蟬ヶ沢さんは心配性
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夢主は
・女子高生(深陽学園の女子生徒)
・デザイナーの卵
・特殊能力の持ち主(MPLS)
・蟬ヶ沢(スクイーズ)とは昔からの知り合い
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002.三分の一の本物
仕事の帰り。蟬ヶ沢が運転をし、楠木玲と 蝶は乗せてもらい送ってもらうことになった。
蟬ヶ沢曰く、「こんな夜中にそのまま帰らせるのは危ないわ」とのこと。
蟬ヶ沢は鞄を助手席の足元に置き、後部座席の扉を開ける。気障ったらしく手を差し伸べて楠木に入ることを促すが、彼女は軽く会釈をして車に入った。
「助かります」
楠木は後部座席に座り、続いて 蝶も彼女の隣に座る。後ろから叩かれて振り向きと、蟬ヶ沢がにやりと手を振って助手席に乗り込むのが見えた。
お返しに、運転席の下を足先で小突く。
「いいえ、こんな真夜中まで仕事をさせちゃって悪いわね」
三人は職業は違うが同じ職場で働いている。ペパーミントウィザードというアイスクリームチェーン店で楠木はアイス制作の補助、蟬ヶ沢はデザイナーとして企業イメージの補佐等を行い、雑務こそ多いがその立場は取締役、 蝶は彼の仕事の補助を行っている。
年齢も職業もすべてバラバラの三人は特に会話することもなく、車のエンジン音とラジオの音だけが車内に響く。
これが蟬ヶ沢と 蝶だけならば多少の会話はあるだろう。この二人ならば出来る話もある。楠木には聞かれては困る話もあるのだ。
この三人でいるときの立場の話を考えようとするの必然的に仕事の、アイスクリーム店の話になるだろう。
今現在 蝶が何も話さないのは特に話すこともないことや、この三人の共通点らしい共通点はあまり雑談はしないことだろう。何より、 蝶から話せばきっと楠木はあることにつっこんでくるだろう。
(楠木さんの興味が私とセミさんに向いている)
蝶には特殊な能力がある。これを他者に説明しても完全に理解されることはない。言ってしまえば、動きが視え、その方向が変えられるが重たる能力だ。現時点で視える動きの一つは楠木の興味関心の向きである。
この能力を知っている者は多くない。この場で知っているのは蟬ヶ沢だ。
しばらくして楠木が口を開いた。
「ところで、お二人は親戚ですか」
蝶は無言で蟬ヶ沢を見る。
この場合アルバイトとして一緒に働いていることにしているのでそれを話そうかと思ったが、表向きの関係に関しては蟬ヶ沢から話すと決められているのだ。
蝶は携帯電話で調べ物をするふりをする。
「ものすごく遠い方のね。まあ一番わかりやすいのはアルバイトと雇い主よ」
前者は嘘なのだが、この事務所でも親戚の子だと言っているのでそれで嘘を付きとおしている。
楠木は察しがいい。自分たちの関係は少なくともアルバイトと雇い主以外の関係もある。
蟬ヶ沢の回答を聞いて、楠木の意識は静かな疑問から雲行きの怪しい疑問に変わったことを 蝶は能力で見えた。表情こそ変わらないあたり冷静な彼女らしい反応だ。
蝶は蟬ヶ沢の回答に小さく唸る。間違ってはいないのだが、その言い方は恐らく誤解される。彼女はそれ以外の回答を知りたいのだろう。
「……ああ、なるほど」
案の定、楠木は含み笑いで呟いた。
「なるほどって何よ」
「いえ、なんでもありませんよ」
蝶としては誤解されていた方が少しだけ嬉しい。彼はまったく思っていないとしても。
楠木が指定した場所に着くと、彼女を下ろした。
「ありがとうございました」
「気を付けてね」
「私は大丈夫ですよ。それより……」
楠木は視線を蟬ヶ沢から 蝶に移す。 蝶も楠木を見つめ返す。
「楠木さん?」
楠木は 蝶に指で来るように招く。彼女に近づくと、小声で話してきた。
「なんかあったらすぐに教えないさい。あんたはちょっとあいつに何でも噛んでも許し過ぎ。付け込まれるわよ」
“あいつ”のくだりで一瞬だけ視線を蟬ヶ沢に向けて指し示した。
「あはは、気を付けます」
楠木は 蝶にでこぴんをかます。
「何よ、内緒話?」
「ええ、取締役にはとても聞かせられないようなお話です」
「いやあね、怖いじゃない。まあいいわ、気を付けて帰るのよ」
楠木は少し口角をあげながらも会釈をして、帰って行った。
楠木の姿が見えなくなると、蟬ヶ沢は助手席の扉を開ける。 蝶が普段は助手席に座っているから座り直せということだとは思うが、今日はなんとなくそこに座る気にはなれず、後部座席から身を乗り出して扉を閉める。
「なんでこっちに来ないのよ」
「人生の先輩からのアドバイスを受けまして」
「怜ちゃん、なんて言っていたの?」
「聞こえてたでしょ」
「サインなしで遮音していた癖に」
「他の雑音に混じるように上手く音絞ったのになあ」
蝶の能力は操作に関しては負担が生じるので彼女もあまりすることはない。操作に関して、蟬ヶ沢にも使っていることが分かるようにあらかじめサインを出すように言われている。
「他の雑音なんて聞く気がないわ」
「おじさんこわーい」
*****
戻った二人っきりだが、二人は特に話そうとはしない。これもまたいつもではあるが、隣にいない状態というのは初めてのことだ。
蝶は運転する蟬ヶ沢が乗る運転席のヘッドを見る。今は見えない表情はどんな顔をしているだろうか。見てみたいが、見るとこちらも顔を見られてしまう。
今の彼は淡々と対象を送り届ける監視役か、アルバイトの子を送り届ける取締役の顔か、それとも年下の子を心配する親戚のおじさんのような顔か、助手席に座らなかったことに不満を垂れる情けない友人か。
彼だけは触れないと何に関心を抱いているのかが視えない。彼には 蝶の能力が効かない。本来ならば恐怖にもなるのに、 蝶にとってはこの視えない状態はなんだか楽しくて仕方ない。
「セミさんは色んな顔があるね。合成人間としての顔、人間としての顔、あと個人の」
「個人?」
「個人。人格は何層にも重なっているって言われているってさ。何層もの人格の層を剥すと、見える核のようなもの」
「私には無いわよ。……偽物だもの」
彼はささやくほどの小声でいいながら、一度だけ俯くがすぐに戻す。
「何が偽物なの?」
「偽物じゃない。合成人間なんて」
「合成人間は何の偽物なのよ」
彼は黙り込んだ。
「私とスクイーズは何が違うかな」
意地悪で愛称ではなくコードネームで呼び、開いた左手の指を一本ずつおりつつ数える。数えようとして、折ろうとした右手は止まる。
「なんてね、違いなんて腐る程ある。正確も見た目も得意不得意、好み。挙げ切れない程にね」
「作られた人間だ」
言葉遣いがスクイーズに切り替わったが、 蝶は特に指摘しない。
「最近じゃあ子供を授かるじゃなくって“作る”って言うよ」
「……言葉の綾だ」
「仮に作られたとしても育てられてきたこれまでは本物と言えない?」
スクイーズは弱々しく首を振る。
「どうだろうな。でも…… 蝶は本物だろう?」
彼の言葉に彼女は苦笑いする。
「MPLSと呼ばれる存在は果たして人間と呼べる?」
「…………」
「他人にはない力を持つ人も人間と呼べるなら、合成人間も人間じゃない」
「そうじゃなくて」
「スクイーズが、セミさんが合成人間であろうが、貴方は貴方なのだし」
「さっき“個人の核”って言ったけど、きっと私には無い。意識があった時、既に知識が植えつけられていた。もしかしたら記憶も…」
ヘッドレストにもたれる。
「ねえ」
「何よ」
「……合成人間と知って、少し嬉しかったって思ったのは駄目?」
「…………」
車は 蝶を降ろす公園に着いた。
いつものように蟬ヶ沢は扉を開けて、 蝶に手を差し伸べる。彼女は素直に蟬ヶ沢の誘いに乗らず、素通りして降りる。そんな彼女に向けて不満げにため息を付いて扉を閉めるのも日常茶飯事だ。
「セミさん、今日もありがと」
「どういたしまして。ああそう、明日は事務所じゃなくてあっちのお店に直接着て頂戴。今日よりは早く終わるけどもその後で任務があって、それでも今日よりは早く帰れるから……」
「分かった」
「………」
「どうしたの?」
「いえ、帰りはまた送るわ。用はそれだけ。気を付けて帰ってらっしゃい」
蝶は首を傾げつつも蟬ヶ沢にまた明日をいい、家に帰っていった。
蟬ヶ沢は車に戻ると、空いた助手席を見つめる。
「……ああほんと、全くもう、不便よ。不便だわ……」
仕事用の鞄も裏家業の携帯端末もすべて後部座席に投げて、助手席は空っぽにして帰路に就いた。