snobbism(龍如)
DREAM
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命を詩う人の話。⑦
(2016年なずな30歳)
遥ちゃんが事故に遭って意識不明の状態だったということを、桐生さんを見送ってから二週間後に知った。事故に遭ったのは一週間以上前のことだというから、もしかしたら桐生さんは遥ちゃんと話しすらできなかったのかもしれない。
谷村さん曰く、この話はあまり公表していないらしく、伊達さんから私以外には言わないとして教えてもらったらしい。それから、桐生さんが遥ちゃんの子供を連れて広島へ行ってしまったことも。
その話を聞いて、なるほどとよし兄は納得したようだった。なんでも、よし兄が神室町に行った時、東城会とジングォン派と、広島のヤクザである陽銘連合会の3つの組織が抗争中だったという。きっと、桐生さんも巻き込まれているのだ。
遥ちゃんが目を覚ました後、これまた一悶着あったようだが、桐生さんと無事に会えていたらいいなと思った。
それにしても、遥ちゃんが子供を産んでいただなんて、いつの間にそんな相手ができていたのだろう。相手がどんな人かは知らないが、ちゃんと思い合えている相手だといいのだけど。ちなみに遥ちゃんはもう退院して、アサガオに戻っているとのこと。桐生さんも一緒だろうか。秋山さんとはまだ連絡がついていないけど、騒動は終わったのだろうか。蚊帳の外の自分が悩んでも仕方ないとはいえ、ついつい考え込んでしまう。
「歯がゆいねえよし兄ー……」
「言っても仕方ねえだろ。ここで表舞台に立てば、これまでが全部無駄になる。それにしても、桐生さんと赤ん坊の組み合わせってのが想像つかねえな……」
「意外と似合いそうじゃない?桐生さんが子供あやしてる姿めっちゃ見たい!!あー、広島行きたい―!この間のニュース見た?!なにあの大和?!いきなり軍艦出てくるって一体なんなの広島?!気になるうう!!」
「うるせえな……ん?」
カタン、と郵便受けが音を立てたのを聞き漏らさなかったよし兄は、少し警戒しつつ確認に向かった。いつもの兄貴からの連絡だろうか。また引っ越しとかはいやだよ?!
「……那覇空港行のチケット?」
いつもの白い封筒の中に入っていたのは、沖縄行の航空チケットと一枚の身分証明書だった。そしていつもの付箋が貼られている。
≪桐生一馬をどうするかは任せる≫
その文字を見て、私とよし兄は顔を見合わせた。どうするか、なんて、そんなの。
これでいい。
もう未練はない。
最後に遥と話ができた。
ハルトとも、俺にはもったいないくらいの時間を一緒に過ごさせてもらった。
勇太にしっかり責任を説くこともできた。
広瀬一家の連中も、俺がすべて引き受けたからしばらく監視はされるだろうが、問題なく日常を送れるだろう。
最後まで手伝ってくれたのに、秋山に礼を言いそびれたな。
伊達さんも巻き込んじまった。
大吾は、手紙読んでくれただろうか。
真島の兄さん、俺が死んだことを聞いて変なことしなきゃいいが。
その辺りは冴島に任せよう。
品田は元気にしてるだろうか。
谷村は真面目に仕事をしているだろうか。まあなずなに怒られるだろうから、ちゃんとやってることだろう。
なずなは、どんな気持ちだったのだろう。
名前を捨てて、死んだことになって、一人になると決めたこの瞬間、どんな思いで足を踏み出したのだろうか。
もう二度と大切な人に会わないと決めた時、こんなにも胸が苦しくなったのだろうか。
今やっと、本当の意味であいつの気持ちが、わかった気が————……
「まーた私の気持ちわかった気になってる!!そういうとこだぞ!!」
那覇空港のロビーで、聞きなじみのある声に背後から話しかけられた。思わず振り返ると、怒った顔をしたなずなが大股でこちらに近づいてきた。
「でもま、言ったものの今回は同じかもしれないね。死んだことになって、名前も捨てなくちゃいけなくて、一人で生きていこうとしてるんだから」
「お前……どうしてここに」
「ね、桐生さんは兄ポジがいい?それとも叔父さんポジがいい?」
「えっ?」
「……はぐれもの同士、一緒に生きよ」
一人は、寂しいよ。
どうしていいかわからず固まっていた俺を、なずなが力強く抱きしめてくる。その温かさが心地よくて、嬉しくて、涙が出た。ハラハラとこぼれるそれを拭うこともなく抱きしめ返す。
いいのか。
一人にならなくても、いいのか?
錦が、由美が、親っさんが、シンジが、麗奈が、これまで出会ったたくさんの人が、脳裏を過っていく。なんでだろうな、いつも思い出すのは、笑顔ばかりだ。錦が、馬鹿だなあと俺を笑っている気がする。
「わははっ!言ったじゃん、桐生さんが困ったら助けるって!」
「……フ、そうだったな」
ここまでフィクサーが何も言ってこないのは、おそらくなずなの実の兄貴が何とかしてくれているのだろう。これも妹のためにやっていることなのだろうが、いつかまた会えたら、礼くらいは言わせてほしい。俺も救ってくれて、ありがとうと。
いつかの遥のように、なずなが俺の手を握って歩き出す。それから、「で、何ポジにする?」と聞いてくるので、叔父さんでいいぞと枯れた声で笑った。
「というわけで!今日から斎藤一馬叔父さんです!かずま叔父さんって呼ぶね!で、こちらは今の私の兄、よし兄です!」
「……どうも、斎藤義孝です」
「?!?!お、お前、峯か?!どういうことだなずな?!」
「その話は我が家についてからにしよ!よーし、これで部屋余り問題解決だー!」
(2016年なずな30歳)
遥ちゃんが事故に遭って意識不明の状態だったということを、桐生さんを見送ってから二週間後に知った。事故に遭ったのは一週間以上前のことだというから、もしかしたら桐生さんは遥ちゃんと話しすらできなかったのかもしれない。
谷村さん曰く、この話はあまり公表していないらしく、伊達さんから私以外には言わないとして教えてもらったらしい。それから、桐生さんが遥ちゃんの子供を連れて広島へ行ってしまったことも。
その話を聞いて、なるほどとよし兄は納得したようだった。なんでも、よし兄が神室町に行った時、東城会とジングォン派と、広島のヤクザである陽銘連合会の3つの組織が抗争中だったという。きっと、桐生さんも巻き込まれているのだ。
遥ちゃんが目を覚ました後、これまた一悶着あったようだが、桐生さんと無事に会えていたらいいなと思った。
それにしても、遥ちゃんが子供を産んでいただなんて、いつの間にそんな相手ができていたのだろう。相手がどんな人かは知らないが、ちゃんと思い合えている相手だといいのだけど。ちなみに遥ちゃんはもう退院して、アサガオに戻っているとのこと。桐生さんも一緒だろうか。秋山さんとはまだ連絡がついていないけど、騒動は終わったのだろうか。蚊帳の外の自分が悩んでも仕方ないとはいえ、ついつい考え込んでしまう。
「歯がゆいねえよし兄ー……」
「言っても仕方ねえだろ。ここで表舞台に立てば、これまでが全部無駄になる。それにしても、桐生さんと赤ん坊の組み合わせってのが想像つかねえな……」
「意外と似合いそうじゃない?桐生さんが子供あやしてる姿めっちゃ見たい!!あー、広島行きたい―!この間のニュース見た?!なにあの大和?!いきなり軍艦出てくるって一体なんなの広島?!気になるうう!!」
「うるせえな……ん?」
カタン、と郵便受けが音を立てたのを聞き漏らさなかったよし兄は、少し警戒しつつ確認に向かった。いつもの兄貴からの連絡だろうか。また引っ越しとかはいやだよ?!
「……那覇空港行のチケット?」
いつもの白い封筒の中に入っていたのは、沖縄行の航空チケットと一枚の身分証明書だった。そしていつもの付箋が貼られている。
≪桐生一馬をどうするかは任せる≫
その文字を見て、私とよし兄は顔を見合わせた。どうするか、なんて、そんなの。
これでいい。
もう未練はない。
最後に遥と話ができた。
ハルトとも、俺にはもったいないくらいの時間を一緒に過ごさせてもらった。
勇太にしっかり責任を説くこともできた。
広瀬一家の連中も、俺がすべて引き受けたからしばらく監視はされるだろうが、問題なく日常を送れるだろう。
最後まで手伝ってくれたのに、秋山に礼を言いそびれたな。
伊達さんも巻き込んじまった。
大吾は、手紙読んでくれただろうか。
真島の兄さん、俺が死んだことを聞いて変なことしなきゃいいが。
その辺りは冴島に任せよう。
品田は元気にしてるだろうか。
谷村は真面目に仕事をしているだろうか。まあなずなに怒られるだろうから、ちゃんとやってることだろう。
なずなは、どんな気持ちだったのだろう。
名前を捨てて、死んだことになって、一人になると決めたこの瞬間、どんな思いで足を踏み出したのだろうか。
もう二度と大切な人に会わないと決めた時、こんなにも胸が苦しくなったのだろうか。
今やっと、本当の意味であいつの気持ちが、わかった気が————……
「まーた私の気持ちわかった気になってる!!そういうとこだぞ!!」
那覇空港のロビーで、聞きなじみのある声に背後から話しかけられた。思わず振り返ると、怒った顔をしたなずなが大股でこちらに近づいてきた。
「でもま、言ったものの今回は同じかもしれないね。死んだことになって、名前も捨てなくちゃいけなくて、一人で生きていこうとしてるんだから」
「お前……どうしてここに」
「ね、桐生さんは兄ポジがいい?それとも叔父さんポジがいい?」
「えっ?」
「……はぐれもの同士、一緒に生きよ」
一人は、寂しいよ。
どうしていいかわからず固まっていた俺を、なずなが力強く抱きしめてくる。その温かさが心地よくて、嬉しくて、涙が出た。ハラハラとこぼれるそれを拭うこともなく抱きしめ返す。
いいのか。
一人にならなくても、いいのか?
錦が、由美が、親っさんが、シンジが、麗奈が、これまで出会ったたくさんの人が、脳裏を過っていく。なんでだろうな、いつも思い出すのは、笑顔ばかりだ。錦が、馬鹿だなあと俺を笑っている気がする。
「わははっ!言ったじゃん、桐生さんが困ったら助けるって!」
「……フ、そうだったな」
ここまでフィクサーが何も言ってこないのは、おそらくなずなの実の兄貴が何とかしてくれているのだろう。これも妹のためにやっていることなのだろうが、いつかまた会えたら、礼くらいは言わせてほしい。俺も救ってくれて、ありがとうと。
いつかの遥のように、なずなが俺の手を握って歩き出す。それから、「で、何ポジにする?」と聞いてくるので、叔父さんでいいぞと枯れた声で笑った。
「というわけで!今日から斎藤一馬叔父さんです!かずま叔父さんって呼ぶね!で、こちらは今の私の兄、よし兄です!」
「……どうも、斎藤義孝です」
「?!?!お、お前、峯か?!どういうことだなずな?!」
「その話は我が家についてからにしよ!よーし、これで部屋余り問題解決だー!」