転生パロのダイポプ。 -再会して恋をして-
まぁ長引いた。
家に帰り着く頃には普段の仕事中毒生活の帰宅時間となんら変わらない時間帯だった。
玄関の前に人影。
久しく見ていなかったでかい図体の男は思い悩んだ顔で俯いていたが、俺の足音に気付いて顔を上げて駆け寄ってくる。
「おかえり、テレビ、見た」
焦った声音で言葉を吐き出すダイに「ただいま」と呑気に言葉を返したが…
ん?テレビ?
「…本日18時頃、人通りの多い〇〇の駅付近で刃物を持った男が暴れているのを、現場付近の市民が通報しました…」
「…一時騒然となりましたが、スーツ姿の男性が男を牽制し、警察に…」
ダイの言う通り、テレビには先ほどの格闘が速報として報道されていた。男が刃物を振り回し、俺が棒でいなして吹き飛ばすところまでバッチリだ。
近年の携帯端末のカメラ性能の良さを物語るかのように、俺の顔がハッキリと、眼の色まで分かるくらいに鮮明に映しだされていた。
「…これはこれは…」
頭をぽりぽりと掻きながらなんと説明しようかと考えた矢先、後ろから強く抱きしめられる。
「心配したんだ。何もなくてよかった」
俺の頭のてっぺんに顔を埋めて力なく呟く。
「なんにもなかったよ。帰ってきただろ」
肩に回された腕を優しく撫ぜる。微かに震えているその腕が、なんともダイらしくない、と思った。
「コレが、『あの時』のみんなの気持ちだったんだな」
その行いを改めて悔いるように、ダイは言葉を洩らした。
「まだ気にしてたのか、それはもういいって言っただろ」
「っ気にするな?!出来るわけ無いだろ?!俺はお前を、みんなを!こんな、こんな悲しい気持ちにしてっ!」
大きな声を張り上げて、ダイは怒鳴る。
強く肩を掴まれ、そのままダイの方に向きを替えさせられる。見上げたダイの顔は、悲しみと、どうすることもできない怒りが滲んでいた。
力が籠る指先が、ぎりぎりと肩の肉に食い込んでいく。
「痛ェよ、ダイ」
身動ぎしたが、余りの力の入り様に全く振り解けない。俺は痛みに顔を歪ませた。
「だって、ポップ、俺は」
今にも泣き出しそうな声でダイは語気を強めて行く。
「危ない目に遭っていたお前を見ただけで、こんなにも悲しいのに」
『あの時』のみんなは、残されたお前は、もっと。
そう言いたげな口元を見せて、ダイは押し黙る。
「…なぁ、ダイ」
漸く離れたダイの腕を摩り、俺は続けた。
「お前の良いところは、その優しいところだよ。お前が優しいから、俺は『あの時』生きてたんだ。そこは誇ってくれ。お前が救ってくれた、俺の命を」
生きていたから、こうして『また』お前に逢えた。
時間は掛かったが、お前はみんなの元に帰ってきたんだ。
「『あの時』は本当に、みんなを救ってくれて、ありがとうな」
だからどうか、それ以上自分を責めるのはやめてくれ。
「…おかえり。ダイ」
少しでも、お前の気持ちが安らぐように。
伝え逃していた言葉に、ダイは大粒の涙を流しながら、わんわんと泣いた。
「…落ち着いたか?」
夜通し泣いたもんだから、ダイの目は兎の如く真っ赤になっていた。
「うん。ありがとう」
鼻を啜り、俺からコーヒーの入ったマグカップを受け取る。
ソファーに2人で腰をかけ、しばらくは、少しずつ明るくなって行く空を眺めた。
「ポップ」
「んー?」
「やっぱり俺、ポップが好きだよ」
自分の口に運ぼうとした、ミルクティーの入ったマグカップを持つ手が止まる。
横を見ると、まだ真っ赤な目元を細めて、ダイは笑った。
「やっぱり好き。大好き」
「ダイ」
「お前を守りたい。そばにいて欲しい。お前といろんなコトをして、いろんなところに出かけたい。お前の笑顔を見ながら、笑い声を聞きながら、『この』人生のその最期の瞬間まで、俺はお前と並んで歩み続けたい」
その言葉は、なんとも耳に心地よく聞こえて。
真っ直ぐにこちらを見つめる瞳に射抜かれて、ただ茫然とダイを見つめた。
「ねぇ、だから、ポップ」
ふと顔が近づく。
向日葵色に輝く瞳には、少しだけその瞳に魅入ってしまった自分が映る。
「早く俺に、恋に落ちてよ」
がしゃん、と中身が入ったマグカップが床に落ちる。
フローリングをだくだくとミルクティーで濡らしながら、マグカップが転がって行く。
はくはくと口を動かす俺と転がったマグカップを、驚いた顔でダイは交互に見入った。
俺、は。
反射的にソファーから飛び上がり、そのまま自分の部屋へと逃げ込んだ。
ただただ唖然とした顔のダイをその場に残して。
どくどくとうるさく騒ぐ心音を聞きながら、小さく声を絞り出す。
「はぁー…マァムもこんな気持ちだったのかなぁ…」
頭を冷やすためにベランダの外に出て空を仰ぐ。
『今世』で知る初めての"感情"。
意中になかった相手に"想われている"事を意識すると芽生える"気分の高揚"。
自身が"想われる"側になって初めて、これは中々に消化しきれない、"眩暈"や"立ち眩み"の様な感情だ、とベランダの手摺りに腕を掛け、項垂れた。
「なのにマァムはあんだけの完璧な答えを返してくれたのか…すげえ女だよ。やっぱり」
命を賭した場面で交わした会話。もう『何十年と前』の記憶。
ー その先があるなら、きっと ー
やっと少し落ち着いてきた思考で『昔』を振り返る。
「まぁーそのあとは”ダイの大捜索”でなんとなくお流れになっちゃってたなぁ」
人を好きになったのが、『あの人生』ではあれが最初で最後になってしまった。
「恋とか愛とか、それどころじゃなくなっちまったよなぁ」
他のことにかまけていられないくらい、とにかく必死に探して回っていた。
あいつが見つかってたら、もしかしたら俺はマァムと付き合い、結婚していたかもしれない。
いや、どうだろう。フラれてヒュンケルとくっつくところを目の当たりにしていたかもしれない。
「今にして思うと、それももしかしたら楽しい人生になってたかも知れねぇな」
ククッ、と口の端を上げて小さく笑った。
空に微かに顔を出してきた太陽の色に、先程射抜いてきた向日葵色の瞳を思い出す。
「さっきの…すげぇビビった…」
手摺りの上に組んだ腕に顔を埋める。
あの向日葵色の瞳が、脳裏に焼き付いて離れない。
あのまま見つめ続けられていたらどうなっていたか。
それこそ、“恋”に落ちてしまいそうな。
「…”恋”、か」
人に"恋"をするのは、きっとそんな、本当に一瞬なんだ。
それは儚くも、猛スピードで燃え尽き、流れて落ちていく流星の如き一瞬。
“恋”とは、ヒトが独自に発展させた感情。
離れた距離に関係なく、相手を求める気持ち。
恋い焦がれ、どうにもできない心に打ちひしがれるもどかしさ。
最終的に行き着く、他の誰にも当てはまらない相手への特別な想い。
一緒にいたい。離れたくない。触れあいたい。
心身共に相手と一つになりたい。
その気持ちが一方通行でなくなったら、それは。
「あっ」
がくん、と膝から力が抜け、その場にへたり込む。
やっと、”恋”に落ちた。
簡単な話だった。
あの時マァムが俺にしてくれたように。
ただ受け止めてやるだけで良かったんだ。
俺を好きだと言ってくれる想い。
そばに居たいと願う言葉。
共に高めあい育む気持ち。
守りたいと決意する心。
今度こそ、人生の終わりまで共に生きるという願望。
その溢れ出す想いを、全てを、ただ自分の心の中に流し込んでいくだけでよかった。
そこに全部の答えがあって、あとはそれを”抱き留めてやるだけ”の話だった。
何か別のものに“変質”してしまうと思い続けた俺たちの”絆“。
それが一歩踏み出せない足枷となっていたと今なら分かる。
『前』の時も、『ダイはダイだ』、とすべてを受け止める覚悟があったじゃないか。
その想いに偽りはない。
そして“恋”は、“別の何か”では無い。
それは同じ絆の中に生まれた、同じく相手を想う気持ち。その延長線上にいる気持ち。
”変質“なんか一切しない、相手を大切に大切に想う心。
だから、俺も、ダイを。
「俺、ちゃんとダイのことが好きなんだぁ…」
切ない想いが籠る吐息に混じり、その”恋心”は産声を上げた。
新たに芽生えたその"恋心"を自覚した瞬間、顔も耳も、手足の先まで燃えているように熱くなる。
ベランダの手摺り越しから空を見上げる。秋の冷たく澄んだ空気が顔に当たっても、中々頬の熱は取れない。
恋に落ちるまでの期間は、『昔の大冒険』で費やした時間よりも遥かに少なかった。
:::
リビングのソファーで待っていたダイは、泣き疲れて寝息を立てていた。
落としたマグカップをキッチンに運び、フローリングに零した中身も綺麗に拭いてくれていたようだ。
持っていたタオルケットを肩に掛けてやり、改めて自分の為にミルクティーを淹れる。
ヒビが入っていたお気に入りのマグカップは取っ手が取れていて、試行錯誤して瞬間接着剤でどうにかできないか試した後が見て取れた。ただ元に戻す事はできなかった様で、申し訳なさそうにシンクの端に寄せられていた。
いじらしいコトをする勇者サマだ。
まだまだこどもの様に振る舞う相棒の横に座り、淹れたてのミルクティーを口に含んだ。
茶葉の薫りとミルクの優しさ。喉を通り過ぎても残る砂糖の甘さ。
甘さと言えば、そうか。
ダイの顔を覗き込む。まだまだこどもの様、と言ったがその通りだった。
『前世』と『今世』の歳を合わせても、俺の『前世』の年齢よりも遥かに『子供』だった。
「そのお子ちゃまに恋されて、恋に落ちたのか」
歯痒い気持ちはしかし、決して悪い気持ちにはさせなかった。
「なぁ、ダイ。どうやら俺は、お前にちゃーんと、恋したようだぜ」
マグカップを口に寄せ、呟く。
「早く起きてくれよ、そしたら俺も、ちゃんと返事するから」
飲んだ中身に映る自分の穏やかな顔は、きっと、『あの後』一切出来なかった顔。
「俺も、お前が好きだって」
「目を見て、言ってくれる?」
ハッと顔を上げる。
横を見ると、イタズラそうに笑うダイがこちらを見つめ返していた。
「お前」
「ねぇ、ポップ」
どんどん顔を近づけて、こつん、と互いの額が当たる。
「俺の目を見て、もう一回言ってよ」
相変わらずきらきらと光るその瞳をこちらに向けて。
窓から差し込んだ朝日が、燃えるように咲き誇る向日葵色をもっと際立たせて眩く輝かせる。
「ポップ」
観念した俺は、熱を持ち始める顔と耳を意識しないようにしながら、”恋“した相手に想いを伝えた。
「俺も好きだよ、ダイ。お前が」
「うん。うん」
嬉しそうに頷く相棒の顔は、ほんの少しだけ、大人びた顔にも見えた。
家に帰り着く頃には普段の仕事中毒生活の帰宅時間となんら変わらない時間帯だった。
玄関の前に人影。
久しく見ていなかったでかい図体の男は思い悩んだ顔で俯いていたが、俺の足音に気付いて顔を上げて駆け寄ってくる。
「おかえり、テレビ、見た」
焦った声音で言葉を吐き出すダイに「ただいま」と呑気に言葉を返したが…
ん?テレビ?
「…本日18時頃、人通りの多い〇〇の駅付近で刃物を持った男が暴れているのを、現場付近の市民が通報しました…」
「…一時騒然となりましたが、スーツ姿の男性が男を牽制し、警察に…」
ダイの言う通り、テレビには先ほどの格闘が速報として報道されていた。男が刃物を振り回し、俺が棒でいなして吹き飛ばすところまでバッチリだ。
近年の携帯端末のカメラ性能の良さを物語るかのように、俺の顔がハッキリと、眼の色まで分かるくらいに鮮明に映しだされていた。
「…これはこれは…」
頭をぽりぽりと掻きながらなんと説明しようかと考えた矢先、後ろから強く抱きしめられる。
「心配したんだ。何もなくてよかった」
俺の頭のてっぺんに顔を埋めて力なく呟く。
「なんにもなかったよ。帰ってきただろ」
肩に回された腕を優しく撫ぜる。微かに震えているその腕が、なんともダイらしくない、と思った。
「コレが、『あの時』のみんなの気持ちだったんだな」
その行いを改めて悔いるように、ダイは言葉を洩らした。
「まだ気にしてたのか、それはもういいって言っただろ」
「っ気にするな?!出来るわけ無いだろ?!俺はお前を、みんなを!こんな、こんな悲しい気持ちにしてっ!」
大きな声を張り上げて、ダイは怒鳴る。
強く肩を掴まれ、そのままダイの方に向きを替えさせられる。見上げたダイの顔は、悲しみと、どうすることもできない怒りが滲んでいた。
力が籠る指先が、ぎりぎりと肩の肉に食い込んでいく。
「痛ェよ、ダイ」
身動ぎしたが、余りの力の入り様に全く振り解けない。俺は痛みに顔を歪ませた。
「だって、ポップ、俺は」
今にも泣き出しそうな声でダイは語気を強めて行く。
「危ない目に遭っていたお前を見ただけで、こんなにも悲しいのに」
『あの時』のみんなは、残されたお前は、もっと。
そう言いたげな口元を見せて、ダイは押し黙る。
「…なぁ、ダイ」
漸く離れたダイの腕を摩り、俺は続けた。
「お前の良いところは、その優しいところだよ。お前が優しいから、俺は『あの時』生きてたんだ。そこは誇ってくれ。お前が救ってくれた、俺の命を」
生きていたから、こうして『また』お前に逢えた。
時間は掛かったが、お前はみんなの元に帰ってきたんだ。
「『あの時』は本当に、みんなを救ってくれて、ありがとうな」
だからどうか、それ以上自分を責めるのはやめてくれ。
「…おかえり。ダイ」
少しでも、お前の気持ちが安らぐように。
伝え逃していた言葉に、ダイは大粒の涙を流しながら、わんわんと泣いた。
「…落ち着いたか?」
夜通し泣いたもんだから、ダイの目は兎の如く真っ赤になっていた。
「うん。ありがとう」
鼻を啜り、俺からコーヒーの入ったマグカップを受け取る。
ソファーに2人で腰をかけ、しばらくは、少しずつ明るくなって行く空を眺めた。
「ポップ」
「んー?」
「やっぱり俺、ポップが好きだよ」
自分の口に運ぼうとした、ミルクティーの入ったマグカップを持つ手が止まる。
横を見ると、まだ真っ赤な目元を細めて、ダイは笑った。
「やっぱり好き。大好き」
「ダイ」
「お前を守りたい。そばにいて欲しい。お前といろんなコトをして、いろんなところに出かけたい。お前の笑顔を見ながら、笑い声を聞きながら、『この』人生のその最期の瞬間まで、俺はお前と並んで歩み続けたい」
その言葉は、なんとも耳に心地よく聞こえて。
真っ直ぐにこちらを見つめる瞳に射抜かれて、ただ茫然とダイを見つめた。
「ねぇ、だから、ポップ」
ふと顔が近づく。
向日葵色に輝く瞳には、少しだけその瞳に魅入ってしまった自分が映る。
「早く俺に、恋に落ちてよ」
がしゃん、と中身が入ったマグカップが床に落ちる。
フローリングをだくだくとミルクティーで濡らしながら、マグカップが転がって行く。
はくはくと口を動かす俺と転がったマグカップを、驚いた顔でダイは交互に見入った。
俺、は。
反射的にソファーから飛び上がり、そのまま自分の部屋へと逃げ込んだ。
ただただ唖然とした顔のダイをその場に残して。
どくどくとうるさく騒ぐ心音を聞きながら、小さく声を絞り出す。
「はぁー…マァムもこんな気持ちだったのかなぁ…」
頭を冷やすためにベランダの外に出て空を仰ぐ。
『今世』で知る初めての"感情"。
意中になかった相手に"想われている"事を意識すると芽生える"気分の高揚"。
自身が"想われる"側になって初めて、これは中々に消化しきれない、"眩暈"や"立ち眩み"の様な感情だ、とベランダの手摺りに腕を掛け、項垂れた。
「なのにマァムはあんだけの完璧な答えを返してくれたのか…すげえ女だよ。やっぱり」
命を賭した場面で交わした会話。もう『何十年と前』の記憶。
ー その先があるなら、きっと ー
やっと少し落ち着いてきた思考で『昔』を振り返る。
「まぁーそのあとは”ダイの大捜索”でなんとなくお流れになっちゃってたなぁ」
人を好きになったのが、『あの人生』ではあれが最初で最後になってしまった。
「恋とか愛とか、それどころじゃなくなっちまったよなぁ」
他のことにかまけていられないくらい、とにかく必死に探して回っていた。
あいつが見つかってたら、もしかしたら俺はマァムと付き合い、結婚していたかもしれない。
いや、どうだろう。フラれてヒュンケルとくっつくところを目の当たりにしていたかもしれない。
「今にして思うと、それももしかしたら楽しい人生になってたかも知れねぇな」
ククッ、と口の端を上げて小さく笑った。
空に微かに顔を出してきた太陽の色に、先程射抜いてきた向日葵色の瞳を思い出す。
「さっきの…すげぇビビった…」
手摺りの上に組んだ腕に顔を埋める。
あの向日葵色の瞳が、脳裏に焼き付いて離れない。
あのまま見つめ続けられていたらどうなっていたか。
それこそ、“恋”に落ちてしまいそうな。
「…”恋”、か」
人に"恋"をするのは、きっとそんな、本当に一瞬なんだ。
それは儚くも、猛スピードで燃え尽き、流れて落ちていく流星の如き一瞬。
“恋”とは、ヒトが独自に発展させた感情。
離れた距離に関係なく、相手を求める気持ち。
恋い焦がれ、どうにもできない心に打ちひしがれるもどかしさ。
最終的に行き着く、他の誰にも当てはまらない相手への特別な想い。
一緒にいたい。離れたくない。触れあいたい。
心身共に相手と一つになりたい。
その気持ちが一方通行でなくなったら、それは。
「あっ」
がくん、と膝から力が抜け、その場にへたり込む。
やっと、”恋”に落ちた。
簡単な話だった。
あの時マァムが俺にしてくれたように。
ただ受け止めてやるだけで良かったんだ。
俺を好きだと言ってくれる想い。
そばに居たいと願う言葉。
共に高めあい育む気持ち。
守りたいと決意する心。
今度こそ、人生の終わりまで共に生きるという願望。
その溢れ出す想いを、全てを、ただ自分の心の中に流し込んでいくだけでよかった。
そこに全部の答えがあって、あとはそれを”抱き留めてやるだけ”の話だった。
何か別のものに“変質”してしまうと思い続けた俺たちの”絆“。
それが一歩踏み出せない足枷となっていたと今なら分かる。
『前』の時も、『ダイはダイだ』、とすべてを受け止める覚悟があったじゃないか。
その想いに偽りはない。
そして“恋”は、“別の何か”では無い。
それは同じ絆の中に生まれた、同じく相手を想う気持ち。その延長線上にいる気持ち。
”変質“なんか一切しない、相手を大切に大切に想う心。
だから、俺も、ダイを。
「俺、ちゃんとダイのことが好きなんだぁ…」
切ない想いが籠る吐息に混じり、その”恋心”は産声を上げた。
新たに芽生えたその"恋心"を自覚した瞬間、顔も耳も、手足の先まで燃えているように熱くなる。
ベランダの手摺り越しから空を見上げる。秋の冷たく澄んだ空気が顔に当たっても、中々頬の熱は取れない。
恋に落ちるまでの期間は、『昔の大冒険』で費やした時間よりも遥かに少なかった。
:::
リビングのソファーで待っていたダイは、泣き疲れて寝息を立てていた。
落としたマグカップをキッチンに運び、フローリングに零した中身も綺麗に拭いてくれていたようだ。
持っていたタオルケットを肩に掛けてやり、改めて自分の為にミルクティーを淹れる。
ヒビが入っていたお気に入りのマグカップは取っ手が取れていて、試行錯誤して瞬間接着剤でどうにかできないか試した後が見て取れた。ただ元に戻す事はできなかった様で、申し訳なさそうにシンクの端に寄せられていた。
いじらしいコトをする勇者サマだ。
まだまだこどもの様に振る舞う相棒の横に座り、淹れたてのミルクティーを口に含んだ。
茶葉の薫りとミルクの優しさ。喉を通り過ぎても残る砂糖の甘さ。
甘さと言えば、そうか。
ダイの顔を覗き込む。まだまだこどもの様、と言ったがその通りだった。
『前世』と『今世』の歳を合わせても、俺の『前世』の年齢よりも遥かに『子供』だった。
「そのお子ちゃまに恋されて、恋に落ちたのか」
歯痒い気持ちはしかし、決して悪い気持ちにはさせなかった。
「なぁ、ダイ。どうやら俺は、お前にちゃーんと、恋したようだぜ」
マグカップを口に寄せ、呟く。
「早く起きてくれよ、そしたら俺も、ちゃんと返事するから」
飲んだ中身に映る自分の穏やかな顔は、きっと、『あの後』一切出来なかった顔。
「俺も、お前が好きだって」
「目を見て、言ってくれる?」
ハッと顔を上げる。
横を見ると、イタズラそうに笑うダイがこちらを見つめ返していた。
「お前」
「ねぇ、ポップ」
どんどん顔を近づけて、こつん、と互いの額が当たる。
「俺の目を見て、もう一回言ってよ」
相変わらずきらきらと光るその瞳をこちらに向けて。
窓から差し込んだ朝日が、燃えるように咲き誇る向日葵色をもっと際立たせて眩く輝かせる。
「ポップ」
観念した俺は、熱を持ち始める顔と耳を意識しないようにしながら、”恋“した相手に想いを伝えた。
「俺も好きだよ、ダイ。お前が」
「うん。うん」
嬉しそうに頷く相棒の顔は、ほんの少しだけ、大人びた顔にも見えた。