snobbism(龍如)
DREAM
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夢を追う人たちの話。②
(2012年なずな25歳)
「マーちゃん!」
亜細亜街の近くを通りかかった時、中華料理店故郷の店主、趙さんが声をかけてきた。手には何やら、白い封筒。
「何持ってるのそれ?」
「これ、ホームレスに渡されたんだよ。もうすぐこの辺りをマーちゃんが通るからって」
「俺宛ってこと?どんな奴だった?」
「うーん、これといった特徴はなかったかなぁ。大丈夫?怪しい?」
「ま、受け取っておくよ」
怪しい封筒を受け取り、その場を離れてまた警らに戻る。
最近神室町も他の都市も極道関係のニュースで持ちきりで、町中がピリピリしていた。そうなると警察沙汰の騒動も起きやすくなり、こうして俺も駆り出されているわけだ。
それにしても、俺がもうすぐ通るとわかって渡してきたということは、すぐに見てほしいものなのかもしれない。とにかく怪しいが、見ないことには始まらないか。
人目を避けて、路地に入ったところで封筒を開いてみる。中には写真が入っていて、付箋が貼られていた。
「……おい、なんだよ、これ」
なずなの写真だ。だが、写っている状況に背筋が凍る。
血だ。
倒れているなずなの頭から、血が、流れている。
付箋を見ると、綺麗な字で二行だけ文字が書かれている。
《スカイファイナンス蒼天堀支店》
《妹を頼む》
携帯を取り出し、伊達さんに電話をかけて事情を説明すると、「すぐ大阪に向かえ!こっちは俺が何とかしておく!」と言われた。今から大阪まで新幹線で3時間弱。すぐに駆けつける事が出来ない歯痒さを感じながら、俺は駅まで急いだ。
「なずな!いい加減起きろ!」
名前。そうだ、私の名前だ。呼ばれている。
ぼんやりとしながら目を開けると、よし兄がいた。あれ、なんでよし兄がいるんだろ。
「よし兄、なんで……」
「……はーっ……お前、面倒ごとに巻き込まれる天才か……」
「面倒ごとって……そういえば、私、たしか殴られて……」
「俺に電話をかけようとした時に襲われたんだ。お前が携帯を手放す前に通話ボタンを押してたから、会話だけ聞こえていた。……ヒイヒイ言いながら逃げる男の声を最後に、物音ひとつ聞こえなくなったもんだから、本当に焦ったぞ」
「へへ……ありがと、よし兄。……あれ?でもここどこ?」
「今住んでるところとは別のマンションだ。一応警戒はしておいた方がいいだろう。……それから、そこの恋人にも話つけとけ」
「へ?」
見知らぬベッドの上で横たわったまま、よし兄の立っている反対側に顔を向けると。
なんと、谷村さんがいました。どこかジト目な気がするが、谷村さんだ!
「あれ?!というかどうしてここに?!」
「……こういう状況でわかるだろ。心配して来たんだよバカ」
「えへへ……そっか、へへ……」
「……お前さ、ついさっきまで呻きながらなんて言ってたかわかる?『ごめんなさい谷村さん』だ。自分が頭ぶん殴られてんのに、何で俺に謝ってんだよお前は!」
起きて早々、谷村さんに怒られてしまった。呻き声がうるさかったから起こしたんだ、とよし兄が腕を組んでため息を吐いている。
呻きながら口走った言葉。その謝罪は、多分気を失う前に思ったから夢にまで出ていたんだろう。夢の内容は覚えてはいないが、とにかくこの謝罪だけは撤回しない。
「だって、殴られた時すごく痛かったし苦しかった。なのに谷村さん、五年前のこと私に気にするなって、お前のせいじゃないって言ってくれたでしょ?でもやっぱり私のせいで、こんな痛い思いさせちゃったんだって、思ったんだ。ごめんなさい、谷村さん」
「……だから、お前のせいじゃないだろ」
「ううん、谷村さんを巻き込まない選択肢はあったんだよ。初めて会った時、家に帰れって言われた時に素直に帰ってれば、きっと巻き込まなかった。やっぱり私のせいだよ」
「っ、だから!」
「でも、巻き込んで酷い目に遭わせちゃった私だけど……ずっと一緒にいてほしい」
谷村さんの手を握って、自分の頬に当てる。少しごつごつしていて、でも暖かい、優しい手だ。この手が、私を救ってくれた。
今日だって、神室町から私を心配して来てくれた。嬉しくて、怒られたのに口元がにやけてしまう。
「谷村さん、来てくれてありがとう。すごく嬉しい」
「……あーもう!いいか、俺は本当に怒ってるんだからな」
「ふへへ」
「話がついたなら次だ。電話をスピーカーにするぞ」
「ほぎゃあ?!」
そういえば、よし兄が横にいたんだった。恥ずかしい。
即座に谷村さんの手を離して布団の中に潜るも、よし兄の言葉を思い返して顔を出した。電話とは?
よし兄はベッド横のサイドテーブルの上に携帯を開いておいた。どうやら電話はどこかに繋がっているらしい。
「秋山さんからだ。お前がスカイファイナンスで襲われていた事を伝えたら、見舞いにくるというから一応断った。話を聞くに、今面倒ごとの渦中にいるみてえだからな」
「秋山さーん、聞こえますー?」
『あ、その声谷村さんだ!ええー、谷村さんはそっちにいるんだー!いいなー!』
「仕方ないでしょう。なずなはスカイファイナンスで襲われたんですし。そういえば、連絡遅かったですね。何かありました?」
『ああ、うん。今警察と話が終わったところでね。というのも、さっきダイナチェアの堀江くんって従業員が襲われて、犯人と対峙しちゃって』
「堀江さんが?!」
『あれ?知ってるんだ?』
よし兄も覚えているようで、驚いた顔をしていた。去年のクリスマスの話をすると、谷村さんが申し訳なさそうな顔で項垂れてしまったが。いやしょんぼりしてる谷村さん可愛いな。写真撮っておきたい。
さて、これまでのことを秋山さんからざっくり教えてもらった。
まず、秋山さんが向かった先の芸能事務所ダイナチェアでのこと。そこの社長が失踪した上に、融資をした三億円が消失している事態が発覚。そして、なんとダイナチェアでデビュー間近まできているアイドルがいて、それが遥ちゃんだったのだ。
警察曰く、社長の失踪理由は蒸発だとか、営業不振で精神を病んでいたとか、小さい会社にはよくあることなのだと事件扱いにはしなかった。けど、社長の人柄を知る堀江さんや秋山さん、遥ちゃんは違うと思い、真相を調べることにしたという。
そこで出てきたワードが、手紙だ。まさに私が聞いた言葉なので、食い気味に「殴られる前に聞きました!」と大きな声を出してしまった。
その手紙は、朴社長が元旦那からもらっていたもので、遥ちゃんが社長から貰ったペンでしか開けることのできない金庫に閉まってあったらしい。
その手紙と置いてあった遺書の筆跡を見比べると、やはり違っていた。遥ちゃんがニンベン師という偽造屋が関わっているのではないかと言ったらしいが、一般人の女の子にこういう闇単語を聞かせた桐生さん、今度会ったら説教です。
社長室で手紙を見ていた時、窓の向こうでビルの上から何かが落ちる音を聞き、確認すると堀江さんが地面に倒れていたという。何者かに突き落とされたようで、秋山さんがすぐに向かうと、そこには荻田という遥ちゃんの元ダンス講師がいた。その人の特徴が、私を殴った奴と同じだったので、私を殴った後にダイナチェアに行ったのだろう。
堀江さんを突き落としたのは、荻田だったという。そして、朴社長の失踪にも関わりがあるというのだ。
そして暴れる荻田を倒すも、今度は大男が現れてあの秋山さんが苦戦を強いられたらしい。しかし、荻田が逃げ去るのを見て、大男もそちらを追いかけたので、すぐに救急車を呼ぶことができたのだそうだ。堀江さんは今入院しているが、命に別状はないとのこと。本当に良かった。
『それで、さっきまで警察の事情聴取を受けてたってわけ。これからニンベン師について調べるつもりなんだけど、なずなちゃん』
「はい?」
『怖い思いさせて……怪我させて、ごめん。なずなちゃんに大丈夫だからって会社に誘ったのに、全然守れなかった。本当にごめん』
「いやいやいや!秋山さんのせいじゃないですから!強いて言うなら姿見られてた兄貴のせいですから!あの顔面で花束なんて抱えてたら目立つに決まってるっての!」
「お前の実兄、そんなツラがいいのか?」
「そうなんよ……私と似てないのよ……どうなってんの遺伝子ェ……と、とにかく!秋山さんのせいなんかじゃないです!兄貴の、ひいては私のせいです!気にしないでください!」
『「「いやそれは違うだろ(でしょ)」」』
「ヒェッ」
三人の声が重なり、思わず上ずった声が口から漏れた。横にいるよし兄も谷村さんも少し怖い顔をしているので、おそらく電話の向こうの秋山さんも同じ顔をしているのだろうか。
先程の谷村さんのようにしょんぼりしていると、よし兄がため息を吐きながら、携帯電話に向かって話し始める。
「責任の可否は後回しにしましょう。ひとまずなずなは無事、ダイナチェアの人間も一応死者は出ていない。秋山さんはこの後ニンベン師を探すんでしたね。その後は引き続き荻田と大男探しになるんでしょう?」
『そうですね。まあ、上手く見つけられればいいんですけど』
「当然ですが、この件で俺達に手助けできる事はありませんし、事が収束するまではこいつにも大人しくさせておきます」
「えっ?!なんで?!私手伝うよ?!」
「次殴られるのはお前じゃないかもしれないんだぞ。秋山さんかもしれない、桐生さんの娘かもしれない。それでも良いのか?」
「!!」
ダメだ。そんなこと言われたら、何もできない。
でも、悔しい。お世話になっている人達が大変な目に遭ってるのに、何もできないなんて、ここで大人しくしてるだけなんて。
『……あのさ、なずなちゃん。明日、プリンセスリーグのファイナルラウンドがあるんだ』
俯いて布団をギュッと握っていたら、秋山さんが優しい声でそう言った。
プリンセスリーグといえば、今まさに遥ちゃんがデビューを目指して出場しているアイドル番組だ。そういえば、明日は決勝戦だったか。
『それに勝てば、遥ちゃんは東京でコンサートを開く予定でね。良かったら、そのコンサート見にきてよ』
「秋山さん」
『それで終わったらみんなでパーっと飲もう!ほら、嫌な事は楽しい事で上書きする!だから、安心して吉報を待ってて』
「……わかりました!!秋山さんの奢りで、美味しいお肉期待してます!!」
「俺は韓来のフルコースで」
『谷村さんは自腹でしょ?!』
わははっと、声を上げて笑った。私の周りには、優しい人でいっぱいだ。
それでもふと、不安に思う事があった。兄貴は、実の兄貴は大丈夫なのだろうか、と。あの荻田という人の口ぶりでは、あの人達のことを全部知ってて、朴社長を守ったのだろう。
どうしてそんな事をしたのだろう?兄貴は一体、何をしているのだろう。
(2012年なずな25歳)
「マーちゃん!」
亜細亜街の近くを通りかかった時、中華料理店故郷の店主、趙さんが声をかけてきた。手には何やら、白い封筒。
「何持ってるのそれ?」
「これ、ホームレスに渡されたんだよ。もうすぐこの辺りをマーちゃんが通るからって」
「俺宛ってこと?どんな奴だった?」
「うーん、これといった特徴はなかったかなぁ。大丈夫?怪しい?」
「ま、受け取っておくよ」
怪しい封筒を受け取り、その場を離れてまた警らに戻る。
最近神室町も他の都市も極道関係のニュースで持ちきりで、町中がピリピリしていた。そうなると警察沙汰の騒動も起きやすくなり、こうして俺も駆り出されているわけだ。
それにしても、俺がもうすぐ通るとわかって渡してきたということは、すぐに見てほしいものなのかもしれない。とにかく怪しいが、見ないことには始まらないか。
人目を避けて、路地に入ったところで封筒を開いてみる。中には写真が入っていて、付箋が貼られていた。
「……おい、なんだよ、これ」
なずなの写真だ。だが、写っている状況に背筋が凍る。
血だ。
倒れているなずなの頭から、血が、流れている。
付箋を見ると、綺麗な字で二行だけ文字が書かれている。
《スカイファイナンス蒼天堀支店》
《妹を頼む》
携帯を取り出し、伊達さんに電話をかけて事情を説明すると、「すぐ大阪に向かえ!こっちは俺が何とかしておく!」と言われた。今から大阪まで新幹線で3時間弱。すぐに駆けつける事が出来ない歯痒さを感じながら、俺は駅まで急いだ。
「なずな!いい加減起きろ!」
名前。そうだ、私の名前だ。呼ばれている。
ぼんやりとしながら目を開けると、よし兄がいた。あれ、なんでよし兄がいるんだろ。
「よし兄、なんで……」
「……はーっ……お前、面倒ごとに巻き込まれる天才か……」
「面倒ごとって……そういえば、私、たしか殴られて……」
「俺に電話をかけようとした時に襲われたんだ。お前が携帯を手放す前に通話ボタンを押してたから、会話だけ聞こえていた。……ヒイヒイ言いながら逃げる男の声を最後に、物音ひとつ聞こえなくなったもんだから、本当に焦ったぞ」
「へへ……ありがと、よし兄。……あれ?でもここどこ?」
「今住んでるところとは別のマンションだ。一応警戒はしておいた方がいいだろう。……それから、そこの恋人にも話つけとけ」
「へ?」
見知らぬベッドの上で横たわったまま、よし兄の立っている反対側に顔を向けると。
なんと、谷村さんがいました。どこかジト目な気がするが、谷村さんだ!
「あれ?!というかどうしてここに?!」
「……こういう状況でわかるだろ。心配して来たんだよバカ」
「えへへ……そっか、へへ……」
「……お前さ、ついさっきまで呻きながらなんて言ってたかわかる?『ごめんなさい谷村さん』だ。自分が頭ぶん殴られてんのに、何で俺に謝ってんだよお前は!」
起きて早々、谷村さんに怒られてしまった。呻き声がうるさかったから起こしたんだ、とよし兄が腕を組んでため息を吐いている。
呻きながら口走った言葉。その謝罪は、多分気を失う前に思ったから夢にまで出ていたんだろう。夢の内容は覚えてはいないが、とにかくこの謝罪だけは撤回しない。
「だって、殴られた時すごく痛かったし苦しかった。なのに谷村さん、五年前のこと私に気にするなって、お前のせいじゃないって言ってくれたでしょ?でもやっぱり私のせいで、こんな痛い思いさせちゃったんだって、思ったんだ。ごめんなさい、谷村さん」
「……だから、お前のせいじゃないだろ」
「ううん、谷村さんを巻き込まない選択肢はあったんだよ。初めて会った時、家に帰れって言われた時に素直に帰ってれば、きっと巻き込まなかった。やっぱり私のせいだよ」
「っ、だから!」
「でも、巻き込んで酷い目に遭わせちゃった私だけど……ずっと一緒にいてほしい」
谷村さんの手を握って、自分の頬に当てる。少しごつごつしていて、でも暖かい、優しい手だ。この手が、私を救ってくれた。
今日だって、神室町から私を心配して来てくれた。嬉しくて、怒られたのに口元がにやけてしまう。
「谷村さん、来てくれてありがとう。すごく嬉しい」
「……あーもう!いいか、俺は本当に怒ってるんだからな」
「ふへへ」
「話がついたなら次だ。電話をスピーカーにするぞ」
「ほぎゃあ?!」
そういえば、よし兄が横にいたんだった。恥ずかしい。
即座に谷村さんの手を離して布団の中に潜るも、よし兄の言葉を思い返して顔を出した。電話とは?
よし兄はベッド横のサイドテーブルの上に携帯を開いておいた。どうやら電話はどこかに繋がっているらしい。
「秋山さんからだ。お前がスカイファイナンスで襲われていた事を伝えたら、見舞いにくるというから一応断った。話を聞くに、今面倒ごとの渦中にいるみてえだからな」
「秋山さーん、聞こえますー?」
『あ、その声谷村さんだ!ええー、谷村さんはそっちにいるんだー!いいなー!』
「仕方ないでしょう。なずなはスカイファイナンスで襲われたんですし。そういえば、連絡遅かったですね。何かありました?」
『ああ、うん。今警察と話が終わったところでね。というのも、さっきダイナチェアの堀江くんって従業員が襲われて、犯人と対峙しちゃって』
「堀江さんが?!」
『あれ?知ってるんだ?』
よし兄も覚えているようで、驚いた顔をしていた。去年のクリスマスの話をすると、谷村さんが申し訳なさそうな顔で項垂れてしまったが。いやしょんぼりしてる谷村さん可愛いな。写真撮っておきたい。
さて、これまでのことを秋山さんからざっくり教えてもらった。
まず、秋山さんが向かった先の芸能事務所ダイナチェアでのこと。そこの社長が失踪した上に、融資をした三億円が消失している事態が発覚。そして、なんとダイナチェアでデビュー間近まできているアイドルがいて、それが遥ちゃんだったのだ。
警察曰く、社長の失踪理由は蒸発だとか、営業不振で精神を病んでいたとか、小さい会社にはよくあることなのだと事件扱いにはしなかった。けど、社長の人柄を知る堀江さんや秋山さん、遥ちゃんは違うと思い、真相を調べることにしたという。
そこで出てきたワードが、手紙だ。まさに私が聞いた言葉なので、食い気味に「殴られる前に聞きました!」と大きな声を出してしまった。
その手紙は、朴社長が元旦那からもらっていたもので、遥ちゃんが社長から貰ったペンでしか開けることのできない金庫に閉まってあったらしい。
その手紙と置いてあった遺書の筆跡を見比べると、やはり違っていた。遥ちゃんがニンベン師という偽造屋が関わっているのではないかと言ったらしいが、一般人の女の子にこういう闇単語を聞かせた桐生さん、今度会ったら説教です。
社長室で手紙を見ていた時、窓の向こうでビルの上から何かが落ちる音を聞き、確認すると堀江さんが地面に倒れていたという。何者かに突き落とされたようで、秋山さんがすぐに向かうと、そこには荻田という遥ちゃんの元ダンス講師がいた。その人の特徴が、私を殴った奴と同じだったので、私を殴った後にダイナチェアに行ったのだろう。
堀江さんを突き落としたのは、荻田だったという。そして、朴社長の失踪にも関わりがあるというのだ。
そして暴れる荻田を倒すも、今度は大男が現れてあの秋山さんが苦戦を強いられたらしい。しかし、荻田が逃げ去るのを見て、大男もそちらを追いかけたので、すぐに救急車を呼ぶことができたのだそうだ。堀江さんは今入院しているが、命に別状はないとのこと。本当に良かった。
『それで、さっきまで警察の事情聴取を受けてたってわけ。これからニンベン師について調べるつもりなんだけど、なずなちゃん』
「はい?」
『怖い思いさせて……怪我させて、ごめん。なずなちゃんに大丈夫だからって会社に誘ったのに、全然守れなかった。本当にごめん』
「いやいやいや!秋山さんのせいじゃないですから!強いて言うなら姿見られてた兄貴のせいですから!あの顔面で花束なんて抱えてたら目立つに決まってるっての!」
「お前の実兄、そんなツラがいいのか?」
「そうなんよ……私と似てないのよ……どうなってんの遺伝子ェ……と、とにかく!秋山さんのせいなんかじゃないです!兄貴の、ひいては私のせいです!気にしないでください!」
『「「いやそれは違うだろ(でしょ)」」』
「ヒェッ」
三人の声が重なり、思わず上ずった声が口から漏れた。横にいるよし兄も谷村さんも少し怖い顔をしているので、おそらく電話の向こうの秋山さんも同じ顔をしているのだろうか。
先程の谷村さんのようにしょんぼりしていると、よし兄がため息を吐きながら、携帯電話に向かって話し始める。
「責任の可否は後回しにしましょう。ひとまずなずなは無事、ダイナチェアの人間も一応死者は出ていない。秋山さんはこの後ニンベン師を探すんでしたね。その後は引き続き荻田と大男探しになるんでしょう?」
『そうですね。まあ、上手く見つけられればいいんですけど』
「当然ですが、この件で俺達に手助けできる事はありませんし、事が収束するまではこいつにも大人しくさせておきます」
「えっ?!なんで?!私手伝うよ?!」
「次殴られるのはお前じゃないかもしれないんだぞ。秋山さんかもしれない、桐生さんの娘かもしれない。それでも良いのか?」
「!!」
ダメだ。そんなこと言われたら、何もできない。
でも、悔しい。お世話になっている人達が大変な目に遭ってるのに、何もできないなんて、ここで大人しくしてるだけなんて。
『……あのさ、なずなちゃん。明日、プリンセスリーグのファイナルラウンドがあるんだ』
俯いて布団をギュッと握っていたら、秋山さんが優しい声でそう言った。
プリンセスリーグといえば、今まさに遥ちゃんがデビューを目指して出場しているアイドル番組だ。そういえば、明日は決勝戦だったか。
『それに勝てば、遥ちゃんは東京でコンサートを開く予定でね。良かったら、そのコンサート見にきてよ』
「秋山さん」
『それで終わったらみんなでパーっと飲もう!ほら、嫌な事は楽しい事で上書きする!だから、安心して吉報を待ってて』
「……わかりました!!秋山さんの奢りで、美味しいお肉期待してます!!」
「俺は韓来のフルコースで」
『谷村さんは自腹でしょ?!』
わははっと、声を上げて笑った。私の周りには、優しい人でいっぱいだ。
それでもふと、不安に思う事があった。兄貴は、実の兄貴は大丈夫なのだろうか、と。あの荻田という人の口ぶりでは、あの人達のことを全部知ってて、朴社長を守ったのだろう。
どうしてそんな事をしたのだろう?兄貴は一体、何をしているのだろう。