snobbism(龍如)
DREAM
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兄妹生活。〜金貸しと過去編〜
(2012年なずな25歳)
「お嬢さん、この辺にスカイファイナンスって金融会社があるらしいんだけど、知ってるかな?」
蒼天堀で派遣の仕事を終えて帰宅する途中、男の人に突然呼び止められたと思ったらそんなことを尋ねられた。
スカイファイナンスとは、たしか秋山さんの会社の名前だ。でもそれは、神室町にあるはず。なぜここでその名前を尋ねられるのか。
「あの、それって、東京の神室町にあるんじゃないですか?」
「ああ、よかった。知ってるんだ。いや、蒼天堀支店があるらしいって聞いて、それで探してるんだ。でも誰に聞いてもわからないって言うから困ってて……」
「あ、いや、私も神室町のしかわからないですね……」
「でも知ってるんだろ?お願いだ、一緒に探してくれないか?」
「よし、わかりました!お手伝いします!」
「!ありがとう……!」
あまりにも必死に頼まれてしまい、本当に困ってる人を放っておくことは出来ないので一緒に探す事にした。よし兄には少し帰りが遅れるとメールを送っておき、次に花さんに電話をかけてみることにした。事務所の連絡先聞いててよかった。
『はい、スカイファイナンスです』
「あ!あの、私です、斎藤なずなです」
『!なずなちゃん、久しぶり!元気にしてる?』
「へへ!元気もりもりです!花さんもちゃんとご飯食べてますか?」
『食べてるよー!さっきも韓来の焼肉弁当3個平らげたところ!』
「すっご?!元気そうで良かったです!あ、それで、つかぬことをお聞きするんですが、スカイファイナンスって蒼天堀に支店出してるんです……?」
すると、花さんが電話の向こうでメラメラと怒り始めたのがわかった。何かの地雷を踏んだ気がする?!
『そうなの、聞いてよなずなちゃん!!秋山さんが蒼天堀支店開くって言うから手伝ってるのに、ぜんっぜん準備が終わらなくて開店休業状態がずうっと続いてるの!!二年も経ってるのに!!それもこれも、秋山さんがサボりまくるから!!今日も大阪行ってくるって言ったきり連絡はないし、どこほっつき歩いてるんだか!!』
「あ、はは……そうだったんですか……ほんとお疲れ様です……あの、場所教えてもらってもいいですか?スカイファイナンスを探してる人がいて、今一緒なんです」
『あっほんとに?!ありがとうなずなちゃん!これから地図送るね。あと秋山さんにも電話して伝えておくから、いなかったら事務所の中で待ってて。多分鍵かけてないだろうし!』
「もしかかってなかったら私からも怒っておきますね!」
『お願いね!!』
花さんと電話を終えると、すぐに携帯へ地図が送られてきた。花さん、本当にお疲れ様です。秋山さんには私からも怒っておきます。
地図では蒼天堀通り東のコンビニ前の建物に事務所が入っているようだ。
「お待たせしました。場所、わかりましたよ!」
「本当か!ありがとう、お嬢さん」
「いえいえ!では行きましょうか!」
向かう途中で名前を聞くと、男の人は矢守さんと言うらしい。大阪の金融屋に申し込んでは審査に落ちて、藁にもすがる思いで都市伝説に近いスカイファイナンスを探していたという。まあ、たしかに無期限無利子無担保ってすごいよね。
「君もスカイファイナンスでお金を借りた事があるのかい?」
「あー、あるといえばあるような……ただのバイトだったような……」
「そうか……無理難題のテストを出されるとは聞いているが」
「でも、社長の直感テストなんで、その人に合ったテストになると思いますよ!諦めずに頑張れば、きっと貸してくれます!頑張ってください!っと、そういえば、どうしてお金がいるんですか?あ、言いたくないなら言わなくても大丈夫ですよ!」
「……会社をクビになって、金融コンサルタントを起業したんだが、はは、情けない話だが才能がなかったみたいで倒産寸前でね。どうしても金がいるんだ。妻と子供を路頭に迷わせたくない……」
そう言って拳を握る矢守さん。試験に受かるかはわからないけれど、本気で頑張る気持ちがあればきっと大丈夫だろうと思いながら、私はスカイファイナンス蒼天堀支店の扉を開けた。……鍵、かかってなかったな。
「矢守さん、ちょっと待っててください」
とりあえず先に入って簡単に説明しようかと思い、扉の外で待っててもらうことにした。そろりと中に入ると、いないと思っていた秋山さんが思い詰めた顔でソファに座っていた。扉が開いた音に気付いたのか、顔を上げると私と目が合って少し砕けた笑顔を向けてくれる。
「……なずなちゃん」
「お久しぶりです!まさか蒼天堀支店だなんて、びっくりしましたよ!」
「神室町で見送った後で、そういえばなずなちゃん大阪住みなんだから教えておけば良かったなあって。花ちゃんから聞いてるよ。お客様連れてきてくれてんでしょ?ごめんね、手間かけさせちゃって」
「これくらい大丈夫ですよ!今入ってきてもらいますね。あ、今日は無理かもですけど、明日とか時間あったらご飯食べに行きましょうよ!」
「今日でも大丈夫だよ。せっかくだから中で待ってなよ。お客様との話が終わったら一緒に食べに行こう」
「え、良いんですか?じゃあ遠慮なく……話はなるべく聞かないよう隅っこにいますね!」
扉の向こうで待っている矢守さんを呼んで中に入ってきてもらう。ありがとう、と礼を言われて、中に入ったのを確認してから私も入り直して、隅っこのパイプ椅子に座ってよし兄へメールを送る。秋山さんと奇跡の再会を果たしたのでご飯食べて帰ります、イエイ、と。
それにしても、本当に事務所内の準備が終わってない感じだな……花さんが怒るわけだ。暇があったら片付けとか手伝いに来ようかな、なんて考えていると。
「お前、もしかして秋山、か?」
矢守さんが驚いた声を上げた。あまり話を聞かないようにしていた私も思わずそちらを向いてしまう。秋山さんは、先ほどとは打って変わって仕事用の顔を作っているようだった。
「かつてクビにした部下の名を覚えていてくださって、光栄ですよ、矢守さん」
「どうしてお前が、ここに……」
「ここは俺の店ですからね。東都銀行をクビになった後、色々あった末に今はスカイファイナンスを経営してます。……融資のご相談ですよね?さ、そこにお掛けになってください」
矢守さんは、無言のまま向かいのソファへ座った。空気が張り詰めている。
そういえば、秋山さんが見送りの時に言っていた、お金に苦労させられた話。もしかして、今まさにその話が関わっているのではないだろうか。
「驚かないのか、俺がここにきたこと」
重苦しい空気の中、矢守さんがそう切り出すと、秋山さんはいいえと返した。
「貴方が先日、信用情報機関のブラックリストに載ったことは知ってます。他の金融屋から融資を断られ続けてることもね。そういう人達が最後に辿り着くのは、無期限無担保で借りられるスカイファイナンスですから」
「予測済みだったってことか」
「ついでに言うと、貴方が二年前から関西で金融コンサルタントをやってることも知ってました。残念ながら事業がうまくいかず、倒産の危機を迎えているようですが」
「お前、ずっと俺の事を調べていたのか?!俺に、復讐する機会を待っていたのか?!……生憎だが、お前が復讐するまでもなく、もう俺は破産寸前だよ」
はは、と乾いた笑いが室内に響く。
秋山さんは、矢守さんが二年前から関西にいた事を知っていた。この蒼天堀支店の開業準備も二年前だと花さんが言っていた事を思い出して、もしかしたらいつか来るかもしれなかったこの日の為に蒼天堀支店を開業したのだろうかと思ったが、どうなのだろうか。
そして秋山さんは、そういうつもりではないとまた否定した。
「俺は、貴方に恩返しがしたかったんですよ。たしかに俺は貴方のせいで一度全てを失った。だが、それは同時に再スタートするチャンスでもあった。今の俺があるのは、あの時クビになったからなんです」
「…………」
「矢守さん、お互い過去の事は水に流しませんか?もし貴方にやり直す気があるのなら、俺はいくらでも力を」
「ふざけるな!!」
秋山さんの言葉を遮るように、矢守さんは大声をあげて立ち上がった。秋山さんも私も、思わず矢守さんを見上げる。
「水に流そうだと?!俺だって、お前が会社をクビになった後のことを知ってるんだぞ!!インテリ気取りで誰よりもスカしてたお前が、ホームレスにまで落ちぶれ、路地裏で残飯にありついていたことも!何もかも!!」
は、と声を出したのは私だ。秋山さんのそんな過去、知らなかった。
「大学時代、お前を投資サークルに誘ったのも、東都銀行に誘ったのも俺だ!お前のことは何でも知っている!」
「付き合ってた女のことも、ですか」
「!……そうだ!」
「矢守さん、貴方に教わった知識がなければ、こんな街金融を開く事は出来なかった。本当に感謝してるんですよ」
「だが俺はお前を見殺しにした!出世の為に情を捨てた最低の人間だ!そんな俺に対して、水に流そうだと?!どこまで俺を馬鹿にすれば気が済むんだ!!」
「そっちこそ俺をみくびらないでくれ。俺の仕事は金を貸すこと。さっきから過去の話を蒸し返しているのはそっちじゃないですか」
ヒートアップしていた矢守さんが、徐々に静かになっていく。たしかにそうだな、と自虐的に笑った。どうしてこうなったのか、と矢守さんは遠い目をして語り始める。
七年前、神宮という政治家が東城会と結託してマネーロンダリングを行っていたらしい。秋山さんと矢守さんがいた部署が、そのマネーロンダリングを担当していた。だが、その秘密を知っていたのは当時主任だった矢守さんまでで、秋山さんは知らないままスケープゴートとして利用されて切り捨てられた。身に覚えのない横領疑惑をかけられ、全ての罪を着せられて銀行をクビになった秋山さんは、路頭を彷徨うことに。
神宮のマネーロンダリングが公になった後も、すべて秋山さんの単独犯行として東都銀行は知らぬ存ぜぬを通したが、二年前にそのマネーロンダリングの裏に警視庁副総監が関わっていたというスキャンダルが発覚する。これは、谷村さん達が暴いた事件のことだ。それがきっかけで再び事件の全容が究明され、東都銀行頭取までもが逮捕される事態へ発展する。矢守さんは罪に問われたものの、内部資料は七年前秋山さんがクビになった時点で抹消済みだったため、不起訴処分となった。結局はクビになったとのことだが。
そして、金融コンサルタントを始めるも軌道に乗らず、倒産寸前まで追い詰められて、ここまで来たということだ。
「ようやく最初の話に戻れますね。貴方は俺から金を借りる気があるのかないのか。まずはそこをはっきりさせましょう」
「……断る。こんな俺でも、プライドがあるんだ」
「けど、もうこの界隈じゃ貸してくれるところはありませんよ」
「ならもう銀行強盗でもするしかないかもな」
まさか、と秋山さんが笑うが、矢守さんは何も言わず事務所を出て行った。
一瞬静まり返る室内。秋山さんも立ち上がって、先ほどよりは柔らかい表情で私を呼んだ。
「ごめんね、重い話聞かせちゃって」
「秋山さん……」
「酒の肴にするつもりだったんだけどなあ。……ご飯、また今度にしよっか」
「秋山さん、私もついていきます!」
「え?」
秋山さんの手を引っ張って、私は事務所の扉へ早足で向かう。戸惑っている秋山さんに私は振り返らずに答える。
「矢守さん、何かしそうだって秋山さんもそう思ったはずです。銀行強盗でも何でもやりそうな勢いでした。止めに行くんですよね。私も行きます!ご飯はその後で!」
「……そうだね、行こう!」
事務所から出て、道行く人たちに尋ねながら追いかけて辿り着いた先は、金融屋の前だった。秋山さんがあそこは闇金だよと教えてくれる。
着いた先で、矢守さんが包丁を持って中に入っていくのが見えた。やばいと秋山さんと二人事務所内へ飛び込んでいく。
中に入ると、矢守さんが包丁の柄を闇金の男達にむけて、これで俺を殺してくれと懇願しているところだった。
「生命保険には入ってる。お前らに殺して貰えば、妻も子供も路頭に迷わずに済む。全てが丸く収まるんだ……!」
「ワレ、頭おかしいんとちゃうか?!」
「いいから早くやれ!!」
「黙れや!!」
闇金の男は矢守さんを殴り飛ばし、そこでようやく私達の姿に気がついたらしい。主に秋山さんを見て、表情を変えた。
「お前!スカイファイナンスっちゅう、最近ここらに進出してきた東京もんやないか!……そうか、わかったで!この男使うてワシら罠に嵌めて、自分が蒼天堀でのさばろうって腹やな?!」
「ちょっ?!なんでそうなるのよ?!」
「東京もんが舐めた真似しくさりよって!そない殺して欲しいんやったら望み通りぶっ殺したるわ!おどれら、この東京もんに関西の闇金の恐ろしさ思い知らしたれ!!」
「こりゃ話聞いてくれそうにないね……なずなちゃんはここで待ってて。すぐに終わらせるから」
「了解です!やっちまえ秋山さん!!」
「よっし!いっちょやりますか!」
秋山さんの邪魔にならないように扉の近くで待機して、様子を伺うことにした。思えば久々に秋山さんの喧嘩を見るが、相変わらず足技が華麗でカッコいい。動画を撮っておこう。そして谷村さんにも共有しておこう。
三人の男を華麗な足捌きで倒して、一息ついた頃、気を失っていた矢守さんがゆっくりと起き上がった。
「良かった。起きたんですね。手貸しますよ」
「放せ!俺はお前の力は借りない!」
手を貸そうとする秋山さんを跳ね除けて、矢守さんは痛む頬を抑えて睨みつけた。
「たとえ自分の命を失うことになっても、ですか?」
「そうだ!見殺しにした相手に救われるだなんて、俺の面子丸潰れだ!そんなことは俺のプライドが許さん!」
「安いプライドだな」
矢守さんのプライドを鼻で笑った秋山さんは、そのまま続けた。
「命より信念を大事にする姿勢は嫌いじゃない。だがね、今アンタが守らなきゃいけないのは自分の面子じゃなくて、家族の未来じゃないのか?」
「!」
「アンタが死んで得た金で助かっても、それでアンタの嫁さんが……絵里が、喜ぶはずないでしょう」
「秋山、お前……知っていたのか」
「……俺は会社をクビになった後、付き合っていた女、絵里に捨てられた。その後絵里はアンタと付き合い始め、寿退職。全部、知ってましたよ」
「…………」
「絵里を失った俺には、他に失うものはなかったから、どんなことでもやれました。だけどアンタにはまだ、家族がいるでしょう。死んだ方がマシだなんて言うには早すぎる。今アンタがすべきことは、自分の面子を犠牲にしてでも家族の未来を守る事だ。それが、本当のプライドってもんでしょうが……!」
俺の事はいくら裏切ってもいいと。
だから、守るべきものを間違えるなと。
秋山さんはそう言う。矢守さんもその言葉に一度声を詰まらせて、それから懇願した。
「恥を忍んで頼む。俺に金を、貸してくれないか」
「もちろん構いませんよ。それが俺の仕事ですから。ただ、俺の出す試験に合格すれば、の話です」
「俺は、何をすればいい?」
「フッ……本当は『離婚しろ』って言うつもりだったんですけどねえ。アンタの命懸けの行動見てたら、そんな嫉妬剥き出しの試験、馬鹿馬鹿しくなっちまいました。だから、俺から提示する条件はたった一つ。……過去の事を水に流しましょう。俺は、それだけで十分です」
「秋山、お前……本当に、すまない……!ありがとう……!」
矢守さんは泣きながら、秋山さんに謝罪と感謝を繰り返す。その姿を見ながら、秋山さんは困ったように笑って頭をかいていた。一件落着のムードだ。きっと、秋山さんはこれでようやく前に進めて、矢守さんはこれからも秋山さんに謝罪と感謝を繰り返すのだろう。
私は、第三者であり、二人の過去には何も関係がない人間だ。だから、この話に関わる事はきっと違うし、よし兄もやめろと言うだろう。
けど、だけど!どうしても収まらない!
「矢守さんッ!!」
「!……グゥッ?!」
「なずなちゃんっ?!」
ボコッと、矢守さんの無傷な方の頬を殴り飛ばす。これには殴られた矢守さんも、秋山さんも呆然としていた。
本当は何発も殴ってやりたい。だって秋山さんは何も悪くないのに、他人の悪意で酷い目にあった。沢山の人に裏切られて、好きだった女の人にも裏切られて、それでもこの人を許そうとしている。そんなの、おかしいじゃないか。今の秋山さんがあるのは、秋山さん自身が沢山頑張ったからだ。本当は、秋山さんにはこの人を殴る権利があるんだ。それでも、秋山さんは優しいから、許して、助けようとしている。
だから、私が代わりに殴った。いや、代わりというのは違うかもしれない。私が耐えきれなかった。だって、秋山さんが強い人でなければ、死を選んでいたかもしれないんだ。それくらい、この人は秋山さんの人生を踏み躙ったんだ。なのに、自分は家族がいて、それが秋山さんの元カノで。もう、感情がぐちゃぐちゃだ。
「秋山さんが許しても私は許さないッ!!秋山さんの人生めちゃくちゃにしておいて!!自分達だけは救われようだなんて、ふざけるな!!金なんかくそくらえだ!!お前みたいな奴のせいで、関係のない人間がどれだけ、どれだけ酷い目に……ッ!!」
「もういい、もういいよ、なずなちゃん。……辛い事思い出させて、ごめんね。もう大丈夫だから。大丈夫だよ、なずなちゃん」
それ以上は言葉にならなくて、抱きしめて優しく頭を撫でてくれる秋山さんの胸で泣き続けた。矢守さんからも嗚咽が聞こえていたが、次第に秋山さんの大丈夫という優しい声にかき消されていった。
「秋山さんは優しすぎますね」
「ええ?なずなちゃんが言う?」
落ち着いた後、矢守さんと別れた私達はかに道楽でご飯を食べていた。また全力の号泣を見せてしまった、と少し落ち込むも、矢守さんの事を思い出すとまだ胸がムカムカしてしまう。そんな私の様子を見て秋山さんは楽しそうに笑った。
「ふふ、でもさ。さっきなずなちゃんがぶん殴ってくれた時、スカッとしたよ。本当にありがとう」
「そもそも秋山さんには殴る権利あったんですからね?!……少しはスカッとしてくれたなら、私も殴った甲斐がありますけど」
「いやあ、谷村さんが羨ましいなあ。こんなに良い子が恋人なんだから」
「それは褒めすぎですけどね!!」
もう!と頼んでいた酎ハイを飲んで、カニを頬張る。うん、美味しい!そんな私を見ながら秋山さんはずっと楽しそうにしている。
「ほんとほんと。……やっぱり矢守さんには感謝だなあ」
「はあ?!まーだそんな事言ってるんです?!」
「だって、クビにならなかったら今の俺はいないし、桐生さんや冴島さん、谷村さんっていう信頼できる仲間も出来なかったし、なずなちゃんにも会えなかったし、ね」
「うぐぅ……ううー!もう!飲みましょ飲みましょ!嫌な事は楽しい事で上書きする!というわけで、蒼天堀支店開業おめでとうございまーす!カンパーイ!」
「カンパーイ!」
沢山飲んで食べて、騒いで、楽しい時間を過ごす。それはきっと、私や秋山さんを酷い目にあわせた奴らへの復讐になるのかもしれない。お前達の悪意には屈しないのだと、誰よりも自由に幸福に生きてやるんだ。
そしてどうか、秋山さんがこれからも幸福でありますように。
そう思いを込めて、秋山さんに「楽しいですね」と笑ったら、「楽しいね」と柔らかい笑顔が返ってきて、少し擽ったかった。
(2012年なずな25歳)
「お嬢さん、この辺にスカイファイナンスって金融会社があるらしいんだけど、知ってるかな?」
蒼天堀で派遣の仕事を終えて帰宅する途中、男の人に突然呼び止められたと思ったらそんなことを尋ねられた。
スカイファイナンスとは、たしか秋山さんの会社の名前だ。でもそれは、神室町にあるはず。なぜここでその名前を尋ねられるのか。
「あの、それって、東京の神室町にあるんじゃないですか?」
「ああ、よかった。知ってるんだ。いや、蒼天堀支店があるらしいって聞いて、それで探してるんだ。でも誰に聞いてもわからないって言うから困ってて……」
「あ、いや、私も神室町のしかわからないですね……」
「でも知ってるんだろ?お願いだ、一緒に探してくれないか?」
「よし、わかりました!お手伝いします!」
「!ありがとう……!」
あまりにも必死に頼まれてしまい、本当に困ってる人を放っておくことは出来ないので一緒に探す事にした。よし兄には少し帰りが遅れるとメールを送っておき、次に花さんに電話をかけてみることにした。事務所の連絡先聞いててよかった。
『はい、スカイファイナンスです』
「あ!あの、私です、斎藤なずなです」
『!なずなちゃん、久しぶり!元気にしてる?』
「へへ!元気もりもりです!花さんもちゃんとご飯食べてますか?」
『食べてるよー!さっきも韓来の焼肉弁当3個平らげたところ!』
「すっご?!元気そうで良かったです!あ、それで、つかぬことをお聞きするんですが、スカイファイナンスって蒼天堀に支店出してるんです……?」
すると、花さんが電話の向こうでメラメラと怒り始めたのがわかった。何かの地雷を踏んだ気がする?!
『そうなの、聞いてよなずなちゃん!!秋山さんが蒼天堀支店開くって言うから手伝ってるのに、ぜんっぜん準備が終わらなくて開店休業状態がずうっと続いてるの!!二年も経ってるのに!!それもこれも、秋山さんがサボりまくるから!!今日も大阪行ってくるって言ったきり連絡はないし、どこほっつき歩いてるんだか!!』
「あ、はは……そうだったんですか……ほんとお疲れ様です……あの、場所教えてもらってもいいですか?スカイファイナンスを探してる人がいて、今一緒なんです」
『あっほんとに?!ありがとうなずなちゃん!これから地図送るね。あと秋山さんにも電話して伝えておくから、いなかったら事務所の中で待ってて。多分鍵かけてないだろうし!』
「もしかかってなかったら私からも怒っておきますね!」
『お願いね!!』
花さんと電話を終えると、すぐに携帯へ地図が送られてきた。花さん、本当にお疲れ様です。秋山さんには私からも怒っておきます。
地図では蒼天堀通り東のコンビニ前の建物に事務所が入っているようだ。
「お待たせしました。場所、わかりましたよ!」
「本当か!ありがとう、お嬢さん」
「いえいえ!では行きましょうか!」
向かう途中で名前を聞くと、男の人は矢守さんと言うらしい。大阪の金融屋に申し込んでは審査に落ちて、藁にもすがる思いで都市伝説に近いスカイファイナンスを探していたという。まあ、たしかに無期限無利子無担保ってすごいよね。
「君もスカイファイナンスでお金を借りた事があるのかい?」
「あー、あるといえばあるような……ただのバイトだったような……」
「そうか……無理難題のテストを出されるとは聞いているが」
「でも、社長の直感テストなんで、その人に合ったテストになると思いますよ!諦めずに頑張れば、きっと貸してくれます!頑張ってください!っと、そういえば、どうしてお金がいるんですか?あ、言いたくないなら言わなくても大丈夫ですよ!」
「……会社をクビになって、金融コンサルタントを起業したんだが、はは、情けない話だが才能がなかったみたいで倒産寸前でね。どうしても金がいるんだ。妻と子供を路頭に迷わせたくない……」
そう言って拳を握る矢守さん。試験に受かるかはわからないけれど、本気で頑張る気持ちがあればきっと大丈夫だろうと思いながら、私はスカイファイナンス蒼天堀支店の扉を開けた。……鍵、かかってなかったな。
「矢守さん、ちょっと待っててください」
とりあえず先に入って簡単に説明しようかと思い、扉の外で待っててもらうことにした。そろりと中に入ると、いないと思っていた秋山さんが思い詰めた顔でソファに座っていた。扉が開いた音に気付いたのか、顔を上げると私と目が合って少し砕けた笑顔を向けてくれる。
「……なずなちゃん」
「お久しぶりです!まさか蒼天堀支店だなんて、びっくりしましたよ!」
「神室町で見送った後で、そういえばなずなちゃん大阪住みなんだから教えておけば良かったなあって。花ちゃんから聞いてるよ。お客様連れてきてくれてんでしょ?ごめんね、手間かけさせちゃって」
「これくらい大丈夫ですよ!今入ってきてもらいますね。あ、今日は無理かもですけど、明日とか時間あったらご飯食べに行きましょうよ!」
「今日でも大丈夫だよ。せっかくだから中で待ってなよ。お客様との話が終わったら一緒に食べに行こう」
「え、良いんですか?じゃあ遠慮なく……話はなるべく聞かないよう隅っこにいますね!」
扉の向こうで待っている矢守さんを呼んで中に入ってきてもらう。ありがとう、と礼を言われて、中に入ったのを確認してから私も入り直して、隅っこのパイプ椅子に座ってよし兄へメールを送る。秋山さんと奇跡の再会を果たしたのでご飯食べて帰ります、イエイ、と。
それにしても、本当に事務所内の準備が終わってない感じだな……花さんが怒るわけだ。暇があったら片付けとか手伝いに来ようかな、なんて考えていると。
「お前、もしかして秋山、か?」
矢守さんが驚いた声を上げた。あまり話を聞かないようにしていた私も思わずそちらを向いてしまう。秋山さんは、先ほどとは打って変わって仕事用の顔を作っているようだった。
「かつてクビにした部下の名を覚えていてくださって、光栄ですよ、矢守さん」
「どうしてお前が、ここに……」
「ここは俺の店ですからね。東都銀行をクビになった後、色々あった末に今はスカイファイナンスを経営してます。……融資のご相談ですよね?さ、そこにお掛けになってください」
矢守さんは、無言のまま向かいのソファへ座った。空気が張り詰めている。
そういえば、秋山さんが見送りの時に言っていた、お金に苦労させられた話。もしかして、今まさにその話が関わっているのではないだろうか。
「驚かないのか、俺がここにきたこと」
重苦しい空気の中、矢守さんがそう切り出すと、秋山さんはいいえと返した。
「貴方が先日、信用情報機関のブラックリストに載ったことは知ってます。他の金融屋から融資を断られ続けてることもね。そういう人達が最後に辿り着くのは、無期限無担保で借りられるスカイファイナンスですから」
「予測済みだったってことか」
「ついでに言うと、貴方が二年前から関西で金融コンサルタントをやってることも知ってました。残念ながら事業がうまくいかず、倒産の危機を迎えているようですが」
「お前、ずっと俺の事を調べていたのか?!俺に、復讐する機会を待っていたのか?!……生憎だが、お前が復讐するまでもなく、もう俺は破産寸前だよ」
はは、と乾いた笑いが室内に響く。
秋山さんは、矢守さんが二年前から関西にいた事を知っていた。この蒼天堀支店の開業準備も二年前だと花さんが言っていた事を思い出して、もしかしたらいつか来るかもしれなかったこの日の為に蒼天堀支店を開業したのだろうかと思ったが、どうなのだろうか。
そして秋山さんは、そういうつもりではないとまた否定した。
「俺は、貴方に恩返しがしたかったんですよ。たしかに俺は貴方のせいで一度全てを失った。だが、それは同時に再スタートするチャンスでもあった。今の俺があるのは、あの時クビになったからなんです」
「…………」
「矢守さん、お互い過去の事は水に流しませんか?もし貴方にやり直す気があるのなら、俺はいくらでも力を」
「ふざけるな!!」
秋山さんの言葉を遮るように、矢守さんは大声をあげて立ち上がった。秋山さんも私も、思わず矢守さんを見上げる。
「水に流そうだと?!俺だって、お前が会社をクビになった後のことを知ってるんだぞ!!インテリ気取りで誰よりもスカしてたお前が、ホームレスにまで落ちぶれ、路地裏で残飯にありついていたことも!何もかも!!」
は、と声を出したのは私だ。秋山さんのそんな過去、知らなかった。
「大学時代、お前を投資サークルに誘ったのも、東都銀行に誘ったのも俺だ!お前のことは何でも知っている!」
「付き合ってた女のことも、ですか」
「!……そうだ!」
「矢守さん、貴方に教わった知識がなければ、こんな街金融を開く事は出来なかった。本当に感謝してるんですよ」
「だが俺はお前を見殺しにした!出世の為に情を捨てた最低の人間だ!そんな俺に対して、水に流そうだと?!どこまで俺を馬鹿にすれば気が済むんだ!!」
「そっちこそ俺をみくびらないでくれ。俺の仕事は金を貸すこと。さっきから過去の話を蒸し返しているのはそっちじゃないですか」
ヒートアップしていた矢守さんが、徐々に静かになっていく。たしかにそうだな、と自虐的に笑った。どうしてこうなったのか、と矢守さんは遠い目をして語り始める。
七年前、神宮という政治家が東城会と結託してマネーロンダリングを行っていたらしい。秋山さんと矢守さんがいた部署が、そのマネーロンダリングを担当していた。だが、その秘密を知っていたのは当時主任だった矢守さんまでで、秋山さんは知らないままスケープゴートとして利用されて切り捨てられた。身に覚えのない横領疑惑をかけられ、全ての罪を着せられて銀行をクビになった秋山さんは、路頭を彷徨うことに。
神宮のマネーロンダリングが公になった後も、すべて秋山さんの単独犯行として東都銀行は知らぬ存ぜぬを通したが、二年前にそのマネーロンダリングの裏に警視庁副総監が関わっていたというスキャンダルが発覚する。これは、谷村さん達が暴いた事件のことだ。それがきっかけで再び事件の全容が究明され、東都銀行頭取までもが逮捕される事態へ発展する。矢守さんは罪に問われたものの、内部資料は七年前秋山さんがクビになった時点で抹消済みだったため、不起訴処分となった。結局はクビになったとのことだが。
そして、金融コンサルタントを始めるも軌道に乗らず、倒産寸前まで追い詰められて、ここまで来たということだ。
「ようやく最初の話に戻れますね。貴方は俺から金を借りる気があるのかないのか。まずはそこをはっきりさせましょう」
「……断る。こんな俺でも、プライドがあるんだ」
「けど、もうこの界隈じゃ貸してくれるところはありませんよ」
「ならもう銀行強盗でもするしかないかもな」
まさか、と秋山さんが笑うが、矢守さんは何も言わず事務所を出て行った。
一瞬静まり返る室内。秋山さんも立ち上がって、先ほどよりは柔らかい表情で私を呼んだ。
「ごめんね、重い話聞かせちゃって」
「秋山さん……」
「酒の肴にするつもりだったんだけどなあ。……ご飯、また今度にしよっか」
「秋山さん、私もついていきます!」
「え?」
秋山さんの手を引っ張って、私は事務所の扉へ早足で向かう。戸惑っている秋山さんに私は振り返らずに答える。
「矢守さん、何かしそうだって秋山さんもそう思ったはずです。銀行強盗でも何でもやりそうな勢いでした。止めに行くんですよね。私も行きます!ご飯はその後で!」
「……そうだね、行こう!」
事務所から出て、道行く人たちに尋ねながら追いかけて辿り着いた先は、金融屋の前だった。秋山さんがあそこは闇金だよと教えてくれる。
着いた先で、矢守さんが包丁を持って中に入っていくのが見えた。やばいと秋山さんと二人事務所内へ飛び込んでいく。
中に入ると、矢守さんが包丁の柄を闇金の男達にむけて、これで俺を殺してくれと懇願しているところだった。
「生命保険には入ってる。お前らに殺して貰えば、妻も子供も路頭に迷わずに済む。全てが丸く収まるんだ……!」
「ワレ、頭おかしいんとちゃうか?!」
「いいから早くやれ!!」
「黙れや!!」
闇金の男は矢守さんを殴り飛ばし、そこでようやく私達の姿に気がついたらしい。主に秋山さんを見て、表情を変えた。
「お前!スカイファイナンスっちゅう、最近ここらに進出してきた東京もんやないか!……そうか、わかったで!この男使うてワシら罠に嵌めて、自分が蒼天堀でのさばろうって腹やな?!」
「ちょっ?!なんでそうなるのよ?!」
「東京もんが舐めた真似しくさりよって!そない殺して欲しいんやったら望み通りぶっ殺したるわ!おどれら、この東京もんに関西の闇金の恐ろしさ思い知らしたれ!!」
「こりゃ話聞いてくれそうにないね……なずなちゃんはここで待ってて。すぐに終わらせるから」
「了解です!やっちまえ秋山さん!!」
「よっし!いっちょやりますか!」
秋山さんの邪魔にならないように扉の近くで待機して、様子を伺うことにした。思えば久々に秋山さんの喧嘩を見るが、相変わらず足技が華麗でカッコいい。動画を撮っておこう。そして谷村さんにも共有しておこう。
三人の男を華麗な足捌きで倒して、一息ついた頃、気を失っていた矢守さんがゆっくりと起き上がった。
「良かった。起きたんですね。手貸しますよ」
「放せ!俺はお前の力は借りない!」
手を貸そうとする秋山さんを跳ね除けて、矢守さんは痛む頬を抑えて睨みつけた。
「たとえ自分の命を失うことになっても、ですか?」
「そうだ!見殺しにした相手に救われるだなんて、俺の面子丸潰れだ!そんなことは俺のプライドが許さん!」
「安いプライドだな」
矢守さんのプライドを鼻で笑った秋山さんは、そのまま続けた。
「命より信念を大事にする姿勢は嫌いじゃない。だがね、今アンタが守らなきゃいけないのは自分の面子じゃなくて、家族の未来じゃないのか?」
「!」
「アンタが死んで得た金で助かっても、それでアンタの嫁さんが……絵里が、喜ぶはずないでしょう」
「秋山、お前……知っていたのか」
「……俺は会社をクビになった後、付き合っていた女、絵里に捨てられた。その後絵里はアンタと付き合い始め、寿退職。全部、知ってましたよ」
「…………」
「絵里を失った俺には、他に失うものはなかったから、どんなことでもやれました。だけどアンタにはまだ、家族がいるでしょう。死んだ方がマシだなんて言うには早すぎる。今アンタがすべきことは、自分の面子を犠牲にしてでも家族の未来を守る事だ。それが、本当のプライドってもんでしょうが……!」
俺の事はいくら裏切ってもいいと。
だから、守るべきものを間違えるなと。
秋山さんはそう言う。矢守さんもその言葉に一度声を詰まらせて、それから懇願した。
「恥を忍んで頼む。俺に金を、貸してくれないか」
「もちろん構いませんよ。それが俺の仕事ですから。ただ、俺の出す試験に合格すれば、の話です」
「俺は、何をすればいい?」
「フッ……本当は『離婚しろ』って言うつもりだったんですけどねえ。アンタの命懸けの行動見てたら、そんな嫉妬剥き出しの試験、馬鹿馬鹿しくなっちまいました。だから、俺から提示する条件はたった一つ。……過去の事を水に流しましょう。俺は、それだけで十分です」
「秋山、お前……本当に、すまない……!ありがとう……!」
矢守さんは泣きながら、秋山さんに謝罪と感謝を繰り返す。その姿を見ながら、秋山さんは困ったように笑って頭をかいていた。一件落着のムードだ。きっと、秋山さんはこれでようやく前に進めて、矢守さんはこれからも秋山さんに謝罪と感謝を繰り返すのだろう。
私は、第三者であり、二人の過去には何も関係がない人間だ。だから、この話に関わる事はきっと違うし、よし兄もやめろと言うだろう。
けど、だけど!どうしても収まらない!
「矢守さんッ!!」
「!……グゥッ?!」
「なずなちゃんっ?!」
ボコッと、矢守さんの無傷な方の頬を殴り飛ばす。これには殴られた矢守さんも、秋山さんも呆然としていた。
本当は何発も殴ってやりたい。だって秋山さんは何も悪くないのに、他人の悪意で酷い目にあった。沢山の人に裏切られて、好きだった女の人にも裏切られて、それでもこの人を許そうとしている。そんなの、おかしいじゃないか。今の秋山さんがあるのは、秋山さん自身が沢山頑張ったからだ。本当は、秋山さんにはこの人を殴る権利があるんだ。それでも、秋山さんは優しいから、許して、助けようとしている。
だから、私が代わりに殴った。いや、代わりというのは違うかもしれない。私が耐えきれなかった。だって、秋山さんが強い人でなければ、死を選んでいたかもしれないんだ。それくらい、この人は秋山さんの人生を踏み躙ったんだ。なのに、自分は家族がいて、それが秋山さんの元カノで。もう、感情がぐちゃぐちゃだ。
「秋山さんが許しても私は許さないッ!!秋山さんの人生めちゃくちゃにしておいて!!自分達だけは救われようだなんて、ふざけるな!!金なんかくそくらえだ!!お前みたいな奴のせいで、関係のない人間がどれだけ、どれだけ酷い目に……ッ!!」
「もういい、もういいよ、なずなちゃん。……辛い事思い出させて、ごめんね。もう大丈夫だから。大丈夫だよ、なずなちゃん」
それ以上は言葉にならなくて、抱きしめて優しく頭を撫でてくれる秋山さんの胸で泣き続けた。矢守さんからも嗚咽が聞こえていたが、次第に秋山さんの大丈夫という優しい声にかき消されていった。
「秋山さんは優しすぎますね」
「ええ?なずなちゃんが言う?」
落ち着いた後、矢守さんと別れた私達はかに道楽でご飯を食べていた。また全力の号泣を見せてしまった、と少し落ち込むも、矢守さんの事を思い出すとまだ胸がムカムカしてしまう。そんな私の様子を見て秋山さんは楽しそうに笑った。
「ふふ、でもさ。さっきなずなちゃんがぶん殴ってくれた時、スカッとしたよ。本当にありがとう」
「そもそも秋山さんには殴る権利あったんですからね?!……少しはスカッとしてくれたなら、私も殴った甲斐がありますけど」
「いやあ、谷村さんが羨ましいなあ。こんなに良い子が恋人なんだから」
「それは褒めすぎですけどね!!」
もう!と頼んでいた酎ハイを飲んで、カニを頬張る。うん、美味しい!そんな私を見ながら秋山さんはずっと楽しそうにしている。
「ほんとほんと。……やっぱり矢守さんには感謝だなあ」
「はあ?!まーだそんな事言ってるんです?!」
「だって、クビにならなかったら今の俺はいないし、桐生さんや冴島さん、谷村さんっていう信頼できる仲間も出来なかったし、なずなちゃんにも会えなかったし、ね」
「うぐぅ……ううー!もう!飲みましょ飲みましょ!嫌な事は楽しい事で上書きする!というわけで、蒼天堀支店開業おめでとうございまーす!カンパーイ!」
「カンパーイ!」
沢山飲んで食べて、騒いで、楽しい時間を過ごす。それはきっと、私や秋山さんを酷い目にあわせた奴らへの復讐になるのかもしれない。お前達の悪意には屈しないのだと、誰よりも自由に幸福に生きてやるんだ。
そしてどうか、秋山さんがこれからも幸福でありますように。
そう思いを込めて、秋山さんに「楽しいですね」と笑ったら、「楽しいね」と柔らかい笑顔が返ってきて、少し擽ったかった。