砂の城、看守の罪
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006.看守の黙
「マゼランさん」
聞き慣れた声を聞き、聞き慣れない呼び名で呼ばれる。声が聞こえる方を見ると、枕元にヤヒロが座っている。
「起きてください、マゼランさん」
ヤヒロが寝ているマゼランの額を撫でながら囁く。
「マゼラン……さん?」
義娘の呼び名に思わず反復して言ってしまう。ヤヒロはくすくす笑いながらマゼランの腹に乗り、口づける。体格の差がある中でヤヒロの胸やら太ももが喉から鎖骨に掛けて押しつぶされる。体毛で感触が軽減されても柔らかさがはっきりと分かる。直接触れ合う唇の柔らかい感触はどの部位に触れるよりも感覚が違う。
拒むつもりがされるがまま、キスを受け入れてしまっている。
目の前の光景に耐えきれず目を瞑ると、キスは深まる。小さいヤヒロの舌が入り込み、マゼランの舌を探す。恐る恐る舌をヤヒロの舌に触れると、彼女は舌を絡めた。
舌の滑りと動きにマゼランは舌が動く度に痙攣のほうに震える。ヤヒロがマゼランの腹から落ちかけ、手で押さえ支えた。ヤヒロもマゼランに抱きつき、キスを続ける。
紅潮したヤヒロは汗を流しながら、恍惚とした表情でマゼランを見つめる。その顔は以前も見たこことがあった。だがあの時と違い、今彼女に一切毒を与えていない。
「あ、ああ……ヤヒロ」
「どうしたんですか。………、もう一回?」
きょとんと見つめるヤヒロが再び口づけようとして慌てて止める。
「いや、いい。充分だ。充分すぎる」
「マゼランさんがして欲しいならしますよ」
マゼランは言葉に詰まった。
全身を毒に変える時とはまた違う鼓動の早さに、マゼランは息が止まりかける。
「大丈夫ですか?」
ヤヒロが心配そうにマゼランの頬に触れる。触れ慣れてるはずのぬくもりがやけに熱い。
困りきったマゼランはヤヒロからの視線を逸らす。
「私が望むばかりでは……。ヤヒロはどうしたい」
愛娘はひどく寂しそうに微笑んで言った。
「父様が喜ぶなら、なんでもしますよ」
起床後、枕元の寝床にヤヒロの姿はなく、代わりに薬が置かれていた。寂しく思いながら、薬を拾う。
いつもではないにしろ、起こすときはこの腹に乗って起こしていたが、残念ながら今日は来てくれなかった。
お互いに短い睡眠時間だったのだから仕方あるまい。
「……………」
今朝見た夢を思い出して、手で顔を覆う。
「なんて夢を見てしまったんだ、おれは」
ヤヒロのことは可愛いとは思ってきたが、あまりにも不純な夢に自己嫌悪に陥る。
自信の唇に触れる。この年になってもほとんどキスをしたことがないと言われれば笑われるだろうが、この能力を知っていれば笑うこともない。毒人間であるマゼランは、発現してない状態の溜め息でさえ毒になる。触れれば誰だって毒に侵される。
唯一触れてもほぼ毒に侵されないのはヤヒロしかいないのだ。
***
ヤヒロが“まぜらんさん”と呼んでいた頃から、起こしに来てくれていた。起こしに来てくれていたというが、来てすぐの頃は共に寝ていたのだから起こし合っていたのが正しい。
来てすぐは一緒に寝ることには慣れず、特に腹の上に誰かが乗ることに慣れなかった。ヤヒロが起こそうと腹に乗られたときは鼠かと思ったが、人だと分かると吃驚した。
ヤヒロの毒への耐性はマゼランの予想を越えていた。寝る間に吐く息も毒であるにも関わらず、ヤヒロは平気だった。ガスマスクも一切つけない。
幼い頃より毒人間だった為にまともに触れあうことがなかった。ただ触れるだけでも心臓が止まりそうだ。
初めてヤヒロを抱き締めた時の衝撃は忘れられない。手のひらに収まる小さな命がこの毒に耐えられることに、驚きと感動があった。
これがぬくもりか。
ヤヒロを引き取った後、恐る恐るヤヒロを再び抱きしめた。彼女の体はあまりにも小さく、抱き締めてるよりも体に押し当ててるようなものだが、たしかに手のひらには自分以外の熱があった。
「これが人の体温か。そうか、そうだったな……」
しばらく抱き締め、自分以外の熱が、命があることを感じる。
ヤヒロがマゼランの首回りの毛に掴みながら登る。
「まぜらんさん、いたいの?」
「いいや、そうじゃないんだ。ヤヒロは苦しくないか?」
「まぜらんさんはいたそうだよ。なみだがでてる」
「……そういえば、痛かったのかもしれないな」
この力も性格もインペルダウンに最適だと思っていた中で、初めてぬくもりに飢えていたのだと気付いた。触れることはないと分かりきっていた中で、会ってしまった。
ヤヒロの個室が出来てからも、ヤヒロは共に寝ることを頼んだ。マゼランも喜んで一緒に寝た。一緒に寝ると言っても、仰向けに寝るマゼランの腹にヤヒロが乗るのが殆どで、ヤヒロが寝たのを確認してから潰さないようにそっと枕元に寝かせていた。
“父様”と呼ぶようになる頃には、余程のことがない限りは共に寝ることはなくなった。ヤヒロが本格的に職員として働くようになり、生活リズムの都合だ。四年前、最後に共に寝たのは、ヤヒロがアラバスタに行く前日だった。
戻ってきてから、マゼランの体調を心配して共に寝ることはあった。
気のせいだろうか、戻ってきてからのヤヒロから色気を感じる。元よりスタイルがいいのはマゼランも職員も口を揃えて言っている。ハンニャバルを筆頭に一部の職員がヤヒロに「これを着ると父様が喜ぶ」とけしかけるほどだ。困ったことにヤヒロは父様が喜ぶならと割りとあっさり着てしまう。中でもサディの格好をしてきた時は、ヤヒロは流石に羞恥心に耐えながら着ていた。この時はけしかけたハンニャバルとサルデス、ノリノリで服を提供したサディに説教をした。
ヤヒロは本当にマゼランが好きで父親として慕っている。盲愛とも言える親への感情が度を越しているのも分かる。
“父様が喜ぶなら、なんでもしますよ”
夢の中のヤヒロの台詞は文字通りヤヒロの言動そのままだ。冗談抜きで“父様”関連であれば、ほぼなんでもやるのだ。
マゼランとして嬉しい半分心配半分だ。
***
布団の上からでも分かるほどに起き上がった生理現象に眉間の皺を寄せ、起き上がる。
時計を見て時刻を確認すると、予定通り朝の六時を指していた。寝たのが深夜三時を超えて、六時に起床というのは通常の生活リズムから遠い不健康さだが仕方ない。寝不足に堪え、ナイトキャップを外す。
いつものような睡眠時間が取れなかったのはしかたないが、脱走中の囚人がいる中で寝られる時間が取れただけでも充分だ。
ヤヒロが置いてくれた薬を飲み胃腸を整える。
麦わらのルフィの死体とLEVEL3の囚人の姿は確認出来なかった。能力を使ったことで下痢の頻度は増えるだろう。食堂へ行き、朝御飯を二人分貰う。食事に使う食器はマゼラン専用で、使い捨てのものを使っている。自室に持ってきて、朝食を食べる。
食べながら、隣の娘の部屋がある方向を見た。朝は起こしに来ておらず、今もまだ顔を見ていない。たまには起こしに行ってみるかと考え、ヤヒロの部屋に向かう。
ノックをしても、返事がない。
「ヤヒロ、入るぞ」
「え?」
お互い硬直した。ヤヒロは下着姿で男物のコートを羽織っている。
「わああ!すまん!」
今朝の夢のせいもあってか、娘の下着姿にどきどきする。どぎまぎしながらも、マゼランはヤヒロの胸に痣があることに気付いた。
「どうしたこれは。ぶつけたのか?」
「え、あ、いや」
慌てて痣をコートで隠し、珍しく恥ずかしがっている。
「痛むようなら別の医者に診てもらったほうがいい。連れていってやろう」
心配して抱き抱えようとしたが、するりと逃げられた。痣はしっかり隠してしまって様子も見えない。
「へ、平気ですし!痛くないですし!なにより、父様!私は着替えてるんですから、早く部屋から出てください!」
「す、すまん……」
慌てて部屋から出る。
静かに扉が開き、ヤヒロが顔を覗かせる。
「どうした?」
ヤヒロは寂しそうな、心配そうな顔で見る。
「今日は朝御飯は一緒ですか……」
「………一緒だ」
「早く着替えてきます!」
嬉しさのあまり愛娘がコートを脱いだので、慌てて扉を閉める。
扉にもたれて、マゼランはずるずるとへたりこむ。娘の親愛の情が深いのは充分に分かっているが、マゼランに対して羞恥心が限りなくない。
「父様?もしかして扉を塞いでませんか?」
尻にノックの振動が伝わり、慌てて立ち上がる。ひょこっと顔を覗かせた娘はにっこりと笑みを浮かべる。
「おはようございます、父様」
朝食は二人で取れるときはマゼランの部屋で取る。マゼランの大きさではヤヒロの部屋に入れるが、狭い。羽や尻で何回かものを壊したことがある。マゼランの部屋はマゼラン専用サイズなので、机の上にレジャーシートを敷いてヤヒロサイズの簡易テーブルを置いて整える。準備が終わるとヤヒロを運び、座らせる。
「父様、ありがとうございます」
座ったヤヒロはマゼランが用意した朝食を見て、叱る。
「父様!昨日ドクドクの実の力を使ってお腹がゆるゆるなのに、朝食も毒のスープでは、またお腹を痛めてしまいます!温かいスープはいいですが、お昼はもう少しお腹に優しいものも摂りましょう?」
叱りながら毒フグの刺身を紫蘇で巻いてマゼランに食べさせるヤヒロにしょんぼりしながら食べる。
「おれは毒が好物だから……」
「食後、しっかり軟膏を塗りましょう!」
「ほあ!?」
思わず、尻に手を当ててしまう。
「どうせいつもしてるんですから、気にすることもないでしょう!今日はエースさんの護送もあるんですから」
「そ……」
「ご安心ください。もう用意してありますから」
見なかったことにしていた軟膏の容器をこれでもかと見せつけ、にっこりとかわいい笑みを見せつけられては、
「頼む……」
折れるしかなかった。
“………………父様なしじゃいられない体になる……”
“父様が喜ぶなら、なんでもしますよ”
着替えを持ってきてらう間、娘のとんでも発言を反復させる。前者はヤヒロが事故で毒に侵されて言ったセリフだ。
さきほどの患部に軟膏を塗る行為は医者としての振る舞いでもあるが、マゼランを見るときは娘としての振る舞いも見せるので、その度に羞恥心に耐えている。
さっさと下着を穿いて、枕に顔を埋める。余計なことを考えるともう一度下半身の世話をさせかねない。
「父様、シャツの用意が出来ました」
「ああ」
「父様、髪の毛が乱れてるので直しますね」
枕元に着替えが置かれ、ヤヒロはマゼランの髪の毛をほどく。さらさらとした髪質を気に入っているのか何度もとかす。
「父様の子供だったら、こんなにさらさらの髪の毛になれたんでしょうね」
「ヤヒロの髪の毛も充分過ぎるほどさらさらで綺麗な髪をしているじゃないか」
「私はケアを沢山してようやく父様レベルなんです。美髪の秘訣を教えて欲しいくらいです。以前、記憶が無くほど酔ってしまう父様の毒を飲めばましになりますかね」
「あれだけはやめておきなさい」
「なぜ」
「……どうしても、だ」
話している間に髪の毛のセットが終わった。
「お腹の調子は如何ですか?」
「ああ、いつも通り下しそうだ」
「水分はとってくださいね。執務室にも水分補給のペットボトルは置いてありますから」
「ああ」
「…………」
ヤヒロがマゼランの頭を抱き締める。
「どうした。まさか痣が痛んできたとかじゃないだろうな」
「違います……」
ヤヒロはマゼランの頭を優しく撫でる。
「もう少ししたら、父様のお下しが減るような薬が完成します……」
「そうか、……おれが皆にかけてる負担を減らせたら、おれも嬉しいものだ」
マゼランは苦笑いしながら腹を擦る。それをヤヒロは心配そうに見る。
「やはり戦闘した後日ですし、今日の寝る前に診ましょうか?」
思わず手でお尻を抑える。診療であることは分かってても、見られるのも手を突っ込まれるのも慣れない。なにより恥ずかしい。
「……辞めておこう」
署長室に入ると待機していた職員に現状の様子を聞く。LEVEL3の囚人はまだ見つかっていない。朝から行われるエースの護送の為にも警戒態勢は解除せず、現状維持させた。
指示を出した後にまたトイレに籠る。この下痢は能力を使った影響か、能力の普段の影響か、朝食か、時間からして朝食だ。下痢との付き合いは伊達に長くはない。
ドミノから朝の挨拶がトイレ越しに聞こえた。
「署長!マゼラン署長、おはようございます」
「今、ゲリだ!!」
「ではお早く。ポートガス・D・エース死刑囚、連行のお時間です」
トイレから出て、LEVEL6のリフトに向かう。ドミノは他の看守の人数を確認していた。マゼランの姿を捉えたドミノはすぐさま他の看守にも敬礼をさせる。
リフトを下降させる直前、ヤヒロが何かを持って行くのが見えた。
至極嬉しそうに、あの贈り物が来たときと同じ顔をしている。
伊達眼鏡の奥からでも輝いた目はよく見えた。
「遅いです!」
ドミノの叱りで現実に戻された。
「厳しいな、ドミノ」
「今後はもっと素早くお下しに!!」
「ムチャな…」
不可抗力の下痢に耐えろとは、囚人達の前で下してもいいのか。下痢のことを考えたせいかまた腹が痛む。
「うっ、また!」
娘から軟膏を念入りに塗られて良かったと思ったが、そうもいかなかった。
「耐えてください」
「そんなあ!」
「正面入り口にて今朝九時ちょうどに囚人を引き渡す。そこまでが私共の使命。守れなければ、インペルダウンの沽券に関わります」
この下痢が起きた様子もヤヒロに伝わり、夜も診てしっかり塗りましょうと言われるのが目に見えた。深くため息をついて、エースの護送に向かった。
「マゼランさん」
聞き慣れた声を聞き、聞き慣れない呼び名で呼ばれる。声が聞こえる方を見ると、枕元にヤヒロが座っている。
「起きてください、マゼランさん」
ヤヒロが寝ているマゼランの額を撫でながら囁く。
「マゼラン……さん?」
義娘の呼び名に思わず反復して言ってしまう。ヤヒロはくすくす笑いながらマゼランの腹に乗り、口づける。体格の差がある中でヤヒロの胸やら太ももが喉から鎖骨に掛けて押しつぶされる。体毛で感触が軽減されても柔らかさがはっきりと分かる。直接触れ合う唇の柔らかい感触はどの部位に触れるよりも感覚が違う。
拒むつもりがされるがまま、キスを受け入れてしまっている。
目の前の光景に耐えきれず目を瞑ると、キスは深まる。小さいヤヒロの舌が入り込み、マゼランの舌を探す。恐る恐る舌をヤヒロの舌に触れると、彼女は舌を絡めた。
舌の滑りと動きにマゼランは舌が動く度に痙攣のほうに震える。ヤヒロがマゼランの腹から落ちかけ、手で押さえ支えた。ヤヒロもマゼランに抱きつき、キスを続ける。
紅潮したヤヒロは汗を流しながら、恍惚とした表情でマゼランを見つめる。その顔は以前も見たこことがあった。だがあの時と違い、今彼女に一切毒を与えていない。
「あ、ああ……ヤヒロ」
「どうしたんですか。………、もう一回?」
きょとんと見つめるヤヒロが再び口づけようとして慌てて止める。
「いや、いい。充分だ。充分すぎる」
「マゼランさんがして欲しいならしますよ」
マゼランは言葉に詰まった。
全身を毒に変える時とはまた違う鼓動の早さに、マゼランは息が止まりかける。
「大丈夫ですか?」
ヤヒロが心配そうにマゼランの頬に触れる。触れ慣れてるはずのぬくもりがやけに熱い。
困りきったマゼランはヤヒロからの視線を逸らす。
「私が望むばかりでは……。ヤヒロはどうしたい」
愛娘はひどく寂しそうに微笑んで言った。
「父様が喜ぶなら、なんでもしますよ」
起床後、枕元の寝床にヤヒロの姿はなく、代わりに薬が置かれていた。寂しく思いながら、薬を拾う。
いつもではないにしろ、起こすときはこの腹に乗って起こしていたが、残念ながら今日は来てくれなかった。
お互いに短い睡眠時間だったのだから仕方あるまい。
「……………」
今朝見た夢を思い出して、手で顔を覆う。
「なんて夢を見てしまったんだ、おれは」
ヤヒロのことは可愛いとは思ってきたが、あまりにも不純な夢に自己嫌悪に陥る。
自信の唇に触れる。この年になってもほとんどキスをしたことがないと言われれば笑われるだろうが、この能力を知っていれば笑うこともない。毒人間であるマゼランは、発現してない状態の溜め息でさえ毒になる。触れれば誰だって毒に侵される。
唯一触れてもほぼ毒に侵されないのはヤヒロしかいないのだ。
***
ヤヒロが“まぜらんさん”と呼んでいた頃から、起こしに来てくれていた。起こしに来てくれていたというが、来てすぐの頃は共に寝ていたのだから起こし合っていたのが正しい。
来てすぐは一緒に寝ることには慣れず、特に腹の上に誰かが乗ることに慣れなかった。ヤヒロが起こそうと腹に乗られたときは鼠かと思ったが、人だと分かると吃驚した。
ヤヒロの毒への耐性はマゼランの予想を越えていた。寝る間に吐く息も毒であるにも関わらず、ヤヒロは平気だった。ガスマスクも一切つけない。
幼い頃より毒人間だった為にまともに触れあうことがなかった。ただ触れるだけでも心臓が止まりそうだ。
初めてヤヒロを抱き締めた時の衝撃は忘れられない。手のひらに収まる小さな命がこの毒に耐えられることに、驚きと感動があった。
これがぬくもりか。
ヤヒロを引き取った後、恐る恐るヤヒロを再び抱きしめた。彼女の体はあまりにも小さく、抱き締めてるよりも体に押し当ててるようなものだが、たしかに手のひらには自分以外の熱があった。
「これが人の体温か。そうか、そうだったな……」
しばらく抱き締め、自分以外の熱が、命があることを感じる。
ヤヒロがマゼランの首回りの毛に掴みながら登る。
「まぜらんさん、いたいの?」
「いいや、そうじゃないんだ。ヤヒロは苦しくないか?」
「まぜらんさんはいたそうだよ。なみだがでてる」
「……そういえば、痛かったのかもしれないな」
この力も性格もインペルダウンに最適だと思っていた中で、初めてぬくもりに飢えていたのだと気付いた。触れることはないと分かりきっていた中で、会ってしまった。
ヤヒロの個室が出来てからも、ヤヒロは共に寝ることを頼んだ。マゼランも喜んで一緒に寝た。一緒に寝ると言っても、仰向けに寝るマゼランの腹にヤヒロが乗るのが殆どで、ヤヒロが寝たのを確認してから潰さないようにそっと枕元に寝かせていた。
“父様”と呼ぶようになる頃には、余程のことがない限りは共に寝ることはなくなった。ヤヒロが本格的に職員として働くようになり、生活リズムの都合だ。四年前、最後に共に寝たのは、ヤヒロがアラバスタに行く前日だった。
戻ってきてから、マゼランの体調を心配して共に寝ることはあった。
気のせいだろうか、戻ってきてからのヤヒロから色気を感じる。元よりスタイルがいいのはマゼランも職員も口を揃えて言っている。ハンニャバルを筆頭に一部の職員がヤヒロに「これを着ると父様が喜ぶ」とけしかけるほどだ。困ったことにヤヒロは父様が喜ぶならと割りとあっさり着てしまう。中でもサディの格好をしてきた時は、ヤヒロは流石に羞恥心に耐えながら着ていた。この時はけしかけたハンニャバルとサルデス、ノリノリで服を提供したサディに説教をした。
ヤヒロは本当にマゼランが好きで父親として慕っている。盲愛とも言える親への感情が度を越しているのも分かる。
“父様が喜ぶなら、なんでもしますよ”
夢の中のヤヒロの台詞は文字通りヤヒロの言動そのままだ。冗談抜きで“父様”関連であれば、ほぼなんでもやるのだ。
マゼランとして嬉しい半分心配半分だ。
***
布団の上からでも分かるほどに起き上がった生理現象に眉間の皺を寄せ、起き上がる。
時計を見て時刻を確認すると、予定通り朝の六時を指していた。寝たのが深夜三時を超えて、六時に起床というのは通常の生活リズムから遠い不健康さだが仕方ない。寝不足に堪え、ナイトキャップを外す。
いつものような睡眠時間が取れなかったのはしかたないが、脱走中の囚人がいる中で寝られる時間が取れただけでも充分だ。
ヤヒロが置いてくれた薬を飲み胃腸を整える。
麦わらのルフィの死体とLEVEL3の囚人の姿は確認出来なかった。能力を使ったことで下痢の頻度は増えるだろう。食堂へ行き、朝御飯を二人分貰う。食事に使う食器はマゼラン専用で、使い捨てのものを使っている。自室に持ってきて、朝食を食べる。
食べながら、隣の娘の部屋がある方向を見た。朝は起こしに来ておらず、今もまだ顔を見ていない。たまには起こしに行ってみるかと考え、ヤヒロの部屋に向かう。
ノックをしても、返事がない。
「ヤヒロ、入るぞ」
「え?」
お互い硬直した。ヤヒロは下着姿で男物のコートを羽織っている。
「わああ!すまん!」
今朝の夢のせいもあってか、娘の下着姿にどきどきする。どぎまぎしながらも、マゼランはヤヒロの胸に痣があることに気付いた。
「どうしたこれは。ぶつけたのか?」
「え、あ、いや」
慌てて痣をコートで隠し、珍しく恥ずかしがっている。
「痛むようなら別の医者に診てもらったほうがいい。連れていってやろう」
心配して抱き抱えようとしたが、するりと逃げられた。痣はしっかり隠してしまって様子も見えない。
「へ、平気ですし!痛くないですし!なにより、父様!私は着替えてるんですから、早く部屋から出てください!」
「す、すまん……」
慌てて部屋から出る。
静かに扉が開き、ヤヒロが顔を覗かせる。
「どうした?」
ヤヒロは寂しそうな、心配そうな顔で見る。
「今日は朝御飯は一緒ですか……」
「………一緒だ」
「早く着替えてきます!」
嬉しさのあまり愛娘がコートを脱いだので、慌てて扉を閉める。
扉にもたれて、マゼランはずるずるとへたりこむ。娘の親愛の情が深いのは充分に分かっているが、マゼランに対して羞恥心が限りなくない。
「父様?もしかして扉を塞いでませんか?」
尻にノックの振動が伝わり、慌てて立ち上がる。ひょこっと顔を覗かせた娘はにっこりと笑みを浮かべる。
「おはようございます、父様」
朝食は二人で取れるときはマゼランの部屋で取る。マゼランの大きさではヤヒロの部屋に入れるが、狭い。羽や尻で何回かものを壊したことがある。マゼランの部屋はマゼラン専用サイズなので、机の上にレジャーシートを敷いてヤヒロサイズの簡易テーブルを置いて整える。準備が終わるとヤヒロを運び、座らせる。
「父様、ありがとうございます」
座ったヤヒロはマゼランが用意した朝食を見て、叱る。
「父様!昨日ドクドクの実の力を使ってお腹がゆるゆるなのに、朝食も毒のスープでは、またお腹を痛めてしまいます!温かいスープはいいですが、お昼はもう少しお腹に優しいものも摂りましょう?」
叱りながら毒フグの刺身を紫蘇で巻いてマゼランに食べさせるヤヒロにしょんぼりしながら食べる。
「おれは毒が好物だから……」
「食後、しっかり軟膏を塗りましょう!」
「ほあ!?」
思わず、尻に手を当ててしまう。
「どうせいつもしてるんですから、気にすることもないでしょう!今日はエースさんの護送もあるんですから」
「そ……」
「ご安心ください。もう用意してありますから」
見なかったことにしていた軟膏の容器をこれでもかと見せつけ、にっこりとかわいい笑みを見せつけられては、
「頼む……」
折れるしかなかった。
“………………父様なしじゃいられない体になる……”
“父様が喜ぶなら、なんでもしますよ”
着替えを持ってきてらう間、娘のとんでも発言を反復させる。前者はヤヒロが事故で毒に侵されて言ったセリフだ。
さきほどの患部に軟膏を塗る行為は医者としての振る舞いでもあるが、マゼランを見るときは娘としての振る舞いも見せるので、その度に羞恥心に耐えている。
さっさと下着を穿いて、枕に顔を埋める。余計なことを考えるともう一度下半身の世話をさせかねない。
「父様、シャツの用意が出来ました」
「ああ」
「父様、髪の毛が乱れてるので直しますね」
枕元に着替えが置かれ、ヤヒロはマゼランの髪の毛をほどく。さらさらとした髪質を気に入っているのか何度もとかす。
「父様の子供だったら、こんなにさらさらの髪の毛になれたんでしょうね」
「ヤヒロの髪の毛も充分過ぎるほどさらさらで綺麗な髪をしているじゃないか」
「私はケアを沢山してようやく父様レベルなんです。美髪の秘訣を教えて欲しいくらいです。以前、記憶が無くほど酔ってしまう父様の毒を飲めばましになりますかね」
「あれだけはやめておきなさい」
「なぜ」
「……どうしても、だ」
話している間に髪の毛のセットが終わった。
「お腹の調子は如何ですか?」
「ああ、いつも通り下しそうだ」
「水分はとってくださいね。執務室にも水分補給のペットボトルは置いてありますから」
「ああ」
「…………」
ヤヒロがマゼランの頭を抱き締める。
「どうした。まさか痣が痛んできたとかじゃないだろうな」
「違います……」
ヤヒロはマゼランの頭を優しく撫でる。
「もう少ししたら、父様のお下しが減るような薬が完成します……」
「そうか、……おれが皆にかけてる負担を減らせたら、おれも嬉しいものだ」
マゼランは苦笑いしながら腹を擦る。それをヤヒロは心配そうに見る。
「やはり戦闘した後日ですし、今日の寝る前に診ましょうか?」
思わず手でお尻を抑える。診療であることは分かってても、見られるのも手を突っ込まれるのも慣れない。なにより恥ずかしい。
「……辞めておこう」
署長室に入ると待機していた職員に現状の様子を聞く。LEVEL3の囚人はまだ見つかっていない。朝から行われるエースの護送の為にも警戒態勢は解除せず、現状維持させた。
指示を出した後にまたトイレに籠る。この下痢は能力を使った影響か、能力の普段の影響か、朝食か、時間からして朝食だ。下痢との付き合いは伊達に長くはない。
ドミノから朝の挨拶がトイレ越しに聞こえた。
「署長!マゼラン署長、おはようございます」
「今、ゲリだ!!」
「ではお早く。ポートガス・D・エース死刑囚、連行のお時間です」
トイレから出て、LEVEL6のリフトに向かう。ドミノは他の看守の人数を確認していた。マゼランの姿を捉えたドミノはすぐさま他の看守にも敬礼をさせる。
リフトを下降させる直前、ヤヒロが何かを持って行くのが見えた。
至極嬉しそうに、あの贈り物が来たときと同じ顔をしている。
伊達眼鏡の奥からでも輝いた目はよく見えた。
「遅いです!」
ドミノの叱りで現実に戻された。
「厳しいな、ドミノ」
「今後はもっと素早くお下しに!!」
「ムチャな…」
不可抗力の下痢に耐えろとは、囚人達の前で下してもいいのか。下痢のことを考えたせいかまた腹が痛む。
「うっ、また!」
娘から軟膏を念入りに塗られて良かったと思ったが、そうもいかなかった。
「耐えてください」
「そんなあ!」
「正面入り口にて今朝九時ちょうどに囚人を引き渡す。そこまでが私共の使命。守れなければ、インペルダウンの沽券に関わります」
この下痢が起きた様子もヤヒロに伝わり、夜も診てしっかり塗りましょうと言われるのが目に見えた。深くため息をついて、エースの護送に向かった。
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