転生パロのダイポプ。 -再会して恋をして-

引っ越し当日。
アバン先生に事情を話したところ、面白半分に「トラックを出してあげますから」、と手伝いの申し出をされた。
「雰囲気、大事ですよネっ」と何故か卸したての真っ赤なつなぎで俺のアパートに顔を出した。
「ほほう、流石独身男子の部屋ですねぇ。なんにもない。あなたのことだから、もう少し荷物が多くてゴチャゴチャさせてるかと思ったのですが」
人の部屋に入るなり、つつー…っと窓の縁を指でなぞる。
「世に聞く姑さんみたいなことしないでくださいよ、先生」
ダンボール数個と家具を運びだそうと玄関まで移動する。
埃が付かなかった指先を残念そうに眺めながら、先生は
「あっ、そうそう。強力な助っ人を呼んでおきましたよ」
と眼鏡の端をくいっと持ち上げ、得意げに笑った。
がちゃっ、と玄関を開けると、そこには切れ長な目をした白髪の男が。
「…ヒューンケル、断っていいんだぜ、こんなこと」
狭い玄関先で腕を組み、仁王立ちで佇む『兄弟子』に呆れた声で伝えたが、その『兄弟子』は「好きでここに来た」と言わんばかりの顔をする。
「彼なら荷物運びも一発ですよ、あらゆるバイトに精通していますからね」
俺の背後からひらひらと先生は手を振る。
「…お前バイト戦士なのか…」
「一箇所に留まっているのが性に合わないだけだ」
ひょい、と俺の手から荷物を取り上げると、ヒュンケルはそのまますたすたと廊下を歩いて行った。
「実はですね…彼から手伝いの申し出があったのですよ」
いつの間にか真後ろに立っていたアバン先生が、俺の肩越しに囁く。
「『弟弟子』達が可愛くて仕方がないんでしょうね。『彼の成長』は、本当に嬉しいものです」
優しく目元を細めてヒュンケルが通った道を眺めた。
「…自慢の『兄弟子』ですよ、俺にとってもね」
俺も釣られて目を細めた。イケ好かない、カッコイイ『兄弟子』だ。

三人掛かりでも指折り数えられる程度の往復で荷物の運び出しが完了した。トラックの荷台にはまだ余裕がある。
「では、このままダイ君の家に移動しますよ」
荷台と比べて狭い車内に男三人、ぎゅうぎゅう詰めになりながら、次の目的地へと出発した。
運転するのはアバン先生として、二人と比べれば体軀が小さめな俺は、悔しいが真ん中の助手席に座らざるを得なかった。とても狭い。静かに目を瞑って窓際に座るヒュンケル。そのまま静かにトラックの振動に身を任せた。
「しかしあなたたちがルームシェアとはね。仲が良くて嬉しい限りです」
アバン先生はニコニコと笑いながら言った。
「本当の兄弟の様ですからね、二人は」
それを聞いてヒュンケルも口元を緩める。
兄弟の様、か。
そんな二人のルームシェアの本当の目的は、コレから何ヶ月、何年とかかるかもしれない惚れた晴れたと言い合うための大恋愛成就大会だってんだから、なんだか申し訳ない気持ちになる。


暫くトラックを走らせて、ようやくダイの家の前に到着した。
玄関先では既にダイとご両親が待っており、荷物を運ぶ俺たちを尻目にバランとアバン先生が握手を交わす。
「うちのダイが『世話になった』。『この度』もよろしく頼む」
「お父様にお会いできて光栄です。ダイ君は本当に『いい子』ですよ」
そう言えば二人は『前に』で会ったことがなかったのか。
なんだか不思議なものを見た気持ちでいる間に、俺よりも少ないダイの荷物が積み終わった。


結局はかなりの隙間が空いた荷台となった。
ベッド二人分に机や椅子。ソファーとローテーブルと生活用品。キッチンの棚や洋服ケース。大きいアイテムが多いが、それでもまだまだ荷物が積めそうだ。

ここで問題が発生。トラックの定員は三人。
これでダイも乗り込んだら、間違いなく俺は「重圧呪文」だ。
どうしようかと考えあぐねていると、ヒュンケルが自身のカバンをトラックから下ろす。
「俺はここまでだ。荷物の多さ的に言っても、残りは三人でなんとかできるだろう」
バタン、とトラックの扉を閉め、そのままカバンを持って立ち去ろうとする。
「おいヒュンケル」
引き止めようとしたが、ヤツはただ肩越しから視線を送り「またな」、とだけ言って歩いて行った。
「相変わらず不器用な男だな」
バランもその背中を見守った。
「素直じゃないところは本当に『昔から』ですねぇ」
アバン先生も苦笑する。
「今度なんかお礼送ろうよ」
そうダイに言われて「そうだな」と答えながら、その不器用な男の背中を見送った。


「さてさて、そろそろ出発しましょうか」
ソアラさんに持たせてもらった軽食を抱えてトラックに乗り込む。
「ポップ、ダイをよろしく頼んだぞ」
「言われずとも」
バランの頼みに軽い口調で返す。
「本当に、お前たちはまるで兄弟みたいだな。ダイ、小さい兄の言うことをよく聞くんだぞ」
バランはククッ、と小さく笑う。
ダイもふざけて「うん」なんて返す。小さくて悪かったよ。アンタらがデカいんだよ。
「二人とも、体には気をつけるのよ」
ソアラさんもひょこっ、と爪先立ちでドア越しに俺とダイを覗き込んだ。
「うん、母さんに料理教えてもらったし、栄養に気を付けて過ごすよ」
「医者の卵に診ててもらえるんなら、大丈夫だと思いますよ」
二人して笑いながら返事を返した。
「ふふっ、本当にいいお兄ちゃんが『できてた』みたいで良かったわね」
ソアラさんにまで仲良し兄弟として認識された。

そんな仲良し兄弟はコレから惚れた晴れたと言い合う…やめるか、この話。


「それじゃ、行ってきます」
エンジンを蒸かし、トラックが前に進む。
走り出したトラックを見守る夫婦が、どんどん小さくなっていく。
ダイは両親が見えなくなるまで、その視線をサイドミラーから離さなかった。
その横顔はまだまだ子供で、こんなデカい図体とはいえ、中身はまだ未成年なんだった、と今更ながら驚いてしまった。



新しい我が家に向かってトラックは街を走る。
ソアラさんの持たせてくれたサンドイッチはちょうどいいサイズで、三人で仲良く完食した。
「手作りの飯、どんくらい振りに食ったかなぁ」
いい感じに満たされた腹を撫でて、口に残った味を堪能する。
「あなただって自炊くらいできるでしょう」
運転しながらもぐもぐと口を動かす先生。行儀がわるい、とダイは笑った。
「あのねぇ先生、社会人舐めてもらっちゃ困りますよ。夜中の1時とかに帰ってきて、飯作る気力なんてありゃしませんて」
相変わらず大きい体の二人の間に挟まれて(ダイがヒュンケルよりでかい分、さらに圧迫感がすごい)、身動きできないまま喋る。
「じゃあこれからはダイ君に作ってもらいなさい。ソアラさんのサンドイッチがこれだけ美味しいなら、きっとダイ君のお料理も美味しいですよ」
ペロリと口の端についていたソースを舐め、先生は笑う。
「おっ。じゃあうまい飯期待していいのか、ダイ」
「まっ、まってよ。まだ習ったばかりで調味料、塩くらいしか使えないよ」
慌てふためくダイをみて、俺はからからと笑った。
「まぁ一応、俺も基本的な自炊はできるからさ。助け合って行こうじゃねぇか」
「フッフッフ、いいですねぇ。まるで新婚さんみたいでいいじゃないですか」

知ってか知らずか。
先生はメガネを光らせて、なんの気無しにそう言う。
そんな言葉を聞いて、思わずダイの方に視線を向けてしまった。
そのダイはと言えば、逆にあらぬ方向に視線を泳がせ、少しずつ耳を赤く染める。
先生は運転しているのでもちろん俺たちの表情には気づいていない。

陽気に鼻歌を歌う先生とは反対に、狭い車内で重なるお互いの体温を意識してしまい、俺達二人はただ気まずい雰囲気の中、静かに、もじもじと、目的地に着くのを待つことしか出来なかった。



新居につく頃には先生以外は心労でヘロヘロのヘトヘトだった。
荷物を運び込んで一息つく間もなく、アバン先生はそのままトラックに乗り込んだ。
「飯位は奢らせてくださいよ」
「いえいえ、私も、まだまだ忙しい身でしてね。帰って明日の授業の支度をしたり、生徒たちの提出物を片付けなくてはいけませんから」
トラックの窓から顔を出し、ニコニコと笑う。
続けて「ダイくんもちゃんと課題を提出するように。まぁあなたは今のところ提出率100%ですけどね」と一言添えて、先生はトラックのエンジンをかけた。
「二人とも、新婚ではしゃぐのもいいですけど、ご近所さんに迷惑をかけてはいけませんよ。早朝深夜の大騒ぎで追い出されるケースも多いですから」
指を振ってもう一言添える。
「新婚って、男二人になに言ってるんだよ先生」
意識してか、少し語気を強めにダイが返事すると。
「おや。仲の良さで言えば、あなたたち二人がそう評されても、なんだか私は驚きはしませんけどねぇ。『昔から』お互いを支え補い合う、おしどり夫婦みたいでいいじゃないですか」
ニコッと笑って手を振り、先生を乗せたトラックはそのまま走り去ってしまった。

「…先生にはなんかその、お前相談とかしてないよな」
「うん、なにも」

本当に"表現の一つ"として使われた言葉は、今の俺達を動揺させるには十分すぎる言葉だった。

「…」
「…」
「…部屋、入っか…」
「…うん…」

またもじもじとお互いを意識し始めてしまった。
俺は心の中でアバン先生のメガネが指紋でベッタベタになるように呪った。



ルームシェアに選んだ部屋は、優しく差し込む陽の光で明るく、居心地が良かった。
寝るのに真っ先にベッドを整えて、あとは各々の部屋の荷解きを手伝いあう。とは言っても、本当に荷物が少なくて、お互い「必要なものは後で買い揃えればいいか」程度にしか考えていなかったので、それすらも一時間程度で終わってしまった。
「ポップ、殆ど食器持ってないね」
ダンボールの中のコップ類を棚に並べながらダイは言う。
「部屋なんか寝に帰るくらいだったからなぁ。飯もコンビニで済ませてたし、食器洗うの面倒くさいし」
しかし、これから二人で住んで、ダイが飯を作ってくれるなら、流石に皿なしなのはよろしくない。
「後でネットでなんか見繕うか、お気にのマグカップも長く使ってヒビ入ってきてんだ」
「それならさ」
ダイは自身のカバンから、分厚いカタログを取り出す。
「母さんが、良かったらコレ使いなさいって」
ローテーブルに出されたのは、なんの変哲もないギフトカタログ。
「俺、コレ使い方よく知らないんだけど、母さんが余ってたからって」
「へぇー、祝い事の時とかによくもらったりする奴だろ?好きなものが決まった値段の中で選べる奴…はえー、旅行とかも選べるんだな、初めて見た」
パラパラとページをめくる。思ったより内容は充実しており、眺めているだけでも楽しい。
食器、カトラリー、生活小物、バスタオル…一際目立つ高そうな肉のページで手が止まる。
「俺コレ食いたい」
「それを置くお皿が先だよ」
「いんや、コレがいい。見ろこの霜降り肉。絶対うまい」
「お前ねぇ」
食い入るように肉のページを見る俺の背後に周り、フフッ、と笑いながら覆いかぶさるようにダイもカタログを見る。
最初は全く気にも留めていなかったが、ふと背中からゆっくりと伝わってきた人の体温に驚き、ほぼ真横にあったダイの顔の方に、勢いよく己の顔を振ってしまった。
ダイも覆いかぶさっているその体制に気付いておらず、本当にただ"兄"になんとなしに寄りかかっただけに過ぎなかったのだろう。ぶつかる視線。本人も俺の驚く顔を見て、あっ、と小さく声を洩らし慌てて離れた。

またも発生する沈黙。
お互い背中を向けてしまい、視線を泳がせる事しか出来ない。

ダイの"気持ち"を告げられてから、変に意識し始めてしまったお互いの距離感。こんな風になってしまうと誰が予想出来ただろうか。
俺から申し出たルームシェアの話ではあったが、もう少しゆっくり距離を詰めた方が良かったのか?人と付き合う距離ってどんなだっけ?
性急過ぎた行いを少しばかり悔いながら、俺を含め、この空間には今「童貞(恋愛初心者)」しかいないことを思い出すのだった。
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