メフィスト夢

 今日は彼が先にベッドに入っていた。犬の姿で人の枕を占領して寝る姿を見れば素直に可愛く見えるものだが、あいにく寝ているこの犬の姿をしている者は犬ではない上に人が化けたものでもない。彼は悪魔なのだ。
 横たわる後頭部は正にただの犬。横たわった耳が重力に落ちていることで、白い耳のふわふわとした柔らかい感触が触れずとも分かり、本人もとい、本悪魔が寝ているのが分かる。悪魔らしく寝たふりをしていても可笑しくないが、万年寝不足の隈を拵えた肉体が悲鳴を上げているのだろう。肉体への執着がある割に不健康極まりない行動は理解に苦しむが、健康的な生活を送る悪魔がいればそれはそれで悪魔らしくない。
 この悪魔らしからぬ、素直に寝て迎えられたことをどう受け止めるか少し考えたが、私は人間なので素直に寝る。
 極力音を出さないようにベッドに乗り、最小限の隙間を開けて布団をめくる。布団の隙間に滑り込ませ、眠るメフィストに近づく。
「むがっ」
 奇声すぎるあまり無呼吸から再会した不健康な寝息に体がビクッと震える。メフィストの様子を見れば口元がもごもごと動いている。毛が口に入っていて、呼吸し辛いらしい。口元の毛をそっと指で整える。
 犬の姿で一緒に寝てくれるのは今に限った事ではないにしても、犬の姿の方が寝苦しいことがあるなら、たまには別に寝た方がメフィストも疲れが取れるのではないだろうか。隈も酷い。
 思考を巡らせ、メフィストの口元の毛を弄る。人の姿ではこれは出来ない。いや、顎鬚があれば同じ事が出来る。
「…………」
 一瞬思い浮かべた妄想をメフィストの後頭部に押しつける。この姿だからこそ出来るのだ。
 白くてふわふわで安心出来る。あの子と同じだ。
「メッフィー……」
 片手で前足を握り、もう片手で身を引き寄せる。
「……メフィスト」
 抱き締める。
「……メフィスト」
 意地悪な上、天邪鬼で信用ならないが、ベッドに一緒に寝てくれる約束だけは守ってくれる。

***

「やれやれ、完璧な狸寝入りも完璧過ぎては面白くありませんな」
 ま、これはこれでいいのですが。
 寝息が聞こえるのを確認して、メフィストは人の姿になる。
 ゆっくり振り向けば、雪花の寝顔が目の前にある。
 寝顔をにやにやと眺めながら、先程呼ばれた声を頭の中で反復する。人の姿の時では呼ばない声音は本音にも勝る。愛玩動物でも思慕でもない、寂しがる声音は可愛らしい。
 雪花がメフィストの胸に顔を埋める。
「おっと」
 回した腕が何か探る動きをし、一瞬違和感があるような表情を浮かべたがすぐに心地よさそうな寝顔に戻った。
「……さまえる……」
 メフィストは大笑いしたい衝動を必死に抑える。静かに、無音で笑い声を上げる。こんなこと笑わずにいられるか。
 腹がよじれるほど笑い、深く息を吐く。
「貴女が欲しているのは一体誰なのでしょうね」
 雪花の唇を撫でて催促する。どんな声音で呼んでくれるのか。
「……ばぁー……か」
 今度はどの名前でも呼んではくれなかった。
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