001.~
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この小説の夢小説設定簡易的な夢主設定
夢主は
・女子高生(深陽学園の女子生徒)
・デザイナーの卵
・特殊能力の持ち主(MPLS)
・蟬ヶ沢(スクイーズ)とは昔からの知り合い
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01.影の忠告
蝶と蟬ヶ沢が共に居れる時間は平日の下校から夜までの間だ。
蝶は部活を終えて、原付に乗り、蟬ヶ沢がいる事務所に向かう。
彼と会うのは主に蟬ヶ沢の事務所が空いている平日の夕方がほとんどで、逆に土曜日と日曜日は予定がお互いに予定が入らない限り会うことは無い。
蝶の部活は文化部でそれも入ってみればゆるいところがある。進学校としてはやや古い型の部活動よりも純粋に文学を優先するところがある。特に、冬に入ると二学年からは進学に関して悩ませる学生であふれ、陰鬱な雰囲気さえある。
蝶としては自身の能力で誰がどんな雰囲気の感情、意識を向けているのかが分かる。ただ、これを話すと聞いた相手は心配しているが、それほど気にするものでない。他の感覚で例えるならば、やや賑わっているお祭りの中で少し道からそれて休むようなもので、直接自分へ向けるものが不快でなければ、精々賑わっているな、五月蠅いと思うくらいだ。
下校の途中、同じクラスメイトを見かけた。学校なのだから会う事そのものは特に不審に思うことはないのだ。
この時蝶が不審に思ったのはこのクラスメイトの表情だ。普段は明るく、アーモンド形の瞳は愛らしく細めて笑う顔が可愛らしい。蝶から見ても可愛いと思う女子学生だ。
今見えたクラスメイトの表情は無表情に近く、アーモンド形の瞳も座った目付きで、明るさは微塵もない。
******
宮下藤花とは蝶と同じクラスであること、ある意味特殊な立場が似ているのもあって話すことも相談されることもある。
「ねえ、竹田先輩また休みが合わないって。こんなことある?蝶ならどうするよ?」
「なんで人の彼氏彼女事情の相談を私にするのよ」
藤花は部活をしていないのか、部室に入ってきて蝶の邪魔もといおしゃべりをしてくる。
「だって、蝶にも彼氏みたいのいるじゃん。十年だっけ?そんくらい一緒にいるならほぼ付き合っているようなもんでしょ」
「だから付き合ってないっての。相手何歳だと思ってんのさ。中年よ?中年。本当に付き合ったらあっちが捕まるんだから」
「いや、本当に付き合っているとかまでは聞いてないし」
「言ってきたの藤花なのに、ひっどいわあ」
「少なくとも、仲がいい人がデザイナー仲間なんて蝶くらいしかいないんだもん」
「なにその変な仲間認定。まあいいや、末真はなんて?」
「あっちだってあんたが嫌いで休みを仕事に回しているんじゃないだから仕方ないんじゃない?って」
「正論」
「はくじょうもの~」
「仕方ないなぁ。で、そのデートするはずの休みっていつよ」
藤花は素直に教えてくれる。これには蝶も苦笑いしてしまう。良くも悪くも彼女は素直なのだ。
「それじゃあ、ちょっと浮気として、良かったら私と遊ばない?」
ぱあっと藤花の顔が明るくなる。
「いいの?」
「私はいいよ。と、ちょっと待って」
蝶は携帯電話を取りだし、蟬ヶ沢にメッセージを送る。この時間帯ならばすぐに返事が来るかもしれないが、返信は一切待たずに携帯電話をしまう。
「ちょっと彼氏に何送ったの?」
にやりと藤花は笑う。もう突っ込む気も起きない。
「セミさんに用事があるから遊べないって」
藤花と遊ぼうと言った日は丁度蝶も蟬ヶ沢と出かける用事があったのだ。
「うわ、薄情者……」
「平日会ってんだし、少しくらい減るのがちょあどいいもんよ」
実際のところ任務として行動を共にするのも含めれば会わない日はほぼないのだ。
*****
「君はどこまで見えている?」
時刻は夕方六時、建物に差し込む光の量も減る。その同級生の姿は昏い影に包まれて筒のように見えた。
蝶はクラスメイトの疑問に首を傾げる。
「君にはどんな人の心も見えてしまう。喜び、怒り、哀しみ、楽しみ。それがどんな風に見えてしまうのかは計り知れないが。君が自分で能力が制御出来ているのだから、君は既に答えを得ているはずなのだけども」
昏い中でもその左右非対称の奇妙な顔は見えた。
「それほどに君は、君の心と言うのは彼で一杯なのだろうね。宮下藤花も彼のことが気になって気になってしかたないのと同じだね」
蝶は答えない。
「繋がりの長さは信頼にも繋がると共に、ある種の振るい分けもされる。店を営むものならば“お得意様”というやつだね。店としてもお客としても顔が知れている。会う回数というのは多いほど関係を繋げるにはいいとは限らないが、継続させることは案外難しい」
蝶は少し瞼を伏せる。
「感性と言うのは必ずしも同じであることが合う訳では無い。逆に真逆であることが却って”合う”こともある。丁度、炎と氷、死と死神、互いに異なる性質をぶつけ合うことで相殺する。それが気が合うという意味ではないが、性質は同じである事よりも真逆に位置するもの方が惹かれあう」
既に視線は話す人物よりも影に向けている。
「君らが、君が見えている世界はどんな風に見える?誰よりも敏感に見えて感じてしまう心は、相対的なものさえ見えてしまう。恐れさえなければ、相対するものさえ変えてしまう」
もうこの影を見てない。
「君は恐れている。変えられるものは自分が変えてしまったもの。見えないことに安心しきって、彼を変えてしまうことを恐れている。何をそこまで恐れるのか、僕には分からないがね。これだけは言える」
少しの沈黙に目を開ける。
「君の心次第で世界は変わるのさ。関係もね」
左右非対称の笑みを浮かべて、影は去った。
このクラスメイトが先程まで見えていたはずの意識の向きがまったく見えていたことに気づいてなかった。
******
その日の蟬ヶ沢は酷く凹んでいた。帰り際の事務所の受付嬢が心配するほどなのだ。明るく平気だと返事はしたが、声が上ずるなど不審な対応をしてしまったので隠せていなかっただろう。
これまでが都合が合いすぎた。蟬ヶ沢が蝶と一緒に帰ったり、外出に誘うなかで断られることは滅多にない。少なくとも蝶からの意思では断ることはなかった。
いきなり約束していた日を断られた。
自分の知らぬところでまた 統和機構の任務があって、それで予定が合わなくなったのだろうか。それとも、他に優先させたいことがあるのか。
次に会う時に聞けばいいのだろうが、なんだか気が進まない。この質問をすることに何か彼女に疑いを掛けている気がする。
断られた身なのだから聞くのは変なことではない。なるべく怖くないような聞き方で理由を教えてもらうようにしなければならない。
聞くに聞けなくて深々とため息をついてしまう。
「なんか浮気を疑う奥さんの気持ちが分かる気がするわ」
「何のドラマ?」
隣からひょっこりとよく見る顔が出てきた。至近距離なのと、思考の中心にいた人物だった為、蟬ヶ沢は固まる。
「?」
固まる蟬ヶ沢に彼女はちょんと額を突く。
「ちょっうわああああ!」
情けない声を上げて後ろに下がる。
話しかけてきた少女、蝶はきょとんとしながらも下の階の鍵を差し出す。
胸を擦りながら心臓を宥めて、鍵を受け取る。
「って、今日も来るなら一応教えてよ。……凄い、びっくりしたじゃない」
「そんなに仕事に集中していたとは思わなくって。てか、今考えてたのは何かのドラマ?浮気がどうのとか」
「違うけど」
はっと蟬ヶ沢は額を押さえる。触れられたということは、彼女は自分の考えていたこと、あくまでも雰囲気と方向は知られたということになる。
「え、いや、いやね」
きょとんとした蝶だがああと呟いて合点した。彼女にも蟬ヶ沢が能力で視られたことに焦ったことに気付いたようだ。
「…………、一応言っておくと、今触ったけど、何も分からなかったよ?」
「え?」
「頭の中真っ白になったんじゃないかってくらい、触ってない時と同じくらい何も分からなかった」
「そ、そう」
蟬ヶ沢は内心胸を下ろす。
*****
帰りは蟬ヶ沢も蝶と同じ時間に帰ることが出来たので、車に乗せて送る。
その道中。
「ねえ、蝶」
恐る恐る、視線はなるべく助手席に向かないように耐えながら尋ねる。
「あの、次の予定、駄目っていったじゃない?どうしたのかしら」
「あー……ごめんね」
「べ、別にいいのよ。ただ何があったのかしらとね。困ったことなら力になるわよ?」
「…………うーん」
蝶は少し上を向いて、悩む。
もしかして言えない程の予定なのか。
そわそわと視線が横に向きかけて、首を振り正面を向いて運転に集中する。
蝶は呻いたきり黙ってしまった。
蟬ヶ沢も再度問うのも、気にし過ぎではないかと思い中々聞き出せない。
お互い黙り込んでしまって、車はいつもの流行の音楽のみ流れていく。
蝶の家の近くの公園にいてしまった。
結局聞けなかったのは至極残念だが、無理に聞いて困らせるのも悪いと思い、諦めることにした。後日また聞けばいいのだ。
「さて、着いたわ」
蝶は車の扉に手を掛けて止まる。
「どうしたの?」
「ねえ、セミさん、さっきのことだけど」
蝶の真剣な顔に蟬ヶ沢も生唾を飲み込む。
「……うん」
「ちょっと浮気してくる」
蟬ヶ沢の思考が完全に真っ白になった。
「え、は!?ちょ、ちょっと待ちなさい、誰と!?そんなに危ない人じゃないわよね。いや、そもそも浮気って何よ。浮気ってのは……その、それじゃあ、ああもう!だからその……誰とよ!?」
蟬ヶ沢は、はっと自分の口を押える。顔が熱くて仕方ない。断った用事を答えてくれたが、それ以上に気になることを言われて、断られて凹むどころではいられない。
蝶はぷっと吹いて、にやにやと笑ったまま答えようとはしない。
睨んではみるが、この面の朱さでは迫力もないだろう。
「……教えてよ」
再度問う声は酷く情けない。
「やだ」
にやりと蝶は笑って、車のドアを閉めて帰ってしまった。
02.蝉吟
校舎から出ると蟬ヶ沢が待っていた。相変わらず派手な色のスーツだが、けばけばしさはない。配色センスの良さを見るとデザイナーとして素敵だと思う。
事前に蟬ヶ沢から連絡は来ていた。来た理由の半分は、スクーターを蟬ヶ沢の事務所に置いてきたからだ。わざわざ迎えに来たと言うことは今日はペパーミントウィザードの手伝いなのだろう。デザイナー事務所の店番はしなくていいらしい。
仕事のためとはいえ、蟬ヶ沢と車で移動するのはとても好きなのだ。
「セミさ」
喜ぶ声は一瞬で固まる。
蟬ヶ沢の隣には先輩の竹田啓司がいた。向こうも蝶のことは知っているらしく苦笑いをしている。
すれ違いにクラスメイトから逆両手に花だの、藤ちゃんに浮気はばれないようにしなよと言われる。
この言われようを見て、蟬ヶ沢もいつものエスコートはせずに車の扉だけ開けてくれた。
蝶は帰りはスクーターで帰った。蟬ヶ沢と竹田は残って作業すると言われたのだ。蝶の担当分は終えていたのだ。いつもなら残って蟬ヶ沢の作業を手伝うのだが、今回は竹田がいるのだ。蝶は大人しく帰路に着いた。
帰宅後、勉強をしていると、二階にも関わらずノックが聞こえる。当然、蟬ヶ沢だ。困った顔で開けてと窓の鍵を指差す。
蝶は自分の携帯端末を確認したが、バッテリーが切れていた。
作業も終わってから間もないはずだが、夜遅くにも関わらず彼はやってきたのだ。二階から来たことについては突っ込まない。
窓から彼を入れるのも慣れたものだ。靴は足元のシューズケースに入れる。
蟬ヶ沢がベッドに寝転ぶ。体が大きい分、足がはみ出ている。
「疲れた」
「夜這いおじさん」
「うるさいわね」
ズボンの裾を上げて湿布を貼る。べしっと強く叩いても彼は一切気にしない。
「ありがと。足の浮腫が取れるかしら」
「合成人間なのに浮腫むの?」
「一般人よりは丈夫でも限界があるわよ」
「明日は最後まで付き合うから、一緒に帰ろう」
「気遣いは嬉しいけど、早く帰ることになるわ」
「早く帰っても家で仕事してたら意味ないけどね。セミさんはちゃんと私を使うこと」
「任せられることろは任せてるでしょ」
「任務の時はもっと任せていいんだからね、スクイーズ」
冗談半分本気半分でいいながら、ウインクをする。
「…………善処する」
そっぽを向かれてしまった。蝶を任務でもあまり連れて行かないのは心配しての行動なのは分かるので、少しずつ頼ってくれることを願おう。
蝶がにやにやしていた間に、蟬ヶ沢はこちらに向き直っていた。
「ねえ、明日、大丈夫?」
「なにが?」
「行くとき、からかわれてたでしょ」
「女子同士はあれくらいはよくあるよ」
「……そう?」
「そ」
蝶もベッドに寝転び、蟬ヶ沢の胸に埋もれる。彼はやや後退したが構わずにくっ付く。困ったり、恥ずかしがっているが、断られてないので構わずぎゅっとする。
迎えのときは、通りすがりの女子高生の視線も感情も蟬ヶ沢に向けている方が多かった。物珍しさもあるだろうが、蝶は分かってる。
「……だってセミさんかっこいいし」
「いきなり褒められると反応に困るわ」
嘘はついてないが伝わってない気がする。
これは蝶にしか視えない世界なのだ。意識の向きが視え、触れることが出来る。
どんなに素敵な視線を送られているのかは気付いてないのだ。
その素敵な人の側にいる同級生となれぱ………。
セミさんは素敵なのだ。
「うん」
「うん、て…………」少し躊躇うような息が漏れる「そうね、しばらくは迎えに行くのは止める?送るのもあんまり出来なくなっちゃうけど」
「それはちょっと嫌」
「そうね。私も嫌だから止めるわ」
「行ったの本人なのに」
「確認よ、確認。でも注目が集まって気まずいのも困るでしょ。次、少なくとも竹田くんが一緒の時はすこーし遠いところで待ち合わせしましょ」
「うん」
ぎゅうぎゅうと抱きつく。抱き返してくれないのはわかりきってるが、離してくれとも言わない。もっとも、日によっては言われてしまうのだが。
蟬ヶ沢としてではこんなことしないだろうし、スクイーズだけでもこんなことは起きない。
「あの、蝶。今日はやけに大胆というか、素直というか、凄くかわ……なんでもないわ」
言いかけた言葉の予想はついたが、酷いことに言ってくれない。
「竹田先輩は悪くないけど、車の時二人っきりになれなかったから、その分を取り返してるの」
「私成分チャージね」
「ミンミンうるさそう」
「あら、今ミンミン鳴いてもいいのよ?」
「どーぞどーぞ、聞こえるの私だけにするからいいよ」
「覚悟しなさいよ」
蟬ヶ沢は深呼吸をする。
「“セミさん”って呼ぶときの蝶って好きよ」
「……………………………はあ?」
思わず見上げてしまった。反応に困るが、彼の顔はさらに反応に困った。
橙、朱色とよんでもいいくらい赤い。明らかに照れてる。ちらっと視線を下に、こちらに向けて言う。
「“蝶って好きよ”」
何を言っているのだこの中年は。
「日本語がおかしいから短縮しないで。というか、いきなりどうしたの?」
「迎えに来た時の蝶がかわいかったのよ。すくに竹田くんの存在に気づいたときの寂しそうな顔も嫌いじゃないけど」
「セクハラセミ。帰って!」
照れくさくなり、悪態つきつつも枕で蟬ヶ沢をはたき追い出す。
窓から出ていくのも慣れたものだ。
「なんとでも。明日は竹田くんはいないから安心して」
それを聞いてほっとした。私の顔にも出ていたのだろう。蟬ヶ沢はにんまりと笑い帰っていった。
「まったく、本物の蟬みたいにミンミンうるさい」
完全に姿が見えなくなるのを確認し、彼が手掛けたクッションを抱き締める。
「私も“蝶”って呼んでくれるセミさんが好き」
頭の中で彼の言葉を反復しながら夢の世界に入った。
***
「あの、同じ彼女持ちとして相談したいんですけど」
仕事を終えて、竹田啓司を送迎している中での爆弾発言に蟬ヶ沢は急ブレーキをかけた。
「……………。どこから突っ込めばいいかしら?」
「相談に乗って欲しいです」
「一つ前の単語はどういう意味かしら?」
「今日一緒だった子、セミさんの彼女さんですよね。あんなに慕われてますし」
「そうじゃないわよ、……そうだけど。仮にそうだとしても未成年には手を出さないわ」
「すごく仲のいい女の子がいる仲間として聞いてください」
「あー………、分かったわ。今限定で私にも彼女がいるとして相談に乗るわね」
仮想の彼女は蝶として出すが、内心謝る。
「それで?どうしたのよ」
「最近、この手伝いとデートが被ってしまって行けなかったんです」
二人で出かける日が仕事に潰され、更に副業に潰されたことを思い出す。
「それは……貴方が悪いわけじゃないでしょ」
「彼女の家は連絡を取るのも場所も限られていたので、申し訳なくて」
こちらでも調整を入れるべきだろうと考える。
「…………ところで、そのデートの予定の日っていつだったの?」
返事を聞いて蟬ヶ沢は愕然とする。お出掛けを断られたあの日である。浮気してくるなんて恐ろしいことを言った時の真相は友達の気分転換に付き合うためだったのだ。
この彼氏についての愚痴はもう散々語られた後なのだろう。
「たぶんだけど、大丈夫よ。うん……」
苦い記憶を掘り出して蟬ヶ沢も凹む。奇しくも蟬ヶ沢の立場は竹田啓司の彼女の立場なのだ。蟬ヶ沢には慰めてくれる相手が不在なのだが。
「自分が優先されないって、辛いものね」
「セミさん?」
「ああ、なんでもないわ。彼女さんも竹田くんが思うよりも気遣ってくれてるし、貴方も彼女を思ってまた誘えばいいじゃない。こういうときは素直に言うものよ」
「そうですね。明日、いってみます」
「そうよ、頑張りなさい」
「ところで」
「なによ」
「今日は一緒だった彼女、好きじゃないんですか?」
再び急ブレーキをかける。
「好きだけど、たぶん、いや、うん、広い意味で好きよ」
「広い意味でって、どんな意味ですか。曖昧な反応は駄目ですよ」
「貴方に言われたくないわよ!こっちだって色々と複雑なのよ。そりゃ好かれるはずだとは思うわよ。なんでとかは言えないけど」
システムから守るために実質自分の命を削っているのだ。合成人間としての正体を知って、引かれてるどころか付き合いは増してるのだ。
守るはずが守られ、一緒にいる時間も親密さも増えた。
「大事なら尚更言わないと伝わりませんよ」
「こんな中年が軽率に好意をを向けたら、犯罪になるの!」
「じゃあ、好きなんですね」
盛大にため息をつく。
「広い意味でよ」
竹田啓司がため息をついた。
「ここで充分ですよ」
彼は車から降りた。
「待ちなさい。夜間は危ないわ。ちゃんと送るから、乗りなさい!」
「電車がありますから。セミさんはこのあと彼女さんに連絡の一つでも入れてやってください」
「………なんてよ」
「私も好きとか。前に言ってましたよね。“嘘はつきたくない人はいるか”って。蟬ヶ沢さんはもう少し嘘をつかないというか、本当に思っていることを言った方がいいです」
「充分言っている気がするわ」
「言わないと伝わりませんよ。僕だって、伝えても足りないくらいなんですから」
あまりにも正論で蟬ヶ沢は竹田を見送ってしまった。
***
帰宅したころには心身共に疲れきっていた。仕事の作業が終わり、蝶の家に行ってしまったのだ。蝶の家では癒しがあったので、ましになった。
玄関を入ってすぐにベッド横たわる。寝る直前にスーツをかけておいた。
竹田啓司を送り届けるだけならもっと早く帰ってきた。遅くなったのは自分のせいのような、竹田のせいのような。
蝶の家にこっそり行くのも慣れてしまって、つい行ったことを考えると蟬ヶ沢の方が悪いに軍配が上がるだろう。
睡眠時間を削ってまで癒されに行くのは馬鹿げている気もする。
「なに若者に焚き付けられてんだか」
背中をさする。抱きしめられた感触はまだ残っている。抱き締め返せばいいのだろうが、なけなしの理性が止める。
蝶に対する気持ちは一種類だけの好きではない。ファンとして来てくれたこと、友人として接してくれたこと、戦友として立ってくれたこと、スクイーズを知っても人として見てくれたこと。全てを知って彼女は変わらずに呼んでくれるのだ。
“セミさん”
彼女から呼ばれる名前と呼ぶ表情が好きなのだ。蟬ヶ沢がしてきたことの答えが呼ぶ声に顔に出ている。それがかわいくて、好きで仕方ない。
年々どう接していればいいのか迷う。先程蝶に言ったのは、蟬ヶ沢が素直に言える限界だ。
「私も好きことには違いないわ」
“セミさん”と呼んでくれる蝶がかわいくて仕方ない。
蝶がデザインしたクッションを抱き締めながら眠りについた。