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chain.2 衝突

【アヤト視点】



チチナシの血を味わってたら、ヨウに邪魔をされた。
あいつには興味なさげだったのに、やっぱりチチナシの血にあてられたのか?
くくっ、やっぱりヴァンパイアだなぁ?

だけどあいつは、チチナシを逃がした。
意味わかんねぇ。お前だってヴァンパイアなら、チチナシの血が欲しくてたまんねぇはずだ。
ああ、あれか?味方だって近づいて油断させてから喰おうってか?
チチナシの奴、すぐに信用しそうだしなぁ?あいつを部屋に待たせて、喰うんだろ?

オレは、チチナシの部屋のドアを内側から閉めたヨウを見据えた。
空気が冷たい。重く感じる。オレに向けてる目が……。


―――怖ぇ


『……』

「……んだよ」

ヨウはオレを見たまま、何も喋りやしねぇ。
無言のまま、ゆっくりとオレに近づいてきた。
その後に起こる事は、イヤなくらい覚えてる。
身体が無意識に、カタカタと震えていた。

「くんな。……くんじゃねぇ!」

『……』

ヨウが一歩近づく度に、オレも後ろに一歩ずつ下がった。
怖い。怖い。怖い。
その澄んだ青い瞳が、オレも見据える。

「や、めろ……やめろ……っ!」

『……アヤト、なんで逃げんだ?
あぁ、もう逃げらんねぇなぁ?くくっ、後ろ……壁だぞ?』

やっと開いた口から紡ぎ出された声は、久しぶりに聞いた声色だった。
後ろの壁に退路を絶たれて、オレはただヨウを見ていることしかできねぇ。


―――"また"遊ばれる


オレはその場から動けず、目を閉じて俯くしか出来なかった。
幼い頃から、ヨウには酷くされた。
その恐怖がオレを縛る。

『……アヤト』

声をかけられ目を開けると、視界にヨウの足元が映った。
あぁ、目の前にいやがる。
オレはどうすることもできないまま、言葉の続きを待つしかなかった。

『なぁ、顔あげろよ。久しぶりの兄さんとの再会だろ?』

「だ、れがっ」

『あげろ』

命令口調で言われ、オレは恐る恐る顔をあげた。
足元から段々と上に目線を向ける。
口元が視界に映った時、ニヤッと口角があがったのが分かった。
反応する事も出来なかった。

「ぐっ!」

次の瞬間、オレの首に衝撃が走った。
目の前に、楽しそうに笑うヨウの顔。
息が、できねぇ。視界が、ぼやける。力が、出せねぇ。

「ッ……ッ!」

幼い頃からこれだ。
物心ついた時から、ヨウはオレを見るたびに……。


―――オレの首を絞める


普段は優しい兄だ。信頼もできる。シュウとは違うくらいに、頼りになる。
でも、オレにだけ強くあたる。
それがなんでかはわからねぇ。きっと理由なんてねぇよ。
ただ、楽しんでるだけなんだ。
オレは、ヨウの壊れないおもちゃに過ぎない。

『くくっ、苦しいか?いいなぁ、その顔。
苦痛に歪んで、金魚みてぇに口パクパクさせて……なぁ、息吸いたいか?ほら、言えよ』

「ッ、はっ……ぁ、ぐ……!」

『ああ、悪い。言えなかったなぁ。
くくくっ、ははっ……もっと苦しくしてやるよ』

オレの首を絞める手に、更に力が加わった。
ヨウの手首を掴んで引き剥がそうとするが、無駄な足掻きだ。
力無く掴む手は、意味を成さない。
ただヨウの加虐心を煽るだけ。

ああ、目の前が霞む。
力が、抜ける。

「……ゃ、めろ!」

『っ!』

オレは出せるだけの力でヨウの手首に爪を立てて引っ掻いた。
力が微かに緩んだのを見て、オレはヨウを蹴り飛ばした。

「ゲホゲホッ!はっ、はぁ……ゲホッ!」

早くここから、逃げねぇと……。
頭では分かっているのに、身体は思うように動かなかった。
酸素を求めるのに必死で、動けねぇ。

「はぁ、はぁ……ゲホ……」

『ってぇ……アヤト、兄さんに手をあげるってどういう神経だ?』

「……うっせぇ」

ゆっくり立ち上がったヨウは冷たい目でオレを見下ろす。
まだ、かよ。くそ、早く終われ。
早く……満足しろよ……。

『アヤト、昔に比べて聞き分けのない子に育ったな?』

「ッ……ぐっ、ぁ!」

力の出ない身体に追い打ちをかけるように、また首を絞められる。
ヨウの腕を必死に掴んで引き剥がそうとするが、無理だ。

『あぁ、やっぱいいなぁ?酸素を求めて必死になる姿。
苦しくて、どこかに落ちていきそうな感覚。気持ちいいだろ?
目ぇ涙で潤んで、力無く俺の服掴んで……くくっ、興奮するなぁ』

「はっ、ぐっ……ッ!」

呼吸が、できねぇ。意識が遠退く。楽しそうに笑うヨウの顔が見える。
なんでオレばかりに、こんなことしやがる。
もううんざりなんだよ。オレが、何したってんだ。
幼い頃は、てめぇの事、兄として慕ってたってのに……。

嫌いだ。嫌いだ。大っ嫌いだ。
てめぇなんか、兄だなんて思いたくもねぇ。

「ッ……っに……」

ああ、視界がぼやける。冷たい液体が頬を伝う。
もう一生、こんなの流さねぇと思ったのに……。
涙で、ヨウの顔が歪んでる。

『んー?くくっ、なんだよ。
涙流して、煽るのうまいなぁ?アヤト。もっと苦しくなって、イっちまいてぇの?』

違う。違う。嫌いなのに、嫌いなのに……。
まだどこか、心のどこかに、てめぇを信じてるオレがいるんだ。

「……にぃ……ッヨウ、にぃ……ッ……」

『……!』

手が微かにピクッと動き、ゆっくりオレの首から離れる。
急激に酸素が気道に入り意識がはっきりとする。

「ゲホッ!ゴホッ!はっ、はぁ、はぁっ!」

『……ぁ、アヤト?……ごめっ、ごめん。
アヤト、大丈夫?ゆっくり息吸って……』

いつも、これだ。いつも、いつも!
オレの首を絞めた後、泣きそうな顔で謝る。

「はっ、はぁ……」

『アヤト』

優しく背中を撫でる手が、昔と重なった。
あぁ、こうなる前はよくされてたなぁ。
でも今となっちゃ、そんなことどうでもいい。

「うっるせぇ……オレに、関わんな!
目障り、なんだよ!オレが、てめぇに何したってんだ!!」

『……そう、だね。アヤトは何もしてないよ。ごめん、アヤト』

くっそ、調子が狂う。
何なんだよ!オレは何も悪くねぇ!
オレは力の入らない身体を無理矢理起こして立ち上がった。
支えようとしたヨウの手を振り払い、チチナシの部屋を出た。
ヨウが呟いた言葉なんて、露知らずに……。

『……アヤトは、悪くない。これは全部、俺の問題だから。
嫌いな訳じゃないんだ。アヤトは、大切な弟だよ。だけど、アヤトを見るとどうしても……ごめんね』





オレは、いまだ力の入りきらない身体を引きずって廊下を歩いた。
自分の部屋の目の前に、ライトが立っていた。
オレを見つけると、察したようにいつもの笑みを浮かべる。

「んふ。なーんか空気がおかしくなったから様子見にきてみたら……」

「うるせぇ」

オレは部屋のドアを開け中に入った。
ライトは何も言わずそのままオレの部屋に入ってくる。

「……入ってくんな変態」

「褒め言葉だよ、アヤトくーん?
そ、れ、よ、りぃ……これ、ヨウ兄かな?」

「ッ……」

ライトに胸ぐらを掴まれ、首筋に浮かび上がった手形をするっと撫でた。
ちりっとした痛みが微かに走った。

「……ヨウ兄のアレ。なくなったと思ったんだけど、まだなんだぁ。今回は何回?」

「……二回」

「だろうねぇ。手形二重にあるし」

「もういいだろ。触んな」

ライトの手を掴み、引き剥がした。
そんなオレの様子を知ってか知らずか、ライトは何も言わず部屋から出て行った。

「……くそっ」

部屋にある鏡を見ると、オレの首には二重につけられた手形が青黒くそこにあった。
いつもより、今回は酷かった。
毎回、一回絞めりゃ気が済むのに……。

「オレが、何したってんだ」

オレは、夕飯の時間になるまで、アイアンメイデンに篭ることにした。
今は誰にも会いたくねぇ。
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