御使いの聖歌隊
それからというもの、声の出せない千夏は愛美に言われるがまま彼女の世話をするようになった。
歌も歌えない、いつものように笑顔さえ振りまけない、そんな千夏に舞台に立てる資格はないとシスターたちも思っていたようで。
あんなに慕われていた千夏はいまや雑用ばかり押し付けられるようになった。
一方の愛美は嘗ての千夏のように天使様の御使いとしてちやほやされ、気分がいいようで。
千夏を召使のように扱い始めるも、声の出せない千夏に反論もできず。
それをいいことに愛美のわがままはエスカレートしていった。
「……っ」
「ほんと使えない愚図! そんなこともまともにできないなんてほんとゴミ以下ね!」
「……っ」
「ほーら、悔しいなら何か言ってみなさいよー? あはは! 言えないよねぇ! 声出ないんだもん!」
嘲笑う愛美に何も言い返せない千夏はぎゅーっと胸の前で両手を握るとぼろぼろ泣き出して。
それに苛立った愛美がうざいと彼女に暴力を加え、千夏はそれに耐えるように体を丸めて泣きじゃくって。
「ほんとうざい! あんたなんかもうこの教会に用済みなのまだわかんないの? ねぇ? 用無しの元御使いちゃん?」
「……っ、……っ」
倒れている千夏を踏んだり蹴ったりして愛美はその気が済むまでそれを続ける。
そんな日々がずっと続いていたある日、千夏は夜闇に紛れるようにして教会を出て行った。
傷ついて痛む体を引きずるように歩く。
向かうのは水華と一緒に遊んだあの森。
そこに行けば水華に会える、そう思って。
けれど教会から森までの距離はかなり遠く、小さな千夏の体では到底たどりつくことはできず。
かといって水華がいない状態であの力を使うこともできない。
何もない、荒れた道の真ん中で千夏はついに力尽きて倒れてしまう。
水華に会いたい、水華の隣にまた戻りたい。
千夏の願いはただそれだけだった。
「……っ」
すいちゃん……どこにいるの……。ちいはここだよ……。
ちいをひとりにしないで……。すいちゃんにあいたい。あいたい。
声にならない声で千夏は体を丸め泣きながらそう呟く。
そんなときだった。
「ちいちゃんみーつけた!」
「……っ!」
それは千夏が一番聞きたかった声。
それは千夏が一番求めていた声。
その声が聞こえた千夏はハッとし体を起こすと辺りを見渡す。
「ちいちゃん、すいはこっち!」
えへへ~と目の前に現れたのは千夏が一番見たかった姿。
あの時と変わらないきらきら眩しい笑顔の大好きな相方。
その姿を見ると千夏は泣き始めて。
「ちいちゃん、声はどしたの? すい、ちいちゃんの声、好きなのに……」
声を張り上げて泣いているはずの千夏から聞こえるのは呼吸音だけで。
それに違和感を感じた水華は不安そうにそう尋ねる。
その問いに千夏は何とか話そうとするも声が出ずそれもかなわない。
それでも何とか伝えようと必死に考えた千夏はそうだと服をめくって愛美に殴られた場所を見せた。
水華はそれを見るとすぐに怒った表情を見せて誰がそんなことしたの!?と声を荒げた。
けれど声の出ない千夏にそれを伝える術はなくて。
困った水華は少し悩んだ後そうだ!と月の飾りがついたステッキを出現させ、見せてー!とその先を千夏に向けた。
するとステッキが輝きだし、目の前にホログラムの千夏と愛美が現れ先ほどの出来事を再現しだす。
驚きを隠せない千夏は水華を見上げるもその映像を見た水華はとても険しい顔をしていて。
「ひどい! すいのちいちゃんにこんなことするなんて! ちいちゃん、こいつのせいで声、でなくなっちゃったの?」
わからないというように項垂れる千夏に水華は地団駄を踏み怒ったよ!と頬をぷくーっと膨らませた。
そのあと思い出したかのようにそうだと水華はそのステッキを向けたまま何かを唱えた。
すると先ほどの痛みが嘘のように消えて、驚いた千夏は水華を見上げた。
そこにいたのはいつもの水華ではなく、血のように真っ赤な瞳で黒い聖歌隊衣装に身を包んだ変わり果てた姿の彼女で。
どうしたの……と驚いた表情のままの千夏に水華は変わらない笑顔でびっくりしたー?と告げて。
「すいはね、“魔族”っていうのになったの。もう御使いじゃないの」
「……っ?」
「すい、よくわかった。おにーさんの言う通りだ。天使様は助けてほしい時にすいたちを助けてくれない。ちいちゃんにこんなに苦しい思いさせて、天使様は何もしてくれない。すい、絶対に許さない。ちいちゃんをこんな風にした人たちを絶対に許さない」
「……」
「ねぇ、ちいちゃん。またすいと歌ってくれる? すいね、ちいちゃんいなくてすごく寂しかったの。とっても寂しくて、こんな姿になっちゃった。でも後悔してない。ねぇ、ちいちゃん。すいと一緒にまたお歌、歌ってくれる?」
歌ってほしいと手を差し伸べる水華に千夏は迷うことなくその手を取って立ち上がる。
姿形は変われど水華は何も変わってない。
そのことに安心をした千夏は力尽きてしまいそのまま水華に倒れこんできて。
突然倒れた千夏に少し動揺しながらもよいしょと背負って歩きだす。
「ちいちゃんはすいが守ってあげるからね。大丈夫、大丈夫」
大丈夫だからねと彼女を連れて水華は自分の根城である森の大樹へと向かう。
そこには葉っぱが敷き詰められた簡易な布団があって、水華はそこに千夏を寝かせると外敵が入ってこないようにえいっと杖を振ってバリアを張る。
もう大丈夫、大丈夫と頭を撫でながら水華は千夏が目覚めるのを今か今かと待っていた。
歌も歌えない、いつものように笑顔さえ振りまけない、そんな千夏に舞台に立てる資格はないとシスターたちも思っていたようで。
あんなに慕われていた千夏はいまや雑用ばかり押し付けられるようになった。
一方の愛美は嘗ての千夏のように天使様の御使いとしてちやほやされ、気分がいいようで。
千夏を召使のように扱い始めるも、声の出せない千夏に反論もできず。
それをいいことに愛美のわがままはエスカレートしていった。
「……っ」
「ほんと使えない愚図! そんなこともまともにできないなんてほんとゴミ以下ね!」
「……っ」
「ほーら、悔しいなら何か言ってみなさいよー? あはは! 言えないよねぇ! 声出ないんだもん!」
嘲笑う愛美に何も言い返せない千夏はぎゅーっと胸の前で両手を握るとぼろぼろ泣き出して。
それに苛立った愛美がうざいと彼女に暴力を加え、千夏はそれに耐えるように体を丸めて泣きじゃくって。
「ほんとうざい! あんたなんかもうこの教会に用済みなのまだわかんないの? ねぇ? 用無しの元御使いちゃん?」
「……っ、……っ」
倒れている千夏を踏んだり蹴ったりして愛美はその気が済むまでそれを続ける。
そんな日々がずっと続いていたある日、千夏は夜闇に紛れるようにして教会を出て行った。
傷ついて痛む体を引きずるように歩く。
向かうのは水華と一緒に遊んだあの森。
そこに行けば水華に会える、そう思って。
けれど教会から森までの距離はかなり遠く、小さな千夏の体では到底たどりつくことはできず。
かといって水華がいない状態であの力を使うこともできない。
何もない、荒れた道の真ん中で千夏はついに力尽きて倒れてしまう。
水華に会いたい、水華の隣にまた戻りたい。
千夏の願いはただそれだけだった。
「……っ」
すいちゃん……どこにいるの……。ちいはここだよ……。
ちいをひとりにしないで……。すいちゃんにあいたい。あいたい。
声にならない声で千夏は体を丸め泣きながらそう呟く。
そんなときだった。
「ちいちゃんみーつけた!」
「……っ!」
それは千夏が一番聞きたかった声。
それは千夏が一番求めていた声。
その声が聞こえた千夏はハッとし体を起こすと辺りを見渡す。
「ちいちゃん、すいはこっち!」
えへへ~と目の前に現れたのは千夏が一番見たかった姿。
あの時と変わらないきらきら眩しい笑顔の大好きな相方。
その姿を見ると千夏は泣き始めて。
「ちいちゃん、声はどしたの? すい、ちいちゃんの声、好きなのに……」
声を張り上げて泣いているはずの千夏から聞こえるのは呼吸音だけで。
それに違和感を感じた水華は不安そうにそう尋ねる。
その問いに千夏は何とか話そうとするも声が出ずそれもかなわない。
それでも何とか伝えようと必死に考えた千夏はそうだと服をめくって愛美に殴られた場所を見せた。
水華はそれを見るとすぐに怒った表情を見せて誰がそんなことしたの!?と声を荒げた。
けれど声の出ない千夏にそれを伝える術はなくて。
困った水華は少し悩んだ後そうだ!と月の飾りがついたステッキを出現させ、見せてー!とその先を千夏に向けた。
するとステッキが輝きだし、目の前にホログラムの千夏と愛美が現れ先ほどの出来事を再現しだす。
驚きを隠せない千夏は水華を見上げるもその映像を見た水華はとても険しい顔をしていて。
「ひどい! すいのちいちゃんにこんなことするなんて! ちいちゃん、こいつのせいで声、でなくなっちゃったの?」
わからないというように項垂れる千夏に水華は地団駄を踏み怒ったよ!と頬をぷくーっと膨らませた。
そのあと思い出したかのようにそうだと水華はそのステッキを向けたまま何かを唱えた。
すると先ほどの痛みが嘘のように消えて、驚いた千夏は水華を見上げた。
そこにいたのはいつもの水華ではなく、血のように真っ赤な瞳で黒い聖歌隊衣装に身を包んだ変わり果てた姿の彼女で。
どうしたの……と驚いた表情のままの千夏に水華は変わらない笑顔でびっくりしたー?と告げて。
「すいはね、“魔族”っていうのになったの。もう御使いじゃないの」
「……っ?」
「すい、よくわかった。おにーさんの言う通りだ。天使様は助けてほしい時にすいたちを助けてくれない。ちいちゃんにこんなに苦しい思いさせて、天使様は何もしてくれない。すい、絶対に許さない。ちいちゃんをこんな風にした人たちを絶対に許さない」
「……」
「ねぇ、ちいちゃん。またすいと歌ってくれる? すいね、ちいちゃんいなくてすごく寂しかったの。とっても寂しくて、こんな姿になっちゃった。でも後悔してない。ねぇ、ちいちゃん。すいと一緒にまたお歌、歌ってくれる?」
歌ってほしいと手を差し伸べる水華に千夏は迷うことなくその手を取って立ち上がる。
姿形は変われど水華は何も変わってない。
そのことに安心をした千夏は力尽きてしまいそのまま水華に倒れこんできて。
突然倒れた千夏に少し動揺しながらもよいしょと背負って歩きだす。
「ちいちゃんはすいが守ってあげるからね。大丈夫、大丈夫」
大丈夫だからねと彼女を連れて水華は自分の根城である森の大樹へと向かう。
そこには葉っぱが敷き詰められた簡易な布団があって、水華はそこに千夏を寝かせると外敵が入ってこないようにえいっと杖を振ってバリアを張る。
もう大丈夫、大丈夫と頭を撫でながら水華は千夏が目覚めるのを今か今かと待っていた。