砂の城、看守の罪
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「父様のすけべ」
養父たるマゼランの寝室を出て、小さく呟く。
ボア・ハンコックの来訪にマゼランはデレデレと看守の報告を聞き流してしまったのだ。インペルダウンの一時の騒ぎはそれで落ち着いたようだが、異性に惚けて垂れ下がった顔を見ると、呆れてしまった。
「お尻をつねればよかった」
寝かし付けるときにつねればよかったと後悔する。美人に弱い辺り、父様も男性だなとは思うが、ヤヒロとしては複雑だ。
あることに気付き、歩みを止める。
「父様はなんで奥さんとか相手がいないんだろう?」
マゼランの毒人間としての能力だから、相手がいたとしても遠慮しているのだろうか。ヤヒロも既に二十歳を越えているので、子供がいることも気にしなくていいと思うが、なにか気にしていることでもあるのか。
自室に入り、研究に使っていた薬を選びながら独り言を呟く。
クロコダイルのコートが入った鞄に、手を伸ばす。
「………完成していれば、父様も気にすることなく誰かを好きになったりできるのかな」
自室から出て、LEVEL5のある抜け道を通る。以前はLEVEL4の抜け道を使っていたが、シリュウがLEVEL6に収監されてからは監視が甘くなっている。シリュウはヤヒロも顔馴染みのある人物だ。親しい仲とは言えず、遊び回る中で何度か斬りかけられたことか。マゼランがシリュウに怒るが、シリュウは鼻で笑いながら説教を聞き流していた。ヤヒロはシリュウのことはあまり好きではない。彼からは妙に好かれていたが、娯楽感覚で殺すことに恐怖を感じていた。囚人が悪い人なのは分かる。逃亡や、反逆に対し厳しい罰を与えるのは当然とも言える。娯楽感覚で殺していいものではない。
(わにさんは……どうなのだろう)
十数年前、クロコダイルはヤヒロの両親を殺した。それは彼も認めている。
ヤヒロは壁にもたれ、胸を押さえる。過呼吸の前兆を抑え、静める。
マゼランと共に暮らすに連れて、殺すより前の彼からは、両親を殺害するような理由がないと気付いた。その疑問は再会したことで確信した。
貴方は誰に騙されていたのか。何故殺したのかも、ここに連れてきてマゼランに託したことも一切話してくれなかった。アラバスタで与えられたのは、経済学の知識と夜の時間だけ。四年過ごして分かったのは、殺すことに躊躇はしないが、殺すことはただの手段だということだ。殺しには冷酷だが、残忍ではない。両親を砂にするほどの動機がない。
クロコダイルが行ったことは最終的には残酷ではあるが、冷酷な考えとして行っていた。
冷酷な人間性を持ちながら、何故かヤヒロに両親を殺した理由を話さない。
(冷酷さなら私も同じようなものだからわかると思いたいけど、分からない)
抜け道を通り、通路に出る。洞窟じみた通路をヤヒロは平然と進む。
ヤヒロは十数年前よりクロコダイルの手からマゼランに託され、インペルダウンに住んでいる。
幼い頃から、ブルーゴリラ、略称ブルゴリや獄卒獣と遊んできた。更に別の人物たちとも遊んでいた。
ここはニューカマーランド。約百年ほど昔にこのインペルダウンのLEVEL5とLEVEL6の間を掘ったものがあり、そこを利用して建国されたらしい。
ヤヒロがニューカマーランドに初めて来たのは、インペルダウンに来てまだ数年のころだ。監獄内はヤヒロにとって遊び場であり、ありとあらゆるところに入り込んだ。迷い混んだときはニューカマーの住人に助けられた。助けられたときは何故ここに人がいるのか疑問に思ったが、囚人たちと知り看守に話すか迷った。完全な善良さはないが、それなりに大人しくしている。彼らの生活用品の調達が盗みであることを除けばだが。
ここに来ているのは、インペルダウンの薬品は勝手に持ち出さない代わりに、ヤヒロが必要な分を持ってくると協定を結んだからだ。勝手に荒らされては困るのと、防犯対策で施された薬品に勝手に触れれば職員もニューカマーたちもただではすまないのだ。
「こんばんはー。余った医薬品持ってきました」
「おう、助かるぜ」
鎖と鍵で固く施錠された扉の前で大勢が「頑張れ」と叫んでいる。扉の向こうでは苦痛の叫びが聞こえる。
とっさに鞄の中身を確認する。手持ちの薬品が持ってきた分のみであることに気付き、内心自分を責めた。
「怪我人ですか?」
「ああ、いや違うぞ。なんでもマゼランの毒にやられたやつがいてね。その仲間が必死に応援してたら皆連られて応援しているのさ」
特徴から聞くに、恐らく麦わらのルフィだ。
「…………あの毒を受けて、生きている……?」
おかしい。マゼランの重複した毒はこの時間であればすでに死んでいる。未だにLEVEL3の囚人も捕まっていない。まさか、その人物が助けたのだろうか。
仮に助けることが出来るとすれば、ここの女王イワンコフしかいない。ホルホルの実の能力はホルモンを司る。治癒作用を最大まで引き上げたのか。
彼の目的は兄エースの奪還。
ルフィはきっと解毒が終わればすぐにエースを助けに行くだろう。
クロコダイルの採血の後、再びクロコダイル目の前を通った。目的はエースの採血だ。
あんなキスをしたあとではクロコダイルの顔が見れずに、淡々とエースの採血をとった。
エースは採血中も大人しくしていた。散々殴られたり、蹴られたであろう姿を見て血を拭おうとすると断られた。
「おれはこれから死に逝くんだ。また血で汚れる。あんたはあんたの仕事をやりな」
「医者として不衛生なのは見過ごせないです。少し拭きますね」
背後からじゃらっと鎖が動く音が聞こえたが、聞かなかったことにし、エースの体を拭く。
「……あんた好い人だな」
「貴方が思う以上に悪い人ですよ」
「ははっ、褒め言葉は素直に受け取っておくものだぜ」
「……仮に好い人だとしても、私に出来ることはここまでが限界です」
「充分だよ。最後にこんな別嬪さんに同情されるのも悪くねえ。気持ちだけでも受け取っておくさ」
「……なければいいのに」
「んあ?」
「いえ、仕事が山積みなのでこれから大変だなと」
「おう、頑張れよ」
会釈をして牢屋から出る。向こう側の囚人を視野に入れないように、素早く戻った。
ヤヒロはここの住民が全員インペルダウンに囚われた囚人であることを知っている。
彼らがいることはインペルダウンの職員にも話さない。話せば確実にマゼランが直々に制圧するだろう。
(どちらも傷付かすに済めばいいのにね)
ヤヒロが出来るのは怪我や病気が発生してからだ。
ニューカマーランドから入る入り口は複数ある。狭い出入口次第ではLEVEL1にも行ける。これは盗むための通路として使われているようだ。
通路こそ知っていてもヤヒロが使うのはせいぜいLEVEL5の入り口だけだ。出るのも入るのも同じ場所にしておくだけで、ニューカマーランドの存在には気付かれることはない。
父のマゼランは力を使うと体調を崩す。……なにより殺すことには違いない。仕事とは分かってても、あまり手を汚してほしくないと考えてしまう。
エレベーターで一階に行く。
静まった監獄は皆寝ている。警戒レベルが高くなり、囚人も看守もブルゴリも緊張しているのが分かる。
「ブルゴリ」
小さい声で彼らを呼ぶ。近くにいた一匹のブルゴリが来てくれた。ブルゴリは喜ぶように手足をばたつかせ、ヤヒロを抱えた。すんと磯臭さい体臭を嗅ぐ。この子は今日食料確保に行っていたようだ。
「ああ、君はこの間のフグをとってきてくれた子ね。父様が喜んでたよ?いい子」
ブルゴリは嬉しいと言わんばかりにヤヒロを撫でる。
「今日はいっぱい囚人を相手にしたから疲れたでしょう。おつかれ」
ヤヒロもブルゴリを撫でる。
「うん?LEVEL3の入り口まで送ってくれるの?ありがとう。お願いね」
ブルゴリはヤヒロを抱き抱えながら歩いていく。
「サルデスくんはすごいなあ。君達を統率できて」
サルデスはヤヒロよりも年下だが、しっかりしている。囚人たち相手にも容赦しない。
監獄のなかには無罪を訴える者もいる。無実や痛みを叫ぶ声が響くと、ヤヒロは身がすくむ。
慰められてるのか、うほうほと鳴きながらぽんぽんと撫でられる。ヤヒロはくすくす笑いながら、ブルゴリの掌にタッチする。
ブルゴリの護衛でLEVEL3の入り口まで送ってもらった。
お互いに手を振り別れる。
歩いていると勢いよく巨大な何かが突進してきた。獄卒獣のミノゼブラだ。人見知りな子だが頼りになる獄卒獣の一人だ。
ミノゼブラはヤヒロに抱きつき、小さい声で泣きつく。
「ミノセブちゃん、また怖くなったの?仕方ないなあ」
ミノゼブラに肩に乗せてもらい、よしよしと撫でる。この高さは養父に抱き上げられた時と同じくらいの高さをしている。養父が大きいのか、それともミノゼブラが小さいのか。
ミノゼブラやマゼランより大きい囚人もいるので、大きさは考えない方がいい。どちらも今は薬を必要としない。治療する側としては大きすぎると薬品代が嵩む。予算が嵩めば経理に嫌味を言われるが、使う必要がある人間に言ってほしいものだ。
どんな大きさの人でも怪我もするし病気にもなる。
大きくても恐く思う心も同じだ。人見知りなせいか、注目を集めることがあると緊張して隠れてしまう。
大きくて隠れたくなるところがなんとも父様に似ている。父様の場合は隠れるのではなく、暗くて狭いところが好きなだけだが。
「でも、囚人よりも夜が怖いのは少し分かる。落ち着くけど、寂しい感じがして、ほんの少し怖い」
ミノゼブラも頷く。
「……ごめんね」
ミノゼブラはきょとんとヤヒロを見る。ミノゼブラの視線に、優しく撫でる。
数時間後に彼らが召集され、戦わされるのは目に見えてる。
ルフィたちのことをニューカマーランドごといえば、彼らはもろとも再び牢屋に入れられるだろう。
それ以上にヤヒロがなぜ知っていたかを追求される。そして、その行動の先に責任としてマゼランに降り掛かる。
自己保身に走りすぎだと心の中で自嘲する。
「……ごめんね」
ヤヒロに出来ることは、治療すること。
ただ治すだけなら、相手は問わない。
誰も怪我をしなければいいのに。
そう思ったのは何回目だろう。
ヤヒロは医療器具を持っていく。入れる鞄はブルゴリや獄卒獣向けのおやつが入っており、隠れた底に医療器具が入っている。
ニューカマーランドに戻ると応援は続いていた。
「すみません。もし彼が、ルフィさんが起きたら起こしてください」
少し離れた先の壁にもたれ、ヤヒロは眠る。
ルフィは生きる。
あの毒に長時間耐えてるのなら、生き延びてもおかしくない。ヤヒロがマゼランの毒が平気なように、生き延びる人間もおかしくない。
毒から生還してくれれば、ヤヒロにも出来ることがある。
夢を見た。
両親がいて、祖父母、大叔父、曾祖父母、クロコダイル、マゼランという奇っ怪な面子だ。
両親は砂となり崩れ、祖父母は風化して消え、曾祖父母は溶け、大叔父はいつのまにか消えた。
残されたのは三人だけ。すると、クロコダイルがヤヒロの背中を押し、マゼランの元に行かせる。クロコダイルはしっしっと行かせる。マゼランが微笑んで迎えるので抱き付いた。
マゼランと海に入る夢に切り替わる。
彼も海水に浸かり、ヤヒロは海水をばしゃりとかける。海だが、不思議と怖くはない。
「わにさんは?」
マゼランに問い掛けるが彼は答えない。
「ヤヒロ」
声が聞こえる方を向くとクロコダイルがいた。駆け寄り抱きつく。
「わにさんったらもう、どこにいっていたんですか」
クロコダイルも抱き締め返す。
「父様ったら、わにさんがいるところを教えてくれなかったんですよ。もう」
クロコダイルは何も答えず、ただ抱きしめる。
「わにさん?」
心地よいはずの抱擁に不安が湧く。
「わにさん、離して」
力強く抱き締められ、クロコダイルは中々放さない。
ようやく放してもらい、後ろを振り向く。
愛しい養父はいた。その表情は悲しげにヤヒロを見つめ、手を伸ばす。マゼランの体がぐらりと倒れ、後ろに誰かがいた。
「父様!!」
叫び声と共に目が覚めた。
ヤヒロは冷や汗を流し目が覚めた。鼓動は早く、体は震えている。
「おい、あんた大丈夫か」
ニューカマーの一人が心配そうに声をかけてきた。
返事はルフィの大声でかき消された。
「腹へった!!!」
イワンコフが慌てて食料を持ってくるように指示する。ニューカマー達が食料を持っていき、伸びる手が食料をすぐに扉の向こうに持っていく。ヤヒロも運ぶのを手伝うが、凄まじい速度で食べている様子にあっけにとられる。
大量の食料を食べ、イワンコフによりテンションホルモンを打ってもらい、元気そうに見える。
「アドレナリンってヤツよ………!!今日一日その疲労を忘れられる!!そのかわり後日来る壮絶な後遺症なんてヴァナタ今更気にしないでしょう?」
興奮気味のルフィとイワンコフの前にヤヒロが現れる。
「お待ちください」
「ドクターガール、ヴァナータもいたの」
「いましたよ。応援にはお付き合いできませんでしたが。ルフィさん、念のため診せてください」
「だれだお前」
「医者です」
不思議そうな顔をするルフィにイワンコフが助け舟を出す。
「安心なさい。その子は正真正銘の医者よ。ヴァターシはホルモンを打つ力はあれども、より詳しい健康状態は彼女に診てもらった方がいいわ!!彼女は毒の専門家よ!!」
採血を採り、と健康状態を診る。
「注射を打ちます。中身はマゼランの毒の効果を和らげるものです。生還出来たとはいえ、内臓器官に負担を掛けたことには違いないので」
「お前、ここの人間だろ?なんでこんなことしてんだ?」
怪訝そうなルフィの表情に苦笑いする。
「……たぶん貴方が羨ましいんです。私がしたいことを勝手に上乗せして叶えてくれるかなって。……どのみち彼の意思次第なので」
「なんだよ、お前が連れ出せばいいんじゃねえのか」
「私にそこまでの力はありませんよ。私が出来るのは怪我や病気を治すこと。さて、ルフィさん、お兄さんのところに早めにいってあげてくださいね。貴方ならきっと出来ます」
微笑みながらルフィの背中を押して、ヤヒロは職場に戻った。
研究室は未だにマゼランの毒に犯された職員の治療をしている。
時計を見る。
そろそろ引き渡しに行く時間だ。
父様、マゼランがトイレに籠る。
「すみません。少し席を外します」
自室に戻り、鞄を持ち出す。
いるなら、きっとあそこに行くだろう。
彼が出てくれるなら、私はいくらでも助ける。