snobbism(龍如)
DREAM
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始まる私とお巡りさんの話。
(2010年なずな24歳)
四年経とうと、顔を見ればすぐにわかった。
見間違えるはずもない。
あの時助けられなかった女の子を、忘れたことなどなかったのだから。
怪我はないかと聞けば、ないと答える。
大変だったなと言えば、何か言いたそうに口を小さく開ける。
彼女が自分から話すのを待てば、何も浮かばない、会えて嬉しくて、いっぱいになってると震える声で言われた。
会いたかったと、彼女は言う。
そんなの、俺だってそうだ。
ずっと探してたんだ。ずっと会いたかったんだ。
生きてるかもしれない。
届通りに死んでるかもしれない。
そんな葛藤を延々繰り返してこの四年間を過ごしてきた。
桐生さんが、死んだはずの女の子の名前を呼んで、泣いていいんだと言ってやれば、彼女はようやくポロポロと涙をこぼし始めた。谷村さん、と途切れ途切れに俺を呼びながら泣くものだから、安心させるように抱きしめた。
ああ、生きてる。あの日救えなかった彼女が、優姫がここにいる。
俺に縋りついてわんわん泣く彼女を抱きしめながら、温かさに安堵した俺も少しだけ泣いてしまった。
「いややっぱミレニアムタワー事故物件やないかーい!!」
と、コテコテのツッコミ方で叫んでしまった。
そもそも事件の収集祝いって、一体何があったの?と今度はこちらから桐生さん達に尋ねると、とんでもない詳細が返ってきた。ミレニアムタワーはいつも何かが起きている。お祓いした方が良い。
「真島組、そんなとこにあって大丈夫なんですか?!夜中に幽霊とか出ないです?!」
「見たことあらへんなぁ。ゾンビなら大歓迎やけどなぁ!ヒヒヒ!」
「いやゾンビも嫌ですけど?!まあ映画は好きなんですがね」
「おっ、ゾンビ映画好きなん?前に真島組総出でゾンビパニック起こして桐生ちゃん驚かした映像あるんやけど見る?」
「何やってんの真島組!!!」
「それには同意するぜ……」
どこか遠い目の桐生さん。でも多分天然だから騙されたんだろうなぁ。それはそれとして絶対に面白いので映像は後で見せてもらおう。
ちなみに今神室町には神室町ヒルズという大きな商業施設が完成間近となっているが、あれはどうやら真島組が管理しているらしい。記念にやるわ、と真島建設と印字されたタオルをもらった。帰ったらよし兄に見せてあげよう。
「でも、冴島さんの妹さん、逮捕されちゃったんですね……」
「しゃあない。……どんな理由であれ、人を殺したら罪は償わなあかんのや」
25年間死刑囚だった冴島さんは、本当に殺すつもりで相手を撃ったのだと言った。それがたまたま、ゴム弾にすり替えられていただけ。冤罪だったというのは、そういう真相があったのだ。
そして、冴島さんの妹の靖子さんは、本当は兄が誰も殺してない事を知り、その無実を証明する為にこの街へ戻ってきたらしい。その為に、悪い人に利用されて、人を殺して……最後は、兄を守る為に殺したのだという。
「けど、何年でも俺は待つで。靖子がずっと、俺にそうしてくれたようにな」
「おい、兄弟。俺も!靖子ちゃん待つんやからな!」
「おう、せやったな。ほならまた三人で西瓜食べようや」
ヒヒ、と笑う真島さんは、どこか嬉しそうだった。きっと冴島さんや靖子さんとまた三人で集まれる未来が嬉しいのだろう。
その気持ちはすごくわかる。会いたい人に会えるのは、とても幸せなことなのだ。よし兄も、早く六代目さんに会いに行けるようにやればいいのにな。
「そういえば、六代目さんってどんな人なんです?」
ふと、私はよし兄サイドからの六代目さんのことしか知らないと思い、東城会関係者にどんな人なのか聞いてみようと思った。
真島さんは先程までのニコニコから表情を変え、今はどこか拗ねたような顔をしている。
「大吾ちゃんなー!俺のこと嵌めたんやで!ひどない?!」
「兄さんは大吾に嵌められて少しの間逮捕されてたんだ。すぐに出してもらえたが、あれから拗ねてるんだよ」
「拗ねてないわ!」
「大吾も反省してたで。峯っちゅー兄弟分がおらんくなって、東城会も大吾のメンタルもボロボロやったらしい。いい加減許したり」
これは良い事を聞いたぞう!よし兄がいなくなって、やっぱり六代目さんもつらかったんだ。生きてるって知ったら、きっと会いたいに決まってる。大阪に帰ったらこの事教えてあげないとな!
唇を尖らせる真島さんと呆れたように笑う冴島さんを見ながらそんなことを考えていると、桐生さんがこちらをジッと見ていることに気がついた。
「ん?桐生さん?」
「いや、本当に大吾に興味があるんだと思ってな。今度会ってみるか?」
「えっ、なずなちゃん、東城会の六代目に興味があるの?それって、恋愛的な意味だったりする?」
秋山さんの言葉を理解するのに、若干の時間がかかった。恋愛的な意味で、だなんて万が一よし兄に聞かれていたらいつもの『お前如きが大吾さんの伴侶になろうなど烏滸がましいそこに直れ』と長尺の説教をされてしまう。
私はブンブンとこれでもかってくらい首を横に振って違うの意を示した。
「いやいやいやいや!違います違います!!めちゃくちゃ!シンプルに!東城会の事が気になるだけです!!」
「あ、そう?だって、よかったね谷村さん」
「本気で実弾入りロシアンルーレット参加させますよ」
「い、いやだ……!!」
何やら秋山さんと谷村さんがコソコソ話している。楽しそうだな。いいなぁ。
それに、恋愛的な意味なら、もう相手はわかっているのだ。チラリと谷村さんを盗み見て、やっぱり好きだなぁと思う。
好きだから、はっきりさせないとなぁ。
その為に、勇気を出してこの街に帰ってきたんだから。
ぐおおおお、と冴島さんのいびきが響いている。
あれから時間が経ち、ニューセレナのママさんは鍵を伊達さんに預けて帰っていったし、花ちゃんさんも秋山さんが駅まで送り届けていった。
最近起きた事件の関係でみんな疲れていたらしく、お酒を飲んでカラオケしてご飯を食べたら、そのまま椅子に沈んでいってしまった。桐生さんと冴島さんは長椅子の上にハマるよう丸まって寝ていてとても可愛い。伊達さんは机にうつ伏せに、真島さんは座った体勢で腕組みして眠っているようだ。個性あって見ていて楽しい。
いつの間にか起きているのが私と谷村さんだけになった空間。意識すると、なんだか気まずい。いや、私が意識しすぎるんだけども!
こちらの挙動不審の動きに気づいていないのかスルーしてくれてるのか、谷村さんはお酒を片手に話しかけてくる。
「なずな、酒あんまり飲んでないね」
「あ、ああー、うん。酔うと私マシンガントーク始めちゃうらしいから……起きた時なんとなく覚えてるけど、酔うとやっぱり止められないし、今日は控えめに……」
「誰と飲むの?」
「今一緒に住んでる兄さんと飲むよ」
「……一緒に住んでる?」
「説明が難しいんだけどね、私と同じような境遇の人で、今は前の姓を捨てて私の兄として生きてるんだ」
何故だか谷村さんがむーんとしている気がする。お酒効果かな、谷村さん可愛いな。
よし兄の話は私が勝手に東城会関係者の前で話すのは良くないと思うから、名前を出さないように気をつけないといけなくてさっきまで何も言わなかったんだっけ。
「その人もさ、会いたい人に会えなくて、時間が止まっちゃってる。私もね、この街で時間が止まってる気がしたんだ。四年前の神室町から、動けなくなってる気がして、だから……」
「なずな」
「……外の空気吸おう!うん!私今酔ってるから!酔い覚まそ!ね!」
立ち上がってあの日のように、谷村さんの手を握り締める。その手を嫌がることもしないでくれた谷村さんは「いいよ」と頷いてくれた。
ニューセレナの勝手口から出てすぐにある階段を登って屋上に出る。風が少し冷たいが、酔いは覚める。
もう遅い時間だけど、神室町は眠らない街だ。屋上から眺める景色は変わらずギラギラしていた。
フェンスにもたれてタバコを吸う谷村さん。多分、私が何か言おうとしてるのを待ってくれている。フェンスに手をかけて、街を見下ろしながら、四年間ずっと言いたかった事を一つ一つ言葉にしていく。
「谷村さん、四年前、巻き込んでごめんなさい」
「もういいよ」
「怪我させて、ごめんなさい」
「お前のせいじゃないだろ」
「……たくさん、欲しい言葉をくれてありがとう」
「俺は思ったまま言ってるだけだよ」
「四年も、私の事忘れないでくれてありがとう」
「そっちこそ」
「私はね、優姫は、四年前谷村さんに会ってから、ずっと谷村さんのことが好きだったんだ」
返事を返してくれていた谷村さんが、私の方を向いたのがわかった。私も谷村さんの顔を見る為にフェンスから手を離して、しっかり向かい合った。
「谷村さん、好きだから、優姫にとどめを刺して。あの日から動けないでいる優姫を殺して。私、その為にここに来たんだ。谷村さんにフッてほしくて会いに来たんだよ」
よし兄はさっさと告白してフラれてこいと言った。わかっている。そうしないと、私は、優姫は死なないしなずなは前へ進めない。
これ以上谷村さんを黒い世界へ巻き込みたくないんだ。私の状況は、誰が見たってまともじゃなくて、真っ当に生きられる人生なんかじゃない。谷村さんには未来があるけど、私にはないんだ。一生斎藤なずなとして生きていく。兄貴が頑張ってくれて、たくさんの犠牲があって、ようやく生きている私は、もう明るい世界で生きてはいけないから。
だから、お願いだ。谷村さん。
優姫の恋心を殺して、とどめを刺してほしい。そして、もうあの日の愚かな女を忘れてほしい。
「俺は、死者の想いに応える事はできない」
谷村さんがタバコを片付けて、そう言った。
良かったと笑ったら、その両頬をガッと掴まれて、顔を覗き込まれる。
「言っておくけど元々俺は結婚願望はないし、捕まえた犯人には『人を本気で好きになったことなんてないだろ!』とか言われちまうくらい感情が死んでるっぽいし」
「はぁ?!そいつめちゃくちゃ失礼では?!私が一発殴りに行こうか?!」
「行かなくていいって。だからまあ、そんな俺が人並みに嫉妬するようになるなんて、すごい事なんだよ」
「た、谷村さん……?」
表情が真剣で、こんな状況で不覚にも胸キュンしてしまって上手く言葉が出ない。
「今、目の前で生きてる奴の想いなら応えられる。今のお前は、なずなはどうなんだ?俺の事、どう思ってんの?」
「えっあっ、わ、私は」
「俺は、お前が好きだよ。四年前からずっと。このまま四年分の谷村正義を、お前の手で殺しても良いし、生かしても良い。どうする?」
酔いは覚めている。だから、これが私に都合の良い幻聴ではない事はわかっている。けど、こんなの、ずるい。
「私に、殺せるわけない。ずるい、そんな言い方ずるいよ、谷村さん」
「そ。俺はお前が思ってるより悪い男なわけ。ギャンブル大好きだし、実弾入りロシアンルーレットだって金のためにやるような男だよ」
「……でも、そのお金は、趙さん達にあげてるんでしょ」
「え?」
「知ってたよ。谷村さんが賭け事沢山してたり違法風俗店に賄賂要求したりしてた事。その稼いだお金を全部、亜細亜街の風俗孤児の支援に渡してるって、四年前趙さん達に聞いたから知ってたんだよ」
谷村さんが複雑そうな顔をしている。あの時か、とポツリと呟いていた。おそらくそれは合っていて、谷村さんに保護されて連れて来られた亜細亜街の中華料理店、故郷で過ごした一夜。谷村さんが自宅へ戻っていった後、趙さんとメイファちゃんから谷村さんの話を沢山聞いたのだ。今思えば、もうその時点でこの想いの芽は出ていた。
「だから、私には谷村さん、殺せないよ。だって、全部好きなんだ。今の私も、なずなも、谷村さんの事好きなんだよ」
「なら良かった。じゃあ、一緒に生きようか、なずな」
谷村さんの顔が近づいてきて、自然に目を閉じた。
きっと、今死んだのだ。時間が止まっていた優姫は、この街に来てようやく死ぬ事ができた。谷村さんが、優しい方法で殺してくれた。
『幸せに』と付箋に書かれた兄貴からの言葉を思い出す。
幸せになるのは、今も怖いけど。
この人が側にいてくれる間だけは、幸せを感じても良いだろうか。
またわんわん泣きながらしがみついたら、「四年分泣く気?」と谷村さんが楽しそうに笑っていた。
(2010年なずな24歳)
四年経とうと、顔を見ればすぐにわかった。
見間違えるはずもない。
あの時助けられなかった女の子を、忘れたことなどなかったのだから。
怪我はないかと聞けば、ないと答える。
大変だったなと言えば、何か言いたそうに口を小さく開ける。
彼女が自分から話すのを待てば、何も浮かばない、会えて嬉しくて、いっぱいになってると震える声で言われた。
会いたかったと、彼女は言う。
そんなの、俺だってそうだ。
ずっと探してたんだ。ずっと会いたかったんだ。
生きてるかもしれない。
届通りに死んでるかもしれない。
そんな葛藤を延々繰り返してこの四年間を過ごしてきた。
桐生さんが、死んだはずの女の子の名前を呼んで、泣いていいんだと言ってやれば、彼女はようやくポロポロと涙をこぼし始めた。谷村さん、と途切れ途切れに俺を呼びながら泣くものだから、安心させるように抱きしめた。
ああ、生きてる。あの日救えなかった彼女が、優姫がここにいる。
俺に縋りついてわんわん泣く彼女を抱きしめながら、温かさに安堵した俺も少しだけ泣いてしまった。
「いややっぱミレニアムタワー事故物件やないかーい!!」
と、コテコテのツッコミ方で叫んでしまった。
そもそも事件の収集祝いって、一体何があったの?と今度はこちらから桐生さん達に尋ねると、とんでもない詳細が返ってきた。ミレニアムタワーはいつも何かが起きている。お祓いした方が良い。
「真島組、そんなとこにあって大丈夫なんですか?!夜中に幽霊とか出ないです?!」
「見たことあらへんなぁ。ゾンビなら大歓迎やけどなぁ!ヒヒヒ!」
「いやゾンビも嫌ですけど?!まあ映画は好きなんですがね」
「おっ、ゾンビ映画好きなん?前に真島組総出でゾンビパニック起こして桐生ちゃん驚かした映像あるんやけど見る?」
「何やってんの真島組!!!」
「それには同意するぜ……」
どこか遠い目の桐生さん。でも多分天然だから騙されたんだろうなぁ。それはそれとして絶対に面白いので映像は後で見せてもらおう。
ちなみに今神室町には神室町ヒルズという大きな商業施設が完成間近となっているが、あれはどうやら真島組が管理しているらしい。記念にやるわ、と真島建設と印字されたタオルをもらった。帰ったらよし兄に見せてあげよう。
「でも、冴島さんの妹さん、逮捕されちゃったんですね……」
「しゃあない。……どんな理由であれ、人を殺したら罪は償わなあかんのや」
25年間死刑囚だった冴島さんは、本当に殺すつもりで相手を撃ったのだと言った。それがたまたま、ゴム弾にすり替えられていただけ。冤罪だったというのは、そういう真相があったのだ。
そして、冴島さんの妹の靖子さんは、本当は兄が誰も殺してない事を知り、その無実を証明する為にこの街へ戻ってきたらしい。その為に、悪い人に利用されて、人を殺して……最後は、兄を守る為に殺したのだという。
「けど、何年でも俺は待つで。靖子がずっと、俺にそうしてくれたようにな」
「おい、兄弟。俺も!靖子ちゃん待つんやからな!」
「おう、せやったな。ほならまた三人で西瓜食べようや」
ヒヒ、と笑う真島さんは、どこか嬉しそうだった。きっと冴島さんや靖子さんとまた三人で集まれる未来が嬉しいのだろう。
その気持ちはすごくわかる。会いたい人に会えるのは、とても幸せなことなのだ。よし兄も、早く六代目さんに会いに行けるようにやればいいのにな。
「そういえば、六代目さんってどんな人なんです?」
ふと、私はよし兄サイドからの六代目さんのことしか知らないと思い、東城会関係者にどんな人なのか聞いてみようと思った。
真島さんは先程までのニコニコから表情を変え、今はどこか拗ねたような顔をしている。
「大吾ちゃんなー!俺のこと嵌めたんやで!ひどない?!」
「兄さんは大吾に嵌められて少しの間逮捕されてたんだ。すぐに出してもらえたが、あれから拗ねてるんだよ」
「拗ねてないわ!」
「大吾も反省してたで。峯っちゅー兄弟分がおらんくなって、東城会も大吾のメンタルもボロボロやったらしい。いい加減許したり」
これは良い事を聞いたぞう!よし兄がいなくなって、やっぱり六代目さんもつらかったんだ。生きてるって知ったら、きっと会いたいに決まってる。大阪に帰ったらこの事教えてあげないとな!
唇を尖らせる真島さんと呆れたように笑う冴島さんを見ながらそんなことを考えていると、桐生さんがこちらをジッと見ていることに気がついた。
「ん?桐生さん?」
「いや、本当に大吾に興味があるんだと思ってな。今度会ってみるか?」
「えっ、なずなちゃん、東城会の六代目に興味があるの?それって、恋愛的な意味だったりする?」
秋山さんの言葉を理解するのに、若干の時間がかかった。恋愛的な意味で、だなんて万が一よし兄に聞かれていたらいつもの『お前如きが大吾さんの伴侶になろうなど烏滸がましいそこに直れ』と長尺の説教をされてしまう。
私はブンブンとこれでもかってくらい首を横に振って違うの意を示した。
「いやいやいやいや!違います違います!!めちゃくちゃ!シンプルに!東城会の事が気になるだけです!!」
「あ、そう?だって、よかったね谷村さん」
「本気で実弾入りロシアンルーレット参加させますよ」
「い、いやだ……!!」
何やら秋山さんと谷村さんがコソコソ話している。楽しそうだな。いいなぁ。
それに、恋愛的な意味なら、もう相手はわかっているのだ。チラリと谷村さんを盗み見て、やっぱり好きだなぁと思う。
好きだから、はっきりさせないとなぁ。
その為に、勇気を出してこの街に帰ってきたんだから。
ぐおおおお、と冴島さんのいびきが響いている。
あれから時間が経ち、ニューセレナのママさんは鍵を伊達さんに預けて帰っていったし、花ちゃんさんも秋山さんが駅まで送り届けていった。
最近起きた事件の関係でみんな疲れていたらしく、お酒を飲んでカラオケしてご飯を食べたら、そのまま椅子に沈んでいってしまった。桐生さんと冴島さんは長椅子の上にハマるよう丸まって寝ていてとても可愛い。伊達さんは机にうつ伏せに、真島さんは座った体勢で腕組みして眠っているようだ。個性あって見ていて楽しい。
いつの間にか起きているのが私と谷村さんだけになった空間。意識すると、なんだか気まずい。いや、私が意識しすぎるんだけども!
こちらの挙動不審の動きに気づいていないのかスルーしてくれてるのか、谷村さんはお酒を片手に話しかけてくる。
「なずな、酒あんまり飲んでないね」
「あ、ああー、うん。酔うと私マシンガントーク始めちゃうらしいから……起きた時なんとなく覚えてるけど、酔うとやっぱり止められないし、今日は控えめに……」
「誰と飲むの?」
「今一緒に住んでる兄さんと飲むよ」
「……一緒に住んでる?」
「説明が難しいんだけどね、私と同じような境遇の人で、今は前の姓を捨てて私の兄として生きてるんだ」
何故だか谷村さんがむーんとしている気がする。お酒効果かな、谷村さん可愛いな。
よし兄の話は私が勝手に東城会関係者の前で話すのは良くないと思うから、名前を出さないように気をつけないといけなくてさっきまで何も言わなかったんだっけ。
「その人もさ、会いたい人に会えなくて、時間が止まっちゃってる。私もね、この街で時間が止まってる気がしたんだ。四年前の神室町から、動けなくなってる気がして、だから……」
「なずな」
「……外の空気吸おう!うん!私今酔ってるから!酔い覚まそ!ね!」
立ち上がってあの日のように、谷村さんの手を握り締める。その手を嫌がることもしないでくれた谷村さんは「いいよ」と頷いてくれた。
ニューセレナの勝手口から出てすぐにある階段を登って屋上に出る。風が少し冷たいが、酔いは覚める。
もう遅い時間だけど、神室町は眠らない街だ。屋上から眺める景色は変わらずギラギラしていた。
フェンスにもたれてタバコを吸う谷村さん。多分、私が何か言おうとしてるのを待ってくれている。フェンスに手をかけて、街を見下ろしながら、四年間ずっと言いたかった事を一つ一つ言葉にしていく。
「谷村さん、四年前、巻き込んでごめんなさい」
「もういいよ」
「怪我させて、ごめんなさい」
「お前のせいじゃないだろ」
「……たくさん、欲しい言葉をくれてありがとう」
「俺は思ったまま言ってるだけだよ」
「四年も、私の事忘れないでくれてありがとう」
「そっちこそ」
「私はね、優姫は、四年前谷村さんに会ってから、ずっと谷村さんのことが好きだったんだ」
返事を返してくれていた谷村さんが、私の方を向いたのがわかった。私も谷村さんの顔を見る為にフェンスから手を離して、しっかり向かい合った。
「谷村さん、好きだから、優姫にとどめを刺して。あの日から動けないでいる優姫を殺して。私、その為にここに来たんだ。谷村さんにフッてほしくて会いに来たんだよ」
よし兄はさっさと告白してフラれてこいと言った。わかっている。そうしないと、私は、優姫は死なないしなずなは前へ進めない。
これ以上谷村さんを黒い世界へ巻き込みたくないんだ。私の状況は、誰が見たってまともじゃなくて、真っ当に生きられる人生なんかじゃない。谷村さんには未来があるけど、私にはないんだ。一生斎藤なずなとして生きていく。兄貴が頑張ってくれて、たくさんの犠牲があって、ようやく生きている私は、もう明るい世界で生きてはいけないから。
だから、お願いだ。谷村さん。
優姫の恋心を殺して、とどめを刺してほしい。そして、もうあの日の愚かな女を忘れてほしい。
「俺は、死者の想いに応える事はできない」
谷村さんがタバコを片付けて、そう言った。
良かったと笑ったら、その両頬をガッと掴まれて、顔を覗き込まれる。
「言っておくけど元々俺は結婚願望はないし、捕まえた犯人には『人を本気で好きになったことなんてないだろ!』とか言われちまうくらい感情が死んでるっぽいし」
「はぁ?!そいつめちゃくちゃ失礼では?!私が一発殴りに行こうか?!」
「行かなくていいって。だからまあ、そんな俺が人並みに嫉妬するようになるなんて、すごい事なんだよ」
「た、谷村さん……?」
表情が真剣で、こんな状況で不覚にも胸キュンしてしまって上手く言葉が出ない。
「今、目の前で生きてる奴の想いなら応えられる。今のお前は、なずなはどうなんだ?俺の事、どう思ってんの?」
「えっあっ、わ、私は」
「俺は、お前が好きだよ。四年前からずっと。このまま四年分の谷村正義を、お前の手で殺しても良いし、生かしても良い。どうする?」
酔いは覚めている。だから、これが私に都合の良い幻聴ではない事はわかっている。けど、こんなの、ずるい。
「私に、殺せるわけない。ずるい、そんな言い方ずるいよ、谷村さん」
「そ。俺はお前が思ってるより悪い男なわけ。ギャンブル大好きだし、実弾入りロシアンルーレットだって金のためにやるような男だよ」
「……でも、そのお金は、趙さん達にあげてるんでしょ」
「え?」
「知ってたよ。谷村さんが賭け事沢山してたり違法風俗店に賄賂要求したりしてた事。その稼いだお金を全部、亜細亜街の風俗孤児の支援に渡してるって、四年前趙さん達に聞いたから知ってたんだよ」
谷村さんが複雑そうな顔をしている。あの時か、とポツリと呟いていた。おそらくそれは合っていて、谷村さんに保護されて連れて来られた亜細亜街の中華料理店、故郷で過ごした一夜。谷村さんが自宅へ戻っていった後、趙さんとメイファちゃんから谷村さんの話を沢山聞いたのだ。今思えば、もうその時点でこの想いの芽は出ていた。
「だから、私には谷村さん、殺せないよ。だって、全部好きなんだ。今の私も、なずなも、谷村さんの事好きなんだよ」
「なら良かった。じゃあ、一緒に生きようか、なずな」
谷村さんの顔が近づいてきて、自然に目を閉じた。
きっと、今死んだのだ。時間が止まっていた優姫は、この街に来てようやく死ぬ事ができた。谷村さんが、優しい方法で殺してくれた。
『幸せに』と付箋に書かれた兄貴からの言葉を思い出す。
幸せになるのは、今も怖いけど。
この人が側にいてくれる間だけは、幸せを感じても良いだろうか。
またわんわん泣きながらしがみついたら、「四年分泣く気?」と谷村さんが楽しそうに笑っていた。