★番外編
DREAM
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土方さんと。
(維新:幕末のとある日の話)
「わきゃあーッ!!」
京の街の大通りに、甲高い声が響き渡る。久方ぶりに隊服を脱いで饅頭を買いに来たのだが、今の大声のせいか、行こうと思っていた店の前に人だかりができてしまっている。一体何の騒ぎだ。
側まで近づいてみると、若い女が浪人に絡まれているようだった。
「何すんですか!!」
「うるせえ!いいから有り金全部置いてけや!!」
「いやですけど!!これはお世話になったお兄さんにお土産を買うお金です!!」
「ちょこまかしやがって!!もういい、こうなったら……!!」
逃げ回る女にしびれを切らした男が、懐から小型の鉄砲を取り出した。こんな奴らにまで武器が行き渡っているのか、と思考しつつ男の背後に回り、刀を振り下ろす。だが、こちらが何をしようかわかったらしい女が、「やめてください!!」と男を蹴り飛ばして斬られないように庇ったではないか。蹴られた男はこちらを振り返ると、刀を見て怯えて逃げていく。鉄砲はこちらで回収しておこう、とそれを拾い上げていると、女が正面までやってきて、頭を下げてきた。
「助けてくれてありがとうございました!でも、斬るのはやりすぎですよ!気を付けてくださいね!」
「やりすぎではないと思うが。君は殺されそうになっていただろう」
「私を助けるために貴方に人を殺させたくありませんから」
それはつまり、相手を殺すくらいなら、自分は死んでもいいと。
なんて歪な女なのだろう。曇りなき眼を見るに、今までもそうやって生きてきたのだ。この女は、自分よりも他人の命を優先して、いつかは他人の悪意で死ぬのだろう。なんとなく、面白くないと感じた。言葉を選びあぐねていると、女は店の看板を見上げて「ああ!」と大きな声を出した。
「そういえばお饅頭買いに来たんだった!お侍さんにもお礼にお饅頭奢りますよ!ここのお饅頭美味しいんですから!」
「そうか……ではいただこうか」
ころころと変わる表情を見ていたら、怒る気力も逃げる意味も感じなくなり、少しおかしくて笑ってしまった。
――――――――――――
「あのー、ここにとし兄いますかー?」
屯所の前に立つ隊士が「そんな奴はいない」と声を荒げている。とし兄とやらを訪ねてきた包を抱えた女は門前払いをくらい項垂れていた。見かねてつい話しかけてしまう。
「どうしたんだ」
「あ、斎藤隊長。いえ、この女がとし兄とかいう奴を出せって言うんですが、そんな奴いるかどうかもわからねえんで追い返してたんです」
「そうか。おい、お嬢さん」
「はい?」
「よかったら俺が確認してきてやる。どんな奴か教えてくれ」
俺の言葉に希望を見出したのか、女は目を輝かせて飛びついてきた。思わず後ずさるが、俺の様子などおかまいなく女はそいつの特徴を並べ始める。
「えっとね、髪は貴方より短くて、背は……高い方かな?貴方よりは低いかも。仏頂面で、口数も少なめで、落ち着いてる感じ。でもね、優しくて、笑うと綺麗なんだ」
「……お前はそいつのこと、本当に大好きなんだな」
兄のように慕っているのか、話しながら女は嬉しそうに微笑んでいる。きっとその男は、口下手だが、優しい青年なのだろう。だがそんな男、新選組にいただろうかと首を傾げていると、屯所の中から藤堂が「斎藤さーん」と俺を呼んでいる。そうだ、これから幹部会があるのだった。
「すまない、これから仕事でな。すぐ終わると思うから、中に入って待っててくれるか?俺の部屋にいれば大丈夫だろうから、案内してもらってくれ」
「わっかりました!ありがとうございます!えっと、斎藤さん!」
「そういえば、お前の名前は?」
「優姫です!それじゃあ待ってますねー!」
門番の隊士が女を案内するのを見届けてから、手を振る藤堂の元へ駆け寄り共に部屋へ向かう。今度は遅刻することなく幹部会へ出席することができた。
幹部会が終わり、俺は待たせている女のところへ行こうとしたのだが、ここで不幸にも沖田に捕まってしまった。背後から覆い被さるように肩を組まれる。
「はーじめちゃーん!なんやそわそわして!どこ行くんや!」
「沖田……わりぃが急いでんだ」
「つれないのう。よっしゃ!わしもついてったろ!」
「なんでそうなるんだ?!」
「どうしたんです?斎藤さんが女連れ込んだ話ですか?」
「なんや藤堂、斎藤が何したって?」
「聞いてくださいよ永倉さん!斎藤さんが自室に女待たせてるんですよ!連れ込みですよ連れ込み!」
「何で知って……あっこら!待て沖田!!」
藤堂の話を聞いて一目散に俺の自室へ向かって駆け出す沖田を捕まえ損ね、慌ててその背中を追いかける。面白がる藤堂と、何が起きたかわからないままの永倉も追いかけてくる。
「オルア!!この泥棒猫!!」
「ほぎゃあああ?!泥棒猫って何の話?!」
「ん?なんや、まだ子供やないか。はっまさか一ちゃん、こないな子に手を……」
「出すか馬鹿!!そいつは客人だ!!」
「あ、そうだったんですかー」
「藤堂、真偽のわからん話は大っぴらにするもんやないで」
「永倉さんがそういうなら気を付けます」
何故か永倉にだけ従順な藤堂はさておき、俺の部屋を思い切り開けて騒いだ沖田はふーんと、中で待ってくれていた優姫をじろじろを見ている。沖田の奇襲に驚いていた優姫も少し落ち着いたのか、俺の姿を見て嬉しそうに頬を緩めた。
「斎藤さん!お仕事はもういいんですか?」
「ああ、今終わったところだ。早速だがこの屯所内を歩いて探そうと思うんだが、いいか?」
「もちろんです!よろしくお願いします!」
「おん?なんやお嬢ちゃん。誰か探しとるんか?」
「あ、はい。えっと、とし兄を探してるんですけど」
「「「とし兄」」」
沖田、藤堂、永倉が綺麗に口をそろえて繰り返す。それから顔を見合わせて、三人で「まさか」「いやでも」「とし兄ですよ」と何か知っている様子だ。もしや、心当たりがあるのだろうか。
「あー、一ちゃんは馴染みないからなぁ」
「ですね」
「あんなあ斎藤。うちの副長の下の名前は、歳三ゆうて、局長も「歳」って愛称で呼んどんのや」
歳三、歳、とし兄。
つまり、あの土方がとし兄?!
「屯所内で何を騒いでいる、お前達」
噂をすれば影が差すというが、その通りに土方がいつものように羽織を翻しながら廊下を歩いてきた。部屋の中からひょこりと顔を出した優姫は、その姿を見て嬉しそうに笑った。
「とし兄!ほんとに新選組だったんだ!」
「優姫。お前なぜここに……そこは、斎藤くんの部屋だな?」
「誤解だからな?!こいつがとし兄を探してるって門のところで足止めを食らってたから、一緒に探してやろうと思って幹部会の間ここで待っててもらってたんだ」
事情を説明すると、ひとまず納得してくれたのかそれ以上の追求はなく、飛び跳ねるように土方の元へ駆け寄った優姫に意識を向けてくれた。優姫は持っていた包を土方に見せるように開いていく。
「これ!お饅頭!正義さんが、この間剣術指南してくれたお礼だって。へへ、少し遠出して買ってきたんだー!」
「わざわざすまないな。せっかく来てくれたんだ、俺の部屋に案内するからついてこい」
「わーい!それじゃ一緒に食べよ!」
あのねあのね、と話し続ける優姫の隣で、その他はもう眼中にないと言わんばかりに歩き始める土方は、見たことのない優しい微笑みを浮かべていた。それを見て沖田と藤堂は肩を震わせ、その横では永倉が微笑ましいといった顔をしている。
「なんやあれ……鬼の副長が笑っとったで……」
「俺土方さんがあんな笑顔浮かべてるの初めてみましたよ……」
「あの子がかわいいてしゃあないんやろなあ」
そうか。俺にとっての遥のように、土方にも心を休めることができる相手がいたのか。
なんだか自分のことのように嬉しくなって、また優姫と話せる機会があればいいなと思った。
そんな平和な日々も、京に放たれたあの炎で脆く崩れ去ってしまったのだが。
「こいつ、逃げる時に火事場泥棒にばったり出くわしたみたいなんです。一緒に逃げていた子供を逃がそうとして、後ろから斬られたって」
ござの上に寝かされている顔にはすでに生気はなく、死人のそれであった。
火事が収まり、新選組が火をつけたんだという町の声を聴き、情報収集と見回りをかねて歩いていたら、焼け崩れた町の一角に土方が立っているのが見えた。傍まで行くと、見えてしまった。土方の前に横たわっているのは、この、死体は。
傍らに膝をつく男は、悔しそうに拳を握りしめていた。
「どうしてこんなことになっちまったんだ、土方さん。あんたのせいじゃねえのはわかってる。けど、その火事場泥棒は新選組だった。こいつは、新選組が人斬り集団だって言われてても、あんたは違うって慕ってたんだぜ。どうして、どうして止められなかったんだ……ッ!!」
「……本当に、すまない」
くそっと男は握った拳を地面にたたきつけた。静かな声とは裏腹に、血がにじむほど握りしめた土方の拳が語っている。悔しい、許せない、と。
「正義、この始末は必ず俺がとる。必ず、俺が」
「……俺はこいつを殺した奴を許せないから、あんたの申し出は嬉しく思う。けどこいつは、優姫は、あんたにそんなこと望んじゃいないんだろうなって思いますよ」
土方は何も答えないまま死体の傍へ屈むと、血の滲んでいない手で、横たわる死体の……優姫の頬をそっと撫でた。
「生まれ変わったら……生まれ変わっても、また兄のように慕ってくれたら、嬉しく思う。優姫、どうかまた、俺を見つけてくれ」
正義と呼ばれる男は「俺は生まれ変わったら、悪人を裁く力が欲しいな」と笑いながら泣いていた。震えるその肩に優しく触れて、土方は立ち上がる。その目は、酷く凍っているようだった。
優姫が復讐を望まないとわかっていても。きっと土方は誰が殺したかを突き止めるだろう。そして、殺すのだろう。それを止める事はできない。俺に出来ることは。
ーーー生まれ変わったら。
見つけて欲しいという土方の願いが、叶うようにと祈ることだけだった。
ーーーーー……
『お饅頭美味しかったですね!土方様!』
『様などつけなくていい。敬語も不要、気軽に呼んでくれ』
『気軽……じゃ、じゃあ!下の名前教えてくださ……えっと、教えてくれる?!』
『歳三だが』
『そっか!じゃあ、と、とし兄って呼んでもいい?私ね、一人っ子で孤児だから、家族っていうのに憧れてて……土方様ってなんだかお兄ちゃんみたいだなあって……あーでも!ダメならダメでいいから!』
『……別に構わんぞ。好きに呼ぶといい』
『!!やった!!とし兄!へへ、とし兄!!』
『……ふ、何度も呼ばなくても聞こえているよ、優姫』
(維新:幕末のとある日の話)
「わきゃあーッ!!」
京の街の大通りに、甲高い声が響き渡る。久方ぶりに隊服を脱いで饅頭を買いに来たのだが、今の大声のせいか、行こうと思っていた店の前に人だかりができてしまっている。一体何の騒ぎだ。
側まで近づいてみると、若い女が浪人に絡まれているようだった。
「何すんですか!!」
「うるせえ!いいから有り金全部置いてけや!!」
「いやですけど!!これはお世話になったお兄さんにお土産を買うお金です!!」
「ちょこまかしやがって!!もういい、こうなったら……!!」
逃げ回る女にしびれを切らした男が、懐から小型の鉄砲を取り出した。こんな奴らにまで武器が行き渡っているのか、と思考しつつ男の背後に回り、刀を振り下ろす。だが、こちらが何をしようかわかったらしい女が、「やめてください!!」と男を蹴り飛ばして斬られないように庇ったではないか。蹴られた男はこちらを振り返ると、刀を見て怯えて逃げていく。鉄砲はこちらで回収しておこう、とそれを拾い上げていると、女が正面までやってきて、頭を下げてきた。
「助けてくれてありがとうございました!でも、斬るのはやりすぎですよ!気を付けてくださいね!」
「やりすぎではないと思うが。君は殺されそうになっていただろう」
「私を助けるために貴方に人を殺させたくありませんから」
それはつまり、相手を殺すくらいなら、自分は死んでもいいと。
なんて歪な女なのだろう。曇りなき眼を見るに、今までもそうやって生きてきたのだ。この女は、自分よりも他人の命を優先して、いつかは他人の悪意で死ぬのだろう。なんとなく、面白くないと感じた。言葉を選びあぐねていると、女は店の看板を見上げて「ああ!」と大きな声を出した。
「そういえばお饅頭買いに来たんだった!お侍さんにもお礼にお饅頭奢りますよ!ここのお饅頭美味しいんですから!」
「そうか……ではいただこうか」
ころころと変わる表情を見ていたら、怒る気力も逃げる意味も感じなくなり、少しおかしくて笑ってしまった。
――――――――――――
「あのー、ここにとし兄いますかー?」
屯所の前に立つ隊士が「そんな奴はいない」と声を荒げている。とし兄とやらを訪ねてきた包を抱えた女は門前払いをくらい項垂れていた。見かねてつい話しかけてしまう。
「どうしたんだ」
「あ、斎藤隊長。いえ、この女がとし兄とかいう奴を出せって言うんですが、そんな奴いるかどうかもわからねえんで追い返してたんです」
「そうか。おい、お嬢さん」
「はい?」
「よかったら俺が確認してきてやる。どんな奴か教えてくれ」
俺の言葉に希望を見出したのか、女は目を輝かせて飛びついてきた。思わず後ずさるが、俺の様子などおかまいなく女はそいつの特徴を並べ始める。
「えっとね、髪は貴方より短くて、背は……高い方かな?貴方よりは低いかも。仏頂面で、口数も少なめで、落ち着いてる感じ。でもね、優しくて、笑うと綺麗なんだ」
「……お前はそいつのこと、本当に大好きなんだな」
兄のように慕っているのか、話しながら女は嬉しそうに微笑んでいる。きっとその男は、口下手だが、優しい青年なのだろう。だがそんな男、新選組にいただろうかと首を傾げていると、屯所の中から藤堂が「斎藤さーん」と俺を呼んでいる。そうだ、これから幹部会があるのだった。
「すまない、これから仕事でな。すぐ終わると思うから、中に入って待っててくれるか?俺の部屋にいれば大丈夫だろうから、案内してもらってくれ」
「わっかりました!ありがとうございます!えっと、斎藤さん!」
「そういえば、お前の名前は?」
「優姫です!それじゃあ待ってますねー!」
門番の隊士が女を案内するのを見届けてから、手を振る藤堂の元へ駆け寄り共に部屋へ向かう。今度は遅刻することなく幹部会へ出席することができた。
幹部会が終わり、俺は待たせている女のところへ行こうとしたのだが、ここで不幸にも沖田に捕まってしまった。背後から覆い被さるように肩を組まれる。
「はーじめちゃーん!なんやそわそわして!どこ行くんや!」
「沖田……わりぃが急いでんだ」
「つれないのう。よっしゃ!わしもついてったろ!」
「なんでそうなるんだ?!」
「どうしたんです?斎藤さんが女連れ込んだ話ですか?」
「なんや藤堂、斎藤が何したって?」
「聞いてくださいよ永倉さん!斎藤さんが自室に女待たせてるんですよ!連れ込みですよ連れ込み!」
「何で知って……あっこら!待て沖田!!」
藤堂の話を聞いて一目散に俺の自室へ向かって駆け出す沖田を捕まえ損ね、慌ててその背中を追いかける。面白がる藤堂と、何が起きたかわからないままの永倉も追いかけてくる。
「オルア!!この泥棒猫!!」
「ほぎゃあああ?!泥棒猫って何の話?!」
「ん?なんや、まだ子供やないか。はっまさか一ちゃん、こないな子に手を……」
「出すか馬鹿!!そいつは客人だ!!」
「あ、そうだったんですかー」
「藤堂、真偽のわからん話は大っぴらにするもんやないで」
「永倉さんがそういうなら気を付けます」
何故か永倉にだけ従順な藤堂はさておき、俺の部屋を思い切り開けて騒いだ沖田はふーんと、中で待ってくれていた優姫をじろじろを見ている。沖田の奇襲に驚いていた優姫も少し落ち着いたのか、俺の姿を見て嬉しそうに頬を緩めた。
「斎藤さん!お仕事はもういいんですか?」
「ああ、今終わったところだ。早速だがこの屯所内を歩いて探そうと思うんだが、いいか?」
「もちろんです!よろしくお願いします!」
「おん?なんやお嬢ちゃん。誰か探しとるんか?」
「あ、はい。えっと、とし兄を探してるんですけど」
「「「とし兄」」」
沖田、藤堂、永倉が綺麗に口をそろえて繰り返す。それから顔を見合わせて、三人で「まさか」「いやでも」「とし兄ですよ」と何か知っている様子だ。もしや、心当たりがあるのだろうか。
「あー、一ちゃんは馴染みないからなぁ」
「ですね」
「あんなあ斎藤。うちの副長の下の名前は、歳三ゆうて、局長も「歳」って愛称で呼んどんのや」
歳三、歳、とし兄。
つまり、あの土方がとし兄?!
「屯所内で何を騒いでいる、お前達」
噂をすれば影が差すというが、その通りに土方がいつものように羽織を翻しながら廊下を歩いてきた。部屋の中からひょこりと顔を出した優姫は、その姿を見て嬉しそうに笑った。
「とし兄!ほんとに新選組だったんだ!」
「優姫。お前なぜここに……そこは、斎藤くんの部屋だな?」
「誤解だからな?!こいつがとし兄を探してるって門のところで足止めを食らってたから、一緒に探してやろうと思って幹部会の間ここで待っててもらってたんだ」
事情を説明すると、ひとまず納得してくれたのかそれ以上の追求はなく、飛び跳ねるように土方の元へ駆け寄った優姫に意識を向けてくれた。優姫は持っていた包を土方に見せるように開いていく。
「これ!お饅頭!正義さんが、この間剣術指南してくれたお礼だって。へへ、少し遠出して買ってきたんだー!」
「わざわざすまないな。せっかく来てくれたんだ、俺の部屋に案内するからついてこい」
「わーい!それじゃ一緒に食べよ!」
あのねあのね、と話し続ける優姫の隣で、その他はもう眼中にないと言わんばかりに歩き始める土方は、見たことのない優しい微笑みを浮かべていた。それを見て沖田と藤堂は肩を震わせ、その横では永倉が微笑ましいといった顔をしている。
「なんやあれ……鬼の副長が笑っとったで……」
「俺土方さんがあんな笑顔浮かべてるの初めてみましたよ……」
「あの子がかわいいてしゃあないんやろなあ」
そうか。俺にとっての遥のように、土方にも心を休めることができる相手がいたのか。
なんだか自分のことのように嬉しくなって、また優姫と話せる機会があればいいなと思った。
そんな平和な日々も、京に放たれたあの炎で脆く崩れ去ってしまったのだが。
「こいつ、逃げる時に火事場泥棒にばったり出くわしたみたいなんです。一緒に逃げていた子供を逃がそうとして、後ろから斬られたって」
ござの上に寝かされている顔にはすでに生気はなく、死人のそれであった。
火事が収まり、新選組が火をつけたんだという町の声を聴き、情報収集と見回りをかねて歩いていたら、焼け崩れた町の一角に土方が立っているのが見えた。傍まで行くと、見えてしまった。土方の前に横たわっているのは、この、死体は。
傍らに膝をつく男は、悔しそうに拳を握りしめていた。
「どうしてこんなことになっちまったんだ、土方さん。あんたのせいじゃねえのはわかってる。けど、その火事場泥棒は新選組だった。こいつは、新選組が人斬り集団だって言われてても、あんたは違うって慕ってたんだぜ。どうして、どうして止められなかったんだ……ッ!!」
「……本当に、すまない」
くそっと男は握った拳を地面にたたきつけた。静かな声とは裏腹に、血がにじむほど握りしめた土方の拳が語っている。悔しい、許せない、と。
「正義、この始末は必ず俺がとる。必ず、俺が」
「……俺はこいつを殺した奴を許せないから、あんたの申し出は嬉しく思う。けどこいつは、優姫は、あんたにそんなこと望んじゃいないんだろうなって思いますよ」
土方は何も答えないまま死体の傍へ屈むと、血の滲んでいない手で、横たわる死体の……優姫の頬をそっと撫でた。
「生まれ変わったら……生まれ変わっても、また兄のように慕ってくれたら、嬉しく思う。優姫、どうかまた、俺を見つけてくれ」
正義と呼ばれる男は「俺は生まれ変わったら、悪人を裁く力が欲しいな」と笑いながら泣いていた。震えるその肩に優しく触れて、土方は立ち上がる。その目は、酷く凍っているようだった。
優姫が復讐を望まないとわかっていても。きっと土方は誰が殺したかを突き止めるだろう。そして、殺すのだろう。それを止める事はできない。俺に出来ることは。
ーーー生まれ変わったら。
見つけて欲しいという土方の願いが、叶うようにと祈ることだけだった。
ーーーーー……
『お饅頭美味しかったですね!土方様!』
『様などつけなくていい。敬語も不要、気軽に呼んでくれ』
『気軽……じゃ、じゃあ!下の名前教えてくださ……えっと、教えてくれる?!』
『歳三だが』
『そっか!じゃあ、と、とし兄って呼んでもいい?私ね、一人っ子で孤児だから、家族っていうのに憧れてて……土方様ってなんだかお兄ちゃんみたいだなあって……あーでも!ダメならダメでいいから!』
『……別に構わんぞ。好きに呼ぶといい』
『!!やった!!とし兄!へへ、とし兄!!』
『……ふ、何度も呼ばなくても聞こえているよ、優姫』