snobbism(龍如)
DREAM
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大虎と。
(2010年なずな24歳)
『マジで、何もなかったんですよ。ええ、本気と書いてマジです。一ミリも、何一つ、起きてませんよ』
朝、冴島組の事務所に出て不慣れな書類仕事に没頭していると、谷村から電話がかかってきた。出ると開口一番にそう言われた。心なしか疲れた声をしている。
「その話、俺が聞いてええんか?」
『もちろんです。むしろ誰かに言いたいと思って考えたんですが、冴島さんしかいなかったです。桐生さんは嘘がつけないから顔に出るし、秋山さんは悪気なくからかってくるだろうし、真島さんに関しては論外です。伊達さんはめちゃくちゃ気を遣ってきそうで今後仕事やり辛くなりそう』
「まあ……わからんでもないな」
『でしょう?となると包容力の高さからやっぱり冴島さんしかいないんです。聞いてくださいよ。昨日なずながホテルの予約取ってないっていうんで俺んちに泊めたんです』
「ほう」
『俺も男なので、そういう雰囲気を期待しなかったわけでもないです。風呂は家に着く前に銭湯行ったんで後は寝るだけだったんですけど、あいつ普通に俺のベッドに入ったんですよ。それでニコニコ笑って布団めくって「明日も仕事早いんだよね?早く寝よ!」って普通に俺を呼ぶんですよ。ベッドに。ええ、普通に健全に寝ました。それだけです』
少し頭を抱える。なずなの無防備さにだ。いや、もう恋人同士であるから、そこは無防備でも構わないだろうが、その気がないのなら谷村が不憫である。さぞや昨夜はゆっくり眠れなかったことだろう。疲れた声も頷ける。
「大変やったな」
『まあいいんですけどね。……あいつがいるってだけで。起きたら朝食作ってくれてたんです。「おはよう!」って言われた時なんか、本当に生きてるんだなぁって実感湧いてきて少し泣きましたよ』
「フッ、そうか。ほんまよかったなぁ、谷村」
『ありがとうございます。はー、スッキリした。やっぱり冴島さんに電話して良かったです。すみません急に電話して』
「いつでも頼ってくれや。お前には靖子の事でほんま感謝しとるんやから、なんでもゆうてくれや。改めて靖子の事、ほんまありがとな」
『もう良いですって。あ、なずなが今日真島組にゾンビ映画観に行くって行ってたんで、会ったらよろしくお願いしますね。仕事終わったら迎え行くんで』
それじゃ、と電話を終える。背後で伊達はんの怒声が聞こえていたので、おそらくこれからすぐに仕事なのだろう。高級感のある椅子にもたれて、ぼんやりと遠くを見つめる。
あの事件の日、神室町ヒルズで俺を庇って撃たれた靖子は、葛城を撃ち殺してから病院に運ばれた。その事を知った谷村が、心から安堵していたのを見て話を聞いてみた。あの時靖子に銃を渡したのは谷村だった。それと、防弾チョッキも。
靖子は谷村から渡された防弾チョッキを着ていたおかげで一命を取り留めたのだ。なぜ追われているあの場面で、時間もなかったのに自分が着用していた防弾チョッキを脱いでまで靖子に渡したのか聞いてみた。
谷村は、安堵で溢れ出た汗を拭って、少し困ったように笑った。
《防弾チョッキを渡せてたら助けられたかなぁって、昔助けられなかった子が過ぎって、咄嗟に。結果オーライでしたね》
良かった、と谷村は笑っていたが、同時に後悔も押し寄せていたはずだ。今回助けられたのだから、谷村の言う昔にも同じ事が出来ていたら、その子を助けられたのかもしれない、と。
けど、今回再会することが叶ったなずなと谷村に、靖子は救われたのだ。後悔していた時間は辛かっただろう。気持ちは痛いほどわかる。けれど、二人のその出会いと別れがなければ、靖子はあのまま死んでいたかもしれない。
だから、感謝をしている。今までも、これからも。いつか、恩を返すことが出来ればいいのだが。
「冴島さん、俺です。城戸です。今いいですか?」
こんこん、と部屋の扉をノックされる。ええで、と返したらいつもの派手なスカジャンを着た城戸ちゃんが入ってきた。
柴田組が解体された後、それに連なる団体は他に吸収されたり解体されたりと散り散りになっていった。金村興業は解体後、城戸ちゃん含め全員を冴島組に在籍させた。実力と度胸を買って城戸ちゃんを若頭補佐にしたが、早めに若頭にしてもいいかもしれないと最近思っている。
「どないした?」
「今、真島組の西田さんが来てて……あー、いつもの無茶振りっすね」
「はぁ、兄弟はなんてゆうとんのや」
「これから真島組プレゼンツ『神室オブジエンドfeat桐生ちゃん』を上映するから一緒に観よう、だそうです」
「桐生がほんま可哀想でならんわ。まあええ、今日は真島組に客人来とるようやし、付き合うたるか。城戸ちゃんも一緒に行こや」
「はい!」
おそらく先程谷村の言っていた通り、なずなが来たのだろう。桐生も一緒かもしれない。
城戸ちゃんと二人で冴島組を出て、西田に案内されながら真島組の事務所へ向かう。その途中、城戸ちゃんが好奇心たっぷりの顔で話しかけてきた。
「冴島さん、今日谷村さんの恋人が来てるんですよね?どんな子なんです?ていうか谷村さん、恋人とか作るタイプだったんすね?!」
「あほ。谷村かて人の子やぞ。しかも本気のやつや、からかったらあかんで」
「へへ、すみません。だって、あの神室町のダニと呼ばれた谷村さんに恋人なんて、めちゃくちゃビビったっつーか。で、で!どんな子です?」
「せやなぁ、靖子とはちゃうタイプの子ぉやな。活発な子やで」
「へえー!!」
「しかも物怖じしないタイプなんすよねえ。うちの親父にあんなにフレンドリーな女の子、あんまみいひんです」
と、西田も話に参加してきた。なるほど、たしかにそうかもしれない。ぱっと見真島の兄弟の風貌は、怖い部類に入るだろう。俺も娑婆に出てからあの眼帯姿を見た時は、極道らしい怖さの面構えになったと思ったものだ。
しかし、なずなはそんな兄弟にも言いたい事を言うし怖がる様子もない。四年前の事件から先日の飲み会まで直接会うことはなかったらしいが、電話でのやりとりはしていたとのことなので、距離は近い方なのかもしれない。桐生と兄弟が四年間電話だけとはいえやりとりしていたのを知った谷村の嫉妬の表情は、誰が見てもわかりやすくて少し笑ったな。
「お菓子オッケー、炭酸ジュースオッケー!真島さん、準備オッケーでーす!」
「よっしゃ!酒もたんまりあるし、あとは兄弟が来たら上映開始や!ヒヒ、楽しみやなあ桐生ちゃん!」
「全然楽しみじゃねえよ……」
真島組の組長室に招かれ、中に入ると壁に設置された大きなテレビの前に、はしゃいでいる兄弟となずな、そして嫌そうな顔をした桐生がいた。俺がいない間、兄弟にはお気に入りの弟分ができており、それが桐生だった。何年か前には兄弟がコスプレをして四六時中襲い掛かってきて大変だったと桐生が疲れた顔で言っていたのを思い出す。神室町を離れた今も、兄弟から猛アタックをされているらしい。俺の兄弟がすまん、桐生。
「親父!冴島の叔父貴達を連れてきました!」
「遅いやないかボケェッ!」
「すんません!!」
西田が理不尽に殴られるのを、桐生が「やりすぎだ」と止めている。側にいたなずなは俺に気づいてにこやかに笑って駆け寄ってきた。
「おはようございます!冴島さん!」
「おはようさん。今日はゾンビ映画観るんやて?」
「はい!正確にはこの間真島さんが言ってた、真島組総出でゾンビパニック起こして桐生さんを驚かせた映像らしいんですけどね」
「桐生ほんま苦労しとんなぁ」
「仲良しですよね!真桐か桐真で悩みます」
「??」
ゴホンゴホンと咳き込むなずなは、俺の後ろの城戸ちゃんに気付いて「わあ!」と驚いた声を上げた。
「冴島さんの身体で見えなかった!あ、初めまして!斎藤なずなっていいます!」
「ども、城戸です。君があの谷村さんの恋人?」
「ほげぇ?!えっ、いつの間に広まって?!?!」
「あ、俺が言うた。あと大吾にも教えたったわ」
「ちょおおお?!私六代目さんと会った事ないのに恋人情報だけ知られてるって事?!なんちゅう事してくれてるんですか真島さん?!」
あっけらかんと言い放つ兄弟の胸をポカポカ叩くなずなを見て、城戸ちゃんが「たしかにあの真島組長に気安く接してる……かなり大物?」と感心しているようだった。西田もうんうんと頷いている。なずなが姐さんと呼ばれる日も近いかもしれない。もしそうなったらきちんと止めてやろう。
「兄さん、昼から大吾に呼び出されてるんだろ。さっさと観ないと時間なくなるぜ」
「せやったわ!はー、だるぅ。ま、ええわ。ほな観よか!お前ら適当に座りや。始めるでぇー!」
上映会とやらは普通の映画に比べれば短いものだった。西田の電話から始まり、最後に桐生がゾンビ化した兄弟を「俺がケリをつけてやる!」と倒して、平和な神室町が映ってエンドロール。思ったより迫力もあって楽しむことが出来た。桐生はずっと渋い顔をしていたが、なずなは楽しそうにしていた。
昼からは嫌そうな顔をした兄弟を西田含め真島組組員達が引きずって、本部まで送って行った。残されたのは桐生となずな、それから俺と城戸ちゃんだ。桐生達は二人で適当に神室町を彷徨くというので、ひとまず冴島組に来てもらう事にした。谷村からもよろしく頼まれてると言うと、なずなは顔を真っ赤にしていて、黒い世界とは無関係の普通の女の子のように見えた。
「いやー、面白かったっすね!とくに三度目くらいに真島組長が走ってきて、後ろから羽交い締めされた桐生さんの顔!噛まれたらやばい!って切羽詰まった感、マジもんでしたよ!」
「まあ、なんだ……本気で騙されてたからな……」
「えっ?!」
「城戸さん、これが桐生さんってわけよ。天然記念物っぷりは冴島さんと一位二位を争うと見てる」
「うわー……めちゃくちゃ納得……」
気がつけば城戸ちゃんとなずなが仲良くなっていた。歳も近いだろうし、二人とも人懐っこいタイプだから気があったのだろう。二人が歩いていたら、見た目だけならこちらの方が恋人同士に見えるかもしれない。そこまで考えて、ふと谷村の黒い笑顔が頭をよぎる。こんなこと谷村に知られたらまた拳銃をテーブルに置かれて恐ろしいゲームに参加させられそうになってしまう。これは心の中にしまっておこう。
「それにしても、城戸さんも大変だったんだね。新井さん、出所したら冴島組にきてくれるかな?」
「俺は来てほしいなぁ。色々あったけど、やっぱ俺、新井の兄貴のこと尊敬してるし」
「足技が凄かったって秋山さんが言ってたけどほんと?」
「ほんとほんと!なずなさんにも兄貴の足技見せてーわ!」
「うわー!めっちゃ見たいー!新井さん出所したら教えてね!」
和気あいあいと連絡先の交換を始めている。まるで学生の集まりのように思える風景だが、この場にいる誰もが明るい世界で生きる人間ではなかった。朗らかに笑うなずなでさえも、真っ当に生きる人間ではないなんて。
城戸ちゃんが仕事に戻ると言って部屋を出て行った後、菓子を頬張るなずなに聞いてみた。
「なぁ、なずな。この街に来たこと、お前は後悔はしとらんのか?」
強がっているのなら、やめさせてやりたい。怖いなら怖いと言った方が良い。離れたいなら、離れたいと。関わりたくないなら関わらないようにしてやりたい。
そう思って聞いた言葉だったが、意図を察した桐生が複雑そうな顔をしたにも関わらず、当の本人はキョトンと惚けた顔をしていた。
「うーん、後悔ですか。したにはしましたけど、それ以上に来てよかったって思ってますよ。だって、ヤクザの人だって優しい人がこんなにもいるって知れたし、友達になれましたし!それに、会いたかった兄貴にも会えました。それってきっと、この街に来なかったら叶わなかったんです」
そう言ってはにかむなずな。
「四年間怖くて来れなかったのは、あの後谷村さんがどうなったのか分からなくて……怪我が治ってなかったら、嫌われてたらどうしようって思ってたからで……でも、勇気を出して確かめに来て良かったです。本当に色々あったけど、私この街に来て良かった」
心から思っているのなら、これ以上言う事はない。これからもこの街にくれば歓迎するし、何かあったら助けてやる。桐生も同じ思いのようで、口角だけを上げて笑っていた。
そういえば、と桐生が思い出したように口を開いた。
「お前、昨日谷村の家に泊まったが……その、何もなかったのか?……いや、すまん、こういうのは聞くべきじゃなかったな」
「……何もなかった」
「ん?」
「マジで何もなかった!本気と書いてマジ!一ミリも!何一つ!なかったよおおお!!」
うわあああ!と、朝の谷村と同じような事を言ってなずながテーブルに突っ伏した。
「ちょっと勇気を出してベッドに潜って、布団めくって誘ってみたりしたけど!!何もなかった!!普通に寝た!!けど谷村さんめっちゃ良い匂いした!!」
「お、おお……え、お前一応、そういう気はあったのか……?」
「だって恋人の家にお泊まりして何もないなんて、世間一般ではないじゃん?!だから私も、その、そういう経験ないけど覚悟して行ったのに、なのにいいい!!うわああん!!私にはまだ大人の魅力っていうのがないんだあああ!!」
桐生と二人で頭を抱える。桐生は知らないだろうが、谷村サイドの話を聞いていた俺はすれ違いが起きている事にさらに頭を悩ませていた。
よくよく思えば、谷村から聞いたなずなの台詞は誘ってるようにも聞こえる、かもしれない。しかし、あまりにもいつも通りに呼ばれたために、谷村には伝わらなかったわけだ。
「なずな、大人やったらムードってもんが大事なんや。次からは意識してみい」
「ムード、だと……!オシャレなキャンドルを焚く、とか?!」
「それ多分谷村噴き出すぞ」
「ぐああああ!!むずかしー!!」
あまりにも平和な悩みで、真剣に悩んでいるなずなには悪いが桐生と二人で大笑いしてしまった。
(2010年なずな24歳)
『マジで、何もなかったんですよ。ええ、本気と書いてマジです。一ミリも、何一つ、起きてませんよ』
朝、冴島組の事務所に出て不慣れな書類仕事に没頭していると、谷村から電話がかかってきた。出ると開口一番にそう言われた。心なしか疲れた声をしている。
「その話、俺が聞いてええんか?」
『もちろんです。むしろ誰かに言いたいと思って考えたんですが、冴島さんしかいなかったです。桐生さんは嘘がつけないから顔に出るし、秋山さんは悪気なくからかってくるだろうし、真島さんに関しては論外です。伊達さんはめちゃくちゃ気を遣ってきそうで今後仕事やり辛くなりそう』
「まあ……わからんでもないな」
『でしょう?となると包容力の高さからやっぱり冴島さんしかいないんです。聞いてくださいよ。昨日なずながホテルの予約取ってないっていうんで俺んちに泊めたんです』
「ほう」
『俺も男なので、そういう雰囲気を期待しなかったわけでもないです。風呂は家に着く前に銭湯行ったんで後は寝るだけだったんですけど、あいつ普通に俺のベッドに入ったんですよ。それでニコニコ笑って布団めくって「明日も仕事早いんだよね?早く寝よ!」って普通に俺を呼ぶんですよ。ベッドに。ええ、普通に健全に寝ました。それだけです』
少し頭を抱える。なずなの無防備さにだ。いや、もう恋人同士であるから、そこは無防備でも構わないだろうが、その気がないのなら谷村が不憫である。さぞや昨夜はゆっくり眠れなかったことだろう。疲れた声も頷ける。
「大変やったな」
『まあいいんですけどね。……あいつがいるってだけで。起きたら朝食作ってくれてたんです。「おはよう!」って言われた時なんか、本当に生きてるんだなぁって実感湧いてきて少し泣きましたよ』
「フッ、そうか。ほんまよかったなぁ、谷村」
『ありがとうございます。はー、スッキリした。やっぱり冴島さんに電話して良かったです。すみません急に電話して』
「いつでも頼ってくれや。お前には靖子の事でほんま感謝しとるんやから、なんでもゆうてくれや。改めて靖子の事、ほんまありがとな」
『もう良いですって。あ、なずなが今日真島組にゾンビ映画観に行くって行ってたんで、会ったらよろしくお願いしますね。仕事終わったら迎え行くんで』
それじゃ、と電話を終える。背後で伊達はんの怒声が聞こえていたので、おそらくこれからすぐに仕事なのだろう。高級感のある椅子にもたれて、ぼんやりと遠くを見つめる。
あの事件の日、神室町ヒルズで俺を庇って撃たれた靖子は、葛城を撃ち殺してから病院に運ばれた。その事を知った谷村が、心から安堵していたのを見て話を聞いてみた。あの時靖子に銃を渡したのは谷村だった。それと、防弾チョッキも。
靖子は谷村から渡された防弾チョッキを着ていたおかげで一命を取り留めたのだ。なぜ追われているあの場面で、時間もなかったのに自分が着用していた防弾チョッキを脱いでまで靖子に渡したのか聞いてみた。
谷村は、安堵で溢れ出た汗を拭って、少し困ったように笑った。
《防弾チョッキを渡せてたら助けられたかなぁって、昔助けられなかった子が過ぎって、咄嗟に。結果オーライでしたね》
良かった、と谷村は笑っていたが、同時に後悔も押し寄せていたはずだ。今回助けられたのだから、谷村の言う昔にも同じ事が出来ていたら、その子を助けられたのかもしれない、と。
けど、今回再会することが叶ったなずなと谷村に、靖子は救われたのだ。後悔していた時間は辛かっただろう。気持ちは痛いほどわかる。けれど、二人のその出会いと別れがなければ、靖子はあのまま死んでいたかもしれない。
だから、感謝をしている。今までも、これからも。いつか、恩を返すことが出来ればいいのだが。
「冴島さん、俺です。城戸です。今いいですか?」
こんこん、と部屋の扉をノックされる。ええで、と返したらいつもの派手なスカジャンを着た城戸ちゃんが入ってきた。
柴田組が解体された後、それに連なる団体は他に吸収されたり解体されたりと散り散りになっていった。金村興業は解体後、城戸ちゃん含め全員を冴島組に在籍させた。実力と度胸を買って城戸ちゃんを若頭補佐にしたが、早めに若頭にしてもいいかもしれないと最近思っている。
「どないした?」
「今、真島組の西田さんが来てて……あー、いつもの無茶振りっすね」
「はぁ、兄弟はなんてゆうとんのや」
「これから真島組プレゼンツ『神室オブジエンドfeat桐生ちゃん』を上映するから一緒に観よう、だそうです」
「桐生がほんま可哀想でならんわ。まあええ、今日は真島組に客人来とるようやし、付き合うたるか。城戸ちゃんも一緒に行こや」
「はい!」
おそらく先程谷村の言っていた通り、なずなが来たのだろう。桐生も一緒かもしれない。
城戸ちゃんと二人で冴島組を出て、西田に案内されながら真島組の事務所へ向かう。その途中、城戸ちゃんが好奇心たっぷりの顔で話しかけてきた。
「冴島さん、今日谷村さんの恋人が来てるんですよね?どんな子なんです?ていうか谷村さん、恋人とか作るタイプだったんすね?!」
「あほ。谷村かて人の子やぞ。しかも本気のやつや、からかったらあかんで」
「へへ、すみません。だって、あの神室町のダニと呼ばれた谷村さんに恋人なんて、めちゃくちゃビビったっつーか。で、で!どんな子です?」
「せやなぁ、靖子とはちゃうタイプの子ぉやな。活発な子やで」
「へえー!!」
「しかも物怖じしないタイプなんすよねえ。うちの親父にあんなにフレンドリーな女の子、あんまみいひんです」
と、西田も話に参加してきた。なるほど、たしかにそうかもしれない。ぱっと見真島の兄弟の風貌は、怖い部類に入るだろう。俺も娑婆に出てからあの眼帯姿を見た時は、極道らしい怖さの面構えになったと思ったものだ。
しかし、なずなはそんな兄弟にも言いたい事を言うし怖がる様子もない。四年前の事件から先日の飲み会まで直接会うことはなかったらしいが、電話でのやりとりはしていたとのことなので、距離は近い方なのかもしれない。桐生と兄弟が四年間電話だけとはいえやりとりしていたのを知った谷村の嫉妬の表情は、誰が見てもわかりやすくて少し笑ったな。
「お菓子オッケー、炭酸ジュースオッケー!真島さん、準備オッケーでーす!」
「よっしゃ!酒もたんまりあるし、あとは兄弟が来たら上映開始や!ヒヒ、楽しみやなあ桐生ちゃん!」
「全然楽しみじゃねえよ……」
真島組の組長室に招かれ、中に入ると壁に設置された大きなテレビの前に、はしゃいでいる兄弟となずな、そして嫌そうな顔をした桐生がいた。俺がいない間、兄弟にはお気に入りの弟分ができており、それが桐生だった。何年か前には兄弟がコスプレをして四六時中襲い掛かってきて大変だったと桐生が疲れた顔で言っていたのを思い出す。神室町を離れた今も、兄弟から猛アタックをされているらしい。俺の兄弟がすまん、桐生。
「親父!冴島の叔父貴達を連れてきました!」
「遅いやないかボケェッ!」
「すんません!!」
西田が理不尽に殴られるのを、桐生が「やりすぎだ」と止めている。側にいたなずなは俺に気づいてにこやかに笑って駆け寄ってきた。
「おはようございます!冴島さん!」
「おはようさん。今日はゾンビ映画観るんやて?」
「はい!正確にはこの間真島さんが言ってた、真島組総出でゾンビパニック起こして桐生さんを驚かせた映像らしいんですけどね」
「桐生ほんま苦労しとんなぁ」
「仲良しですよね!真桐か桐真で悩みます」
「??」
ゴホンゴホンと咳き込むなずなは、俺の後ろの城戸ちゃんに気付いて「わあ!」と驚いた声を上げた。
「冴島さんの身体で見えなかった!あ、初めまして!斎藤なずなっていいます!」
「ども、城戸です。君があの谷村さんの恋人?」
「ほげぇ?!えっ、いつの間に広まって?!?!」
「あ、俺が言うた。あと大吾にも教えたったわ」
「ちょおおお?!私六代目さんと会った事ないのに恋人情報だけ知られてるって事?!なんちゅう事してくれてるんですか真島さん?!」
あっけらかんと言い放つ兄弟の胸をポカポカ叩くなずなを見て、城戸ちゃんが「たしかにあの真島組長に気安く接してる……かなり大物?」と感心しているようだった。西田もうんうんと頷いている。なずなが姐さんと呼ばれる日も近いかもしれない。もしそうなったらきちんと止めてやろう。
「兄さん、昼から大吾に呼び出されてるんだろ。さっさと観ないと時間なくなるぜ」
「せやったわ!はー、だるぅ。ま、ええわ。ほな観よか!お前ら適当に座りや。始めるでぇー!」
上映会とやらは普通の映画に比べれば短いものだった。西田の電話から始まり、最後に桐生がゾンビ化した兄弟を「俺がケリをつけてやる!」と倒して、平和な神室町が映ってエンドロール。思ったより迫力もあって楽しむことが出来た。桐生はずっと渋い顔をしていたが、なずなは楽しそうにしていた。
昼からは嫌そうな顔をした兄弟を西田含め真島組組員達が引きずって、本部まで送って行った。残されたのは桐生となずな、それから俺と城戸ちゃんだ。桐生達は二人で適当に神室町を彷徨くというので、ひとまず冴島組に来てもらう事にした。谷村からもよろしく頼まれてると言うと、なずなは顔を真っ赤にしていて、黒い世界とは無関係の普通の女の子のように見えた。
「いやー、面白かったっすね!とくに三度目くらいに真島組長が走ってきて、後ろから羽交い締めされた桐生さんの顔!噛まれたらやばい!って切羽詰まった感、マジもんでしたよ!」
「まあ、なんだ……本気で騙されてたからな……」
「えっ?!」
「城戸さん、これが桐生さんってわけよ。天然記念物っぷりは冴島さんと一位二位を争うと見てる」
「うわー……めちゃくちゃ納得……」
気がつけば城戸ちゃんとなずなが仲良くなっていた。歳も近いだろうし、二人とも人懐っこいタイプだから気があったのだろう。二人が歩いていたら、見た目だけならこちらの方が恋人同士に見えるかもしれない。そこまで考えて、ふと谷村の黒い笑顔が頭をよぎる。こんなこと谷村に知られたらまた拳銃をテーブルに置かれて恐ろしいゲームに参加させられそうになってしまう。これは心の中にしまっておこう。
「それにしても、城戸さんも大変だったんだね。新井さん、出所したら冴島組にきてくれるかな?」
「俺は来てほしいなぁ。色々あったけど、やっぱ俺、新井の兄貴のこと尊敬してるし」
「足技が凄かったって秋山さんが言ってたけどほんと?」
「ほんとほんと!なずなさんにも兄貴の足技見せてーわ!」
「うわー!めっちゃ見たいー!新井さん出所したら教えてね!」
和気あいあいと連絡先の交換を始めている。まるで学生の集まりのように思える風景だが、この場にいる誰もが明るい世界で生きる人間ではなかった。朗らかに笑うなずなでさえも、真っ当に生きる人間ではないなんて。
城戸ちゃんが仕事に戻ると言って部屋を出て行った後、菓子を頬張るなずなに聞いてみた。
「なぁ、なずな。この街に来たこと、お前は後悔はしとらんのか?」
強がっているのなら、やめさせてやりたい。怖いなら怖いと言った方が良い。離れたいなら、離れたいと。関わりたくないなら関わらないようにしてやりたい。
そう思って聞いた言葉だったが、意図を察した桐生が複雑そうな顔をしたにも関わらず、当の本人はキョトンと惚けた顔をしていた。
「うーん、後悔ですか。したにはしましたけど、それ以上に来てよかったって思ってますよ。だって、ヤクザの人だって優しい人がこんなにもいるって知れたし、友達になれましたし!それに、会いたかった兄貴にも会えました。それってきっと、この街に来なかったら叶わなかったんです」
そう言ってはにかむなずな。
「四年間怖くて来れなかったのは、あの後谷村さんがどうなったのか分からなくて……怪我が治ってなかったら、嫌われてたらどうしようって思ってたからで……でも、勇気を出して確かめに来て良かったです。本当に色々あったけど、私この街に来て良かった」
心から思っているのなら、これ以上言う事はない。これからもこの街にくれば歓迎するし、何かあったら助けてやる。桐生も同じ思いのようで、口角だけを上げて笑っていた。
そういえば、と桐生が思い出したように口を開いた。
「お前、昨日谷村の家に泊まったが……その、何もなかったのか?……いや、すまん、こういうのは聞くべきじゃなかったな」
「……何もなかった」
「ん?」
「マジで何もなかった!本気と書いてマジ!一ミリも!何一つ!なかったよおおお!!」
うわあああ!と、朝の谷村と同じような事を言ってなずながテーブルに突っ伏した。
「ちょっと勇気を出してベッドに潜って、布団めくって誘ってみたりしたけど!!何もなかった!!普通に寝た!!けど谷村さんめっちゃ良い匂いした!!」
「お、おお……え、お前一応、そういう気はあったのか……?」
「だって恋人の家にお泊まりして何もないなんて、世間一般ではないじゃん?!だから私も、その、そういう経験ないけど覚悟して行ったのに、なのにいいい!!うわああん!!私にはまだ大人の魅力っていうのがないんだあああ!!」
桐生と二人で頭を抱える。桐生は知らないだろうが、谷村サイドの話を聞いていた俺はすれ違いが起きている事にさらに頭を悩ませていた。
よくよく思えば、谷村から聞いたなずなの台詞は誘ってるようにも聞こえる、かもしれない。しかし、あまりにもいつも通りに呼ばれたために、谷村には伝わらなかったわけだ。
「なずな、大人やったらムードってもんが大事なんや。次からは意識してみい」
「ムード、だと……!オシャレなキャンドルを焚く、とか?!」
「それ多分谷村噴き出すぞ」
「ぐああああ!!むずかしー!!」
あまりにも平和な悩みで、真剣に悩んでいるなずなには悪いが桐生と二人で大笑いしてしまった。