深呼吸

「なんでないのよ……」
画面の前で溜め息交じりにつぶやくカルデアに努めるレスト。ずっと欲しかった珈琲豆がようやく在庫ありと表示されていたが、珈琲を淹れ直して戻ってきから再度画面を見ると在庫切れの表示になっていたのだ。
 己の不運さを呪いたい。今を逃して、次買うことが出来るのはいつになることやら。
 普段から珈琲は好きで、今も飲んでいるが、これは珈琲愛好家としても、別の意味としてでもとても飲みたかったのだ。
 入れたての珈琲を一気に飲んで咽る。勿論、これを飲み干しても次に飲める珈琲はこれと同じインスタントの珈琲である。
 あまりの辛さに、デスクに額を付けて落ち込む。
「ほう……懐かしいものを見ているな」
目が限界まで開く。恐る恐る振り向くとナポレオンが前のめりになって画面を見ていた。
「あ、ああああああ!?」
 目の前にいたことにこれまで気づかなかったことと、いたのがナポレオンだったせいもあり、マグカップを落してしまう。しかし、寸前でナポレオンが拾い、マグカップは割れることなく持ち主のデスクに戻される。
「ありがとう……」
「おう!マグカップもお前も無事で良かった。しかし、悲鳴を上げるほど驚かせてしまったか。すまないな」
「私こそ、ごめんなさい。あまりにもタイミングが良すぎて」
レストはデスクトップを指す。画面には珈琲の通販サイトが表示されている。
 グリーンチップブルボン。セントへレナ島のバンブーヘッジで栽培される珈琲で、500g10000円する珈琲の中でも最高級品である。ナポレオンが好んで飲んでいたとされる。
 通販サイトのグリーンチップブルボンは在庫切れとなっている。
「たった今なくなったっぽいのよ。ほんの五分前はあったのに……」
「そいつはついていないな。だが、落ち込むことは無い!少し待ってな!俺に出来ないことはない!」
落ち込むレストの背中を強く叩いた。

*****

 しばらくすると、ナポレオンが帰って来た。
 レストの部屋に入ると、嬉しそうに手を振る。もう片方の手には何か紙袋を持っている。
「さっきまでレイシフトに行ったって聞いたのに、戻ってくるの早くないかしら?」
「すぐに済むことだったからな、ほれ」
レストが紙袋を受け取ると、中にはさっきまで切望していた珈琲豆が入っていた。
「ところでさ、わざわざレイシフトで行ってまで珈琲豆を持って来てくれたのはいいけど、こんな貴重な珈琲を過去から持って来て大丈夫なの?」
「ああ、それは心配ない!過去と行っても今から十分と少しくらい前だ。正式に買ってきたものだから、問題ない」
 時間渡航の無駄使いなと思ったが、曲がりなりにもレストの為にしてくれたと思えば、非難するよりも感謝をすべきか。
「それならいいけど。……ありがとう」
「俺たちが買った時に丁度通販の注文が入りかけたらしいが、そいつは残念だったな」
マスターへ何をお礼を考えていたが、一気に吹っ飛んだ。
「ちょっと待って、何時にそれ買った?」
ナポレオンは明後日の方向を見ながら答える。丁度、レストが注文を確定する数分前、まさしく珈琲を淹れ直しに行っていた時間に相当する。
「………先に買ったのナポレオンじゃない!ばかー!」
ベッドにあったクッションを掴み、ナポレオンを叩くが、微塵もダメージはない。晴天のような笑い声で受け止める。
「すまんすまん。で、飲むか?」
「飲みます……」
「そうこなくっちゃな」
ふてくされたレストの頭をやや乱暴に叩く。
「ナポレオンも飲むよね?」
「勿論」
 ナポレオンはにっと笑うと、豆を挽いてくると言って厨房へ行った。
 再び一人だけになり、口もとをゆるませる。
 自分が入手出来なかったのは残念だが、結果として飲めるのは嬉しいことには違いない。
「やっと一緒に飲める」
 彼は知るや知らずや、レストの願いを叶えてくれるのだ。
 戸棚からもう一つマグカップを取り出して、彼が戻るのを待った。
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