御使いの聖歌隊

「千夏……! 心配した……って、あなた……」

教会の中に入るとシスターと愛美が待っており、千夏の姿を見るなりシスターが駆け寄ってきた。
けれど隣にいる水華を見て一歩また一歩と後ずさりして。
水華は変わらない笑顔でシスターに歩み寄ると久しぶりだねと声をかけた。

「シスター、すいのちいちゃんをいじめたの、だぁれ?」
「すい、か……なのね……? その姿は一体……」
「聞いてるのはすいなの。すいの質問に答えてほしいな。もっかい聞くね? すいのちいちゃんをいじめたのだぁれ?」
「いじめだなんて……そんなことは起こってないですよ、水華」
「嘘だよ。だってちいちゃん、こんなに傷ついて、声まで失って。すい、ちいちゃんの声好きなのに。だからちいちゃんにひどいことした人はすいが許さない。この場ですいが粛清してあげる」

そういって月のステッキをシスターに突きつけると後ろにいた別のシスターたちが、愛美を背に隠しそっと出ていこうしていて。
それに気づいた水華は逃がさないよとステッキを一振りし、愛美を守ろうとしているシスター二人を含めて水の泡の中に閉じ込めてしまう。
突然の出来事に目の前にいるシスターは驚き、それと同時に水華がもう天使の御使いではなくなってしまったことに気づいた。

「水華、その力は……」
「そんなのどうでもいい。シスター。もっかい聞くね? すいのちいちゃんをいじめたのはあの中の赤い子?」
「愛美は、あなたの代わりに御使いになった子で……そんな……」
「ふうん。すいはこうして生きてるのに、勝手に代わりとか用意しちゃったんだ? じゃあ、すいの場所を取り戻すためにもアレを壊さなきゃ。あ、ちいちゃんは一緒は危ないからそこにいてね。すいが守ってあげるから」

待っててねと水華は千夏を教会の端に連れて行き水のバリアを張ると三人が入った水の泡へと歩みを進める。
いつもと変わらない笑みを浮かべたまま。
こつこつと足音を鳴らし。
千夏はただその姿を見守っているしかできなくて。
泡の前にたどり着いた水華は再びステッキを一振りすると泡を解除してその場にへたり込む三人を見降ろし、初めましてだねと笑いかけた。

「すいは水華。ちいちゃんの片割れ。よろしくね」
「あ、あんたが、あの出来損ないの……」
「出来損ない?」
「ヒッ……」

スゥっと目を細め聞いたことのない冷たい声でそう問われ愛美は竦み上がってしまい近くのシスターに助けを求める。
けれどシスターたちは目の前の恐怖に耐えきれず一人、また一人と足取りもおぼつかないまま逃げ出した。
水華は二人を追うこともなくただ目の前の邪魔なモノをじっと見降ろしていて。
そんな視線に愛美は怯えながらもあたしがなにしたっていうのよ!と虚勢を張って抵抗し始めた。

「なにをって、すいのちいちゃんをいじめたの、あなたでしょ? だから、すいがあなたを粛清してあげるね」
「な、にを……」
「そうだなぁ。ちいちゃんはとても痛い思いをしたからあなたにも同じ痛みを味合わせてあげるね」

そう言って水華がステッキを一振りすると愛美の体がスーっと勝手に持ち上がり、まるで十字架に磔られたような状態になった。
何が起こるかわからない愛美は泣きながらやめてやめてと繰り返すけど水華はやめないよ?とにこにこ笑っていて。
後ろから聞こえるシスターの叫びにも物怖じしない彼女はまずは祈れないように手からいこっかと告げると再びステッキを一振り。
すると愛美の両手が手首から引き千切られ、床にぼとっと落ちてきた。
あまりの痛さに愛美は泣き叫ぶけど水華はまだまだだよ?と笑ったまま答える。

「ちいちゃんの痛みはこんなもんじゃないもん。じゃあ次は蹴ったりできないように足にしよっか!」
「い、いやっ……やめっ……!」
「やめないよ」

そう言って再びステッキを一振り。
すると愛美の両足が手と同じように足首から引き千切られぼとっと床に落ちた。
やめてやめて!!と泣き叫ぶ愛美は恐怖と痛みで失禁してしまっており、そんな姿を見て水華はけたけたと笑うと無様だねぇと叫んだ。

「水華! もう十分でしょう!? もうやめなさい!」
「うるさいよ、シスター。黙って」
「水華……」
「すいは断罪者なの。罪を償わせる存在。だからすいが罰を下すの。この哀れな罪人に。さ! 罰はまだまだだよ!」

えい! えい! とステッキを振る度、愛美の四肢がまるでおもちゃのように引きちぎられ、宙を舞う。
これは罰なの!とけたけた笑う水華はもう千夏が知っている水華ではなくて。
千夏はもう見たくないと目を塞ぎ、耳を塞ぐとその光景から顔を背けた。
早く終わって、と願ったその時だった。
パンッと乾いた音と共に何かが倒れる音がして、まさかと顔を上げた千夏の目に入ったのは震える両手で煙の出た銃を構えるシスターと床に倒れた水華で。

「すい、ちゃん……? すいちゃん!! いやっ、いやぁあああああああッ!!」

声が出るようになった千夏はすいちゃんすいちゃんと呼びかけながら倒れる彼女に駆け寄り、その身を抱き起すと必死に揺さぶって。
胸から血を流し動かない水華に千夏は泣きながら何度も何度も呼びかけるけど返事は返って来なかった。

「シスター! なんでっ、なんですいちゃんのこと傷つけたの!? ねぇ!」
「わ、わたし、はっ、ただとめようと……っ」
「ひどいっ、ひどいよっ……! すいちゃんにこんなことっ……!」
「で、でもね、水華だって愛美に酷いことをしてたじゃない……?」
「それは……っ」

確かにあんな凄惨なことをしでかしたのは事実だった。
そういえばと辺りを見渡すと先ほどまであれだけ血の海だったその場所はその影も形もなくて。
どういうこと……と困惑した千夏の視界の端に映ったのは四肢が健在していて何も変わらない愛美の姿で。
あれだけ愛美の四肢がばらばらにされていたのにと思っているとふと水華に再会した時に聞いたことを思い出す。

「水の……幻……。そうか……あれ、幻だったんだ……」
「千夏……?」
「シスター、さっきのはすいちゃんの幻なの。この子、何も傷ついてない。傷ついてないの……」
「幻……? あれが、幻だっていうの……?」
「うん。すいちゃん言ってた。すいちゃんは幻を作れるって。だからあれは幻なの……」

そんなと困惑した顔をし、銃を落とすシスターに千夏はすいちゃんを助けてと訴えて。
けれど水華の体は徐々に冷たくなりつつあって、ずっと動かない彼女を見てシスターはもう助からないと項垂れた。
シスターの答えに千夏は嘘だよ!と悲痛な叫びをあげ、水華の体を抱きしめて自分たちが信じていた天使の像に振り返ると助けて!!と叫んだ。

「お願い! 天使様ッ! すいちゃんを助けてッ! お願いッ!」

助けてと何度も叫ぶけれど彼女たちが信じていた天使は何も答えない。
シンと静まり返る教会内に千夏の悲痛な叫ぶだけが響く。
誰も答えない。
誰も水華を助けてくれない。
どうしてと泣き崩れる千夏の目の前に白い影が降り立つとだから言ったじゃないですかと聖の声が響いた。
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