001.~
Please tell me your name
この小説の夢小説設定簡易的な夢主設定
夢主は
・女子高生(深陽学園の女子生徒)
・デザイナーの卵
・特殊能力の持ち主(MPLS)
・蟬ヶ沢(スクイーズ)とは昔からの知り合い
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授業中、蝶は教師の説明を聞かずに自分で内容を進めていた。
「ふむ……」
順調に進んでいた手が止まる。教科書のコラムに乗っている問題が解けない。教師に聞いても良いが、この手のは進学に無関係だと突っぱねられるか、興味を持ってくれたと喜んでやたら長く説明をしてくるので、あまり聞きに行きたくない。
教科書のみでは不明瞭なところは図書室で資料を探すことにした。
携帯端末から自分の学校の図書室の検索サイトを閲覧する。残念ながら、ここの学校には欲しい資料は置いて居ない様だ。近隣の書店にあるか探す。在庫状況は分からないが、入荷をしていたことがあると判明した。ここで、携帯からメールが届く。この時間に送ってくる人はあの人しかいない。
画面を見ると差出人は蟬ヶ沢と表示されている。
「今日は山の下の駐車場で待っている」
普段の語り口調とはかなりことなった固い言い方だ。
「帰りに本屋に寄りたいけどいい?」
そう返信して返事を待つ。送信して三分ほど過ぎると返信が来た。
「了解。あまり遠くまではいかないからな」
「ありがとう」
連絡を済ませると、授業を続ける。用を済ませて携帯を仕舞う。携帯を見て呟く。
このやりとりも何回目だろうか。
****
携帯を初めて持って、親よりも先に彼に電話を掛けたことを思い出す。
初めて押すコールボタンに緊張が走り、出てくるまでの時間が長いような早かったような、留守電に繋がるほどは待ってはいなかったはずだ。家で掛ける電話とは違い、どこでも通話が出来ることに親に秘密を持ったようでこそばゆかった。
携帯での通話だとあまり長い時間を掛けて話すことが出来ないので、主にメールでのやりとりが主流となった。特殊なソフトを入れれば通話の制限を気にせず出来るが、彼はそのソフトを入れていないらしい。彼とのやり取りは主にどこかで落ちあう為の連絡手段としてなので、あまり不便さは感じていない。
彼と放課後に落ち合うことがあるが、彼は私と違って学生ではない。歴とした社会人である。少なくとも初めて会った時点でそれなりの年を重ねていたので、十以上は確実に上であろう。年齢で言えば中年に当たるのだが、服装が常におしゃれであまり年齢を感じさせない。お洒落なのも当然というものか、彼の職業はデザイナーなのだ。
初めて会ったのは、規模が大きめのイベントだ。私の親が出品をしていて、私はそれに同行した形である。当時の私は少々幼いかったことと、元からの好奇心が旺盛な事から、親のブースを離れてあちらこちら探索した。
出品物はどれも面白いものだったが、一際惹かれたものがあった。
机の上には数体の人形が置かれている。三頭身ほどのデフォルメで、大きさは台座を含めると十センチほどある。
人形の印象を一言で言えば奇抜である。
ヒーローなのか、筋肉質の男の人で全身を金属的な反射をするスーツを着ている。少年向けのようなデザインをしているが、かわいらしい絵柄である。可愛らしさから反してモチーフが蟬のようだ。
黒を基調とした体に、節々に細く金色の線が描かれている。頭に三つ生えた長い角は真ん中が一番長く、両隣の角はやや短い。顔の橋近くに目があり、小さく赤い。凝らして見ると複眼のようなつくりにもなっている。
背中はシマウマのように白い線がある。後ろをすべて覆うほどの大きい羽はシャボン玉のようにきらきら輝きながら反射している。
(頼もしいのか、かわいいと言うべきか)
上からくすくすと笑う声が聞こえた。見上げると、男の人がこちらを見ていた。あまりじろじろ見すぎてしまったのだろう。
他の大人よりも大きい大人であった。しかし大きい割には圧迫感がなく、優しい顔立ちをしていて、恐怖は感じなかった。
「気に入ってくれたかしら?」
彼は見守るような笑みで、話しかけてきた。私は頷く。
彼は私を机の下をくぐらせて、彼の隣の椅子に座らせた。
今日は出品ではなく展示であって、今回は頒布が目的ではないと申し訳なさそうに謝る。
彼は後ろに置いたバックから一冊のスケッチブックを開いて見せてくれた。この中なら何が好みかを聞かれ、正直に答える。すると彼は苦笑いを浮かべる。
見せてくれたのは商品開発のデザイン一覧で、私が答えたのは一番人気がないものだと教えてくれた。私ならこれが一番好きだと言うのに。
不満げな私の顔に彼は苦笑いをする。私が選んだデザイン画が描かれたページを切り取り、ファイルに挿めて渡した。
「そう言ってくれると考えた甲斐があったわ」
「いいの?」
私は素直に貰うか迷う。これを渡してしまえば、このデザインから作ることが出来なくなるのではないかと。
「これを好きだと言ってくれた人に持ってもらいたいわ」
なるほど、これは逆に受け取らない方が失礼に当たると解り、素直に受け取る。自分が持っているスケッチブックに挟めて、ファイルを曲げないように抱きしめる。
「ありがとう……ございます」
「こちらこそ来てくれてありがとう」
気のせいか最初に会った時よりも元気になったようだ。
「ねえ、もしかして貴女も何か描いているの?」
彼が私の胸に抱えられたスケッチブックを指す。見ても良いかと聞かれたので、快く承諾した。普段ならばネタ帳とも言えるものは他人に見せたりはしないが、先に見せてくれたのは彼なのだ、こちらも見せるべきである。
彼はふんふんと頷きつつも楽しそうに見る。将来が楽しみと褒めてくれた。よかったら気に入ったページがあればあげると言うと、彼はすぐにこれがいいと選んだ。人の事は言えないが、彼もまた好みが特殊なのだろうか。過去に友人に見せたことがあるものの中では断トツで人気がないものなのだ。
思わずこれでいいのか聞くが、彼もまたこれが一番好きなのよと答えた。
彼の元にいて何分過ぎたであろうか、話し込んでしまったと気付いて戻ろうとする。彼もまた一度休憩に行くと言って、席を離れようとする。ここでお別れするのは惜しいが、ここのようなイベントがあればまた会えるだろう。手を振って別れを告げようとした時だ。
流れる川に落ちたような感覚が感知の全てを占めた。
その中で彼に繋がる流れを感じた。ねばねばと棘がまざったような、決して気分がよくなるようなものではなかった。
不快感と恐怖。彼をこのまま放してはいけないと本能的に判断した。
慌てて彼の腕に引っ付く。いきなり後ろから飛びつかれて驚いたのか、きょとんとしてしゃがんで私を見る。もうさみしくなっちゃったとか言っていた気がするが、今はそれどころではない。彼の腕に引っ付いて、更にもう一つ気がつく。彼の流れが触れてから見えたのだ。
抱き付いてきた私への流れと、彼の進行方向のずっと先へ向けられている流れと、周囲への浅い流れ。
あまりにも必死にしがみついている私に彼は困った顔を撫で、どうしたのと聞いてくる。
どう説明したらいいか。まだ幼かった私は拙いながらも、一つ一つ伝えたいことを言う。いきなり川に入ったような感覚があって、それは個人からいくつも流れ出しているのだが、その一つが貴方に向いている。今貴方が行こうとしている方向へ行けば怪我をしてしまうかもしれない。
彼は静かに説明を聞き、考え込む。何か痛むような苦い物を食べてしまったような、今思えば忌々しいと言うのだろうか、そんな顔をしていた。
私はひたすらこのまま動かないで欲しいと頼む。自分ならそれをなんとか解決出来ると思うので、少しだけ待ってほしいと。
「……分かったわ」
彼はそういうと周囲を気にしつつも、待ってくれた。
彼が無言になっている間、私は少しずつ彼にまとわりつく流れを変える。針金を曲げるように曲線を描きつつ、別の、知らない方向へ向ける。方向を曲げ終える。これで彼が怪我を負うような目に遭うことはないと確証する。
彼の手から離れ、もう危ない目には合わないみたいだと伝える。
彼は礼を言うと、真剣な顔で話し出した。
今自分が見て感じたことは自分以外には話さない事。親であっても、親友であっても話してはいけない。でも、その感覚は、何が見えるのか、何が使えるのかはしっかり分かるように。
どうしてそれをしなくてはいけないのか聞くと、彼はデザイナーたるものインスピレーションがどうたらで長々と語り始め、言っていることは理解できなかったが、切実に今言った事をして欲しいようだった。
彼の危機も去り、改めてお別れをすると、彼はシャツのポケットから一枚のカードを取り出した。受け取ると、それは名刺だった。
「新作が描けたら一番初めに教えて」
私は大きく頷くと、意識が遠くなり、倒れた。
気がついたときには両親の車の中だった。手にはしっかりと名刺が握られている。
後から親に聞くと、私は転んで気絶をしてしまい、そこを蟬ヶ沢という人が介抱してくれたと教えられた。
私を介抱したお礼として両親と共に再び会いに行った。それからは私は彼の元に一人で会いに行っている。
****
彼と私が未だに話したり、どこかに出かけたりするのは気とか趣味が会う訳では無いと思う。勿論、好みや趣味嗜好の話はよくするのだが、一番の目的は違うことのように思える。会った当初に言われた新作デザインを見せてくれという言葉も未だに言わない。その代わり、会う度に聞かれることがある。
「変な人にあったとかはない?」
日常会話の中で必ずと言ってもいいほど入れてくる。私は冗談交じりで貴方以上の変人はいないわと答える。彼もまた上端半分で怒るが、それ以上に何もないことに安心しているようなのだ。
奇妙な質問を終えたとは、割とただのお出掛けである。テーマや場所を決めて、写真を撮ったり、絵を描いたり、本屋でいい資料を買うこともある。会うことが頻繁なこともあって、ドライブだけというのも少なくない。会話の数は通常の人と比べれば多くはないが、他の人と話す時よりは会話は弾む方である。年齢を考えれば世代との違いで会話が難しいらしいが、彼に関しては世代らしいものが感じられず、お互い会話に困ることはない。
今日は何をしようか。
本屋によるのだから、そのあとに買った本を一緒に読むのもいいだろう。トリスタンではまた新作の飲み物が出たはずだ。それのチェックとして行くのもいいだろう。
放課後が楽しみで、今すぐにでも行きたい。
教員の説明の声や、他の生徒の雑談にかき消されるほどの小さい鼻歌を歌いながらテキストを進めた。
****
放課後。部活も無く、行動できる時間が多く、嬉しさで早足になる。
あの人と落ち合う場所は何ヵ所かある。
今日は教員用の駐車場でも来賓用の駐車場でもない、学校から少し歩いた先にある公園の駐車スペースだ。
公園は他のと同じようにブランコや滑り台があるが、一番の見どころは大きな山だ。人工の山で高さは大凡五メートルもあれば、十メートルを超すものもある。山々が連なっているので、厳密にはどこまでが一座なのかは地元の人間でも区別がつかない。
この公園は祭りの会場にも使われることもあり、かなり広い。そのため、駐車場が複数存在する。彼が車を停めることが多い駐車場は、山々を降りて平野になった地のすぐわきにある駐車場だ。
利用頻度の高い駐車場に来た。車はあったが、知らない車だ。私が彼と行動を共にすると職務質問をされることを考えると、ここには停めないであろう。違う駐車場で待つことにした。
山ばかりの公園の裏、崖の下にもう一か所駐車場がある。駐車場に向かう階段を降りなければならない。困ったことに子の階段はとても急勾配で、あまり使われることが無い。最近になって手すりも付けられたが、ただポールを繋げただけのもので、これを支えにすると却って事故に遭うと思う位滑る。
階段を降りる前に彼の車があるか確認する。
駐車場には車が何台かある。彼の車が見えないが、もう少し遠くの駐車場に停めたのだろうか。複数台があるので彼はここに停めていないと思いたいが、どれも似た車で、近づいてみないと判別は厳しそうだ。降りて確認するしかないので、階段に足を下ろそうとする。
突如、後ろから頭を叩かれた。驚いてびくっとなったが、すぐに気がつく。誰なのか分からないが、だからこそ誰なのか分かった。
振り向くと、蟬ヶ沢が立っていた。彼だけは直接触れないと能力の干渉も感知も出来ないのだ。能力を使うまでもないが、反射的に見てしまう。意識も視線もしっかりこちらに向けている。ただ、彼へ何かの意識が向けられているのが見えた。
心拍数があがる。誰かは分からないが、狙われている。初めて会った時のような命を狙うような、不穏な流れだ。
前の様に正直に言うべきか…。
「お馬鹿。そっちに停める訳ないでしょう?」
私の緊張に彼は気付かず、彼はため息を付いて別の方向を指した。ここの公園は何ヵ所か駐車場があり、彼が車を停めていたのは私が思っていた場所とは異なる場所だったようだ。
「前はあっちだったじゃない」
私は口を尖らせて文句を言う。今彼が停めている言った駐車場はさっき通ったが、別の車があり、そこには停めないだろうと判断したのだ。
「それは前に親子連れが駐車していたからよ」
「ついさっき、そこの駐車場に別の車が停まっていたけど。見られて大丈夫なの?」
「私が着いたときは無かったわよ」
「なかった…?」
私は首を捻る。確かに車はあったはずだ。彼と入れ違い直前に去ったのだろうか。
蟬ヶ沢の言う通り、平野の駐車場には彼の車しかなかった。
彼の助手席に乗り、先程メールで頼んだ書店に寄ってもらう。今すぐにでも彼に直接触れて彼に取り付く意識を外したいが、彼にばれては元も子もない。
目的地に着くまで時間はかからないが、すぐに雑談に入る。
「ねえ、高校はどこにするの?」
いきなり将来に関する話題に面倒に感じる。趣味や仕事の話は聞いて楽しいが、彼は将来に関する質問がやや多い。親よりも人の将来を心配してくる。
「受験するのまだなんだけど」
「駄目よ。高校によっては中学に入学した時点でも遅いって聞くわ。貴女ならこのあたりの高校は行けると思っているけど。油断は禁物だわ」
「この辺で行くとしたら…深陽学園かな。県立だし、行かせてもらうなら学費が抑えられる方がいいもの」
「奨学金は止めておきなさいよ。それでもそこを利用するなら返済不要のところになさい」
「そこまで頭がよくないから厳しい」
「そこまでは面倒みないわよ」
「自分でなんとかするからいいよ」
「勉強なら手伝えるわよ。分からないところがあったら言って」
「滅茶苦茶面倒みているじゃん」
彼ほどのおせっかい焼きなら、勉強も本当に見てくれそうだ。
「見れるところは見ているだけよ!ほら!着いたわ!」
書店は山の公園から然程遠くはない場所にある。小さいビルが行くつかある場所で、探偵事務所が隣のビルの中にある。やたら珈琲が美味しいのだと蟬ヶ沢は言う。以前言ったことがあったらしい。書店は複数あるが、二人が行くのは決まってここである。
私も彼も創作するのは好きだが好みの方向性は逆である方が多い。入店前に時間指定をして、後で落ちあうのが恒例だ。
私は彼が本に集中しているのを確認すると、あたりを更に探る。あの公園にいた車の持ち主だ。私か、彼に用があるらしい。
彼等の意識を私のみに集中させる。
本屋を出て、建物の裏に回る。
気配も消しつつ、見えないように光も遮断する。
曲がり角で、鏡だけ先に出して様子を見る。スパイのようにうまく見えないが、男が四人いることが確認できた。周りも他にいないことから、増援することもないだろう。
意識を彼らの頭に集中する。見るのは血管、細胞の流れ。微弱な電気信号。
頭痛を感じつつ我慢して、相手を探る。慎重に動きを止めていく。
身を彼らの前に少しだけ晒す。がさりと音が聞こえたので彼等は蝶の方向を見る。意識が完全に向けられたことを確認すると素直に言ってくれるようにいじりだした。
尋ねると、彼等はある組織のスパイだと答えた。敵対する組織の情報を得る為に、関係者と思しき彼に近づいたらしい。
「今追ってきた人の情報は他に漏れていない?」
彼等は頷く。
「彼を狙ったのは誰かに言われて?」
これに関しては、彼らは首を振って否定した。
「良かった」
私はほっと息を吐く。これで今からの彼らの記憶を少し無くなってもばれたりはしないだろう。脳の電気信号に目を凝らして、慎重に操作を行う。キーワードで私や彼に関する細胞を探り当て、神経回路の流れを切断する。記憶を完全に消すことは出来ないであろうが、強い暗示を掛けられ、細胞がやられたのだ、そうそう思い出すことはないだろう。
彼らの蟬ヶ沢に向けた流れの残りも全て外す。蟬ヶ沢に向けた流れはこの四人それぞれに充てる。
一通りことを終えたところで、一息つく。そろそろ彼の元に戻らないといけない。あまり店から出ている時間が長いと心配される。
店に戻ると蟬ヶ沢はさきほどと同じ場所にはいなかった。探し回ると、棚から一つ飛び出ている頭を見つけた。蟬ヶ沢である。ごそごそと何かを取り出している音が聞こえる。棚からこっそり覗く。彼は携帯端末を取り出していた。
蟬ヶ沢は携帯端末を操作してどこかへ電話を掛けようとしている。電話が終るまで待とうとするが、私の携帯に着信が着た。着信音が出た瞬間、彼がこちらを振り向いた。どうやら彼が電話を掛けていたのは私の携帯だったようだ。まさに覗いている体で視線が合い、とても気まずい。
蟬ヶ沢はほっと肩をなでおろすと、小声で怒った。
「蝶!もう、どこに行っていたのよ!先に買い終えたのなら言ってくれればいいのに。急にいなくなったから心配したわ」
「ごめんごめん、まだ買ってないよ。暑かったから外の空気を吸いたかっただけ」
蟬ヶ沢が疑いの目を向ける。
「セミさん、ちょっと目が怖いんですけど……」
蟬ヶ沢が蝶の手首を掴み、睨む。直接触れられているので、彼にまとわりつかれている意識もしっかりとれていて、彼自身も彼等に向けていないことが分かり安心する。
がしり、と蟬ヶ沢が蝶の両腕を掴み、やや前のめりで聞く。
「ねえ、蝶」
蟬ヶ沢の迫力に押され、つい敬語で答える。
「な、ナンデショウ?」
「変な人に会ってないでしょうね?」
耳に胼胝が出来そうなほど聞いた言葉をここで尋ねる。
「変な人なら目の前にいるんですが…、ほら…あの」
「私が変な人なのはもう分かったから、それ以外。いなかった?ずっと見ている人がいるとか」
「変て…」
脳裏には先程操作してきた四人の男たちが浮かぶ。これを素直に言う訳にはいかない。この能力を使うことを彼は好まないのだ。
ちょうど店の監視カメラの死角であり、近くに店員も客も見ていないからか、かなりの至近距離で問い詰める。 蟬ヶ沢の体格で更に圧迫感が増す。
「また私に付いて来ていた車に何かしたでしょ」
駄目でした。
「うう……はい」
蟬ヶ沢は大きく溜め息を付く。
「まったく。頭は痛くない?無理しないで言いいなさい。まったく、私に何か向けられていても大丈夫だって何時もいっているじゃない。貴女は自分を守ることを優先しなさい。守っている間に来てあげるから」
そうは言われても、狙われているのを知っていて見過ごすことは出来ないのだ。
蟬ヶ沢はため息を付く。
「一応、後で車の中でいいから何をしたのか教えて頂戴」
「全部……?」
蟬ヶ沢は頷く。
「包み隠さず?」
頷く。
「はい……」
蝶は諦めて、蟬ヶ沢に会う前に不審な車があったこと、複数の人間が蟬ヶ沢に不審な意識を向けていること、その人らの記憶を操作したことを告げる。
他の客が近くに来るのが分かったので、蟬ヶ沢にそれを伝えて離れるように頼む。
蝶が能力を使ったことについて、蟬ヶ沢はまだ何か言い足りなさそうな顔をしたが止めたらしく、深くため息をついて、やや強めのでこぴんで済ませた。
「まったく。頭は痛くない?無理しないで言いいなさい。まったく、私に何か向けられていても大丈夫だって何時もいっているじゃない。貴女は自分を守ることを優先しなさい。守っている間に来てあげるから」
そうは言われても、狙われているのを知っていて見過ごすことは出来ないのだ。
「そういえば、お目当ての本はあった?」
「在ったよ。ここの本屋さんの蔵書量といい選別といい、本当に好き」
蝶は少し移動して本棚から一冊の本を取り出す。
蟬ヶ沢はその本を見て、目を丸くする。てっきり参考書かと思いきや、医学書だったのだ。それも大学生が使うような本格的なものである。
「なによその本。医学書を買うなんて、将来は医者になるつもり?」
「違うよ。まあそうね」
書店の裏から出てきた男たちは私たちを見たが、すぐに視線を逸らし。どこかに行った。
「知っておいて損はないかな、ってね?」
双方目的の本を買い終えて、車に戻る。
「ねえ、セミさんちょっと寝てもいい?」
「どうぞ。寝過ごしたら私の家に連れてくわよ」
「あはは、むしろ行ってみたい……」
「玄関前で降ろしてやろうかしら」
「………」
蝶は蟬ヶ沢に反応しなかった。
蟬ヶ沢は身を乗り出し、様子を見る。気絶したようだ。
「このお馬鹿」
蟬ヶ沢は後部座席から毛布を取り出し、蝶に掛けた。
****
蟬ヶ沢ことスクイーズは自分の失態に舌打ちした。自分を追いかけていた者には気付いていたが、彼女が対処するとは思わなかったのだ。
彼女は辛そうに眉間に皺を寄せる。その様子を見て、スクイーズは能力の負荷で気絶させたことに胸を痛める。
「蝶……、ごめんなさいね」
彼女は車の中で寝かせ、スクイーズは先程店の裏から出てきた男たちを追う。男たちはすぐに見つかった。停車した車の中で合われた様子で何かを探している。
スクイーズは運転席の窓にノックをして反応を見る。
窓をノックされて、男たちはびくりと肩を震わせるが、すぐに安堵の表情を浮かべる。男たちはスクイーズのことは覚えていないようだ。
恐らく彼女が自分たちへ向けられていた流れを変えたのだろう。処理するのがとても楽になったが、複雑な気持ちになる。
窓が開けられ、運転席に乗る男が対応する。
「なんのようだ」
チャージを行う。三秒かかるのが難点のスクイーズの能力だが、ひとたび発射されれば
「いやなに」
喰らった者はひとたまりもない。
「悪い虫がいたのでね」
肉体のみを破壊する衝撃波は中にいた人間を全て細切れにした。
車の窓は血で塗られ、座席には細切れになった肉が散らばる。
スクイーズは血生臭さに顔をしかめるが、すぐに次の行動に移る。
空いた窓からドアの鍵を解除し、ドアを開ける。血が少し零れたが、ほとんどは助手席側に飛ばされているので、通行人が気にする量ではないだろう。
血まみれの鞄や携帯端末を調べていく。敵対する組織が情報集めとして、自分を狙ったようだ。
スクイーズの眉間に皺が寄る。
鞄や携帯端末に付着した血を拭き取り、ビニール袋に入れる。この車を離れた後でコインロッカーに入れ、別の構成員に回収してもらうのだ。
一通り調べ終わると、ドアのガラスを全て閉めて、ドアもしめる。ガムデープをドアの間に貼り、隙間を埋める。これで通行人が生臭さに気付いて近寄ることもないだろう、
車にはカバーを被せ、外からは見えないようにして、ステッカーを張る。
ポケットから携帯端末を取り出し、どこかへ連絡する。一般人には聞こえない特殊な符丁で処理を頼む。
数十分もしない内に構成員がやってきて、この車は中身ごと処理されるだろう。
車に戻ると、彼女は寝たままだった。あまり長く気絶している様なら家で休ませるべきだろうか。これまでも何度か気絶したことがあり、経験からこれは少し長めの気絶になりそうだ。車の中で休ませるのもいいが、長時間車を停めていると職務質問に会う可能性もあるだろう。何より、寝ている間の負担を軽くさせたい。
蟬ヶ沢は蝶の家に電話をし、彼女の帰りが遅れることを伝える。この娘にしてこの親ありか、親戚でもないが、それなりに付き合いがある男の言葉を素直に受け入れた。通話を切り、呆れて溜息をつく。
「他人に降りかかる危険よりも、他人への警戒を覚えて欲しいわね……。自分の娘がこんな中年に預けられて不安じゃないのかしら……。こんな中年に……」
自分の言葉に凹む。どこからどう見ても中年の男に、不思議なことに彼女は何年も友好関係を持ってくれているのだ。こんな中年に。
「…………本当になんでかしらね……」
蟬ヶ沢は自分のマンションへ向かう。運転している間も蝶の様子を見るが、起きる様子は一切ない。
マンションに到着し、寝室にあるベッドに彼女を寝かせる。布団は掛ければ服が皺になると思い、大き目のブランケットを掛けるとこにした。
ベッドの横に座り、彼女の額を撫でる。
着く前よりは楽になったのか、眉間の皺が浅くなっていた。それでも苦しがっていることには変わりない。
「……ごめんなさいね」
アロマでも持ってこようと立ち上がろうとしたとき、裾が引っ張られた。
振り向くと、力なく伸ばされた彼女の右手が蟬ヶ沢のジャケットの裾を掴んでいた。
瞼は閉じられたまま、呼気に紛れて名前が呼ばれる。
「……セミさん」
そっとジャケットを掴んだ手を左手で包み、ベッドに座る。
「もう少し寝ておきなさい」
開いた右手でそっと瞼に被せる。
「うん……」
彼女は再び昏睡した。しかし、手はしっかりと裾を掴んでいる。
蟬ヶ沢は心の中で溜め息を付く。無理にこの手を放させてもいいが、きっと起きるだろうなと思ったのだ。当分はこのままでいないといけない。
****
少しだけ、少しだけ罪悪感と、安息の欲求が湧き出る。
「…………」
ゆっくりと彼女の右側のスペースで横になる。彼女の頭よりも少し上の位置に腕を置いて、枕の代わりにする。視界のやや下に彼女の寝顔が見えることになる。
視線は窓に向けて、サイドテーブルに置かれた時計の針の音を聞く。
彼女とは隙間が空いている。しかし、彼女は猫の様に丸くなっている為、頭のみ胸に着いている。
彼女とこのような状態で、心拍数がいくらか高くなるが、性的な興奮ではない。この心拍数の上がり方はいつ起きるのかの緊張によるものだ。
そっと背中に手を伸ばす。
「ほんと小さいわね…。まさしく女子の背中って感じだわ」
軽く背中をさする。
****
「良い所邪魔して悪いけど任務の書類を渡してもいいかな」
「!」
僅かにノックを叩いた後、とても小さい声が後ろから聞こえてきた。
振り向くと、そこにはユージンが申し訳なさそうに立っていた。
「ユー……!……ジン」
大声で呼びかけるが、急いで無音対話に変える。
「寝ている所なんだ。無音対話で話せ。それと、良い所でもないし、邪魔してくれて構わない。だから早くその書類を渡せ」
ユージンは蝶を凝視しながら書類をスクイーズに渡す。
「分かったよ。ところで、その子は構成員の子?」
受け取った書類をサイドテーブルに置き、ユージンに向けて動物を追い払うようにジェスチャーで去ることを要求する。
「友人だ。お前には関係ない。この指令はお前の説明が必要という訳でもないだろう?」
「僕は届けに来ただけ」
「なら、さっさと元の任務に戻れ」
「分かったよ」
しかしユージンは去らず、彼女をじろじろと見る。
「…………」
「まだ何か用事があるなら言え」
「友人……ねえ」
ユージンの視線がいつもとは違った意味で冷たい。
「友人だ」
「スクイーズにとっては、友人と同衾するのが普通なのか」
「……彼女……だけだ」
「誰とどうしようと僕は構わないが、見たところその子はまだ学生の様に見えるが、了承は取っているのか?」
「……気絶したんだ」
「……何もしていない……な?」
「何もしていない。一切手を出していない。変な誤解をするな。保護としてここに寝かせているだけだ。だいたい何でこのタイミングで来た。連絡は無かったが、ひとこと何か連絡入れるべきだろう。それと、この状況なら今でなくてもいいだろう」
「せめて一晩待った方が良かっただろうな」
「一晩も待たなくてもいい。せめて…」
「そうかな?まあ、逢い引き後のあんたに会うのも気まずいから、今で良かったよ」
スクイーズは顔が熱くてたまらなかった。
「だから、逢い引きではないとさっきから散々言っているだろうが。本当にだたの友人で……」
スクイーズは項垂れて必死に弁解する。
「う…」
スクイーズの後ろからうめき声が聞こえてきて、おしゃべりをしていた二人は硬直した。
「……うう」
スクイーズが振り向くと、彼女の眉間の皺が深くなっていた。
「……ミ…さん」
スクイーズは慣れた手つきでサイドテーブルの棚から何か薬を取り出すと、少女を抱き起し、水と共に飲ませた。
「大丈夫、大丈夫よ……」
スクイーズは頭を撫でながら優しい声音で、彼女を眠りに誘う。
ユージンは蝶の意識が落ちるのを確認してから口を開いた。
「懐かれているな」
ユージンの視線の先は、スクイーズの裾を掴む彼女の手に向けられている。
ユージンの視線に気づき、スクイーズは苦笑いをする。
「動物みたいに言ってくれるな。否定はしないが」
「信頼されているんだな。その……ほどほどにしておけよ」
去り際にユージンは謎の忠告をし、帰った。
部屋がようやく鎮まり、少しだけ緊張の糸が解きかけるが、横たわる少女の顔を見ると改めて気を引き締める。
「ああ、こちら側には巻き込まないさ」
****
寝入る彼女を見ながら、スクイーズはため息を付く。
自分に関する危険に彼女を巻き込んだことに自己嫌悪したのだ。
彼女を巻き込みたくない。今日のように自分自身を狙う者と遭遇することは避けたかった。自分に関係する争いから離れさせるだけなら、単に自分が彼女から離れればいいだけなのだ。しかし、自分が離れれば、最初の目的の意味が無くなる。
統和機構に見つかってはならない。
彼女がいかに特殊な能力を持っていようが、彼女は別である。
世界を守る為に特殊な能力を持つ者を狩る。そうしないと世界のバランスを保たないといけない。“始まった”時から教えられてきたことだ。
今自分がしていることが重大な違反であることは分かってはいても、明け渡したくなかった。
同業者からの惜しさもあっただろう、幼かったことも、何より自分が描いた物を好きだと言ってくれたのだ。
この子の未来は守りたい。
自分が彼女と一緒にいれるのもそう遠くない。もってあと数年。もしくは明日かも知れない。
蝶といる時が何より好きだと言うことは分かってはいても、彼女の前では決して口には出さない。
自分のことで縛りたくない。
未来を縛りたくないのだ。
でも、
「離れたくないのよ」
蝶の手を握り、呟いた。
****
顔色がよくなるのを頃合いに、彼女を車に再び乗せる。その後、彼女は三十分ほどして起きた。
起きた蝶はへらへらと笑いながら、蟬ヶ沢に謝る。
「セミさん、ごめんね。ぐっすり寝ちゃって。家に放り投げてもよかったんだよ?」
「いいのよ。でも、人前でこんなに寝るのは良くないわよ」
「セミさんならいいかなって」
「…………良くないわよ」
彼女の能天気な答えに頭痛がした。
****
彼女を家まで送り届ける。帰る時間がやや遅くなったが、事前に連絡を入れたおかげか、玄関で迎えた彼女の親は起こらずに迎え入れた。
彼女が扉を閉めて影が見えなくなるまで見届ける。
この帰り道はこれまで守ってきたものの一つ。
あと何年保てるだろうか。
二階の窓が開き、蝶が出てきた。にっと笑いながら手を振ってくる。
「セミさん!おやすみ!」
「ええ、おやすみ」
顔を綻ばせた蟬ヶ沢も手を振り、車を発進させる。
鼻歌が車から聞こえたが、エンジン音でかき消された。