001.~
Please tell me your name
この小説の夢小説設定簡易的な夢主設定
夢主は
・女子高生(深陽学園の女子生徒)
・デザイナーの卵
・特殊能力の持ち主(MPLS)
・蟬ヶ沢(スクイーズ)とは昔からの知り合い
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001.My world out there
1.依頼
任務を依頼してきたのはリセットからでもなく、レインからでもない、シュバルツからだった。
「今回はコンビを組んでもらう、ゲルリッヒ」
シュバルツはスクイーズを偽装用の名前でもなければ、コードネームでもない名前で呼ぶ。しかしスクイーズは気にせず話を続ける。
「誰とだ?」
「へへへ、よう、スクイーズ」
気安く肩を組みながら気安く話しかけてきたのはキャプテン・ウォーカーだった。
スクイーズは組まされた相手を見てすぐに任務の内容を悟り、眉間に皺を寄せる。邪見に回された腕を振りほどくが、キャプテンはおおこわと大げさに怖がるがにやけた顔のままだ。
不機嫌なスクイーズとは反対にキャプテンは鼻歌でも歌いそうなほどの上機嫌だ。
「随分浮かれているな」
「おいらたちの“ちゃんとした”仕事だぜ?使える力は使ってなんぼだろ」
スクイーズはキャプテンの言葉には肯定も否定もせず、
「お前の場合は特に使いどころには気を付けてくれ。私達も洒落にならないからな」
シュバルツの方へ視線を向けて話し促す。
シュバルツもそれに気づいて頷いて話す。
「お前らが組まされる時点で解るだろうが、任務内容は殲滅だ」
“殲滅”、その言葉を聞いてスクイーズの眉間に皺が刻まれたことをキャプテンは気付いていたが、黙ってシュバルツの説明を聞いた。
2.取材
「……という訳で取材として、よろしくお願いします」
スクイーズは少し口角を上げる程度だが真面目な顔で深々とお辞儀をし、軍属の男と握手をした。今回世話になる軍の司令部から海外取材許可証を受け取ると、取材可能な部隊、地域、同行者の説明を聞いた。行動が制限されているとはいえ、管理下の施設なら自由に使っても構わないとのことだった。擬装として来ているものの仕事そのものは本物なので、地元で通訳兼ねる護衛の男も雇っている。
スクイーズとキャプテン、そして現地で雇った護衛と共にホテルに向かった。部屋はそれぞれ与えられ、キャプテンとは後程落ち合うということで各自の部屋に入って行った。
スクイーズが入った部屋はベッドが大半を閉める小さい部屋だが、それは恐らくこの施設が元々単身として暮らす為のアパートだったからだろう。やけに暮らしを感じさせるコンロが設置されている。
設置されたコンロで湯を沸かしていると、ドアをノックする音が聞こえ、覗き窓を見る。そこにいたのはキャプテンだ。
部屋に招き入れると、キャプテンは用意がいいことでと苦笑いをして、ベッドにあぐらをかいた。
スクイーズは持参した珈琲を淹れ、キャプテンに渡す。自分の分はサイドテーブルに置いた。珈琲はブラック珈琲である。
二人は表向きは従軍記者として任務対象の軍に取材の名目として来ている。勿論、コードネームではなく、表向きの名前を使っている。今回はいつも使う名前とは違う名前だ。
軍と行動を共にするにあたり、何度も何度も尋問をされたが、ほとんどスクイーズが相手をした。キャプテンとしても楽なので任せている。
「お前の面と愛想の良さは便利だな」
「悪くない顔だからな」
しれっと恥ずかしげもせずに己の顔が良いことを認める。キャプテンはげんなりして、珈琲が入ったコップを落しかけた。
「……………お前よ」
「なんだ?」
「いいや……」
今回の任務は海外のある軍に潜入し、対立しているテロ組織にいるとされる反統和機構の組織を潰してこいとのことだ。主にテロ組織のトップとメイン戦力を削るのが主な目的だ。そして、殲滅以外にも任務がもうひとつある。
擬装とは言え、表向きはれっきとした仕事なので取材そのものは順調に進んでいる。現状の様子として、テロ組織の動向が主な取材目的だ。
一般的に使用された兵器の説明に関してはどこか説明が不十分だとスクイーズは感じた。
「テロのトップの顔は教えられたが。向こうもここのもどんな武器を使っているかは教えてくれないな」
「そりゃそうだぜ。てめえの武器が奪われるってのがどんなに致命的なのか解らない奴はいない。それはおいら達も人のことは言えない」
「武器そのものが私たちには無縁の話だな」
「……そうとはいえねぇけどな」
ぼそりと呟いたキャプテンはテロ組織の陣営の方角に視線だけ向ける。
「何か言ったか?」
「いいや、向こうのテロ組織の殲滅が向こうに拐われる体の方が潜入が楽なのにな」
「子供ならまだしも私たちのような大人の体格では精々拷問をするなり、国への脅しの材料として使われるのが落ちだ」
「でよ、なんで今回お前は言葉遣いがアレじゃねえの」
キャプテンは真剣な顔で聞いてきた。
スクイーズは少し黙る。表向きの姿では確かに女性のような言葉遣いをしているが、先ほど交渉として話した言語は日本語ではないし、これでも表向きの言葉遣いは女性のような話し方を抑える時は抑える。表向きでの仕事の関わりの多さから、このキャプテン・ウォーカー相手でも女性のような言葉遣いで話すことも少なくない。今さら言葉遣いに関して説明を求められても困るのだが、一つ理由があるとすれば、
「頼まれていないからな」
と少し遠い目をして答えた。
*****
ホテルには警護の軍人が入口にいたが、スクイーズとキャプテンは天井を伝って外へ出る。天候は曇りでこの暗闇ならば軍に見つかることはないだろう。
情報収集型の合成人間もいれば軍の動向が解りやすいだろうが、スクイーズが失敗した時はこの側にいる殲滅型の合成人間の出番となる。それだけは起こしてはならない。
作戦会議室を見つけ、更に隠された部屋を見つける。部屋には五人ほどの兵士がいる。胸元に付けられた勲章から見ても階級はそれなりに上の者だと分かる。
「……新兵器、の調子はどうだ」
「不安定どころじゃないな。また暴走してどいつもこいつも溶かしてしまったよ」
「まったく、テロリストの新兵器として奪取出来たはいいが、使い勝手が悪すぎる」
「味方もろともではな。テロリストの兵力が削れたのはいいが、そこいた味方も巻き込まれては任せられる人材も限られる」
「拾ってきた奴は無事だったんだろう。なんで無事だったんだ」
「さあな、聞いても解らない。必要なものはないかと聞いても、最初に話した情報以外はリボンは落ちてないかとしか言わないな」
「リボン……なあ、そんなもの落ちていたとしても今頃土煙を被って汚れてゴミになってるだろう。諦めてもらうしかない」
*****
翌朝、友軍の兵力や死傷者が更新されたことを教えられる。かなり大きい戦闘が起きたらしく、敵味方もかなり減った。
一か所、死傷者が異常に出た場所がある。隊員に尋ねるが答えることが出来ないと言われた。
スクイーズとキャプテンはお互い視線を見た。
3.同胞
その夜、テロリストの残党がいたとされる場所までやってきた。
ここは奇妙な匂いでスクイーズもキャプテンも鼻を袖で遮った。
巧妙に隠されているが、人がいた痕跡はある。スクイーズも戦闘タイプの合成人間だが、彼の特性上こうした戦地では隠れる方が多く、スナイパーとしての心得もあるのだ。
人が隠れていた場所を見ると、この場には不釣り合いなリボンが落ちていた。
「リボン……いや」
スクイーズは一瞬だけ浮かんだ人物を振り払う。
キャプテンがスクイーズにある場所を指す。
茂みの奥に奇妙な色の水たまりがあった。
その水たまりは吐瀉物にも似た酸味のある臭いですぐにも立ち去りたいほどの悪臭を放っていたが、スクイーズにはこれが自然発生したものにも思えず気になった。調べようと手を伸ばすと、キャプテンがスクイーズの手を掴み、制止した。
スクイーズが抗議の視線を向けるが、キャプテンは無言で首を振りその行動を許さない。
キャプテンは周囲へ向け、何かを見つける。太い幹に先端は五つに分かれている。小さい丸太のようなもので、焦げたような黒さから見ればそれにしか見えないだろう。しかし、スクイーズにはその小さい丸太が人間の腕だということが嫌でもわかった。
掴んだスクイーズ腕をそのまま自身と共に引っ張り、距離を置く。そして人間の腕をその奇妙な水溜まりに投げ込むと、その水溜まりから、ぼん、という音と共に焦げ臭い臭いが立ち込めた。薬品の効果にしては何か軍にある設備と合わない気がしてならない。
「キャプテン………これは」
驚くスクイーズにキャプテンは頷く。
「これは恐らくだがネストの能力だ。お前は覚えていないか?おいらの改良型でユージンの類型。溶かしたものはリキッドとして有機物を焼き付くしてしまう」
「……………裏切ってここにいるのか」
「いいや、そこはおいらも知らされていない。恐らく捕まえられたらしいが、少なくとも見つけ次第処理する可能性は高いだろうな。おいらを出す時点で見切りをつけてら」
「また同胞殺しか……」
スクイーズはこの任務から昏い目つきをしていたのが更に昏くなった。
「何言ってんだ、裏切ってくれたおかげでおいらみたいのが存分に能力を発揮出来るってもんだ。むしろありがたいくらいだよ」
キャプテンは鼻でスクイーズを笑い、背を叩いた。
4.非道
道すがらキャプテンはスクイーズに自分の任務を明かす。
テロリストに混じったダイアモンズの残党処理の他に、この軍にいるとされる合成人間ネストの捕獲もしくは処理をキャプテン・ウォーカーは任されている。
キャプテンはスクイーズの背中を見て心の中で語りかける。
なんでお前にはその任務のことが知られていないか知っているか?
俺が言っていないだけなんだよ。
全く派手にぶっぱなせる武器ってもんがありながら合成人間らしくなく仕事の時ほど湿気たツラして。
スクイーズにはまだ隠している。彼女は本来ここに潜入し、テロ組織とこの軍を壊滅させることが任務なのだ。指定された時間を越えたため、彼女の回収場合によっては処理を任された。
どのみちネストが裏切っていようがいなかろうが殺すことはキャプテンの中では決まっていたのだ。
数少ない自分の能力が遠慮なく使用できる絶好の機会を逃したくない。
表社会でも生きるキャプテンにとって、唯一のストレス発散方法が能力を存分に発露させることだった。
*****
戻るとホテルが燃やされていた。
兵士の一人がスクイーズとキャプテンに気付いた。恐らく二人がいたことを他の兵士にも告げるつもりだったのだろうが、スクイーズが飛びつきキャプテンが誘導した茂みに連れ込む。 尋問し、聞き出す。
スクイーズが振り向くとそこにいたはずの男が一人足りない。いたはずの場所は微かに水たまりのようなものが出来ている。暗がりの場所だが、暗い場所でも視認できるスクイーズには分かった。先程の男だ。
スクイーズに睨まれていることに気づいたキャプテンは睨み返す。
「スクイーズ、ちゃんと始末はしておけ。お前はそこんとこ爪が甘いんだよ」
聞き出した情報によると新兵器はここから数キロ先の研究室にある。
後ろから二人の名を呼ぶ声がした。振り向くと護衛の男が物陰から顔を出していた。
聞けば、スパイが紛れ込んでいたと密告があったらしく、それで通告なしに燃やされたらしい。護衛の男もこっそりと外に出て逃げてきたと話した。
「お前はもう契約解除だ。前金を貰って、それじゃ足りないとごねてもこちらには渡せるものがない。先に逃げておけ」
護衛の男は首を振って断る。
「いえ、お二人が今そこの男に聞き出した場所、お連れ致します」
5.新兵器
護衛の男はスクイーズとキャプテンを乗せて、車での移動の中で話す。地元で護衛と通訳をしながらスパイもしていたという。本来はテロリストのスパイもしており、これまで来た従軍記者にも軍の情報もテロリストの情報も流していたと話す。勿論、流す相手も国も選んだ上でだ。
この戦いは長いことしているらしい。
「一つ聞く。お前は私たちが軍人を殺した瞬間を見ているな。何故それについて聞かない?」
護衛の男は言いずらそうにしていたが、口を開く。
「何年か前、ここは酷い状態でした。いえ、今も充分に酷いのですが、もっと酷かった。諍いで人が死ぬのは分かります。
地雷があちらこちらのしかけられ、あまりの数にそこに住む者の後なんて考えられてないのではないかと思うほどです。
その中で人が、特に子供がいなくなることが起きていました。亡命で家族まるごといなくなることはざらです。
近所にいたある家族なんですが、いなくなったんです。近所に住んでいるだけでそれほど親しくはないのですが、それでもあの親子は仲が良かったと思います。子どもが片腕だけ持って歩いていました。それが誰なのかは聞けなかった。でも、助けなければと思った。その子にその場で待ってくれと言って、私は医者を連れてくると離れました。戻ると、そこの子はいなかった。
その後も諍いは治まらず、私もその子を探す余裕が無く、本来の仕事のこの通訳と護衛の仕事をしていました。
先日、この軍に新しい兵器が入ってきたと噂が入ってきました。兵器の管理担当も使われるたびに入れ替わり、前任者は消えるというあまりよくない噂しかありませんでした」
男はスクイーズとキャプテンの視線に気づいて補足する。
「金を摘めば教えてくれる、なんてのがあるんですよ……。
この情報を掴むのは少し骨が折れました。なんせ担当者は失踪する。兵器を知る者は一部しかない。断片的なことを聞き出してようやくつかんだ情報です。
少女と思しきまだ年若い子が新兵器でした。
この国の体制に異常性も感じるが、暴力で解決しようとするテロリストの行動も許せない。
でも、この新兵器とやらはこれ以上使わせてはいけないと思ったんです」
褐色の、ややオレンジがかった肌を更に赤くして男は語った。
護衛の男が語り終えて久しぶりの沈黙が流れる。沈黙を破ったのはキャプテンだった。
「どの道、もうお前はここにいられねえぞ」
男は分かっていると少し微笑んで答えた。
*****
研究室までの通路は人が少なかった。スパイがいると判明したので、それの捜索活動なのだろう、人はまばらでいたとしてもスクイーズが片づけた。
スクイーズは警護の男に話しかける。
「もう案内は充分だ。あの様子なら今から出ても外に出られるだろう。そこに寝かせているやつから剥いで着ていくといい。確実ではないが、逃げられるだろう」
研究室に入ると密封された容器に少女は閉じ込められていた。喚起の為の空気供給管と、マイクが設置されている。
少女は二人の姿を認めるとびくりと身を引いた。
その合成人間は見たことがある。以前イージス艦に乗り込んだときに会った。
ユージンが教育係として育てられていたと聞いたが、怯えた様子で、とてもじゃないが同じ合成人間には見えない。
昔出会った少女と重なる。彼女も怯えていてた。一呼吸し、蟬ヶ沢として切り替える。設備の操作はキャプテンが行った。スクイーズが少女の相手をしろと言うのだろう。
「大丈夫よ。助けに来たわ」
少女はぽかんとする。見目と言葉遣いの差に頭がついていかないのか、少なくとも恐怖は薄れたようだ。
そんなにこの言葉遣いは変なのだろうか、心の中で苦笑いしつつもスクイーズは話を続ける。
「私たちは貴女と同じ合成人間で」
キャプテンの操作で蓋を開けるように操作し、作動する音が聞こえる。
「違うの!だめ!蓋を閉じて!」
キャプテンが察し、スクイーズにタックルし馬乗りになる。
「スクイーズ生きたいなら我慢しろよ!」
首に噛みついてきた。深々と噛みついた後からべろりと舐めて唾液を無理矢理血管に入れる。
スクイーズは今すぐ吐き出したい気持ちがあったが、その気持ちは周囲の異変で失せた。
周囲にいた兵隊は倒れ、皮膚はぐずぐずと崩れ、ドリップのような液体になる。その臭いは既に嗅いだことがある、吐瀉物に似た臭いだ。
スクイーズもキャプテンも口許を袖で抑える。
「……これは……」
「制御が出来なくなったんだろうよ。チッ、どこかに行ったらしいな」
開いた容器は空になり、がらんと思い蓋が落ちた。
*****
せめて怖くないように。
任務を与えられた時に最初に思ったことだ。
昔、ユージンはある合成人間の世話を担当されていた。それは極度の人見知りで、少女型の合成人間だった。
毒の霧を出すことが出来る彼女は自身の能力に怯え、霧を出すことが出来なくなっていた。
ユージンの指導の甲斐もあり、霧を出すことにも慣れ、ユージンの元から旅立ち数年が過ぎた。
ユージンの元に指令が下る。
『GUSOH式合成人間ネストが逃亡した。処理しろ』
見慣れた文面のはずなのに理解が出来ず、指令が書かれた紙をくしゃくしゃにしていることに気づいたのは少し後のことだった。
6.思慕
私の教育担当は手厳しかった。
「髪の毛がやたら長い。戦闘では何かに絡まったり、相手に捕まれることがあるから、そのまま伸ばすのは薦められないよ」
私の教育担当に注意され、私は首を振った。
彼は、ため息をつくとポケットの中を探るが、目当てのものはなく舌打ちする。
「君はここで待って」
少女は大人しく待つと、髪の毛が持つあげられる感触があった。髪の毛はハーフアップに上げられ、上半分は左右に分けられ、リボンも巻き込み丸く結い上げられた。
「鏡はないけど、うん、その方が君らしくって似合うよ」
彼と別れたっきりこの髪型を一人ですることはできなくて、自分では簡単なお団子頭にしか出来なかった。
*****
私は森の中を走っている。どこなのかも解らない。少なくとも彼がいる地ではないのだろう。私を捕まえた人たちは日本人では無かった。
捕まってしまうどころか。
能力の制御が効かなくなった。
統和機構に終われる今となってはこのまま待てば処分されてしまう。
しかし、どうせ自分には延命の手段さえない。
最後くらい。
最後くらい貴方に会いたかった。
あのくれたリボンくらいは最後まで持っていたかった。
皮膚がぼろぼろと落ちていく。とうとう再生速度が崩壊に間に合わなくなったのだ。
*****
「なんで逃げたのかは聞かないよ」
茂みから出てきたのは少年だった。すらりと細いシルエットに今にも折れてしまいそうに見えるが、今の私のような脆い体ではない。
前に見たような寂しそうな顔で、歩いてくる。
彼は統和機構から私を殺処分するように言われてきたのだろう。彼が私の前に来る理由はそれしかない。
会いたかったのに会いに来てくれたのがこんなことだと考えたくない。
頭を振っても、受け入れられない事実は振り払えるはずもない。
まだ死にたくない。
「ああああ!」
とっさに顔を背けて毒霧を放とうとするが、皮膚が裂けて未完成の毒液が漏れる。それは中途半端に生成されたせいか彼女の中和も間に合わずに肉を溶かす。
ユージンはしゃがみ、苦痛に身を縮める彼女に手を伸ばす。ただ腕を囲っている程度の抱擁で、長い髪を結う。
「死ぬのは怖いかい?」
私は頷く。
死ぬのが怖くて統和機構に従われるまま生きてきたのに、今は死ぬのが怖くて統和機構を裏切って逃げるのはなんとも滑稽だ。
死に場所くらいなら選びたい。実験動物として殺処分されたくない。
「おいで」
酷く震えてはいたが、前と変わらない優しい声を聞いて私はもう迷わなかった。
*****
「ああ、スワロゥバードか。いや、残念ながら彼女は見つからなかったよ。うん、だから君の探索任務もこれで切り上げていい。一緒に報告するよ」
通話を切ると、ユージンは横たわる少女を見つめた。
*****
彼女がどこに行ったのかは分からない。オペレーターに連絡すると別の合成人間に向かわせるので、自分達の任務は引き続き遂行しろとのことだ。
キャプテンがオペレーターと話をしている。その間、スクイーズは周囲を警戒する。
心配で見に来たであろう通訳の男はどろりと溶けて、いた場所にはドリップのような色をした水溜まりになった。彼だと判断出来たのは特徴的な手首に付けられた腕輪が残っていたからだ。
さきに気づけばこんなところで溶けることもないだろうに。通話を終えたキャプテンは後ろにいるスクイーズを見て舌打ちをする。
「知られたら殺す。そういうもんだぜ、スクイーズ」
「……そうだな」
あれほど逃げろと言ったのにも関わらず来てくれたらしい。彼女といい、素直にしたがってくれないのはお人好しの性なのか。
キャプテンはスクイーズとは違う方へ歩き出す。
「おい、任務はまだある」
「おいらはここまで。先に戻って寺月が拾ってきた奴の世話をしろって言われてんだ。全く面倒くさい。任務はまだあるが、残りはお前だけで片付けろだってよ。残党くらいならお前でも割りと出来るだろ」
「キャプテン」
「なんだよ」
スクイーズはカメラと手帳をキャプテンへと投げた。あぶねぇなとぼやきながらもキャプテンは受け取り、ちらっと中身を確認する。
「それは先に依頼先に持っていってくれ。編集はお前に任せる」
「この依頼もものほんであるが、結局は偽装だぜ?」
「少なくとも、この戦いが起きたことは伝えるべきだ」
「真面目なことで」
「今だけでも我々は従軍記者だ。全部は明かせなくとも、出来るところだけでも伝えなければ。伝えろよ」
キャプテンははいはいと手を軽く振って去った。
*****
キャプテンがいなくなったことを確認すると、彼はぽつりと呟く。
「実際、私は憎くもなんともないが……これも任務だ。悪く思うなよ」
「あんた、毎回それ言っているな」
スクイーズが内心驚いたのを隠して振り向くと、後ろにユージンが立っていた。何故ここにいるのかは聞かない。先程オペレーターが言っていた任務は彼が受け持っていたのだろう。
ユージンはじろりとスクイーズのポケットに視線を移す。
「なあ、それ。あんたの私物か?」
「これか。いや、拾ったものだ」
「それ貰ってもいいか。たぶん、必要になるものだ」
ユージンの顔は少し言いづらそうに、頼む。
スクイーズはポケットからリボンを取り出し、汚れやほこりを払う。
「持っていけ」
ユージンは無言で受け取り、軽く会釈をするとその場を去った。
002.帰還
二十四時間敵からの攻撃、対象の動き、一時も目が離せない状態の任務をするのは久しぶりだった。一般的な軍所属の狙撃手は四、五日もすれば体はぼろぼろになるという。合成人間も体こそ一般人よりも遥かに丈夫とはいえ、長時間の緊張状態は堪える。
対象発見から狙撃まではそれほど待機していないのは幸いだったが、この狙撃の対象が連続して入ったものだから負担がかなり大きかった。その上、二週間以内に終わらせろときたものだから、焦燥してしまいそうになる。
一般社会に紛れてからだいぶ時が過ぎて、まともに戦地に来るのは少し久しぶりのことだった。
無事に終わらせることが出来たと思いたいが、今回の任務もまた大量虐殺。気が進まないが、これもまたこの世界を救う為の手段の一つと思いたい。
ぐったりとソファに寝転がり、“蟬ヶ沢”の携帯を起動する。三週間ぶりの蟬ヶ沢の感覚は酷く荒んだ心に安心感をもたらす。
職場にも連絡が付かないとは言っておいたが、何か起きた時の為にメールで起きたことは知らせるようにしていた。スレッドを眺めると、新着のメッセージが届く。
遅い時間に誰が送ってきたのだろう。タイミングも考えると急の用件なのかもしれない。
相手は蝶だった。簡潔に一言だけ書かれていた。
送信されたメールを見たスクイーズは目を丸くし、少しの沈黙の後くすくす笑う。
掛けたばかりのジャケットを羽織り、車に乗り込む。
家についてまだ一時間ほどしか経過していなかったが、メールの送り主の家に向うことにした。
「ほんと貴女って寂しがり屋さんね」
笑いがぶり返し、携帯電話を押さえる肩が不安定だ。長い着信に出る様子はない。
「………………大丈夫、よね?」
通話を掛けても掛けても彼女は出てくれないので、蟬ヶ沢は酷く焦った。
*****
003.girl talk
吐き気を押さえながら、蝶は複数襲いかかる幼い合成人間の子供達を行動不能にさせていく。
五歳から十歳ほどの子供二十人が次々と蝶に襲いかかる。既に目覚めた子供はそれぞれ特異な能力を行使し、そうでない子供は年齢にそぐわない機敏な動きで蝶を捕らえようとする。
合気道で打撃を流しつつ、子供達は蝶に触れるか触れないかで倒れていく。
最後の一人が倒れると、蝶もふらふらと壁によりかかる。
*****
統和機構の合成人間の素体がここでは保管されている。能力に目覚めた子供や薬液の投与から生き残った子供はここで保管され、能力の性能、発露を調べるのが目的だ。
この施設に来ている蝶は合成人間ではない。MPLSとして統和機構には認識されている。自主練として施設を借りていることがあるからか、周囲からは脅威として見なされてはいない。周囲の“流れ”が見えるらしいのだが、これを説明されてまともに理解出来た者はいない。
*****
蝶は救護室で目が覚めた。視界にすぐに入ってきたレインは座っていた。書類を眺めながらアップルパイを頬張っている。蝶が起きるのに気づくと、蝶の顔を書類でべしりと叩いた。
「頑張るわね。でも、無理するまでやるのは止めときなさいよ」
「施設を使わせてもらう代わりに相手をしてやってくれってのが条件だったからね」
「で、薬の効果は?」
「思ったよりも効かない」
「効いたらあいつがふっとんでくるわよ」
「だからそこは内緒にしてよ。スターフィッシュで美味しいアップルパイ買ってくるから」
合成人間の相手をする代わりに薬品を投与してもらい、その成分が自分にどの程度影響されるか試させてもらっていたのだ。
この救護室で寝ていたのは薬液の影響ではなく、能力の限界値を越えたときに起きてしまう現象で、気絶をしてしまうことがあるのだ。
レインはため息をつく。
「そこまでここの為にしなくていいのに」
「これもまた世界を救うってやつならお安いご用よ」
「何言ってんの。あんたの世界ってここまででしょ」
レインはにやりと頭半一つ半上に手を上げる。
「知ってる」
*****
004.Unsatisfactry
今頃何をしているのだろう。
蝶は窓から見える月を眺めて呟く。
付き合いが長い蟬ヶ沢とはここ三週間ほど会っていない。連絡も完全にとれないと言われていたのだ。デザイナーとしての仕事がアルバイトにも回せないほどの仕事なのか、それとも任務なのか知らされていないが、後者だろうなと蝶は思っている。
この三週間の間、蝶にも任務が入っていたが、蟬ヶ沢──スクイーズと一緒の任務ではなかった。アルバイトではそもそも仕事が回ってこず、つまり丸々三週間蟬ヶ沢とは会っていないのだ。会わなくても問題はない。ないのだが……。
任務もそれほど忙しいものではなく、アルバイトもないのは嬉しいのだが、決して任務もアルバイトも嫌いなわけではないのだ。蟬ヶ沢がいようといなかろうとそれは変わらない。かといって好きか嫌いかと問われると時と場合によるのだが、蟬ヶ沢が居なくて職務を放り投げるようなものぐさな性格はしていない。
この三週間は暇だった。能力の性能テスト、学校で必要な範囲の勉強、遊びも他のクラスメイトとカラオケ等に行き、いかにも学生の生活ってのをこの三週間でやりこんだ。端から見ればさぞかし充実しているように見えるだろう。
これだけしたのにも関わらず、何かが足りないと思ってしまう。
今日は蟬ヶ沢と連絡が取れなくなってからちょうど三週間後、明日には彼から連絡が入るはずなのだ。
夜中、携帯を弄りながら、蟬ヶ沢にどんなことをメッセージを送ろうか考える。
まずはお疲れと労い、会ったときに湿布を貼るだの、マッサージ店に連れていき、不在だった間にしていたことは直接話すことにしよう。あれもこれもとメッセージに入力したせいでかなりの長文になったので、メッセージを消して作り直す。何はともあれ直接話したい。簡潔に伝えるとしたら……。
言葉にするには気恥ずかしく、無言で携帯メッセージに一番伝えたいことを入力する。
(……“会いたい”か)
あまり回りくどいのは性に合わないが、これでは直球過ぎて何か誤解を招きそうである。
しばらく考え別の言葉を続けて入力する。これならまだそれほど変ではないだろう。
「まあ、送らないけど……さ」
疲労が募っていたのか、蝶は画面を起動したまま寝てしまった。
*****
005.宛先不明
「………!蝶、大丈夫?」
目が覚めると蟬ヶ沢がベッドの脇に腰かけて心配そうに覗き込んでいた。蝶が目覚めるとほっとしたように、息を吐く。何故彼は小声で話すのかと思ったが、頭上の時計が時刻は深夜であることを教えてくれた。
突然ここに来たことに驚きはあるのだが、疑問の方が上回っている。こんな真夜中に何しに来たのだろう、連絡を入れるなら携帯でメッセージなり電話をすればいいのに、何故直接会いに来たのか分からない。
「大丈夫だけど、なんでセミさんが私の家に?」
蟬ヶ沢はあきれたように蝶の携帯電話を指差す。
何も連絡はしていないはずなのだがと首を傾げつつ、蝶は自分の携帯を見て固まる。
寝る前は何も蟬ヶ沢には送っていない。そう、寝る前はだが………。
“おかえり、帰ってきた?”
送信画面にはっきりと寝る前に入力したメッセージが表示されていた。
「…………っ!…………いや、あのね、あの、セミさん」
蟬ヶ沢は大袈裟に頬に手を当てて照れたように振る舞うがその顔は微塵も赤くない。むしろ赤いのは蝶である。
「最近忙しかったし、しばらくは私も連絡入れないかもって言っていたからかしらね。でも二週間ぶりに連絡をくれたかと思ったら、こんな可愛いメールが来ちゃあ、ねぇ?」
「だから違うってば!」
「はいはい、誤解なんてしないわよ」
少しだけむっと蝶の眉が跳ね上がる。
誤解なんてしてくれる訳がない。
睨まれていることに気づいているのかいないのか、蟬ヶ沢は呑気に背伸びをする。
「疲れたからちょっと横になってもいいかしら?」
あくび混じりに頼む姿は本当に疲れていると分かった。それに加えて忙しい中来てくれたと思うと断れず、おずおずと蝶は窓辺に寄って場所を譲る。
「……どうぞ……」
「ご希望なら誤解しちゃうようなこともするわよ?」
申し訳ない気持ちが完全に消え去った。
「ヘンタイ」
冷たい視線をものともせずに蟬ヶ沢はにやりと意地悪な笑顔で両手を広げておいでと誘ってきたので、枕を顔面に投げつけて断る。弾丸を視認出来る動体視力を持っているのに枕を思いっきり顔面で受け止める。
出来ることなら布団を被りたいのだが、きっとこの意地悪な中年は容赦なく優しく剥ぎ取るのだ。
せめてもの抵抗として後ろを向いて、俯く。
「ねえ、この二週間何してたの?」
蟬ヶ沢の口調が先ほどのふざけた話し方から少し真面目な言い方に変わる。
「怪我とかしてない?」
「……してない」
統和機構の施設で能力の練習の際、負荷が掛かりすぎて嘔吐を二回、気絶を一回してしまったのを除けばだが。
背中越しからでも蟬ヶ沢が蝶の方を向いて見ているのが分かる。彼に関しては能力で意識をどこに向けているか分からないとはいえ、流石に視線が痛い。
察したのか蟬ヶ沢はため息をついて、蝶の背中にぽんと投げられた枕を当てる。
「次からは私を同伴してね」
「……はい」
「無茶はしちゃだめよ」
少しだけ、少しだけだがむっと蝶の表情が曇る。
「ならさ、私の練習にまで同伴する気なら、今回のセミさんの外泊、私を連れて行った方が良かったんじゃない?任務なんでしょ?」
「駄目よ。今回は蝶を連れて行くようにとは言われていないし、仮に連れていくようにと言われても私は連れていきたくない」
「頑固」
「貴女もね」
そして彼はまた欠伸をする。
ちらっと後ろを見て、蟬ヶ沢がこちらを見ていないのを確認すると、そっと彼の頭を撫でる。それと同時に筋肉の硬直を少しずつ能力で解す。
「おつかれさま」
「そうね……とても疲れた仕事だったわ……」
大きく息を吐いて暫くすると蟬ヶ沢は眠りについた。
らしくなく無防備に寝てしまった蟬ヶ沢に少し驚いたが、寝ている姿はまるで大型犬のようでくすりと笑ってしまった。
筋肉の硬直がそこそこ解れたので、手を離す。出会った頃こそまともに制御すれば気絶か吐いていたが、訓練のお陰もあってか、このくらいは全く負担にならなくなった。
どうせならちゃんと力になれるに制御したい。
もう一度、蟬ヶ沢の頭を撫でるが起きる気配はない。
蝶は携帯に表示された時間を見て、呟く。
(親が起きる前までならいいか)
押し入れからもう一枚毛布を取りだし、蟬ヶ沢に掛けて、蝶は横に寝転がり携帯を弄る。
宛先を空にして、伝える予定のない言葉を入力していく。今度は間違って送ってしまわないように。
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006.miss you
気温が一番低下する夜明けより少し前、蟬ヶ沢はふっと目覚める。
寝るつもりはなかったのだが、横になったあとは気絶として意識が落ちていた。ご丁寧に蝶は布団を掛けてくれたらしい。隣で別の毛布にくるまっている。
流石に同じ布団に入っていないことに感謝と寂しさを覚えて、現在の時刻を確認する。今がまだ寝てからさほど経過していないらしい。せいぜい二時間程度といったところか。
彼女が起きるまでいたいが、そろそろ帰ったほうがいいだろう。新聞配達員や早朝のマラソンランナーならいてもおかしくない。
起こさないようにそっと起き上がり、布団を彼女に掛ける。
去る前に蝶の寝顔を覗き込む。起きる気配がないのは残念だが、無理に起こしてまで見送られるのも心苦しい。幸せそうな寝顔に頬が緩むのを自覚する。
寝ている彼女を起こさないように、軽く髪に顔を埋めて呟く。
「ただいま、私の世界」
ああ、良かった。自分の世界に帰ってこれた。
今はそれだけでいい。
窓を開けて蟬ヶ沢は外に出る。
外の風は涼しく蟬ヶ沢の頬を冷やした。
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参考文献
『狙撃手』ピーター・ブルックスミス
『Jumble Up Shine 姫神さまに願いを』藤原眞莉
https://www.keiho-u.ac.jp/research/asia-pacific/pdf/review_2016-01.pdf
『イラク戦争従軍記』
004.5躊躇い
警戒心を持ってくれと、蟬ヶ沢は心の中で叫ぶ。
蝶の家に来て、電話に出ない彼女の様子を見に来たのだが、窓が僅かに開いている。
閉じようと手を掛けると部屋の中からうなされている声が聞こえた。
来たときもしたことだが、再度、周囲に誰も見ていないことを確認して部屋に入る。
三週間ぶりの彼女の顔には変化はないが、レインによると施設で未熟な合成人間を相手にしたり、自身の訓練として薬品を体内に入れていたと聞いている。
出来ることなら彼女の現在の体調が知りたい。しかし蟬ヶ沢は迷う。
調べる方法はあるのだ。唇を重ねて、相手の唾液を確かめればいいのだ。成分を調べるならそれが手っ取り早い。
そのはずなのだが………。
唇を重ねて相手の体調を調べる行動そのものは合成人間ならよくある調査方法なのだが、蟬ヶ沢はどうしても躊躇してしまう。昔、一度だけ蝶の体調を調べたことがあるので躊躇うのはおかしいのだが、今の彼女を調べるのには何か抵抗がある。
これは調査の為だと自分に言い聞かせて唇を重ねようとするが、情けないことに一呼吸吐息が掛かるとびくりと身が硬直し、となり重ねるのを止めてしまう。
あと一センチもあるかないかで調べるのを止める。
「……この子はもう誰かと………」
首を振って今思ってしまったことを振り払う。仮に既に誰に調べられていても、調べる為なのだから気にすることないのだ。
いっそ起こして聞くなり、後日改めて会ったときに体調を聞けば済む話なのだが、蟬ヶ沢は全く思い付かず、蝶が起きるまで悩んでいた。