snobbism(龍如)
DREAM
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
光と闇の狭間の人達の話。~狂犬視点~
(2019年なずな33歳)
長い闘いだったように思う。
極道の在り方が変化し、色んなしがらみの中でどうにか生きてきたのだが。あろうことか極道の息子が極道も警察も駒のように扱おうとした。そいつはそれができるだけの知恵も行動力も、カリスマも持ち合わせていた。
警察の駒で、カタギの犬になるなど、もう極道ではない。時代は変わったのだ。好きなように生きてきたし、実際犬とも呼ばれたりしたが、きっとここらで潮時だった。息子を止めたいという荒川組の組長と六代目が画策し、今こうして東城会と近江連合の解散が実現しようとしている。
近江連合本部に現れた似合わないサングラスをかけた堅苦しいスーツの男を見て、冴島の兄弟が言う。「堂島の龍が帰ってきた」と。
死んだと聞かされた時は、年甲斐もなく憤慨したものだ。最初こそ桐生ちゃんを殺された返しをしなければと思っていたが、大吾が親の背を見て立ち上がる様を見て、少しずつ冷静になっていった。するとどうだ。死んだという話が嘘のように思えてきたではないか。
ふと頭に過ったのは、一人の少女だった。いや、もう三十路で大人なのだから少女ではないか。十年以上の付き合いになるものだから、子供扱いが抜けないのは許してほしい。
彼女は、善人だった。善人すぎるが故に、悪い人間を引き付けてしまい、彼女の平穏を願った兄によってその人生を終えることになった。
桐生ちゃんも、もしかしたらそうなのだろうか。そうやって名前を消して、大切なものを守るために行方をくらまして生きているのだろうか。探しに行ってやろうと思ったりもしたけど、大吾のこともあっていかなかった。大吾のことを頼むと桐生ちゃんに頼まれていたし。
なずなちゃんに聞いてみようかと思っていたけど、一切の痕跡も残さず身を隠す必要があったから、とうとう聞くことはなかったが、名乗らないまま邪魔をする組員達を殴る桐生ちゃんを見て確信した。きっと、あの子と一緒にいるのだ。名前をなくしたもの同士、寄り添って生きていたのだ、と。
春日達の助力もあり、暴徒と化した組員を退くことができたが、まだ終わりではない。これから、警察署まで大吾と渡瀬を無事に送り届けなければならない。おそらく話を聞いた組員達がたどり着かせないようにと追ってくる。あとは、それを乗り越えればいよいよ東城会も近江連合も終わるのだ。
本部を出た先に止めてある、リムジンほどではないが、大人数が乗れる車に乗り込むと、少し圧迫感があった。いかついおっさん共が集まるとどうにも暑苦しい。
助手席に座った冴島に、後部座席は桐生ちゃん、大吾、正面に渡瀬、そして自分が座っている。大吾は話しかけていいものか悩んでいて、桐生ちゃんはだんまりのまま車が発信する。その直後、早速車に銃弾が当たる音が聞こえ始めた。追手がきたのだ。
「なあ運転手さん、悪いが飛ばしてくれるか」
冴島が応戦用に銃を懐から出しながらそう声をかけている。すると、運転手は被っていた帽子を外して、それを見た冴島が驚いた顔をしているのが見えた。
「もちのろんよ!かっ飛ばすんで頭ぶつけないようにしてくださいね皆さん!!」
「お前、なずなやないか!何やっとんのや!」
「お世話になった分の恩返しにきました!ね!かずま叔父さん!」
「かずま叔父さん?!桐生ちゃん、また若い女の子のおじさんやっとるんか?!」
「人聞きの悪い事を言うな。それよりなずな、運転は任せたぞ」
「イエッサー!!おるあああああ!!」
桐生ちゃんは鳴れた仕草で銃を構え、追ってくる車やバイク乗りに撃ち込んでいく。その様子に大吾は呆然としてしまったし、渡瀬に至っては「ええ女やないか」と笑っていた。
「言っとくが、あの子もう男おるからな」
「なんや、つまらんのう」
「あ、もしかして、前に真島さんが仰っていた神室町の刑事と交際しているっていうのが彼女ですか?」
「ほぎゃあああ!!そういえばそうだった!!私六代目さんに恋人情報だけ知られてるんだった!!はじめまして!斎藤なずなです!」
「あ、ああ、はじめまして。堂島大吾だ」
「何悠長に挨拶しとるんや!わんさか来とるで!」
冴島に言われ、弾に当たらないように外を見れば、たしかに数が増えていた。桐生ちゃんだけじゃ応戦しきれないかもしれないと思い、こちらも銃を外へ向けて撃ち始める。撃ち切った桐生ちゃんは弾を補充しながら運転席へ呼びかけた。
「なずな!道は確保できたか!連絡は?!」
「まだ繋がってない!……あっやった今繋がった!もしもーし!!よし兄!!聞こえてる?!」
≪聞こえてる≫
スピーカーから聞こえた、そのたった一言。
それを聞いた大吾が、先ほど桐生ちゃんを見た時以上に驚愕した表情で、ゆっくりと運転席の方を見た。なずなちゃんは気づかないままスピーカーの向こうへ話しかけている。
「そっち道開けてくれた?!」
≪もう開いてるからさっさと来い≫
「サンキューよし兄!よっしゃ行くぞー!!」
桐生ちゃんと冴島と三人で応戦して、なずなちゃんの運転で進む中、腹を決めている渡瀬の横で、大吾は警察署に着くまで顔を伏せていたままだった。
無事に届出は提出された。これで、かつての二大極道組織は、本当になくなった。
無事にたどり着いた警察署の前で、大吾と渡瀬が出てくるのを待つ中、さっさと帰ろうとするなずなちゃんと桐生ちゃんを捕まえてやった。
「なーに帰ろうとしとんのや。全部話せとは言わんが、少しくらいならええやないか」
「えーとお、大した話もできないといいますか……桐生さん、もといかずま叔父さんの件が少々複雑で……」
「ああフィクサーなんちゃらはええねん。ワシが聞きたいのは、なんで叔父さんになったんかや!お父さんでもよかったやないか!」
「!!た、たしかに……!」
「こいつが兄かおじポジしか言わなかったから、そこまで浮かばなかったな……」
「そういう抜けてるとこはほんま似とんなあ。で、さっきのスピーカーの男、あれが今の兄貴さんなんか?」
「ああ、桐生とはまた違った渋い声やったな」
「へっへー!そうなんだ、私の斎藤性のお兄ちゃんです!今は恥ずかしがって向こうの塀の裏に隠れてます」
彼女が指さした先に、塀から少しはみ出た肩がびくりと跳ねるのが見えた。あれが今の日常での兄貴さんらしい。そう恥ずかしがらなくてもいいだろう、と足音を消して近づき、勢いよく塀の裏へ飛び出してやる。
「顔くらい見せや!」
「?!」
「……お前、峯の坊や、か?」
重ねて驚いたらしいその男の顔に、見覚えがあった。もう10年も前になるか。大吾の兄弟分であり、かつての東城会の金庫番でもあった白峯会の会長。そして、大吾が意識不明の重体の中、東城会を乗っ取ろうとした張本人、峯義孝。最後は病院の屋上から飛び降りて死んだと聞いていた。まさか、この男が彼女の兄を名乗っているだなんて。
「……相変わらず無遠慮な方ですね」
黒いジャケットを羽織り、さらに黒いワイシャツを下に着ている姿は、極道でいた時よりよっぽど裏を生きる人間のようであった。斎藤性ということは、峯という性は捨てたのだろう。
「今はなんて名乗っとるんや」
「斎藤義孝です。一馬さんは、義孝と呼びます」
「一馬さんに義孝やとお?!なんで死んだ後の方が親密度上がっとるんや!!ずるいやないか!!」
「耳元で叫ばないでください。あなたは何年たってもあの人のこと好きなんですね」
「それはお前もやろ。大吾のこと助けるためにここに来たんちゃうんか?」
峯は一瞬口を開こうとして、それから視線をそらした。図星なのだ。というか、こいつが大吾にほれ込んでいるのなんてあの頃の東城会の幹部達はみんな知っていた。その執着心に気が付いていなかったのは大吾くらいだった。
しゃあないな、と峯の腕を引っ張って陰から引きずり出してやる。なんですか、と少し焦った声が面白い。
「お前、このまま隠れて顔だけ見て帰るつもりやったろ。させへんで。大吾ちゃんにおうてき」
「いや、俺は」
「いやもクソもあらへん。絶対会わせたる」
あの寂しがり屋の女の子を一人にしないでくれてありがとうだとか、こいつも報われるべきだとかなんて、言うつもりはない。
スピーカーから聞こえたたった一言だけの声が、誰のものなのかわかってしまうくらい引きずっている男もいるのだと、この坊やに教えてやらないと気が済まなかっただけだ。
「あ、よし兄引きずられてる」
「兄さんの行動は相変わらず読めねえなあ」
「あれがなずなの兄貴さんか?えらい男前やな」
そういえば、冴島は峯のこと知らなかったな。この後どこかで休息をとるときにでも教えてやろう。
不服げな峯を引きずって三人の元へ戻ると、桐生ちゃんはおかしそうに笑って見ていた。
「よー!根暗のおっさん連れてきたで!」
「誰が根暗ですか」
「はい!この根暗の男前が、私の兄の斎藤義孝です!」
「なずなてめえ」
「うキャーッ!!執拗にこめかみを狙ってくるううーっ!!」
仲がええなあと冴島はのほほんとしている。あの峯が遠慮もなく彼女に接しているところを見ると、相当気に入っているのだろう。ひとしきりなずなちゃんをいじめた後、峯は居心地悪そうに周囲を見渡して、ぴたりと固まった。視線を追うと、警察署の門から渡瀬を置き去りにする勢いでこちらへ向かってくる大吾が見えた。それから加速をつけたかと思えば、勢いよく拳を振り上げる。
ゴッ、と容赦のない大吾の拳が峯の頬を殴った。
後の事を考えず殴ったのだろう、倒れる峯と一緒に大吾もその上へ転がるように倒れた。自分が殴られたにも関わらず大吾が地面へ落ちないように体を支えるあたり、峯だなあとぼんやり思う。ちなみにその一部始終を見たなずなちゃんは「キャーーーー?!?!」と珍しく可愛らしい悲鳴をあげていた。とりあえず解散直後に暴力沙汰だなんだと言われてはたまらないし、人払いくらいはしておくか。
「どうして俺に会いに来なかった」
峯の上に倒れたまま顔を上げない大吾は、くぐもった声で話し始めた。
「悪い事したって思ってんなら、謝りにくればよかっただろ。生きてたんなら、少しくらい俺に会いに来ようとか思わなかったのか」
「……どの面下げて、会いに行けばよかったんですか。俺は、勝手に貴方を死んだものとして扱って、勝手に暴走して、全部めちゃくちゃにしたんですよ」
「うるせえ!その面でいいから会いに来いよ!!白峯会会長じゃなく、ただの峯で会いにくりゃよかったんだ!!」
「大吾さん……」
峯の胸元にうずめていた顔を勢いよくあげた大吾は、わかってはいたがめちゃくちゃに泣いていた。その顔を見て、峯が目を見開いている。
「お前はいつもそうだ!俺のためとかいって、勝手なことばかりして!10年前だって、お前はただ裏切ったんじゃなかった、俺がいなくなった後、東城会をなくさないようにって行動しただけだった!!」
「それは、良い風にとらえすぎですよ」
「口答えすんな!」
「はい」
「俺がっ、この10年俺がどれだけ苦しかったかわかってんのか?!」
「東城会も色々ありましたからね」
「本当にお前は頭いいのに馬鹿だな!!」
「え?」
「お前がいないから苦しかったに決まってんだろ……ッ!!」
たしかに峯がいなくなったことで、東城会はひどい財政難を抱えたり変につつかれたり、散々なことばかりだった。大吾もうまく立ち回ることができないときもあったし、何度も怪我をしたり入院、逮捕と色々、本当に色々なことが目まぐるしくあった。
それでも毎年、欠かさず墓参りをしていたことを知っている。
とある墓の前で、煙草に火をつけ、少し良い酒を供えて、静かに目を閉じていたのを見たことがある。
本当に会いたかったのは、峯よりも大吾の方だったのだ。
「くそ、あーくそっ!ようやく次に進めるのに、本当はもっとしっかりしてないと駄目なのに、こんな、みっともねえ!全部お前のせいだ!」
「……申し訳ありません、大吾さん。もう、俺の事は忘れて」
「連絡先は!!」
「は、はい?」
「お前の今の連絡先!!家!!全部教えろ!!いいな!!」
「あ、あの、大吾さん?」
「今はなんて名乗ってんだ!!」
「さ、斎藤義孝です。一馬さんは、義孝と呼びますが」
「なんで死んだ後の方が親密度上がってんだ!!なら俺も義孝って呼ぶからな!!いいな義孝!!」
「あ、はい……え?」
「はーっ、はーっ!……はぁ、頼むから、もう勝手にいなくなんなよ」
先に起き上がって、峯に向かって手を伸ばす。怒涛の言葉責めに困惑していた峯の顔が、少し歪んだように見えた。それからゆっくりと手を伸ばし、差し出された大吾の手を取ろうとする。その手は、小さく震えているようだった。
「痛いです、大吾さん」
「あー、わりい。久々の全力だったから、加減ができなかった」
「いえ、拳はそうでもなかったのですが」
「おいこら」
「でも、なんでですかね。涙が止まらないんです」
「……そうか」
大吾に手を引っ張られて立ち上がった峯は、そのまま大吾に抱擁される。ぽんぽんと背中を叩かれると、峯は大吾の肩口に顔をうずめ、静かに泣いていた。
連絡先を教えてもらうと、すぐに正しい番号か掛け直す大吾に峯は苦笑を漏らしていた。もちろん正しく峯の持っていた携帯に通話が繋がり、大吾もホッとしたようだった。
「今夜絶対に電話かけるからな。絶対出ろよ」
「わかりました」
「それじゃ、また後でな」
すっかり兄弟分の顔になっていた大吾だったが、渡瀬の方を振り返る時にはもう元六代目の顔に戻っていた。それから今後の事についてをもう一台待たせていた車に乗り込みながら話しているを見ていたら、桐生ちゃんに「おい」とぶっきらぼうに声をかけられる。
「あんたも、あれに乗っていくんだろう。冴島はもう乗ったぞ」
「あー、そうやな。兄弟はこれから馬場ちゃんっちゅう弟分迎えに行くらしいから急いどるんやろ」
「馬場ちゃん……?馬場……あ!冴島組の馬場さん?!」
「おん?冴島組ちゃうで?四年前の事件の黒幕に雇われた殺し屋やで」
「殺し屋だったのお?!うっそお?!でも、そういえば北海道の新聞持ってたっけ……?!」
「なつかしいなあ、あの後すぐ桐生ちゃんは務所行ってまうし、俺も大吾おらんかったら追って入ったろかおもたわ」
「真島さんの愛が重い……!!真桐ありがとう!!」
「(真桐?)いや、とにかく。冴島のためにも急いでやれよ」
「……なあ桐生ちゃん。また喧嘩しよーな」
「え?あ、ああ……そのうちな」
「よっしゃ!!言質とったで!!そんじゃこれ、ワシの連絡先な!待っとるで!桐生ちゃあーん!!」
なずなちゃんと峯、もとい義孝坊やにも手を振ってから車に乗り込むと、待ってましたと言わんばかりにすぐに発進した。冴島が「なんや、今日は色んなことがあるなあ」と笑うので、ヒヒといつものように笑い返した。
「いやあ!いい仕事したね!!」
そう言って笑うなずなは、今日のこの一連の騒動にどうしても参加したいと頑なだった。数日前、こいつの実の兄からいつもの封筒が送られてきて、それに貼られた付箋を読むと東城会と近江連合が解散する、その妨害を止めるために人手がいる、と書いてあった。
あの東城会と近江連合が、解散する。驚いたが、内心それも仕方のない事だとも思った。今の時代の風潮、そして神室町3K作戦など、極道の時代は終わったのだと感じていた。これから生きていくには、もはや警察や政治家の犬になるしかないほどに衰退していた。一馬さんとその付箋を見て、とうとうその時が来たのかと感慨にふけっていたら、なずなはバッと顔を上げた。
『これってつまり、手助けしていいってことだよね?!私行く!恩返しがしたいんだ!』
「それに!よし兄が六代目さんと会えてよかった!へっへ、だから言ったじゃん、六代目さん、絶対よし兄に会いたがってるって!」
「……ああ、そうだな」
「フ、よかったな、義孝。それじゃあ、今夜は大吾も家に来るかもしれねえから、鍋でも作って待つか?」
「ひゅー!いいねえ!それなら買い出しして帰んなきゃ!いこいこ!」
前を歩くなずなを見て、眩しさに目を細める。
恩返しがしたいって、なんだ。お前を助けてくれたのは東城会の人間だったかもしれないが、谷村を傷つけ、お前の心を傷つけたのだって東城会の奴らだっただろ。
それなのに、お前は東城会のために危険に突っ込んで。俺のことで笑って、喜んで、本当に馬鹿じゃないのか。本当に、お前は馬鹿だ。
けど、お前が引っ張ってくれたおかげで、俺は今度こそ、東城会のために手を貸すことができた。大切な人に、もう一度会うことができた。
「おいなずな」
「ん?」
「ありがとう」
「ふえっ?!えっ、今よし兄ありがとうって言った?!えっうそうそ!!よし兄が素直になった!!」
「うるせえ」
「辛辣に戻るの早くない?!」
俺の周りをうろちょろする妹にチョップをくらわしていたら、後方を歩きながら叔父が楽しそうに笑っていた。
(2019年なずな33歳)
長い闘いだったように思う。
極道の在り方が変化し、色んなしがらみの中でどうにか生きてきたのだが。あろうことか極道の息子が極道も警察も駒のように扱おうとした。そいつはそれができるだけの知恵も行動力も、カリスマも持ち合わせていた。
警察の駒で、カタギの犬になるなど、もう極道ではない。時代は変わったのだ。好きなように生きてきたし、実際犬とも呼ばれたりしたが、きっとここらで潮時だった。息子を止めたいという荒川組の組長と六代目が画策し、今こうして東城会と近江連合の解散が実現しようとしている。
近江連合本部に現れた似合わないサングラスをかけた堅苦しいスーツの男を見て、冴島の兄弟が言う。「堂島の龍が帰ってきた」と。
死んだと聞かされた時は、年甲斐もなく憤慨したものだ。最初こそ桐生ちゃんを殺された返しをしなければと思っていたが、大吾が親の背を見て立ち上がる様を見て、少しずつ冷静になっていった。するとどうだ。死んだという話が嘘のように思えてきたではないか。
ふと頭に過ったのは、一人の少女だった。いや、もう三十路で大人なのだから少女ではないか。十年以上の付き合いになるものだから、子供扱いが抜けないのは許してほしい。
彼女は、善人だった。善人すぎるが故に、悪い人間を引き付けてしまい、彼女の平穏を願った兄によってその人生を終えることになった。
桐生ちゃんも、もしかしたらそうなのだろうか。そうやって名前を消して、大切なものを守るために行方をくらまして生きているのだろうか。探しに行ってやろうと思ったりもしたけど、大吾のこともあっていかなかった。大吾のことを頼むと桐生ちゃんに頼まれていたし。
なずなちゃんに聞いてみようかと思っていたけど、一切の痕跡も残さず身を隠す必要があったから、とうとう聞くことはなかったが、名乗らないまま邪魔をする組員達を殴る桐生ちゃんを見て確信した。きっと、あの子と一緒にいるのだ。名前をなくしたもの同士、寄り添って生きていたのだ、と。
春日達の助力もあり、暴徒と化した組員を退くことができたが、まだ終わりではない。これから、警察署まで大吾と渡瀬を無事に送り届けなければならない。おそらく話を聞いた組員達がたどり着かせないようにと追ってくる。あとは、それを乗り越えればいよいよ東城会も近江連合も終わるのだ。
本部を出た先に止めてある、リムジンほどではないが、大人数が乗れる車に乗り込むと、少し圧迫感があった。いかついおっさん共が集まるとどうにも暑苦しい。
助手席に座った冴島に、後部座席は桐生ちゃん、大吾、正面に渡瀬、そして自分が座っている。大吾は話しかけていいものか悩んでいて、桐生ちゃんはだんまりのまま車が発信する。その直後、早速車に銃弾が当たる音が聞こえ始めた。追手がきたのだ。
「なあ運転手さん、悪いが飛ばしてくれるか」
冴島が応戦用に銃を懐から出しながらそう声をかけている。すると、運転手は被っていた帽子を外して、それを見た冴島が驚いた顔をしているのが見えた。
「もちのろんよ!かっ飛ばすんで頭ぶつけないようにしてくださいね皆さん!!」
「お前、なずなやないか!何やっとんのや!」
「お世話になった分の恩返しにきました!ね!かずま叔父さん!」
「かずま叔父さん?!桐生ちゃん、また若い女の子のおじさんやっとるんか?!」
「人聞きの悪い事を言うな。それよりなずな、運転は任せたぞ」
「イエッサー!!おるあああああ!!」
桐生ちゃんは鳴れた仕草で銃を構え、追ってくる車やバイク乗りに撃ち込んでいく。その様子に大吾は呆然としてしまったし、渡瀬に至っては「ええ女やないか」と笑っていた。
「言っとくが、あの子もう男おるからな」
「なんや、つまらんのう」
「あ、もしかして、前に真島さんが仰っていた神室町の刑事と交際しているっていうのが彼女ですか?」
「ほぎゃあああ!!そういえばそうだった!!私六代目さんに恋人情報だけ知られてるんだった!!はじめまして!斎藤なずなです!」
「あ、ああ、はじめまして。堂島大吾だ」
「何悠長に挨拶しとるんや!わんさか来とるで!」
冴島に言われ、弾に当たらないように外を見れば、たしかに数が増えていた。桐生ちゃんだけじゃ応戦しきれないかもしれないと思い、こちらも銃を外へ向けて撃ち始める。撃ち切った桐生ちゃんは弾を補充しながら運転席へ呼びかけた。
「なずな!道は確保できたか!連絡は?!」
「まだ繋がってない!……あっやった今繋がった!もしもーし!!よし兄!!聞こえてる?!」
≪聞こえてる≫
スピーカーから聞こえた、そのたった一言。
それを聞いた大吾が、先ほど桐生ちゃんを見た時以上に驚愕した表情で、ゆっくりと運転席の方を見た。なずなちゃんは気づかないままスピーカーの向こうへ話しかけている。
「そっち道開けてくれた?!」
≪もう開いてるからさっさと来い≫
「サンキューよし兄!よっしゃ行くぞー!!」
桐生ちゃんと冴島と三人で応戦して、なずなちゃんの運転で進む中、腹を決めている渡瀬の横で、大吾は警察署に着くまで顔を伏せていたままだった。
無事に届出は提出された。これで、かつての二大極道組織は、本当になくなった。
無事にたどり着いた警察署の前で、大吾と渡瀬が出てくるのを待つ中、さっさと帰ろうとするなずなちゃんと桐生ちゃんを捕まえてやった。
「なーに帰ろうとしとんのや。全部話せとは言わんが、少しくらいならええやないか」
「えーとお、大した話もできないといいますか……桐生さん、もといかずま叔父さんの件が少々複雑で……」
「ああフィクサーなんちゃらはええねん。ワシが聞きたいのは、なんで叔父さんになったんかや!お父さんでもよかったやないか!」
「!!た、たしかに……!」
「こいつが兄かおじポジしか言わなかったから、そこまで浮かばなかったな……」
「そういう抜けてるとこはほんま似とんなあ。で、さっきのスピーカーの男、あれが今の兄貴さんなんか?」
「ああ、桐生とはまた違った渋い声やったな」
「へっへー!そうなんだ、私の斎藤性のお兄ちゃんです!今は恥ずかしがって向こうの塀の裏に隠れてます」
彼女が指さした先に、塀から少しはみ出た肩がびくりと跳ねるのが見えた。あれが今の日常での兄貴さんらしい。そう恥ずかしがらなくてもいいだろう、と足音を消して近づき、勢いよく塀の裏へ飛び出してやる。
「顔くらい見せや!」
「?!」
「……お前、峯の坊や、か?」
重ねて驚いたらしいその男の顔に、見覚えがあった。もう10年も前になるか。大吾の兄弟分であり、かつての東城会の金庫番でもあった白峯会の会長。そして、大吾が意識不明の重体の中、東城会を乗っ取ろうとした張本人、峯義孝。最後は病院の屋上から飛び降りて死んだと聞いていた。まさか、この男が彼女の兄を名乗っているだなんて。
「……相変わらず無遠慮な方ですね」
黒いジャケットを羽織り、さらに黒いワイシャツを下に着ている姿は、極道でいた時よりよっぽど裏を生きる人間のようであった。斎藤性ということは、峯という性は捨てたのだろう。
「今はなんて名乗っとるんや」
「斎藤義孝です。一馬さんは、義孝と呼びます」
「一馬さんに義孝やとお?!なんで死んだ後の方が親密度上がっとるんや!!ずるいやないか!!」
「耳元で叫ばないでください。あなたは何年たってもあの人のこと好きなんですね」
「それはお前もやろ。大吾のこと助けるためにここに来たんちゃうんか?」
峯は一瞬口を開こうとして、それから視線をそらした。図星なのだ。というか、こいつが大吾にほれ込んでいるのなんてあの頃の東城会の幹部達はみんな知っていた。その執着心に気が付いていなかったのは大吾くらいだった。
しゃあないな、と峯の腕を引っ張って陰から引きずり出してやる。なんですか、と少し焦った声が面白い。
「お前、このまま隠れて顔だけ見て帰るつもりやったろ。させへんで。大吾ちゃんにおうてき」
「いや、俺は」
「いやもクソもあらへん。絶対会わせたる」
あの寂しがり屋の女の子を一人にしないでくれてありがとうだとか、こいつも報われるべきだとかなんて、言うつもりはない。
スピーカーから聞こえたたった一言だけの声が、誰のものなのかわかってしまうくらい引きずっている男もいるのだと、この坊やに教えてやらないと気が済まなかっただけだ。
「あ、よし兄引きずられてる」
「兄さんの行動は相変わらず読めねえなあ」
「あれがなずなの兄貴さんか?えらい男前やな」
そういえば、冴島は峯のこと知らなかったな。この後どこかで休息をとるときにでも教えてやろう。
不服げな峯を引きずって三人の元へ戻ると、桐生ちゃんはおかしそうに笑って見ていた。
「よー!根暗のおっさん連れてきたで!」
「誰が根暗ですか」
「はい!この根暗の男前が、私の兄の斎藤義孝です!」
「なずなてめえ」
「うキャーッ!!執拗にこめかみを狙ってくるううーっ!!」
仲がええなあと冴島はのほほんとしている。あの峯が遠慮もなく彼女に接しているところを見ると、相当気に入っているのだろう。ひとしきりなずなちゃんをいじめた後、峯は居心地悪そうに周囲を見渡して、ぴたりと固まった。視線を追うと、警察署の門から渡瀬を置き去りにする勢いでこちらへ向かってくる大吾が見えた。それから加速をつけたかと思えば、勢いよく拳を振り上げる。
ゴッ、と容赦のない大吾の拳が峯の頬を殴った。
後の事を考えず殴ったのだろう、倒れる峯と一緒に大吾もその上へ転がるように倒れた。自分が殴られたにも関わらず大吾が地面へ落ちないように体を支えるあたり、峯だなあとぼんやり思う。ちなみにその一部始終を見たなずなちゃんは「キャーーーー?!?!」と珍しく可愛らしい悲鳴をあげていた。とりあえず解散直後に暴力沙汰だなんだと言われてはたまらないし、人払いくらいはしておくか。
「どうして俺に会いに来なかった」
峯の上に倒れたまま顔を上げない大吾は、くぐもった声で話し始めた。
「悪い事したって思ってんなら、謝りにくればよかっただろ。生きてたんなら、少しくらい俺に会いに来ようとか思わなかったのか」
「……どの面下げて、会いに行けばよかったんですか。俺は、勝手に貴方を死んだものとして扱って、勝手に暴走して、全部めちゃくちゃにしたんですよ」
「うるせえ!その面でいいから会いに来いよ!!白峯会会長じゃなく、ただの峯で会いにくりゃよかったんだ!!」
「大吾さん……」
峯の胸元にうずめていた顔を勢いよくあげた大吾は、わかってはいたがめちゃくちゃに泣いていた。その顔を見て、峯が目を見開いている。
「お前はいつもそうだ!俺のためとかいって、勝手なことばかりして!10年前だって、お前はただ裏切ったんじゃなかった、俺がいなくなった後、東城会をなくさないようにって行動しただけだった!!」
「それは、良い風にとらえすぎですよ」
「口答えすんな!」
「はい」
「俺がっ、この10年俺がどれだけ苦しかったかわかってんのか?!」
「東城会も色々ありましたからね」
「本当にお前は頭いいのに馬鹿だな!!」
「え?」
「お前がいないから苦しかったに決まってんだろ……ッ!!」
たしかに峯がいなくなったことで、東城会はひどい財政難を抱えたり変につつかれたり、散々なことばかりだった。大吾もうまく立ち回ることができないときもあったし、何度も怪我をしたり入院、逮捕と色々、本当に色々なことが目まぐるしくあった。
それでも毎年、欠かさず墓参りをしていたことを知っている。
とある墓の前で、煙草に火をつけ、少し良い酒を供えて、静かに目を閉じていたのを見たことがある。
本当に会いたかったのは、峯よりも大吾の方だったのだ。
「くそ、あーくそっ!ようやく次に進めるのに、本当はもっとしっかりしてないと駄目なのに、こんな、みっともねえ!全部お前のせいだ!」
「……申し訳ありません、大吾さん。もう、俺の事は忘れて」
「連絡先は!!」
「は、はい?」
「お前の今の連絡先!!家!!全部教えろ!!いいな!!」
「あ、あの、大吾さん?」
「今はなんて名乗ってんだ!!」
「さ、斎藤義孝です。一馬さんは、義孝と呼びますが」
「なんで死んだ後の方が親密度上がってんだ!!なら俺も義孝って呼ぶからな!!いいな義孝!!」
「あ、はい……え?」
「はーっ、はーっ!……はぁ、頼むから、もう勝手にいなくなんなよ」
先に起き上がって、峯に向かって手を伸ばす。怒涛の言葉責めに困惑していた峯の顔が、少し歪んだように見えた。それからゆっくりと手を伸ばし、差し出された大吾の手を取ろうとする。その手は、小さく震えているようだった。
「痛いです、大吾さん」
「あー、わりい。久々の全力だったから、加減ができなかった」
「いえ、拳はそうでもなかったのですが」
「おいこら」
「でも、なんでですかね。涙が止まらないんです」
「……そうか」
大吾に手を引っ張られて立ち上がった峯は、そのまま大吾に抱擁される。ぽんぽんと背中を叩かれると、峯は大吾の肩口に顔をうずめ、静かに泣いていた。
連絡先を教えてもらうと、すぐに正しい番号か掛け直す大吾に峯は苦笑を漏らしていた。もちろん正しく峯の持っていた携帯に通話が繋がり、大吾もホッとしたようだった。
「今夜絶対に電話かけるからな。絶対出ろよ」
「わかりました」
「それじゃ、また後でな」
すっかり兄弟分の顔になっていた大吾だったが、渡瀬の方を振り返る時にはもう元六代目の顔に戻っていた。それから今後の事についてをもう一台待たせていた車に乗り込みながら話しているを見ていたら、桐生ちゃんに「おい」とぶっきらぼうに声をかけられる。
「あんたも、あれに乗っていくんだろう。冴島はもう乗ったぞ」
「あー、そうやな。兄弟はこれから馬場ちゃんっちゅう弟分迎えに行くらしいから急いどるんやろ」
「馬場ちゃん……?馬場……あ!冴島組の馬場さん?!」
「おん?冴島組ちゃうで?四年前の事件の黒幕に雇われた殺し屋やで」
「殺し屋だったのお?!うっそお?!でも、そういえば北海道の新聞持ってたっけ……?!」
「なつかしいなあ、あの後すぐ桐生ちゃんは務所行ってまうし、俺も大吾おらんかったら追って入ったろかおもたわ」
「真島さんの愛が重い……!!真桐ありがとう!!」
「(真桐?)いや、とにかく。冴島のためにも急いでやれよ」
「……なあ桐生ちゃん。また喧嘩しよーな」
「え?あ、ああ……そのうちな」
「よっしゃ!!言質とったで!!そんじゃこれ、ワシの連絡先な!待っとるで!桐生ちゃあーん!!」
なずなちゃんと峯、もとい義孝坊やにも手を振ってから車に乗り込むと、待ってましたと言わんばかりにすぐに発進した。冴島が「なんや、今日は色んなことがあるなあ」と笑うので、ヒヒといつものように笑い返した。
「いやあ!いい仕事したね!!」
そう言って笑うなずなは、今日のこの一連の騒動にどうしても参加したいと頑なだった。数日前、こいつの実の兄からいつもの封筒が送られてきて、それに貼られた付箋を読むと東城会と近江連合が解散する、その妨害を止めるために人手がいる、と書いてあった。
あの東城会と近江連合が、解散する。驚いたが、内心それも仕方のない事だとも思った。今の時代の風潮、そして神室町3K作戦など、極道の時代は終わったのだと感じていた。これから生きていくには、もはや警察や政治家の犬になるしかないほどに衰退していた。一馬さんとその付箋を見て、とうとうその時が来たのかと感慨にふけっていたら、なずなはバッと顔を上げた。
『これってつまり、手助けしていいってことだよね?!私行く!恩返しがしたいんだ!』
「それに!よし兄が六代目さんと会えてよかった!へっへ、だから言ったじゃん、六代目さん、絶対よし兄に会いたがってるって!」
「……ああ、そうだな」
「フ、よかったな、義孝。それじゃあ、今夜は大吾も家に来るかもしれねえから、鍋でも作って待つか?」
「ひゅー!いいねえ!それなら買い出しして帰んなきゃ!いこいこ!」
前を歩くなずなを見て、眩しさに目を細める。
恩返しがしたいって、なんだ。お前を助けてくれたのは東城会の人間だったかもしれないが、谷村を傷つけ、お前の心を傷つけたのだって東城会の奴らだっただろ。
それなのに、お前は東城会のために危険に突っ込んで。俺のことで笑って、喜んで、本当に馬鹿じゃないのか。本当に、お前は馬鹿だ。
けど、お前が引っ張ってくれたおかげで、俺は今度こそ、東城会のために手を貸すことができた。大切な人に、もう一度会うことができた。
「おいなずな」
「ん?」
「ありがとう」
「ふえっ?!えっ、今よし兄ありがとうって言った?!えっうそうそ!!よし兄が素直になった!!」
「うるせえ」
「辛辣に戻るの早くない?!」
俺の周りをうろちょろする妹にチョップをくらわしていたら、後方を歩きながら叔父が楽しそうに笑っていた。