転生パロのダイポプ。 -再会して恋をして-
…結局勇者は帰還したかって?
そりゃお前、考えればすぐに分かんだろ、
帰らなかったのさ。
何年も待ったさ、
何十年と待ったさ。
その間にまた世界がピンチになったこともあったかもしんねぇけど、
それでもアラ不思議。
勇者は最期まで、俺達の元には帰還しなかった。
帰還しなかったのにサ。
何気に寄ったコンビニの店員のあんちゃんが突然「あっ」と声を漏らしたかと思ったら、
「ただいま、ポップ」
なんて懐かしい笑い顔で言ってくるモンだから、
俺は年甲斐もなく、コンビニのレジ前でひと目も憚らず号泣した。
:::
「…覚えてない?」
バイト上がりを待ってすぐに自分のアパートに呼んだ。
覚えている限りでいい。あの後何があったのか、どこにいたのか、とにかく聞きたかった。最期を。生き様を。
だがいざ聞いてみると、ダイの中にはあの後の記憶が何一つなかったみたいだった。
家にある適当な飲み物をコップに注いで渡すと、困った様子のまま「ありがとう」、とそれを受け取った。
「お前を蹴り飛ばして、太陽に向かって、周りが明るくなって…その後はもう何も。気が付いたら、『生まれてた』…っていうのかな」
なんとも感覚的だ。
らしいっちゃらしい。
「こっちは死物狂いだったってのによ。そら見つからねぇワケだ」
「ははっ…ごめん」
「謝んなよ。こうやって逢えただけで十分だ」
ローテーブルの向かいに座ってコップを握る相棒に慰めの声をかける。
「それよりもよぉ、俺なんかよりもっと謝った方がいい人いっぱいいるぜ?マァムとかヒュンケルとか、特に姫さんなんかホント最後のほうはやつれちまって、見てらんなかったよ」
マァムはあの後、俺と共にダイを探しまわった。どんどん強くなりながら。武神流の門下生なんかも増えていて、最期は弟子たちに囲まれながら旅立つのを看取った。
…そういえば、ダイを探すことに夢中で、お互い付き合うこともなく終わったことをふと思い出した。
ヒュンケルもラーハルトと出たきり、最期まで何処にいたかを聞けなかった。ヒムとは連絡をとっていたらしい、程度の情報だけ。必死にダイを探す俺の耳に細かな話が入ってなかっただけかもしれない。でもきっと、アイツなりにダイを探していたんだろう。
姫さん…レオナは気丈だった。
王族としての責務を果たしながら、時々俺達と一緒について来てダイを探した。「息抜きも必要よ」なんて言っていたが、内心いつまでもダイが見つからないことに焦燥感を感じていたに違いない。
ダイを早く見つけたくて、時々静かに部屋で泣いているのを見かけたこともあった。
最期にはダイの剣の近くで、静かに息を引き取っていたのを見つけた。両頬に伝う涙の跡よりも、笑い皺の方が深く刻まれていたのがせめてもの救いだったと思う。
少し愚痴っぽく洩らすと、きょとんとした顔でこちらを見る。
「…レオナたちにならもう謝ったよ?」
「は?」
「同じ大学の同期。マァムとレオナ」
「…」
「あとヒュンケルも大学のOBだし、アバン先生も教授で…」
「お前…俺と同じ大学の後輩…?!」
ダイを指差しながら、情けない声が口をついて出る。
恐ろしい程の知り合いの密集率だ。
確かに大学に入った時にアバン先生がいたのには驚いた。流石に髪先の巻き具合は控えめだったが、でかいメガネとどこか掴みどころがないおちゃめで優しい顔は『生前』と変わらない姿だった。「またお会いしましたねぇ」なんて声を掛けられた時、腰を抜かしたのを覚えている。
「待ってくれよ、俺、ヒュンケルが先輩なんて聞いてないぞ」
それどころか今でもたまにアバン先生とは連絡を取ってたのに、ダイのことも、レオナやマァムのことも何も聞かされていない。
人が悪い。悪すぎる。ローテーブルに突っ伏して盛大に頭を抱え、ため息を漏らす。
目だけやると、ダイはクスクスと笑った。
「でも俺も知らなかったんだよ、お前が『ここ』にいるの。だって先生は何も言わないし、「いたとしても、『前世』とは違う道を歩いていますよ、きっと。出逢えれば運命かもしれませんが、無理に会うのは、きっとお互いのためにならないことだってあるかもしれません。」なんて言うからさ」
バツが悪そうに、「でも先生の言いたいことも分かるんだ、なんとなく」と困った顔をしたダイ。
はたと、自分の人生も含めて考える。
『ポップ』は『前世の名前』だ。
『今世』は違う名前で生きている。
それはきっと他の奴らも同じだろう。
アバン先生だって、堅苦しい、この地域に根付いている命名方式の名前になってた。
今のダイの話を聞いた限りじゃ、みんな『前世』の記憶はあるみたいだ。でも「全員が全員『今世』で再び逢いたい」と思わない可能性がある。深入りはしないように。と、先生は言いたいんだろうか。
「それより、さ」
ダイは飲み終えたコップをいじりながら、こちらを向き直った。
「きっとみんな、ポップも居るって聞いたら、逢いたがると思うんだ。それに他にも合わせたい人達がいるんだ。きっと驚くよ」
冒険していた時に見せていた変わらない笑顔で言う。
「だから」
歯切れが悪そうに、パーカーのポケットから携帯端末を取り出す。
「何改まってんだよ。喜んで教えるぜ?」
俺もポケットから緑のケースをつけた端末を取り出した。
碌な連絡先なんか詰まってない端末に、大切な相棒の連絡先を、青色のマークをつけて保存した。
:::
衝撃の再会から二週間経った頃。
卒業した大学へ立ち寄った帰り道に、俺はダイと共にダイの家に向かっていた。
「みんな元気そうで良かったぜ、名前は違えど姿形は同じなんだから驚きはしたけどな」
レオナに持たされた高そうなチョコレートの紙袋を見ながらダイに話す。
「ダイ君のご両親と一緒に食べて!」とのこと。
「俺も入学式の時驚いたんだ。だってレオナみたいな人が、レオナの声で祭壇で代表挨拶し始めるんだもん。しばらく呆然としちゃったよ」
「マァムも変わってなかったし、ヒュンケルもあの怖い目つきのままだったな。」
目の端を指で吊り上げてモノマネをする。
「いくらなんでもそのまま過ぎて逆に怖いぜ。夢じゃないよなぁ?」
俺の頬をつねる仕草を見てダイは笑う。
「俺も、いつ夢が覚めるのか怖くておっかない気分だよ」
「バカ、そこは夢じゃないって言えよ。せっかくお前に会えたのに、目が覚めてまたお前がいないなんて、冗談キツすぎる」
「ここが家」
駅からだいぶ歩いた先の住宅街。
白い屋根の立派な一軒家の前で、ダイは立ち止まった。フェンスを引いて「お先にどうぞ」と促され、一歩足を踏み入れた。
整った庭先は綺麗な花が色とりどりに植えており、きっと母親の趣味なのであろうガーデニンググッズが丁寧に並べてある小さな納屋もあった。
ショルダーバッグから鍵を出し、かちゃりと玄関を開ける。
「ただいま」
俺に言ったわけではないのに、その言葉になんだかまた目頭が熱くなってしまった。
「上がって、適当なスリッパ使ってよ」
そう言いながらも、ダイは緑に近い色のスリッパを俺の足元に置いた。お言葉に甘えて靴を脱いでいると、ぬっ、と大きな影が視界に入り、俺を覆った。
「久しいな、ポップ」
呼ばれた『名前』に驚き、顔を跳ね上げるように声の主に向けた。
「…バッ…!」
バランだ。
目の前にいて、声を掛けてきたのは紛れもなく『超竜軍団長、竜の騎士』。
ダイの親父さん、バランだった。
「…」
リビングに案内されたのはいいものの。
高そうな木製のコーヒーテーブルの向こうでバランとダイの母親が赤を基調としたソファーに座りこちらを見つめている。俺の横にはダイが、同じく、ご両親の座っているものと対であろうソファーに腰掛けている。
「…ほっ、本日はお日柄もよく…」
最終的には一時共闘した相手ではあるが、『あの時の文字通りの死闘』を忘れているワケではない。体が強張らない訳がない。
紡ぐ言葉を考えて口をもごつかせている自分の顔が、出してもらったコーヒーの水面に情けなく映し出される。
「そうかしこまるな」
一口、美味しそうにコーヒーを含んだあとバランは話し始めた。
自身が死んだあと、『永い夢』を見ていたと。
ダイと同じように『ここ』に生まれ、『今世』を生きている。あまりにかけ離れた『世界』。生き方一つ違う様に最初は戸惑い、苦労したと蓄えたヒゲを撫ぜる。
息子がどうなったか想いを馳せているうちに、奥方に出逢い、愛を育んだ。息子の人生が豊かであることを願い、自身もまた家族を欲し、想い人との間に子を儲けた。産まれてきた小さな命は、今度こそ手放さないと誓った。そしてまた、思わぬ奇跡に繋がった。
「私も驚いた。ディーノ…ダイだけではない。お前が『ここ』にいることも、私自身また、ダイの親として生を受けることも」
目元を細めたその視線は、真っ直ぐにダイを見つめる。
「あんな人生を歩んだにもかかわらず、また、こうやって…」
奥方の手を握り、声を震わす。そこにいるのはあの恐ろしい『竜の騎士』なんかではない。ただの人として生を受け、ただ愛しい家族を得た、恐ろしく平凡で幸せな男だ。
「あのね」
互いを見つめる両親を尻目に、ダイは小声でこう続けた。
「母さんもね、『ここ』にいるんだ。今。父さんの横に。」
奥方の方を見る。なんで気づかなかったんだろう、その優しそうな瞳も顔つきも、ダイにそっくりだった。
「…奇跡のバーゲンセールが過ぎやしないか?」
素っ頓狂な声で話すと、ダイは小さく吹き出す。
「そうだね、うん。すごいや」
両親を見つめ返す相棒の横顔は、照れくさそうな、でも嬉しそうな顔だった。
話し終えたバランは今度はこちらに向き直し、
「良かったら聞かせてくれ。お前の。ダイの。その『生き様』を」
…と、崩すことなく、細めたままの暖かな眼差しで俺を見つめた。
「…俺なんかの話で良ければ」
少し冷め始めたコーヒーで喉を潤し、気持ちと姿勢を正して語り始める。
玄関を出た頃には、すっかり日も落ちていた。
「夕飯まで、ごちそうさまでした」
バランとその奥方、ソアラさんの方に向き直り、軽く頭を下げる。
「また遊びに来てね、ダイが喜ぶから」
ダイと同じ優しい顔でソアラさんが笑う。その横でバランは奥方の肩を抱き寄せて立っていた。
「俺、駅まで送ってくる」
スニーカーをトントンと履き、小走りで近寄る。
「駅から遠いもんな。頼むぜ、相棒」
ご両親に手を振り、ダイの家をあとにした。
「日が落ちると涼しく感じるようになってきて、いいことだ」
背伸びをして身体を解す。顔が優しくなったとはいえ、やっぱりあの親父さんといると緊張する。
「最近暑かったね。この地域はなんていうか、空気の通りがあまりよくなくて。デルムリン島が恋しいよ」
顔をくしゃっとさせてダイは笑った。久しぶりに聞く『出逢いの島』の名前に、俺も思わず顔が綻んだ。
「お前を探してる時もブラスのじいさんによく会いに行ってたよ。元気に暮らしてたぜ」
「そっか…じいちゃんが元気だって聞けてよかった」
何も言えずにお別れになっちゃったから、とダイは少し唇を噛み締めた。
「心配しなくていいぜ、じいさんもお前を信じて待ってた。居なくなったことを「そのうち帰って来るじゃろ」、って最期まで笑ってたよ」
「…でも俺は」
「帰って来なかったことに誰も不満なんてなかった。不満だなんて考えてもなかった。いつか帰ってくるさ。それだけを胸にみんな天寿を全うした。戻って来なくても、お前はみんなの心にいた。誰もお前を責めるやつなんかいないよ」
「…」
「だからきっと、『今』逢えてるんだろうさ」
少し前を歩いていた俺は後ろを振り返り、ダイを見た。
泣きそうな顔が街灯に照らされて、少しだけ潤んだ瞳がキラキラと光る。
「逢えたんだ。だからもうなんも心配しなくていいんだよ、お前は」
「…うん」
涙声で返事する相棒に近づき、肩を叩いてまた駅までの道のりを歩き出した。
横を歩くダイを見上げる。
記憶の中のダイはとにかくちんちくりんだった。
俺よりも年下で、小さいわんぱく小僧だった。
その小さな体で想像を絶する旅をした。
みんなの、世界の期待を背負って、がむしゃらに3ヶ月戦った小さな勇者。
最初にコンビニで見かけた時はなんともでかい男が小さなレジの機械をいじってる、と思う程度だった。
俺より遥かに身長の高い男を、誰があの勇者と思えるだろう。
ただいま、と声をかけてきた男の面影は、あの小さい相棒のままだった。
「身長、今いくつよ」
もごもごと口をすぼめて聞く。
「この前測った時は…193だったかな」
「ひゃっ…!」
デカイ訳だ。俺より25もデカイ。
「『前世』と親父さんが同じだから、『前世』でもきっとその大きさになってたんだろうな…」
『前世』で無事にダイに逢えていたら、二度敗北を期すところだった。
「今ちょっと会えなくてよかった、って思ったぜ」
肩を丸めて、道端の小石を蹴る。
「酷い話」
小さかった勇者はその面影のまま、からからと笑った。
すれ違う人も疎らになってきた頃、俺達は駅に着いた。
「ホント、わざわざありがとな。今度はなんか土産でも持っていくからさ」
改札を越えて振り向き、声をかける。
「うん、また会おうね。もっと話、聞きたいから」
パーカーのポケットに手を突っ込んでダイは笑った。
「電話も、メールも出来る。仕事で返事できない時もあるかもしんねぇけど、入れてくれたら必ず返す」
「うん」
「だから、またいつでも声かけてくれよな。相棒」
「…うん」
今生の別れみたいな顔すんなよ、相棒。
俺も帰りにくくなる。
また夢なんじゃないかなんて思って、足が竦んじまうよ。
笑って手を振り、背を向けて歩き出した。
「…今日もきっと、帰ったら泣くのかな」
大柄な男は、体躯に似合わない小さな声で呟いた。
そりゃお前、考えればすぐに分かんだろ、
帰らなかったのさ。
何年も待ったさ、
何十年と待ったさ。
その間にまた世界がピンチになったこともあったかもしんねぇけど、
それでもアラ不思議。
勇者は最期まで、俺達の元には帰還しなかった。
帰還しなかったのにサ。
何気に寄ったコンビニの店員のあんちゃんが突然「あっ」と声を漏らしたかと思ったら、
「ただいま、ポップ」
なんて懐かしい笑い顔で言ってくるモンだから、
俺は年甲斐もなく、コンビニのレジ前でひと目も憚らず号泣した。
:::
「…覚えてない?」
バイト上がりを待ってすぐに自分のアパートに呼んだ。
覚えている限りでいい。あの後何があったのか、どこにいたのか、とにかく聞きたかった。最期を。生き様を。
だがいざ聞いてみると、ダイの中にはあの後の記憶が何一つなかったみたいだった。
家にある適当な飲み物をコップに注いで渡すと、困った様子のまま「ありがとう」、とそれを受け取った。
「お前を蹴り飛ばして、太陽に向かって、周りが明るくなって…その後はもう何も。気が付いたら、『生まれてた』…っていうのかな」
なんとも感覚的だ。
らしいっちゃらしい。
「こっちは死物狂いだったってのによ。そら見つからねぇワケだ」
「ははっ…ごめん」
「謝んなよ。こうやって逢えただけで十分だ」
ローテーブルの向かいに座ってコップを握る相棒に慰めの声をかける。
「それよりもよぉ、俺なんかよりもっと謝った方がいい人いっぱいいるぜ?マァムとかヒュンケルとか、特に姫さんなんかホント最後のほうはやつれちまって、見てらんなかったよ」
マァムはあの後、俺と共にダイを探しまわった。どんどん強くなりながら。武神流の門下生なんかも増えていて、最期は弟子たちに囲まれながら旅立つのを看取った。
…そういえば、ダイを探すことに夢中で、お互い付き合うこともなく終わったことをふと思い出した。
ヒュンケルもラーハルトと出たきり、最期まで何処にいたかを聞けなかった。ヒムとは連絡をとっていたらしい、程度の情報だけ。必死にダイを探す俺の耳に細かな話が入ってなかっただけかもしれない。でもきっと、アイツなりにダイを探していたんだろう。
姫さん…レオナは気丈だった。
王族としての責務を果たしながら、時々俺達と一緒について来てダイを探した。「息抜きも必要よ」なんて言っていたが、内心いつまでもダイが見つからないことに焦燥感を感じていたに違いない。
ダイを早く見つけたくて、時々静かに部屋で泣いているのを見かけたこともあった。
最期にはダイの剣の近くで、静かに息を引き取っていたのを見つけた。両頬に伝う涙の跡よりも、笑い皺の方が深く刻まれていたのがせめてもの救いだったと思う。
少し愚痴っぽく洩らすと、きょとんとした顔でこちらを見る。
「…レオナたちにならもう謝ったよ?」
「は?」
「同じ大学の同期。マァムとレオナ」
「…」
「あとヒュンケルも大学のOBだし、アバン先生も教授で…」
「お前…俺と同じ大学の後輩…?!」
ダイを指差しながら、情けない声が口をついて出る。
恐ろしい程の知り合いの密集率だ。
確かに大学に入った時にアバン先生がいたのには驚いた。流石に髪先の巻き具合は控えめだったが、でかいメガネとどこか掴みどころがないおちゃめで優しい顔は『生前』と変わらない姿だった。「またお会いしましたねぇ」なんて声を掛けられた時、腰を抜かしたのを覚えている。
「待ってくれよ、俺、ヒュンケルが先輩なんて聞いてないぞ」
それどころか今でもたまにアバン先生とは連絡を取ってたのに、ダイのことも、レオナやマァムのことも何も聞かされていない。
人が悪い。悪すぎる。ローテーブルに突っ伏して盛大に頭を抱え、ため息を漏らす。
目だけやると、ダイはクスクスと笑った。
「でも俺も知らなかったんだよ、お前が『ここ』にいるの。だって先生は何も言わないし、「いたとしても、『前世』とは違う道を歩いていますよ、きっと。出逢えれば運命かもしれませんが、無理に会うのは、きっとお互いのためにならないことだってあるかもしれません。」なんて言うからさ」
バツが悪そうに、「でも先生の言いたいことも分かるんだ、なんとなく」と困った顔をしたダイ。
はたと、自分の人生も含めて考える。
『ポップ』は『前世の名前』だ。
『今世』は違う名前で生きている。
それはきっと他の奴らも同じだろう。
アバン先生だって、堅苦しい、この地域に根付いている命名方式の名前になってた。
今のダイの話を聞いた限りじゃ、みんな『前世』の記憶はあるみたいだ。でも「全員が全員『今世』で再び逢いたい」と思わない可能性がある。深入りはしないように。と、先生は言いたいんだろうか。
「それより、さ」
ダイは飲み終えたコップをいじりながら、こちらを向き直った。
「きっとみんな、ポップも居るって聞いたら、逢いたがると思うんだ。それに他にも合わせたい人達がいるんだ。きっと驚くよ」
冒険していた時に見せていた変わらない笑顔で言う。
「だから」
歯切れが悪そうに、パーカーのポケットから携帯端末を取り出す。
「何改まってんだよ。喜んで教えるぜ?」
俺もポケットから緑のケースをつけた端末を取り出した。
碌な連絡先なんか詰まってない端末に、大切な相棒の連絡先を、青色のマークをつけて保存した。
:::
衝撃の再会から二週間経った頃。
卒業した大学へ立ち寄った帰り道に、俺はダイと共にダイの家に向かっていた。
「みんな元気そうで良かったぜ、名前は違えど姿形は同じなんだから驚きはしたけどな」
レオナに持たされた高そうなチョコレートの紙袋を見ながらダイに話す。
「ダイ君のご両親と一緒に食べて!」とのこと。
「俺も入学式の時驚いたんだ。だってレオナみたいな人が、レオナの声で祭壇で代表挨拶し始めるんだもん。しばらく呆然としちゃったよ」
「マァムも変わってなかったし、ヒュンケルもあの怖い目つきのままだったな。」
目の端を指で吊り上げてモノマネをする。
「いくらなんでもそのまま過ぎて逆に怖いぜ。夢じゃないよなぁ?」
俺の頬をつねる仕草を見てダイは笑う。
「俺も、いつ夢が覚めるのか怖くておっかない気分だよ」
「バカ、そこは夢じゃないって言えよ。せっかくお前に会えたのに、目が覚めてまたお前がいないなんて、冗談キツすぎる」
「ここが家」
駅からだいぶ歩いた先の住宅街。
白い屋根の立派な一軒家の前で、ダイは立ち止まった。フェンスを引いて「お先にどうぞ」と促され、一歩足を踏み入れた。
整った庭先は綺麗な花が色とりどりに植えており、きっと母親の趣味なのであろうガーデニンググッズが丁寧に並べてある小さな納屋もあった。
ショルダーバッグから鍵を出し、かちゃりと玄関を開ける。
「ただいま」
俺に言ったわけではないのに、その言葉になんだかまた目頭が熱くなってしまった。
「上がって、適当なスリッパ使ってよ」
そう言いながらも、ダイは緑に近い色のスリッパを俺の足元に置いた。お言葉に甘えて靴を脱いでいると、ぬっ、と大きな影が視界に入り、俺を覆った。
「久しいな、ポップ」
呼ばれた『名前』に驚き、顔を跳ね上げるように声の主に向けた。
「…バッ…!」
バランだ。
目の前にいて、声を掛けてきたのは紛れもなく『超竜軍団長、竜の騎士』。
ダイの親父さん、バランだった。
「…」
リビングに案内されたのはいいものの。
高そうな木製のコーヒーテーブルの向こうでバランとダイの母親が赤を基調としたソファーに座りこちらを見つめている。俺の横にはダイが、同じく、ご両親の座っているものと対であろうソファーに腰掛けている。
「…ほっ、本日はお日柄もよく…」
最終的には一時共闘した相手ではあるが、『あの時の文字通りの死闘』を忘れているワケではない。体が強張らない訳がない。
紡ぐ言葉を考えて口をもごつかせている自分の顔が、出してもらったコーヒーの水面に情けなく映し出される。
「そうかしこまるな」
一口、美味しそうにコーヒーを含んだあとバランは話し始めた。
自身が死んだあと、『永い夢』を見ていたと。
ダイと同じように『ここ』に生まれ、『今世』を生きている。あまりにかけ離れた『世界』。生き方一つ違う様に最初は戸惑い、苦労したと蓄えたヒゲを撫ぜる。
息子がどうなったか想いを馳せているうちに、奥方に出逢い、愛を育んだ。息子の人生が豊かであることを願い、自身もまた家族を欲し、想い人との間に子を儲けた。産まれてきた小さな命は、今度こそ手放さないと誓った。そしてまた、思わぬ奇跡に繋がった。
「私も驚いた。ディーノ…ダイだけではない。お前が『ここ』にいることも、私自身また、ダイの親として生を受けることも」
目元を細めたその視線は、真っ直ぐにダイを見つめる。
「あんな人生を歩んだにもかかわらず、また、こうやって…」
奥方の手を握り、声を震わす。そこにいるのはあの恐ろしい『竜の騎士』なんかではない。ただの人として生を受け、ただ愛しい家族を得た、恐ろしく平凡で幸せな男だ。
「あのね」
互いを見つめる両親を尻目に、ダイは小声でこう続けた。
「母さんもね、『ここ』にいるんだ。今。父さんの横に。」
奥方の方を見る。なんで気づかなかったんだろう、その優しそうな瞳も顔つきも、ダイにそっくりだった。
「…奇跡のバーゲンセールが過ぎやしないか?」
素っ頓狂な声で話すと、ダイは小さく吹き出す。
「そうだね、うん。すごいや」
両親を見つめ返す相棒の横顔は、照れくさそうな、でも嬉しそうな顔だった。
話し終えたバランは今度はこちらに向き直し、
「良かったら聞かせてくれ。お前の。ダイの。その『生き様』を」
…と、崩すことなく、細めたままの暖かな眼差しで俺を見つめた。
「…俺なんかの話で良ければ」
少し冷め始めたコーヒーで喉を潤し、気持ちと姿勢を正して語り始める。
玄関を出た頃には、すっかり日も落ちていた。
「夕飯まで、ごちそうさまでした」
バランとその奥方、ソアラさんの方に向き直り、軽く頭を下げる。
「また遊びに来てね、ダイが喜ぶから」
ダイと同じ優しい顔でソアラさんが笑う。その横でバランは奥方の肩を抱き寄せて立っていた。
「俺、駅まで送ってくる」
スニーカーをトントンと履き、小走りで近寄る。
「駅から遠いもんな。頼むぜ、相棒」
ご両親に手を振り、ダイの家をあとにした。
「日が落ちると涼しく感じるようになってきて、いいことだ」
背伸びをして身体を解す。顔が優しくなったとはいえ、やっぱりあの親父さんといると緊張する。
「最近暑かったね。この地域はなんていうか、空気の通りがあまりよくなくて。デルムリン島が恋しいよ」
顔をくしゃっとさせてダイは笑った。久しぶりに聞く『出逢いの島』の名前に、俺も思わず顔が綻んだ。
「お前を探してる時もブラスのじいさんによく会いに行ってたよ。元気に暮らしてたぜ」
「そっか…じいちゃんが元気だって聞けてよかった」
何も言えずにお別れになっちゃったから、とダイは少し唇を噛み締めた。
「心配しなくていいぜ、じいさんもお前を信じて待ってた。居なくなったことを「そのうち帰って来るじゃろ」、って最期まで笑ってたよ」
「…でも俺は」
「帰って来なかったことに誰も不満なんてなかった。不満だなんて考えてもなかった。いつか帰ってくるさ。それだけを胸にみんな天寿を全うした。戻って来なくても、お前はみんなの心にいた。誰もお前を責めるやつなんかいないよ」
「…」
「だからきっと、『今』逢えてるんだろうさ」
少し前を歩いていた俺は後ろを振り返り、ダイを見た。
泣きそうな顔が街灯に照らされて、少しだけ潤んだ瞳がキラキラと光る。
「逢えたんだ。だからもうなんも心配しなくていいんだよ、お前は」
「…うん」
涙声で返事する相棒に近づき、肩を叩いてまた駅までの道のりを歩き出した。
横を歩くダイを見上げる。
記憶の中のダイはとにかくちんちくりんだった。
俺よりも年下で、小さいわんぱく小僧だった。
その小さな体で想像を絶する旅をした。
みんなの、世界の期待を背負って、がむしゃらに3ヶ月戦った小さな勇者。
最初にコンビニで見かけた時はなんともでかい男が小さなレジの機械をいじってる、と思う程度だった。
俺より遥かに身長の高い男を、誰があの勇者と思えるだろう。
ただいま、と声をかけてきた男の面影は、あの小さい相棒のままだった。
「身長、今いくつよ」
もごもごと口をすぼめて聞く。
「この前測った時は…193だったかな」
「ひゃっ…!」
デカイ訳だ。俺より25もデカイ。
「『前世』と親父さんが同じだから、『前世』でもきっとその大きさになってたんだろうな…」
『前世』で無事にダイに逢えていたら、二度敗北を期すところだった。
「今ちょっと会えなくてよかった、って思ったぜ」
肩を丸めて、道端の小石を蹴る。
「酷い話」
小さかった勇者はその面影のまま、からからと笑った。
すれ違う人も疎らになってきた頃、俺達は駅に着いた。
「ホント、わざわざありがとな。今度はなんか土産でも持っていくからさ」
改札を越えて振り向き、声をかける。
「うん、また会おうね。もっと話、聞きたいから」
パーカーのポケットに手を突っ込んでダイは笑った。
「電話も、メールも出来る。仕事で返事できない時もあるかもしんねぇけど、入れてくれたら必ず返す」
「うん」
「だから、またいつでも声かけてくれよな。相棒」
「…うん」
今生の別れみたいな顔すんなよ、相棒。
俺も帰りにくくなる。
また夢なんじゃないかなんて思って、足が竦んじまうよ。
笑って手を振り、背を向けて歩き出した。
「…今日もきっと、帰ったら泣くのかな」
大柄な男は、体躯に似合わない小さな声で呟いた。
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