001.~
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この小説の夢小説設定簡易的な夢主設定
夢主は
・女子高生(深陽学園の女子生徒)
・デザイナーの卵
・特殊能力の持ち主(MPLS)
・蟬ヶ沢(スクイーズ)とは昔からの知り合い
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01.コーヒーとミルク
行動を分けたのはいつからだろう。心に、言葉遣い、表情。より表の自分ではないものとして振る舞う為に、裏の自分としての行動を増やしていった。裏の自分としての振る舞いが、表の自分が増えるたびに増え、自分でもなぜわざわざ分けているのは分からなくなってきた。振り分けの意義が見いだせないならしなければいいだけのことだが、表の自分と振り分けることが出来なくなりそうで、振る舞いを分けるのを止めるは難しいだろう。やらなくてはならない。
いつか守るものと標的が重ならないように 。
裏と表のどちらも知る人間は多くはない。大抵は裏を知っている者が表向きの身分を知っているにすぎない。
真夜中、時刻は深夜に近い時間である。
公園で二人っきりで歩く者がいる。男女だ。デートなのかと思いきや、とくにそんな雰囲気は感じられない。
この二人はデートとして来ているのではない。調査である。
先に口を開いたのは男の方だった。この男は表向きの名を蟬ヶ沢卓といい、コードネームではスクイーズである。
「こんな時間に任務に連れて行かなきゃいけないとは」
と、スクイーズは女と歩いてから終始愚痴を言っている。
女――スクイーズの監視対象である蝶は、はいはいとスクイーズを雑になだめながら愚痴を聞く。彼が普段はあまりしないむすっと不機嫌な顔を隠さずに出しているのを察して、聞き役に徹しているのだ。
スクイーズが蝶を任務に連れて行きたがらないのはいつものことなのだ。
「しょうがないじゃない。今回は連れていかないと分からない任務なんだから」
「怪我でもしたらどうする」
蝶は公園の遊具を除き込んだりしてなにか異変がないか探す。
「鉄壁の防御があるから安心してよ」
「大して保たないくせに」
スクイーズは周囲を警戒しつつ、蝶を見る。
「気絶した後の逃走はお願いね」
「置いて行ってやる」
「別にいいよ。ターゲットは全部取り除いてあげるから逃げといて」
「前言撤回。何が何でも連れて帰る」
「そこまで言ったならちゃんと逃げてよ……っと」
遊具にぶつかり、転ぶ。蝶は慌てて手を付こうとする。
「あれは冗談だ」
スクイーズが蝶の右手を掴んで支えた。
公園を歩いて人通りが多い道につながる出入り口に着く。公園から出た先で男女が腕を組んで歩いているが、公園には一向に来る気配がない。
蝶とスクイーズは歩きを止めないので、出入口からはどんどん離れ行き再び人気がなくなる。人が完全に見えなくなるとスクイーズは安心したように溜め息を付いた。
「この時間にも関わらず人がいなくてよかったと思う」
「ここはツイン・シティから結構離れているからね。衰えた地域には近寄りたくないんでしょ。公園に人がいれば栄えている証拠ってわけでもないけどさ。人が居なくて調査しやすくていいじゃない。」
この公園の近くには立体駐車場があるが、ツイン・シティという名の大型百貨店や専門店の駐車場がある為、そちらの方が利用されていて、通行人以外はここにたむろすることはない。
二人は公園の中心地の銅像前に着く。そこそこ広い公園内で一番目立つものだが、そこには誰もいない。園内を歩く中で二人は誰ともすれ違わなかった。出入口に人がいたのを見ると誰も入りたがらないのではないかと思ってしまう。
「普通はちょっと人の気配があるところで落ち合うものだと思っていたんだけど、大人の密会は堂々と会うものなのかしら。そこんところはどうなの、社会人代表」
「生憎、私にはそういった人はいなくてね。そういう貴女はどうなんだ、生徒代表」
「私は密会する以前にいないって。そういった相手を作る時間がないからね。そこの中年と過ごしてばっかだから」
そこの中年――スクイーズは顔をこちらに一切向けず、どこかを見ている。
「…………」
「あのー、一応……これぼけたつもりなんだけど」
「………ああ」
彼は振り向かず、とても気まずそうに答える。気のせいか汗もかいているように見えた。
「……すまない」
「なんで謝るのよ。別に不満があって言ったわけじゃないのよ。そりゃ、セミさんと一緒に変えるのが多いってのが事実だけど、だから彼氏が出来ないって訳じゃないし」
そうじゃないんだがと呟き、スクイーズが咳払いをする。
「彼氏と過ごせるような時間は取れるようにする。それと、スクイーズだ」
「別にいいって。彼氏なんていらない。って、今のはセミさんでも良いじゃない」
「今は任務中だ」
蝶は軽く溜め息を付く。
「言葉遣いといい、徹底しているわね」
「形だけだ」
公園を通り抜け、立体駐車場前の入り口に着く。
何年か前、二人の上司たるレインが受けた任務で起きた現象の場所だ。殺意に反応し、向けた対象を攻撃する動物がいたのだ。その動物を作り替えた者は既に処理はされたが、残党の確認及び処理を任されたのだ。
何年も前の事件を掘り起こしたのにも理由はある、今二人が追っているもの――ドッペルゲンガーと呼んでいる者と、作り替えられた動物に共通のものがあるのではないかと言われたのだ。
立体駐車場は公園と同様に人気も無く、それどころか車もろく駐車されていない。車の下などに潜んでいることを想定し、車から離れて探索をしていく。
蝶はわずかに能力で探知をしつつ車に近づいて探そうとするが、スクイーズが制止し、先に見てくる。
「一応言っておくけど、そこの車には生き物はいないよ」
「ゾンビのようなものなら貴女だって相手が動いていない限り分からないだろう?私が先に見た方がいい」
蝶はスクイーズのジャケットの裾を引っ張る。
「MPLSだったらセミさんは一発でアウトでしょ。ほらどいて、なんか危なくなったら私を引っ張ればいいじゃない」
飄々を言う蝶の言葉にスクイーズは眉間を押さえた。
「あのな……大根じゃないんだぞ」
上階へ上ると、レインが遭遇したゾンビ犬の現場に着いた。現場に着いてもこれまで来た道と同じように無人で車もない。ホームレスが使っていたのか、空の段ボールが転がっているくらいだ。
「以前レインが報告したゾンビ犬みたいなのが発見されたのはここってわけね」
「その犬、ペットだとしたら飼い主が悲しむだろうな」
犬がいたと思しき場所を見て、彼は目を細める。
「悲観的なのは良くないよ。セミさん」
「“スクイーズ”」
「……はいはい。ま、こんなところで犠牲になっていると思うよりも、どこかで生き延びていると思っておいた方がいいよ」
どこかで生き延びているのところでスクイーズは蝶を見る。
「……飼ったことがあるのか」
「昔、ね」
「……生き延びているさ。君が飼っていたペットならきっと強い」
スクイーズの根拠のない自信に蝶はくすくす笑う。
「そうね。そう思っているわ」
結局、駐車場には何もゾンビ犬なんてものはおらず、残党もいないと判断した。
駐車場を後にし、公園に戻る。自動販売機のあるベンチで休むことにした。
二人は自販機で飲み物を選ぶ。彼が自動販売機から出したのはブラックコーヒーだった。
蝶は首をかしげた。普段の彼ならばブラックを好んで飲むことはしないのだ。
「今日はブラックなの?」
「今は、だな」
スクイーズは缶を開けると一気に飲む。あからさまに苦いと顔に出ていた。あまりにも素直すぎる反応に蝶は苦笑いする。
「苦いのが苦手ならいつもみたいにミルク入りを選べばよかったじゃない」
「後でそっちを飲むさ」
蝶はいつもと同じようにカフェオレを選ぶ。
「それもまたスクイーズとしての行動?」
「かもな。もう昔からやっていることだから何でそれをしているのかも忘れてしまったさ」
「ブラックスクイーズに、ミルクセミさんって感じね」
「ちょっと!変な名前つけないでちょうだい!」
(あーあ、いつもの喋りが戻ってきちゃった)
今がスクイーズであることに固執する割にはあっさりと蟬ヶ沢としての振る舞いが出ていることに蝶は頬を緩める。
「不味そう」
「そんなことないわよ」
スクイーズはムキになって答える。
蝶は くくっと笑いを堪えながら、言う。
「”今“なら、ブラックよりもミルクじゃない、“セミさん”?」
私は自動販売機から取り出したカフェオレを彼に渡す。
彼は口調が戻ってしまったことに気づいて、悔しそうに呻く。
「今だけミルクスクイーズになるってのはどう?」
「そんな名前だとミスを犯しそうだな」
「いっつもブラックだと胃を痛めてしまうから、たまには」
スクイーズはようやく蝶が渡したカフェオレを貰う。
「気のせいか貴女といるときは、いつもミルクみたいに手緩くなる気がするわ」
「さしずめ私はコーヒー?」
「むしろ砂糖よ。馬鹿みたいに甘ったるい」
****
休憩を終えて、公園ももう一度見ていくことになった。行とは違うルートで、道が細く、雑草も多い、パッと見では道に見えないところだ。
足元を何かが引っかかった。
スクイーズが「ん?」と足元を見ようとするとざさりと茂みから何かが出てきた。
「………――――!」
スクイーズはタックルに近い勢いで抱き付かれ、勢いに負けて倒れる。
茂みから飛び出してきたのは、猫だった。鳴き声はほぼなく、呼吸なのか肺からただ空気がもれているだけなのか、ひゅーひゅーとした音だけを出している。猫は倒れたスクイーズと蝶の一メートル手前でわずかに揺れつつ空中に止まっている。足をじたばたさせているので、空気による固定でも、空間操作による停止でもない様だ。
スクイーズの上に乗る彼女は震えている。
「スクイーズ……」
苦しそうに呻きながら呼ぶ。彼女が能力を使っているのだ。普段スクイーズの許可がない限りは使用を禁止させているのにもかかわらず。
「馬鹿!私が許可を出すまで、能力を使うなってあれほど」
「攻撃防げなかったようじゃあ、その指示には従えない。でさ、申し訳ないけど、能力使って吹っ飛ばしてくれないかな」
「生き物なら」
「私はこいつらを押さえることは出来ても、こいつらを倒せない。こいつらはただの物体になっている」
「分かった」
三秒ほど充填をする。充填の間、少しだけ目の前のこの猫たちについて考えた。この猫たちの中に蝶が飼っていた猫がいるのだろうかと。スクイーズを押し倒す瞬間、彼女は何かを叫んでいた。スクイーズの名でもない。聞いたことが無い名を。
充填が完了し、肺を発射の姿勢に変える。スクイーズの上に覆い被さった彼女にも今発射されるのが解ったのだろう。
発射の瞬間、彼女が何か言ったように聞こえた。
発射された衝撃波そのものは着弾するまで音はしない。モスキート音のような高音で、聞こえたとしたら相手にしか聞こえず、聞こえてもただでは済まない。
宙に浮かんだ猫たちは瞬時にばらばらになり、肉と骨と血をばらまく。猫たちの真下にいたスクイーズ達には一切掛からない。彼女が方向を変えているのだろう。自分たちの上空には透明な傘があるように血肉は脇を流れていく。
落ち終えるのには時間はかからなかった。周囲がばらばらの血肉なのに匂いがまったく感じられない。匂いも別の方向へ流しているらしい。
「終わったぞ」
「うん」
蝶はスクイーズに覆い被さったまま訊ねる。
「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」
「……離れてからにしてくれないか。それか、遮断を……この状態は見られたらまずい」
女子が上に乗っている上に、抱きつかれている状況にスクイーズの心拍数が上がる。
彼女は淡々とスクイーズに尋ねる。
「振る舞いを分けているのはなんで?」
スクイーズは蝶の頭を撫でながら考える。
きっかけはなんだっただろう。蟬ヶ沢としての自分を持ってきながら任務を遂行してしまうと、相手が惜しく思えてしまった時だろうか。自分たちが狩る者が実の所、普通の人間と大差ないのではないかと思ってしまったときか。
重大任務を放棄して彼女を奴らから隠そうとしたときか。
「……なんでだろうな」
「……私も何か振り分けた方がいい?」
「どうして」
「その方が、気が楽になりそうじゃない」
「……」
「さっきは処理を任せてごめん。やろうと思えば倒せるといえば倒せるのよ」
「ああ」
「肉体の中に流れている液体、全て逆転させてしまえば、それこそスクイーズの能力みたいにばらばらになるわ」
「蝶」
「これはただの逃げだわ。あの動物は知らないものでも」
震えた声で答えを聞くと、胸がずぎりと痛む。
「蝶……」
「肉が細切れになるのが、気持ち悪いくらい見える」
「蝶……」
「似たようなのが崩れるのが」
だから彼女には能力を使って欲しくない。
「蝶……。もういい」
「“スクイーズ”、今は“ウェザー”だって」
「蝶は蝶よ」
声に笑いが混じる。
「セミさん、卑怯」
「卑怯で結構よ。蝶は蝶のままがいい。いて欲しいのよ」
任務から引き揚げて、蝶を送り届けた後、蟬ヶ沢は再び公園に来た。誰も来ないこの空間は一人で考えるには最適なのだ。
ベンチに腰掛けながら、自身の言葉を振り返る。
「蝶は蝶のままがいい。いて欲しいのよ」
蝶の前では本音でいるのが多い、ましてや接触していた時ならば嘘なんてすぐにばれてしまうだろう。しかし今回は本音が過ぎた。
自分というのを振り分けて、振る舞っている。本来の自分はどちらなのだろう。自問するまでもない。答えは分かっているのだ。分かってはいても、自分と言う人格は全て蟬ヶ沢だという訳では無い。スクイーズというには自分の行っていることに迷いがあるのも確かだ。
「私も我儘ね」
割り切ってしまえば楽だったろうに。割り切らせたくなかったのはきっと変わってしまう彼女を見たくなかったのかもしれない。淡々と敵を処理していくさまなんて見たくないと。汚れ仕事は自分だけでいい。
蟬ヶ沢は数時間前に蝶から貰ったカフェオレを飲む。ぬるめから冷えた状態になっていたが、蟬ヶ沢は構わずに飲み干す。やたら甘ったるくて、コーヒー特有の苦みが控えめ。こんな飲み物を任務中に飲んでは気が緩んでしまいそうだ。
「これ以上甘ったるくなったら困るわね」
02.形見紐
任務から引き上げた後に気になったのはあのばらばらになった猫のことだった。
日付を越えた深夜、一介の女子高生の身である蝶の帰宅は遅い時間だった。両親には知られないようにそっと帰宅し、部屋に入ると深くため息をついた。
夜遅く帰ることになった原因は特殊な任務と称される仕事で、相棒たるスクイーズに家まで送ってもらった。過保護な彼は蝶が家に入るまで見送ったのは苦笑いするしかなかった。
帰って来れた安堵もあるが、まだ居たかったなと惜しむ気持ちが混ざり、自分の部屋で外を眺める。方角はおおよそ任務の場所となった公園だ。
そこにまだあの子がいる。
小一時間前、任務の調査でゾンビ状態の猫に襲われたのだ。その猫はスクイーズが能力で粉砕し事は一時的に収まった。
目を閉じて自分の能力<フェイク・シーズン>で視ようとする。公園の先には小動物が休み、動物の死骸には何も手が付けられてないことが分かる。人気のなさを思えば、誰かが通報して処分されるのもないかもしれない。
蝶の能力は誰にも持っている物ではない。彼女を管理するシステムは特殊な能力者をMPLSと呼ぶ。システムはこのMPLSを合成人間という、人間ともMPLSとも異なる特殊な能力を持つ生物を用いて対抗している。
蝶を監視する名目でスクイーズがその任に当たっている。実際のところ二人に関係は監視と監視対象というよりも親しい仲である。蝶にとっては古くからの友人であり、彼のファンでもある。
スクイーズの表向きの名前は蟬ヶ沢卓といい、デザイナーをしている。イベントで会ったきっかけでそれ以外は歳も趣味も合わない二人だが、不思議なことに今も交流が続いている。
彼がかなりの年上だからというのもあるが、つい頼ってしまうのは直らない。
携帯端末を操作し、通話ボタン押す。
「ねえ、セ……スクイーズ、明日任務の事後処理について頼みがあるんだけど……」
*****
スクイーズは一人任務で来ていた公園にいた。血なまぐさい場所をさければ、邪魔が入ることなく考える場所として最適なのだ。
出来ることなら彼女も血なまぐさい所に来させたくはなかったのだが、こうして一緒にいることでしか方法がない。
彼女をこれ以上変えさせない為にシステムには監視の体で一緒にいることにしている。彼女の存在がシステムに気づかれたようにこの方法もいつまで保てるのかは分からない。バレてしまえば彼女を連れていくことは間違いないだろう。
楽観的な自分の考えの甘さにも苦笑いしたくなる。
任務の休憩中で蝶に貰ったカフェオレを取り出すが、中身は既に冷えている。飲むと彼女好みの甘ったるさで頬が緩んでしまう。
「まったく。これ以上甘ったるくなったら困るわね」
携帯端末から着信が入り、画面を見ると数時間前に一緒にいた蝶からだった。
蝶とは連絡する必要がないほど、ほぼ毎日会っている。連絡を取るのも大抵自分からであり、彼女からというのはほとんどない。
「…………」
もし彼女から連絡が来るというのは、何かが起きたことが多い。
なるべくスクイーズにならないように声音を蟬ヶ沢に戻しながら着信に出た。
*****
任務の後日、蝶とスクイーズは再び公園に来た。時刻も昨夜と同じくらいの深夜で人通りもない。
元々人気のない場所であることからか、そこは昨日と変わりなかった。変わりないということは、誰にも見つからなかったか、誰もなにもしなかったのどちらかだ。
場所がそのまま残されているのであれば、“あれ”もまだあるはずだ。
「“ウェザー”、昨日の場所に着いたぞ」
いつもは頑なに愛称で呼ぶ彼が珍しくコードネームで呼ぶのは現状をあくまでも任務だと言い聞かせるためか。これは任務の延長といえば延長であり、蝶からの頼みでもある。
昨日の任務ではドッペルゲンガーと呼ぶ現象が起きた可能性がある場所を調査したのだ。そこでドッペルゲンガーはいなかったが、ゾンビ化した猫が襲いかかりスクイーズがバラバラにした。
昨日、この猫を処理をせずにいたのは蝶の様子を思っての判断だろう。彼に連絡を入れなければ、あの猫は彼が一人で処分したに違いない。
周囲が木々で覆われているからか公園に入るまでは匂いがなかったが、目的の場所まで数メートルともなれば身体能力が一般人と変わりない蝶でも異臭を感じた。
バラバラに散らばる赤黒いものは直径三メートルほどの円を中心に空けている。昨日自分たちがいた場所で、蝶の能力によってばらばらになった死体が蝶たちの周りを避けて落ちていったのだ。
「ん?」
スクイーズが何に気づき、下を見る。蝶も倣い視線を追うと、その先はスクイーズの裾だった。
気が付けば蝶はスクイーズのスーツの裾を掴んでいる。
スクイーズの裾をつかむのは昔からの蝶のサインだ。こちらに気を向かせる為の行動だが、今回は違う。
眉間に皺を寄せながらも彼は前方に向き直す。
「“ウェザー”、帰れ。今日の任務は報告ぐらいであとは」
「サンプルを採取して終わり、だよね」
抑えきれない震えた声を出しながら血溜まりを見る。霞んだ視界は認識することを拒み、焦点が合わない。
「車で待っていろ」
いつもの口調ではないのは今が任務としての強調か。裾を掴む蝶をそっと振りほどく。
蝶が首を横に降り断ると、彼はため息をついて手を差し出す。
「終わるまで目を瞑り、手を握っていろ。何かあれば私が対処する」
触れた瞬間にスクイーズは蝶を抱え、跳ねるように走り出した。
*****
ぴくっと蝶の手が震え、スクイーズを見る。彼女と視線が合ったのはコンマ一秒にも満たない一瞬。
スクイーズは蝶を抱え、すぐさまこの場を去る。
後ろから小動物が追いかける。足音から小動物は一匹ではなく、数匹、五匹だろう。
首に回された手から蝶の認識が伝わる。蝶が能力で視るものをスクイーズも共有して視ることが出来、蝶自身の感情の向きも見ることが出来る。能力で視える蝶の心は本来の能力の持ち主ではなくとも分かる。不安、拒否、不信感、極度の緊張状態で、普段の彼女から見ても異常だ。
原因はこの追いかける何かに違いない。スクイーズと蟬ヶ沢卓としての直感が声を揃えて告げる。
合成人間の特性故に夜目が利く。彼女の能力を通しつつ、自身の夜目で小動物の姿を認識する。
体格は小型犬のように見えるがそれよりも
やや大きい。細身もいればまるみのある体型もいる。尻尾もしなやかな長いもいれば鍵しっぽもいる。見目に差があれどもこの動物の特徴の狭い額は共通している。
スクイーズと蝶を追いかける獣の姿は一般家庭に飼われる愛玩動物、猫だ。五匹の猫が二人を追いかけているのだ。
昨日スクイーズが攻撃した猫のゾンビといい、続けて彼女に関係する動物に手を掛けることにやや気落ちするが、彼女に攻撃させる訳にはいかない。
「またゾンビか」
「違う……」
泣きそうな声で否定され、嫌な予感がした。
「さっきの、昨日の……中身が写されている!」
「ドッペルか!」
スクイーズは彼女の前ではしないと決めていた舌打ちを思わずしてしまった。
ここはスクイーズが能力を行使するには邪魔な木々がありすぎる。
スクイーズが走りながらも蝶はやつらがついてきていることを伝える。能力のみで視ているらしく、目を瞑り、耳も塞いでいる。
握られた手から、彼女が探知しているものも彼女の不安も視える。
探知した猫の数は五匹。中身がまだ屍ではないなら生かして捕獲出来るならその方がいい。この猫たちが殺される瞬間を視るのは相当なストレスになると予想出来、何より彼女に自分が殺している時の心情を視せたくない。
追いかける猫には首輪がついており、今も飼い猫なのは明白だ。
ドッペルゲンガーとは名前の由来はかの都市伝説を元に命名された。
人格を別の肉体に定着された者を指し示す。元となった人格の者と、定着された人間が遭遇すると後者は元の人格の者を殺しにかかる。元の人格の者が死ぬか、一定の時間を越えるとドッペルゲンガーの人格は消え失せ、本来の人格が戻る。人格の定着により顔の変形が起こることもあり、時折元の人格の者にも影響が残ることがある。
最初に発見されたドッペルゲンガーは一人の成人男性と年端もいかない少女で親子だった。元となった人格は 統和機構に所属する構成員と合成人間だ。
当時は人格の定着は人のみだと思われていた。
公園に近くには立体駐車場がある。かついては活気があり車も多く止められていたがツインシティの開発により閑古鳥が鳴く寂れた場所となっている。
上階に逃げ込むが、おかげで全く遮るものがない。
蝶が猫たちの意識をまとめていたお陰で一匹もはぐれることなく、ついて来ていた。
(その分の負担も負わせているのだが……)
彼女の能力の本質は視ることらしく、視える相手の意識を操作は負担を負う。限界を越えれば彼女は吐いたり気絶することもある。
負担を負わせてまで得るメリットはある。こうして目標を強制的に引き付けたり、逃れたりすることが出来るのだ。元の意識あっての技ではあるが、流れのないものはない。彼女に対抗出来ないものがあるならば、完全なる不動か、彼女の限界以上の物量の流れを向けることしかない。
彼女の肩を叩き、猫に能力を解除するように合図を出す。
首に回した腕をほどいてもらい、その代わりに彼女を持ち直す。
彼女が能力の操作を解除する一秒前に肺にエネルギーを貯め、放つ直前に蝶に彼らの意識の操作を手放させる。手綱を放して視える意識も少し薄れるはずだ。自分がこうして攻撃を放つ瞬間の意識も視られることはない。
圧縮されたエネルギーは無音で発射される。特殊な肺で圧搾されたエネルギーは物体に当たると振動し、分子構造が破壊され裂ける。無音の攻撃は“……きんっ”と聞こえるが、当たった本人にしか聞こえない。
着弾した猫たちはぎゃんと鳴き声を上げて倒れた。
*****
「無力化した。“ウェザー”、目を開けてもいいぞ」
肩をそっと叩かれ、蝶は恐る恐る目を開ける。
「筋繊維をいくつか切った。しばらくは襲うほどの動きは出来ない」
スクイーズから下ろしてもらい、猫たちの様子を改めて能力で視る。
人格はまだ残っているが、しばらくすれば消えるだろう。本体は既に死んだのだ。
猫たちの顔つきは奇妙なほど同じで、人間のドッペルと同一の現象だ。
この顔が誰なのかは蝶には嫌でも分かる。動物の顔つきは判別が付かないと言われるが、動物園の飼育員が何十もの動物を見分けるように長く過ごした動物は見分けがつく。
体格のいい大きな猫がにゃあとか細く鳴いて蝶を見る。呼応して他の猫たちも連なり蝶を見る。
スクイーズが身を構えるが手で制止する。
猫たちは蝶を見ながらぴくぴく四肢を動かす。一匹を抱き上げ、他の猫たちも引き寄せる。彼女はそのままされるがまますり寄られ、猫たちの身を撫でる。その手つきは慣れたもので、飼っていたことがある者の動きだ。
喉を鳴らす猫のうちの一匹を抱えると他の猫も連なり蝶の腕に収まろうとするが、猫たちの量に圧倒され彼女の身が後ろに退けぞりかける。すかさずスクイーズ後ろから支える。
ちらっと視線で感謝を伝え、猫たちの相手に戻る。
ごろごろ喉を鳴らし、ここちよさそうに撫でられる様子は人馴れした猫にしても相手に対し信頼しているように見えた。
「……おかえり」
蝶の言葉にまたにゃあと鳴き、しばらくして猫たちの顔つきはそれぞれの元の姿に戻った。
*****
自販機でカフェオレを二本購入し、一本を彼女に渡す。
無力化した猫たちはスクイーズの車に乗せている。本来ならばこの猫たちは 統和機構の研究施設に届けるべきだろうが、そうなれば猫たちのまともな人生は送れない。
レインに報告するのは昨日倒した猫の一部のみとなる。
立派な裏切り行為だが、スクイーズも蝶もの程度の裏切りは日常茶飯事だ。
「明日は猫たちの対応だ。勿論、飼い主を探すんだろう?」
蝶は頷く。
「あの猫の死体、構成員に頼めばやってくれるが……自分でやりたいんだな?」
「やらなきゃ。探したいものがあるの」
昨夜の猫の死体を片付けると、蝶は血溜まりから何か紐のようなものを拾い上げた。
スクイーズはなにも言わず、サンプルをケースに入れた。
車に乗り込み、スクイーズは端末で報告を入れる。サンプルの提出先を聞くと通信を切り、車を駅のコインロッカーで走らせた。指定されたボックスへサンプルを入れる。
車で待機させた彼女は何かを握りしめていた。
*****
紐を拾った。血溜まりにあったもので、自信はないが、首輪に使われていたものだろう。何年も前に付けられていたのか、スクイーズの攻撃によるものなのか、ぼろぼろで手でも千切れそうなほどだ。
「…………」
声には出さず呼ぶ。あの子がいなくなったのは前のことで、まともに考えればここにいるはずがない。既に死んでいるはずなのだ。
屍化に、ドッペルゲンガー現象、屍化前の中身から嫌でも分かる。そうとしか思えない。
やはり彼に頼んで良かったと一瞬思い、自分を責める。
屍になっていたあの子を〈フェイク・シーズン〉で粉じみんに出来たかと問われれば出来たかもしれないが、しばらくは動けなかっただろう。
ノックが聞こえるとスクイーズが覗きこんでいた。戻ってきたを知らせ、車に入る。
彼はなにも言わずに車を走らせ、いつも蝶を降ろす公園で停まる。
いつもならは彼は車から降りるようにエスコートするのだが、動かない。そのことに不思議に思いつつも、蝶はお礼が言いたかったが中々声に出せずにいる。
本来ならばこれは他の構成員にさせるようなもので、頼み込んで無理に任務を続けさせてしまったのだ。
きっと声を出してしまえば、他の物も溢れる。
歪んだ視界にぐらりと視界が揺らぐ。頭に何かが覆いかぶさる感触がし、それが彼の手だと分かったのは指で軽く叩かれてからだ。
何を考えているのかは触れてないので分からない。
頭皮には触れないように髪の毛の上から慎重に撫でているようにも感じる。くしゃくしゃと雑でこのまま大人しく撫でられれば髪の毛はぐしゃぐしゃになるのは予想が出来る。
「これも任務の事後処理だ。“ウェザー”、我慢しろ」
らしくなくコードネームで呼び、素っ気なく話すが、撫でる動きは落ち着かせようとしているのが分かる。切り替えなくてもいいと話す彼だが、執拗に今は任務と言い張る。
彼が任務の時に執拗に言葉遣いが変わる理由は少しばかり分かる気がする。誰しも時と場によっては言葉遣いが変わる。変えていないと、とてもじゃないが心が切り替わらないのだろう。あれは仕事だ。そう言い聞かせないと耐えきれないのだ。
共に任務をして分かる。彼がこの口調の時は辛そうにしている。
蝶も同じように任務としての口調を切り替えればいいのだろうが、恐らく切り替えが出来た時の心は殺すことにも慣れた頃だろう。
(染まらせたくない、か)
手を汚させてまで守られたくないが、頼れるならば貴方の手を借りたい。
罪悪感もあるが気遣いにも甘えたくなり、任せて身を委ねると更に押し込まれた。
その子はいなくなっても自分はいると言い聞かせているようにも感じ、肩にもたれる。
一瞬びくりと震えたがそのまま肩にもたれるのを許してくれた。
口調こそ変えても、彼の優しさは変わらない。
素直になることは出来ないが、感謝と謝罪を込め、頭に乗っている手を指してにやりと笑う。
「セクハラ反対」
「うるさいわね」
わざとらしい不機嫌な声に蝶はくすくす笑った。
0.5
「セクハラは別に気にしないけどお願いしてもいい?」
「なによ」
両手を広げにっこりとねだる。
「“任務の事後処理”」
「……………………………………………」
これまでにないほどに長く、長いため息を吐いてスクイーズは俯く。
「お前な……」
「ほらほら、これも任務だって」
ひょいと蝶を持ち上げ、スクイーズの座席に運ぶ。目も顔も赤い蝶は、視線も合ったことで赤さは増すがすぐに互いに見えなくなる。
彼の膝に乗せられ無理やり胸に押し当てられたが、痛さはない。
「今上を向いたら即家に帰すからな」
「じゃあ、今日は絶対上向かない」
「ああもう、“ウェザー”は帰れ!」
スクイーズの怒鳴り声に反応し、後部座席で寝た猫が一斉にこちらを、スクイーズに注目して見た。
一匹がのそりと後部座席から来ると、蝶の膝に乗り、他の猫もぞろぞろと蝶の足元やら膝に乗った。
「………………」
「………………」
ごろごろ喉を鳴らすのは人格が残っているのか、少なくともすぐには離れてはくれないだろう。
蝶は苦笑いしながも自身を指差す。
「……猫ごと……一緒に帰る?」
「“ウェザー”は自分の家に帰れ……」
自身の顔を覆ってはいたが彼の耳まで真っ赤で蝶は声をあげて笑った。
******
0.5+α
スクイーズにもたれながら猫たちを撫でる様子は背を向ける相手に対し信頼しているように見えた。
彼女の頭を撫でるが乱暴にぐしゃりと髪の毛を乱すだけだった。
「……おつかれさま」
蟬ヶ沢の言葉に蝶はにっこりと笑った。
「セミさんもね。ありがとう」