タヒ別パロ小説まとめ
お花にも旬がある。
綺麗に咲き誇る時間は短すぎて、その後はただただ色褪せ、溶けて亡くなっていくようで。
この子たちもそう。
ほんのちょっと旬を過ぎてしまったチューリップ。
鮮やかだった桃色は少しだけ褪せてしまって、くったりお疲れ気味に。
この子たちはまだまだ生きているのに、廃棄しないと、次の子たちが並べなくなってしまう。
そんな思いで毎度花を店先に飾って、売って、廃棄して。
今日もその子たちを花瓶から出して、袋に詰める。
まさにそんな瞬間だった。
ふと、店先に小さな人影。
顔を上げると、そこには泥だらけになったぬいぐるみが、私をじっと見つめていた。
「あら、貴方賢者サマの」
この小さな村の出身だという、昔は大層名を馳せていたという大魔道士サマ。
勇者と対を成して冒険に出かけた話は今でも寝物語として有名で、子供の頃は私もよく母から聞いては冒険譚にわくわくしながら眠りに落ちた。
勇者の没後は行方しれずとなった大魔道士サマ。
噂では勇者の代わりに世界を護ってたとか、激しい戦闘で身体の一部を失ってなお立ち続けたとか、そのまま消えてしまっとか。
その大魔道士サマの遠縁の親戚と言う賢者サマが、この村のハズレに住んでいて。
その方がよく腕に抱えている、小さな動くぬいぐるみ。
「どうしたの?お使い?」
そばによってしゃがむと、ぬいぐるみは私の顔を見たあと、その子たちの方に腕を向けた。
「この子?この子が欲しいのかしら?」
そう声をかけると、ぬいぐるみは大きく何度も頷く。
腰に下げた小さなポーチからコインを取り出し、ついていた泥をぱたぱたとはたいて、私に差し出した。
「あっ、あのね」
これはきっと、素敵な出会いが訪れたんだ。
私はチューリップを花瓶から取り出し、ぬいぐるみに話しかける。
「良かったら、この子たちをもらってくれないかしら?」
ぬいぐるみは、当たり前だけど表情を変えず、手で顎を触りながら首を傾げた。
「この子たち、廃棄」
「ううん。少しだけ、育ち過ぎてしまったの。」
ぬいぐるみなのに、言葉を改めて。
やさしく花弁を触りながら、その子たちを見る。
「もうね、お店でお客さんを待ってあげられなくなっちゃった子達なんだぁ」
ぬいぐるみはじっと私を見つめる。
その目は艷やかなただのボタンのはずなのに、少しだけ生きていて、碧みを帯びて光を湛えているように見えた。
「ここにある四本だけになっちゃうけど、もし良かったらどうぞ」
私はぬいぐるみの手にチューリップを乗せた。ぬいぐるみはじっと手元のチューリップを見つめたあと、また私を見上げた。
「ピンクのチューリップ。花言葉は〘幸運〙」
「ここにあるのは四本だから、〘一生愛し続ける〙」
ここまで言って、可笑しくて。
ぬいぐるみにこんな説明をしても、意味なんて。
「貴方とは無縁そうな言葉かもしれないけど」
そう言うと、ぬいぐるみはその丸い瞳とにっこりと笑った顔でお辞儀をした。
少しだけ片足を後ろに引き、チューリップを胸に引きつけて、腰を下げる。
それはまるで、小さな王子様のように。
嬉しそうな雰囲気を出して、ぬいぐるみは店先に出て行った。
その後ろ姿に、私は声をかける。
「お店に来てくれてありがとう!最期の最期まで、その子たちを楽しんでね」
ぬいぐるみは振り向き、手を振ってまた走り出していった。
「失礼」
初めて聞いた賢者サマの声は、見た目とは結びつかない柔らかな男性の声。
花を店先に飾っている最中に、後ろから声をかけられた。
「賢者サマ!ご機嫌麗しく」
私は丁寧にお辞儀をすると、賢者サマも小さく会釈をする。
「何かご入用ですか?今の時期ですと小ぶりのものが人気ですわ」
そう言うと、賢者サマは小さく首を横に振った。
「いやなに、うちのゴーレムがお世話になったと聞いてね」
賢者サマが少し横に退くと、その後ろからすっ、ととても大きな男性が姿を表した。
ゴーレムと聞いて真っ先に思い浮かんだのは、寝物語で聞いた戦う勇者と大魔道士の冒険。
その中にゴーレムの話もあって、それはそれは大きなゴツゴツした石の塊で。レンガを寄せ集めたような見てくれで、ギラギラと目を光らせ、冒険者に襲いかかったという話。
賢者サマが引き連れていたゴーレムは、自分が聞いて想像していたものとは遥かに違っていた。
綺麗な白い髪で、鼻筋が通っていて。
頰には傷があり、口元は結んだまま。
目元は眼帯のようなもので覆われていて、その目は見えないけど、頬を伝う私達にはない溝とその大きな身長が、同じ人間ではないことだけを強く印象づけた。
見上げてふと思う。
「私が…?」
この方?ゴーレム?に会うのは初めてで、そもそも賢者サマと会話をするのも初めてで。
困惑している私を見ながら、賢者サマは言葉を続けた。
「あぁ、素敵な花を頂いたと。それは綺麗な、幸福を運んだチューリップを」
やっと繋がった一つの記憶。
「あの子から貴方の手に渡ったのね!」
あの日渡したチューリップ。
それは賢者サマのぬいぐるみが、きっと親だと思っているこの大きなゴーレムに手渡したんだ。
あの時伝えた「幸福」を、きっと渡したんだ。
「よかった、あの子達もきっと綺麗に最期まで生きていてくれたのね」
ただのチューリップ。
花。
でも。
やっぱり生きているのだから。
綺麗に輝いて、最期のその時まで人の瞳に美しく映っていてほしい。
見上げたゴーレムの口元が、小さく、優しげに笑ったように見えた。
「それでねお嬢さん。コイツが是非恩返しがしたいと言っているんだ。良かったら使ってやってくれないか?めったに動かさないゴーレムなモンで、定期点検も兼ねてるから、気負ったりしないで力仕事なんかをどんどんやらせてやって欲しい」
ゴーレムの腕をぽんとたたきながら、賢者サマは笑った。その笑顔は素敵で、本当にそのゴーレムも、きっとあの小さなぬいぐるみも、愛情を持って接しているんだと目元から伝わってくる。
「まぁ」
私は再度ゴーレムを見上げて、少し考えた。
「では、お言葉に甘えて。ちょうど大きな荷物の運び込みがありますの!」
その日に届いた大量の花や包み紙、花瓶や木箱を、ゴーレムは丁寧に運んでくれた。
その傍らで、賢者サマはそれを見守り、やさしく微笑んで。
いつの間にか来ていた黄金色のスライムが傍らを飛び回り、ゴーレムの作業を見守っていた。
そのご縁で、たまにそのゴーレムと黄金色のスライムが店先にお花を買いに来たり、荷物を運んでくれたり。
私が年老いて、店先に立たなくなってからも、彼らはたまに来て、花を買っていく。
素敵な出会いが、あのチューリップで出来た。
あのチューリップも、素敵な出会いで救われた。
わたしはその思い出を胸に、静かに目を閉じて、暗闇に身を任せる。
あの時訪れたような小さなぬいぐるみが、静かに輝くチューリップを携えて。
今度は私を、暗闇の中、先導した。
綺麗に咲き誇る時間は短すぎて、その後はただただ色褪せ、溶けて亡くなっていくようで。
この子たちもそう。
ほんのちょっと旬を過ぎてしまったチューリップ。
鮮やかだった桃色は少しだけ褪せてしまって、くったりお疲れ気味に。
この子たちはまだまだ生きているのに、廃棄しないと、次の子たちが並べなくなってしまう。
そんな思いで毎度花を店先に飾って、売って、廃棄して。
今日もその子たちを花瓶から出して、袋に詰める。
まさにそんな瞬間だった。
ふと、店先に小さな人影。
顔を上げると、そこには泥だらけになったぬいぐるみが、私をじっと見つめていた。
「あら、貴方賢者サマの」
この小さな村の出身だという、昔は大層名を馳せていたという大魔道士サマ。
勇者と対を成して冒険に出かけた話は今でも寝物語として有名で、子供の頃は私もよく母から聞いては冒険譚にわくわくしながら眠りに落ちた。
勇者の没後は行方しれずとなった大魔道士サマ。
噂では勇者の代わりに世界を護ってたとか、激しい戦闘で身体の一部を失ってなお立ち続けたとか、そのまま消えてしまっとか。
その大魔道士サマの遠縁の親戚と言う賢者サマが、この村のハズレに住んでいて。
その方がよく腕に抱えている、小さな動くぬいぐるみ。
「どうしたの?お使い?」
そばによってしゃがむと、ぬいぐるみは私の顔を見たあと、その子たちの方に腕を向けた。
「この子?この子が欲しいのかしら?」
そう声をかけると、ぬいぐるみは大きく何度も頷く。
腰に下げた小さなポーチからコインを取り出し、ついていた泥をぱたぱたとはたいて、私に差し出した。
「あっ、あのね」
これはきっと、素敵な出会いが訪れたんだ。
私はチューリップを花瓶から取り出し、ぬいぐるみに話しかける。
「良かったら、この子たちをもらってくれないかしら?」
ぬいぐるみは、当たり前だけど表情を変えず、手で顎を触りながら首を傾げた。
「この子たち、廃棄」
「ううん。少しだけ、育ち過ぎてしまったの。」
ぬいぐるみなのに、言葉を改めて。
やさしく花弁を触りながら、その子たちを見る。
「もうね、お店でお客さんを待ってあげられなくなっちゃった子達なんだぁ」
ぬいぐるみはじっと私を見つめる。
その目は艷やかなただのボタンのはずなのに、少しだけ生きていて、碧みを帯びて光を湛えているように見えた。
「ここにある四本だけになっちゃうけど、もし良かったらどうぞ」
私はぬいぐるみの手にチューリップを乗せた。ぬいぐるみはじっと手元のチューリップを見つめたあと、また私を見上げた。
「ピンクのチューリップ。花言葉は〘幸運〙」
「ここにあるのは四本だから、〘一生愛し続ける〙」
ここまで言って、可笑しくて。
ぬいぐるみにこんな説明をしても、意味なんて。
「貴方とは無縁そうな言葉かもしれないけど」
そう言うと、ぬいぐるみはその丸い瞳とにっこりと笑った顔でお辞儀をした。
少しだけ片足を後ろに引き、チューリップを胸に引きつけて、腰を下げる。
それはまるで、小さな王子様のように。
嬉しそうな雰囲気を出して、ぬいぐるみは店先に出て行った。
その後ろ姿に、私は声をかける。
「お店に来てくれてありがとう!最期の最期まで、その子たちを楽しんでね」
ぬいぐるみは振り向き、手を振ってまた走り出していった。
「失礼」
初めて聞いた賢者サマの声は、見た目とは結びつかない柔らかな男性の声。
花を店先に飾っている最中に、後ろから声をかけられた。
「賢者サマ!ご機嫌麗しく」
私は丁寧にお辞儀をすると、賢者サマも小さく会釈をする。
「何かご入用ですか?今の時期ですと小ぶりのものが人気ですわ」
そう言うと、賢者サマは小さく首を横に振った。
「いやなに、うちのゴーレムがお世話になったと聞いてね」
賢者サマが少し横に退くと、その後ろからすっ、ととても大きな男性が姿を表した。
ゴーレムと聞いて真っ先に思い浮かんだのは、寝物語で聞いた戦う勇者と大魔道士の冒険。
その中にゴーレムの話もあって、それはそれは大きなゴツゴツした石の塊で。レンガを寄せ集めたような見てくれで、ギラギラと目を光らせ、冒険者に襲いかかったという話。
賢者サマが引き連れていたゴーレムは、自分が聞いて想像していたものとは遥かに違っていた。
綺麗な白い髪で、鼻筋が通っていて。
頰には傷があり、口元は結んだまま。
目元は眼帯のようなもので覆われていて、その目は見えないけど、頬を伝う私達にはない溝とその大きな身長が、同じ人間ではないことだけを強く印象づけた。
見上げてふと思う。
「私が…?」
この方?ゴーレム?に会うのは初めてで、そもそも賢者サマと会話をするのも初めてで。
困惑している私を見ながら、賢者サマは言葉を続けた。
「あぁ、素敵な花を頂いたと。それは綺麗な、幸福を運んだチューリップを」
やっと繋がった一つの記憶。
「あの子から貴方の手に渡ったのね!」
あの日渡したチューリップ。
それは賢者サマのぬいぐるみが、きっと親だと思っているこの大きなゴーレムに手渡したんだ。
あの時伝えた「幸福」を、きっと渡したんだ。
「よかった、あの子達もきっと綺麗に最期まで生きていてくれたのね」
ただのチューリップ。
花。
でも。
やっぱり生きているのだから。
綺麗に輝いて、最期のその時まで人の瞳に美しく映っていてほしい。
見上げたゴーレムの口元が、小さく、優しげに笑ったように見えた。
「それでねお嬢さん。コイツが是非恩返しがしたいと言っているんだ。良かったら使ってやってくれないか?めったに動かさないゴーレムなモンで、定期点検も兼ねてるから、気負ったりしないで力仕事なんかをどんどんやらせてやって欲しい」
ゴーレムの腕をぽんとたたきながら、賢者サマは笑った。その笑顔は素敵で、本当にそのゴーレムも、きっとあの小さなぬいぐるみも、愛情を持って接しているんだと目元から伝わってくる。
「まぁ」
私は再度ゴーレムを見上げて、少し考えた。
「では、お言葉に甘えて。ちょうど大きな荷物の運び込みがありますの!」
その日に届いた大量の花や包み紙、花瓶や木箱を、ゴーレムは丁寧に運んでくれた。
その傍らで、賢者サマはそれを見守り、やさしく微笑んで。
いつの間にか来ていた黄金色のスライムが傍らを飛び回り、ゴーレムの作業を見守っていた。
そのご縁で、たまにそのゴーレムと黄金色のスライムが店先にお花を買いに来たり、荷物を運んでくれたり。
私が年老いて、店先に立たなくなってからも、彼らはたまに来て、花を買っていく。
素敵な出会いが、あのチューリップで出来た。
あのチューリップも、素敵な出会いで救われた。
わたしはその思い出を胸に、静かに目を閉じて、暗闇に身を任せる。
あの時訪れたような小さなぬいぐるみが、静かに輝くチューリップを携えて。
今度は私を、暗闇の中、先導した。
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