迷子のレクイエム(狩人)
DREAM
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ホテルに戻ると、落ち込んでいるだろうと思っていたユウキはベッドに飛び込むや否、うわああああっと枕に顔をうずめて目いっぱい叫んで、勢いよく顔を上げた。
「よし、少しすっきりした!」
「何かあったのか?」
フランクリンにそう問われて、オレが返す前にユウキがフランクリンの膝に飛び乗って聞いてよーっと泣きついた。
「私ハンターじゃなかったんだって!!ライセンスは私用の嘘ライセンスだったんだって!!ひどくない?!みんなして私のこと騙してたんだよっ!!」
これにはオレ達も内心苦笑するしかない。騙しているというのなら、それはオレ達もだからだ。まあ訂正しなかっただけと言えなくもないが。
「恥ずかしい……私友達に先輩面とかしちゃったよ……羞恥で死ねる……」
「そういえば、その友達はどうしたんだい?」
「!……面会謝絶で会えなかった」
マチがこちらを見るので頷く。友達だという彼女ですら会えないのなら、正直回復する見込みはないとみていい。だがそれを今の彼女に伝えるのは酷で、オレは何も言えないでいた。
ユウキはしばらくハンター協会への文句を言い続けた後、ホテルの売店でやけ食い用のお菓子を買ってくると立ち上がった。
「一人で行ける?」
「行けるが?!クロロさんといい、私のこと妹ではなく幼児扱いしてない?!」
「あはは、してないしてない。いってらっしゃい」
「行ってきます!!」
部屋の扉が閉まるのを見届けると、案の定詳細を知りたいという顔でフランクリンとマチがこちらを向いた。
ハンター協会であったことを話すと、なるほどと納得したようだ。
「あの子のガーディアン、弱い奴らには恐怖の対象になるんだろうね。それで監視した。つまり、あいつらはあの子よりほかの奴らを守ろうとしたってことなんだ。むかつくね」
「やっぱりマチもそう思う?オレもすげーイラついた」
「だが、今後はあいつに誰かついてやったほうがいいかもしれないな。ライセンスが正規のものじゃなかったとバレたことは、すでに協会内で共有しているだろ。そうなると、ガーディアンが暴走したときのことを考えて誰か刺客を送ってくる、なんてことも考えられるんじゃないか」
なるほど、たしかにその可能性はないとは言い切れない。フランクリンの言う通り、協会が一番警戒しているのは彼女のガーディアンの暴走だ。あの子についているそれは、あの子の意思とは関係なく殺戮行動をする。
団長が念を使えない状態だった半年間の間にも、団長の命を狙ってきた輩や彼女に邪な犯罪を起こそうとした輩など、十数人は殺したという。もちろん、そのことを彼女は知らない。
「……やっぱりオレ、ユウキ見てくるよ」
なぜだか胸騒ぎがして、早足で部屋を出てエレベーターに乗る。売店のある1階へ到着すると、すぐに売店に入るが彼女の姿は見えなかった。売店の店主に尋ねてみても、来ていないと言われてしまう。
さあ、と血の気が引く音がした。
ピロロと携帯が鳴る。これはメールだ。
開くと、それはユウキからだった。
≪少し一人になって考えたいので、落ち着いたらまたみんなに連絡します。クロロさんにも会ったらそう伝えておいてください。一緒に来てくれて本当にありがとう、シャル≫
その日、ユウキがホテルに戻ってくることはなかった。
ライセンスが正規じゃなかったってなんだ。
監視ってなんなんだ。
私は、何を恐れられて監視されていたんだ。
わからない。何もわからない。
頭の中がめちゃくちゃだ。
吐きそうだ。
やけに気配に敏感な団員のみんなから、こうして見つからずに抜け出せたのはきっと運がよかったからだろう。ゾルディック家を目指しながら、飛行船の中でそんなことを思っていた。
本当は事の真相をサトツさんに聞きたかったけれど、今ハンター協会へ行くとシャル達が探しに来ているかもしれないから行くのはやめておいた。シャルも帰ったら話してくれると言ってくれたけど、一人になりたい気持ちのほうが強くてほとんど黙って出てきてしまった。ごめんね、みんな。私のこと、受け入れてくれたのに、こんなわがままなことをしてしまって。
落ち着いたら連絡するとシャルにメールを送ってから、携帯の電源を切ってしまったので返事があったかはわからないが、もしかしたらもう愛想をつかされたかもしれない。
いや、みんなはそんな人じゃない。優しい人達だ。少し呆れはされたかもしれないが、きっと笑っておかえりと言ってくれるはずだ。
(そうだよね、クロロさん)
胸元のネックレスを取り出して、ぎゅっと握りしめる。実の兄ではないけれど、自称だけれど、まるで兄からの贈り物のように感じるそれを握っている間は、どこか安心できる気がした。
パドキア共和国へ着いて、ほぼ毎週のようにやっているゾルディック家もルートに入っているバスツアーに申し込み、賑やかなバスの中でこれから会いに行く友達のことを考えていた。
ミルキくんと連絡が取れなくなってから、随分月日が過ぎたように思う。そういえば、お土産忘れちゃったな。ミルキくん、元気にしてるかな。唯一どこにいるかわかる友達は、ミルキくんしかいなかった。私って、本当に何もないんだ。
バスの添乗員さんに「お金もらってるからいいけど、ここと関わるのはほどほどにね」と子供を叱るように注意されつつ下ろしてもらい、バスが去っていくのを見届けてから守衛室のゼブロさんの元へ向かった。バスツアーがいつもあるからもう見向きもしないらしいが、私に気が付くとおおっと立ち上がって迎えに出てくれた。
「久しぶりだねえ!今までどうしてたんだい?」
「あはは、いろんな国を巡ってました」
嘘ではない。実際旅団のみんなについて回って本当にいろんな国を巡っていたのだ。お菓子くらいしかないけれど、と空港で買った菓子折りを渡したら、ゼブロさんはホッとしたような顔をして笑った。
「元気にしてたなら、それが一番だよ。ミルキ坊ちゃんに会いに来てくれたんだね?」
「そのつもりなんですけど、私携帯壊しちゃって、連絡先わかんなくなっちゃったんです。だから、執事室に一回連絡してもらえないかなーって」
「いいよ、少し待ってて」
頷いて守衛室の椅子に座って、ゼブロさんが執事室に電話をかけるのを黙って見ていた。
あまりなんて言っているのかは聞こえないが、会話が途切れた後、ゼブロさんが受話器をこちらへ向けてくる。
「今ミルキ坊ちゃんに繋げてくださっているから、電話持って待っててくれだって」
「ありがとうございます!」
受話器を受け取って、耳に当てる。保留音が鳴っていて、少しするとガチャっと電話がとられる音がした。
『ユウキか?!』
「ミルキくん!私だよー!ユウキだよ!元気にしてた?!」
『お前今まで何してたんだよ!……いや、イル兄やカルトから少し聞いてたから、まあ生きてるってのは知ってたけどさあ』
「携帯が壊れちゃってさ!連絡先全部吹っ飛んだ!」
『バックアップとっとけよバカ!あーもう、お前の連絡先教えろ!送るから!』
バックアップをとっておくという発想はなかった。今度はそうすることにしよう。携帯の電源を入れてから連絡先を口頭で伝えると、すぐにピロロとメールが届く。直通の番号も書いてあったので登録してからありがとうと礼を言う。
「あのね、今日お土産持ってきてないんだけど、少し会えたりする?」
『ああー、悪い。今ちょっと家族の問題が起きてて……わかったよパパ、すぐ終わるからちょっと待って!……ってわけで、また後日来てくれる?』
「そっかあ。ううん、私も急に来てごめんね。イルミさんとカルトくん、それからキルアくんにもよろしくね」
『いつの間にかオレの兄弟とめちゃくちゃ仲良くなってるよなお前……あ、そうだ。最後に、パパ達から聞いたんだけど、幻影旅団の団長が兄かもしれないって話したんだって?』
たしかに、前にヨークシンで会った時にシルバさんとゼノさんにその話をした。二人は似てなかったから違うだろうと言っていたが、会ってみないとわからないんだと意気込んでいたのはもう随分前の話になるのか。
「それがどうかしたの?」
『どうかってお前、結局団長は兄さんじゃなかったのかよ?』
「え?いや、私幻影旅団の団長に会ってもないんだけど」
『はあ?何言ってんの。お前が今一緒に行動してる旅団って、幻影旅団だろ?団長のクロロって、イル兄によく暗殺依頼出してくるやつだし』
ドクンと、心臓が大きく跳ねた音を聞いた。
「い、いや、え?クロロさん達は、劇団でしょ?」
『……まさかお前、何も知らないで一緒にいたのか?』
「し、知らないでって……だって、そんなの何も……」
『電脳ページに幻影旅団の死体一覧ってグロ画像あっただろ?あれ、パパ達にも見てもらったら他の団員は知らんが団長はこいつで合ってるって言ってたよ。リンク送るから、確認してみろよ』
それじゃあと電話は切られ、同時にピロロと携帯にメールが届いた。受話器を置いて、呼吸を整える。
「大丈夫かい」
「あ、はい。えっと、ミルキくん忙しいみたいだから、私もう行きますね。お邪魔しました」
心配そうなゼブロさんにもう一度礼を言って、徒歩で山道を下る。足が重くて、とぼとぼと歩いてしまう。
クロロさん達の旅団は劇団ではなく、幻影旅団という盗賊団だった?
クロロさんは、その団長だった?
改めて、ミルキくんから送られたメールを確認しようとメールボックスを見ると、団員のみんなからメールが送られていた。電話もたくさん来ていたようだ。
意を決して、ミルキくんから送られたメールを開く。グロいのが苦手だから、一度も開かなかったリンク。見たくないけど、きっと見ないといけない。
本当かどうか、確認しないといけない。
記載されたリンク先を開くと、おどろおどろしいページに幻影旅団の死体の写真が並んでいた。
どれも残虐なものだったが、顔だけは綺麗に残されていたから、確認ができてしまった。
私の知る旅団のみんなは、幻影旅団だった。
クロロさんは、そのリーダーだったのだ。
思考が定まらなくなって、下山までの道のり走ったり息切れを起こして立ち止まったりを繰り返していたら、街へ降りる頃にはもう夜になっていた。
息が、うまくできない。
苦しい。
私、何を悩んでいたんだっけ。
この数日間で色々ありすぎて、頭の中の整理もできないまま路地裏にへたり込んでしまった。
「やっと見つけた」
突然ガッと腕を掴まれて、持ち上げられる。わけがわからなくて掴んできた主を見ると、見知らぬ男だった。
「な、何ですか?!」
「お嬢ちゃんの持ってるそれ、飛行船で見てからずっとほしかったんだ。まさかバスツアーに参加するとは思わなくて見失っちゃったけど、ここに留まっていて正解だった。へへ、その首にさげてるネックレス、俺にくれよ」
「はあ?!なんであげなくちゃいけないのさ!!これは私がもらった」
クロロさんから、もらった、もの。
「その価値わかってないだろ?それすごく貴重なものでね、俺以外にもきっと欲しい奴がこうやって襲ってくるよ。それなら、今素直に渡しておいたほうが怪我もしないですむだろう?だから、ほら、俺にそれをよこせよ」
「だ……誰がお前なんかにあげるかーっ!!これは、私がもらった大事なものなんだ!!」
たとえあの日々が嘘だったとしても、これは大事なものだ。まだ頭の中の整理はついていないし、これからどうするかなんて何も考えられないけど、こんなところでこんなわけのわからん奴に渡してたまるものか。
私が叫びながら暴れると、鬱陶しく思ったのか、男はナイフを持ち出し私の胸元を切り裂いた。ネックレスが飛び出てきて、盗られてしまうと焦った瞬間、それは起こった。
バシュッ、と目の前の男が切り裂かれた。
「え?」
飛び散った血が、私の顔にかかる。生温かい。なんだこれ。
男は悲鳴を上げることすらできないまま、そのまま見えない力でくしゃりと折り曲げられる。そうして路地裏の奥へ転がされるのを、私はへたり込みながら見ていることしかできなかった。
「ユウキ……?」
知っている声がして、ゆっくりと振り返る。街灯で明るい街から、路地裏を覗いている青ざめた顔。彼は、キルアくんだ。隣に、知らない子がいる。誰だろう、なんて間の抜けたことを考えていた。
「とうとう、見ちまったのか」
ぽつりとキルアくんがそう言った。久しぶりに会えて嬉しいだとか、ゴンくんの話だとか、隣の子の話だとかたくさん話したいことがあったはずなのに、何かを知っているその言葉に、思わず前のめりになってしまった。
「私に、一体何が起きてるの?!キルアくんは、それを知ってたの?!いつから?!」
「……オレが知ったのは、天空闘技場で会った時。今の見えない力が、実の兄貴がお前に贈った、お前を守るためのガーディアンなんだ」
簡潔に話してくれたのだろうが、私にはさっぱりわからない。見えない力って何。実の兄が、私に贈ったガーディアンって何。
こんな、こんな人を殺す力を、贈っただって?
「人殺しっ!!」
叫ぶ声がして、見れば青ざめた女性が私を指さしていた。周囲を見渡すと、私が叫んだからかキルアくん以外にも路地裏へ注目していた人達が大勢いたようで、私を見て怯えた顔をしていた。
人殺し。私が。
キルアくんの話によれば、この力が傍にあるのは今始まったものではない。それに加えて、とうとう見たという言葉。この力は、私の知らないところで、ずっと人を殺していたのか。私を、守るために?
「キルアくん」
立ち上がって足を進めたら、キルアくんが隣にいる子を庇う動きをした。あ、と私の中の何かが崩れていく。キルアくんも私の顔を見てハッと自身の行動に気づいて、違うと声を絞り出していた。
「その子、友達?」
尋ねると、また違うと言われた。
「オレの、妹だ。ずっと一人にしてて、今ようやく一緒にいられて……アルカにも力があってさ、その力でゴンのこと治してもらうんだ」
「そっか。その子がいれば、ゴンくん、治るんだね。治ったら、ゴンくんによろしくね」
「っ、おいユウキ!お前も一緒にっ」
「ごめんね」
きっと、一緒に行こうと言ってくれようとしていた。優しい友達。もう友達と言っていいのかわからないけど、この場にいるわけにはいかなかった。後ろを振り返ることもできないまま、私は逃げるように走った。
人殺しと言われた。
人が殺される瞬間を見てしまった。
本当に些細な事だった。
天空闘技場と言われて、思い出せることがある。ゴンくんとようやく再会できたあの日、部屋に入れてもらって買ってきたお菓子をテーブルに並べていた時のこと。ゴンくんは私を見て冷や汗をかいていて、キルアくんは私から距離をとっていたことを覚えていた。
見えない力とやらは、そうやって周囲の人達を怯えさせて、私を守る為に人を殺していたのだろうか。
もしそうだとしたら、私は。
(こんな贈り物、ほしくなんてなかった!!)
キルアくんとアルカちゃんという妹のように、兄妹で一緒にいたかった。
ただ兄さんが傍にいてくれたなら、それだけできっと、よかったのに。
―――…
ハンターライセンスは、郵送して返却することにした。万が一配送途中で盗られてしまっても、私のカードには価値がないことはわかっているのでまあいいだろう。
携帯に絶え間なく届く通知は全部見ないようにした。
あの日私が人を殺してしまった事件は、目撃者が多かったことから地方ニュースになっているのを見た。犯人は不明となっていたが、怖くなってページをすぐに閉じた。
ハンター協会会長総選挙は、チードルさんが会長へ就任することになったようだ。たしか、一度だけ会ったことがある。ライセンスを取得したときに、たくさんのハンターと顔合わせをしたが、その時の一人だった。レオリオが二位まで来たり接戦していたらしいと記事に書いてあって、少し驚いた。
ゴンくんは、無事に回復したらしい。選挙の記事に関連して小さくはあるが退院したと書いてあって、思わず泣いてしまった。
私にはもう帰る場所はない。頼る人もいない。
くじら島から大都市へ渡る船の中で、ゴンくんと話したあの日が懐かしい。レオリオとクラピカとも知り合って、三人をハンター試験の会場で見送ったりしたなあ。
ミルキくんと街中で意気投合して、兄探しを手伝ってもらっちゃって、家にも遊びに行くようになって、初めて友達の家に行くという経験をしたんだ。
それから、人違いでクロロさんに兄ですか、なんて聞いちゃって。そしたら兄を自称し始めて、団員のみんなとも仲良くなったんだ。
天空闘技場で会ったヒソカも、最終的には色々世話になったなあ。まあ断崖絶壁に置いていかれたのは未だに許してないけども。そういえばキルアくんとも知り合ったのは天空闘技場だったな。
楽しかった。たくさんの人達と出会って、騒いで、ずっと楽しかった。
兄が私に会わないと伝言を聞いた時にも、クロロさんが慰めてくれたから、寂しくならなくてすんだ。ヒソカがグリードアイランドから戻ってくるまでのあの半年間は、本当に幸福な日々だった。兄がいたら、こんな生活を送っていたのだろうかと錯覚するほどに、私が望んだ生活だったのだ。
(なんか、走馬灯みたいだ)
雨に降られながら静かな街を歩く。天候が悪いと人々の外出は減り、それが人口の少ない都市ならなおさら静かな街となる。
びしょ濡れになったまま歩く女など、誰も気にも留めない。不審者として遠ざけられているだけかもしれないが、今はそれでよかった。
来月はクリスマスだなあ、なんて雨の街を歩きながらショーウィンドウの展示を見る。楽しかった日々をまた思い出して、そういえばとポケットに入れている携帯を触る。
シャルに、落ち着いたら連絡すると言ってしまったが、もう三か月も経ってしまった。どうしよう、そろそろ連絡しようかな。落ち着いたわけじゃないけど、みんなとはいられないと伝えないと。
兄は、結局私の前に現れてはくれなかった。
私に残されたのは、兄のハンターライセンスとクロロさんから貰ったネックレスと、見えないガーディアンだけだった。
寂しい。
これから先もずっと、こうして一人で生きていくには、幸福な時間を知りすぎてしまった。
足が止まる。濡れ続ける服は、私から体温を奪っていくようだった。
このまま、何もかも奪ってくれれば、いいのに、なんて。
「あなたはもしかして、オレの妹のユウキじゃないですか?」
頭上から雨粒が落ちてこなくなる。どこかで聞いたようなセリフとともに傘を掲げられたらしい。思わずふへっと笑った。
「妹じゃないですね」
「ならお兄さんになってあげる」
「私実の兄を探してるんであって兄になってくれる人を探してるわけじゃないんですが?!」
いつかしたような会話を再現して振り返ったら、傘をこちらへ向けている男はふはっと噴出したように笑う。今日は黒いロングコートではなく、黒いスーツを着て肩に赤いコートを羽織っていた。
「久しぶり、クロロさん」
なんでもないように振舞って、そう挨拶をしたら呆れたような顔をされてしまった。
「シャルが責任を感じていたから、帰ったらちゃんと謝るんだぞ」
「えっほんとに?!うわー申し訳ない……って、いや私、もう帰らないよ」
「なぜ?」
「なぜって、クロロさん達もう知ってるでしょ?私ハンターでもなければ、わけのわかんない力がとりついてるんだ。……暴走したら、きっと誰も止められないよ」
「安心しろ。お前は暴走しないし、万が一そうなったらオレがちゃんと止めてやる」
それは、幻影旅団の団長だから?本当は強いから?
それを聞く勇気はなくて、私は涙をこらえるので精いっぱいだった。俯いている私の肩に、そっとコートがかけられる。
「そもそも、お前はオレの妹だ。それ以外の肩書は必要ない」
とんでも結論を持ち出してくるクロロさんに、ぱちりと目を瞬かせる。迷子の子供をあやすように、私の顔を覗き込んでクロロさんは優しい声で手を差し出してきた。
「帰ったら、来月のクリスマスの話でもしよう。去年食べたケーキが美味しかったから、また作ってほしい。オレは去年これを食べたんだぞってあいつらに自慢してやりたいんだ」
実の兄は、私の前に現れてはくれなかった。
それは私を守るためだとクロロさんは言っていたけれど、私は守ってほしかったわけじゃなかった。
こうやって、迎えに来てほしかった。
帰るべき場所へ、並んで一緒に帰りたかったのだ。
ボロボロ涙をこぼしながら、差し出された手を握ると、握り返されてそのまま歩き出す。
「頼むからオレの知らないところで勝手にいなくならないでくれ。何かあったらと心配したぞ」
「へへ、でも三か月もクロロさん達を撒けたんなら、私結構すごかったりしない?忍者いけちゃう?」
「いや、居場所は二か月前には見つけていたんだが、気持ちの整理が必要だろうというメンバーとすぐに声をかけてやるべきだというメンバーで揉めてな。我慢できなくなったオレがこうして出てきたというわけなんだが」
「めちゃくちゃすぐ見つかってる!!じゃあもういっそ声かけてよ!!二か月もぼんやり過ごしてたの見られてたってこと?!はっず!!」
ツッコミを入れていたら涙も吹っ飛んでしまった。いやそれ以上に今は羞恥が勝っている。いろんなものから逃げるように飛び出した後の三か月は、それはもう凹みながら息を吸うだけの生活だった。さすがに一か月を過ぎると、人との接触も少しずつ前のようにできるようになってきたが、とにかく引きこもっていたように思う。
「恥ずかしい。羞恥で死ぬ」
「それなら次からはちゃんと兄さんに相談するように」
「兄さんじゃないけど、まあうん、相談するかも」
「ああ、待ってる」
雨足が緩やかになってきたから、もうそろそろ雨が止むだろう。なんとなく隣を歩くクロロさんを見上げると、機嫌がよさそうに笑っていたから、私もつられて笑った。
そんな彼が幻影旅団の団長だなんて、今も少し信じられないと思うのだけど、いつか話してくれるだろうか。
もし話してもらったとして、私はどうするのだろうか。
三か月悩んだところで結局何もわからないままだけど。
今はただこうして、劇団のクロロさん達と過ごす日々を満喫したいと思っているんだ。
「ところで、シャルに送ったメールを見させてもらったんだが、いつからシャルナークさんではなくシャルと愛称で呼ぶ仲になったんだ?そもそもなぜシャルにだけメールを送った?二人でいた時に何か進展することがあったんじゃないだろうな一体何があったんだユウキ」
「怖い怖い!!もはや過保護兄通り越してヤンデレになってるから!!」