snobbism(龍如)
DREAM
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狂犬と。
(2006年優姫19歳)
「待って!」
本当に偶々、ほぐし会館の前を通りかかっただけ。神室町へ帰る前に、最後にもう一回顔を見れたらいいなんて思っていたわけではなくて、本当に、偶々。この道を通っただけ。
入口を少し見て、そのまま通り過ぎた自分の背後で誰かを呼び止める彼女の声が聞こえて胸がドキリと跳ねる。おそるおそる振り返ると、彼女が階段を降りてきており、その正面に年端もいかない少女が困った顔で立っていた。どうやら、彼女はこの少女を呼び止めたようだった。
「本当に行くの?」
「うん。色々ありがとう。ごめんね、お見送りできなくて」
「そんなこといいのよ。優姫ちゃん、困ったら連絡して。絶対よ」
「うん!ありがとうマコトさん!」
「……絶対、無茶しちゃダメだからね」
「えへへ!それじゃ、行ってきます!」
少女は見た目通りの軽快さで笑って手を振ると、思わず物陰に隠れてしまっていた俺を追い越して、道端に止まるタクシーへ向かっていく。どこへ行くのかはわからないが、彼女が心配するようなことをしようとしているのだろう。自分には関係のない話だが、ほんの少しだけ気になった。
けどまさか、その少女と東京行きの新幹線で隣席するとは思わなかった。
自由席は席探しが面倒だと指定席を取ったのだが、この日人が多く相席は免れなかった。隣に座る奴が静かな奴だといい思いながらと席に向かえば、そこには昼間見かけた少女の姿。ぐっすり眠っている。一応危機感は持っているのか、両手に鞄を握りしめ、肩紐を手に巻き付けていた。
「失礼するで」
「うーんむにゃむにゃ」
やっぱり危機感は薄いかもしれない。声をかけても起きる気配はない。はあとため息を漏らしながら、さっさと席に座る。
半ば強引に蒼天堀まで出てきたから、戻ったら西田あたりに泣きつかれるかもしれない。うるさかったら一発どついて黙らせよう。そんなことを黙々と考えていたら、熟睡していたはずの少女が目をこすり始めた。どうやらやっと隣の人間の気配に気づいたらしい。
「うう……あれ?もう出てる」
「とっくに発進してたで」
「マジすか、ってうおわっ?!あ、すみません!隣空席なのかと思ってたんで!東京までよろしくです!」
「おん、よろしゅーな」
俺の顔、姿を見て驚いたのかと思いきや、単純に隣に人がいたから驚いたらしい。変わった少女だ。自分で言うのもなんだが、まずはこの眼帯に驚きそのあとジャケットの下から見える紋々に怯えるものではないのか。まあ隣でびくびくされると鬱陶しいので別にいいのだが。覚醒した少女は人懐っこい性格なのか、嬉々として俺に話しかけてくる。
「お兄さんは大阪観光帰りなんですか?」
「ちゃうちゃう。お仕事帰りや」
「そうだったんですか!お疲れ様です!」
「そういうお嬢ちゃんは観光帰りなんか?」
「うーん、そうなような、ちょっと違うような」
「なんや歯切れ悪いなあ?」
「私、兄を探してるんです」
どこかで聞いたことのあるフレーズに心臓が小さく跳ねる。先程の楽しそうな顔を少し陰らせた少女は記憶の中の兄を思い浮かべているのか、どこか遠くを見ているようだった。
「二年ほど前から行方不明なんです。ほんと、突然。私はいつも通り家で夕飯を作って兄の帰りを待ってたのに、帰ってこなくて……だって言うのに、お金だけは定期的に振り込まれてるんですよ。私の誕生日にも。これはきっと、兄の仕業だって思った私は、とりあえず一年待ったんですがやっぱり帰って来なかったので去年から兄探しの旅をしてるんです」
「お嬢ちゃん、未成年やろ?親御さんはどうしたん」
「両親は私が小さい頃亡くなってまして。だから兄は、たった一人の私の家族なんです。それに一応高校は卒業しましたから!プチ大人ですプチ大人」
「プチやろうがなんでも未成年は未成年や。一人で無茶したらあかん。悪い大人につけこまれるで」
少し説教臭かったか。そう思いながらも、本心でもあるのでとくに訂正も茶化しもしないでおく。自分ももう良い大人であるし、黒い世界に身を置いている者として沢山の悲劇も目にしてきた。それこそ、初めて守りたいと思った女性もその一人だったのだから。
彼女は目をパチパチと瞬かせて、それからふにゃりとだらしなく笑った。
「お兄さん、めちゃくちゃ良い人ですね!見た目はめちゃくちゃ怖いのに!」
「なんや、怖いおもてくれてたんか?俺の姿見ても全然驚かへんから威厳ないかとおもてたわ」
「いや怖いですよ?!素肌にジャケットで刺青も見えるし、なによりそれ!眼帯!めちゃくちゃ怖くてカッコいい!」
「怖がってないやんけ」
うへへーと変な笑い方をする彼女に、20年ほど前に成り行きで支配人をやったキャバクラのNo. 1の女の子を思い出してしまった。なんだか今日は懐かしい思いを沢山する日だ。
少ししんみりとしながら、彼女といろんな話をして盛り上がっていたら、東京に着くのはあっという間だった。
「いやー楽しかったー!それじゃ、お兄さんさようならー!お仕事頑張ってくださいね!」
「おう、気いつけてな」
「はーい!」
東京駅に着くと、迎えに来た西田(泣き付いては来なかったが疲れた目をしているようだ)が「親父ー!こっちです!」と手を振ってきて、それを見た彼女は気を遣って軽い挨拶をすませて駅を出て行ってしまった。あっさりとした別れだ。もう会うこともないかもしれない。
「あれ、今の子誰なんです?」
「席が隣だっただけの知らん子や」
「そうなんスね。あ、外に車止めてますんで行きましょう。あと戻ったら本部に来るように言伝が」
「腹減ったわ。帰りに韓来行くで」
「わっわかりました!」
西田に案内された車の後部座席に乗り、少し目を閉じる。ここ数日色々あったから、さすがに少し疲れたかもしれない。全く、それもこれも桐生ちゃんが四代目を早々に引退するからだ。寺田ではなく、桐生ちゃんが東城会のトップだったなら、どれだけ楽しかっただろうか。まあそれでも、俺は今を好きに生きるだけだ。それが真島吾朗の生き様なのだから。
けれど、もしこの先あの少女が神室町へやってきて、困っている、助けてほしいと言ってきたのなら。
過去に大切だったものの懐かしさに免じて、手伝ってやってもいいかもしれない。
(2006年優姫19歳)
「待って!」
本当に偶々、ほぐし会館の前を通りかかっただけ。神室町へ帰る前に、最後にもう一回顔を見れたらいいなんて思っていたわけではなくて、本当に、偶々。この道を通っただけ。
入口を少し見て、そのまま通り過ぎた自分の背後で誰かを呼び止める彼女の声が聞こえて胸がドキリと跳ねる。おそるおそる振り返ると、彼女が階段を降りてきており、その正面に年端もいかない少女が困った顔で立っていた。どうやら、彼女はこの少女を呼び止めたようだった。
「本当に行くの?」
「うん。色々ありがとう。ごめんね、お見送りできなくて」
「そんなこといいのよ。優姫ちゃん、困ったら連絡して。絶対よ」
「うん!ありがとうマコトさん!」
「……絶対、無茶しちゃダメだからね」
「えへへ!それじゃ、行ってきます!」
少女は見た目通りの軽快さで笑って手を振ると、思わず物陰に隠れてしまっていた俺を追い越して、道端に止まるタクシーへ向かっていく。どこへ行くのかはわからないが、彼女が心配するようなことをしようとしているのだろう。自分には関係のない話だが、ほんの少しだけ気になった。
けどまさか、その少女と東京行きの新幹線で隣席するとは思わなかった。
自由席は席探しが面倒だと指定席を取ったのだが、この日人が多く相席は免れなかった。隣に座る奴が静かな奴だといい思いながらと席に向かえば、そこには昼間見かけた少女の姿。ぐっすり眠っている。一応危機感は持っているのか、両手に鞄を握りしめ、肩紐を手に巻き付けていた。
「失礼するで」
「うーんむにゃむにゃ」
やっぱり危機感は薄いかもしれない。声をかけても起きる気配はない。はあとため息を漏らしながら、さっさと席に座る。
半ば強引に蒼天堀まで出てきたから、戻ったら西田あたりに泣きつかれるかもしれない。うるさかったら一発どついて黙らせよう。そんなことを黙々と考えていたら、熟睡していたはずの少女が目をこすり始めた。どうやらやっと隣の人間の気配に気づいたらしい。
「うう……あれ?もう出てる」
「とっくに発進してたで」
「マジすか、ってうおわっ?!あ、すみません!隣空席なのかと思ってたんで!東京までよろしくです!」
「おん、よろしゅーな」
俺の顔、姿を見て驚いたのかと思いきや、単純に隣に人がいたから驚いたらしい。変わった少女だ。自分で言うのもなんだが、まずはこの眼帯に驚きそのあとジャケットの下から見える紋々に怯えるものではないのか。まあ隣でびくびくされると鬱陶しいので別にいいのだが。覚醒した少女は人懐っこい性格なのか、嬉々として俺に話しかけてくる。
「お兄さんは大阪観光帰りなんですか?」
「ちゃうちゃう。お仕事帰りや」
「そうだったんですか!お疲れ様です!」
「そういうお嬢ちゃんは観光帰りなんか?」
「うーん、そうなような、ちょっと違うような」
「なんや歯切れ悪いなあ?」
「私、兄を探してるんです」
どこかで聞いたことのあるフレーズに心臓が小さく跳ねる。先程の楽しそうな顔を少し陰らせた少女は記憶の中の兄を思い浮かべているのか、どこか遠くを見ているようだった。
「二年ほど前から行方不明なんです。ほんと、突然。私はいつも通り家で夕飯を作って兄の帰りを待ってたのに、帰ってこなくて……だって言うのに、お金だけは定期的に振り込まれてるんですよ。私の誕生日にも。これはきっと、兄の仕業だって思った私は、とりあえず一年待ったんですがやっぱり帰って来なかったので去年から兄探しの旅をしてるんです」
「お嬢ちゃん、未成年やろ?親御さんはどうしたん」
「両親は私が小さい頃亡くなってまして。だから兄は、たった一人の私の家族なんです。それに一応高校は卒業しましたから!プチ大人ですプチ大人」
「プチやろうがなんでも未成年は未成年や。一人で無茶したらあかん。悪い大人につけこまれるで」
少し説教臭かったか。そう思いながらも、本心でもあるのでとくに訂正も茶化しもしないでおく。自分ももう良い大人であるし、黒い世界に身を置いている者として沢山の悲劇も目にしてきた。それこそ、初めて守りたいと思った女性もその一人だったのだから。
彼女は目をパチパチと瞬かせて、それからふにゃりとだらしなく笑った。
「お兄さん、めちゃくちゃ良い人ですね!見た目はめちゃくちゃ怖いのに!」
「なんや、怖いおもてくれてたんか?俺の姿見ても全然驚かへんから威厳ないかとおもてたわ」
「いや怖いですよ?!素肌にジャケットで刺青も見えるし、なによりそれ!眼帯!めちゃくちゃ怖くてカッコいい!」
「怖がってないやんけ」
うへへーと変な笑い方をする彼女に、20年ほど前に成り行きで支配人をやったキャバクラのNo. 1の女の子を思い出してしまった。なんだか今日は懐かしい思いを沢山する日だ。
少ししんみりとしながら、彼女といろんな話をして盛り上がっていたら、東京に着くのはあっという間だった。
「いやー楽しかったー!それじゃ、お兄さんさようならー!お仕事頑張ってくださいね!」
「おう、気いつけてな」
「はーい!」
東京駅に着くと、迎えに来た西田(泣き付いては来なかったが疲れた目をしているようだ)が「親父ー!こっちです!」と手を振ってきて、それを見た彼女は気を遣って軽い挨拶をすませて駅を出て行ってしまった。あっさりとした別れだ。もう会うこともないかもしれない。
「あれ、今の子誰なんです?」
「席が隣だっただけの知らん子や」
「そうなんスね。あ、外に車止めてますんで行きましょう。あと戻ったら本部に来るように言伝が」
「腹減ったわ。帰りに韓来行くで」
「わっわかりました!」
西田に案内された車の後部座席に乗り、少し目を閉じる。ここ数日色々あったから、さすがに少し疲れたかもしれない。全く、それもこれも桐生ちゃんが四代目を早々に引退するからだ。寺田ではなく、桐生ちゃんが東城会のトップだったなら、どれだけ楽しかっただろうか。まあそれでも、俺は今を好きに生きるだけだ。それが真島吾朗の生き様なのだから。
けれど、もしこの先あの少女が神室町へやってきて、困っている、助けてほしいと言ってきたのなら。
過去に大切だったものの懐かしさに免じて、手伝ってやってもいいかもしれない。