蟬ヶ沢さんは心配性
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夢主は
・女子高生(深陽学園の女子生徒)
・デザイナーの卵
・特殊能力の持ち主(MPLS)
・蟬ヶ沢(スクイーズ)とは昔からの知り合い
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004.手を汚す時
街灯の色が暖色だと犯罪の発生率が高まると言う統計結果がある。ある地域でひったくや不審者の多い道があった。そこの道の街灯の電球を橙色から青色に変えたところ、犯罪の発生率が減ったと言う。
蝶はため息をついて、携帯端末の画面を元の検索画面に戻す。
携帯端末を操作するふりをして、ちらっと後ろの男を鏡越しに見る。男はナイフを持って、こちらを見ている。こちらに向けている感情が変質者というのもあり、この向けられている感情を別の誰かに向けさせれば襲われはしない。
少なくとも蝶はこの向けられた不快感を誰かに向けさせる気はない。
この感情の向きを変えるには蝶の能力で“触れる”必要があり、より鮮明に視なければならない。軽く見えるだけでも嫌と思うものを視る趣味はないのだ。
この状態を街灯の灯りのせいにするつもりはないが、たまたま蟬ヶ沢の迎えが来ない時に遭遇するとはついていないと蝶は心の中で愚痴る。
男の存在に気が付いたのはついさっきだ。携帯端末で後ろを確認しつつ、蟬ヶ沢に連絡をする。通話では男に気付かれる為、文章で送る。返事は十秒も経たぬうちに来た。
『直ぐに向かう師弟する場所まで来て、なるべく早く来る』
誤字を見つけて蝶はくすくすと笑う。不審な男に付けられている蝶よりも蟬ヶ沢の方がよほど焦っている。苦笑いをして顔がゆるむが、すぐに気を引き締める。
(さて、この状況をどうやって打開するか。<フェイク・シーズン>をこっそり使ったとして痕跡が残らないとは限らないし。セミさんも使って欲しくないって言っていたし……)
特殊能力を除けば身体能力は一般人のとか換わらない蝶だが、それなりに対策はある。柔術や合気道、ある程度の護身術の知識は入っている。時折蟬ヶ沢に頼み、技の相手をしてもらっていた。相手になるときは渋々承諾していたが、技の相手が終ると、蟬ヶ沢は必ず言っていた。
「出来るならこんなことは教えたくない」
まるで初めて人殺しをしたような顔で苦い顔をして言う。
「これじゃあ人殺しなんて出来ないよ」
けらけらと蝶は笑うが、蟬ヶ沢はこのときは絶対に笑わない。
「殺しなんてさせない」
「それは任務の内に入っているの?」
蟬ヶ沢は答えなかった。
ナイフを持った男は蝶のいる方向へゆっくりと歩きだした。膠着した状態に男が痺れを切らしたのだろう。あるいは周りに人がいないと確信をしたともいえる。
(相手も私が尾行さていると気付いているって気付いているんだろうな。たぶん、迎えの人間が来るのも悟っている)
ナイフを持った男にはどうやって対抗しようか考える。蟬ヶ沢が指定した場所までまだある。ここは走ってでも行くべきかもしれない。
蝶が走ろうとした時だ。
男と蝶の間に一台の車がドリフトで突っ込んできた。蟬ヶ沢の車だ。
蝶がぽかんとしている間に運転手の扉が開き、そこから蟬ヶ沢の手が伸びて蝶を引き込む。強引に引かれた為、運転手の懐に収まる形になった。
車はすぐに走りだし、ナイフを持った男はしりもちをついたまま車を見送った。
蝶を懐に乗せたまま、車は走る。左手の肘で背中を、掌で頭をそっと押さえる。
蝶の頭が丁度胸の辺りに当たる。そっと気づかれないように、少しだけ寄せてみる。少女漫画ならすぐに心臓の音が聞こえると言うのに、ギアの切り替えが激しすぎるせいかまともに聞こえない。
しばらく走行し、どこかのビルの駐車場に車を停めた。
車を停めると、蟬ヶ沢は下をちらっと見る。蝶が無事であることを確認すると、深く溜め息を付く。
「怪我してないわよね?」
蟬ヶ沢の問いに蝶は頷いて答える。ようやく安心したのか、蟬ヶ沢は座席からずるりと席を滑り落ちる。
「よかった……」
蝶を席から落とさないように、両手で抱えた。
蟬ヶ沢の心配性な所に蝶は小さく笑った。それを聞いて、蟬ヶ沢が怒りだした。
「ちょっと、笑い事じゃないのよ。あのね、あそこまで近いならとっとと近くの家でもいいから入る事!いい?」
「はいはい。それより、助手席に移ってもいい?」
蟬ヶ沢は今己が何をしているのに気が付いて、蝶をひょいと抱えて、助手席へ移動させた。
助手席へ移動させられて、蝶は蟬ヶ沢の方を向く。
蟬ヶ沢は俯いて、手で顔を覆っている。
蝶は蟬ヶ沢の反応に笑う。
指の隙間から少しだけ見えた目が蝶を睨んだが、耳まで真っ赤になっている様では睨みなど効かないようだ。
「あんな危ないことしちゃだめよ」
「任務に比べたら全然危なくないよ」
「どうせ生真面目に使わないで相手にしようとしたんでしょう」
蝶は視線を逸らして、答えない。
統和機構では幾人かのMPLSには能力を任務以外では能力を使わないようにと指示を出しているが、噂によるとまともに守っている者はいないらしい。
「能力を使わなくても、技でも決めてあげようかと思っていたから大丈夫だよ」
蝶は自信たっぷりにボディービルダーのように腕をまげて細い腕の筋肉を見える。
「だめよ。教えたのはあくまでも護身用。それにとっさに<フェイク・シーズン>で……」
そういって蟬ヶ沢は蝶の左手を両手で握り、何かを我慢するように震える。
「蝶には人を…、手を汚して欲しくないの」
これは蟬ヶ沢の本心だ。蟬ヶ沢は本音を漏らす時は常に弱々しい。
「……させたくないわ」
蝶は握られてない右手を蟬ヶ沢の頭に添え、撫でた。
「泣かないでよ」
「泣いてない」
蟬ヶ沢は俯いたまま蝶の肩にもたれた。
「セミさんが泣いちゃうくらいだものしないわ」