蟬ヶ沢さんは心配性
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夢主は
・女子高生(深陽学園の女子生徒)
・デザイナーの卵
・特殊能力の持ち主(MPLS)
・蟬ヶ沢(スクイーズ)とは昔からの知り合い
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003.地中に埋まった蟬
「今から会えないか?」
その声は彼らしからぬ焦りと不安が入り混じっていた。
*****
豪邸から一人出てくる。その男はゆらりゆらりと力なく、無表情からは何の感情も見えない。
常に人の前に立つことを意識した洒落たスーツも荒れた庭から出てきたせいかパンツには草花が付着し、汚れもついている。男は草花も汚れも払おうとしない、気にしない、あるいは気にする余裕もないのかもしれない。
駐車していた車に乗り込み、予め指示された場所へあるものを届ける。その中身はある人物の血液が付着したもので、色は蒼い。蒼い血が流れていた人物は今しがたスクイーズが処理、殺してきた。
人ならざる力を持つ合成人間、彼は今しがた殺してきたのは人間ではないものだ。
(人間ではないのは私もだがな)
スクイーズは自嘲気味に口許を歪ませる。
統和機構、コードネームをスクイーズという男が所属する組織、あまりにも強大でシステムとも呼ばれるそれにスクイーズも殺してきた人物も管理下にいた。
スクイーズの任務は監視として、本職と合わせて蒼い血の合成人間の傍で見ていた。
スクイーズ、表の顔たる蟬ヶ沢の職業はデザイナー。商品デザインから、パッケージ、建築、多岐にわたる。彼の監視を受けることになったのは、仕事先に彼がいたに他ならない。
監視も行っていたとはいえ仕事は仕事として充実していた、素直に言えば楽しかったのだ。
彼を殺すことに関しては、気持ち的にできるできないの問題ではない。やらなくてはならない。この殺し屋の仕事は自分のみで決めたものではない。しかし、この仕事をしていれば、少しだけでも世界を救うことに繋がる。何かを、誰かを守っているのだと思いたい。
一人は守っているつもりだ。
スクイーズの監視をしている対象はもう一人いた。それは誰よりも昔から一緒にいる友人。
この友人は彼のように殺したくはない。そうさせない為に自分が監視を受け持ち、システムに明け渡さないようにしている。
友人もシステムに所属することになった為に危険な目に遭わせている。
蟬ヶ沢がスクイーズという人ならざるものであることも知られた。彼女は変わらず友人としていてくれる。
彼も彼女のようにいられたらと少しばかり悼む。
こればかりは仕方ない。彼は実験として生かされていたに過ぎなかった。
それでも、彼の職人としての素質はやはり惜しいと思ってしまう。
(貴女なら同じことを思うだろうか)
同じくシステムと仕事に属し、彼とも交流があった。裏も表でも繋がりがある人物でもある。
合成人間スクイーズとしての行動は一通り終わらせた。
仕事が終わっても気分は晴れない。この気分も何度味わったことか。数えるのもやめてしまった。
どうあがいてもこの宿命から逃れることは出来ない。分かってはいた。
深く息を吐いて、吐いて、吐き尽くす。この肺に収まった空気を入れ替える。
今日は追加で任務がくることはまずないだろう。
携帯端末を起動し、画面を眺める。そこに映る連絡先は本職のものと偽装用の連絡先、持つひとつある携帯端末は裏の仕事専用の端末だ。
どちらでも彼女に連絡は繋がる。連絡さえとれればどっちだっていい。何となく本職の携帯端末で通話ボタンを押した。
*****
蟬ヶ沢から蝶へ連絡をするのはよくあることだ。ただ、連絡をしてくる時はそれなりに対応が出来る時間帯を考えて連絡をしてくるのだが、今の時間に通話を求めてきたのはかなり珍しいことだった。
通話ボタンを押すと蝶が聞く状態に入る間もなく彼は言葉を放った。
「今から会えないか」
話し方こそスクイーズではあったが、声音は蟬ヶ沢としての声をしていた。
彼らしくない、急いているような言い方に、蝶は少し訝しむ。
うーんと悩むふりをしながら、蟬ヶ沢の呼吸を聞いてみる。荒くはないが、浅い呼吸をしている。何か不安そうな気配も感じる。頭に地図を思い浮かばせて、少し考える。
蝶は指定の場所まで来てもらうようにお願いした。蟬ヶ沢が微かにほっと息を吐くのが聞こえ、蝶がお願いねと言い終わらずに電話を切られた。
暫くして、指定した場所に蟬ヶ沢が迎えに来た。車に乗りはしたが、蟬ヶ沢が無言でいるので蝶もつい無言でいてしまう。
ちらっと彼を見ると、少し疲れた顔をしている。
この顔はスクイーズだと察した。きっと彼は一人で任務を行ったのだろう。
「どうしたの」
蝶は視線を蟬ヶ沢には向けず話しかける。彼は返事をせず、彼女にもたれ掛かった。
肩に思わぬ重さが掛かり蝶は一瞬びくっと跳ねるが、蟬ヶ沢はそのままもたれる。
恐る恐る蟬ヶ沢を見た。
触れて能力で気持ちの方向を視なくても、彼が憔悴しているのが分かる。
「え、と、どこか怪我をしたの?」
「怪我はしてない。少し、少し疲れただけよ」
掠れた声で苦しそうに笑っていたが、口の端を歪めるだけだった。
「……今は無理してあっちの言葉でなくてもいいんだよ……?」
“スクイーズ”としている時は基本的には女性のような言葉遣いは一切しないが、蝶に関しては二人きりの時に限り、普段と変わらない女性の言葉遣いでいるようにと蝶がお願いしたのだ。
「いいの、私がこっちの言葉でいいたいの」
「ならいいけど…。ちゃんと私も連れて行くようにしてよ。なんのために任されているのか分からないもん」
「………流石ね。お見通しってわけね」
「言い出しっぺは私だもの」
蝶が蟬ヶ沢との任務の帰りに、もたれ掛かったりするのだ。よくそのまま蝶が寝てしまい、蟬ヶ沢を困らせるのだが、彼女が起きるまでじっとしてしまうのだ。
「それもそうね……。ねえ、もう少しこのままでもいいかしら?寝てしまうかもしれないけど、ね」
「警察に補導されなければ」
クスクス笑って、彼の頭を撫でる。どういう理屈かは蝶も知らないが、蟬ヶ沢と共に行動すると高確率で警察官に呼び止められるのだ。今いる場所も警察官が見回りとして来ない場所を考えて指定したのだ。
「それにしても、いつもは私が一方的にするのに、どういう吹き回し?」
「会いたくなった……では駄目かしら」
「あははは、セミさんが彼女みたい」
「か、かのっ!」
*****
蝶の思わぬ発言に蟬ヶ沢は一気に真っ赤になる。このようなことを彼女はさらりというのだ。
彼女は監視対象とてして一線を越えることなく過ごせるだろうか。処理をしてきた彼とは違い、監視する形式を結婚という形で縛られるかもしれない。
蟬ヶ沢を恋愛対象として見られているのかは、蟬ヶ沢は解らない。
解ったとしても、『何』が変わるのだろう。
「そういうなら、彼氏でしょ」
あははは、そうだねと蝶は笑う。
もたれながら、願う。
この関係がまだ続くように。
この感情がまだ地上に出てきませんように。
胸の辺りに感じる痛みを堪えた。