snobbism(龍如)
DREAM
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金貸しと。
(2010年なずな24歳)
酔っ払いに絡まれていた女の子を助けたら、なんとその子は桐生さんが呼んでいた女の子で、谷村さんがずっと探していたという女の子だった。
あの谷村さんが、彼女の両肩を掴んで怪我はないかと聞いている。その顔がとても優しいものだったから、本当に驚いてしまった。
彼女の話を聞くと、この子もなかなか壮絶な経験をしたようだ。それこそ、自分を殺さないといけないほどに。お金は人を狂わす事がある。金によって人生を狂わされた俺には、彼女の話がなんだか他人事に思えなかった。
その後の谷村さん、面白かったなぁ。
桐生さんと真島さんから四年前のなずなちゃんの話を聞いて少し不機嫌そうにしていたと思ったら、流れ弾を受けて照れたりして、表情豊かで見ていて楽しい。本当になずなちゃんに惚れてるんだなぁとなんだかニヤニヤしてしまう。花ちゃんには駅まで送り届けた時に「からかいすぎちゃいけませんよ」と注意されてしまったが。
お互いの近況を話して、お酒を沢山飲んで縁もたけなわ。各々眠たくなってきたし終電に間に合わなくなりそうな女性二人は家に帰らせる事にして、俺は花ちゃんを駅まで送り届けてからまたニューセレナへ戻った。表の入り口は鍵をかけているので、裏口から入ろうと登り慣れた階段を登ってスカイファイナンスを通り過ぎたタイミングで、小さく扉が開く音がした。
そろりと身を潜ませながら、真島さんが出てくる。後ろには桐生さんと冴島さん、伊達さんもいる。真島さんは俺の顔を見ると、ニマァと笑った。上、と指差して静かに登っていく。なるほど、この場にいない二人が屋上に登ったのか。俺もついニマァと笑って、静かについていくことにした。
案の定屋上には谷村さんとなずなちゃんがいた。これは愛の告白に違いないとみんなでワクワクして見ていたら、ポツリポツリと言葉を紡いだなずなちゃんは、泣きそうな顔で笑った。
なずなちゃんが口にしたのは、熱烈な告白と切実な懇願だった。
谷村さんにフラれる為にこの街に来たと言った。再会を手助けした桐生さんは驚いていた。それもそうだ。なずなちゃんに幸せになってほしくて、真島さんに相談しながら頑張ってセッティングしたのだろうから、まさかそんな想いで来たなんて思っても見なかったはずだ。
けど、谷村さんが「優姫の想いには応えられないが、なずなの想いになら応えられる」と百点満点の答えを返したのは、もうさすがとしか言いようがない。なずなちゃんに与える言葉で、それ以上のものはないだろう。それに谷村さんだって、好きな子にやっと会えたんだから、そう安易と手放すわけがない。
一緒に生きようと言われて、なずなちゃんは今日初めて心の底から幸せそうに微笑んだ。その顔を見たらデバガメしていた俺達も幸せな気持ちになって、顔を見合わせてからそっとその場を後にした。
まあ、谷村さんにはバレててニューセレナに戻ってきてすぐに「一人ずつ大金かけてロシアンルーレットするんで座ってください」とゴトリと重々しい音と共に拳銃をテーブルに置かれて、全員で謝罪したのだけど。(ちなみに泣き疲れたなずなちゃんは幸せそうにむにゃむにゃ言いながら谷村さんの横で寝ていた。)
「それでは、融資のためのテストを受けていただきます。……ねえ、なずなちゃん。本当にやるの?」
「やります!!!」
翌日。数日の間こちらに滞在するというなずなちゃんは、仕事がある刑事二人と極道二人と別れて、桐生さんと一緒にスカイファイナンスへ来ていた。
別れる際に谷村さんが「こいつほっとくと無茶するんでよろしく頼みます」とお願いしてきて、すっかり恋人の顔をしていることにまたニマァと笑ったら懐の拳銃をチラ見せられた。怖い。
スカイファイナンスの仕事の説明を出勤してきた花ちゃんがしてくれて、他とは違う融資方法に興味が注がれたようだ。桐生さんも興味深く聞いている。テスト内容は様々で、相手を見て感覚で俺が決めてると話したら、やりたいと言われた。そして、先程の会話に戻るわけだが。
「でもなずなちゃん、お金困ってないでしょ?」
「今は人並みですよー!あるならあるに越した事はないです!それに、秋山さんが私を見て感覚で選んだテスト受けてみたいです!なんか、占いみたいで楽しそう!」
あっでも本気で融資受けたい人に失礼ですかね、と今度はあわあわと狼狽え始めるから、見ていて飽きないなぁと笑ってしまった。
「それじゃあ、テストの条件を言うね。うーん、なずなちゃんはねえ……」
「ドキドキ!!」
「……キャバクラで半日働いて、50万稼いでもらおっかな」
「おおー!!」
はしゃぐなずなちゃんとは反対に、桐生さんと花ちゃんが驚いた顔で俺を見ていた。それから彼女を見て、また俺を見てを繰り返している。先に口を開いたのは花ちゃんだ。
「ちょっと秋山さん!あのリリさんでも初日50万だったんですよ?!こう言うのもあれなんですが、その、なずなちゃんには難しすぎません……?」
「秋山、俺もそう思うぜ。たしかになずなみたいなタイプもキャバクラではウケると思うが、初入店で半日50万は厳しくないか」
「ちょっと二人とも?!そりゃ私だってビジュアル面とかイケるなんて思った事ないけど?!トーク力とかでイケるかもじゃん?!」
うーん、何でだろうなぁ。たしかにぱっと見、リリちゃんほど男を惑わすような妖艶な魅力があるわけではないけど、実際トークは申し分ない。だがトーク力だけでは客は取れない。わかってはいるのだが、それでも何故か彼女なら出来る気がしたのだ。
「……よし!とりあえず、見た目変えよっか?」
「へ?」
「髪型も変えて、服も夜仕様にしよう。化粧もキャストの女の子に頼んでもう少しこだわってみようよ。善は急げ、行こうかなずなちゃん!せっかくなんで、桐生さんはお客として指名してあげてくださいね」
「それは構わねえが、本当に大丈夫か?」
「なずなちゃんなら大丈夫ですって!」
「いや、谷村がキレねえかって方だが」
「…………うわぁー、忘れてたー」
どうか、谷村さんにはバレませんように!
なずなちゃんを着飾ってあげて欲しい、と副業で経営しているキャバクラ、エリーゼのキャストにお願いすると嬉々として了承してくれた。彼女は元々化粧の薄い子なので、弄り甲斐があるらしい。服も見合ったドレスを合わせてあげてほしいと追加でお願いしたら、予算が欲しいと言われたので多めに渡しておいた。
多少の出費はあれど、今日のテストをクリアすればむしろプラスになるほどのお金になるはずだ。先行投資としても申し分ない……はずだが、ドレスアップした彼女を見るまではまだわからない。俺の勘が当たるか外れるか。最近外し気味だったから、少し不安になる。
キャストの控え室から歓声が上がった。どうやら着替えが終わったようだが、一体なずなちゃんはどうなったのか。
「秋山さん!!逸材!!逸材ですよ!!」
キャストの女の子達が興奮気味で控え室から飛び出してきた。その後ろから、出てきた女の子は。
「秋山さん、どうですか?」
「……え、マジ?」
マジですよー!!と女の子達が騒ぐ。ボーイの子も口を開いたまま固まっている。俺も思わず惚けた声が出てしまった。
「皆さん褒めてくれるんで嬉しいんですが、なにぶんこういう服初めてなので私にはよくわかんなくて……秋山さん的にはこれ似合ってます……?」
はっきり言おう。似合っている。
というより、誰だこの美女は。
四年前はポニーテールだったらしいなずなちゃんは、今は髪型をお団子にしていて、服装もパーカーといったカジュアルなものだったからどこかボーイッシュな雰囲気だった。
それが今回、下ろした髪の毛先を少し巻いて、お洒落な髪飾りをアクセントにしている。服装もマーメイドドレスを着たことにより隠れていた胸が強調されて、セクシーさが備わった。スタイルも引き締まっており、日焼けしないタイプなのか肌も白くて魅惑的だ。化粧も綺麗にのっている。これは元がいいのもあるが、キャストの女の子のセットも完璧だった。
「秋山さん?」
「はっ!ああ、うん!すごく似合ってるよ!やっぱり俺の目に狂いはなかった。綺麗だよ、なずなちゃん」
「ふへへー!あざーす!」
うん、喋るとやっぱりなずなちゃんだ。少しホッとする。これはいよいよ半日で50万、あるかもしれない。少し宣伝も流して、今日はオーナーとしてこっちに張り付いていよう。
「そうだ、源氏名どうする?」
「うーん、映画の女の子の名前でも良かったりします?」
「もちろん」
「じゃあきりこちゃんでオナシャス!きりこちゃんって女の子が眼帯のバット男に命を狙われるも返り討ちにするってホラー映画が面白かったんで!」
「それ桐生さんと真島さんの話ではなく?」
「映画の話ですよ?」
半日と期限を設けたが、午後の営業時間を考えるともっと短かったかもしれない。けれど、最初はジャブとして噂話程度に『期待の新人が短い時間だけ接客している』と流せば、瞬く間に広がり今やテーブルから高い酒を注文してなずなちゃんの取り合いが始まっていた。すでに売上は50万を超えている。
「俺、地方出身だから言葉が訛ることがあってさ。同僚に笑われるの結構きついんだよね」
「そうなんですね。地方の言葉って、知れば知るほど楽しくて、私は訛り言葉好きですよ」
「き、きりこちゃん……!」
「出身はどちらなんですか?……ああ!その地方の名産、私大好きなんですよ!素敵なところで生まれ育ったんですね」
「きりこちゃん!!!シャンパンゴールド飲も!!!」
テーブルで接客をするなずなちゃんを見て、四年前に巻き込まれたという事件のことを少し納得してしまった。弱った人間は、純粋な好意や心遣いにすぐ心を奪われてしまう。彼女は、無意識のうちに弱った人間の心を救うのだ。それが、四年前はたまたま資産家達が対象だった。そのせいで大変な目に遭ったのだけど、これは彼女の性分だ。一生直せるものではない。
本人も多少自覚が芽生えたゆえに、一箇所に留まらない生活を送っていたのだろう。それはひどく、寂しいものだったに違いない。
救われてほしいと思った。他者の悪意で人生を踏み躙られた彼女が、今後心を痛めることがないと良いと、昨夜見た幸せそうな笑顔を思い出して心から願った。
「オーナー。桐生さんが来てますよ」
「ああ、今行くよ」
ボーイの子に声をかけられた俺はテーブルから視線を外して、店の入り口まで向かう。そこには桐生さんが少し困った顔で笑って立っていた。
「指名しようと思ったんだがな。源氏名を聞いてなかったことを思い出した」
「あはは、俺もそのこと忘れてました。きりこちゃんって名前で頑張ってますよ。今は接客中なんで、席で待っててください」
「きりこちゃん……昔見たホラー映画のヒロインがそんな名前だったな……眼帯のバット男に追われるあの……」
「桐生さんも観たんですか?なんか俺も気になってきたな……借りてこようかな」
タイトルを聞いたらクレイジーバットというホラー映画らしい。それ本当に桐生さんと真島さんがモデルだったりしない?
とりあえず席に座ってもらい、ボーイの子に女の子を呼んでもらった。俺がスカウトして育てたナンバーワンの風格を持ったナナミちゃんがちょうど出勤してきたので、桐生さんの隣に座って接客してもらうことにする。
そういえば、谷村さんもうちの店利用していた時期があったなとふと思い出した。その時、ナナミちゃんが接客してくれてたっけ。それからしばらくナナミちゃんを指名してくれていたけど、ん、ちょっと待って。
谷村さん、思ったより遊んでた?!しかもうちの店で?!もしかして他の店にも行ったりしてたのかな?!
途端にソワソワが止まらなくなった。
どうしよう、そういえばアフターも行ったってナナミちゃんが言ってたような気がする。今更ながら、ここでなずなちゃんを働かせるの不味ったかもしれない。もしそんな話を聞いちゃったら、ショックを受けやしないだろうか。お互いもう大人だし、彼女も死んだことになっていたのだから谷村さんを責めることはできないが、それでも知らないなら知らないままでいいはずだ。
挙動不審になって桐生さんのいるテーブルとなずなちゃんのいるテーブルをキョロキョロ見てしまう。ボーイの子が「大丈夫ですか?」と心配してくれているが、大丈夫じゃないかもしれない。
しかし、ボーイの子は本当に良い子なので、俺が客人である桐生さんの指名に応えられないのを不安に思ってると感じたらしく、なずなちゃんに声をかけに行ってしまった。シャンパンゴールドのお客様もほぼほぼ満足のようで、他の女の子と楽しくお喋りを始めたので切り上げるタイミングは完璧。ボーイの子が「連れてきましたよ!」と嬉しそうに彼女を率いて来たので、内心血を吐きながら「ありがとう」とお礼を言っておいた。
「桐生さん来てるんですよね?!私テーブル入りますね!」
「あ、うん。あのね、なずなちゃん」
「はい?」
「た、谷村さんが遊び人だったら、どうする?」
動揺しすぎてストレートに不審な事を聞いてしまった。自分の軽率な発言に頭を抱えるも、彼女はとくに気にした様子もなく素直に笑った。
「雀荘に入り浸るとこも含めて全部好きなんで、無問題です!」
ああああ!違うよおお!キャバクラ通いしてたかもしれないんだよおおお!!
と告げる事は出来ないまま、彼女はにこやかに桐生さんのところへ行ってしまった。
「ご指名ありがとうございます」
「………ん?きりこは?」
「私!わーたーし!きりこちゃんですよ!桐生さん!」
「?!?!?!」
くそー。桐生さんの反応がめちゃくちゃ面白いのに、楽しんでる余裕がないー。
驚愕した顔でなずなちゃんを見る桐生さんの反対隣には、楽しそうに笑うナナミちゃんが座っている。
「今日だけの短期入店なのよね?私はナナミ。よろしくね、きりこちゃん」
「よろしくお願いします!」
「そうか……本当にお前がきりこなのか……別人かと思ったぜ」
「いやあ、桐生さんを驚かせられたなら大成功ですね。ふへへ」
「桐生さんときりこちゃんは知り合いなの?」
そうなんですよー、と談笑する声が聞こえるが、こちらはそれどころではない。ナナミちゃんが谷村さんの話をしないか気になってしまって、店長が何か呼んでる気がするが桐生さんのテーブルの会話しか耳に入ってこない。
「ならせっかくだし、桐生さん、これとか入れちゃいません?」
「む?……一番高いやつじゃねえか。もっと上手く誘導しろよ」
「私、そういうの嫌なの。正直に生きるつもりなんです。フフ」
「そうか。フ、嫌いじゃねえな」
「あら、あなたも同じ事言ってくれるのね」
「も?」
「そう。前に沢山指名してくれた人もね、そう言ってくれたのよ」
うわあああ!!絶対谷村さんの話だあああ!!
「わー!気になる!どんな人だったんですか?」
やめてええ!!なずなちゃんそれ以上聞かないでえええ!!
俺の焦りに全く気がつかない三人はそのまま話を続けていく。ナナミちゃんがいつもより少し表情を和らげて話すのは、おそらく谷村さんのことだろう。胃がキリキリする。
「私、起業してるんだけど、色々あったのよ。家族の事とか、会社の事とか……その悩みを解決してくれたのがその人なの」
「会社経営してるのか。その上キャバ嬢までやるなんて、すごいなアンタ」
「フフ、ありがと」
「ナナミさん、その人の事好きなんですね……告白とかしなかったんですか?」
「したわよ。とても親身にしてくれて、助けてくれて……好きも愛してるも伝えたけど、彼から同じ言葉は返ってこなかった」
あ、あれ?谷村さん、ナナミちゃんとそういう感じじゃなかったってこと?
「思えば、あの人は困ってる人を助けただけだったのよ。他のお店の女の子と話す機会があったんだけど、私と同じ女の子がいたわ。困っているところを助けてもらって、好きだと告げたけど応えられなかったって」
「そうだったんですね……」
「そいつはもう店には来なくなったのか?」
「ええ、それっきり一度も。他のお店も同じ。……酷い人よね」
ナナミちゃん、本気で谷村さんの事好きだったのか。なんだか、こちらも少し切なくなってきた。というか、谷村さんモテすぎでは?イケメンだから?
切なげに笑った後、気を取り直すようにナナミちゃんが明るい声で「お酒飲みましょう!」と言うと、桐生さんも一番高いお酒を入れてくれた。ナナミちゃんとなずなちゃんがやったー!と手を合わせて笑っている。もうどういう感情で二人を見ていたらいいのかわからなくなってきた。全部谷村さんのせいだ。
「なんで俺なんです?」
「そりゃ谷村さんがキャバクラ通いしてたのが原因で………っ?!?!?!」
全部谷村さんのせいだ、がそのまま口に出ていたらしく返事が返って来て、こちらもそのままレスポンスするが声の主に気づいて声にならない悲鳴が出た。俺の様子を見て、声の主である谷村さんは呆れたように肩をすくめている。
「さっきから店長に呼んでもらってたのに反応ないから通してもらいました。事務所行ったら秋山さんはこっちにいるって聞いたんで。ところで、なずなと桐生さんは?」
「えとあのその、谷村さん、一回外出ない?いや出よう、ね?!」
「何ですか。怪しいとガサ入れしますよ」
「やめて!!いやもうほんと、今はマジでダメ」
「嘘、谷村さん……?」
ああああ!!ナナミちゃんが気付いてしまった!!修羅場が、修羅場が始まってしまう!!助けて花ちゃん!!
はわわと狼狽えていたら、谷村さんは何ともない顔で「ああ、久しぶりだね」と返していた。強メンタルすぎないか。ナナミちゃんは驚いた顔を見せた後、すぐに表情を戻してお仕事モードで笑った。
「お久しぶりです、谷村さん。お店、来てくれなくなって寂しかったです。どこに座りますか?」
「ごめんね。今日は遊びに来たんじゃないんだ。知り合いを探してて……あれ?桐生さん?」
ナナミちゃんの方を見れば、もちろん視界に桐生さんもいるわけで。見慣れたグレースーツを着る桐生さんに声をかけると、大きく肩を揺らした。ピンと来た。多分桐生さんもさっきまでの話の男が谷村さんであると気がついたのだ。だから俺と同じくソワソワし始めたのだろう。何せ、反対隣にはなずなちゃんが座っているのだから。案の定振り返る桐生さんの表情はわかりやすく強張っている。
「よ、よお……」
「どうしたんですか桐生さん。そんな面白い顔して」
「いや、まあ、なんだ。外で話さないか」
「何でですか」
「ほ、ほらー!桐生さんもこう言ってるし、あんまり入り口付近で話してたらお店が困っちゃうから!」
ね、ね、と谷村さんの背中を押して外に出そうとするが、その谷村さんの表情が不信感で溢れ始めて頑なに外に出ないようにするので、桐生さんも立ち上がって参戦してくれた。
というか、この流れでなずなちゃんが無反応なの怖いんだけど?!鈍感代表みたいな桐生さんが気が付いたくらいだ、おそらくなずなちゃんも谷村さんのことだと気がついたはずだ。どうしよう、泣いてたら。悲しげに笑ってたら、どうしよう。
三人でドタバタしていたら、ナナミちゃんがなずなちゃんの様子に気がついたようで、声をかけるのが見えた。驚いたらしくびくりと肩を震わせて、ナナミちゃんの方を見るために横を向けば、その顔がこちらから確認できた。泣いてはいなかったが、どこか頬が赤い気がする。
「……は?あいつ、何してんの」
「え?た、谷村さん……きりこちゃんのこと知ってるの……?」
「秋山さんの仕業ですか?なんでなずながキャバ嬢やってんです?」
わ、わあああ!!すごい!!あんなに別人になったなずなちゃんの横顔だけで、本人だってわかるなんて!!これが愛というやつなの?!
情緒が少し不安定になっていたためか、内心興奮してしまって谷村さんの質問を全く聞いていなかった。谷村さんが怖い顔で睨んでいる。
「秋山さん、説明」
「ひいっ!懐に手を突っ込むのやめて!なずなちゃんがうちの融資テスト受けたいっていうからね、いつもの俺の直感テストをしてもらってて……はい、すみません。俺の直感が悪いですから視線で殺そうとしないでください……」
「よりによって何であいつにキャバ嬢なんだよ……」
「あっでもさ!すごく美人に仕上がったと思わない?!どう?!」
「どうって、別に。なずなはなずなですよ」
やだ、かっこいい……。
冗談ではなく、本当にかっこいいと思った。だって、別人に見えるほど見違えた彼女の横顔だけで、誰なのかすぐにわかったのだ。彼女に対して本気な事が伺える。しかし、キャバクラ通いしてた事実は消えない。むしろそのせいで俺と桐生さんが無駄に胃を痛めている。どちらが話すか視線で会話し、桐生さんがひそひそと声を潜めて谷村さんに苦言を呈す。
「谷村、俺もキャバクラはよく来るが、女を弄ぶのはよくねえんじゃねえか?」
「藪から棒になんですか。弄んだ事ないんですけど」
「けど、ほら。ナナミちゃんとかお気に入りでうちに通ってくれてたじゃない?他のお店も通ってたらしいし、女の子達が谷村さんに惚れちゃってさ」
「あー……ここだけの話ですけど、実は人探ししてたんですよ。違法風俗店メインで探してたんですけど、表側も可能性あるかなぁと思って」
「え、それって」
「靖子さんのことです。まあそれとは別でキャバクラは普通に楽しんでましたけど」
「ナナミちゃんとかは……」
「困ってたみたいなんで相談に乗ってましたね」
うーーーん、と桐生さんと一緒に唸る。谷村さんのキャバクラ通いが、遊び人ゆえの所業ではないことはわかった。女の子達も、言ってみれば告白の返答がない時点でフラれたと認識しているだろう。ただ、明確にフラれたわけではないから諦められてないだけで。
悶々としている俺達に痺れを切らしたのか、谷村さんがさらにむすっとした顔をして詰め寄ってくる。
「でも今の話とあいつがキャバ嬢やってるのは関係ないですよね?」
「関係な……くは、ない……」
「厳密にいえばキャバ嬢やってるのは関係ないけど、今この場では谷村さんとキャバクラとナナミちゃんがなずなちゃんと関係したっていうか……」
「あ、あのー……」
なんて言ったものかと頭を抱えていたら、いつの間にかなずなちゃんが俺達の側まで来ていた。桐生さんと二人してわたわたしていたが、なずなちゃんは少し驚いた顔の谷村さんの手を取った。
「そこのテーブルに来てください!それで、武勇伝沢山聞かせてください!ナナミさんのこととか、他のお店の話とか聞きたいです!」
桐生さんもテーブルに戻ってくださいね!と谷村さんの手を引いて先程いたテーブルへ戻っていく。ナナミちゃんも谷村さんが来て嬉しそうに隣に座った。
「桐生さん、あれどっちだと思います?」
「……強がってるんじゃねえか?」
「ですよね……なずなちゃん、自己肯定感低そうですしね……」
「ひとまず俺も戻るが、時間はあとどのくらいだ?」
「あ、もうすぐ終わりですよ。あと1時間できりこちゃん終了なんで、終わったらミレニアムタワー前で待っててください」
「わかった。…………戻るの怖えな」
頑張って!!桐生さん!!!
(2010年なずな24歳)
酔っ払いに絡まれていた女の子を助けたら、なんとその子は桐生さんが呼んでいた女の子で、谷村さんがずっと探していたという女の子だった。
あの谷村さんが、彼女の両肩を掴んで怪我はないかと聞いている。その顔がとても優しいものだったから、本当に驚いてしまった。
彼女の話を聞くと、この子もなかなか壮絶な経験をしたようだ。それこそ、自分を殺さないといけないほどに。お金は人を狂わす事がある。金によって人生を狂わされた俺には、彼女の話がなんだか他人事に思えなかった。
その後の谷村さん、面白かったなぁ。
桐生さんと真島さんから四年前のなずなちゃんの話を聞いて少し不機嫌そうにしていたと思ったら、流れ弾を受けて照れたりして、表情豊かで見ていて楽しい。本当になずなちゃんに惚れてるんだなぁとなんだかニヤニヤしてしまう。花ちゃんには駅まで送り届けた時に「からかいすぎちゃいけませんよ」と注意されてしまったが。
お互いの近況を話して、お酒を沢山飲んで縁もたけなわ。各々眠たくなってきたし終電に間に合わなくなりそうな女性二人は家に帰らせる事にして、俺は花ちゃんを駅まで送り届けてからまたニューセレナへ戻った。表の入り口は鍵をかけているので、裏口から入ろうと登り慣れた階段を登ってスカイファイナンスを通り過ぎたタイミングで、小さく扉が開く音がした。
そろりと身を潜ませながら、真島さんが出てくる。後ろには桐生さんと冴島さん、伊達さんもいる。真島さんは俺の顔を見ると、ニマァと笑った。上、と指差して静かに登っていく。なるほど、この場にいない二人が屋上に登ったのか。俺もついニマァと笑って、静かについていくことにした。
案の定屋上には谷村さんとなずなちゃんがいた。これは愛の告白に違いないとみんなでワクワクして見ていたら、ポツリポツリと言葉を紡いだなずなちゃんは、泣きそうな顔で笑った。
なずなちゃんが口にしたのは、熱烈な告白と切実な懇願だった。
谷村さんにフラれる為にこの街に来たと言った。再会を手助けした桐生さんは驚いていた。それもそうだ。なずなちゃんに幸せになってほしくて、真島さんに相談しながら頑張ってセッティングしたのだろうから、まさかそんな想いで来たなんて思っても見なかったはずだ。
けど、谷村さんが「優姫の想いには応えられないが、なずなの想いになら応えられる」と百点満点の答えを返したのは、もうさすがとしか言いようがない。なずなちゃんに与える言葉で、それ以上のものはないだろう。それに谷村さんだって、好きな子にやっと会えたんだから、そう安易と手放すわけがない。
一緒に生きようと言われて、なずなちゃんは今日初めて心の底から幸せそうに微笑んだ。その顔を見たらデバガメしていた俺達も幸せな気持ちになって、顔を見合わせてからそっとその場を後にした。
まあ、谷村さんにはバレててニューセレナに戻ってきてすぐに「一人ずつ大金かけてロシアンルーレットするんで座ってください」とゴトリと重々しい音と共に拳銃をテーブルに置かれて、全員で謝罪したのだけど。(ちなみに泣き疲れたなずなちゃんは幸せそうにむにゃむにゃ言いながら谷村さんの横で寝ていた。)
「それでは、融資のためのテストを受けていただきます。……ねえ、なずなちゃん。本当にやるの?」
「やります!!!」
翌日。数日の間こちらに滞在するというなずなちゃんは、仕事がある刑事二人と極道二人と別れて、桐生さんと一緒にスカイファイナンスへ来ていた。
別れる際に谷村さんが「こいつほっとくと無茶するんでよろしく頼みます」とお願いしてきて、すっかり恋人の顔をしていることにまたニマァと笑ったら懐の拳銃をチラ見せられた。怖い。
スカイファイナンスの仕事の説明を出勤してきた花ちゃんがしてくれて、他とは違う融資方法に興味が注がれたようだ。桐生さんも興味深く聞いている。テスト内容は様々で、相手を見て感覚で俺が決めてると話したら、やりたいと言われた。そして、先程の会話に戻るわけだが。
「でもなずなちゃん、お金困ってないでしょ?」
「今は人並みですよー!あるならあるに越した事はないです!それに、秋山さんが私を見て感覚で選んだテスト受けてみたいです!なんか、占いみたいで楽しそう!」
あっでも本気で融資受けたい人に失礼ですかね、と今度はあわあわと狼狽え始めるから、見ていて飽きないなぁと笑ってしまった。
「それじゃあ、テストの条件を言うね。うーん、なずなちゃんはねえ……」
「ドキドキ!!」
「……キャバクラで半日働いて、50万稼いでもらおっかな」
「おおー!!」
はしゃぐなずなちゃんとは反対に、桐生さんと花ちゃんが驚いた顔で俺を見ていた。それから彼女を見て、また俺を見てを繰り返している。先に口を開いたのは花ちゃんだ。
「ちょっと秋山さん!あのリリさんでも初日50万だったんですよ?!こう言うのもあれなんですが、その、なずなちゃんには難しすぎません……?」
「秋山、俺もそう思うぜ。たしかになずなみたいなタイプもキャバクラではウケると思うが、初入店で半日50万は厳しくないか」
「ちょっと二人とも?!そりゃ私だってビジュアル面とかイケるなんて思った事ないけど?!トーク力とかでイケるかもじゃん?!」
うーん、何でだろうなぁ。たしかにぱっと見、リリちゃんほど男を惑わすような妖艶な魅力があるわけではないけど、実際トークは申し分ない。だがトーク力だけでは客は取れない。わかってはいるのだが、それでも何故か彼女なら出来る気がしたのだ。
「……よし!とりあえず、見た目変えよっか?」
「へ?」
「髪型も変えて、服も夜仕様にしよう。化粧もキャストの女の子に頼んでもう少しこだわってみようよ。善は急げ、行こうかなずなちゃん!せっかくなんで、桐生さんはお客として指名してあげてくださいね」
「それは構わねえが、本当に大丈夫か?」
「なずなちゃんなら大丈夫ですって!」
「いや、谷村がキレねえかって方だが」
「…………うわぁー、忘れてたー」
どうか、谷村さんにはバレませんように!
なずなちゃんを着飾ってあげて欲しい、と副業で経営しているキャバクラ、エリーゼのキャストにお願いすると嬉々として了承してくれた。彼女は元々化粧の薄い子なので、弄り甲斐があるらしい。服も見合ったドレスを合わせてあげてほしいと追加でお願いしたら、予算が欲しいと言われたので多めに渡しておいた。
多少の出費はあれど、今日のテストをクリアすればむしろプラスになるほどのお金になるはずだ。先行投資としても申し分ない……はずだが、ドレスアップした彼女を見るまではまだわからない。俺の勘が当たるか外れるか。最近外し気味だったから、少し不安になる。
キャストの控え室から歓声が上がった。どうやら着替えが終わったようだが、一体なずなちゃんはどうなったのか。
「秋山さん!!逸材!!逸材ですよ!!」
キャストの女の子達が興奮気味で控え室から飛び出してきた。その後ろから、出てきた女の子は。
「秋山さん、どうですか?」
「……え、マジ?」
マジですよー!!と女の子達が騒ぐ。ボーイの子も口を開いたまま固まっている。俺も思わず惚けた声が出てしまった。
「皆さん褒めてくれるんで嬉しいんですが、なにぶんこういう服初めてなので私にはよくわかんなくて……秋山さん的にはこれ似合ってます……?」
はっきり言おう。似合っている。
というより、誰だこの美女は。
四年前はポニーテールだったらしいなずなちゃんは、今は髪型をお団子にしていて、服装もパーカーといったカジュアルなものだったからどこかボーイッシュな雰囲気だった。
それが今回、下ろした髪の毛先を少し巻いて、お洒落な髪飾りをアクセントにしている。服装もマーメイドドレスを着たことにより隠れていた胸が強調されて、セクシーさが備わった。スタイルも引き締まっており、日焼けしないタイプなのか肌も白くて魅惑的だ。化粧も綺麗にのっている。これは元がいいのもあるが、キャストの女の子のセットも完璧だった。
「秋山さん?」
「はっ!ああ、うん!すごく似合ってるよ!やっぱり俺の目に狂いはなかった。綺麗だよ、なずなちゃん」
「ふへへー!あざーす!」
うん、喋るとやっぱりなずなちゃんだ。少しホッとする。これはいよいよ半日で50万、あるかもしれない。少し宣伝も流して、今日はオーナーとしてこっちに張り付いていよう。
「そうだ、源氏名どうする?」
「うーん、映画の女の子の名前でも良かったりします?」
「もちろん」
「じゃあきりこちゃんでオナシャス!きりこちゃんって女の子が眼帯のバット男に命を狙われるも返り討ちにするってホラー映画が面白かったんで!」
「それ桐生さんと真島さんの話ではなく?」
「映画の話ですよ?」
半日と期限を設けたが、午後の営業時間を考えるともっと短かったかもしれない。けれど、最初はジャブとして噂話程度に『期待の新人が短い時間だけ接客している』と流せば、瞬く間に広がり今やテーブルから高い酒を注文してなずなちゃんの取り合いが始まっていた。すでに売上は50万を超えている。
「俺、地方出身だから言葉が訛ることがあってさ。同僚に笑われるの結構きついんだよね」
「そうなんですね。地方の言葉って、知れば知るほど楽しくて、私は訛り言葉好きですよ」
「き、きりこちゃん……!」
「出身はどちらなんですか?……ああ!その地方の名産、私大好きなんですよ!素敵なところで生まれ育ったんですね」
「きりこちゃん!!!シャンパンゴールド飲も!!!」
テーブルで接客をするなずなちゃんを見て、四年前に巻き込まれたという事件のことを少し納得してしまった。弱った人間は、純粋な好意や心遣いにすぐ心を奪われてしまう。彼女は、無意識のうちに弱った人間の心を救うのだ。それが、四年前はたまたま資産家達が対象だった。そのせいで大変な目に遭ったのだけど、これは彼女の性分だ。一生直せるものではない。
本人も多少自覚が芽生えたゆえに、一箇所に留まらない生活を送っていたのだろう。それはひどく、寂しいものだったに違いない。
救われてほしいと思った。他者の悪意で人生を踏み躙られた彼女が、今後心を痛めることがないと良いと、昨夜見た幸せそうな笑顔を思い出して心から願った。
「オーナー。桐生さんが来てますよ」
「ああ、今行くよ」
ボーイの子に声をかけられた俺はテーブルから視線を外して、店の入り口まで向かう。そこには桐生さんが少し困った顔で笑って立っていた。
「指名しようと思ったんだがな。源氏名を聞いてなかったことを思い出した」
「あはは、俺もそのこと忘れてました。きりこちゃんって名前で頑張ってますよ。今は接客中なんで、席で待っててください」
「きりこちゃん……昔見たホラー映画のヒロインがそんな名前だったな……眼帯のバット男に追われるあの……」
「桐生さんも観たんですか?なんか俺も気になってきたな……借りてこようかな」
タイトルを聞いたらクレイジーバットというホラー映画らしい。それ本当に桐生さんと真島さんがモデルだったりしない?
とりあえず席に座ってもらい、ボーイの子に女の子を呼んでもらった。俺がスカウトして育てたナンバーワンの風格を持ったナナミちゃんがちょうど出勤してきたので、桐生さんの隣に座って接客してもらうことにする。
そういえば、谷村さんもうちの店利用していた時期があったなとふと思い出した。その時、ナナミちゃんが接客してくれてたっけ。それからしばらくナナミちゃんを指名してくれていたけど、ん、ちょっと待って。
谷村さん、思ったより遊んでた?!しかもうちの店で?!もしかして他の店にも行ったりしてたのかな?!
途端にソワソワが止まらなくなった。
どうしよう、そういえばアフターも行ったってナナミちゃんが言ってたような気がする。今更ながら、ここでなずなちゃんを働かせるの不味ったかもしれない。もしそんな話を聞いちゃったら、ショックを受けやしないだろうか。お互いもう大人だし、彼女も死んだことになっていたのだから谷村さんを責めることはできないが、それでも知らないなら知らないままでいいはずだ。
挙動不審になって桐生さんのいるテーブルとなずなちゃんのいるテーブルをキョロキョロ見てしまう。ボーイの子が「大丈夫ですか?」と心配してくれているが、大丈夫じゃないかもしれない。
しかし、ボーイの子は本当に良い子なので、俺が客人である桐生さんの指名に応えられないのを不安に思ってると感じたらしく、なずなちゃんに声をかけに行ってしまった。シャンパンゴールドのお客様もほぼほぼ満足のようで、他の女の子と楽しくお喋りを始めたので切り上げるタイミングは完璧。ボーイの子が「連れてきましたよ!」と嬉しそうに彼女を率いて来たので、内心血を吐きながら「ありがとう」とお礼を言っておいた。
「桐生さん来てるんですよね?!私テーブル入りますね!」
「あ、うん。あのね、なずなちゃん」
「はい?」
「た、谷村さんが遊び人だったら、どうする?」
動揺しすぎてストレートに不審な事を聞いてしまった。自分の軽率な発言に頭を抱えるも、彼女はとくに気にした様子もなく素直に笑った。
「雀荘に入り浸るとこも含めて全部好きなんで、無問題です!」
ああああ!違うよおお!キャバクラ通いしてたかもしれないんだよおおお!!
と告げる事は出来ないまま、彼女はにこやかに桐生さんのところへ行ってしまった。
「ご指名ありがとうございます」
「………ん?きりこは?」
「私!わーたーし!きりこちゃんですよ!桐生さん!」
「?!?!?!」
くそー。桐生さんの反応がめちゃくちゃ面白いのに、楽しんでる余裕がないー。
驚愕した顔でなずなちゃんを見る桐生さんの反対隣には、楽しそうに笑うナナミちゃんが座っている。
「今日だけの短期入店なのよね?私はナナミ。よろしくね、きりこちゃん」
「よろしくお願いします!」
「そうか……本当にお前がきりこなのか……別人かと思ったぜ」
「いやあ、桐生さんを驚かせられたなら大成功ですね。ふへへ」
「桐生さんときりこちゃんは知り合いなの?」
そうなんですよー、と談笑する声が聞こえるが、こちらはそれどころではない。ナナミちゃんが谷村さんの話をしないか気になってしまって、店長が何か呼んでる気がするが桐生さんのテーブルの会話しか耳に入ってこない。
「ならせっかくだし、桐生さん、これとか入れちゃいません?」
「む?……一番高いやつじゃねえか。もっと上手く誘導しろよ」
「私、そういうの嫌なの。正直に生きるつもりなんです。フフ」
「そうか。フ、嫌いじゃねえな」
「あら、あなたも同じ事言ってくれるのね」
「も?」
「そう。前に沢山指名してくれた人もね、そう言ってくれたのよ」
うわあああ!!絶対谷村さんの話だあああ!!
「わー!気になる!どんな人だったんですか?」
やめてええ!!なずなちゃんそれ以上聞かないでえええ!!
俺の焦りに全く気がつかない三人はそのまま話を続けていく。ナナミちゃんがいつもより少し表情を和らげて話すのは、おそらく谷村さんのことだろう。胃がキリキリする。
「私、起業してるんだけど、色々あったのよ。家族の事とか、会社の事とか……その悩みを解決してくれたのがその人なの」
「会社経営してるのか。その上キャバ嬢までやるなんて、すごいなアンタ」
「フフ、ありがと」
「ナナミさん、その人の事好きなんですね……告白とかしなかったんですか?」
「したわよ。とても親身にしてくれて、助けてくれて……好きも愛してるも伝えたけど、彼から同じ言葉は返ってこなかった」
あ、あれ?谷村さん、ナナミちゃんとそういう感じじゃなかったってこと?
「思えば、あの人は困ってる人を助けただけだったのよ。他のお店の女の子と話す機会があったんだけど、私と同じ女の子がいたわ。困っているところを助けてもらって、好きだと告げたけど応えられなかったって」
「そうだったんですね……」
「そいつはもう店には来なくなったのか?」
「ええ、それっきり一度も。他のお店も同じ。……酷い人よね」
ナナミちゃん、本気で谷村さんの事好きだったのか。なんだか、こちらも少し切なくなってきた。というか、谷村さんモテすぎでは?イケメンだから?
切なげに笑った後、気を取り直すようにナナミちゃんが明るい声で「お酒飲みましょう!」と言うと、桐生さんも一番高いお酒を入れてくれた。ナナミちゃんとなずなちゃんがやったー!と手を合わせて笑っている。もうどういう感情で二人を見ていたらいいのかわからなくなってきた。全部谷村さんのせいだ。
「なんで俺なんです?」
「そりゃ谷村さんがキャバクラ通いしてたのが原因で………っ?!?!?!」
全部谷村さんのせいだ、がそのまま口に出ていたらしく返事が返って来て、こちらもそのままレスポンスするが声の主に気づいて声にならない悲鳴が出た。俺の様子を見て、声の主である谷村さんは呆れたように肩をすくめている。
「さっきから店長に呼んでもらってたのに反応ないから通してもらいました。事務所行ったら秋山さんはこっちにいるって聞いたんで。ところで、なずなと桐生さんは?」
「えとあのその、谷村さん、一回外出ない?いや出よう、ね?!」
「何ですか。怪しいとガサ入れしますよ」
「やめて!!いやもうほんと、今はマジでダメ」
「嘘、谷村さん……?」
ああああ!!ナナミちゃんが気付いてしまった!!修羅場が、修羅場が始まってしまう!!助けて花ちゃん!!
はわわと狼狽えていたら、谷村さんは何ともない顔で「ああ、久しぶりだね」と返していた。強メンタルすぎないか。ナナミちゃんは驚いた顔を見せた後、すぐに表情を戻してお仕事モードで笑った。
「お久しぶりです、谷村さん。お店、来てくれなくなって寂しかったです。どこに座りますか?」
「ごめんね。今日は遊びに来たんじゃないんだ。知り合いを探してて……あれ?桐生さん?」
ナナミちゃんの方を見れば、もちろん視界に桐生さんもいるわけで。見慣れたグレースーツを着る桐生さんに声をかけると、大きく肩を揺らした。ピンと来た。多分桐生さんもさっきまでの話の男が谷村さんであると気がついたのだ。だから俺と同じくソワソワし始めたのだろう。何せ、反対隣にはなずなちゃんが座っているのだから。案の定振り返る桐生さんの表情はわかりやすく強張っている。
「よ、よお……」
「どうしたんですか桐生さん。そんな面白い顔して」
「いや、まあ、なんだ。外で話さないか」
「何でですか」
「ほ、ほらー!桐生さんもこう言ってるし、あんまり入り口付近で話してたらお店が困っちゃうから!」
ね、ね、と谷村さんの背中を押して外に出そうとするが、その谷村さんの表情が不信感で溢れ始めて頑なに外に出ないようにするので、桐生さんも立ち上がって参戦してくれた。
というか、この流れでなずなちゃんが無反応なの怖いんだけど?!鈍感代表みたいな桐生さんが気が付いたくらいだ、おそらくなずなちゃんも谷村さんのことだと気がついたはずだ。どうしよう、泣いてたら。悲しげに笑ってたら、どうしよう。
三人でドタバタしていたら、ナナミちゃんがなずなちゃんの様子に気がついたようで、声をかけるのが見えた。驚いたらしくびくりと肩を震わせて、ナナミちゃんの方を見るために横を向けば、その顔がこちらから確認できた。泣いてはいなかったが、どこか頬が赤い気がする。
「……は?あいつ、何してんの」
「え?た、谷村さん……きりこちゃんのこと知ってるの……?」
「秋山さんの仕業ですか?なんでなずながキャバ嬢やってんです?」
わ、わあああ!!すごい!!あんなに別人になったなずなちゃんの横顔だけで、本人だってわかるなんて!!これが愛というやつなの?!
情緒が少し不安定になっていたためか、内心興奮してしまって谷村さんの質問を全く聞いていなかった。谷村さんが怖い顔で睨んでいる。
「秋山さん、説明」
「ひいっ!懐に手を突っ込むのやめて!なずなちゃんがうちの融資テスト受けたいっていうからね、いつもの俺の直感テストをしてもらってて……はい、すみません。俺の直感が悪いですから視線で殺そうとしないでください……」
「よりによって何であいつにキャバ嬢なんだよ……」
「あっでもさ!すごく美人に仕上がったと思わない?!どう?!」
「どうって、別に。なずなはなずなですよ」
やだ、かっこいい……。
冗談ではなく、本当にかっこいいと思った。だって、別人に見えるほど見違えた彼女の横顔だけで、誰なのかすぐにわかったのだ。彼女に対して本気な事が伺える。しかし、キャバクラ通いしてた事実は消えない。むしろそのせいで俺と桐生さんが無駄に胃を痛めている。どちらが話すか視線で会話し、桐生さんがひそひそと声を潜めて谷村さんに苦言を呈す。
「谷村、俺もキャバクラはよく来るが、女を弄ぶのはよくねえんじゃねえか?」
「藪から棒になんですか。弄んだ事ないんですけど」
「けど、ほら。ナナミちゃんとかお気に入りでうちに通ってくれてたじゃない?他のお店も通ってたらしいし、女の子達が谷村さんに惚れちゃってさ」
「あー……ここだけの話ですけど、実は人探ししてたんですよ。違法風俗店メインで探してたんですけど、表側も可能性あるかなぁと思って」
「え、それって」
「靖子さんのことです。まあそれとは別でキャバクラは普通に楽しんでましたけど」
「ナナミちゃんとかは……」
「困ってたみたいなんで相談に乗ってましたね」
うーーーん、と桐生さんと一緒に唸る。谷村さんのキャバクラ通いが、遊び人ゆえの所業ではないことはわかった。女の子達も、言ってみれば告白の返答がない時点でフラれたと認識しているだろう。ただ、明確にフラれたわけではないから諦められてないだけで。
悶々としている俺達に痺れを切らしたのか、谷村さんがさらにむすっとした顔をして詰め寄ってくる。
「でも今の話とあいつがキャバ嬢やってるのは関係ないですよね?」
「関係な……くは、ない……」
「厳密にいえばキャバ嬢やってるのは関係ないけど、今この場では谷村さんとキャバクラとナナミちゃんがなずなちゃんと関係したっていうか……」
「あ、あのー……」
なんて言ったものかと頭を抱えていたら、いつの間にかなずなちゃんが俺達の側まで来ていた。桐生さんと二人してわたわたしていたが、なずなちゃんは少し驚いた顔の谷村さんの手を取った。
「そこのテーブルに来てください!それで、武勇伝沢山聞かせてください!ナナミさんのこととか、他のお店の話とか聞きたいです!」
桐生さんもテーブルに戻ってくださいね!と谷村さんの手を引いて先程いたテーブルへ戻っていく。ナナミちゃんも谷村さんが来て嬉しそうに隣に座った。
「桐生さん、あれどっちだと思います?」
「……強がってるんじゃねえか?」
「ですよね……なずなちゃん、自己肯定感低そうですしね……」
「ひとまず俺も戻るが、時間はあとどのくらいだ?」
「あ、もうすぐ終わりですよ。あと1時間できりこちゃん終了なんで、終わったらミレニアムタワー前で待っててください」
「わかった。…………戻るの怖えな」
頑張って!!桐生さん!!!