snobbism(龍如)
DREAM
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二人旅。〜帰る場所〜
(2009年なずな24歳)
「お兄さん、これからお時間ありますか?!」
「良かったら、お茶しませんか?!」
頬を赤く染めながら、若い女性二人組がよし兄に絡んでいる。これが所謂逆ナンというやつか!
年末はゆっくりあったかいご飯食べて過ごしたいねー、と中国地方へ来ていた私達。ひとまず銀行からお金を下ろしてくるから待ってて、とよし兄を銀行の外で待たせていたら、身なりはラフなものの苗字を斎藤に変えてからかけはじめた眼鏡のせいでビジネスマンの休日に見えるようで、OLに狙いを定められたようだ。聞けば極道になる前はビジネスマンで、そのノウハウで東城会直系まで行き、組を持ったとのことなのであながち間違いではないのかもしれない。
「いえ、妹を待たせているので」
妹!今よし兄、私のこと妹って言ってくれた!めっちゃ嬉しー!あのインテリ眼鏡イケメンの妹として、ここは気合い入れて合流しないと!
と思って鞄の紐を握り締め、今出てきた風を装いよし兄へ駆け寄る。
「兄さん、お待たせ!」
ちなみによし兄ではなく兄さんと呼んだのは、少しでも名前がわかる言葉を避けたからだ。人を避け続けた三年間の悲しい性である。よし兄はとくに気にした様子もなく、ああ、と頷いた。
「妹が来たので失礼しますね」
ここで、フッと大人の笑みを女性達へ向ける。いやもう、目がハートになってますやん。イケメンの破壊力こっわ。
女性達から離れて私の方へゆったり歩いてきたよし兄の脇腹を肘でツンツンしてやるととても嫌そうな顔をされた。
「なんだ」
「いやー!モテるなーと思って!昔は恋人の一人や二人はいたんじゃないのー?」
「特定の相手は作ったことはない。そういった物を作る気もなかったし、あの人以外に気を許す相手もいなかったからな」
「はー!!峯大ありがとう!!」
「何の単語かはわからんが名前を外で言うな」
先程のモノローグである少しでも名前がわかる言葉を避けた発言を早々に覆す言動をしてしまったことは、素直に反省します。CPについてはホテルに着いたら思う存分語ろうと思う。
なんて話していたら離れたところで先程の女性二人組がこちらを見ているので、気付かないフリをしてその場を離れるように歩き始める。多分、妹ならワンチャン誘ってもよかったかもとか考えていたのだろう。実兄の時によくあったし。
あったかいご飯の前に私が行きたがった猫カフェへ向かう最中、よし兄にコソリと提案してみる。
「ねえねえ、逆ナンにノるわけじゃないなら、今度から私のこと彼女って言ってもいいよ?その方が引き下がってくれるじゃん?」
「お前とは兄妹関係以外になる予定はない」
「あっはい」
「それに、お前の懸想している相手に悪いだろう」
真顔でそんなことを言うので、相手とやらを意識してしまい顔が一気に熱くなる。懸想だなんて、まだそこまで想ってるかわからない感情なのに!
よし兄はさっきの他所行きの笑顔ではなく、少し小馬鹿にした笑みを浮かべて珍しそうに私を見ている。
「お前も照れることがあるんだな」
「……もう桐生さんに六代目さんの近況聞いてあげないからね……!」
「!!」
「無言でお金出すのやめて?!ごめんって、ちゃんと聞いてあげるって!ほらー、早く猫ちゃん触りに行こー!」
猫カフェからホテルへ帰宅後。あったかいご飯を食べに行くために荷物整理をしながら猫飼いたいよねーとなんとなく口にしていたら、よし兄は何か考え込む仕草をして携帯を取り出した。
「えっ、あっ、猫飼いたいのは本当だけど、今すぐ飼いたいわけじゃないよ?!それにほら、根無草の私が猫飼うなんて無理だし……」
「わかってる。俺は短い間しか旅行をしていないが、お前は三年間一人旅をして生きてきたんだろう」
うん、と、頷く。よし兄とは旅行を始めて数ヶ月だが、それよりも長くずっと一人だった。でもそれは、仕方ないことなのだ。
兄貴曰く私のお人好しの性格はおそらく治らないし、それが原因でまた金の成り続ける木だなんて言われるような事になったら、あの日死んだ水瓶優姫が報われない。巻き込んでしまったあの人を、大切な人達を、守りたくて死んだのに。
「銀行口座は俺の名義一本にする」
「へ?」
「お前の働き方は派遣が良いだろう。一箇所に長居することもないからな」
「えっと、あの?」
「猫は、落ち着いたら飼っても良いんじゃないか」
次々と出てくる提案に困惑する私の前に、よし兄が携帯の画面を見せてくる。反射的に覗いてみると、そこには物件の情報が載っていた。
「大阪のオフィス街にあるマンションだ。昔隠れ家に使っていたが、人との接触もほとんどなく快適だった。セキュリティもしっかりしていて、信用度は高い」
「……よし兄」
「別に此処で一生暮らせというわけじゃない。ただ、帰る場所というのはあってもいいんじゃないかってだけだ。とくに、お前みたいな寂しがり屋にはな」
「……でも、私、怖くて。また谷村さんみたいに、巻き込んで、酷い目に合わせちゃうんじゃないかって、怖いんだよ」
最後に谷村さんを見たのは、ボロボロになった姿だ。その後救急車で運ばれた事は知っているが、快復したかどうかは知らない。いや、怖くて調べなかった。もし何かあったらって、怖くて仕方なかった。
だから、一人で生きなきゃって。本当はあの時死んでも良かったけど、兄貴が頑張ってくれて、私の人生は続いている。だから、寂しくても、もう同じ事が起きないように生きなきゃって、そう思って生きてきたんだ。
涙が出そうなのを堪えて、ぎゅっと膝の上で拳を握っていたら、カシャっと紙がすれる音が入り口の方から聞こえた。
よし兄が片手で私を制して、入り口へ向かっていく。しばらくしてよし兄が紙切れを持って戻ってきた。その表情は呆れたものである。
「お前の兄貴は過保護すぎやしないか?」
「えっ?」
「さっき話した物件、もう契約したみたいだぞ。ほら」
「え、え、えええええええ?!」
よし兄から半ば奪うように紙を受け取り中身を確認すると、たしかに先程見せてもらった物件の契約書だった。どこから聞いていたのか、それとも見ているのか。というか行動早すぎない?!
でも、これはつまり、兄貴が良いって言ってるということなのか。私、帰る場所を作っても、いいってことなの?
契約書の裏に付箋が貼ってある。綺麗な字で、一言だけ。
《幸せに》
ボロボロと涙が溢れる。こんな素っ気ない言葉に、こんなにも安堵するなんて。こんなにも、幸せな気持ちになるなんて。
いつまでも泣き続ける私の隣で、よし兄は何も言わずに煙草を吸いながら、私が落ち着くまでずっと待ってくれていた。
(2009年なずな24歳)
「お兄さん、これからお時間ありますか?!」
「良かったら、お茶しませんか?!」
頬を赤く染めながら、若い女性二人組がよし兄に絡んでいる。これが所謂逆ナンというやつか!
年末はゆっくりあったかいご飯食べて過ごしたいねー、と中国地方へ来ていた私達。ひとまず銀行からお金を下ろしてくるから待ってて、とよし兄を銀行の外で待たせていたら、身なりはラフなものの苗字を斎藤に変えてからかけはじめた眼鏡のせいでビジネスマンの休日に見えるようで、OLに狙いを定められたようだ。聞けば極道になる前はビジネスマンで、そのノウハウで東城会直系まで行き、組を持ったとのことなのであながち間違いではないのかもしれない。
「いえ、妹を待たせているので」
妹!今よし兄、私のこと妹って言ってくれた!めっちゃ嬉しー!あのインテリ眼鏡イケメンの妹として、ここは気合い入れて合流しないと!
と思って鞄の紐を握り締め、今出てきた風を装いよし兄へ駆け寄る。
「兄さん、お待たせ!」
ちなみによし兄ではなく兄さんと呼んだのは、少しでも名前がわかる言葉を避けたからだ。人を避け続けた三年間の悲しい性である。よし兄はとくに気にした様子もなく、ああ、と頷いた。
「妹が来たので失礼しますね」
ここで、フッと大人の笑みを女性達へ向ける。いやもう、目がハートになってますやん。イケメンの破壊力こっわ。
女性達から離れて私の方へゆったり歩いてきたよし兄の脇腹を肘でツンツンしてやるととても嫌そうな顔をされた。
「なんだ」
「いやー!モテるなーと思って!昔は恋人の一人や二人はいたんじゃないのー?」
「特定の相手は作ったことはない。そういった物を作る気もなかったし、あの人以外に気を許す相手もいなかったからな」
「はー!!峯大ありがとう!!」
「何の単語かはわからんが名前を外で言うな」
先程のモノローグである少しでも名前がわかる言葉を避けた発言を早々に覆す言動をしてしまったことは、素直に反省します。CPについてはホテルに着いたら思う存分語ろうと思う。
なんて話していたら離れたところで先程の女性二人組がこちらを見ているので、気付かないフリをしてその場を離れるように歩き始める。多分、妹ならワンチャン誘ってもよかったかもとか考えていたのだろう。実兄の時によくあったし。
あったかいご飯の前に私が行きたがった猫カフェへ向かう最中、よし兄にコソリと提案してみる。
「ねえねえ、逆ナンにノるわけじゃないなら、今度から私のこと彼女って言ってもいいよ?その方が引き下がってくれるじゃん?」
「お前とは兄妹関係以外になる予定はない」
「あっはい」
「それに、お前の懸想している相手に悪いだろう」
真顔でそんなことを言うので、相手とやらを意識してしまい顔が一気に熱くなる。懸想だなんて、まだそこまで想ってるかわからない感情なのに!
よし兄はさっきの他所行きの笑顔ではなく、少し小馬鹿にした笑みを浮かべて珍しそうに私を見ている。
「お前も照れることがあるんだな」
「……もう桐生さんに六代目さんの近況聞いてあげないからね……!」
「!!」
「無言でお金出すのやめて?!ごめんって、ちゃんと聞いてあげるって!ほらー、早く猫ちゃん触りに行こー!」
猫カフェからホテルへ帰宅後。あったかいご飯を食べに行くために荷物整理をしながら猫飼いたいよねーとなんとなく口にしていたら、よし兄は何か考え込む仕草をして携帯を取り出した。
「えっ、あっ、猫飼いたいのは本当だけど、今すぐ飼いたいわけじゃないよ?!それにほら、根無草の私が猫飼うなんて無理だし……」
「わかってる。俺は短い間しか旅行をしていないが、お前は三年間一人旅をして生きてきたんだろう」
うん、と、頷く。よし兄とは旅行を始めて数ヶ月だが、それよりも長くずっと一人だった。でもそれは、仕方ないことなのだ。
兄貴曰く私のお人好しの性格はおそらく治らないし、それが原因でまた金の成り続ける木だなんて言われるような事になったら、あの日死んだ水瓶優姫が報われない。巻き込んでしまったあの人を、大切な人達を、守りたくて死んだのに。
「銀行口座は俺の名義一本にする」
「へ?」
「お前の働き方は派遣が良いだろう。一箇所に長居することもないからな」
「えっと、あの?」
「猫は、落ち着いたら飼っても良いんじゃないか」
次々と出てくる提案に困惑する私の前に、よし兄が携帯の画面を見せてくる。反射的に覗いてみると、そこには物件の情報が載っていた。
「大阪のオフィス街にあるマンションだ。昔隠れ家に使っていたが、人との接触もほとんどなく快適だった。セキュリティもしっかりしていて、信用度は高い」
「……よし兄」
「別に此処で一生暮らせというわけじゃない。ただ、帰る場所というのはあってもいいんじゃないかってだけだ。とくに、お前みたいな寂しがり屋にはな」
「……でも、私、怖くて。また谷村さんみたいに、巻き込んで、酷い目に合わせちゃうんじゃないかって、怖いんだよ」
最後に谷村さんを見たのは、ボロボロになった姿だ。その後救急車で運ばれた事は知っているが、快復したかどうかは知らない。いや、怖くて調べなかった。もし何かあったらって、怖くて仕方なかった。
だから、一人で生きなきゃって。本当はあの時死んでも良かったけど、兄貴が頑張ってくれて、私の人生は続いている。だから、寂しくても、もう同じ事が起きないように生きなきゃって、そう思って生きてきたんだ。
涙が出そうなのを堪えて、ぎゅっと膝の上で拳を握っていたら、カシャっと紙がすれる音が入り口の方から聞こえた。
よし兄が片手で私を制して、入り口へ向かっていく。しばらくしてよし兄が紙切れを持って戻ってきた。その表情は呆れたものである。
「お前の兄貴は過保護すぎやしないか?」
「えっ?」
「さっき話した物件、もう契約したみたいだぞ。ほら」
「え、え、えええええええ?!」
よし兄から半ば奪うように紙を受け取り中身を確認すると、たしかに先程見せてもらった物件の契約書だった。どこから聞いていたのか、それとも見ているのか。というか行動早すぎない?!
でも、これはつまり、兄貴が良いって言ってるということなのか。私、帰る場所を作っても、いいってことなの?
契約書の裏に付箋が貼ってある。綺麗な字で、一言だけ。
《幸せに》
ボロボロと涙が溢れる。こんな素っ気ない言葉に、こんなにも安堵するなんて。こんなにも、幸せな気持ちになるなんて。
いつまでも泣き続ける私の隣で、よし兄は何も言わずに煙草を吸いながら、私が落ち着くまでずっと待ってくれていた。