snobbism(龍如)
DREAM
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兄妹生活。〜パーティー編〜
(2011年なずな25歳)
「……お前、ダンスはできるか」
いつもより声が低いよし兄は、パッドを睨みつけたままそう聞いてきた。ダンス。いやまあ、ゲーセンにあったリズムゲームとかなら経験があるし、リズム感に関しては一応自信はあるから教えて貰えばすぐに出来るとは思うけど。
「……今週末、株主優待で参加できるパーティーがあるんだが、断ったつもりが参加で返信してしまっていたらしい」
「わあ!よし兄にあるまじきミス!」
「……お前の嫉妬深い恋人の電話のせいなんだがな」
「え?」
「なんでもねえ。……そのパーティー、二人一組での参加になっていてな。ダンスが出来ようが出来まいがお前も参加だ」
「拒否権ないやつね、了解。いやまあ別にいいけどさ。でもパーティーかー!美味しいご飯あるよね?!」
「あるだろうな」
「やったー!楽しみー!!あっドレスとか着る?用意しなきゃかなー!」
「ドレスコードはあるらしいから、明日でも調達に行くか」
生まれてこの方、パーティーなんてオシャレなものには縁がなくて、今回が初のパーティー参加になる。映画やドラマで見るような、煌びやかなものなのだろうか。美味しいご飯、キラキラしたドレスを着て、オシャレなBGMに合わせて踊る姿をイメージすると、なんだか貴族みたいになったようで少しわくわくする。
浮き足立つ私とは反対に、よし兄は疲れた顔をしている。あまり表立って動きたくないだろうし、こういうのも参加はしてこなかったんだろうけど、一度参加するといったものを後から不参加にするのは逆に目立ってしまうと思ったのだろう。
へへへ、と背中を小突くと、よし兄の眉間の皺がさらに深くなる。
「たまにはこういうのもいいじゃん?自由に!楽しく!人生を謳歌する!をモットーに!」
「いつからそんな理念を掲げてんだ……」
「それにパーティーなんて初めてだし、こんなことでもないと参加する機会ないしさ」
「……はあ。まあいいか。明日はドレスと一緒にお前がダンスで躓いた時の為にシップも買っておこう」
「失礼なんだが?!」
そして来たる週末。
よし兄と共に都内のパーティー会場へやって来たが、会場スタッフさんにわりと大きなホールへ案内された。中はイメージ通りの煌びやかさで、タキシードとドレスを纏う男女がテーブルを囲って談笑している。会場の奥、ステージの上部を見ると、《婚活ダンスパーティー》と書いてあった。
「よ、よし兄……」
「……まあ、そういうことだ。お前は恋人がいるが、法的な結婚はしてないだろ。参加条件は未婚であることだけでな……谷村には俺から話してあるから心配するな」
「あ、うん……それなら安心かあ……安心かな?!」
「まあ、連絡したのは今朝だがな」
「おっそ!!」
「忙しいらしくて返信はなかったが」
「一気に不安になったけど?!」
「別にいいじゃねえか。相手探しに来たわけじゃねえんだ、美味い飯食べに来たと思え」
むう、と桐生さんのような声が出てしまう。ダンスパーティーは楽しそうなのだが、婚活と前提があると気乗りはしない。それに、真剣に相手を探している人にも失礼ではないか。仕方ない、隅っこの方で美味しいご飯をいただきながらたまにダンスをさせてもらおう。いやまあ、誘われるかどうかはわかんないけどね?!終始ぼっちの可能性もあるけどね?!
「斎藤様、この度はご出席いただきましてありがとうございます。ご兄妹でのご参加ということで承っております」
「ええ、こちらが私の妹になります。ですが妹は株主ではない為、あまり目立たぬよう扱っていただきたく思いますが、いかがでしょうか」
「かしこまりました。そういった時間の際はご配慮いたします。それでは、パーティーを楽しんでいってください」
「は、はい!ありがとうございます!」
案内スタッフさんが去った後、そういった時間とは?とよし兄に尋ねると、見合いみたいな事をする時間のことだと教えてもらった。なるほど、そういうことか。
「あっじゃあよし兄も見合いするの?!」
「形だけだ。くそ、面倒だな……」
「へへー!かしこまったよし兄が見られるだけで今日来た甲斐があったなー!さーて、美味しいご飯ご飯!」
「全く……」
パーティーが始まり、各々自由に相手と会話してコミュニケーションをしていく中で、私とよし兄は美味しいご飯を食べに向かう。まずはお肉!ローストビーフだー!
「う、美味……!よし兄もこれ……わあ、女の人に囲まれてるう!」
少し歩いただけで、どうやら狙われたらしいよし兄はいつの間にか私と離れており、煌びやかな女性達に囲まれていた。どうにか抜け出したいと思っているのだろうが、顔には出さずきちんと受け答えをしている辺り、女性に紳士的だよなあと思う。少し眺めた後、なかなか離れられないようなので助け舟を出そうかと思った矢先、肩を掴まれて足を止めた。
「おい、お前なんでここに……!」
「え?……あ!だ、伊達さん?!」
振り返ると、神室町で知り合った刑事の伊達さんがタキシード姿でそこにいた。おお、ダンディで似合ってる!え、でもなんで伊達さんがここに?はっまさか!
「こ、婚活ですか?!ママさんは?!もごもご」
「静かにしろ!仕事だ仕事!」
「もがっ!あ、そうなんですか?」
「そうだ!たく……お前もなんでこんな所にいるんだよ」
「私は兄がこの婚活パーティーに株主優待で参加する事になったから、そのおまけというか……つまり、美味しいご飯を食べに来ました!」
イエイ!とピースしたら、伊達さんから深い溜息を返されてしまった。悲しい。
不意に、パッと会場の明かりが消える。それからうっすらと明かりが灯り、さらにお洒落なムードに変わると、会場内にダンス用のBGMが流れ始めた。どうやら社交ダンスの時間に入ったようだ。
暗くなったのを幸いと、伊達さんと壁側まで寄って話をする事にした。
「こんな話するもんじゃねえが、俺達は今殺人犯を追っててな。谷村と東南アジアから来てる刑事も一緒だ」
「東南アジア?国際犯ってこと?」
「そうだ。日本語を勉強してるってんで少しは会話できるんだが、一応谷村に通訳兼任させて今回の捜査にあたってる。ほらあそこ、谷村とその横がナイールって女刑事だ」
指さされた方を見ると、タキシード姿の谷村さんとドレス姿の女性、先程聞いたナイールという女刑事さんが談笑していた。たまに視線を周囲に向けているので、殺人犯を探しているのだろう。それにしても。
「いや、美男美女か?!なんで婚活してんのあの二人って思われない?!」
「嫉妬しねえのか?」
「あそこまで完璧だと嫉妬まで行き着かなくないです?!はー、写真撮りたい。個別で撮らせてもらった後ツーショット撮らせて欲しい」
「頼めば撮らせてもらえるだろ……いやまて、そもそも谷村はお前がいること知ってんのか?」
「……今朝の私の兄からの連絡を、見てれば……」
「……朝から会議してホシの居所絞って、色々あってようやく今ここまで来たからな……多分見てねえな……」
よし兄のあほー!!というか、今よし兄どこ?!
ブルルっとポケットに入れていた携帯が震えたので、光が漏れないように確認すると、よし兄から簡潔なメールが届いていた。
《サツがいるから先に出ている。合流は店から出た先のファミレス》
「くっそー!置いてかれた!」
「兄貴さんか。お前も危ないからもう外出てろ。そうだ、その前に谷村に顔見せてこいよ。あと俺はトイレ行ってくるって伝言も頼む」
「わかりましたー!」
伊達さんが会場を出ていくのを見送ってから、向かいの壁際にいる谷村さん達の方を見る。うん、美男美女。
ナイールさんはショートヘアで、耳元にかかる髪をシンプルなヘアピンで留めていて、ドレスはスリットの入ったチャイナ風ドレスでめちゃくちゃセクシーである。あのセクシーさはどう出すのか教えてほしい。
そして谷村さんは言わずもがな、タキシードが似合っている。カッコいい。イケメンすぎる。
あそこの空気はさぞ美味いに違いないと、スタッフに貰ったドリンクを一口で飲み干して近づこうとした時、不意に意識が遠のいた。
「なんだって婚活パーティーなんかに紛れ込むんだ……」
「それにしても、その格好似合うわね谷村」
「動きにくいだけだっての」
はあ、と何度目かわからないため息を吐きつつ、周囲に意識を配るがホシの気配はない。婚活パーティーに紛れ込んだという話だったが、怪しくなってきた。というか、疲れてきた。ナイールが楽しそうなのが羨ましい。
「私は可愛い服が着れて少し楽しいけど」
「まあ、驚くくらい似合ってるしな……」
「ほんと?ふふ、ありがとう」
敷居の高い婚活パーティーなのだろう。周囲もそれなりに整った身なりの人間が多いので、飛び入りのホシはわかりやすいと思ったのだが、見当たらないまま会場内が暗くなってしまった。ダンスパーティーのメインが始まったのだ。ますます探しづらい。
それからしばらくして、いつのまにかどこかに行っていた伊達さんが俺たちの所へ寄ってきた。
「わりい、谷村、ナイール。ホシはいたか?」
「伊達さん。どこに行ってたんですか。サボりですか?」
「サボりじゃねえよ。トイレだって伝言聞いてねえのか」
「伝言って?」
俺と同じ疑問をナイールが尋ねると、伊達さんも驚いたような顔をした。それから、潜入中とは思えないほど慌てた様子で周囲を見渡して何かを探し始めた。
「伊達さん、そんな動きしてたらバレますよ」
「馬鹿やろう!ホシの仕業かもしれねえだろッ!くそ、俺とした事がッ!!」
「何かあったの?」
「ナイール、さっきまで周囲を観察してたな?!この女の子を見なかったか?」
慌てたように携帯を操作して、ナイールに見せた画面に映るのは、なずなだった。桐生さんと伊達さんの三人で映った写真はおそらく神室町で撮ったものだろう。いやまて、何で今それを見せる?
ナイールは写真を見て、少し考えた後頷いた。
「……いた。少し前だけど、具合を悪くしたらしくスタッフが肩を貸して会場を出て行ったのを見た……まさか!」
「そうか、スタッフの方に扮したのか!谷村、ナイール、すぐに会場スタッフに確認を!俺は会場の外を……っておい谷村!!」
伝説の刑事として有名な伊達刑事を見かけて、厄介事の香りを感じた俺はさっさと会場を出る事にした。なずなはその伊達刑事と話し始めたから置いておき、メールだけ飛ばすことにした。合流場所へ指定したファミレスへ向かおうとしたところで、携帯メールに受信が入る。なんだ、返信が早いな。
開くと、所謂捨てアドレスからのメールだった。
《妹は会場地下駐車場のB-4に》
踵を返し地下駐車場へ急いで向かうと、指定の場所を探して走った。どこにいる、何が起きている。なずなに一体何が。
「むにゃむにゃ……」
「……こいつ」
たどり着いた場所では、なずなが壁にもたれかかって気持ちよさそうに眠っていた。力が抜ける。頭をどついてやろうかとも思ったが、ひとまず無事で安心した。
いや、無事だったのはおそらくメールの主のおかげなのだろう。この場を離れた方が良さそうだ、となずなを抱えようと手を伸ばした瞬間。
「そいつから、離れろ」
後頭部に殺気を感じた。小さく金属部品のぶつかる音がしたので、おそらく銃口を向けられている。だが、何度も聞いた声だ。さすがに誰が来たのか分かったので、刺激しないように両手を挙げつつ振り返ると、案の定俺の顔を見て驚いたようだ。
「あんた、義孝さん?」
「落ち着け谷村。こいつは無事だ」
「!そうか……よかった」
谷村はなずなの正面に来ると、安堵した顔で銃を下ろした。伊達刑事がいたからもしやと思ったが、やはり谷村もいたのか。
「事件か?」
「ええ。国際的な殺人犯を追ってましてね。神室町で伊達さんを見るや否逃げ出して、上でやってる婚活パーティーに紛れ込んでるってとこまで詰めたんです」
「で、逃げられておまけになずながそいつの餌食にあいそうだったってわけか」
「面目ないです。二人はなんでここに?」
「俺が主催会社の株をもっていて、株主優待でパーティーへの誘いがあったんだ。断るつもりだったが、誤って参加で出してしまったから、仕方なくこいつを連れて参加した。一応お前にも連絡はしてあるぞ」
「……うわ、マジだ。はあー、今度から二人からの連絡は仕事より優先します」
「そこまでしなくていい。それより俺達はここを出るから、後は任せるぞ」
「え?」
駐車されている車の中を指差す。ようやく谷村の視界にもそれが入ったらしい。声を上げることはなかったが、目は驚きで見開いている。谷村の話を聞いて理解した。
この車の中で死んでいる男が、殺人犯なのだと。
「これ、あんたが?」
「いや、俺が来た時にはもうこの状態だった。だが、誰がやったのかはわかる」
「……こいつの兄貴、ですか」
そう、これをやったのはおそらくなずなの本当の兄貴だ。
殺人犯の服装は会場スタッフのものだ。伊達刑事が離れた隙に、飲み物か何かに睡眠薬を入れて飲ませた後、ここまで連れ込み殺そうとしたのだろうが、結果はこの通りだ。
中を少し覗けば、男の手に銃が握られているのが見える。逃げ切れず自殺した、と警察で処理されるだろう。その偽装工作はすでに終わっているはずだ。
話には聞いていた。俺の身分証、そしてマンションの契約の事でも薄々感じていた。
だが、俺が思う以上にこいつの兄貴は、妹の為なら何でもやるし、どこまでも残酷になれる人間なのだ。俺が言えた義理ではないだろうが。
「……二人は行ってください。この場は俺が説明しておきます」
「……なあ、谷村」
なずなを抱き上げて、谷村の言う通りにその場を離れようと思ったが。
その前に聞いておきたい事があって、足を止めた。
「こいつは、お前が別れると言えば素直に頷く。そして、何事もないように生きていこうとするだろう。それが出来る人間だ。黒い世界に身を置く俺からすれば、お前はこいつから離れた方が真っ当に」
「全部言わなくて良いですよ。何言われても別れる気ないんで」
「……」
「だって、こいつには何も落ち度はないじゃないですか。悪い事なんて何一つしてないのに、なずなが我慢する必要なんてない。言ったじゃないですか、任せてくださいって」
「……明日の昼まで、そこのホテルに泊まっている。こいつに会いたくなったら来ればいい」
「絶対行きます。部屋番メールで教えておいてくださいね」
その後、ホテルの部屋で「あれ?!ここホテル?!」と呑気に起きて騒ぎ始めたなずなを見ていたら、アレコレ悩んでやったのが馬鹿らしく思えて少し笑った。
(2011年なずな25歳)
「……お前、ダンスはできるか」
いつもより声が低いよし兄は、パッドを睨みつけたままそう聞いてきた。ダンス。いやまあ、ゲーセンにあったリズムゲームとかなら経験があるし、リズム感に関しては一応自信はあるから教えて貰えばすぐに出来るとは思うけど。
「……今週末、株主優待で参加できるパーティーがあるんだが、断ったつもりが参加で返信してしまっていたらしい」
「わあ!よし兄にあるまじきミス!」
「……お前の嫉妬深い恋人の電話のせいなんだがな」
「え?」
「なんでもねえ。……そのパーティー、二人一組での参加になっていてな。ダンスが出来ようが出来まいがお前も参加だ」
「拒否権ないやつね、了解。いやまあ別にいいけどさ。でもパーティーかー!美味しいご飯あるよね?!」
「あるだろうな」
「やったー!楽しみー!!あっドレスとか着る?用意しなきゃかなー!」
「ドレスコードはあるらしいから、明日でも調達に行くか」
生まれてこの方、パーティーなんてオシャレなものには縁がなくて、今回が初のパーティー参加になる。映画やドラマで見るような、煌びやかなものなのだろうか。美味しいご飯、キラキラしたドレスを着て、オシャレなBGMに合わせて踊る姿をイメージすると、なんだか貴族みたいになったようで少しわくわくする。
浮き足立つ私とは反対に、よし兄は疲れた顔をしている。あまり表立って動きたくないだろうし、こういうのも参加はしてこなかったんだろうけど、一度参加するといったものを後から不参加にするのは逆に目立ってしまうと思ったのだろう。
へへへ、と背中を小突くと、よし兄の眉間の皺がさらに深くなる。
「たまにはこういうのもいいじゃん?自由に!楽しく!人生を謳歌する!をモットーに!」
「いつからそんな理念を掲げてんだ……」
「それにパーティーなんて初めてだし、こんなことでもないと参加する機会ないしさ」
「……はあ。まあいいか。明日はドレスと一緒にお前がダンスで躓いた時の為にシップも買っておこう」
「失礼なんだが?!」
そして来たる週末。
よし兄と共に都内のパーティー会場へやって来たが、会場スタッフさんにわりと大きなホールへ案内された。中はイメージ通りの煌びやかさで、タキシードとドレスを纏う男女がテーブルを囲って談笑している。会場の奥、ステージの上部を見ると、《婚活ダンスパーティー》と書いてあった。
「よ、よし兄……」
「……まあ、そういうことだ。お前は恋人がいるが、法的な結婚はしてないだろ。参加条件は未婚であることだけでな……谷村には俺から話してあるから心配するな」
「あ、うん……それなら安心かあ……安心かな?!」
「まあ、連絡したのは今朝だがな」
「おっそ!!」
「忙しいらしくて返信はなかったが」
「一気に不安になったけど?!」
「別にいいじゃねえか。相手探しに来たわけじゃねえんだ、美味い飯食べに来たと思え」
むう、と桐生さんのような声が出てしまう。ダンスパーティーは楽しそうなのだが、婚活と前提があると気乗りはしない。それに、真剣に相手を探している人にも失礼ではないか。仕方ない、隅っこの方で美味しいご飯をいただきながらたまにダンスをさせてもらおう。いやまあ、誘われるかどうかはわかんないけどね?!終始ぼっちの可能性もあるけどね?!
「斎藤様、この度はご出席いただきましてありがとうございます。ご兄妹でのご参加ということで承っております」
「ええ、こちらが私の妹になります。ですが妹は株主ではない為、あまり目立たぬよう扱っていただきたく思いますが、いかがでしょうか」
「かしこまりました。そういった時間の際はご配慮いたします。それでは、パーティーを楽しんでいってください」
「は、はい!ありがとうございます!」
案内スタッフさんが去った後、そういった時間とは?とよし兄に尋ねると、見合いみたいな事をする時間のことだと教えてもらった。なるほど、そういうことか。
「あっじゃあよし兄も見合いするの?!」
「形だけだ。くそ、面倒だな……」
「へへー!かしこまったよし兄が見られるだけで今日来た甲斐があったなー!さーて、美味しいご飯ご飯!」
「全く……」
パーティーが始まり、各々自由に相手と会話してコミュニケーションをしていく中で、私とよし兄は美味しいご飯を食べに向かう。まずはお肉!ローストビーフだー!
「う、美味……!よし兄もこれ……わあ、女の人に囲まれてるう!」
少し歩いただけで、どうやら狙われたらしいよし兄はいつの間にか私と離れており、煌びやかな女性達に囲まれていた。どうにか抜け出したいと思っているのだろうが、顔には出さずきちんと受け答えをしている辺り、女性に紳士的だよなあと思う。少し眺めた後、なかなか離れられないようなので助け舟を出そうかと思った矢先、肩を掴まれて足を止めた。
「おい、お前なんでここに……!」
「え?……あ!だ、伊達さん?!」
振り返ると、神室町で知り合った刑事の伊達さんがタキシード姿でそこにいた。おお、ダンディで似合ってる!え、でもなんで伊達さんがここに?はっまさか!
「こ、婚活ですか?!ママさんは?!もごもご」
「静かにしろ!仕事だ仕事!」
「もがっ!あ、そうなんですか?」
「そうだ!たく……お前もなんでこんな所にいるんだよ」
「私は兄がこの婚活パーティーに株主優待で参加する事になったから、そのおまけというか……つまり、美味しいご飯を食べに来ました!」
イエイ!とピースしたら、伊達さんから深い溜息を返されてしまった。悲しい。
不意に、パッと会場の明かりが消える。それからうっすらと明かりが灯り、さらにお洒落なムードに変わると、会場内にダンス用のBGMが流れ始めた。どうやら社交ダンスの時間に入ったようだ。
暗くなったのを幸いと、伊達さんと壁側まで寄って話をする事にした。
「こんな話するもんじゃねえが、俺達は今殺人犯を追っててな。谷村と東南アジアから来てる刑事も一緒だ」
「東南アジア?国際犯ってこと?」
「そうだ。日本語を勉強してるってんで少しは会話できるんだが、一応谷村に通訳兼任させて今回の捜査にあたってる。ほらあそこ、谷村とその横がナイールって女刑事だ」
指さされた方を見ると、タキシード姿の谷村さんとドレス姿の女性、先程聞いたナイールという女刑事さんが談笑していた。たまに視線を周囲に向けているので、殺人犯を探しているのだろう。それにしても。
「いや、美男美女か?!なんで婚活してんのあの二人って思われない?!」
「嫉妬しねえのか?」
「あそこまで完璧だと嫉妬まで行き着かなくないです?!はー、写真撮りたい。個別で撮らせてもらった後ツーショット撮らせて欲しい」
「頼めば撮らせてもらえるだろ……いやまて、そもそも谷村はお前がいること知ってんのか?」
「……今朝の私の兄からの連絡を、見てれば……」
「……朝から会議してホシの居所絞って、色々あってようやく今ここまで来たからな……多分見てねえな……」
よし兄のあほー!!というか、今よし兄どこ?!
ブルルっとポケットに入れていた携帯が震えたので、光が漏れないように確認すると、よし兄から簡潔なメールが届いていた。
《サツがいるから先に出ている。合流は店から出た先のファミレス》
「くっそー!置いてかれた!」
「兄貴さんか。お前も危ないからもう外出てろ。そうだ、その前に谷村に顔見せてこいよ。あと俺はトイレ行ってくるって伝言も頼む」
「わかりましたー!」
伊達さんが会場を出ていくのを見送ってから、向かいの壁際にいる谷村さん達の方を見る。うん、美男美女。
ナイールさんはショートヘアで、耳元にかかる髪をシンプルなヘアピンで留めていて、ドレスはスリットの入ったチャイナ風ドレスでめちゃくちゃセクシーである。あのセクシーさはどう出すのか教えてほしい。
そして谷村さんは言わずもがな、タキシードが似合っている。カッコいい。イケメンすぎる。
あそこの空気はさぞ美味いに違いないと、スタッフに貰ったドリンクを一口で飲み干して近づこうとした時、不意に意識が遠のいた。
「なんだって婚活パーティーなんかに紛れ込むんだ……」
「それにしても、その格好似合うわね谷村」
「動きにくいだけだっての」
はあ、と何度目かわからないため息を吐きつつ、周囲に意識を配るがホシの気配はない。婚活パーティーに紛れ込んだという話だったが、怪しくなってきた。というか、疲れてきた。ナイールが楽しそうなのが羨ましい。
「私は可愛い服が着れて少し楽しいけど」
「まあ、驚くくらい似合ってるしな……」
「ほんと?ふふ、ありがとう」
敷居の高い婚活パーティーなのだろう。周囲もそれなりに整った身なりの人間が多いので、飛び入りのホシはわかりやすいと思ったのだが、見当たらないまま会場内が暗くなってしまった。ダンスパーティーのメインが始まったのだ。ますます探しづらい。
それからしばらくして、いつのまにかどこかに行っていた伊達さんが俺たちの所へ寄ってきた。
「わりい、谷村、ナイール。ホシはいたか?」
「伊達さん。どこに行ってたんですか。サボりですか?」
「サボりじゃねえよ。トイレだって伝言聞いてねえのか」
「伝言って?」
俺と同じ疑問をナイールが尋ねると、伊達さんも驚いたような顔をした。それから、潜入中とは思えないほど慌てた様子で周囲を見渡して何かを探し始めた。
「伊達さん、そんな動きしてたらバレますよ」
「馬鹿やろう!ホシの仕業かもしれねえだろッ!くそ、俺とした事がッ!!」
「何かあったの?」
「ナイール、さっきまで周囲を観察してたな?!この女の子を見なかったか?」
慌てたように携帯を操作して、ナイールに見せた画面に映るのは、なずなだった。桐生さんと伊達さんの三人で映った写真はおそらく神室町で撮ったものだろう。いやまて、何で今それを見せる?
ナイールは写真を見て、少し考えた後頷いた。
「……いた。少し前だけど、具合を悪くしたらしくスタッフが肩を貸して会場を出て行ったのを見た……まさか!」
「そうか、スタッフの方に扮したのか!谷村、ナイール、すぐに会場スタッフに確認を!俺は会場の外を……っておい谷村!!」
伝説の刑事として有名な伊達刑事を見かけて、厄介事の香りを感じた俺はさっさと会場を出る事にした。なずなはその伊達刑事と話し始めたから置いておき、メールだけ飛ばすことにした。合流場所へ指定したファミレスへ向かおうとしたところで、携帯メールに受信が入る。なんだ、返信が早いな。
開くと、所謂捨てアドレスからのメールだった。
《妹は会場地下駐車場のB-4に》
踵を返し地下駐車場へ急いで向かうと、指定の場所を探して走った。どこにいる、何が起きている。なずなに一体何が。
「むにゃむにゃ……」
「……こいつ」
たどり着いた場所では、なずなが壁にもたれかかって気持ちよさそうに眠っていた。力が抜ける。頭をどついてやろうかとも思ったが、ひとまず無事で安心した。
いや、無事だったのはおそらくメールの主のおかげなのだろう。この場を離れた方が良さそうだ、となずなを抱えようと手を伸ばした瞬間。
「そいつから、離れろ」
後頭部に殺気を感じた。小さく金属部品のぶつかる音がしたので、おそらく銃口を向けられている。だが、何度も聞いた声だ。さすがに誰が来たのか分かったので、刺激しないように両手を挙げつつ振り返ると、案の定俺の顔を見て驚いたようだ。
「あんた、義孝さん?」
「落ち着け谷村。こいつは無事だ」
「!そうか……よかった」
谷村はなずなの正面に来ると、安堵した顔で銃を下ろした。伊達刑事がいたからもしやと思ったが、やはり谷村もいたのか。
「事件か?」
「ええ。国際的な殺人犯を追ってましてね。神室町で伊達さんを見るや否逃げ出して、上でやってる婚活パーティーに紛れ込んでるってとこまで詰めたんです」
「で、逃げられておまけになずながそいつの餌食にあいそうだったってわけか」
「面目ないです。二人はなんでここに?」
「俺が主催会社の株をもっていて、株主優待でパーティーへの誘いがあったんだ。断るつもりだったが、誤って参加で出してしまったから、仕方なくこいつを連れて参加した。一応お前にも連絡はしてあるぞ」
「……うわ、マジだ。はあー、今度から二人からの連絡は仕事より優先します」
「そこまでしなくていい。それより俺達はここを出るから、後は任せるぞ」
「え?」
駐車されている車の中を指差す。ようやく谷村の視界にもそれが入ったらしい。声を上げることはなかったが、目は驚きで見開いている。谷村の話を聞いて理解した。
この車の中で死んでいる男が、殺人犯なのだと。
「これ、あんたが?」
「いや、俺が来た時にはもうこの状態だった。だが、誰がやったのかはわかる」
「……こいつの兄貴、ですか」
そう、これをやったのはおそらくなずなの本当の兄貴だ。
殺人犯の服装は会場スタッフのものだ。伊達刑事が離れた隙に、飲み物か何かに睡眠薬を入れて飲ませた後、ここまで連れ込み殺そうとしたのだろうが、結果はこの通りだ。
中を少し覗けば、男の手に銃が握られているのが見える。逃げ切れず自殺した、と警察で処理されるだろう。その偽装工作はすでに終わっているはずだ。
話には聞いていた。俺の身分証、そしてマンションの契約の事でも薄々感じていた。
だが、俺が思う以上にこいつの兄貴は、妹の為なら何でもやるし、どこまでも残酷になれる人間なのだ。俺が言えた義理ではないだろうが。
「……二人は行ってください。この場は俺が説明しておきます」
「……なあ、谷村」
なずなを抱き上げて、谷村の言う通りにその場を離れようと思ったが。
その前に聞いておきたい事があって、足を止めた。
「こいつは、お前が別れると言えば素直に頷く。そして、何事もないように生きていこうとするだろう。それが出来る人間だ。黒い世界に身を置く俺からすれば、お前はこいつから離れた方が真っ当に」
「全部言わなくて良いですよ。何言われても別れる気ないんで」
「……」
「だって、こいつには何も落ち度はないじゃないですか。悪い事なんて何一つしてないのに、なずなが我慢する必要なんてない。言ったじゃないですか、任せてくださいって」
「……明日の昼まで、そこのホテルに泊まっている。こいつに会いたくなったら来ればいい」
「絶対行きます。部屋番メールで教えておいてくださいね」
その後、ホテルの部屋で「あれ?!ここホテル?!」と呑気に起きて騒ぎ始めたなずなを見ていたら、アレコレ悩んでやったのが馬鹿らしく思えて少し笑った。