001.~
Please tell me your name
この小説の夢小説設定簡易的な夢主設定
夢主は
・女子高生(深陽学園の女子生徒)
・デザイナーの卵
・特殊能力の持ち主(MPLS)
・蟬ヶ沢(スクイーズ)とは昔からの知り合い
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楠木玲は自分の職場に長くいることはない。
今日も試作品を作って、変えるだけである。調理服から着替えて、調理場を通りかかる。誰かまだ作業をしているらしい。調理の現場の音としては何か静かすぎる気がする。気にはなるが、かかわり合いになりたくないのでそのまま帰ろうとした。
やはり気になったせいもあったのだろう。視線だけ扉のガラス窓に向けてしまった。
楠木は歩みを止める。
厨房に誰かいる。片方はそこにいてもおかしくはない。もう一人は他ならまだしも、調理場にいるのは珍しい人物だった。
何故彼までも厨房にいるのか。疑問は今日の日付を思い出すことでわかった。
気づかれないのように去ろうとすると、厨房から楠木を呼ぶ声が聞こえてしまった。
「わ、わぁぁぁ、駄目よ、軌川君!」
「ええ……、いいじゃないか、卓。ほら玲も来てよ。送る相手が女の子だと僕よりは君に聞く方がいいだろう?」
一瞬だけ、蟬ヶ沢と視線が合う。来ないでと黙っていてと言っているのがひしひしと伝わる。
断ろうとするが、先に軌川が楠木の腕をつかみ引っ張る。
蟬ヶ沢が必死に隠そうとしているが、既に送る相手が悟られている状態では意味がないのではと思ったが、思わず楠木はため息をついて自分の目を手で覆った。
「隠しているのは見ないで……」
「じゃあ、ちゃんと隠してくださいよ」
かなり可愛らしくかかれた苺の包装紙がばっちり見えてしまった。
「………え。あああ!」
蟬ヶ沢はチョコレートで滑って滑って転んで、チョコレートソースが入ったボールを頭から被った。
*****
バレンタイン当日は男女での過ごし方はかなり違う。女性陣はいつも通りにしているのに反して、男性陣はそわそわしている。
女性職員の何人かはチョコ菓子を配り、もちろんと言うべきか、男性職員にも渡している。明らかな義理でも彼らにとっては嬉しいらしい。
いつもお世話になっているということで、私、蝶も市販の一口サイズのチョコレートを職員達に渡す。女性職員には手作りのチョコレート菓子を渡しているのは秘密である。
さて、一通り配り終えるが、私はまだ渡さねばならない人がいる。まあ、毎年のことなので、何のために渡しているのか意味はないのだが、一番世話になっているのだからここで渡さないのは失礼だ。
「セミさん?」
目的の人物がいるデスクを覗く。残念ながら不在である。
近くにいる職員に場所を訪ねる。にっこりと笑いながら厨房にいると教えてくれた。
チョコレートでも作っているのかと少し期待をしてしまうが、たぶん新作のデコレーションの監修だろう。それはそれで新作をチェックする楽しみが増える。
厨房に向かいながら中に誰が“視る”。二人ほどいるが、恐らく軌川さんと楠木さんだろう。彼らにもまだ渡していないので好都合である。
「セーミさん!」
ひょっこりと顔を覗かせると、先に“視た”通り軌川さんと楠木さんがいて、セミさんもいた。しかし、セミさんの様子がおかしかった。
「蝶……、なんでここに……」
なんというか、その………
「何で来たかは話すから、洗ってきたら?」
頭からペンキを被ったみたいにチョコレートまみれになっていたのだ。
*****
この子が絡むと毎回何かしらドジを踏んでしまう気がするわ。
蟬ヶ沢は職場の近くにあるコインシャワーで頭にベッタリとついたチョコレートソースを洗い落とす。いくらかは職場の手洗い場で落としたが、甘ったるい匂いは取れそうにない。自宅にある専用のシャンプーを使った方が良さそうだ。思わずため息が出る。
当日以外に作る暇が無かったとはいえ、自分の家て作るべきだったかもしれない。
外に出ると待ってもらっていた蝶が出迎えた。預かっていた鞄を蟬ヶ沢に渡すと、すん、と匂いを嗅いだ。
「まだ美味しそうな匂いがする」
「私は不味いわよ」
「じゃあ、オレンジフレーバーの香水付けようよ。もっと美味しそうになる」
ポケットから本当に柑橘系の匂いの香水を取りだしたので身構えたが、彼女は蟬ヶ沢には吹き掛けず自身に付けた。少しだけむっと心が曇った。
(どうせなら私につけなさいよ……もう)
少しだけ苛ついた理由が蟬ヶ沢自身も分からなかった。
「私を調理するのは止めてちょうだい」
「そうだね、セミさんを料理するのはまた今度にする。ってことで、いつものあげる」
指を鳴らして、自分の鞄から市販のかそれとも自分でデザインしたものか、見たことがないパッケージの包装がされた箱を取り出して、蟬ヶ沢に差し出した。指を鳴らしたということは
「人に見られないように処理もしてくれるのはありがたいわね。それにしても貴女も律儀よね毎年」
受けとると、ちらっと彼女の様子を見る。今日はこの処理をしても比較的平気なようだ。とはいえ、あまり長くはさせられない。
蟬ヶ沢も鞄から先ほど作ったチョコを渡す。
「ホワイトデーにしては早くない?」
「私が渡したかったのよ」
「今日は雨が降るわね」
「傘は任せなさいよ」
「やだよ、滅茶苦茶誤解される」
少しだけ何かが胸に刺さった気がした。
瀬川に言われた言葉が甦る。
「ね、ねぇ、蝶はいつまでこれを続けるの?毎年は嬉しいけど……」
蝶はうーんと腕を組んで悩む。
「渡せる時までじゃない?」
「………そう」
“あの子が他の子と付き合ってもいいの?”
「安心してよ。死なない限りは毎年バレンタインにチョコレート送ってあげるから」
「死ぬまでくれるなんて心強いわね」
「でしょ。今年はお互いあげたんだし、ホワイトデーはなくていいわね」
「えええ、セミさんのお返し楽しみにしてたのに!」
「じゃあ、またお互い贈り合えばいいじゃない」
「それじゃあバレンタインなのかよくわからないわ」
「何言ってんの。バレンタインは元々感謝とか気持ちを伝えるのが本来のイベントよ。日本が恋愛に偏り過ぎているのよ」
「そういえばさ、聞いてなかったけど」
「なによ」
「前にも言っていたけど、この苺の包装紙にはどんな意味を込めているの?」
「それは………」
偶然何かを見つけた体で、顔を背けて言葉を続けた。
「まあ、色々よ」
背けた顔の一部が赤かったのを見て意味を悟ったのか、はぐらかされたことに呆れたのか、蝶に大きなため息を付かれてしまった。