★番外編
DREAM
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番外:ダニ村さんの恋人
(2011年なずな25歳)
署内の食堂に昼食を取るために立ち寄ると、珍しく谷村がいた。周りに女子警官を侍らせている。知り合ってからしばらくして知ったのだが、谷村はモテるらしい。少し離れた席に座りながら、桐生や秋山がどこか疲れた声でそう話していたのを思い出していた。
「だから、谷村さん今フリーなんですよね?」
聞き耳を立てる気はなかったが、女子の声が嬉々としているからか少し声が大きく、何を話しかけているのか聞こえてしまった。すでに恋人がいることを知っている俺は思わず食べ始めたうどんを噴き出すところだったが、どうにか耐えて谷村の回答を待つ。事情が事情だから、いないと言っても問題はない相手だが、あの谷村は何と答えるのだろうか。
谷村はというと、少し気だるげな様子で口を開いた。
「いや、彼女いるって言ってるでしょ。なんでフリーになるの」
「えー?!だって、結婚は考えてないんでしょう?」
「結婚は選択肢の一つであって、するしないは個人の自由だよ」
「付き合ってるのに結婚しない理由ってなんですか?」
「こんな俺でもプライバシーはあるつもりなんだけど」
「谷村さーん、この子とお試しでいいから付き合ってあげてよー?この子となら結婚したくなるかもしれないじゃない?」
「何言われても今の彼女と別れる気ないから遠慮しておくよ」
なるほど。谷村は伏せつつも嘘はつかず話していたのか。
それにしても、押しの強い女子達だ。ここは合コンの場ではない、神聖な職場なのだから学生気分は困る。そう思って注意しようとさっさと食べ終えると、食器を片付けて谷村の席へ近寄った。
「おいお前ら」
「!だ、伊達刑事!お疲れ様です!」
「何か事件ですか?!」
「いや、そうじゃなくてな。ここは職場の食堂なんだから、もう少し慎みを」
「食堂だろうと気を抜くな、ということですね!」
「大変失礼いたしました!」
純粋な尊敬の眼差しで敬礼されて、女子警官達は食堂から去っていく。残されたのは注意し損なった俺と、不機嫌そうな谷村だ。ドッと疲れて谷村の向かいの席に腰掛けた。
「なんだってみんな俺の話を聞きゃしねえんだ」
「伊達さんは伝説ですから仕方ないですよ……騒がせてすみません」
「お前は悪くねえだろ。……結婚しねえのか?」
「あいつがしたくない事はする気ないんで」
「……背負いすぎるよなぁ、あいつは。そういうところ桐生そっくりだ」
「……正直結婚なんてどうでもいいんです。あいつが生きて、俺のそばにいてくれるだけで満足なんですよ」
谷村は、なずなを手放すつもりは一切ない。そんな事は、あの夜の告白で分かりきっている。自分の恋心をお前の言葉で殺せなんて、脅しでしかない。なずなは自分も同じことをしようとしていたから気がついていないが、あそこで振られていても谷村は諦める事はなかっただろう。
本気なのだ。ただなずながそばにいるだけで満足に、幸福になるくらい本気の思い。
だからこそ、様々な事情を抱えたなずなが結婚もしない、子供も作らないと思っているのなら、それを受け入れてそばに居ると谷村は言う。
まあ、そんなことはあの日ニューセレナで秘密を共有した俺達くらいしか知らないから、周りから見れば付き合ってるのに結婚しないのは遊びなのではと思われてしまうわけだが。
重いため息が、向かいの席から聞こえてくる。
「はぁ……俺ってそんなに不誠実に見えます?」
「まあ、神室町のダニって忌み嫌われるくらいだから、傍目からは誠実には見えねえわな」
「女関係までそう思われるのは予想外でしたね」
「そういや、なずなから聞いたけど指輪持ってんだろ?つけねえのか?」
「いつそんな話を……持ってますけど、あいつが指につけてると無くしそうで怖いから仕事中はつけるなって言うんで首から下げてますよ」
「……お前、ほんとにあいつに甘いよなぁ」
「俺、こう見えても一途なんで」
それはわかっている。ふっと笑って、まあ頑張れと背中を叩いておいた。
「仕事とお前なら、お前が一番大事に決まってるだろ。何度も聞かなくても変わらないって」
廊下の端で、壁に背をもたれている谷村が電話で話している声が聞こえた。しかも、内容がメロドラマのようで今度は聞き耳を立ててしまった。
「ああ、わかったよ。仕事終わったら迎えに行くから。いつもの場所で待ってて。そう、そこね。それじゃ」
通話が終わったようだ。相手はおそらくなずなだと思うが、あのなずなが『仕事と私どっちが大事なの?!』なんてセリフを吐くだろうか。少し気になって聞いてみようかと思っていたら、いつぞや谷村にアタックをしていた女子警官達がバタバタと俺を追い越して谷村のところへ向かっていった。
「谷村さん!そんな女別れた方がいいですよ!」
開口一番そう言われて、谷村がはあ?と呆れた声を出した。
「仕事と自分のどっちが大事かなんていう女、碌でもないですよ!仕事だって大事に決まってるじゃないですか!しかも刑事ですよ?!理解がない彼女なんて、別れた方が」
「あのさ、俺の交友関係に口出さないでくれる?」
「っ!でっでも」
「今の会話について詳しく話す気はないから言わないけど、俺が好きで付き合ってる相手の事、これ以上悪くいうようなら本気で怒るよ」
イケメンの冷たい眼差しというのは、こうも恐ろしいものなのか。静かに怒っている谷村に、女子警官達はまた慌ただしくこの場を去っていった。一応、空気を変えておくか。
「谷村」
「あ、伊達さん。もしかして今の見てました?」
「まあな。モテるってのは楽じゃねえな」
「楽なことひとつもないですよ。四六時中見張られてる感じするんで勘弁です」
はあ、と壁にもたれかかってまた重いため息を吐いている。空気を変えてやろうと話しかけたはいいものの、どうしたものか。
「さっきの電話の話なんですけど」
しかし俺が黙っていたら、谷村の方から少し言いづらそうに話し始めた。おう、と続きを促すと、視線を左右に揺らしながらボソッと一言。
「あれ、俺が言ったんです」
「は?」
「なずなのやつ、私の事は心配しなくても大丈夫だから、仕事優先してねって何度も言うから、お前の方が大事だって」
なんと、逆だったのか。なずなはああ見えて謙虚な人間だ。そして自己犠牲な質でもある。仕事と自分なら絶対に仕事を優先しろというに決まっているのだ。
先程の会話の内容に納得した俺は、思わずため息を吐いた。
「お前、恋すると狂うタイプだったんだな」
「いや、まあ……自分でもこんなに心配性で嫉妬深い人間だとは思ってなかったですけど……」
「ふっ、照れんな。お前は一回手痛い別れ経験してんだ。過保護になったっておかしかねえよ」
「……あいつ、自分の心配を後回しにするんすよ。怪我しても言わないし、傷ついても隠すし。だから、どうしても過剰になっちまうっていうか……なんかこの間から恥ずかしい姿見せてますね、俺。あー、なずなに愛想尽かされたらどうしよう」
少し俯いている谷村の隣で、同じように壁に寄りかかる。俺が隣に来たことに驚いているが、思った事は言っておこう。
「あいつは、お前がそうやって心配してくれるから笑ってられるんだろ」
「え?」
「お前の言う通り、多分なずなは誰かが見ててやんねえと自分の傷を明かす事はねえ。俺達だって気付けば指摘してやれるが、あくまで気付けたら、だ。ほんの些細な変化は、流石に気付けるか自信はねえよ。けど、お前は違うだろ。お前はどんな些細な傷も、必ず見つける。なずなはそんなお前に救われてるから、幸せそうに笑ってるんだろうよ」
なずなは本当に幸せそうな顔をして笑うのだ。谷村といる時はとくに心から幸せそうで、見ている俺達も良かったと思える。他人の悪意で死ななければならなかったあいつが、これからもこうして笑って生きてくれればいいと、心から願っている。
「だから、うじうじしてんな。そんなんじゃなずなを守れる男にはなれねえぞ。それとも、本当に愛想尽かされてえのか?」
「……いいえ。一生手放す気はないんで。ありがとうございます、伊達さん。さすが伝説の名刑事」
「お前なぁ……」
すんません、といつもの飄々とした表情で誠意のかけらもない謝罪をしてきた谷村。どうやら少し吹っ切れたらしい。
先に壁から離れたのは谷村だ。
「そんじゃ、俺仕事戻ります」
「今日はうち仕事だからしっかりやれよ」
「ええ、今日絶対定時上がりするんで真面目にやりますよ」
「いやいつも真面目にやれ!この間も雀荘にいやがって……あっこら谷村!逃げんな!」
脱兎の如く去っていく谷村の後ろ姿を見ながら、いつもの調子に戻ったことに気が抜けて、今度は安堵のため息を吐いた。
「あんたが谷村さんの恋人ね!谷村さんを困らせてる碌でもない女の!」
最悪の場面に出くわしてしまった。あれから平穏な日々を送っていたがために、まさかいきなり修羅場が始まるとは思わず、しかもそれに巻き込まれるとは思いもしなかった。桐生、助けてくれ。
谷村の仕事事情を鑑みながらちょこちょこ神室町に遊びに来るなずなと、昼飯を外でとっている最中に出会った。久しぶりだな、と店を出てから少し雑談に花を咲かせていると、血相を変えた谷村に惚れてる女子警官二人組(片方は応援してるのか?)が駆け寄ってきて、なずなを指差して罵倒を浴びせてきたので俺もなずなもポカンとしてしまった。
そういえば、谷村の電話を盗み聞きして勘違いしたままだったか。言われたなずなに至っては訳がわからず疑問符だらけの顔をしている。
「え、えっと、た、谷村さんの恋人はたしかに私ですが……こ、困らせてる?とは?」
「惚けないで!仕事中に電話しては自分と仕事どっちが大事なの、なんて聞いて困らせてるでしょ!あのね、谷村さんは刑事なの!理解しないで付き合って、結婚もしないなんてなんなの?!」
「ブフォ!!えっ、なんかその話だけ聞いてると私遊び人では?!」
「だからそうだって言ってるでしょ!それだけじゃ飽き足らず、伊達刑事にまで媚び売って……!」
「ファー?!私すごいことになってるううー?!」
本格的に頭を抱えてしまう。恋は盲目とはいうが、少し谷村に盲目すぎて周りが見えていなさすぎないか。見てみろ、お前達の言う悪女は俺とお前らを交互に見てパニックになってるぞ。
「お前ら、落ち着け。往来で騒いでんじゃねえ」
「!伊達刑事はなんとも思わないんですか?!」
「こいつはダチだ。俺に媚び売るなんてありえねえよ。それにこいつは谷村の仕事については谷村より理解して付き合ってんだ。これ以上みっともねえ真似はやめとけ」
「なっ、そ、それでも!」
「そもそも谷村にはフラれてんだろ。それで恋人の方に攻撃するってのは、警察官としても人間としてもどうなんだ。仕事と恋愛、一緒くたにしてるのはお前達の方だろ!いい加減にしろ!」
ようやく叱咤できたが、女子警官達は顔を歪めて手を振り上げた。突然のことで対応出来なかったせいで、その手はなずなの頬を勢いよく叩いた。
俺が怒鳴るより先に女子警官達は走り去っていく。その背中を少し睨んでしまったが、ひとまずなずなが心配だ。俺が一緒にいながら、なずなに怪我を負わせてしまった。
「おい!大丈夫かなずな!」
「……伊達さん」
「なんだ?!」
「しょ、少女漫画みたいじゃなかったです?!今の?!」
はあ?と惚けた声が出てしまった。なずなは頬を押さえながら、なぜか興奮気味に俺を見上げている。目がキラキラしている気もする。
「王道展開ですよ!イケメンと付き合ってる地味な女の子が妬まれて、頬を叩かれる!そこに現れるイケメン!『お前ら、俺の女に何してんだ』なんて言って追い払うっていうのがテンプレです!いやあ、まさか自分がそういう立場になるなんて、出世したなあ!」
「そのイケメンが今回いねえじゃねえか……いやとりあえず頬冷やさねえとな。ニューセレナが近いからそこいくぞ」
なずなはわかりました!と元気な声だ。
ママと付き合うようになってから持たされている合鍵がここで役に立つとは。
「ひえー!ちょっとヒリヒリする!」
「しばらく冷やしとけよ。というか、俺が叱ったせいで激昂させちまって、こんな怪我させて悪かった」
「伊達さんのせいじゃないですよ!貴重な経験が出来て少し楽しかったので気にしないでください!あっでも谷村さんには秘密で!怒られるんで!」
いや、怒られるのはどう考えてもあの女子警官達なのだが。なずなは濡らしたタオルを頬に当ててヘラヘラと笑っている。
とりあえず電話の件やら何やら、あの女子警官達が勘違いで騒いでただけだから、気にするなと教えてやる。谷村は毎回彼女がいるとアプローチを断っていたことも付け加えて。話を聞きながらなずなは嬉しそうにしていた。
「谷村とは仕事終わりに会うのか?」
「はい!今日は神室シアターで映画を観るんです!その頃には腫れもひいてると思いますし、今日の事は私と伊達さんの秘密ってことで!」
「どうせすぐバレるぞ?お前は嘘が下手だし、あいつはお前の変化にすぐ気付くだろうし」
「うぐう!やっぱバレますかね……というか、谷村さん職場でもめちゃくちゃモテてるんですね!」
「なあ、なずな。谷村の恋人でいる以上これからもこんな目に遭うかもしれねえが、その全部をずっと隠し続ける気か?」
うぐ、となずなが言葉を詰まらせる。
今日の事は谷村となずなが会えばすぐにバレるだろう。頬の腫れがひいていようと、なずなの少しの変化に谷村は気がつく。問い詰められればなずなもめそめそしながら白状することだろう。それを、何度も繰り返すと言っているのだ。
そんな事が何度も続けば、おそらく谷村は何かしら行動を起こすだろう。それはどう想像しても良い行動ではない。
「隠し事なんてするもんじゃねえよ。今回の事も、これからの事も、本当に相手を思うなら隠すな。谷村は、お前の事本気で大事に思ってんだ。あんまり困らせてやるな」
「伊達さん……へへ、私、ほんと困らせてばっかりですよね。駄目だなぁ、私。四年前から全然変わってない。伊達さん、私、自分が傷つくのなんてどうでもいいんです。私のせいで、他の誰かが傷つくなら私が傷つけばいいって、ずっとそう思ってて……」
なんでそんなに自己犠牲の塊なんだ、と怒鳴りそうになったが、その後にはにかみながら続いた言葉にそうする気がなくなった。
「でも、谷村さんの事は、譲れないなあって。谷村さんを好きな他の人達が傷ついても、あの優しい手を自分から離す事は、したくないなぁって思うんです」
「そういうのは、伊達さんじゃなくて俺に直接言ってほしいんだけど」
ガチャッと扉が開く音の後で、聞き慣れた声が室内に入ってきた。予想しない相手の登場に俺もなずなも飛び上がって驚いた。谷村だ。どうやってここを突き止めたのか。
「刑事の基本、聞き込みですよ。頬を腫らした女と神室町で有名な刑事の目撃情報なんてすぐ掴めます」
「心を読むんじゃねえよ!って、なんで頬を腫らしてるって知ってんだ」
「七福通りで仕事してた俺のところに加害者が謝りに来たからです。パトロール中に伊達さんを見かけて、なずなって名前が聞こえて頭に血が昇ったとかなんとか」
「わー?!谷村さんあの人達に酷いこと言ったりしてない?!」
「いや、お前の方が酷いこと言われて酷いことされたんだろうが。こういう時は酷い目にあったって泣きついてこいよ。大体お前はな」
「わー!!説教モードやめてー!!」
ソファ席に座るなずなの正面に座り、延々と説教が始まってしまった。なずながどんどん縮こまっていく。
しかし、あの二人谷村に謝りに行ったのか。いや、何で谷村だよ。謝るならなずなじゃねえか。
「そこはもう指摘してますよ。そしたらしどろもどろになってたんで、そのままにしてきました」
「だから心を読むなっての!あー、谷村、なずなは被害者なんだから、あんま怒ってやるなよ。なずな、頬はどうだ?」
「ひんやりして気持ち良いです!いや、ちょっと待ってください。伊達さんも谷村さんも、仕事中ですよね?!私完全に仕事の邪魔してますね?!もう大丈夫なんで、早く仕事戻ってください!」
「何度も言うけど、仕事よりお前の方が大事だから。頬見せて」
「ひぇっ!顔が良い!」
「知ってる」
お、なんかイチャイチャし始めたか?そろそろお邪魔かもしれない。しかしここには合鍵を使って入っているから、出るならこいつらも一緒に出ないといけない。やれやれと肩をすくめる。
「おい、イチャつくなら仕事終わりにしろ。映画観に行くんだろ」
「あっはい!谷村さん、神室シアターで待ち合わせだからね!」
「その間お前はスカイファイナンスで秋山さんの手伝いな」
「なんでえ?!」
もう連絡してある、と谷村が携帯をチラつかせると、なずなががっくりと肩を落とした。おそらく一人で街をうろうろしようと思っていたのだろう。まあ、今の谷村がそれを許す事はないから仕方ない。
ニューセレナを出て、スカイファイナンスになずなを預けてから二人で署に戻るためにパーキングへ向かっていると、谷村がすみませんと謝ってきた。
「あの二人、伊達さんに叱られて少し頭冷えたみたいでした。だから想像よりは俺も怒ってなかったと思いますよ」
「俺こそ、一緒にいながらなずなに怪我させちまって悪かった。けどまあ、あいつの本音聞けてよかったな?」
「ええ、良かったです。それを言った相手が伊達さんなのは許してないですけど、後で散々言わせるんで大丈夫です」
「いや許してねえのかよ。全然大丈夫じゃねえよ」
ははっと谷村が年相応に笑うので、俺もおかしくなって笑ってしまった。
これからも二人には振り回されるのだろうけど、まあ付き合ってやるかなんて思いながら。
(2011年なずな25歳)
署内の食堂に昼食を取るために立ち寄ると、珍しく谷村がいた。周りに女子警官を侍らせている。知り合ってからしばらくして知ったのだが、谷村はモテるらしい。少し離れた席に座りながら、桐生や秋山がどこか疲れた声でそう話していたのを思い出していた。
「だから、谷村さん今フリーなんですよね?」
聞き耳を立てる気はなかったが、女子の声が嬉々としているからか少し声が大きく、何を話しかけているのか聞こえてしまった。すでに恋人がいることを知っている俺は思わず食べ始めたうどんを噴き出すところだったが、どうにか耐えて谷村の回答を待つ。事情が事情だから、いないと言っても問題はない相手だが、あの谷村は何と答えるのだろうか。
谷村はというと、少し気だるげな様子で口を開いた。
「いや、彼女いるって言ってるでしょ。なんでフリーになるの」
「えー?!だって、結婚は考えてないんでしょう?」
「結婚は選択肢の一つであって、するしないは個人の自由だよ」
「付き合ってるのに結婚しない理由ってなんですか?」
「こんな俺でもプライバシーはあるつもりなんだけど」
「谷村さーん、この子とお試しでいいから付き合ってあげてよー?この子となら結婚したくなるかもしれないじゃない?」
「何言われても今の彼女と別れる気ないから遠慮しておくよ」
なるほど。谷村は伏せつつも嘘はつかず話していたのか。
それにしても、押しの強い女子達だ。ここは合コンの場ではない、神聖な職場なのだから学生気分は困る。そう思って注意しようとさっさと食べ終えると、食器を片付けて谷村の席へ近寄った。
「おいお前ら」
「!だ、伊達刑事!お疲れ様です!」
「何か事件ですか?!」
「いや、そうじゃなくてな。ここは職場の食堂なんだから、もう少し慎みを」
「食堂だろうと気を抜くな、ということですね!」
「大変失礼いたしました!」
純粋な尊敬の眼差しで敬礼されて、女子警官達は食堂から去っていく。残されたのは注意し損なった俺と、不機嫌そうな谷村だ。ドッと疲れて谷村の向かいの席に腰掛けた。
「なんだってみんな俺の話を聞きゃしねえんだ」
「伊達さんは伝説ですから仕方ないですよ……騒がせてすみません」
「お前は悪くねえだろ。……結婚しねえのか?」
「あいつがしたくない事はする気ないんで」
「……背負いすぎるよなぁ、あいつは。そういうところ桐生そっくりだ」
「……正直結婚なんてどうでもいいんです。あいつが生きて、俺のそばにいてくれるだけで満足なんですよ」
谷村は、なずなを手放すつもりは一切ない。そんな事は、あの夜の告白で分かりきっている。自分の恋心をお前の言葉で殺せなんて、脅しでしかない。なずなは自分も同じことをしようとしていたから気がついていないが、あそこで振られていても谷村は諦める事はなかっただろう。
本気なのだ。ただなずながそばにいるだけで満足に、幸福になるくらい本気の思い。
だからこそ、様々な事情を抱えたなずなが結婚もしない、子供も作らないと思っているのなら、それを受け入れてそばに居ると谷村は言う。
まあ、そんなことはあの日ニューセレナで秘密を共有した俺達くらいしか知らないから、周りから見れば付き合ってるのに結婚しないのは遊びなのではと思われてしまうわけだが。
重いため息が、向かいの席から聞こえてくる。
「はぁ……俺ってそんなに不誠実に見えます?」
「まあ、神室町のダニって忌み嫌われるくらいだから、傍目からは誠実には見えねえわな」
「女関係までそう思われるのは予想外でしたね」
「そういや、なずなから聞いたけど指輪持ってんだろ?つけねえのか?」
「いつそんな話を……持ってますけど、あいつが指につけてると無くしそうで怖いから仕事中はつけるなって言うんで首から下げてますよ」
「……お前、ほんとにあいつに甘いよなぁ」
「俺、こう見えても一途なんで」
それはわかっている。ふっと笑って、まあ頑張れと背中を叩いておいた。
「仕事とお前なら、お前が一番大事に決まってるだろ。何度も聞かなくても変わらないって」
廊下の端で、壁に背をもたれている谷村が電話で話している声が聞こえた。しかも、内容がメロドラマのようで今度は聞き耳を立ててしまった。
「ああ、わかったよ。仕事終わったら迎えに行くから。いつもの場所で待ってて。そう、そこね。それじゃ」
通話が終わったようだ。相手はおそらくなずなだと思うが、あのなずなが『仕事と私どっちが大事なの?!』なんてセリフを吐くだろうか。少し気になって聞いてみようかと思っていたら、いつぞや谷村にアタックをしていた女子警官達がバタバタと俺を追い越して谷村のところへ向かっていった。
「谷村さん!そんな女別れた方がいいですよ!」
開口一番そう言われて、谷村がはあ?と呆れた声を出した。
「仕事と自分のどっちが大事かなんていう女、碌でもないですよ!仕事だって大事に決まってるじゃないですか!しかも刑事ですよ?!理解がない彼女なんて、別れた方が」
「あのさ、俺の交友関係に口出さないでくれる?」
「っ!でっでも」
「今の会話について詳しく話す気はないから言わないけど、俺が好きで付き合ってる相手の事、これ以上悪くいうようなら本気で怒るよ」
イケメンの冷たい眼差しというのは、こうも恐ろしいものなのか。静かに怒っている谷村に、女子警官達はまた慌ただしくこの場を去っていった。一応、空気を変えておくか。
「谷村」
「あ、伊達さん。もしかして今の見てました?」
「まあな。モテるってのは楽じゃねえな」
「楽なことひとつもないですよ。四六時中見張られてる感じするんで勘弁です」
はあ、と壁にもたれかかってまた重いため息を吐いている。空気を変えてやろうと話しかけたはいいものの、どうしたものか。
「さっきの電話の話なんですけど」
しかし俺が黙っていたら、谷村の方から少し言いづらそうに話し始めた。おう、と続きを促すと、視線を左右に揺らしながらボソッと一言。
「あれ、俺が言ったんです」
「は?」
「なずなのやつ、私の事は心配しなくても大丈夫だから、仕事優先してねって何度も言うから、お前の方が大事だって」
なんと、逆だったのか。なずなはああ見えて謙虚な人間だ。そして自己犠牲な質でもある。仕事と自分なら絶対に仕事を優先しろというに決まっているのだ。
先程の会話の内容に納得した俺は、思わずため息を吐いた。
「お前、恋すると狂うタイプだったんだな」
「いや、まあ……自分でもこんなに心配性で嫉妬深い人間だとは思ってなかったですけど……」
「ふっ、照れんな。お前は一回手痛い別れ経験してんだ。過保護になったっておかしかねえよ」
「……あいつ、自分の心配を後回しにするんすよ。怪我しても言わないし、傷ついても隠すし。だから、どうしても過剰になっちまうっていうか……なんかこの間から恥ずかしい姿見せてますね、俺。あー、なずなに愛想尽かされたらどうしよう」
少し俯いている谷村の隣で、同じように壁に寄りかかる。俺が隣に来たことに驚いているが、思った事は言っておこう。
「あいつは、お前がそうやって心配してくれるから笑ってられるんだろ」
「え?」
「お前の言う通り、多分なずなは誰かが見ててやんねえと自分の傷を明かす事はねえ。俺達だって気付けば指摘してやれるが、あくまで気付けたら、だ。ほんの些細な変化は、流石に気付けるか自信はねえよ。けど、お前は違うだろ。お前はどんな些細な傷も、必ず見つける。なずなはそんなお前に救われてるから、幸せそうに笑ってるんだろうよ」
なずなは本当に幸せそうな顔をして笑うのだ。谷村といる時はとくに心から幸せそうで、見ている俺達も良かったと思える。他人の悪意で死ななければならなかったあいつが、これからもこうして笑って生きてくれればいいと、心から願っている。
「だから、うじうじしてんな。そんなんじゃなずなを守れる男にはなれねえぞ。それとも、本当に愛想尽かされてえのか?」
「……いいえ。一生手放す気はないんで。ありがとうございます、伊達さん。さすが伝説の名刑事」
「お前なぁ……」
すんません、といつもの飄々とした表情で誠意のかけらもない謝罪をしてきた谷村。どうやら少し吹っ切れたらしい。
先に壁から離れたのは谷村だ。
「そんじゃ、俺仕事戻ります」
「今日はうち仕事だからしっかりやれよ」
「ええ、今日絶対定時上がりするんで真面目にやりますよ」
「いやいつも真面目にやれ!この間も雀荘にいやがって……あっこら谷村!逃げんな!」
脱兎の如く去っていく谷村の後ろ姿を見ながら、いつもの調子に戻ったことに気が抜けて、今度は安堵のため息を吐いた。
「あんたが谷村さんの恋人ね!谷村さんを困らせてる碌でもない女の!」
最悪の場面に出くわしてしまった。あれから平穏な日々を送っていたがために、まさかいきなり修羅場が始まるとは思わず、しかもそれに巻き込まれるとは思いもしなかった。桐生、助けてくれ。
谷村の仕事事情を鑑みながらちょこちょこ神室町に遊びに来るなずなと、昼飯を外でとっている最中に出会った。久しぶりだな、と店を出てから少し雑談に花を咲かせていると、血相を変えた谷村に惚れてる女子警官二人組(片方は応援してるのか?)が駆け寄ってきて、なずなを指差して罵倒を浴びせてきたので俺もなずなもポカンとしてしまった。
そういえば、谷村の電話を盗み聞きして勘違いしたままだったか。言われたなずなに至っては訳がわからず疑問符だらけの顔をしている。
「え、えっと、た、谷村さんの恋人はたしかに私ですが……こ、困らせてる?とは?」
「惚けないで!仕事中に電話しては自分と仕事どっちが大事なの、なんて聞いて困らせてるでしょ!あのね、谷村さんは刑事なの!理解しないで付き合って、結婚もしないなんてなんなの?!」
「ブフォ!!えっ、なんかその話だけ聞いてると私遊び人では?!」
「だからそうだって言ってるでしょ!それだけじゃ飽き足らず、伊達刑事にまで媚び売って……!」
「ファー?!私すごいことになってるううー?!」
本格的に頭を抱えてしまう。恋は盲目とはいうが、少し谷村に盲目すぎて周りが見えていなさすぎないか。見てみろ、お前達の言う悪女は俺とお前らを交互に見てパニックになってるぞ。
「お前ら、落ち着け。往来で騒いでんじゃねえ」
「!伊達刑事はなんとも思わないんですか?!」
「こいつはダチだ。俺に媚び売るなんてありえねえよ。それにこいつは谷村の仕事については谷村より理解して付き合ってんだ。これ以上みっともねえ真似はやめとけ」
「なっ、そ、それでも!」
「そもそも谷村にはフラれてんだろ。それで恋人の方に攻撃するってのは、警察官としても人間としてもどうなんだ。仕事と恋愛、一緒くたにしてるのはお前達の方だろ!いい加減にしろ!」
ようやく叱咤できたが、女子警官達は顔を歪めて手を振り上げた。突然のことで対応出来なかったせいで、その手はなずなの頬を勢いよく叩いた。
俺が怒鳴るより先に女子警官達は走り去っていく。その背中を少し睨んでしまったが、ひとまずなずなが心配だ。俺が一緒にいながら、なずなに怪我を負わせてしまった。
「おい!大丈夫かなずな!」
「……伊達さん」
「なんだ?!」
「しょ、少女漫画みたいじゃなかったです?!今の?!」
はあ?と惚けた声が出てしまった。なずなは頬を押さえながら、なぜか興奮気味に俺を見上げている。目がキラキラしている気もする。
「王道展開ですよ!イケメンと付き合ってる地味な女の子が妬まれて、頬を叩かれる!そこに現れるイケメン!『お前ら、俺の女に何してんだ』なんて言って追い払うっていうのがテンプレです!いやあ、まさか自分がそういう立場になるなんて、出世したなあ!」
「そのイケメンが今回いねえじゃねえか……いやとりあえず頬冷やさねえとな。ニューセレナが近いからそこいくぞ」
なずなはわかりました!と元気な声だ。
ママと付き合うようになってから持たされている合鍵がここで役に立つとは。
「ひえー!ちょっとヒリヒリする!」
「しばらく冷やしとけよ。というか、俺が叱ったせいで激昂させちまって、こんな怪我させて悪かった」
「伊達さんのせいじゃないですよ!貴重な経験が出来て少し楽しかったので気にしないでください!あっでも谷村さんには秘密で!怒られるんで!」
いや、怒られるのはどう考えてもあの女子警官達なのだが。なずなは濡らしたタオルを頬に当ててヘラヘラと笑っている。
とりあえず電話の件やら何やら、あの女子警官達が勘違いで騒いでただけだから、気にするなと教えてやる。谷村は毎回彼女がいるとアプローチを断っていたことも付け加えて。話を聞きながらなずなは嬉しそうにしていた。
「谷村とは仕事終わりに会うのか?」
「はい!今日は神室シアターで映画を観るんです!その頃には腫れもひいてると思いますし、今日の事は私と伊達さんの秘密ってことで!」
「どうせすぐバレるぞ?お前は嘘が下手だし、あいつはお前の変化にすぐ気付くだろうし」
「うぐう!やっぱバレますかね……というか、谷村さん職場でもめちゃくちゃモテてるんですね!」
「なあ、なずな。谷村の恋人でいる以上これからもこんな目に遭うかもしれねえが、その全部をずっと隠し続ける気か?」
うぐ、となずなが言葉を詰まらせる。
今日の事は谷村となずなが会えばすぐにバレるだろう。頬の腫れがひいていようと、なずなの少しの変化に谷村は気がつく。問い詰められればなずなもめそめそしながら白状することだろう。それを、何度も繰り返すと言っているのだ。
そんな事が何度も続けば、おそらく谷村は何かしら行動を起こすだろう。それはどう想像しても良い行動ではない。
「隠し事なんてするもんじゃねえよ。今回の事も、これからの事も、本当に相手を思うなら隠すな。谷村は、お前の事本気で大事に思ってんだ。あんまり困らせてやるな」
「伊達さん……へへ、私、ほんと困らせてばっかりですよね。駄目だなぁ、私。四年前から全然変わってない。伊達さん、私、自分が傷つくのなんてどうでもいいんです。私のせいで、他の誰かが傷つくなら私が傷つけばいいって、ずっとそう思ってて……」
なんでそんなに自己犠牲の塊なんだ、と怒鳴りそうになったが、その後にはにかみながら続いた言葉にそうする気がなくなった。
「でも、谷村さんの事は、譲れないなあって。谷村さんを好きな他の人達が傷ついても、あの優しい手を自分から離す事は、したくないなぁって思うんです」
「そういうのは、伊達さんじゃなくて俺に直接言ってほしいんだけど」
ガチャッと扉が開く音の後で、聞き慣れた声が室内に入ってきた。予想しない相手の登場に俺もなずなも飛び上がって驚いた。谷村だ。どうやってここを突き止めたのか。
「刑事の基本、聞き込みですよ。頬を腫らした女と神室町で有名な刑事の目撃情報なんてすぐ掴めます」
「心を読むんじゃねえよ!って、なんで頬を腫らしてるって知ってんだ」
「七福通りで仕事してた俺のところに加害者が謝りに来たからです。パトロール中に伊達さんを見かけて、なずなって名前が聞こえて頭に血が昇ったとかなんとか」
「わー?!谷村さんあの人達に酷いこと言ったりしてない?!」
「いや、お前の方が酷いこと言われて酷いことされたんだろうが。こういう時は酷い目にあったって泣きついてこいよ。大体お前はな」
「わー!!説教モードやめてー!!」
ソファ席に座るなずなの正面に座り、延々と説教が始まってしまった。なずながどんどん縮こまっていく。
しかし、あの二人谷村に謝りに行ったのか。いや、何で谷村だよ。謝るならなずなじゃねえか。
「そこはもう指摘してますよ。そしたらしどろもどろになってたんで、そのままにしてきました」
「だから心を読むなっての!あー、谷村、なずなは被害者なんだから、あんま怒ってやるなよ。なずな、頬はどうだ?」
「ひんやりして気持ち良いです!いや、ちょっと待ってください。伊達さんも谷村さんも、仕事中ですよね?!私完全に仕事の邪魔してますね?!もう大丈夫なんで、早く仕事戻ってください!」
「何度も言うけど、仕事よりお前の方が大事だから。頬見せて」
「ひぇっ!顔が良い!」
「知ってる」
お、なんかイチャイチャし始めたか?そろそろお邪魔かもしれない。しかしここには合鍵を使って入っているから、出るならこいつらも一緒に出ないといけない。やれやれと肩をすくめる。
「おい、イチャつくなら仕事終わりにしろ。映画観に行くんだろ」
「あっはい!谷村さん、神室シアターで待ち合わせだからね!」
「その間お前はスカイファイナンスで秋山さんの手伝いな」
「なんでえ?!」
もう連絡してある、と谷村が携帯をチラつかせると、なずなががっくりと肩を落とした。おそらく一人で街をうろうろしようと思っていたのだろう。まあ、今の谷村がそれを許す事はないから仕方ない。
ニューセレナを出て、スカイファイナンスになずなを預けてから二人で署に戻るためにパーキングへ向かっていると、谷村がすみませんと謝ってきた。
「あの二人、伊達さんに叱られて少し頭冷えたみたいでした。だから想像よりは俺も怒ってなかったと思いますよ」
「俺こそ、一緒にいながらなずなに怪我させちまって悪かった。けどまあ、あいつの本音聞けてよかったな?」
「ええ、良かったです。それを言った相手が伊達さんなのは許してないですけど、後で散々言わせるんで大丈夫です」
「いや許してねえのかよ。全然大丈夫じゃねえよ」
ははっと谷村が年相応に笑うので、俺もおかしくなって笑ってしまった。
これからも二人には振り回されるのだろうけど、まあ付き合ってやるかなんて思いながら。