帰還パロ小説まとめ

しまった。
どうやら勘違いされている。

小気味の良いバンっ、という音とともに、身体が横に吹き飛ぶ感覚を味わう。
クラーゴンの子供が迷子のようだったので、海に返したところを母親に見つかった。
島育ちとはいえ、モンスターと共に育ったとはいえ。
すべてのモンスターと意思疎通出来るわけではない。

だが「母親」が「我が子に危害を加えられた」と感じた時の脅威は分かる。島で何度「怒られた」ことか。

吹き飛ばされた方向に佇む岸壁にぶつかる直前、なんとか身体を翻して脚で壁を蹴って体制を立て直そうとした。上に一旦逃げて、なんとか説得出来ないだろうか。

そんな考えも虚しく。
こちらの動きをすべて把握しているかのように。
上に逃げようと顔を上げた時には、すでにその触手に絡め取られ、また勢い良く地面に叩きつけられる。

「がっ」

激昂する触手は二度、三度とこちらを地面に叩き付けた。
竜闘気を纏ってるとはいえ、やはり物理のダメージは痛い。容赦なく顔面を岩肌に叩きつけられ、頬の十字傷が増えてしまいそうだ。
勘違いさせている以上、下手に手も出せない。
自分の頑丈さに感謝しながら、しばらくは母親の攻撃を甘んじて受け入れた。

数分続いた叩きつけも、気が晴れたのか晴れていないのか。その場でぐるぐると振り回す動きに変わった。
ぶん、ぶんと左右に振り、またぐるぐると振り回す。
こちらが抵抗しないのが気になるのか、まるで「本当にお前は我が子に危害を加えてないのか?」と言われている気がしないでもない。
その割にはこちらは顔面が血だらけだし、鼻血が垂れて唇を濡らす。口の中も血の味が広がり、あまりいい気分ではない。

開放して貰える気配を感じて竜闘気を引っ込めたのが災いした。

身体に巻き付いていた触手は一層その力を込め、肺の中に残る酸素をすべて絞りだすようにギチギチとこちらの身体を締め上げる。その速度は最初からこちらの生命を絶つつもりで動いており、咄嗟のことで竜闘気を纏い直す隙すらも与えてはくれなかった。

はくはく、と口を動かすことが精一杯でまともに酸素なんて吸えたもんじゃない。ただの触手であればまだ抵抗できたかもしれないが、クラーゴンの触手に無数に存在する吸盤が全身を覆い、絶対に獲物を離さないと言わんばかりに吸着する。布越しだろうがなんだろうが関係なく、その吸盤が身体に食い込んでいく。

ぎちっ。ぎちっ。
小さく音を立て始める己の骨と身体。
なんとか抜け出す術をと考えあぐねていると、それも見透かしたように、クラーゴンはゆっくりとその身を海に沈めていく。

まずい。
本当にまずい。

肺の酸素はとうに無く、締めあげられた中でも僅かに出来た肉体の隙間をよじって小さく息を吸う。酸素が完全にない場所に連れ込まれたら、それこそ一巻の終わりだ。
竜闘気を纏い直すにも酸素不足で力が入らない。母親はまだ怒っている。俺は抵抗できない。この状況、ポップに見られたら怒られそうだ。

とぷん、と足先が海水に浸かる。そのまま膝、腰、肩と徐々に引きずり込まれていく。
完全に頭まで浸かり、無音。
ゆらゆらと地上の光が頭上できらめき、こぽこぽと母なる海のさざなみを耳にする。
段々と、その光が遠ざかる。
海水を飲み、むせることも叶わずまた飲み込む。
自分の身体についていた泡が、ひとつまたひとつと上に登って行く。
あたりが暗く、冷たくなっていく。
意識が遠くなってきた。
少し、気持ちがいいくらい。
ふわふわと、瞼が降りて



快晴の、空が見えた。
眩しい光が目に差し込んで痛い。
身体がふわりと浮いているような感覚に意識が覚醒する。

「まーた手前の自己犠牲か。いい加減にしろよ」

声がする下方に目をやると、ポップがブラックロッドを振りかざした体制でこちらを見上げていた。
その顔のなんと不満そうなことか。
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すかさず横に目をやると、クラーゴンが困惑した顔でこちらとポップを交互に見ていた。
あまりにも空が近い、と感じていたのは、どうやら大魔道士サマがど派手に海水と俺とクラーゴンを空に巻き上げたからみたいだ。

大きな音を立てて地面に激突するクラーゴンの後を追い、海水が雨のように降り注いでくる。しばらく滝のように降り注いだあと、またその姿は穏やかな海に戻り、まるで何事もなかったかのようにその水平線を静かに揺らした。

空を飛んだ経験がないクラーゴンは放心した顔でこちらをまだ力強くその触手で掴んでいる。今なら脱出できるのでは、と身を攀じったところで、とん、と俺を絡める触手の上にポップが立った。
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「 」

囁きにも、うなり声にも聞こえるような音でポップがクラーゴンに向かって声をかける。
驚いたクラーゴンは一瞬眉間に皺を寄せたが、ポップの「言葉」が理解出来たのか、スルスルとその触手の力を抜き、引っ込めた。

「ほれ、息子さんだか娘さんだか」
迷子のクラーゴンを指差し、ポップはクラーゴンの親を見る。
涙目のクラーゴンの子供をみて、母親はようやく、穏やかな目元を見せた。

解放された直後なのに、どん、とみぞおちを殴られ、げほげほと海水を強制的に吐き出させられる。
「お前、魔物と話せたんだったね」
でろでろの口周りを拭い、ポップに声をかける。
「誰かさんの捜索で身についたのが、また誰かさんの役に立ったな」
皮肉たっぷりな声と顔で、こちらを見る。
「今回もその説もどうも…」
頭を掻き、俺は苦笑した。

クラーゴンの母親は子を抱え、俺とポップの頭をぽんぽんと撫でて、穏やかな海へと消えていった。

「よく気付いたね、俺が海に沈んでるの」
「ばか、引きずり込まれる瞬間見たんだぞ」
片方の眉を釣り上げて、じとりとこちらを睨む。
「どうせ相手が収まるの待ってたクチだろ。心臓に悪いからもう少し抵抗してくれ」
ばんばん、と背中を叩かれる。何でもお見通しの大魔道士サマにはいつだって頭が上がらない。
「気を付けます」
「んなことよりホラ、すんげえ締め付けられたりしてたんだろ?身体見てやるからとりあえず上脱げ」
「はーい」
面倒見の良さにも、きっと今後もアタマは上がらないだろうな、とカラカラ笑うポップを見て思った。



「ぶふっ。吸盤に吸われて乳輪倍くらいになってやんの」
なんだと。
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