私は意気揚々と部室に入ってみんなの新作マジックを心ゆく迄堪能したのだった。
五月祭前夜祭。
五月祭本祭ではマジック部定例マジックショーが披露される。マジック部のみんなもそれに向けて練習をしていたのを護衛をしながら見ていた。
あれから一週間と少し。とくに何も起こらず、五月祭前夜祭当日まで来てしまった。
さて、何も起きなかったとはいえ一年は前夜祭の全体準備で大忙しだ。
学校中の飾りつけや、キャンプファイヤーのやぐらを建てたり、とにかく忙しい。エリート揃いの学校故か、息抜きを楽しむ生徒や勉強がしたいと呻く生徒など様々だが、私は俄然前者だ。勉強ばかりでは息が詰まってしまう。
それにお祭りは大好きだ。全力で楽しむぞ、と廊下からAクラスの飾りつけをしていたら、買い出しをして帰ってきたららしい純平くんと遥一くんを見かけた。
「やっほー!!前夜祭準備楽しんでる?!」
「なんでお前はそんなに元気なんだよ。見てみろよお前のクラスメイトの顔。お前くらいだぞ、そんなニッコニコで飾りつけしてんの。俺は楽しんでるけど」
「僕は別に。それよりも、どうして君以外のクラスメイトは座って勉強をしているんだい?」
「今度の定期テストのために勉強したいって言うから、今日の準備は私が引き受けたんだよ!あ、でも何人かは飾りつけの買い出しに行ってくれてるし、一人でやってるわけじゃないよ!」
とは言うものの、買い出し組は朝から出かけたはずだが、一向に帰ってこない。もうすぐお昼だ。お腹すいた。
「……霧島、彼女はお人好しなのか?」
「そうなんだよなぁ。しかもこいつ無自覚なんだよ。多分ホイホイ連帯保証人になるタイプだぜ」
「ああ……なんかわかるな」
「ちょっと?!今不名誉な話してなかった?!あ、二人はお昼どこで食べるの?よかったら一緒に食べよー!」
「俺達はミーティングも兼ねてマジック部で集まって食べるつもり。つーか、お前剣道部だろ?集まったりしねえの?」
「あー……私、剣道部辞めたんだ!でもそっか、それじゃ仕方ないね。また護衛に行くからよろしくね!!っと、お昼買ってこよーっと!」
飾りの入った箱を端に寄せて、鞄から財布を取り出して売店へ向かう。これ以上何も起きないといいが、とにかくマジック部は私が守るぞ!おー!
背後で純平くんが何か言っているが、それを振り切って私は廊下を走りぬけた。
「……行っちまいやがった」
「何か事情がありそうだね」
「あるに決まってる!あいつ、剣道大好きなんだよ。ここに入学する時も、秀央の剣道部強いらしいから楽しみだって言ってたのに……何で辞めたりなんか」
「もしマジック部にかかりっきりで退部を勧められたのだとしたら、彼女は断らないだろう。けど、何か引っ掛かる気がする」
「引っ掛かるって、何が?」
「霧島、少し剣道部に話を聞いてみてくれないか?僕は顧問の方に聞いてみる。あ、でも昼のミーティングに遅れないようにね」
「オッケー!」
午前の時間は各々準備に使われ、午後からは前夜祭が始まるが、文化部の展示発表がメインで催しとしては大人しめだ。運動部も部員集めなどのPRをしたりする。本当は私も剣道部員として手伝う予定だったが、辞めてしまったので仕方ない。今はマジック部の護衛を私用の竹刀でやり通すだけだ。
そう思って、夕方になったのでマジック部へ様子を見に行こうとしたら、突然後ろからパシッと純平くんに腕を掴まれた。
「ようやく見つけた!ほら、行くぞ!」
「純平くん?!いやどこ行くの?!マジック部ならこれから」
「違う違う!剣道部!もう高遠が待ってんだから!」
「なんでえ?!どういうことなの?!」
純平くんに引っ張られて剣道部まで連れていかれる。困惑したまま部室に入ると、中には剣道部の部員達いた。その正面に遥一くん。いやこれ、どういう状況?
「遅かったね。ちょうど先輩達が自白したところだよ」
「マジかー!優姫がどこにいるかわかんなくて探し回っちゃったからなぁ」
「いや、二人とも何の話をして……」
「水瓶さん、君は剣道部を円満に辞めたわけじゃない。辞めさせられたんだ」
どきり、と心臓が跳ねる。先輩達を見ると、居心地が悪そうな顔をしていた。
「同学年の部員達から話を聞いたよ。君は部内でカンパし合ったお金を盗んだと犯人扱いされたそうだね」
「え、あ、その……はい」
たしかにその通りだ。部内の備品購入の為に部員みんなでカンパし合って、予定金額に到達したので一旦部の金庫に置いておき、みんなで買いに行こうという話をしていた。
しかし、そのお金がなくなった。金庫の入っていたロッカーを開けると、金庫の蓋が開かれていて空っぽの中身が露呈していたのだ。
この学校はカードキーで生徒の移動記録を把握する事ができる。お金がなくなった後守衛室に確認した先輩曰く、なくなった日の前夜遅くまで残っていた部員は私だけだったらしい。その日は、私がマジック部で殴られて昏倒した日だった。
何度も違うと訴えたけれど、聞き入れてはもらえなかった。挙句にはマジック部もグルではないかなんて言われてしまって、関係のない人達まで疑われてしまうのならもうここにはいられないと思った。辞めるように促されてそれに応じたら、先輩達が少し嬉しそうにしていたのが気になったけど、なにより疑われてしまう関係しか築けなかったのがつらかった。
そんな事を思い出して少し凹み気味に頷くと、遥一くんはいつもの淡々とした様子のまま私に分かるように、おそらく先程部員達にしたであろう推理をもう一度話してくれた。
「君は犯人じゃない。これは単純な話だよ。夜遅くまで残っていた人間が犯人という前提が間違っている。何故なら、犯人は全く同じ金庫を買って、昼間のうちに入れ替えていたのだから」
「え、えええ?!」
あの金庫、別の金庫だったの?!そう言われれば、どことなく新品っぽかったような?!
同じ金庫を扱っていたのは近所では一軒しかなく、この事情を説明して盗難事件として警察に届ければ誰が購入したかなんてすぐに分かる、と遥一くんは言う。びくりと先輩は肩を震わせていたから、本当の事らしい。
「そしてその入れ替えが出来たのは、お金の最終確認をしてから事が発覚する前日の昼までに部室の鍵を借りにきた人物。それがこちらの先輩方さ。ただ誤算だったのは、金庫の鍵のナンバーは顧問以外に君しか知らなかった事。君は徹底してナンバーを誰にも知られないようにしていたようだね。そのせいで金庫ごとお金を盗んだものの、開ける事が出来ず、ただ君を剣道部から追い出しただけになった。本当は追い詰めた時にナンバーを聞き出そうと思ったんだろうけど、見た目に反して口が硬いのは予想外だったようだ」
「反してっていうのやめて?!いや、それよりも!先輩達がお金を取ったんだとしても、本物の金庫の中にはまだお金が入ってるんでしょ?じゃ、返しましょうよ!それで、ちゃんと備品買ってください」
ね、と先輩達に言うと、パシンと頬を叩かれた。何が起きたかわからず、呆けたまま先輩の顔を見ると、ボロボロ涙を溢しながら私を睨みつけている。
「あんたのそういうところが嫌いなのよッ!!なんの苦労もなくいつもヘラヘラして!なんで顧問が新入部員のあんたに金庫の鍵のナンバーなんて重要な事任せたかわかる?!私達三年を差し置いて、期待されてたからよ!なのにマジック部の護衛に行くとか言って全教科満点合格の新入生に媚び売って、特Aクラスに幼馴染もいて?一週間も部活に出てなかったくせに、戻ってきて模擬試合したら全勝?あんたみたいに何でも持ってる奴、大っ嫌いなのッ!!」
そんな風に、思われていたのか。先輩達の当たりが強いとは思っていたけれど、はっきり言われるときついものがある。他の部員も、同じだったのだろうか。
部に対して、不誠実だったとは思っている。けれど、襲われた人を見てしまったら、解決するまで放っておく事はできなかった。そういう性分だ。だから、きっと仕方がない事だった。私が、悪かったのだ。
ごめんなさいと言おうとしたら、スッと私の前に制止するように手を出される。遥一くんだ。
「謝罪は必要ないよ。君を護衛に誘ったのはマジック部であり、騒動に巻き込んだのはこちらだ。それと、模擬試合で彼女が勝ったのは努力の成果だよ。護衛中も素振りを欠かさないのを知っているし、幼馴染の彼曰く夜遅くまで庭で竹刀を振っていたそうだ。才能があったのも確かだろうけど、努力を無かった事にするのはとても気分が悪い」
「そうだそうだ!とりあえずこの後のことは顧問の先生に任せて、行こうぜ優姫!マジック部!」
「え、あ、う、うん?!」
さっさと部室を出ていく遥一くんと入れ替えに顧問の先生が入ってくる。どうやら外で話を全部開いていたらしい。純平くんに引っ張られていく途中で、先生に「助けてやれなくて悪かった」と謝られてしまった。
「あの、二人とも、巻き込んでごめんね。先生も大事にしたくないって言ってたから、私もそれに賛成して黙ってたんだ」
「君は犯人が誰か分かっていたんだろう?」
うぐ、と喉を詰まらせる。遥一くんの呆れた物言いに、純平くんがはーっと大きなため息をついてみせた。
「お前ほんっと馬鹿!犯人庇うとかマジで何考えてんの?!」
「か、庇うっていうか、なんとなくの領域だったんだって!でも、先輩達が犯人だった事よりめちゃくちゃ嫌われてたって方がきっつい……凹むわぁ……」
めそめそと二人の後ろを歩いていたが、それでも二人に言わなきゃいけない事があると顔を上げる。
「遥一くん、純平くん。私の冤罪、晴らしてくれてありがとう」
「気にしなくていいよ。元々マジック部の問題に巻き込んだ末に起きた事だから」
「それでも嬉しかった!へへ、さっきの遥一くん、名探偵だったね!」
「この調子で今回のマジック部襲撃事件もバシッと解決してくれよ、名探偵!」
「君達は全く……」
クスリと遥一くんが笑う。純平くんもありがとね!と肩を叩いたら、恥ずかしそうに小突き返してきたので二人でわちゃわちゃ騒いでいたら、その間に遥一くんはさっさと部室へ向かって行ってしまった。
五月祭当日。
前夜祭が終わると、いよいよ本祭である。当日の目玉はいくつもあり、マジックショーもその中の一つだ。とくに、昨年コンクールで優勝をした藤枝先輩がいるからか、有識者達もチラホラ来ているらしい。
クラス毎に模擬店を出しているが、乗り気ではないクラスもあったりする。そういうところは有志が集まって合同で行っていて、私のいるAクラスもそうである。ちなみに私は乗り気組なので、楽しく焼きそばを焼いていた。
「特Aクラスは何してるんだろうなー」
なんてぼやいたら、一緒に焼きそば担当をしている他クラスの女子達が返事をくれた。
「あそこも有志組が集まって喫茶店やってるらしいわよ」
「やーん、高遠くんに接客されたーい!」
「わかる!!私もされたい!!」
「いやあなたは友達なんて美味しいポジション持ってるんだから我慢しなさいよ」
「なんでえ?!!」
「おーい、優姫ー!焼きそば二つくれよ!」
ワイワイ女子トークに華を咲かせていたら、幼馴染の元気な声が間に入ってきた。振り返るとやはり純平くんが来ており、斜め後ろに遥一くんもいる。すっかりニコイチになっているなあ、とホッコリしていると、純平くんに早くしろと怒られてしまった。
「はいはい!そいやっ!焼きそば二つお待ちどお!」
「ほんと無駄に元気だなぁお前。ほい、高遠の分ね」
「ありがとう。……驚いたな」
「へ?何が?」
「いや、水瓶さんの事だよ。昨日の今日だから、もう少し落ち込んでると思った」
「私?!あー、そりゃ凹んでるけど、いつまでもクヨクヨしててもしょうがないし!それにせっかくのお祭りだよ?騒がなきゃ損だからね!それより、焼きそばどうよ?!」
近くに置いている簡易テーブルで、純平くんと遥一くんが焼きそばを食べるのを見て感想を聞くと、純平くんは「うめえ」と食べ続けており、遥一くんも飲み込み終えてから「うん」と純平くんの言葉に頷いた。
「焼きそばは初めて食べるけど、美味しいよ」
「え?!初焼きそばだったの?!遥一くんの初めてを奪ってしまった……!」
「優姫言い方!!」
「なら私セカンドバージン貰うわ!高遠くんもう一個どう?!」
「いや、二個はさすがにいらないかな」
「優姫ーっ!!」
「今の私のせいだった?!」
女子達から非難轟々でヒィンと騒いでいたら、遥一くんは一瞬キョトンとしてから、おかしそうに笑っていた。純平くんもそれを見て笑っていたので、まあいっかと次の焼きそばを作ることに専念する事にしたのだった。
いよいよマジック部の出し物、マジックショーが始まる。護衛として私も舞台袖に乗り込んでいるが、今日という今日は何も起きないといいのだけれど。
「はー、トップバッター緊張するー!」
「大丈夫だよ霧島。練習通りに演れば問題ないから」
「いやいや、あんな広い舞台でやるんだぜ?!うわー、リハもう少しやっとけばよかったー!」
「純平くんのマジック私も正面から見たかったー!!頑張ってね!!」
「こういう奴がいるからますます緊張すんだよなー」
「ええええ?!ごめんて!!」
「ふふ、夫婦漫才が出来るなら大丈夫そうね、霧島くん!」
「してないっす!!」
「してないですが?!」
「おーい、霧島そろそろ出番だぞー!」
荒木田先輩に呼ばれて慌てて行く純平くんにもう一度「頑張って」とエールを送ったら、おうと照れ臭そうに手を振ってステージへ出ていった。
私はというと、舞台袖からだとマジックのタネが見えてしまうので見ないようにして、怪しい奴が現れないか周囲を観察することにした。
ちなみに舞台の流れは純平くんが最初に手品を披露して、黒江先輩、荒木田先輩、遥一くん、片倉先輩、そしてトリに藤枝先輩となっている。
正面から見たかったなぁと少し悔しんでいたら、ポンと遥一くんに肩を叩かれた。
「水瓶さん」
「うん?どしたの遥一くん」
「ひとまず君にだけ話しておくけど、今回のマジック部襲撃事件の犯人は黒江先輩だ」
「グゴフッ!!えっもごもご」
「静かに。だから、何か起きるとしたら黒江先輩のショーが終わった後。自分の番までは注意して見ておくけど、僕が舞台にいる間の事は任せるよ」
「ぷはっ、わ、わかった!任せて!!」
とんでもない話を突然されて思わず叫びそうになったが、遥一くんはすかさず私の口を手で塞ぎ、そのまま話を続けた。解放されたので静かに了承すると、それじゃあと遥一くんはマジック道具の準備に向かっていく。
いやまさか、もう犯人を突き止めていたなんて。しかも、黒江先輩だというではないか。
あまり見ないようにはするものの、やはり気になってしまう。どうして黒江先輩が、藤枝先輩や遥一くんを襲うのか。
純平くんが舞台から戻り、入れ替わるように黒江先輩が舞台に立ち、鮮やかなカードマジックを披露しているのを横目で見ながら、グルグルとした思いが私の中を渦巻いていた。
それから黒江先輩、荒木田先輩とショーが終わり、遥一くんの番となる。期待の新人アンド四年振りの全教科満点入学者として会場はさらに大盛り上がりを見せている。ふと、黒江先輩が舞台袖からどこかへ向かうのが見えた。
遥一くんは舞台の上。純平くんはショーの道具を準備しているし、荒木田先輩、片倉先輩、藤枝先輩は最後の打ち合わせをしている。となると、私が様子を見に行かねば。
そう思った私は、急いで黒江先輩の後を尾けることにした。
辿り着いた先は、体育館から離れた先にある倉庫だった。今回は使用していないので、この辺りには誰もいなくて静かだ。一体何の用があってこんなところに。
(はっ、まさか何か悪い事をしようと思って……?!)
倉庫の中へ入ったのを見て、そっと扉を開いてみる。しかし、中には誰もいなかった。
「あれ?!黒江先輩?!」
慌てて中に飛び込んだら、その瞬間背後から出てきた紐が私の首に絡みついた。即座に持っていた竹刀を紐と首の間に通せば、グッと力を込められてもなんとか首を絞められずにすんだが、なかなか力が強くて苦しい事に変わりはなかった。
「な、なん……っだれ……っ!!」
「わかってて尾けてきたんだろ?」
「く、黒江せんぱ……」
「この間といい、どんな瞬発力だよお前。それにしても、高遠のあの言い方は腹が立ったなぁ。殺す対象じゃないから殺さなかったとか、突発的だとか。そもそも俺は殺そうとなんてしてないんだからさ」
どういう事だと抵抗しながら振り返ったら、いつも人の良い笑みを浮かべている黒江先輩が、怖い顔で笑っていた。
「少し、怪我してくれればよかったんだよ。そのついでに手品が一生出来なくなってくれれば、それだけでよかったんだ」
それだけ?
「バッカじゃないですか!バカ!黒江先輩のバカ!!」
「なんだよ」
「あんなに手品大好きな人達からそれを奪おうとする事が、それだけなわけないでしょーが!そんなの、人殺しと一緒だ!」
「……お前さ、剣道部期待のルーキーだったんだろ。結局辞めさせられたくせに、なんで落ち込んでないの?悔しくないわけ?」
「くっ、悔しいですけど?!めちゃくちゃ悔しいけど、それ以上にマジック部が大好きなんです!みんなの手品が大好きなんですよ!!黒江先輩のカードマジックだって、私めちゃくちゃ大好きだったんだ!!」
きっとこの人は、比べられることに疲れたんだ。去年トップの成績で入学した天才だと聞いている。けど、今年四年振りの満点合格者が現れた。それだけでも、きっと沢山の人に比べられたのだろう。マジック部では、同学年の藤枝先輩と比べられていたのだと、冷静な頭は推察する。
それでも、それでも私は、黒江先輩のカードマジックが大好きなのだ。いつ見てもわからないカード当てや、いつの間にか入れ替わってる数字。全部が楽しくて、ずっと見ていたいほどだった。
グッと紐がさらに締まり、いよいよ竹刀ごと首が締まりそうになる。殺されるのだろうか。マジック部のショー、無事に終わったかな。純平くんに、また怒られてしまうな。
少し諦めそうになっていた時、背後の扉が勢いよく開かれた。
「黒江くん!!やめなさい!!」
この声は、音楽の先生でありマジック部の顧問でもある姫野先生だ。第三者の登場に、ようやく紐から解放された私はそのまま床にダイブして、大きく息を吐いた。助かったのだ。
「ぷっはぁ……!死ぬかと思った!!」
「ほんとだよこのバカ!!」
「あ、純平くん」
「あ、じゃねえわ!!」
姫野先生の後ろから飛び出してきた純平くんにパコンと頭を叩かれる。ちょっと、私今殺されかけてたんですが。
グエー、と頭を摩っていたら、遥一くんもいたらしく屈んでこちらを覗き込んでくる。
「水瓶さん、怪我は?」
「平気平気。あ、もしや先生をここに連れてきてくれたのって遥一くん?」
「舞台から戻ったら、霧島に水瓶さんの姿が見えないって言われてね。今日人気のないところはこの倉庫くらいだったから、先生にも声をかけて急いできたんだよ。藤枝先輩達にはまだ話してないけど、そろそろ探してるかもしれないな」
「つーか、走りながら聞いたけど、マジで黒江先輩が犯人だったんっすね……」
純平くんが黒江先輩に向けて言うも、黒江先輩は答えない。姫野先生に腕を掴まれて、苦渋を噛んだ顔をしている。
「黒江くん。どうして君がこんな事を……」
「先生にはわからないですよ。期待する相手をコロコロ変えるような先生達にはね」
「黒江くん……」
「まあでも、もういいです。学校は辞めます。訴えるなら訴えてください」
「よくないですよ!ちゃんと藤枝先輩と遥一くんに謝ってください!というかマジック部全員に謝ってください!!」
「は?」
「いや、は?ではなく!まずは謝罪ですよ!」
「いやだから、俺お前を殺そうとしたんだけど、お前には何もしなくていいの?」
「まあ私はなんやかんやピンピンしてるので、とくには……あたっ!!」
「お前は!頭殴られた上に殺されかけてんだっつの!」
キョトンとした黒江先輩に返事をしてたら、純平くんにまた頭を叩かれて遥一くんにはため息を吐かれてしまった。姫野先生も頭を抱えている。
いやほんと、私の事はいいんだよ。それよりも、迷惑をかけたマジック部のみんなに謝罪はしてほしい。その後の事は、マジック部で決める事だ。
「それにしても、どうして俺が犯人だってわかったんだ?どうせ高遠だろうけど、一応教えてくれよ」
「黒江先輩、あまり隠す気がなさそうでしたからいずれは僕でなくても気づいていたと思いますよ。最初の藤枝先輩の襲撃の時点で、マジック部の中に犯人がいると推察しました。単純な話、藤枝先輩の荷物を漁る事ができて部室の鍵の貸し出しを何の違和感もなく出来るのは部員だけですからね。僕の財布が抜き出されていた事とマジック道具を壊そうとした事で確信を得ました。そこからは部活動と関係のない時間に守衛室に鍵を借りに来た人物、犯行直後にカードキーを使用して学校を出た人物をピックアップするだけです。当て嵌まったのは黒江先輩、あなただけだった」
「ほんと、単純な話だな。次は凝ったトリックでも仕掛けてみるよ」
まあ、次なんてないけど。黒江先輩はそう言って、姫野先生と倉庫を出て行ってしまった。
残された私と純平くんはつい顔を見合わせてしまう。これは、つまり?
「事件解決だよね?!」
「マジック部襲撃事件、一件落着だ!」
「「名探偵高遠遥一爆誕!!」」
「してないよ」
その頃マジック部のマジックショーは、藤枝先輩が華々しくトリを飾っていたらしい。あの有名なマジシャン近宮玲子を彷彿とさせるショーだったというので、見れなかったのがとても悔しかった、そんな五月祭の終わり。
その後、マジック部は姫野先生から黒江先輩が今回の事件の犯人である事が説明されたらしい。藤枝先輩達は大層驚いたらしいが、一発ずつ頭を叩く事で許したのだとか。
けれど黒江先輩は結局後夜祭には出る事はなく、そのままフェードアウトするように秀央高校を辞める事が決まったらしい。他の学校への転校手続きが進んでいるという事なので、最初からこうするつもりだったのかもしれない。黒江先輩のカードマジックを見る事ができなくなるのは寂しいが、またいつか見たいなぁと思っている。
「なんて、黄昏ながらキャンプファイヤーを眺めるのであった」
「ぶつぶつ言いながら火を眺めてる奴って不審者だよな、高遠」
「通報しておこうか?」
「やーめーてー!!」
冗談だと言っているが、ならその手に持ってる携帯はなんなんですか遥一くん!
携帯がポケットにしまわれるのを見届けてホッと一息つく。再度キャンプファイヤーに視線を移すと、また少しセンチになってしまう。
長いようで、短かったマジック部襲撃事件。騒動の中、剣道部とのアレそれもあったりしたが、いろんな事に片がついた。
「明日から、またいつもの日常が始まるんだね。はー、私の護衛任務もお役御免かー。さみしーなー」
「俺今回の事で、お前が底抜けのお人好しだってのが改めてわかったわ」
「えっなんで」
「言っとくけどな、今回の騒動で怪我してんのお前だけなんだからな?なのにお前ときたら、相手を責める事はしないわ、呑気に後夜祭参加してるわ……はー、お前みたいな幼馴染がいたら、気が気じゃなくて変な衝動も収まるわ……」
「何その厨二病な発言は……え、私そんなトリッキーな事してる?ちょっと遥一くん?なんで目を逸らすんです?」
「ノーコメント」
「くっそー!」
それにしても、と遥一くんをもう一度見上げる。今度は目を逸らさず、小首を傾げるように遥一が私に視線を落とした。
「冗談抜きで、めちゃくちゃ名探偵だったね遥一くん!剣道部の事もマジック部の事も、遥一くんのおかげで全部解決しちゃった」
「そんなことはないよ。どちらもいつか誰かが気づくような単純な話だったし」
「でも遥一くんは、いつかじゃなくて今気付いて暴いてくれた。私、それに救われたんだ。ありがとう、遥一くん」
「……そう」
相変わらず淡白な返事だけれど、私はへへっと笑った。
明日からいつもの日常が始まる。私はAクラスで部活も入ってない帰宅部だけど、たまにマジック部を覗きに行こうかななんて、五月祭の終わりを告げるキャンプファイヤーの火を眺めながらぼんやりとそんな事を思っていた。
しかし翌日。
「優姫!マジック部行くぞ!」
「なんで?!」
「霧島の推薦で、水瓶さんにマジック部のマネージャーとして入部の話が出てるそうだよ」
「マネージャー?!」
「どうせ暇なんだからいいだろ。それに、お前の大好きなマジックが見放題なんだぜ?」
「!!行く!!やっほーい!!私も今日からマジック部だーっ!!あ、黒江先輩にも報告しなきゃ」
「なんで当たり前に連絡先交換してんのお前??バカなの??」
「霧島がずっと苦労してたんだろうなぁというのがよくわかるよ」
こうして、一連の騒動の後私はマジック部のマネージャーとなった。あんな事件やこんな事件に巻き込まれて、名探偵高遠遥一が爆誕するのは、また後の話である。
ちなみに黒江先輩に報告したところ、純平くん同様「バカなの?」という返事が返ってきたのだった。バカじゃないです!
「今日からマジック部の護衛をすることになりました!剣道部の水瓶優姫です!よろしくお願いします!」
事の発端は昨夜のこと。部活が終わって帰路についていた私は明日の課題用のノートを教室に忘れてきた事を思い出して慌てて学校へ戻った。
すると同じく学校へ入っていく女子生徒を見かけて、見た事のある顔だと凝視してみたら、全日本学生マジックコンクールで優勝をした、藤枝先輩だとわかった。手品が大好きな私は握手だけでも!と思い教室に行くのも忘れて彼女の後を追い、部室まで到着すると扉には鍵がかかっており、鍵穴を覗いてみたら中で襲われている彼女を見つけてしまう。
どうにか扉を蹴り破り、持っていた竹刀で彼女の首を絞めている腕を叩き落とすと、何者かは私を押し退けて部室を出て行った。盛大に尻餅をつく私の側で、藤枝先輩もゲホゲホと咽せている。どうやら無事のようだ。よかった。
藤枝先輩は私にありがとうと沢山感謝をしてくれて、その腕を見込んで頼みがあると言ってきた。それが冒頭のセリフに繋がるのである。
昨夜の状況を簡単に説明した後、私が挨拶をすると、当然マジック部の面々はポカンとなっていた。
最初に正気に返ったのは、私の幼馴染の霧島純平くんだ。マジック部に入ったとは聞いていたので、ほんとにいる!と手を振ったら「あほ!」と返されてしまった。それから藤枝先輩に向き直る。
「いやいや!護衛よりも警察に言う方が先じゃないっすか?!」
至極正論である。私もそれを進言したのだけど、藤枝先輩曰く。
「ダメよ!これは計画的犯行なのよ。あの時部室には鍵がかかっていて、私は鍵を開けて中に入った。その時用心のために中から鍵をかけておいたわ。なのに、襲われた。つまり、何者かが私の鞄からパスケースを抜き出し部室に置き、取りに戻ってくるのを待ち構えていたということ。この学校の中に犯人はいるのよ!それなら、私達で捕まえましょう!マジック部の誇りにかけて!」
「マジック部関係なくないか?」
「関係ないよな」
こそこそと片倉先輩と荒木田先輩、黒江先輩が話しているのを聞こえているのかいないのか、藤枝先輩はニコッと笑って私の肩を叩いた。
「というわけで、水瓶さんよろしくね」
「了解です!腕によりをかけて皆さんの事守りますよ!ふん!」
「使い方間違ってんだろ。高遠、あいつめちゃくちゃうるさい上にミーハーだから気をつけろよ」
「純平くん?!高遠くんに変な事吹き込むのやめてくれる?!」
「わかった、気をつけるよ」
「わかっちゃったの?!やだー!同じ学年だし友達になろーよー!!」
「あっこら!高遠に擦り寄るなー!」
純平くんにペシペシ叩かれながら高遠くんに握手を求めると、高遠くんは何かを思案した末に、私の前で拳を握る。
え、グーで殴られます?なんて物騒な想像していたら、その手はパッと開かれ、薔薇が一輪飛び出した。それを私に向けて、少しだけ微笑む。
「血のように真っ赤な薔薇をどうぞ」
そうだ、ここはマジック部。みんな手品が出来るのである。手品大好きな私は、見事に堕とされてしまい、この後高遠くん、もとい遥一くんに付きまとうのだった。
二日目。
「高遠!マジック部行こうぜ!」
「遥一くん!マジック部いこー!」
「二人とも、そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるから」
純平くんは教室の中で、私は廊下から教室の中へ向けて遥一くんを呼んだら、やれやれとため息を吐かれてしまった。
部室への道のりの途中、純平くんが私の頭をトントンと小突いてくる。
「そもそも、お前剣道部だろーがよ。部活やんなくていいの?」
「そっちは藤枝先輩が顧問の先生に話したみたいで、ひとまず一週間レンタルって事になったんだよー。マジック部は優秀な生徒ばかりだし、手品のレベルも高いから先生達も無碍には出来ないんだよ多分」
「お前剣道だけは優れてるもんなあ」
「だけは?!だけはって言った?!」
フフ、と、隣で小さく笑う声が聞こえた。思わず純平くんと二人で振り向くと、遥一くんが口元に手を当てて明後日の方向を向いている。
「え、今笑ったよね?!遥一くん笑ったよね?!」
「今のは苦笑いじゃねえよな?!確実に笑ったよな?!」
「騒いでないで部活に行くよ二人とも」
スタスタ早歩きで進む遥一くんを追いかけながら、私と純平くんは部室に着くまでウザ絡みをするのだった。
その日は部活動が終わるまで竹刀を持って部室の前に仁王立ちをしたり素振りをしたり、たまに椅子に座ったりして待っていたら、あっという間に時間は過ぎ、下校時間となった。
お疲れ様、とみんなが帰っていくのを見届けてから、私は部室の中に入る。前回不審者がいた事、意図的に物を置かれてそれを取りに戻ってきた人間を襲おうとした事から、中に誰も残っていないか確認する必要があった。一通り回って、少し待機したりしたがとくに何もなく、大丈夫そうだと外も暗いし自分も帰ろうと思ったのだけど、ふと視界の端に見覚えのある鞄が見えた。
「あれ、これって……」
たしか、昨日遥一くんが部活用に用意したマジックバックだと言っていた少し小さいアタッシュケースだ。その上に、財布がある。誰かの忘れ物だろうか。
その時、背後から何かがくる気配がして咄嗟に持っていた竹刀で受け止めた。私に向かって振り下ろされたそれは、片槌だった。
一体誰だと姿を見るも、黒いフード付きマントを羽織り、その顔は不気味な仮面で覆われていて男か女かもわからない。
「お前が藤枝先輩を襲ったやつなんだな?!この財布、まさか遥一くんの?!今度は遥一くんを襲おうってこと?!」
マントの何者かは何も答えない。押してくる片槌をどうにか押し返して、入り口を塞ごうと扉へ向かおうとしたら、マントの何者かは私には目もくれず、今度はその金槌を遥一くんのアタッシュケース目掛けて振りかぶった。
「おい優姫!いい加減目を覚ませよ!」
名前を呼ばれて、ぼんやりした意識が浮上する。今の声は、純平くんだ。手を動かすと、ポスポスと柔らかい感触がした。布団だろうか。ゆっくりと視界を開くと、少し焦った顔の純平くんが私の顔を覗き込んでいた。
「純平くん……?」
「っ、はーっ!!マジ、焦らせんなよお前……」
「何の話……いったあ?!え、めちゃくちゃ頭痛いんだが?!」
「頭を殴られてるからね」
起き上がると途端に痛む頭に混乱していたら、部屋に入ってきた遥一くんが淡々とそう教えてくれた。マジか、そういえば殴られたような気がする。というか、ここ保健室なのか。
「お、高遠。おかえり。部室どうだった?」
「やっぱり僕の財布があったよ。どうやら懲りずに同じ手口で誘い込もうとしたみたいだ。もしかしたら、水瓶さんが部室内を念入りに調べるとは思ってなかったのかもしれないな」
「なんだとー?!私は受けたからにはきっちり仕事をこなすんだが?!あたた……くっそー犯人めーっ!次こそは私の竹刀が火を吹くからな……!」
「そんな仕込みねえだろ……優姫も起きた事だし、今日は一旦帰ろうぜ」
純平くんの言う通り、ひとまず帰る事にしようとベッドから降りようとしたら、遥一くんに手を差し伸べられた。頭が痛いと言ったから、手伝ってくれるらしい。せっかくなのでその手を受けて、ゆっくりベッドから降りる。頭はまだ痛むが、被害が出ていないのなら今日の護衛任務は成功だ。
そう思っていたら、遥一くんが神妙な顔をしているように見えた。
「どしたの遥一くん?」
「いや、水瓶さん。僕のマジック道具、守ってくれてありがとう」
「へ?!」
「何の話だよ?」
「彼女が倒れているのを見つけてすぐに霧島は先生を呼びに行ったから見てなかっただろうけど、水瓶さん、僕のマジック道具の側で気を失ってたんだ。後頭部を殴られている事と、保健室の先生が彼女の胸元に硬い物が当たってできた痣があったと言っていた事から、おそらく犯人は僕の鞄を壊そうとしたけど、水瓶さんが覆い被さって守ってくれたんだと推察したよ。胸元の痣はアタッシュケースの角が食い込んだんだろう」
「わあ……名探偵だ……」
「すげえ……名探偵だ……」
「君達仲良いよね。けど、これではっきりしたよ。狙われているのは藤枝先輩だけじゃない。マジック部全体、もしくは部内に潜む犯人以外の部員達がターゲットだと言う事がね」
「「なんだってええ?!」」
「君達本当に仲が良いね」
三日目。
犯人が金槌を持っていた事を先生やマジック部のみんなに話したら、よく殺されなかったなと心配されてしまった。
そこは、名探偵遥一くんの推察によると、
「彼女は殺す対象ではなかったからでしょう。一打目は血が出る程には殴ったようですが、二打目はたんこぶができる程度の力加減に落ちています。本当に邪魔であれば対象外であっても殺すと思いますが、この事から犯人は突発的に行動している事が伺えます」
ということらしい。純平くんと二人で「おおーっ」と拍手をしたら少し冷たい目をされた気がした。
「怪我させたなんて私のせいだわ。本当にごめんなさい」
「いやいやいや!私がやりますって引き受けた事ですから!それに、私も犯人に怒りが湧いてますからね!」
「え?」
「マジシャンにとって大事な道具を壊そうとしたんです!手品大好き人間として、許せないです!そうと決まったら竹刀二刀流も視野に入れて特訓しなきゃ!!私廊下にいますんで、何かあったら呼んでください!!ふんふん!!」
マジック部のみんなに敬礼をして、昨日と同様に廊下へ出る。竹刀をいつでも振れるように握ったまま椅子に座って、昨夜の遥一くんの言葉を振り返ってみた。
ー部内に潜む犯人以外の部員達がターゲット
もしそうだと仮定して、襲われた藤枝先輩、私が襲われた時間、一緒にいた純平くんと遥一くんは除外する。となると、残るは三人だけだ。サイキックマジックの片倉先輩、コミカルマジックの荒木田先輩、カードマジックの黒江先輩。
あまり話した事はないけれど、その三人の中に犯人はいるのだろうか。どうしてなのか見当もつかないけど。
(でもそれは、ちょっと嫌だなぁ)
マジックができる凄い人達の中に、人を殺そうとする人がいるのが嫌だと思った。
「水瓶さん」
「うっひゃい?!よ、遥一くん?!どしたの?!」
「部長達が、新作マジックを君にも見てほしいから中に入ってくれってさ」
「えっ?!見てもいいの?!」
「そういうことだから、さっさと入ってこいよ!」
「やったーっ!!おっ邪魔しまーす!!」
扉を開けて声をかけてくれて遥一くんの後ろから純平くんも悪戯っ子のように笑って促してくれて、私は意気揚々と部室に入ってみんなの新作マジックを心ゆく迄堪能したのだった。
五月祭前夜祭。
五月祭本祭ではマジック部定例マジックショーが披露される。マジック部のみんなもそれに向けて練習をしていたのを護衛をしながら見ていた。
あれから一週間と少し。とくに何も起こらず、五月祭前夜祭当日まで来てしまった。
さて、何も起きなかったとはいえ一年は前夜祭の全体準備で大忙しだ。
学校中の飾りつけや、キャンプファイヤーのやぐらを建てたり、とにかく忙しい。エリート揃いの学校故か、息抜きを楽しむ生徒や勉強がしたいと呻く生徒など様々だが、私は俄然前者だ。勉強ばかりでは息が詰まってしまう。
それにお祭りは大好きだ。全力で楽しむぞ、と廊下からAクラスの飾りつけをしていたら、買い出しをして帰ってきたららしい純平くんと遥一くんを見かけた。
「やっほー!!前夜祭準備楽しんでる?!」
「なんでお前はそんなに元気なんだよ。見てみろよお前のクラスメイトの顔。お前くらいだぞ、そんなニッコニコで飾りつけしてんの。俺は楽しんでるけど」
「僕は別に。それよりも、どうして君以外のクラスメイトは座って勉強をしているんだい?」
「今度の定期テストのために勉強したいって言うから、今日の準備は私が引き受けたんだよ!あ、でも何人かは飾りつけの買い出しに行ってくれてるし、一人でやってるわけじゃないよ!」
とは言うものの、買い出し組は朝から出かけたはずだが、一向に帰ってこない。もうすぐお昼だ。お腹すいた。
「……霧島、彼女はお人好しなのか?」
「そうなんだよなぁ。しかもこいつ無自覚なんだよ。多分ホイホイ連帯保証人になるタイプだぜ」
「ああ……なんかわかるな」
「ちょっと?!今不名誉な話してなかった?!あ、二人はお昼どこで食べるの?よかったら一緒に食べよー!」
「俺達はミーティングも兼ねてマジック部で集まって食べるつもり。つーか、お前剣道部だろ?集まったりしねえの?」
「あー……私、剣道部辞めたんだ!でもそっか、それじゃ仕方ないね。また護衛に行くからよろしくね!!っと、お昼買ってこよーっと!」
飾りの入った箱を端に寄せて、鞄から財布を取り出して売店へ向かう。これ以上何も起きないといいが、とにかくマジック部は私が守るぞ!おー!
背後で純平くんが何か言っているが、それを振り切って私は廊下を走りぬけた。
「……行っちまいやがった」
「何か事情がありそうだね」
「あるに決まってる!あいつ、剣道大好きなんだよ。ここに入学する時も、秀央の剣道部強いらしいから楽しみだって言ってたのに……何で辞めたりなんか」
「もしマジック部にかかりっきりで退部を勧められたのだとしたら、彼女は断らないだろう。けど、何か引っ掛かる気がする」
「引っ掛かるって、何が?」
「霧島、少し剣道部に話を聞いてみてくれないか?僕は顧問の方に聞いてみる。あ、でも昼のミーティングに遅れないようにね」
「オッケー!」
午前の時間は各々準備に使われ、午後からは前夜祭が始まるが、文化部の展示発表がメインで催しとしては大人しめだ。運動部も部員集めなどのPRをしたりする。本当は私も剣道部員として手伝う予定だったが、辞めてしまったので仕方ない。今はマジック部の護衛を私用の竹刀でやり通すだけだ。
そう思って、夕方になったのでマジック部へ様子を見に行こうとしたら、突然後ろからパシッと純平くんに腕を掴まれた。
「ようやく見つけた!ほら、行くぞ!」
「純平くん?!いやどこ行くの?!マジック部ならこれから」
「違う違う!剣道部!もう高遠が待ってんだから!」
「なんでえ?!どういうことなの?!」
純平くんに引っ張られて剣道部まで連れていかれる。困惑したまま部室に入ると、中には剣道部の部員達いた。その正面に遥一くん。いやこれ、どういう状況?
「遅かったね。ちょうど先輩達が自白したところだよ」
「マジかー!優姫がどこにいるかわかんなくて探し回っちゃったからなぁ」
「いや、二人とも何の話をして……」
「水瓶さん、君は剣道部を円満に辞めたわけじゃない。辞めさせられたんだ」
どきり、と心臓が跳ねる。先輩達を見ると、居心地が悪そうな顔をしていた。
「同学年の部員達から話を聞いたよ。君は部内でカンパし合ったお金を盗んだと犯人扱いされたそうだね」
「え、あ、その……はい」
たしかにその通りだ。部内の備品購入の為に部員みんなでカンパし合って、予定金額に到達したので一旦部の金庫に置いておき、みんなで買いに行こうという話をしていた。
しかし、そのお金がなくなった。金庫の入っていたロッカーを開けると、金庫の蓋が開かれていて空っぽの中身が露呈していたのだ。
この学校はカードキーで生徒の移動記録を把握する事ができる。お金がなくなった後守衛室に確認した先輩曰く、なくなった日の前夜遅くまで残っていた部員は私だけだったらしい。その日は、私がマジック部で殴られて昏倒した日だった。
何度も違うと訴えたけれど、聞き入れてはもらえなかった。挙句にはマジック部もグルではないかなんて言われてしまって、関係のない人達まで疑われてしまうのならもうここにはいられないと思った。辞めるように促されてそれに応じたら、先輩達が少し嬉しそうにしていたのが気になったけど、なにより疑われてしまう関係しか築けなかったのがつらかった。
そんな事を思い出して少し凹み気味に頷くと、遥一くんはいつもの淡々とした様子のまま私に分かるように、おそらく先程部員達にしたであろう推理をもう一度話してくれた。
「君は犯人じゃない。これは単純な話だよ。夜遅くまで残っていた人間が犯人という前提が間違っている。何故なら、犯人は全く同じ金庫を買って、昼間のうちに入れ替えていたのだから」
「え、えええ?!」
あの金庫、別の金庫だったの?!そう言われれば、どことなく新品っぽかったような?!
同じ金庫を扱っていたのは近所では一軒しかなく、この事情を説明して盗難事件として警察に届ければ誰が購入したかなんてすぐに分かる、と遥一くんは言う。びくりと先輩は肩を震わせていたから、本当の事らしい。
「そしてその入れ替えが出来たのは、お金の最終確認をしてから事が発覚する前日の昼までに部室の鍵を借りにきた人物。それがこちらの先輩方さ。ただ誤算だったのは、金庫の鍵のナンバーは顧問以外に君しか知らなかった事。君は徹底してナンバーを誰にも知られないようにしていたようだね。そのせいで金庫ごとお金を盗んだものの、開ける事が出来ず、ただ君を剣道部から追い出しただけになった。本当は追い詰めた時にナンバーを聞き出そうと思ったんだろうけど、見た目に反して口が硬いのは予想外だったようだ」
「反してっていうのやめて?!いや、それよりも!先輩達がお金を取ったんだとしても、本物の金庫の中にはまだお金が入ってるんでしょ?じゃ、返しましょうよ!それで、ちゃんと備品買ってください」
ね、と先輩達に言うと、パシンと頬を叩かれた。何が起きたかわからず、呆けたまま先輩の顔を見ると、ボロボロ涙を溢しながら私を睨みつけている。
「あんたのそういうところが嫌いなのよッ!!なんの苦労もなくいつもヘラヘラして!なんで顧問が新入部員のあんたに金庫の鍵のナンバーなんて重要な事任せたかわかる?!私達三年を差し置いて、期待されてたからよ!なのにマジック部の護衛に行くとか言って全教科満点合格の新入生に媚び売って、特Aクラスに幼馴染もいて?一週間も部活に出てなかったくせに、戻ってきて模擬試合したら全勝?あんたみたいに何でも持ってる奴、大っ嫌いなのッ!!」
そんな風に、思われていたのか。先輩達の当たりが強いとは思っていたけれど、はっきり言われるときついものがある。他の部員も、同じだったのだろうか。
部に対して、不誠実だったとは思っている。けれど、襲われた人を見てしまったら、解決するまで放っておく事はできなかった。そういう性分だ。だから、きっと仕方がない事だった。私が、悪かったのだ。
ごめんなさいと言おうとしたら、スッと私の前に制止するように手を出される。遥一くんだ。
「謝罪は必要ないよ。君を護衛に誘ったのはマジック部であり、騒動に巻き込んだのはこちらだ。それと、模擬試合で彼女が勝ったのは努力の成果だよ。護衛中も素振りを欠かさないのを知っているし、幼馴染の彼曰く夜遅くまで庭で竹刀を振っていたそうだ。才能があったのも確かだろうけど、努力を無かった事にするのはとても気分が悪い」
「そうだそうだ!とりあえずこの後のことは顧問の先生に任せて、行こうぜ優姫!マジック部!」
「え、あ、う、うん?!」
さっさと部室を出ていく遥一くんと入れ替えに顧問の先生が入ってくる。どうやら外で話を全部開いていたらしい。純平くんに引っ張られていく途中で、先生に「助けてやれなくて悪かった」と謝られてしまった。
「あの、二人とも、巻き込んでごめんね。先生も大事にしたくないって言ってたから、私もそれに賛成して黙ってたんだ」
「君は犯人が誰か分かっていたんだろう?」
うぐ、と喉を詰まらせる。遥一くんの呆れた物言いに、純平くんがはーっと大きなため息をついてみせた。
「お前ほんっと馬鹿!犯人庇うとかマジで何考えてんの?!」
「か、庇うっていうか、なんとなくの領域だったんだって!でも、先輩達が犯人だった事よりめちゃくちゃ嫌われてたって方がきっつい……凹むわぁ……」
めそめそと二人の後ろを歩いていたが、それでも二人に言わなきゃいけない事があると顔を上げる。
「遥一くん、純平くん。私の冤罪、晴らしてくれてありがとう」
「気にしなくていいよ。元々マジック部の問題に巻き込んだ末に起きた事だから」
「それでも嬉しかった!へへ、さっきの遥一くん、名探偵だったね!」
「この調子で今回のマジック部襲撃事件もバシッと解決してくれよ、名探偵!」
「君達は全く……」
クスリと遥一くんが笑う。純平くんもありがとね!と肩を叩いたら、恥ずかしそうに小突き返してきたので二人でわちゃわちゃ騒いでいたら、その間に遥一くんはさっさと部室へ向かって行ってしまった。
五月祭当日。
前夜祭が終わると、いよいよ本祭である。当日の目玉はいくつもあり、マジックショーもその中の一つだ。とくに、昨年コンクールで優勝をした藤枝先輩がいるからか、有識者達もチラホラ来ているらしい。
クラス毎に模擬店を出しているが、乗り気ではないクラスもあったりする。そういうところは有志が集まって合同で行っていて、私のいるAクラスもそうである。ちなみに私は乗り気組なので、楽しく焼きそばを焼いていた。
「特Aクラスは何してるんだろうなー」
なんてぼやいたら、一緒に焼きそば担当をしている他クラスの女子達が返事をくれた。
「あそこも有志組が集まって喫茶店やってるらしいわよ」
「やーん、高遠くんに接客されたーい!」
「わかる!!私もされたい!!」
「いやあなたは友達なんて美味しいポジション持ってるんだから我慢しなさいよ」
「なんでえ?!!」
「おーい、優姫ー!焼きそば二つくれよ!」
ワイワイ女子トークに華を咲かせていたら、幼馴染の元気な声が間に入ってきた。振り返るとやはり純平くんが来ており、斜め後ろに遥一くんもいる。すっかりニコイチになっているなあ、とホッコリしていると、純平くんに早くしろと怒られてしまった。
「はいはい!そいやっ!焼きそば二つお待ちどお!」
「ほんと無駄に元気だなぁお前。ほい、高遠の分ね」
「ありがとう。……驚いたな」
「へ?何が?」
「いや、水瓶さんの事だよ。昨日の今日だから、もう少し落ち込んでると思った」
「私?!あー、そりゃ凹んでるけど、いつまでもクヨクヨしててもしょうがないし!それにせっかくのお祭りだよ?騒がなきゃ損だからね!それより、焼きそばどうよ?!」
近くに置いている簡易テーブルで、純平くんと遥一くんが焼きそばを食べるのを見て感想を聞くと、純平くんは「うめえ」と食べ続けており、遥一くんも飲み込み終えてから「うん」と純平くんの言葉に頷いた。
「焼きそばは初めて食べるけど、美味しいよ」
「え?!初焼きそばだったの?!遥一くんの初めてを奪ってしまった……!」
「優姫言い方!!」
「なら私セカンドバージン貰うわ!高遠くんもう一個どう?!」
「いや、二個はさすがにいらないかな」
「優姫ーっ!!」
「今の私のせいだった?!」
女子達から非難轟々でヒィンと騒いでいたら、遥一くんは一瞬キョトンとしてから、おかしそうに笑っていた。純平くんもそれを見て笑っていたので、まあいっかと次の焼きそばを作ることに専念する事にしたのだった。
いよいよマジック部の出し物、マジックショーが始まる。護衛として私も舞台袖に乗り込んでいるが、今日という今日は何も起きないといいのだけれど。
「はー、トップバッター緊張するー!」
「大丈夫だよ霧島。練習通りに演れば問題ないから」
「いやいや、あんな広い舞台でやるんだぜ?!うわー、リハもう少しやっとけばよかったー!」
「純平くんのマジック私も正面から見たかったー!!頑張ってね!!」
「こういう奴がいるからますます緊張すんだよなー」
「ええええ?!ごめんて!!」
「ふふ、夫婦漫才が出来るなら大丈夫そうね、霧島くん!」
「してないっす!!」
「してないですが?!」
「おーい、霧島そろそろ出番だぞー!」
荒木田先輩に呼ばれて慌てて行く純平くんにもう一度「頑張って」とエールを送ったら、おうと照れ臭そうに手を振ってステージへ出ていった。
私はというと、舞台袖からだとマジックのタネが見えてしまうので見ないようにして、怪しい奴が現れないか周囲を観察することにした。
ちなみに舞台の流れは純平くんが最初に手品を披露して、黒江先輩、荒木田先輩、遥一くん、片倉先輩、そしてトリに藤枝先輩となっている。
正面から見たかったなぁと少し悔しんでいたら、ポンと遥一くんに肩を叩かれた。
「水瓶さん」
「うん?どしたの遥一くん」
「ひとまず君にだけ話しておくけど、今回のマジック部襲撃事件の犯人は黒江先輩だ」
「グゴフッ!!えっもごもご」
「静かに。だから、何か起きるとしたら黒江先輩のショーが終わった後。自分の番までは注意して見ておくけど、僕が舞台にいる間の事は任せるよ」
「ぷはっ、わ、わかった!任せて!!」
とんでもない話を突然されて思わず叫びそうになったが、遥一くんはすかさず私の口を手で塞ぎ、そのまま話を続けた。解放されたので静かに了承すると、それじゃあと遥一くんはマジック道具の準備に向かっていく。
いやまさか、もう犯人を突き止めていたなんて。しかも、黒江先輩だというではないか。
あまり見ないようにはするものの、やはり気になってしまう。どうして黒江先輩が、藤枝先輩や遥一くんを襲うのか。
純平くんが舞台から戻り、入れ替わるように黒江先輩が舞台に立ち、鮮やかなカードマジックを披露しているのを横目で見ながら、グルグルとした思いが私の中を渦巻いていた。
それから黒江先輩、荒木田先輩とショーが終わり、遥一くんの番となる。期待の新人アンド四年振りの全教科満点入学者として会場はさらに大盛り上がりを見せている。ふと、黒江先輩が舞台袖からどこかへ向かうのが見えた。
遥一くんは舞台の上。純平くんはショーの道具を準備しているし、荒木田先輩、片倉先輩、藤枝先輩は最後の打ち合わせをしている。となると、私が様子を見に行かねば。
そう思った私は、急いで黒江先輩の後を尾けることにした。
辿り着いた先は、体育館から離れた先にある倉庫だった。今回は使用していないので、この辺りには誰もいなくて静かだ。一体何の用があってこんなところに。
(はっ、まさか何か悪い事をしようと思って……?!)
倉庫の中へ入ったのを見て、そっと扉を開いてみる。しかし、中には誰もいなかった。
「あれ?!黒江先輩?!」
慌てて中に飛び込んだら、その瞬間背後から出てきた紐が私の首に絡みついた。即座に持っていた竹刀を紐と首の間に通せば、グッと力を込められてもなんとか首を絞められずにすんだが、なかなか力が強くて苦しい事に変わりはなかった。
「な、なん……っだれ……っ!!」
「わかってて尾けてきたんだろ?」
「く、黒江せんぱ……」
「この間といい、どんな瞬発力だよお前。それにしても、高遠のあの言い方は腹が立ったなぁ。殺す対象じゃないから殺さなかったとか、突発的だとか。そもそも俺は殺そうとなんてしてないんだからさ」
どういう事だと抵抗しながら振り返ったら、いつも人の良い笑みを浮かべている黒江先輩が、怖い顔で笑っていた。
「少し、怪我してくれればよかったんだよ。そのついでに手品が一生出来なくなってくれれば、それだけでよかったんだ」
それだけ?
「バッカじゃないですか!バカ!黒江先輩のバカ!!」
「なんだよ」
「あんなに手品大好きな人達からそれを奪おうとする事が、それだけなわけないでしょーが!そんなの、人殺しと一緒だ!」
「……お前さ、剣道部期待のルーキーだったんだろ。結局辞めさせられたくせに、なんで落ち込んでないの?悔しくないわけ?」
「くっ、悔しいですけど?!めちゃくちゃ悔しいけど、それ以上にマジック部が大好きなんです!みんなの手品が大好きなんですよ!!黒江先輩のカードマジックだって、私めちゃくちゃ大好きだったんだ!!」
きっとこの人は、比べられることに疲れたんだ。去年トップの成績で入学した天才だと聞いている。けど、今年四年振りの満点合格者が現れた。それだけでも、きっと沢山の人に比べられたのだろう。マジック部では、同学年の藤枝先輩と比べられていたのだと、冷静な頭は推察する。
それでも、それでも私は、黒江先輩のカードマジックが大好きなのだ。いつ見てもわからないカード当てや、いつの間にか入れ替わってる数字。全部が楽しくて、ずっと見ていたいほどだった。
グッと紐がさらに締まり、いよいよ竹刀ごと首が締まりそうになる。殺されるのだろうか。マジック部のショー、無事に終わったかな。純平くんに、また怒られてしまうな。
少し諦めそうになっていた時、背後の扉が勢いよく開かれた。
「黒江くん!!やめなさい!!」
この声は、音楽の先生でありマジック部の顧問でもある姫野先生だ。第三者の登場に、ようやく紐から解放された私はそのまま床にダイブして、大きく息を吐いた。助かったのだ。
「ぷっはぁ……!死ぬかと思った!!」
「ほんとだよこのバカ!!」
「あ、純平くん」
「あ、じゃねえわ!!」
姫野先生の後ろから飛び出してきた純平くんにパコンと頭を叩かれる。ちょっと、私今殺されかけてたんですが。
グエー、と頭を摩っていたら、遥一くんもいたらしく屈んでこちらを覗き込んでくる。
「水瓶さん、怪我は?」
「平気平気。あ、もしや先生をここに連れてきてくれたのって遥一くん?」
「舞台から戻ったら、霧島に水瓶さんの姿が見えないって言われてね。今日人気のないところはこの倉庫くらいだったから、先生にも声をかけて急いできたんだよ。藤枝先輩達にはまだ話してないけど、そろそろ探してるかもしれないな」
「つーか、走りながら聞いたけど、マジで黒江先輩が犯人だったんっすね……」
純平くんが黒江先輩に向けて言うも、黒江先輩は答えない。姫野先生に腕を掴まれて、苦渋を噛んだ顔をしている。
「黒江くん。どうして君がこんな事を……」
「先生にはわからないですよ。期待する相手をコロコロ変えるような先生達にはね」
「黒江くん……」
「まあでも、もういいです。学校は辞めます。訴えるなら訴えてください」
「よくないですよ!ちゃんと藤枝先輩と遥一くんに謝ってください!というかマジック部全員に謝ってください!!」
「は?」
「いや、は?ではなく!まずは謝罪ですよ!」
「いやだから、俺お前を殺そうとしたんだけど、お前には何もしなくていいの?」
「まあ私はなんやかんやピンピンしてるので、とくには……あたっ!!」
「お前は!頭殴られた上に殺されかけてんだっつの!」
キョトンとした黒江先輩に返事をしてたら、純平くんにまた頭を叩かれて遥一くんにはため息を吐かれてしまった。姫野先生も頭を抱えている。
いやほんと、私の事はいいんだよ。それよりも、迷惑をかけたマジック部のみんなに謝罪はしてほしい。その後の事は、マジック部で決める事だ。
「それにしても、どうして俺が犯人だってわかったんだ?どうせ高遠だろうけど、一応教えてくれよ」
「黒江先輩、あまり隠す気がなさそうでしたからいずれは僕でなくても気づいていたと思いますよ。最初の藤枝先輩の襲撃の時点で、マジック部の中に犯人がいると推察しました。単純な話、藤枝先輩の荷物を漁る事ができて部室の鍵の貸し出しを何の違和感もなく出来るのは部員だけですからね。僕の財布が抜き出されていた事とマジック道具を壊そうとした事で確信を得ました。そこからは部活動と関係のない時間に守衛室に鍵を借りに来た人物、犯行直後にカードキーを使用して学校を出た人物をピックアップするだけです。当て嵌まったのは黒江先輩、あなただけだった」
「ほんと、単純な話だな。次は凝ったトリックでも仕掛けてみるよ」
まあ、次なんてないけど。黒江先輩はそう言って、姫野先生と倉庫を出て行ってしまった。
残された私と純平くんはつい顔を見合わせてしまう。これは、つまり?
「事件解決だよね?!」
「マジック部襲撃事件、一件落着だ!」
「「名探偵高遠遥一爆誕!!」」
「してないよ」
その頃マジック部のマジックショーは、藤枝先輩が華々しくトリを飾っていたらしい。あの有名なマジシャン近宮玲子を彷彿とさせるショーだったというので、見れなかったのがとても悔しかった、そんな五月祭の終わり。
その後、マジック部は姫野先生から黒江先輩が今回の事件の犯人である事が説明されたらしい。藤枝先輩達は大層驚いたらしいが、一発ずつ頭を叩く事で許したのだとか。
けれど黒江先輩は結局後夜祭には出る事はなく、そのままフェードアウトするように秀央高校を辞める事が決まったらしい。他の学校への転校手続きが進んでいるという事なので、最初からこうするつもりだったのかもしれない。黒江先輩のカードマジックを見る事ができなくなるのは寂しいが、またいつか見たいなぁと思っている。
「なんて、黄昏ながらキャンプファイヤーを眺めるのであった」
「ぶつぶつ言いながら火を眺めてる奴って不審者だよな、高遠」
「通報しておこうか?」
「やーめーてー!!」
冗談だと言っているが、ならその手に持ってる携帯はなんなんですか遥一くん!
携帯がポケットにしまわれるのを見届けてホッと一息つく。再度キャンプファイヤーに視線を移すと、また少しセンチになってしまう。
長いようで、短かったマジック部襲撃事件。騒動の中、剣道部とのアレそれもあったりしたが、いろんな事に片がついた。
「明日から、またいつもの日常が始まるんだね。はー、私の護衛任務もお役御免かー。さみしーなー」
「俺今回の事で、お前が底抜けのお人好しだってのが改めてわかったわ」
「えっなんで」
「言っとくけどな、今回の騒動で怪我してんのお前だけなんだからな?なのにお前ときたら、相手を責める事はしないわ、呑気に後夜祭参加してるわ……はー、お前みたいな幼馴染がいたら、気が気じゃなくて変な衝動も収まるわ……」
「何その厨二病な発言は……え、私そんなトリッキーな事してる?ちょっと遥一くん?なんで目を逸らすんです?」
「ノーコメント」
「くっそー!」
それにしても、と遥一くんをもう一度見上げる。今度は目を逸らさず、小首を傾げるように遥一が私に視線を落とした。
「冗談抜きで、めちゃくちゃ名探偵だったね遥一くん!剣道部の事もマジック部の事も、遥一くんのおかげで全部解決しちゃった」
「そんなことはないよ。どちらもいつか誰かが気づくような単純な話だったし」
「でも遥一くんは、いつかじゃなくて今気付いて暴いてくれた。私、それに救われたんだ。ありがとう、遥一くん」
「……そう」
相変わらず淡白な返事だけれど、私はへへっと笑った。
明日からいつもの日常が始まる。私はAクラスで部活も入ってない帰宅部だけど、たまにマジック部を覗きに行こうかななんて、五月祭の終わりを告げるキャンプファイヤーの火を眺めながらぼんやりとそんな事を思っていた。
しかし翌日。
「優姫!マジック部行くぞ!」
「なんで?!」
「霧島の推薦で、水瓶さんにマジック部のマネージャーとして入部の話が出てるそうだよ」
「マネージャー?!」
「どうせ暇なんだからいいだろ。それに、お前の大好きなマジックが見放題なんだぜ?」
「!!行く!!やっほーい!!私も今日からマジック部だーっ!!あ、黒江先輩にも報告しなきゃ」
「なんで当たり前に連絡先交換してんのお前??バカなの??」
「霧島がずっと苦労してたんだろうなぁというのがよくわかるよ」
こうして、一連の騒動の後私はマジック部のマネージャーとなった。あんな事件やこんな事件に巻き込まれて、名探偵高遠遥一が爆誕するのは、また後の話である。
ちなみに黒江先輩に報告したところ、純平くん同様「バカなの?」という返事が返ってきたのだった。バカじゃないです!