メフィスト夢

 目を開いた時認識したのは暗さよりもメフィストがいないことだった。時計を見れば三時間は経過している。二度寝するにしても妙に目が覚めて困る。今の時間ならばメフィストはゲームをしているはずだ。カーディガンを羽織り、部屋を出た。
 フェレス邸は広く、古今東西、和洋折衷、全世界の文化が混ざっている。雪花が以前いた世界とは真逆で、目が疲れそうだ。文化の祭りのごとく派手な壁紙は暗闇でも充分に分かる。
 メフィストの寝室に着き、扉の前で止まる。鍵穴から光が一切漏れていない。二度寝している。起こしては可哀想と思い、踵を返すと後ろから声をかけられた。
「夜這いとは珍しいですね」
 メフィストが大きな欠伸をして、着崩れた浴衣を直している。扉もいつの間にか開いている。
「夜這いなら部屋に入りますよ。私は自分の部屋で寝るので、メフィストも寝てください。おやすみなさい」
 寂しさで来たのが気恥ずかしくなり、そそくさ自室に戻ろうとするが、手を掴まれた。手を離せと睨むが効果は無い。
「お、や、す、み、な、さ、い」
「私は寝なくてもいいのですが、貴女はそうもいきませんからね」
「……もしも起きてたら、道連れにしようと思っていただけなのでいいですよ」
「なら」
 掴んだ雪花の手を優しく持ち直す。
「ほんの細やかな道連れにお付き合いください」
 メフィストのベッド周辺は小物が多い。雪花が知らないアニメやゲーム、漫画、創作作品のグッズが山盛りだ。山盛りのグッズは量の割には整理されており、ベリアルが管理していると見た。
 視界一杯に広がるこの物量でよく寝れるものだとメフィストを見るが、彼は平然と布団をめくり一緒に寝る用意をしてくれる。デフォルメされた推定女性キャラクターがプリントされた枕からカバーを外してシンプルな白いカバーに付け替えている。グッズに汚れを付かないようにする為か、雪花に気を遣って寝やすい枕カバーにしてくれたかで考えるなら前者だ。
 寝る用意が整い、メフィストは雪花の手を引き、ベッドに入れる。そのまま布団を被ろうとする雪花にメフィストは苦言を呈した。
「貴女ね、仮にも男性のベッドに入るというのに、恥じらいや抵抗はないのですか」
「毎日一緒に寝てるのに、今更気にしてた方が不思議ですよ」
 道連れに付き合ってくれと言った本人が何故か非難する。何か言いたげな顔をしながらメフィストも布団に入り、向かい合う。メフィストの身長は雪花よりも頭一つ半高い。目線として合うのはベッドにいる時くらいで、見たくなる。
 雪花は手をメフィストの頬に伸ばす。頬骨が分かるくらいに細い。
 ぺたぺたと顔を触り続けると、メフィストが雪花の手を軽く握り口づける。
「折角ならもっと色んな所を触ればいいのに」
「それは触らせている状態です。セクハラです」
「私が雪花から触られてるのはセクハラかもしれませんよ」
 発言とは裏腹にメフィストは足の一本を雪花の足に絡ませる。
「あれだけ触られてもっと触ればいいのにと言ってるのにセクハラを訴えるのは意味が分かりません」
 メフィストの手を振り払い、胸に顔を埋める。薄い胸板に顔を埋めれば肋骨が当たる。メフィストがまだ雪花の足に絡ませてくるので、胸骨に頭突きをかます。
(また腐敗が進んだかな)
 メフィストの体臭を嗅ぎ、肉体の劣化がどのくらい進んでいるのか予想する。
 次はどこを凍らせよう。腐敗に関しては抑える他ない。二百年も肉体が保てている方がおかしいのだ。
 メフィストの背中を撫でつつ、ごつごつと胸骨に鼻を押しつける。鼻を摘まれ、頬がメフィストの胸に押し当てられた。
「中々寝つけないのも困りましたね」
「………あの、…………メフィスト」
 寝つけづらい要因を考えるなら、
「…………犬じゃない」
「…………」
 かなり複雑な顔をされる。
「………いぬ」
「…………」
 観念した顔でリクエスト通りの犬の姿になった直後、くうんと悲しげな鳴き声を上げた。

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